十六歳のわたし第6話
荒れた土地を通り過ぎて、ついに町に入る。
驚くほど人気はない。
家の作りは不思議な黒い金属で隙間なく、そして楕円形で細長い。
いわゆる塔のような形だろうか。
どこの家も窓から白煙が出てる。
なんで煙?
白い煙だから火事ではないと思うけど……朝の料理の時間、にしては煙出すぎよね?
絶え間なく出続ける白煙は、なにかを作ってる……のかしら?
白煙もそうだけど、油の他にも変な匂い、変な音。
町というよりは工場地帯。
町の中を歩くと大勢の人に石や卵を投げられたりするのかな、と思っていたけど人っ子一人歩いてないわ。
でもそれが逆にものすごく不気味。
人が生活している感じが、全然ない。
「げほ、げぼっ!」
「はあ、はあ……」
「……な、なあ、この国に入ってから、はあ……やけに息苦しくないか?」
「先生、この煙なんなんだ?」
「連合軍の奴らが万が一、外壁を突破してきた時の罠だと聞いてるよ。きっと毒でもばら撒くんだろう。早く。急がないとアタシらにも影響が出るかもしれん」
「マジかよ! 先に言っててくれよ!」
「くそ! 急げ!」
「はあ、はあ、はあ……!」
毒……!
『エデサ・クーラ』はそんな酷いことを考えていたの!?
だから人がいないのか。
…………。
でも、わたしは特に息苦しさとかは感じないわね?
ジッとして動けないから?
楕円のバリアに包まれたわたしを乗せた荷馬車を引く騎士たちと、その騎士たちを先導するメディル。
お城、というのは、あのゴミの塊のようなところのことかしら?
よくバランスが保っていられるな、と感心してしまうような瓦礫を貼り付けたような建物。
確かに、これまで見てきた建物とは規模が違う。
しかし門のようなものはなく、瓦礫の隙間に大きな穴が空いているようにしか見えないわ。
そして、その穴の左右には外壁にいた機械兵士とは違う、赤色で装備もゴテゴテしている機械兵士が立っていた。
一応、お城と呼ばれるだけあって重要施設を守る機械兵士はちょっとだけ豪華になっているのね?
「コード808521、メディルです。魔女を持って参りました」
『声紋確認、コード確認。確認中、確認中…………声紋承認、コード承認、入場を許可する』
機械兵士が道を開ける。
騎士たちは疲れの中にも喜びのような色を滲ませ、少し目がおかしい。
中に進むと床はきちんとした石畳。
壁も外装とはかけ離れた清潔感。
少しグレーかかってる白っぽい天井と蛍光灯のような灯り。
うーん、病院の通路みたい。
ああ、病院というのは前世のね。
しばらくはそんな道が続く。
「!」
メディルが立ち止まる。
広間のような場所……ようやく玄関ホールかしら?
ここが玄関ホールで合ってるかはわからないけど、とりあえずすごく広い。
左右には片階段。
装飾品はないけれど、彫り込みは豪勢だ。
滑り止めのような絨毯が敷いてあり、その上を一人の男性が降りてくる。
黒っぽいバリアに覆われているので、わたしの視界の色が正しいとは思わないけれど……灰色の髪と、黄色っぽい目。
丈が足元まである服。
ただ、一目で『錬金術師だ』と思った。
「貴方は?」
「レイデン・パーク。この国の国家錬金術師だ。連絡を受けて『聖女』の回収に来た。ご苦労だったな、あとは俺が引き継ごう」
「アタシが直接陛下にお渡しするよ! ここまで連れてきたのはアタシだ!」
いやいや、わたしを頑張って運んできたのは騎士たちよ?
あなた多分、わたしを覆うこの魔法を使ってそれで終わりでしょう?
まあ、この魔法そのものはとても高度だ。
普通に考えても国家公認魔法使いレベル……あ、そのメディルさんってもしかしなくても『ダ・マール』の国家魔法使い?
そんなすごい人が『エデサ・クーラ』に寝返っていたなんて……。
「陛下への謁見は今日でなくともできる。『聖女』を捕らえてきた、その方らの功績は消えぬ。安心して今日は城の中で休むがいい。案内させる」
『…………』
「ぐっ」
レイデンと名乗った錬金術師が片手をあげると、左右から四体の機械人形が現れた。
顔はなく、マネキンのよう。
それがメイド服を着てかしゃかしゃと歩いてきた。
お上品に両手を前で重ね、お辞儀をする。
うわぁ! 本当にすごいなぁ『エデサ・クーラ』の機械技術!
感心しちゃうわ。
「………………」
そうだ、錬金術師ということは……この人が機械兵士や機械人形を開発しているのかも。
二十代っぽい、とても若い人だけど……なぜか『意思持つ原始罰』の気配がしない。
この人は乗っ取られて、ない。
それに、レイデンって聞いたことあるわよ?
レイデン・パーク……うん、『エデサ・クーラ』の国家錬金術師の一人!
