妖怪研究部 ➂
「では、各自活動報告を」教壇の前に立ち、進行を始めた部長に「待って」と影助が声をかけた。
「なんだ?」
「せっかちも程々にね、部長さん。このままじゃ、マズイでしょ?」
影助が指さしている場所を目で追うと、力を無くした紙きれがブラブラと揺れ、空き教室の扉が露わになっていた。よく見ると後ろ扉にも同じ紙が貼られている。どうやら、この紙切れが結界の正体のようだ。
「結界張り直すから、話はそれからでいいよね?」
「……すまない。えーすけ、任せた」
「了解」
やれやれと呟きながら影助は内側の扉の前に立つと、ぶら下がっている紙を剥がし、「ご苦労様」と告げた。紙は瞬く間に灰と化し、消えてしまった。新手のマジックみたいだ。さらにズボンのポケットから、七夕で使用される短冊ほどの大きさの和紙と筆ペンを取り出した。
和紙に筆ペンで何か書き始めた
かと思うと、今度はそれを左手の人差し指と中指で挟み、ゴニョゴニョと呪文のようなものを唱え、その手を扉に突き出した。
「【幻】」
今までクリアだった景色が扉の箇所だけ水中のように見える。まるで、水族館の水槽を覗いているような感覚だ。室外から聞こえてくる音も水を通したように籠って聞こえてくる。
「あの結界や、この現象もマジックの類ですか?」
不思議すぎて理解が追いつかない。人が起こす不可思議な現象には何かしらのトリックがあると聖海の愛読書である推理小説に書かれていた。きっと、この現状にも何かしらのタネがあるはずだ。だが、聖海の問いに妖怪研究部の面々はふるふると小刻みに震えている。「限界!」と真っ先に笑い声をあげたのは、風見だった。それを合図に他のメンバーも声を出して笑い始め、教室は一気に明るくなった。
「違う、違う!! マジックって……笑いすぎて腹よじれる!! あー、おっかしいー!!」
「そんなに笑うことないじゃないですか! みなさんも笑いすぎですよ!!」
「すまない」部長は謝りながらも、まだ笑いを堪えて震えている。「笑いすぎて涙が出てきたんですけどー!」と指で涙を拭いながら、風見さんは続けた。
「こんなに笑ったの久々! 立花、俺たちは【妖術師】だよ」
「……ようじゅつし?」
「そっ! 妖術師! てか──お前もな!」
「はい!? わ、私もですか!?」
【妖術師】という聞きなれないワードに困惑しかない。その上、自分もその【妖術師】に含まれているというのだから驚きだ。妖術師と聞くと、呪いなどおどろおどろしいイメージがあるが、目の前にいる妖術師たちは、そのイメージから遠くかけ離れた高校生だ。聖海の脳内をクエスチョンが飛び交う。
「妖術師って、そもそも何ですか?」
「……本当に知らないのか? いや、そんなはずはない」
「あの、部長さん?」
「お前は──何でもない。えーすけ、立花に説明してくれ」
「了解」
部長は何を言いかけたのだろう。「本当に知らないのか」と尋ねた彼は妙に焦っていた。黒板に図を描き終えた影助は聖海と向き合った。
「【妖術師】というのは、一般的に【魔法使い】の一種とされている。とは言っても、僕たちは魔法使いじゃない。霊感は知ってるよね?」
「うん。幽霊を視たり、感じたりする力のことだよね?」
「そう。それと同じように【妖力】も存在する。この力を持っている人が【妖術師】」
「それが──【選ばれし者】?」
「お! 立花、賢いじゃん!! 大正解! 【妖力】を持っている人間はそういないから、俺たちは【選ばれし者】ってわけ」
横から口を挟んだ風見は聖海に向かって親指を立てグッドサインを送った。それに対し、「なるほど!」と聖海も両手の親指を立て風見に返した。
「邪魔が入ったけど、話を進めるよ。妖術師と一口にいっても、いろいろいるんだ。俺は、結界専門の結界師。部長と風見さんは、式神を扱う召喚師。副部長は、医学に長けた医術師」
「凄い!! なんだか、RPGのゲームみたい!」
