明かされる系統
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どれほど時間が経ったのか……。重い体を起こすと、見知らぬ和室に敷かれた布団の中にいた。木製の冊子に嵌め込まれたガラスから、夕日の紅に染まった中庭の様子が窺える。池や水などを使用せず、石や砂などで山水を表現した枯山水の美しい日本庭園が広がっていた。
「……ここ、どこ? 旅館……?」
「ここは、雷家のお屋敷にございます」
「そうですか。雷家の──って、ことは部長のお家!?」
「はい、如何にも」
「というか、あなた誰ですか!? いつから、そこに!?」
「ふふ。いつからも何も最初から、ずっと居りましたよ。面白い客人だこと」
私が寝ていた部屋と仕切りを挟んで繋がっている隣の部屋に着物姿の女性が正座していた。色白の細身で口許を着物の裾で隠して笑う仕草に艶があり、この世のものとは思えない美人だ。【絶世の美女】とは彼女のためにある言葉かもしれない。
「申し遅れました。私は、雷家にお仕えする雷従と申します。以後、お見知りおきを」
「ライジュウさん……。あ、私は──」
「立花 聖海様。主である龍人様より伺っております。貴女様も私の名を聞いて、野蛮な雷獣を思い描きませんでしたか?」
「え、あ……はい」
それほど妖怪に詳しいわけではないが、先日観たテレビ番組で偶然にも雷獣について放送していた。雷が落ちたときに現れたという珍獣で、古人たちは妖怪だと書物に記している。同じ名前だったから、ついその姿を思い描いてしまった。
「ふふ。正直な方ですね。私は雷の精で、本来であれば人の形はしておりません。名も無きフワフワ浮かぶ球体なようなもの、とでも言いましょうか。今、こうして人の形をしているのは、龍人様と【式神契約】を結んだから。そのときに雷家に従う者として、【雷従】という名を頂きました」
「式神契約、ですか? そういえば、召喚した雷太にもそんなことを部長が言ってたような……」
「詳しくは申せませんが、そうですね──【家族】、というやつです」
何かを思い出したのか、頬を赤らめながら雷従は微笑んだ。先ほどの大人な女性の雰囲気は消え、その顔はまさに恋する少女のようだった。
「入るぞ。雷従、立花は──」部屋に入るや否や、部長と目が合い、「聞くまでも無いな」と彼は小さく笑った。
「動けそうか?」
「はい。すみませんでした。ご迷惑をおかけして……」
「詫びなら、俺でなく雷従に言ってくれ。お前の面倒を見たのは、雷従だからな」
「そうだったんですね! 雷従さん、ありがとうございました!!」
「いいえ。私は、面倒を見たまで。お屋敷に貴女様を担いで来られたのは、龍人様ですよ」
「ばっ、バカ!! 余計なことは言わなくていい。……立花。笑ってる暇があるなら、さっさと布団から出てついて来い。皆、お前のことを待っている」
ぶっきらぼうに言い捨てて部屋から出る部長に雷従さんと顔を見合わせて頬を緩ませた。
先に行ったと思いきや、廊下に出ると私を待つ部長の姿があった。「先に行かなかったんですか?」わざとらしく尋ねると「俺もそこまで鬼じゃない。……だが、今はお前を待ったことを後悔している」と部長は鋭い視線を落とした。
「ごめんなさい! 冗談ですよ! 待って頂き、ありがとうございます!!」
「……はぁ。なんで、こんな奴を入部させたんだろう……」
「私もなんで【妖術師】の皆さんの輪にいるんでしょうね?」
「あー……そのことで少しだけ分かったことがある。風見が持ってきた情報によれば、立花家は──医術師でも、召喚師でも、結界師でもない」
「それじゃ、私は何師ですか?」
「残念ながら、そこまでは分からなかったようだ。【妖術師】にも色々いるんだよ。式神を使って相手に呪いをかける呪術師、その要領で呪いではなく、未来を占って予言する占術師……俺たちがまだ会ったことがない術師も多い」
「そんなに種類があるってことは、その数だけ【妖術師】がいるってことですよね?」
「あぁ。だが、中には継承されず、途絶えた術師も多い。だからこそ、出会ったことがない術師もいるんだ」
「なるほど……」
家の主である部長と話しながら歩いていたため、広い屋敷内のどこをどう曲がったか分からないが、お寺の本堂のような趣がある広間に辿り着いた。そこには、すでに妖研メンバーが集まっており、私の姿を見つけるなり、「立花!」「立花さん!」と彼らは駆け寄ってきた。
「体調は、大丈夫ですか?」
「はい。もう大丈夫です! ご心配おかけしました!」
「よかったー!! スゲー心配したんだぜ!」
「風見さん。そんなに立花さんの頭グリグリしたら、せっかく元気になったのに、また倒れちゃうでしょ。……元気になってよかった」
輪に入ってこない部長に視線を送ると、九井先生と何か話している様子だった。
「お嬢ちゃん、倒れたんだって?」
「……その言い方はやめろ。仮にも、お前は教師だろ」
「へいへい。相変わらず、冗談が通じないボッチャンだ」
「……で、お前は何を知ってるんだ?」
「そう焦らないの。職員室で、お前は俺に言っただろ? 『開花した能力を持っているが、今はそれが使えない状況にあるんじゃないか』ってさ」
「あぁ。──それって、まさか……!?」
「そう言うこと♪ さすがだねー、勘が鋭い!」
「なるほどな……。これで繋がった。あの時、だから立花は招待されていたのか……」
「ん? どういう──」
部長は「重大な話がある」と前置きしてから話し始めた。
「立花家が何の系統か分かった」
「マジっ!?」
「本当ですか!? 私は何師なんですか!?」
「さすが雷くん。いつもながらに仕事が速いですね」
「それで、何だったの? 立花さんの系統」
部長に視線が集まる中、そこへ九井先生が話に割って入ってきた。
「立花のお嬢ちゃんの系統は、【封印】だ」
「つまり、立花は──【封印師】」
その場が、しん……と静まり返った。【封印師】と言われても、全然ピンと来ない。 【封印師】ということは、何かを【封印】できるということ? それなら、意外と使える能力かもしれない。自分の系統が分かってよかった。でも、私を見る副部長や風見さん、影助くんの表情は驚きに満ちている。むしろ、怯えているようにも見える。もしや、【封印師】って何かよくない能力でも持っているのだろうか?