蘇る祖母との記憶
部長の家に向かっている道中、聖海はさきほどの電話での会話を思い出していた。久々に聞いた母の声。元気そうで安心した。
「さっきは、電話に出れなくてごめんねー。何かあったのー?」
「こっちこそ、急に電話してごめん。今日、休みだったよね?」
「うん。そうだけど」
「今、時間ある?」
「【我が子からの電話より優先することなんてない】って、いつも言ってるでしょ?」
聖海は朝一で母へ電話を掛けていた。今日、仕事が休みだと前から聞いていたからだ。母は有名デザイナー。家庭を言い訳にせず、バリバリ働いている。そのため、祖母の家に幼い頃はよく聖海を預けていた。しかし、小学校へ入学すると学童に預けるようになり、そこへ父の転勤も重なり、祖母との距離も遠くなっていった。
休みの日、母は大体家でくつろいでいる。電話にも直ぐ出るだろうと見込んで、聖海は電話を掛けたのだが、掛ける時間が早かったらしく、彼女は寝ていたようだ。
「今日、家に居る?」
「居るよ。さっき起きて、今はDVD観てる。……もしかして、編入早々イジメられた!?」
「違う。……ちょっと、おばぁの遺品に会いたくなって」
「……そう。あなた、おばあちゃん子だったものね。何時頃来るの? 確か寮に門限なかった?」
「ある。夜八時までに戻らないと」
「じゃあ、都合がいい時間に来なさい。出掛ける用事も無いから」
母たちが住んでいるのは、聖海が通う六星高校から西へ行った隣町。電車で十分ほどの距離だ。市バスでも行くことができる。
「分かった。ごめんね、せっかくの休みなのに」
「何言ってるの。娘のワガママも聞けないようじゃ、母親なんて言えない。……それに、あなたには迷惑ばかりかけてるもの。出来る限り、ワガママには応えていくつもり。けど、お金は別だからね!」
「分かってる。……ありがとね。じゃ、行く時また電話するから」
母との電話を終え、聖海は歩き出した。初夏の香りが中庭を吹き抜けていく。それをいっぱい吸い込み、懐かしさを吐き出した。
母との会話で祖母との思い出が過ぎった。
よく祖母は聖海のワガママに付き合ってくれた。どこだったか詳しい場所は覚えていないが、【淡い水色の花】が咲く河原へ行きたいと言っては祖母を困らせた。数回しか訪れていない場所。なぜだか、祖母はそこへ行きたくない様子だった。だが、その理由を亡くなる一ヶ月前に祖母は聖海に教えてくれた。このとき、祖母は気づいていいたのかもしれない。自分の人生が終わろうとしていることを……。
「お前には話してなかったね」
「なんの話?」
祖母の自宅の縁側でうっすら積もった雪を眺めながら、緑茶を飲んでいたとき、祖母が話し始めた。
「【水色の花】が咲く河原に小さいとき、よく行きたがってただろ?」
「あー……うん。特に何かあるわけじゃないのに、あの場所に行くと、すごく落ち着いたから」
「……あの場所は、普段から行ける場所じゃない」
「え?」
「特別な──そう、【会いたい人】に会える場所なんだ。この世の中、狭いように見えてるだけで、本当はアタシらが知らない世界も存在してる。その狭間に、あの河原はあるんだよ」
「……なんか、よく分からない場所だね」
「あぁ。だから、お前が行きたいって駄々捏ねた日は散々だったよ。すぐ見つかればいいが、そう上手くいかなくてね。自分の老いを嫌でも痛感させられたもんだよ」
「はは……。ごめんね、おばぁ」
「いいんだよ。お前の喜ぶ顔が見たくて、アタシも必死だったんだから。でもまぁ、今同じことを言われても、アタシは動かないけどね」
「なにそれー! 今だって、十分可愛い孫でしょ?」
「いいや。お前の可愛さは、五歳で終わっとる」
「ひどっ!!」
減らず口ばかりの祖母だったが、聖海はそこも含め、祖母が好きだった。父の転勤により、祖母と距離が開いても毎日のように彼女に電話を掛けるほど、聖海は祖母が好きだった。できることなら、もっと一緒にいたかった。しかし、祖母は自身の病気のことを誰にも話さず、永遠の眠りについたことを確認した主治医から病気について聖海たちは知らされた。──末期癌だった。
病気以外にも、祖母は体の臓器が一部欠如していると明かされた。手術を受けるために撮ったレントゲンでそのことが発覚し、主治医も驚いたそうだ。医者と祖母は付き合いが長く、これまでに何度か手術を祖母は受けていたが、手術で取り除いたわけでも、生まれつき持っていなかったわけでもなく、ある日突然消えたのだと主治医は言う。その不可解な出来事についても、祖母は決して誰にも、主治医にさえも話していなかった。
妖術師について聞いた後だからか、祖母の消えた臓器の謎も【あやかし】と何か関係があるのではないかと聖海は思えてならなかった。




