7 調査報告書
星野家当主 星野 あかり(30~40代)
星野家の直系筋。父の先代当主より後を継ぐ
人当たりがきつく、周囲の反感を買いやすい。
星野家当主の夫 星野 康介(40代)
元は妻の父に弟子入りしていた婿養子。
当主である妻の意見を優先し絶対服従。
それについて不満を抱いているふしもある
星野家長女 星野 彗 高1
呪術師の当主夫妻の娘で次期当主。
兄の恒が跡継ぎでなくなると同時に呪術を学び始める。
兄妹仲は良いが両親には反発している。能力はまだ下の方。
星野家長男 星野 恒(18-19)
呪術師の当主夫妻の息子。病気がちで入退院を繰り返す
おそらくはそれが跡継ぎを外れた原因。
兄妹仲は良好だが両親とは折り合いが悪い。呪術師としては優秀だった。
弟子1 蛭子 権三(50代?)
最古参。星野彗の祖父の代から星野家に仕えている
戸坂村出身。村で結婚し妻子と農家を兼業。隣村に嫁いだ娘と孫有。
弟子2 石塚 良人(推定35)
隣村出身。能力を見出されて星野家に弟子入りした
離婚し現在は独身。子供なし。能力は下の弟子に劣る
弟子3 宍戸 由香里(22-23)
子供時代から星野家で修行する古株。元は星野家長男 恒の許嫁。
長男が跡継ぎでなくなった後も星野家に留まる。隣村出身。
弟子4 坂下 健吾(16-17)
現在の跡継ぎである星野家長女 彗の許嫁。隣村の施設出身
以前は長女と同じ中学に通っていたが、進学せず専属の弟子となる。
呪術師として能力は抜きん出ており、当主に一目置かれている。
おかしい。村人の口は堅いはずなのに。
幼い頃から聞かされていたそれが大人達の方便、もしくは都市伝説であった事を思い知らされる。
おまけに元先輩の許嫁がいる事まで知られていて居たたまれない。
「今時許嫁か。 大変だな」
他人事感満載な労り文句に答える気も湧かなかった。
いくらど田舎でも、今は田上家にだって許嫁など存在しない。星野家だけが特殊なのだ。当主の伴侶も呪術師でないといけないらしい。
旦那なんて田んぼの手伝いでもさせてりゃいいじゃないか、と思うが、代々続く呪術師の力を薄める事が大変らしいとしか言いようがない。
…しかし冗談抜きでここまで調べている事を知られたら、警察もこの人もただじゃ済まないだろう。どうか尻尾を掴まれていない事を祈る。
「…それと、ここ間違ってます。兄が当主を外れたのは病気が原因じゃないです」
やけくそ気味で気になった箇所を訂正しておいた。
「私は当時祭壇の間に出入りしてなかったので詳しくは知らないんですけど、何か呪術で失敗したのが原因みたいです。病気がちになったのもその後です」
倉城さんは報告書にメモを加えつつ、独り言のように呟く。
「この男は離婚しているか…」
「倉城さんの恩師の妹さんっていくつです?」
「詳しくは知らないが、恩師の高井警部は50代だった。そこまで若くはないだろう」
「この村って閉鎖的だから、外から来た人が離婚して出てくのそう珍しくないですよ。」
「しかし、村の掟では・・」
当然の疑問だった。
「だから、呪術で記憶を操作するんです。上手く呪術に関する記憶だけ消すんですよ」
「そんな事まで可能なのか?いや、犯罪者が特定出来るくらいだもんな…」
刑事だからかそこに食いついている。うちの課にも欲しいって事か。あんたの恩師の仇だぞ。
「…これを調べた人間は、とある記者だ。
今年の夏に自宅で遺体となって発見されている。例の痣と共に」
文字通り命懸けだった。
「警察でも戸坂村周辺で起きた不審死は村が関わっていると睨んでいるが、全てが理論的に説明のつかないものばかりで証拠が無い。
警察内にも迷信を信じる者はいて、あの村に手を出すべきではないと考えているようだ。情けない事にな」
ある意味賢明な判断だ。
…しかし、そうした中でも恩師の仇討ちに立ち上がった者も複数名いる。
彗は急に居心地の悪い空間に居る気分になった。
自分は何をしてるんだろう。この人の話を聞いて、協力してやれるわけでもないのに。
どうにかして欲しい思いはある。でも彗の立場じゃどうにも出来ない。
村の目も、両親の目もある。逃れるのは不可能だ。
彼の方は大人で、そんな彗の心情も察してくれているようだった。
「十分、助かっている。 君が敵でなくて良かった。」
―この先の事なんて、判らないけれど。
数日経った後も、倉城さんとの会話を時折思い出す。
あれから報告などの音沙汰は無く、彗はいつも通りの日々に戻った。
いつもの平日。 その日も修行は無く、一階に下りTVをつけて夕食の支度を始める。
両親の車は無かったので、今日も細川さんの家で夕食だろう。
8時を過ぎても兄がなかなか出てこないので呼びに行くと、部屋の中で何かが蠢く気配がする。
今度は声まで聞いてしまった。
…なんで、一度発覚すると何度も現場に遭遇するのだろう。何かそんな法則あるっけ?
もう嫌だ。女の方も空気読めよ。
そういえばさっき誰か通った気がしたけど、彗が夕飯の支度をしてたのは判ってただろうに。
てっきり兄が戸締りでもしに行ったのかと思って気にしなかった。あの時女だって気付いていれば。
ちらりと玄関を見ると、靴が置いてある。という事はまたこの台所の前を通るのか。
彗はいつもの手前の席ではなく、死角となる壁側の席に移動して夕食の続きを再開した。
食べ終わった後も台所に残りTVを見ていた。
しばらくして、兄が何食わぬ顔で出てくる。
「ごめん、呼びに来た?」
「…同居人がいる家ではもう少し気を遣ってくれないかな。」
努力する、とだけ言って冷めた夕食に手をつける。
「体の方は大丈夫なの?」
「ん、でも診療所にいた方が安心は出来るな。今の部屋、発作が起きても近くに誰も居ないし」
兄は病気になってから、負担を減らす為一階の部屋に移っている。以前は二階の、彗の隣の部屋だったのでそういう心配も少なかったのだが。
両親には期待出来ないので、兄の現在の部屋の隣に彗が移ろうかという提案もしたが、何故か全員総出で止められた。
…今思うと、こういう理由だったんだろうか。当時から頻繁に連れ込んでいたのかもしれない。
「もう学生じゃないんだし、いっそ結婚しちゃえば?そしたら四六時中見ててもらえるし、私も安心だよ」
兄は溜息によって、その提案への心情を示した。
…そういえば兄の病気の事は、由香里さんはどう思ってるんだろう。結婚となると、それがネックになる事は疑い無いだろう。
「価値が足りない」
は?
…と思ったら、いつの間にか始まった十時ドラマの感想だった。
骨董品にまで口出し始めたか。いよいよ波平さんだ。
―翌日の朝、両親が祭壇の間にて変わり果てた姿で発見された。
その日から数日間、彗は学校を休んだ。