誓いの儀
「【封印師】って言ったら、レア中のレアじゃん!! 超絶スゲーッ!!」
「妖術師の中でも、【陰陽師】の血を色濃く受け継いだとされる謎多き【封印師】。まさか、こんな形で出会えるなんて……」
「……立花さんが【封印師】とはね……」
「そんなに凄いんですか? 【封印師】って……」聖海の質問に九井は楽しげに答えた。
「うん。【封印師】はね、希少価値が高い。種類が多様の召喚師とは違い、今存在している【封印師】は君だけだ。それにね、古くからの言い伝えがあるんだよ。結界師のえーすけは知ってるみたいだけど──『封印師が現れし時、世界は終わりを迎える』」
「……それって」
「ふふ。──ね? 凄い、でしょ?」
九井は、より一層目を細めた。それは笑みではなく、捕食者が獲物を見つけたような不気味な眼差しだった。ごくりと唾を飲み込んだ聖海に部長が言う。
「そういう言い伝えはあるが、実際のところは分からない。それにだ。【封印師】だと分かったところで、能力が開花していなければ、一般人に過ぎない」
「あれれ? 雷、それじゃ立花のお嬢ちゃんは入部できないよ? いいの?」
ニヤニヤ笑う九井をまたも無視して、部長は続けた。
「……だが、お前は妖力が無いわけじゃない。えーすけが張った妖力の結界を素手で破ったんだからな。それに、お前には雷太が見えていた。触れたとき、体温があるとも言っていた。それを感じられる奴は妖術師の中で、そういない。──立花。お前は歴とした【妖術師】だ。正式に入部を認める。九井、入部届を」
「へいへい。まったく、人使いが荒い。学校での立場は、俺のほうが上なんだからな」
「わかってますよ、センセ?」
「……はぁーあ、なんで俺は妖研の顧問なんかしてるのかねー」
ぶつぶつ文句を垂れながら、ジャケットの内ポケットから入部届とボールペンを出すと、九井は聖海に手渡した。
「悪いけど、今ここで書いてね。俺、【あとで】が嫌いなの」
「わかりました」
自身の名前とクラスを記入し、聖海は九井に入部届とボールペンを返した。
「事務的な手続きは、これにて終了だ。では、次に妖研のしきたりに添って、【誓いの儀】を執り行う」
「誓いの儀?」
「あぁ。【血判】だ」
「え!? 血判って……指を切って血で印を押すアレですか!?」
「そうだ。さ、どの指にする?」
「そんなファミリーレストランで注文を聞くようなノリで、聞かないでくださいよ! どの指も嫌ですよ!! 痛そうだし……」
自身の指を切ることに抵抗がある聖海に対し、副部長がやさしい声で宥めるように聖海に話しかけた。不思議と副部長の声は、川のせせらぎのように心地よい。
「切り傷くらいでしたら、30秒もあれば塞がります。それにナイフで切るわけではないので、ご安心を」
「本当ですか!?」
「はい。風見さんの【風】で、あっという間に終わります」
聖女のように微笑む副部長と、グッドサインを聖海に送る風見に後押しされ、聖海は右手の親指で血判を押すことを決めた。
「いい面構えだ」九井は先ほど入部届の用紙を出した内ポケットとは反対側の内ポケットから、今度は分厚い巻物を出し、床に転がした。しゅるしゅると巻物は波打ちながら広がっていく。
「自分の名前を筆ペンで書き、その下に血判を押す。筆ペンは俺が貸そう」
歴代の妖術師たちの名がずらりと並んでいた。影助が書いた真新しい名前の横に聖海は部長に借りた筆ペンで自身の名を書き、右手の親指を風見に差し出した。
「すぐ終わる。怖かったら、目を瞑ってていいからな」聖海の親指に風見が自身の指で一の字を書くと、赤い線が浮かび上がってきた。紙で指を切ったときのように気づいたら切れていた、という感覚で痛みは感じない。
