妖怪研究部 ⑤
飽き性室を出た私は部長に連れられ、また行き先も分からぬまま、彼の後ろを歩いていた。
「あの……今度は、どこへ?」
「職員室だ」
「……職員室?」
「まず、入部の手続きを行ってもらう。早々、入部したほうがお前も助かるだろ?」
「……あ」
見慣れた光景となった各部の部長による押し掛け勧誘。彼によれば、あれでもまだ落ち着いているほうらしい。入部を先伸ばしにすればするほど、各部の勧誘争いは熾烈になるのだとか……。
「ちょうど、今日は顧問もいる。挨拶もできて、一石二鳥だ」
「普段は、顧問の先生いないんですか?」
「気まぐれな奴だからな……。いたと思ったら、すぐ消える。変わり者だが、俺たち(妖術師)の【味方】だ」
「えっと……味方がいるということは、【敵】もいるってことですよね?」
「あぁ、そうなるな」
「その【敵】と部長たちは──」
「残念だが、時間切れだ。その質問の答えは放課後、【本拠地】に集まったときに話す」
職員室の扉の前に着き、「失礼します」部長は二回ノックをして中へ入った。聖海も彼に次いで中へ入ると、職員室では先生たちも休憩を取っており、コーヒーの香りが室内に立ち込めていた。
職員室の右側に位置する窓際、一番奥の席に座っている人物に部長は声を掛けた。
「九井、入部手続きを頼む」
「ずいぶん偉そうな奴が来たと思ったら、なーんだ雷のボンボンか」
「また生徒から不正に没収した漫画を読んでるのか?」
「不正じゃない。人の聞きの悪い! 【正当な校則】に則って、だ」
細身で栗色の短髪をした男性教師が椅子に腰掛け、生徒から没収した漫画を読んでいた。捲りあげたワイシャツから、逞しい両腕が覗いている。見かけによらず、筋肉質なようだ。
「九井 賢治だ。担当科目は現代文。といっても、一年生限定だがな。はじめまして、新入りさん?」
年齢は二十代後半くらいだろうか。黒のスーツを着ているのだが、教師よりもホストに見える。整った甘いマスクと噛み砕いた物言いのせいかもしれない。女子生徒たちからの人気が高そうだ。
先生は私に興味がないのか、漫画に没頭したまま顔を上げようともしない。
「先日、編入してきた立花だ」
「はじめまして、立花 聖海です」
「……立花?」
ようやく聖海を見た九井は「あー、やっぱな。あの【ばぁさん】と同じ匂いがする」と怪訝そうな顔をした。「先生は、おばぁのことをご存じなんですか!?」食い気味に質問したからか九井先生から「あ、あぁ……」と小さく返事が返ってきた。妖術師が身近にいるかもしれないと聞いた直後に妖術師の味方の九井先生が発したおばぁを連想させる【ばぁさん】。もしかしたら、九井先生なら私のルーツについて何か知っているかもしれない。これは、解明できるかも!?
「だが、どの【ばぁさん】かは分からねー。お前くらいの歳に出会っても気づいた時には、みーんな【ばぁさん】になってるからな」
「……立花家も歴史が古いということか」
解明できると思っていたが、また振り出しに戻ってしまった。世の中は、なんともうまくいかないものだ。
「そう落ち込むなって! お前もコイツら(妖術師)の仲間なんだろ?」
「九井、彼女はまだ能力が開花していない」
「はぁ!?」
勢いよく椅子から立ったものだから、壁にキャスター付きの椅子が激突してしまい、九井先生に他の先生から鋭い視線が浴びせられた。「スミマセン……」と彼は詫びを入れ、椅子にかけ直した。
「どういうことだよ、雷! 能力のない奴の入部は許可できない決まりだって、お前だって知ってるだろ?」
「あぁ。だが、えーすけの張った結界をコイツは素手で解いた」
「なっ!? んな、無茶苦茶な……」
「おそらく──仮定の話だが、コイツは開花した能力を持っている。だが、何らかの理由で今はそれが使えない状況にあるんじゃないか」
「あ」何かを思い出したように九井先生は呟いた。
「そうだ、そうだった……。なんせ、立花家の人間に会うのは【七十年ぶり】だからな。すっかり忘れてた」
「先生……【七十年ぶり】って……」
九井先生の見た目から、どう考えても七十年以上生きているようには見えない。だが、彼は昨日のことを話すような感覚で【七十年ぶり】という言葉を口にした。いったい、彼は──? 視線を少し左へ逸らしながら、九井先生は目を細めて微笑んだ。
「ここで詳しい話はできない。今日、【本拠地】に行くんだろ? その時、俺も顔を出すよ。話は、そこでしよう。入部届も一緒に持っていく。──けど、せっかく来たんだ。今、ひとつだけお前たちに教えてやろう」
九井先生が口を開いたのが先か、昼休み終了を告げるベルが鳴ったのが先か……。九井先生が何を言ったのかチャイムに搔き消されて分からなかった。
「ほら、昼休みは終わりましたよ! 早く教室に戻りなさい!」他の教師に促され、私と部長は職員室から出ることになった。「それじゃ、【本拠地】で♪」と、九井先生は楽しそうに手を振っていた。
「……アイツ、本当性格が悪い」
「え?」
教室に向けて歩いていると部長が苛立った口調で言った。さきほどの九井先生の発言に対して腹を立てているようだ。
「アイツ、チャイムが鳴る時間を読んで俺たちに重大なことを言いやがった」
「部長は聞き取れたんですか!?」
「当然だろ。あんなチャイムごときのノイズ、あの人の【あやかし】が放つイビキに比べれば何てことない」
「あの人……?」
部長は黙ったまま、眼鏡を左手の中指で押し上げた。私の問いに答える気はないらしい。あの人とは誰のことなのだろう。気になるものの、「詮索するな」と言わんばかりのオーラを部長は発していて、あの人について聞くのを断念する他なかった。
「……立花。どうやら、お前は名家の出らしい」
「えっと……お嬢様というやつですか?」
「それとは違う気もするが、水守も言っていただろう。妖術師はある日突然生まれたりはしない。元となる本家があり、そこから枝分かれし、現在の妖術師を構成している。俺の家は、本家の一つだ。しかし、昔のように本家の威厳も力もない。誰かが統一するのではなく、協力し合うのが今のスタイルだからだ。トップもいずれは、消滅する。……すまない、話がズレた。立花家も元は本家の一つだったそうだ。しかし、後継者が現れず、妖術師界から姿を消した。そう九井は言っていた」
「それじゃ、私は──」
「あぁ。もしかしたら、正真正銘の【選ばれし者】かもしれない」
徐々に見えてきた妖研の活動内容と妖術師という存在について。私の──立花家の【型】とは、いったい何なのだろうか。その答えは、本日の放課後になれば分かるはずだ。妖研メンバーが集結する【本拠地】で。
「あ!」
「どうした、立花」
「……お昼食べ損ねました」
「……俺もだ」