妖怪研究部 ①
廊下を歩く二人の足音が静かな旧校舎に響いている。六星高校は新校舎と旧校舎があり、主に生徒たちは新校舎を使用している。旧校舎は音楽や美術、科学の実験等で使用され、美術部・写真部など文化部の活動場所にもなっている。新校舎と旧校舎は渡り廊下で結ばれており、出入りは自由だ。
教室を出てから何を話すでもなく、ただただ前を歩く彼の背中を見つめ、ついていく。おしゃべりすぎるタイプも困りものだが、まったく話さないタイプもこれはこれで困る。こっそりと何度目かのあくびをした後、聖海は彼について考えていた。
目の前を歩く人物はイケメンでインテリ系の見た目をしているのに、【妖怪】という非現実的な存在を本当に信じているのだろうか? だから、【妖怪研究部】という部活に所属している? そう考えると、案外かわいい人物なのかもしれない。
勇気を出して話しかけにくい雰囲気を放つ彼の背に聖海は声を掛けてみた。
「あの!! 妖怪研究部って、何をする部活なんですか?」
「妖研は、【選ばれし者】が集う部活だ」
先ほど勧誘に来ていた他の部長たちも言っていたが、そもそも【選ばれし者】とは何だろう。その部活を束ねているのだから、目の前にいる彼も【選ばれし者】ということになる。何を基準に部員は選ばれるのだろうか。容姿端麗、成績トップ、運動神経抜群──いや、これだと【妖怪】とは無縁だ。妖怪の知識が豊富で霊感がある、とかだろうか?
「選ばれた人たちを集めて何をするんですか?」
「詳しいことは外部に持ち出さない決まりになっている。お前は、ただついてくればいい」
「そう言われても……」
「妖怪研究部は、誰でも入れる部活じゃない。さっきも言ったが、【選ばれし者】のみが入れる。お前に、その資格があるのかテストさせてもらう」
「テストですか? 私、妖怪に詳しくないし、霊感もありませんよ?」
「そんなものは必要ない。最近、ニセモノが多くてな。教室でお前に話しかけていた奴も、ニセモノの一人だ。ミステリー研究部がうち(妖研)の謎を解明すると躍起になってるんだよ。まったく、迷惑な話だ」
「もし、私もニセモノだったら……?」
「その時は他へ行け。ニセモノだった時点で、ウチ(妖研)には用無しだ」
淡々と歩くペースと同じように彼はバッサリと言い捨てた。もう少しやわらかな言い方をしてもいいと思うが……。【選ばれし者】しか入部できない部活とはいえ、勝手に連れて来て審査をし、用無しだからさようならというのは、あんまりじゃないか。この部長に情というものは無いのだろうか。口を尖らせながら歩く聖海の前で彼が足を止めた。
「着いたぞ。それじゃ、中に入れ」
「え? え!? ……ここ、ですか!?」
「あぁ」
「『あぁ』って言われても……。扉どころか窓もないし、これ──どう見ても【壁】ですけど?」
自分の目がおかしいのかと何度も目を擦る。だが、何の変化もない。目の前にあるのは、廊下と同じ頑丈なコンクリートの壁。この中にどう入れというのだろうか。
「見た目は壁だが、実際にはこの先に扉があり、空き教室がある。【選ばれし者】ならば、簡単に出入りできるはずだ。……こんなふうに。早く入って来い。詳しい話は中でしよう」
部長は壁に手を伸ばした。あろうことか、部長の体はゆっくりと中へ。スゥっと溶け込むように静かに姿を消してしまった。まったくもって現状も壁の仕組みも理解できない。人が壁の中に消えた。悪い夢でも見ているのだろうか。「痛い!!」頬を思いっきりつねってみたが、現実であることを痛感した。
「入って来い」と言われても、何をどうすればいいのか分からない。途方に暮れていると、壁の一部がプルプルとゼリーのように脈を打ち始め、ぬぬぬぬっと人の頭部が壁を突き破って出てきた。
「早く来いよ! あぁ見えて、龍ちゃんは短気だから」
「うわぁ!? オバケ!?」」
ツンツンヘアの赤い髪をした見知らぬ男子生徒の顔。首から下は壁の中だ。ホラー映画でもなかなか見かけない演出だ。驚きすぎて後ろにのけ反り、尻餅をついてしまった。なにが起きているのか理解なんてできない。できるはずもない。混乱している聖海をよそに男子生徒は楽しそうに笑っている。
「おいおい、誰がオバケだよ! 俺は、れっきとした人間だって!」
「に、人間はそんな簡単に壁を行き来できません!!」
「【壁】、ねぇ……。その概念がある内は無理かもよ?」
「え? それって、どういう意味ですか?」
「俺からのヒントは以上! あとは、自分で何とかしてみ!」
いたずらっ子のような笑みを残し、「待ってるぞー」と手を振りながら再び壁の中へ彼は戻っていった。
「な、なにが起きてるの!?」
怪奇現象のオンパレード。全然、理解できない。なんで、人が壁の中を出たり入ったりできるのだろう。どういう仕組み? もしかして──関わってはいけない人たちに関わってしまったのではないだろうか。ここに来たことを後悔しても遅い。妖怪研究部は、奇術師の集まりなのかもしれない。だが、聖海の中に逃げ出すという選択肢は無かった。夢で祖母に言われた言葉がどうにも引っかかる。【選ばれた】──彼ら妖怪研究部は【選ばれし者】が集う部活。関係があるように思えてならない。
立ち上がり、聖海はスカートを叩く。じっくりと目の前の壁を見つめる。やはり、どう見ても壁だ。しかし、先ほどの男子生徒は言っていた。「その概念がある内は無理」だと。ということは、壁に見えているだけで本当は壁じゃないのかもしれない。
部長の動作を思い返して真似をしてみる。恐る恐る壁に右手を伸ばしていく。きっと、この先に求める答えが待っているはず。ゆっくり、ゆっくりと聖海は手を伸ばす。……壁まで、あと数センチ。
──バチバチバチッ……!!
「痛ッ!! な、なに!?」
壁に指先が触れた途端、電気が伝わってきた。冬場、鉄製のドアノブに触れたとき、バチッ!と起こる静電気と感覚的に似ている。
「拒まれた……?」
かすかに痺れている指先。だが、これでハッキリした。やはり、壁に見えているだけのようだ。本物の壁であれば、こんな現象は絶対に起きない。壁じゃないことは判明したが、また拒まれるかもしれない恐怖……。静電気のような電気をまた体験するのは嫌だ。
自分の右手と壁を交互に見つめる。何がいけなかったのだろう。右手よりも左手のほうがいいのか? 部長は、どちらを出していたっけ?
「あれ……?」壁の一か所に楊枝を刺した痕のようなわずかな穴が開いている。あそこに手をかざしたら、どうなるのだろう。もう一度、やってみよう。それでダメだったら、私は【選ばれし者】ではないのかもしれない。意を決し、聖海は大きく深呼吸をした。
再度、壁に右手を伸ばした。見つけた穴を塞ぐように、先ほどよりも一つ分手を下にずらして。
「……お願い。通して」




