十六歳のわたし第10話
ああ、本当になんて虚しい存在だったのだろう。
わたしの故郷や両親、同族は、あんな中身のないものに奪われたのか。
クリアレウス様から降り、ようやく地面に足を付ける。
『エデサ・クーラ』という国のあった場所は地面が砕け、隆起したり、津波で持っていかれていたり……はちゃめちゃになっていた。
壊滅。
まさにその言葉通りだろう。
これがレンゲくんの力。
彼が自分を『壊すことしかできない』と評していた理由。
これだけ離れた場所にいても、あれが『国』であったとはもう思えない。
「…………これで終わり、とはいかなかったか」
「え?」
同じくクリアレウス様の背中から滑り落ちてきたお父さんが、空を見上げながら呟く。
まさか、と思いわたしも空を見上げた。
空が暗いのはそろそろ慣れてきてしまっていたし、なにより、レンゲくんの起こした雷雲や竜巻のせいで暗いのかと思っていた。
でも違う。
ハッと息を飲む。
「ス、『原喰星』が……」
これまでうっすらと見えていた『原喰星』の果てが、ここからではほとんど見えなくなっている。
空が全て『闇』に覆われていて、なぜ自分たちがお互いを認識できるのが不思議なくらい……。
あれ?
「地面が、ほんのり光ってます」
「なに? ……本当だ?」
『これは『原始魔力』よ。……そう、ヤツはついに『原始魔力』まで吸い上げ始めたのね……』
「『原始魔力』まで!?」
ああ、だから空が暗くてもお父さんやクリアレウス様のことが見えたのか、と思っていたら、その『原始魔力』をも宇宙の『原喰星』は吸い上げているという。
冗談でしょ?
『原始魔力』が吸い上げられてなくなったら、『ウィスティー・エア』はどうなるの!?
「ティナ、もう起きたの?」
「あ、レンゲくん! 怪我は!?」
「え? 僕? 僕は大丈夫だけど……見ていたの?」
「?」
空から降りてきたレンゲくん。
『意思持つ原始罰』に思いきり握り潰されてたけど、大丈夫かな。
そう思って駆け寄ったら、不安げな顔をされた。
なにか?
……ああ、もしかして……。
「うん。……あれをやったのはレンゲくんの力なんだよね」
『エデサ・クーラ』の惨状。
自業自得とはいえ、ある意味で国民は洗脳されていた。
他の国々、人間大陸のみならず亜人大陸にも多大な迷惑をかけ続けてきた、あの国。
なくなって困る国や種族はまあ、いないだろうけれど……。
「うん、そう……。一応、警告してからやったけど……大して生き延びていないだろうね……」
「………………」
ああ、つらそう。
悲しそう。
右手を伸ばす。
頰を包む。
驚いた顔をされる。
わかってるよ、レンゲくんは本当は殺したくも壊したくもないんでしょ?
それでも、あの国は放置できない。
あの国は『原喰星』を生み出した、『意思持つ原始罰』に支配されていた。
どれほどの『意思持つ原始罰』の分体が隠れているかわからない。
そして、彼らは『信仰心』で支配されていた。
「……『意思持つ原始罰』という存在を、概念ごと焼失させた。今後『セント・エリクサー』を『原始罪』や『原始悪』に混ぜても『意思持つ原始罰』は生まれない」
「!」
「でも……信仰心は、根絶やしにしなければ広まる恐れがある。君を攫った奴らも許せない……君に今後も危害が加えられるかもしれないのも許せない……。僕は感情で動いた。こんなのはダメなはずなのに……」
「……そんなこと……」
「なにを浸っとるんだお前ら」
あれ?
今、シィダさんの声がしたような?
くるり、と振り返って声の方を見ると、な、な、なっ!
「え? 当代? な、なんでここに……!? それに……」
浮いてるシィダさん。
と、その後ろの丘には、機械兵士や幻獣、亜人たちに添われた大勢の人たち。
え? なに? ど、どういう事!?
「ふん、なめるなよ太陽王の友よ! お前の言の葉で『太陽王の魔本』の力は完全解放されている! オレの魔力ならば貴様らの使う空間転移魔法も造作もない!」
『あと、貴方のことだから人を殺せばさぞ己を責めるだろうと、皆に民をできるだけ救ってくるよう指示を出しておきました』
「ク、クリアレウス様!?」
なんと!?
「ほう……『ダ・マールの青き鬼狼』か。再び見えるとはな」
「……おーおー、お前さんも健在かい。『機械錬金術師』レイデン・パーク」
「レイデンさん!」
あ、そうか、丘の上の方にいる人たちの側には機械兵士がたくさんいる。
あれはレイデンさんの機械兵士……!
