生きた心地のしない無賃タクシー
部長と二人、街中を歩いていく。電車で行こうか、バスで行こうか。携帯で調べながら、聖海は歩いていた。
「何してる?」
「電車で行くか、バスで行くか、時刻表を見てたんです」
「家、どこにあるんだ?」
「隣町の仲条です」
「仲条か……。ちょっと来い。走るぞ」
聖海の腕を掴み、部長は走り出した。それも物凄い速さで。雷の如く……とまではいかないが、景色はビュンビュン飛んでいく。聖海の足は地に着いているようで着いていないような不思議な感覚がしていた。この感覚に聖海は覚えがあった。幼い頃の──
「よし、ここまで来ればいいだろう」
部長の声が聖海を現実に戻した。あれ程のスピードで走ったというのに、彼の息はひとつも乱れていない。代わりに、聖海がゼェゼェ肩で息をしていた。コンクリートの壁に囲まれた狭い路地裏。一度、部長のみ表通りに顔を出し、辺りをキョロキョロ確認すると、再び聖海の元へ戻ってきた。
聖海の息は上がったまま。路地裏に「はぁ……はぁ……」と荒い息遣いが響く。
「もうすぐ、楽になる」そう言うと、部長は和紙と筆ペンを取り出し、型を書き、指ではなく唇に和紙を挟んだ。そして、空いている両の手の人差し指と中指を合わせ、何やら唱えたあと、息を「フッ」と吹いた。口に挟んでいた和紙は地面へとハラハラ舞い、着地した。
「我、汝に呼び掛ける。霊魂を運び給ふ」
部長が告げ終えると、風も無いのに和紙はクルクルと回転し始めた。どんどん、その速さは増すばかり。そして、一筋の旋風が現れ、その中から黒い馬車が出てきた。だが、この馬車……馬と馬の手綱を引いている者の肉体は無い。あるのは骨格のみ。カツカツと骨が動く音が不気味に鳴っている。
「何ですか……これ……」
「霊魂を運搬するのに使う、【 霊魂葬車】だ。これに乗っていけば、人の目にも触れず、渋滞もなく目的地まで行ける」
「霊魂て……死者の魂……ですよね?」
「あぁ。ま、無賃のタクシーみたいなものだ。さ、早く乗れ。……隣町の仲条まで頼む」
生きた心地のしないタクシーに、生まれて初めて聖海は乗車した。
見た目は、お世辞にも綺麗とは言い難い。馬車は年季が入っており、動く度に " ギシ……ミシ…… " と草臥れた音を立てている。けれど、意外と馬車の中は広く、窮屈さも古臭い匂いも無かった。腰掛けている椅子も座り心地がいい。
何より、涼しく快適だった。外気は、照り付ける太陽とアスファルトからの照り返しの熱で、ムワンとして暑い。だが、車内は程よい風が吹き抜け、汗がひいていく。
「乗り心地いいし、何より涼しいですね!」
聖海と部長は向かい合う形で座している。両腕を胸の前で組み、左足を右足の上に乗せて座っている部長が聖海の言葉に鼻で笑った。
「お前、妖力はあるのに見えないのか? それだけ集まってれば、そりゃ涼しいだろうな」
「……え?」
ゆっくり首を右・左と動かせば、聖海の周りにいくつもの霊魂がいた。
「ひゃあ!?」
その魂は様々で、犬・猫・鳥……無論、人も。それが聖海を取り囲んでいるのである。声を上げ、飛び跳ねるのも無理はない。
「あ、あの……取り憑かれたり、しませんよね?」
「さぁー、どうだろうな。……妖力の高い奴を喰らおうとする霊魂も稀にいるが」
「喰らう!? そ、そんなの困ります!! どうにかしてください!!」
「落ち着け。この馬車を降りて、元の世界に戻ってみないと分からない」
「元の世界って……普段通りの街並みですよ?」
西へ帰宅途中の太陽。赤から段々とオレンジへ光が弱まっていく。街の人々も、それに合わせるように帰宅ラッシュが始まる。せかせかと横断歩道を渡る人の群れ。家路を目指し、車の大行列が信号が変わるのを今か今かと待っている。