「とっとと押して、早々副部長に塞いでもらったほうがいいぞ。風で切ってるから、あっという間に傷口が広がって、第一間接がポロッと……」
「そ、そういうことは早く言ってください!!」
風見に言われた通り、聖海はとっとと血判を押し、副部長に傷口を塞いでもらった。
「よし! これで【誓いの儀】も完了だ。お疲れのところ悪いが、次に討伐衣装を──」
「まだあるんですか……」
「あぁ。それが終わったら、俺たちがあやかしと戦う理由を話そう。俺たちは、一度席を外す。水守、後は任せた」
「了解」
部長は他の男性陣を連れ、その場から離れた。残された聖海と副部長の水守。「討伐衣装を合わせてみましょうか」副部長は自身の鞄を漁り始めた。討伐衣装……【陰陽師】の名も出てきたこともあり、聖海の脳内には陰陽師が身に纏っていた狩衣が浮かんでいた。
「きっとMサイズで大丈夫でしょう」
「……え? あの、これ──」
「討伐専用、【特製 六星高校ジャージ】です」
水守が差し出したのは、至ってシンプルなジャージだった。普段使用しているジャージはネイビーカラーなのだが、討伐専用ジャージは滅紫色。赤みや紫み等の色がとれて、黒みがかったくすんだ紫色をしている。普段のジャージと同じように左胸には六星高校の校章である桜と六星が白字で描かれていた。背中には白字の五芒星が盛大に存在感を放っている。
水守からジャージを渡され、受け取った聖海だったが背に描かれている五芒星が妙に気になる。特に何があるというわけではないのに、どうしてかマークから目が離せない。「立花さん?」水守の呼び掛けも聖海には届いていなかった。
── 思い出せ。思い出せ……
脳内では、また祖母の声がする。何を自分は忘れているのだろう? 思い出そうとしても何も分からない。それどころか、頭の上に石を積み上げられたように、どんどん頭が重くなっていく。分からない、重い……そのエンドレス。だが、それでも聖海は先に進もうと必死に靄の中をもがいていた。
「立花さん!?」
どれくらい水守は聖海の名を呼んだことか。「あ……」ようやく聖海に水守の声が届いた。
「どうしたの!? 大丈夫!?」いつも冷静な口調で話している水守の慌てぶりに驚きつつ、「すみません」と詫びてから、聖海は話し出した。
「はい……。ただ──」
「ただ? 何か気になることでも?」
冷静な聖海の口調につられるようにして、水守も落ち着きを取り戻していった。
「私、このマークをどこかで見たことがあるんです」
「五芒星は陰陽師の名と共に有名なマークですし、どこかで目にしていたとしてもおかしくないですよ」
「……そうではなくて──」
聖海は、ゆっくり目を閉じた。自分に言い聞かせる。脳内で祖母が言っていた言葉を。
──思い出せ、思い出せ、思い出せ……
すると、無意識に右手の人指し指が顔の高さまで上がり、自然の流れで空に五芒星を描き始めた。ありえないことに、その筆跡は金の輝きを放ち、空間に滞在している。
「な、なに!? これは……」
水守の驚く声に場を離れていた部長たちが戻ってきた。皆、開口一番に目の前で起きている不思議な出来事に声をあげた。中でも、一際目を輝かせていたのは九井だった。「これは、これは……。そりゃ、あの人だって欲しがるはずだ」
聖海が目を開くと、先ほどまでの金色に輝く五芒星は消えた。驚いた顔をしている妖研メンバーに「どうかしましたか?」と声を掛けた。
「……本当、お前は予想外なことばかりするな」
「やっぱ、お前は超絶スゲー!!」
「……これが、【封印師】の力……」
部長は黙り込んだまま、遠くを見つめていた。聖海を通り越して、その先にある【何か】を見ているような、そんな目。彼の目に写っていたのは、幼い頃の記憶だった。