「おいおい、ティナ。なんでレイデンなんかと知り合いなんだ?」
「え? えーと、商売のお話を少々……?」
「は?」
「ああ、その商売の話をしにきた。俺と君が生きてこの国から出られた場合、あの話を受けると言っただろう?」
「本当ですか!?」
あ、そうだ、ちょうどシィダさんもいるから紹介してしまえ!
……うん、いや違う。
そうじゃないだろう、わたし。
「あ、あのでも、まずなんでお父さんやクリアレウス様、シィダさんがここに?」
「あのなー、お前が攫われてから一週間も経ってるんだぞ? そりゃ助けに来るだろ」
「え、そんなに!?」
『私は貴女の作ってくれた『セント・エリクサー』を飲んだのよ。おかげでずいぶん元気になったわ。……本当は遠慮しようと思っていたのだけれど、貴女が攫われたと聞いて飲んじゃったの』
あ、やっぱり断ろうとは思ったんですねクリアレウス様。
……け、結果オーライ……?
「オレはたまたま『ロフォーラ』に帰ったら『青き鬼狼』がいてな。お前が行方不明になったという話を聞かされ、心配した妻にケツを蹴りつけられて叩き出された」
「ご、ごめんなさい!?」
多分後半は嘘だと思うけどナコナならやりかねないし、多分それに近いことはやってそう!
「ふん。なに、気にすることはない。貴様は弟子であり義妹なのだからな! あと普通に妻も来ている」
「ああ! 色々突っ込みどころの多い……! というか、やっぱり⁉︎」
「旧王の友があの国を壊滅させなくても、我が妻が破壊の限りを尽くしていたことだろう。……まあ、人間が破壊できるものなどたかが知れているが……妻に請われればオレも積年のアレやコレやを含めて結果は同じことよ!」
「〜〜〜〜」
そんな可愛く言われても言ってることはさっぱり可愛くない!
「……太陽のエルフか……。つまり、貴様らは『エデサ・クーラ』を、壊滅させようと思えばいつでもできたと……そういうわけか」
「レイデンさん……」
『その通りです、機械の錬金術師。しかし私たち幻獣はこの強大な力ゆえに、人間大陸の抗争は傍観することにしていました。特にそこの、レンゲは……』
「…………」
クリアレウスさまが長い首をもたげる。
その巨大な姿をレイデンさんが黙って見上げ、目を瞑った。
『でもあなたたちは、聖女を攫った。そして命まで奪おうとした。それは私たち幻獣への敵対行為。人間大陸の中での悪さならば私たちも見過ごしましょう。でも、彼女はいけない。聖女に手を出すならば私たちは容易く動く。それは、すでに人間にも亜人にも伝えてあった。戦争をしようとしていたのなら、一つの国家である『エデサ・クーラ』の者たちが知らないはずはない。知った上で、聖女に手を出したのでしょう?』
「…………フェレスの皮を被ったアレがそう望んだのであればそうなのだろう。ああ、構わないさ……あの国はとうの昔に……恐らくは二十年前には“終わっていた”のだから……」
「レイデンさん……」
わたしの後ろでお父さんとシィダさんがアイコンタクトを取る。
そして、目を閉じたままのレイデンさんへ、お父さんが縄を取り出した。
「レイデン・パーク、拘束させてもらうぜ」
「ああ。だが、一つ」
「なんだ?」
「あの国はフェレスの人形で埋め尽くされていた。政に携わっていた者は全てだ」
『ええ、それはわかっていましたよ。そういう者たちは“助けていません”ので』
「そうか、さすがだな……」
えっと、クリアレウス様の言う『そういう者たち』はつまり、『意思持つ原始罰』の分体たちということかな?
そうか、そういえば幻獣たちは嗅ぎ分けられるって言ってたっけ。
じゃあ、分体に乗っ取られてしまった人間はあのまま、あの壊滅した国の中に置き去りにされたのか。
「レイデン・パーク、お前さん、もしかしてフェレス・クーラが乗っ取られていることに気づいてたのか? ……いつから……」
「…………。どうでもいいことだろう。俺は気づいていてなにもしなかったのだ。ああ、それこそが俺の罪なのだろう。弟子一人守れなかった俺のな」
「……、……そうか」
弟子。
……レイデンさんが、フェレス・クーラの、お師匠様……。
拘束されて、一度だけレイデンさんの側に常に控えていた機械兵士、スゴールに目を向けてから、連れていかれてしまう。
お父さんはレイデンさんをどこへ連れて行くのだろうか。
その答えはすぐにわかった。
「ティナリス! 無事か!」
「ティナ!」
「! ナコナ! リコさん!」
「よかったー!」
がばりとナコナが抱き着いてくる。
その背中越しに、丘の上に連れてこられた『エデサ・クーラ』の人たちよりも多い大群が見えた。
もしかして、と目線でリコさんを見ると頷かれる。
連合軍だ!