いつもと変わりなく見える世界。しかし、いつもと違う事が確かにある。
「俺達が今乗っているのは何だ?」
「【霊魂葬車】……でしたっけ?」
「あぁ、そうだ。本来、【死者】の魂を運ぶのに使う。それに、俺達は乗っている」
「あ! 生きてる私達が乗ってるって、矛盾してる!!」
「ようやく気づいたか……」
「でも、どうして乗れたんですか?」
「それは、坊ちゃんと【契約】しているからですよ」
部長が答える前に、馬車の手綱を引いている骸骨が二人の方をチラッと見て答えた。
「その呼び方は、もう止めてくれ」
「すみません。板についてしまって。この方は凄い才の持主で、私共(霊魂葬車)は生きている人間には見えません。妖力のある方でもハッキリとは、なかなか……。そんな中、幼少期に私共を見つけ、契約を結んだのです。それ以来、こうして役立てて頂いております」
部長が只者でないのは分かっていたが、まさか幼少期から見えていたとは驚きである。口を半開き状態にさせ、聖海は部長を見つめた。
「立花、見苦しい顔を向けるな」
「契約を結んだって事は、幼少期には【型】を会得していたんですか!?」
「あぁ。祖父から受け継いだ」
ますます、聖海の口が開いていく。聖海の幼少期と言えば、祖母が暮らしていた田舎町の田んぼでカエルを捕まえて喜んでいたくらいだ。雲泥の差とは、まさにこの事を言うのだろう。
「話は戻るが、契約しているから、俺達は肉体のまま乗れた訳だ」
「なるほど。契約と召喚、便利ですね! ……その分、何かリスクがありそうですが……」
「……お前、鋭いのか鈍感なのか分からないな」
「あ、よく【 昼行灯】って言われます」
「フン、だろうな。……正直、リスクはある。契約を結ぶのに、妖力の強い妖ほど契約料がかかる。時に妖力を払ったり、望む物を差し出したり。……寿命と引き換えに契約を結んだり」
「寿命、ですか……」
「上を見たら限りがない。弱い奴でも鍛えてやれば、立派なあやかになれる。……俺は寿命を差し出してまで、強さは要らない」
最後の言葉は【誰か】に対して言ったように、聖海には聞こえた。
現世とあの世の境、即ち霊界。ここを霊魂葬車は霊魂を乗せ、走っていく。見えている景色は現世だが現世の人間には見えない。そんな不思議な空間を旅していた聖海と部長だったが、ゆっくりと馬車は速度を緩め、停車した。
「さぁ、着きましたよ」
目的地である隣町の仲条駅前に着いた。ここでも、次から次へと様々な霊魂が乗り込んでくる。
「忙しい所、すまなかったな」
「いいえ! 坊ちゃ……龍人様のお役に立てて、私どもは光栄です。では、また。道中、お気を付けて」
「あぁ。お前達もな」
「乗せて頂き、ありがとうございました!」
挨拶を交わし、元の世界に降り立つと霊魂葬車の姿はフッと消えてしまった。
「取り憑かれてませんか?」
「残念だが、誰も憑いてない」
「よかったー!! ……って、何で残念がるんですか!!」
「それより、家には連絡したのか? 近くまで来たら、連絡する手筈だっただろ?」
「忘れてた!」と慌てて、聖海は母に電話を入れた。
「今、仲条駅に着いたから、あと五分くらいで着く」
「分かった」
「あと……部活の部長さんも一緒だから」
「へー。ま、気をつけて いらっしゃい」
手短に電話を済ませ、家に向けて歩いていく。この先に祖母の遺品が待っている。……夢で言っていた言葉の意味も分かるかもしれない。期待と不安が渦を巻き、それを聖海はゴクリと飲み込んだ。
彼女から数歩後ろを歩いている部長も収穫に期待を寄せ、歩を進めていた。




