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8 靴

 死亡推定時刻は午後9時頃。同じ家に居た彗達は、警察の事情聴取を受けた。


 両親の事件を担当したのは、倉城さんとは別の刑事だ。


 彗達兄妹と、家の裏口の合鍵を持っていた第一発見者の蛭子さん、細川さん夫妻、細川さんの家にあった合鍵を盗める状況にあった弟子二人が容疑者だった。


 玄関の鍵は家族しか持っていない。夜は夕飯に来た兄が戸締りをし、朝もそのまま閉まっていた。

 殺された両親の持つ鍵は、全て二階の自室に保管されていた。


 彗はその時間、なかなか来ない兄を待ち台所にずっと居た。

 遅い夕食を警察にも指摘されたが、学校が遠いのと、修行があると更に作り始めるのが遅れる事などを理由に挙げた。

 細川さんの奥さんが作ってくれる両親や弟子一同は、7時に行けば夕飯にありつけるが、彗と兄はそうもいかない。修行がある前提で7時に作り始め、8時頃が夕食となる。


 台所に居た間、暖簾のれんの下から通るのが見えたのは女性一人。おそらくは兄の恋人。

 玄関が閉まる音と、車が去る音も聞こえた。

 確か9時台の番組の途中だ。兄もその直後に現れた。


 兄の部屋の前にある縁側の戸もいつも開けてあるのに、その日は早くに閉めていたそうだ。…まあすぐ傍に女がいるんじゃな。


 他に離れなどがあるが、窓は全て鍵がかかっていた。



 葬儀は兄が喪主を務め、彗はそのサポートをした。


 幼馴染達は慰めてくれたが、葬儀の間中、村の人達の噂話が突き刺さるようだった。

 星野家は畏怖の対象であると同時に恨まれている。この中の誰もが疑わしく見えたのだ。



 通夜の日の夕方には、倉城さんが車で声をかけてきた。

 刑事らしくスーツ姿だ。髪黒っ。


「…それでも昔やんちゃしてたんですか」

「? 何を言ってるんだ」


 彗の中では既に、妄想と現実が混濁している。



 倉城さんも事件の内容は把握しているようで、彗が知らなかった事も教えてくれた。


「細川邸での夕食は、その日は7時。弟子二人と、殺された当主夫妻も同席している。

 当主夫妻が帰ったのが7:40頃、8時までにはそれぞれ夕食を終えバラバラになっている。

 その後夫婦を除き、顔を合わせてはいないそうだ。よって抜け出す事は可能だろう」

 それはいつもの行動と矛盾している点は無い。



「…そして、君のお兄さんは8時過ぎ頃から恋人である弟子の一人と一階の部屋に居たそうだ。

 身内の証言は参考程度にしかならないので、彼らの無実の証明にはなっていない。」


 倉城さんは彗を安心させるような言葉は使わず、事実だけを伝えてくれた。


 ―彗はその日、部屋から漏れ出た声を聞いている。あれも確か8時半前後だった。

 しかし言っていいのか躊躇われる。身内の恥、って言うか恥ずかしい。


 これも身内の証言と取られるなら意味ないな、と思いやめておいた。

 別に部屋の前でずっと張り付いてたわけでもないしね。両親が殺されたのは9時台だ。

 でもその後暖簾の下から見えたのと、服と靴の特徴くらいは言っておいた方がいいかな。


………



「それが本当だとして、二人が共犯の可能性ももちろんあるが…ただ、今回の犯行は君のお兄さんや女性とは考えにくいので、他の容疑者も疑う事になった。」


「あ・・  うん、そうですよね。」


 両親の殺され方は、酷いものだったらしい。

 兄のあの体では無理があるし、返り血なんて浴びてたらシャワーも使わなくてはならないだろう。

 シャワーの音なら台所からでも聞こえそうだ。お湯もそっちに取られて出なくなったりするし。

 返り血を浴びない為の道具などは、今の所周辺からは出て来ていない。


「…それで、ここに来たのは君に訊きたいことがあるからだ。

 単刀直入に言って、君の両親は呪殺される可能性はあるか?」


「…… 無いはずです。

 呪術師同士だと、通常は呪い殺せません。術の元である御神体同士が反発し合うからです。」


 かなりの力の差があれば例外かもしれないが、当主であった両親をそこまで上回る呪術師は少なくとも星野家には居ないはず。

 第一、そんな事したら自分もただじゃ済まない。



「・・やはりか。

 お二人にも蛇の痣の跡らしきものはあったそうだが、写真で見ると今までのものと微妙に違っていた。…多分、人工的に掘ろうとして誤魔化したんだろう。」


 …つまり、刺青を掘ろうとして失敗したから、両親はそれを誤魔化す為に無残な殺され方をしたというのか。

 彗が口を押さえた為、倉城さんは車を停めた。


「吐くか?」


「……大丈夫です。見たわけじゃないし」



「で、すぐ捕まりそうなんですか?」

「これと言った証拠がまだ出てきていない。

 これで呪術が関連していたら警察はお手上げだったが…。人為的なものなら、ああいう大がかりな事件は、すぐにボロが出る事が多い。」


 倉城さんは電話番号を記したメモをくれた。


 受け取ったらまずいかと一瞬思ったが、その対象である両親が既にいない事に気付き、素直に受け取った。



「・・お兄ちゃん、あの日ここに居たのって由香里さんじゃない… よね。」


 通夜が終わってから兄に問いただした。


「なんでそう思った?」

「靴が違う。」


 由香里の靴は、先日出て行った時にチラリと見ている。


 今までだって修行の間、裏口に置いてあった靴も何度か見かけたが、彼女は大体いつも同じ靴だ。女物は家族の分を除いて1つしかない。

 靴を替えただけ、と誤魔化されるかと思ったが、由香里さんに訊けばわかる事だ。

 幸い兄は両手を上げてくれた。


「なんで嘘ついたの?」

「いや、疑われるのも可哀想だと思って。浮気がばれるのも嫌だったし」

「お母さん達が殺されたのに、そんな…」


「そう言うけど、彗。 本当に悲しんでる?」



「実は喜んでるんじゃない?邪魔な人間が居なくなって」

「…本気で言ってる?」


「まさか。彗はそんな子じゃないのは分かってるよ

 …でも、悲しんでないのは事実だよね。お互い」


 兄が立ち去っても、彗はその場から動けなかった。



 この3日後、星野家の手伝いに来ていた1人が離縁され村を出る事になり、彗が記憶消しを担当した。

 何でも旦那さんに若いツバメの存在がばれたとか。…うん、何も言うまい。


 兄と一緒にいた人の正体は(多分)判明したが、由香里の疑いが晴れたわけではない。


 念の為、彗は再び登校する前にお弟子さん達の下宿先を訪ねる事にした。

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