「ティナがいなくなったから予定を早めて進軍が始まったのだ。無事でよかった」
「あ、あれが……」
「いや、あれは先遣隊の一部に過ぎんよ。本隊到着にはあと一週間はかかるだろう。……まあ、来る必要はなさそうだがな」
そう言ったリコさんが見下ろしたのは、藻屑と化した『エデサ・クーラ』。
土地は抉れ、波が建物を持って行ってしまった。
そして、その黒い海から『エデサ・クーラ』の国が丸ごと入ってしまいそうな、巨大な塊が姿を現わす。
金の瞳がここからでも輝いて見えた。
あ、あれは——!?
『ああ、レーネが掃除をしてくれるようね。あとは彼女に任せるといいわ』
「「あ、あれも幻獣!?」」
思わずナコナと声が重なる。
振り向けば、クリアレウス様がなんてこともないように『ええ』と頷く。
あ、あれが!
人間大陸と幻獣大陸の狭間の海域にいるといわれる超巨大海竜『レーネ』様!
ひ、ひえぇ……話に聞くよりも大きい〜っ!
「ああ、そういえば……『ロフォーラのやどり木』の常連だという冒険者たちも合流して、君の救出を手伝いたいと申し出てくれたぞ」
「え?」
「アーロンたちだよ」
「ああ、レドたちも一緒にいるはずだぞ。オレは魔法で先行してきたからな」
冒険者たち?
リコさんのいう冒険者に心当たりがなくて首を傾げるとナコナがつけ加えた。
アーロンさんたち。
レドさんたちも……。
「…………っ」
「本当無事でよかったよ〜。まあ、あの惨状を見るに余計な心配だったみたいだけど!」
「そ、そうだな。さすが幻獣というか……」
「リコ、悪いんだがレイデンを連合に引き渡すのに立ち会ってくれないか」
「ああ、すまない。そうだな、行こう」
『では、私たちは捕らえた『エデサ・クーラ』の民の移送を手伝いましょう。レンゲ、貴方は聖女を無事にデイシュメールへ送り届けるように』
「はい、クリアレウス様。……あ、ところでレヴィは……」
『貴方に任せます』
「は、はあ……」
「さて、ではオレは『役目』を果たそう。『太陽のエルフ』として『信仰対象』となる役目をな! はははははぁ!」
「あ! もー! あんまりやりすぎるんじゃないよ!」
「わかっているさ、我が妻よ! 心配せずとも我が愛はそなただけのものだぞ! ははははぁ!」
「……っとにもう……なんつー調子のいいことばかり……」
「……ふふふ」
…………わたしは、わたしの知らないところでわたしがどれだけ大切にされていたのかを、知らなかった。
アーロンさんたちも、レドさんたちも、クリアレウス様たちも……。
迷惑をかけてしまったけれど、これほどたくさんの人たちがわたしのために動いてくれたこと。
これは、本当にすごいことだ。
ありがたくて、泣きたくなる。
「後処理は任せてデイシュメールに帰ろうか。それとも、一度ロフォーラに帰る?」
「! …………ううん、デイシュメールのみんなも心配してると思うから……。あ、でもレイデンさんには自動販売魔法の開発を手伝ってもらいたいから、えーと……まずは連合軍の人たちに挨拶してからにする!」
「そーだね、アーロンたちも……まあ、主にジーナさんだけど、心配してたし」
「うん!」
「そう。……まあ、そうだね。アレについても話したいしね……」
レンゲくんが見上げたのは空。
漆黒の塊が果てなく埋まった空だ。
『原喰星』。
『意思持つ原始罰』がいなくなっても、『原始星』を持つわたしがいても縮まるどころかついには隙間なく空を覆い隠してしまった。
ナコナも眉を寄せてそれを見上げている。
「ねえ、レンゲ……これってもしかして……」
「ああ、接近が始まっている。…………。残された時間は……少ないね」
「そんな……!」
「その話もしよう。全ての国、全ての種が協力しなければ……この終焉を乗り越えることはできない」
「……っ」







