1 いつもの朝
昔のどこかの県の架空の村が舞台です。(適当)
と、そんな恐ろしい家系に生まれた娘とて、普通に朝ごはんを食べ学校に行く習慣はある。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
春に高校を卒業した兄、星野 恒が、ご近所には胡散臭いと噂される(彗には優しい)笑みを浮かべ見送ってくれた。
今日は家にいるが、普段は村の外れにある診療所に入退院を繰り返している。
両親はそんな兄に過保護になっても良さそうなものだが、前述のような家系の為、呪術師として期待出来ない兄にあまり関心が無いようだ。
その分彗には過度の重圧が掛かる。
とは言え、病気になったのは決して兄のせいではない。彗にはとても優しいし、普段から恰好良くて自慢の兄だ。
彗は朝日に攻撃されながら、駅までのいつもの道を駆け抜ける。
「おはよ!」
「おはよう、朝から元気ね」
気だるい挨拶で出迎えたのは、見た目もやはり気だるい美少女の宮田 香苗。
この村唯一の同い年で、ともに高校一年生。その歳にしては異様な色気を放ち、眠そうな姿さえ絵になる。
ちなみに兄が度々お世話になっている診療所のお嬢さんだ。
彼女も家業を継ぐつもりでいるらしく、まだ一年だというのに医大に向けて勉強を始めている。
学校は隣村にしか無い為、当然ながら同じ学校。更にはクラスも1つしかない。都会はクラスが5つも6つもあると知った時には衝撃を受けたものだ。
「おー、朝から元気だな、彗」
「信兄… おはよ。」
彗達の1つ上、今の村長の息子である田上 信一だ。
後ろに2つ下の悪ガキ、田上 洋平の姿も見える。
苗字は一緒だが兄弟ではない。田舎は同じ姓がとにかく多いのだ。姓が一緒じゃなくても、どこかで血は繋がってるんだろう。
その中でも星野家が異質なのは言うまでもないが。
「おう彗、朝から不景気な顔見せやがって。生理か?」
ポケットに入れたままの手に何か隠していそうで、思わず身構えてしまう。
「あんたの顔見て不景気になったのよ…。もう中学生なんだし、ちょっとは落ち着こうよ。」
「中坊で何を落ち着くんだよ」
「都会では中二病って言葉もあるからね。人生の中で一番夢見がちな年頃なのよ、少し大目に見てあげたら?」
「カナったら、治らない病気を指摘したら可哀想だよ」
香苗も彗も、女性二人は双方いい性格をしている。
対して言われた当人は鋼鉄の心臓の持ち主で、何を言われようが叱られようが意に介さない。多分、今日は早弁しようかで悩んでる。
信兄がツッコミ放棄したので、オチの無いままその会話は終わった。
洋平もまだまだ口は悪いが、それでも小学校の頃に比べれば落ち着いた方だ。
しかし数々の苦い過去を思い返すと簡単には割り切りたくない。
彗はこいつのせいで今でもカエルが嫌いだった。時期によって田んぼに大量発生するあれが嫌いなんて死活問題だ。道端にも普通にいる。
子供故の残酷さで、我が家に対し心無い言葉も数々賜っている。
…ただ考え方次第では、こいつのそんな素直さは貴重だった。他の村人は思っていても、報復を恐れて口にしない。
年ごとに交代する村の電車通学組は、今年もこの4人の面子。歳が近い者同士なので、子供の頃から見知っており腐れ縁のような間柄だった。
この下は小学生、上はうちの兄になる。
小学生はさすがに電車通学はしていない。親が送り迎えするのが基本だ。
数時間に一本しか無い電車を4人で待つ。
「最近は平和だな。田植えも稲刈りも無事に終わったし、これも星野家の占いのおかげかな。全く、頭が下がるよ」
「それ、学校では言わないでよね」
「分かってるよ」
星野家の存在は、戸坂村公然の秘密だった。
隣村の人間がほとんどを占める学校の者になど知られる訳にはいかない。
何せ村公認で、殺人まで行ってきた一族なのだ。駐在所の職員も関与し隠蔽した事さえある。
まさに村限定、法の番人。
…なんて言うと聞こえはいいが、やっている事は犯罪。それは理解している。
不穏な家業には彗も不満だらけではあるが、先祖代々こうしてやってきているのも事実だった。これからも続くのだろうと、無意識ながらも漠然と思う。
今は呪術が行われるのを見ていたり、手助け程度で済んでいるが、彗が家業を継ぐと決まった以上は彗自身が手を染める日もいずれ来るだろう。
―覚悟を持てと、常日頃から教えられてきている。
覚悟って人を殺す覚悟か。
普段は女子高生をやっている子供に対し、随分酷なことを要求する親がいたものだ。
(あの両親に本気で歯向かったら、何か酷い目に遭いそう)
呪術師同士を呪い殺す事は出来ないが、ただでは済まないだろう。
…やっぱり自分の未来は、村ぐるみで決められたレールの上にあるのかもしれない。