「……まぁ、少しズレてる気もするけど、例えとしては分かりやすいかもね」
有名なRPGゲームの主題歌が流れ、ゲーム内のキャラに扮した妖研メンバーが見える。強そうなパーティだ。しかし、聖海は気づく。自分は何の装備もない丸腰状態じゃないか……。ただ町を歩いている村人Aと大差ない。
「あのー……私は、どのカテゴリーなんでしょうか? 何の能力も持っていませんけど……」
「いや。お前は能力が無いわけじゃない。えーすけの結界を破ったんだからな。並みの妖術師でも【素手】で結界を破れる奴はそういない。──ちょうどいいところに。いいか、アイツをよく見てろ」
すらっと伸びた部長の細い指の先には、教室で話しかけてきたミステリー研究部の女子生徒の姿があった。影助が張った結界で彼女は水中にいるように見える。
「あれー? 見失った!? 確かに、こっちに来たはずなんだけど……。どこに消えたの?」
空き教室の扉の前を何度も行ったり来たりしている。きっと彼女も【壁】としか認識できていないのだろう。まさか、目の前の【壁】の向こうに空き教室があるとは夢にも思っていないはずだ。
その【壁】に左手をあて項垂れるも、すぐに顔を上げた。右手の拳がふるふると震えている。扉越しに聖海は彼女と目が合った。しかし、彼女がこちらに気づく様子は全くない。
「次こそ、尾行の腕を上げて妖研の謎を解明してやるんだから! ……ジッチャマの名に懸けて!!」
どこかで聞いたことがあるようなセリフを吐き捨てると、彼女は来た道を戻っていった。
「ありゃまぁー。ずいぶんとやる気だね、ミス研は」
「ふふ。もし知られたとしても、忘れ草のお茶をご馳走して、すべて忘れていただきましょう」
「……副部長、目が笑ってないよ」
軽く咳ばらいをし、部員たちを黙らせると、部長は聖海に向かい合った。
「分かったか? 妖力を持っていない奴が触れても妖力で張った結界は反応しない。お前は【妖術師】としての素質はあるが、今はその力を活かしきれていないだけだ」
──【素質】。今まで、この言葉をかけてくれた人がいただろうか。何をやっても【向いていない】と言われ続けてきた。聖海が部活動の勧誘を断り続けていた理由の一つでもある。入りたい部活がないのではなく、本当は入るのを躊躇っていた。
各部長たちの熱意に自分は応えられるのか? 入部して早々【向いていない】とガッカリされるのではないか?
それが何より怖かった。でも、妖怪研究部は受け入れてくれた。素質があると部員たちに認められ、仲間に入れてもらえた。やっと見つけた自分の居場所。手放すわけにはいかない。少しでも、早く他の部員たちに追いつきたい。
「どうしたら、妖力を活かせるようになりますか?」
聖海の問いに今度は副部長が答えた。
「まずは、自分のルーツを知ることです。妖術師は、ある日突然生まれたりしません。あなたの身近に妖術師がいるはずです。その人物に心当たりはありませんか?」
「心当たり、そう言われても……」
妖術師というワードも、自分が妖術師であるということも今日初めて知った。身近にいると言われても、全然ピンと来ない。思い当たる節があるわけではないのだが……なんだろう。何かが引っかかっている。
──お前は選ばれた。いずれ、【その時】が来るだろう。
「まさか!?」
夢で聞いた祖母の声がまた聞こえた気がした。間違いない。あの声は、やはり祖母のものだ。もし、「選ばれた」が【妖術師】について言っているとしたら、妖術師は祖母ということになる。しかし、ここで疑問が生まれる。彼女が亡くなる前でも後でも【妖術師】に関する話を一言も聞いていない。
「何か心当たりでも?」
「いえ、はっきりとは分からないですが……」
見えないトゲが確かに刺さっている。『思い出せ』と言わんばかりに記憶の中をチクチクと刺激する。抜けそうで抜けない。掴めそうで掴めない。もどかしい見えないトゲ。
忘れているとでもいうのだろうか。だとしたら、いったい何を?




