憧れのヒーローはいない
鬼たちの鋭い爪により、結界は引き裂かれた。結界が消滅する直前、二人は飛び出し、それぞれの標的の前に立った。
「アンタが相手で嬉しいよ、雷の坊っちゃん」
「フン、我らも甘く見られたものだ」
「……甘くなんか見てないさ。今から、その証拠を見せてやる」
背中合わせでも、向こう側から禍々しい妖力と清らかな妖力がぶつかり合っているのが分かる。一対二という不利な状況にも関わらず、部長は押し負けていない。
能面の鬼が聖海を嘲笑う。
「小娘が私の相手を?」
「そう。文句ある? ……私はあるけどね!!」
「ククク……。少しは楽しめそうだ」
先に動いたのは、部長たちの方だった。鬼たちは部長めがけ、触れただけでも深手を負いそうなほど強烈な爪で二人同時に襲い掛かってきた。
「……速いな」
「どうした、小僧。逃げてばかりだが」
「ほら、ほら、ほらッ!!」
相手の攻撃を防ぐのに手一杯だ。狭い室内では逃げられる方向が限られ、下手に動くと挟み撃ちにされてしまう。部長の顔に陰りが生じた。鬼たちは、それを見逃さない。さらに攻撃の手を彼らは強めてきた。
爪のみだった攻撃にパンチやキックを織り交ぜ、攻撃のパターンを増やし、避けるだけでも精一杯だというのに、一撃一撃の重みも倍増。防戦一方な展開だ。
綺麗で穏やかだった和の空間は、もう無い。見るも無惨に朽ち果て、緑の壁には鬼たちの爪痕が至るところに刻まれている。掛け軸はボロボロになり、掛けてあるというよりも、命からがら ぶら下がっているような状態だ。床の間に飾られた壺も、あちこちが欠けている。襖も畳も同じようにダメージを受けていた。
鬼たちは周りを気にもせず、一心不乱に攻撃を続ける。左右から次々にパンチやキックを繰り出し、部長はそれを体勢を崩しながらも何とか躱していく。だが、避けるばかりでは倒せない。それは部長自身が一番よく分かっている。
しかし、この状況下で召喚の儀をしている暇などない。何か手はないものかと気持ちだけが先走ってしまう。
「雷の子よ、憐れだな。貴様は何も出来ず、我らの腹に収まる事になるのだから」
「悔しかったら、反撃してごらんなさいな。……はぁ。雷家も落ちぶれたものね。以前、闘った御老人の方がアンタより何倍も楽しませてくれた」
「祖父の事か」と直ぐに部長は勘づいた。
部長にとって祖父は妖術師の師であり、ヒーローだった。どんな敵にも一人で立ち向かい、必ず勝って帰ってくる。まさに、無敵で最強のヒーロー。しかし、いつか子供は自身の成長と共に気付くのである。夢にまで見たヒーローが、どこにもいない事を。
それは祖父が亡くなった後、発覚した。病室のベッドで横たわる彼の体内から、幾つもの妖玉(見た目は人玉だが、そこにはあやかしの魂が入っている) が抜け出し、窓をすり抜け、空へと還って行く。
「お主も我を欲するか?」
一際大きく、禍々しい黒と紫が混合した妖玉が部長の前にやって来た。
「……誰?」
「我は、邪神。お主の寿命を少しばかり分けてくれぬか? さすれば、お主が死ぬまで我の力を貸してやろう」
「……まさか……おじい様は」
「察しの良い奴じゃ。我らを取り込むのに自分の寿命を差し出した。……元々、短い命。それを知らず、欲に溺れた哀しき男よ。安心せよ、お主は違う。その長き寿命を使い、力を手に入れてみないか? 【無敵】という名の力を!」
「……いらない。どんなに強い力だとしても、俺には必要ないッ!!」
怒りの眼差しを妖玉に向け、力任せにそれを掴むと、そのままの勢いで握り潰した。秋風が枯葉の音と共に窓から吹き込み、それを受け、病室のカーテンが寂しく波を打つ。
憧れのヒーローは、いなかった。
祖父の亡骸を見つめ、裏切られた想いと何とも言えない虚しさが全身を巡り、その結晶が涙として目から溢れ出し、いつまでも止まらなかった。寿命を払ってまで闘った祖父と力の差はあるかもしれない。だが、部長は負けるわけには いかないのだ。例え、一人で二体の相手をするのが無理だったとしても。自分を頼りにしている、護らなければいけない人がここにいるのだから。




