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長期休暇はモフモフとともに 1



 ***


 ランティスが肩にかけてくれたマント。針葉樹のような、淡い花のような香りは、消えるどころかより強く香っているようだ。

 まるで、先日の記憶が、時を追うごとに、どんどん鮮明になって、繰り返し思い出されるのと同じように。


(返す間もなく、馬車に乗せられてしまったから、家に持って来てしまったのよね)


 そして、ここ数日、メルシアは、毎日そのマントを眺めては、ため息をついていた。

 返そうと思えばすぐに返すことは出来るに違いない。

 執事のハイネスに、渡せばいいだけのことなのだから。


 それなら、まだ返すことが出来ないのは、どうしてなのだろう。

 この香りのせいなのだろうか。


 そして、まだ肌寒さの残る早朝、思い悩むメルシアに父から届いたのは、衝撃の知らせだった。


「――――ランティス様が、騎士団に長期休暇願いを出した?」

「ああ。ランティス殿は、今まで休みをほとんど取っていなかったから、休暇自体は問題ないのだが……。何か聞いていないか?」

「いいえ。何も」


 メルシアの父は文官で、騎士団を管轄する部署にいる。

 普段であれば、仕事と私情を混同するなど決してメルシアの父はしない。

 それでも、ランティスが長期休暇を取ったことを父がメルシアに伝えたのは、ここ数日の様子から、何か関係があると察したのかもしれない。


 たしかに、数日前のランティスの様子はおかしかった。

 いつも無表情なのに、表情も豊かだったし、メルシアに何か伝えたいことがあったように思える。


(でも、そんな……。ランティス様が騎士団に休暇を申請するなんて、よほどの理由だわ)


 メルシアは知っている。ランティスが、何よりも騎士という仕事に誇りを持っていることも、誰よりも努力してきたことも。

 騎士は、緊急要請がない限り、比較的緩やかに働いている。

 けれど、ランティスに関していえば、所定の休暇も取らないせいで、上から休みを取るように常日頃言われているくらいなのだ。


 それは、ランティスにまつわる噂話の一つ。

 でも、推し活をしていても、ランティスが休みを取っているなんてこと、一度もなかった。

 だから、メルシアはいつも、ランティスが働き過ぎなのではないかと、心配していた。


「……まさか、お体の具合でも?」

「フェイアード侯爵に、それとなく聞いてみたのだが、そういうわけではないらしい」

「それなら、いったい何があったというのですか」


 メルシアは父に詰め寄ってしまう。そんなことをしても、何かが解決するわけではないのに、そうせずにはいられなかった。

 眉をひそめたメルシアの父は、黙って首を振る。


 とたんに、メルシアの脳裏に、あの日の泣きそうなランティスの笑顔が鮮明に浮かんだ。


「…………私」


 クルリと向きを変えて、メルシアは駆けだした。


「ちょっと、用事が出来たので、出かけてきます」

「メルシア?!」


 マントを抱きかかえて、メルシアは、まだ人通りの少ないひんやりした空気の街を走り出した。


(明らかにおかしかった)

 

 息が切れるのも構わずに、走り続けたメルシアは、気がつけばフェイアード侯爵家の門の前に立っていた。


(あ、私……)


 息を整えているうちに、冷静になってきたメルシアは、ランティスのマントを強く抱きしめる。

 こんな風に、押しかけられたって、困らせるだけだろう。

 メルシアは、もう形だけの婚約者ですら、ないのだから。


(何をしに来たんだろう……)


 ゆるゆると向きを変えて、門に背中を向けた時、ガチャリと重い扉が開く音がした。

 次の瞬間、背中からまわされた温かい腕に、メルシアは抱きしめられていた。

 

長期休暇で、二人の距離は近づく……はず(*'▽')

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