「休ませてくれるのか? ありがてぇ」
「あ、あの、レイデン様、俺たちは楽園に行けますか?」
「楽園にいる家族に会えますか!? 俺たちの功績はそれに足るものでしょうか!?」
「知らん。後日陛下に謁見して問え。俺は楽園に興味がないのでな」
「えぇ……」
「スゴール」
レイデン、さんが名前を呼んだのは一際大きな機械兵士。
メディルも騎士たちも顔を青ざめて、道を開けるように左右に後ずさる。
え?
ちょ、ちょっと!?
「っ!」
思わず目を瞑る。
でも潰れた感じは、ないわね?
目を開けると機械兵士がいい感じにわたしの周りのバリアをすくい取り、両手で持ち上げていた。
な、なんという繊細な動きができるロボなの⁉︎
……そしてこの魔法どうなってんの!?
使用者が側にいなくても消えないなんて……!
「!」
動いて位置が変わったからだろう。
小さな指輪がバリアの外を縛る帯の中心を漂っているのに気がついた。
あれは……珠霊石の指輪だ。
感覚的にだけどそう思った。
まさか、この指輪がこの魔法の核?
珠霊石で周囲の『原始魔力』を集め続けて、自動でこの魔法を継続して使用状態にする?
ロフォーラやデイシュメールの『結界』と似たように?
そんなことができるの?
「…………」
「!」
な、なんか睨まれてる!
レイデンさん、という錬金術師がわたしを睨むように見上げていた。
しかしすぐに階段を登り始めて、わたしを抱えた機械兵士もそのあとをついていく。
もはや意思でもあるかのようだわ、この機械兵士。
後ろを見ることは叶わないけれど、複数の足音も遠ざかる。
騎士たちとメディルが部屋に案内されていくのだろう。
……まあ、ゆっくり休んでね、って感じだわ。
あんまり休んでなかったみたいだし、食事もゆっくり摂っているところ、見なかったもの。
「…………」
なんというか、無言。
黙々と階段を登り、二階に上がって下と同じような通路を進む。
唯一違うのは、外が見える造りだったこと。
左側は手すりと、ガラス張りになっていた。
とはいえ、外の光景は通ってきたときに見た細長い建物と白煙。
空を覆う『原喰星』のせいでより黒々とした灰色の分厚い雲り空。
一言で言うと——寂しい光景。
「…………あのー……」
「…………」
無視。
いや、そんな気はしましたけど。
「わたしも錬金術を嗜むんです。薬作りの方ですけど。あの、この機械兵士やさっきの機械人形は貴方が作ったんですか?」
好奇心には勝てなかった。
畑違いとはいえ、錬金術師同士話をしてみたかったのよね。
そりゃこういう機械っぽい錬金術は、リスさんやリコさんの話を聞いてても「はあ?」となるけど。
さっきの機械人形はちゃんとメイド服を着てた。
この機械兵士も、わたしを持ち上げる時にずいぶんそっと扱ってくれたわ。
戦争用じゃないと言われればそれまでだけど……この人はこの機械兵士を『名前』で呼んでたのよ。
わたしには、それが……それがとても、愛情深いものに思えたのだ。
だから声をかけた。
立ち止まることはなかったけれど、とても澄んだ声で一言。
「そうだ」
と返事が返ってきた。
やっぱり。
そして、なんとなくこの堅い感じにアリシスさんを思い出す。
「貴方は神を信じますか?」
「この世界に神などいない」
「…………やっぱり貴方は『意思持つ原始罰』に乗っ取られてないんですね」
「……意思持つかぐや?」
ようやく立ち止まり、振り返ってくれた。
同時に機械兵士も立ち止まる。
わたしは拘束されてるので、目線しか下げられない。
「空の黒い影の一部、みたいなものです。それが意思を持って、この国を乗っ取っている……と、わたしたちは考えています」
「…………」
「できれば、お話を聞きたいんですが……」
目線が鋭い人だな。
ちょっと威圧感だけでとても怖い。
なんか、これまで会ったことのないタイプ……。
でもなんとなく、前世の『お父さん』っぽい人や、わたしを最初に拾った盗賊たちよりは遥かにマシな感じ。
そういう感じの怖いではない。
少しだけ目を伏せたレイデンさん。
何かを、考えてる?
「…………だとしても、俺には関係ないな」
「えぇ!?」
「この国はとうに終わっている。俺は俺のやりたいことを、やりたいようにやるためにここにいる。女王は強力な兵力が欲しい。俺は強力で優秀な機械兵士や機械人形を開発したい。それだけの関係だ。知ったことではない」
「え、えぇ……」
さ、さすが国家錬金術師!
自分の研究第一主義!
……リコさんも『戦場で研究の成果を試したい』的な意味で国家錬金術師になったって言ってたし!
リスさんも『エデサ・クーラ』の機械兵士の装甲を一撃で大破させられる『原始魔力銃を作ってるんだ〜』とにこやかに語っていた!
国は違えど、やっぱりこの手の錬金術師とは分かり合えないのかしら?
いや、でも、つまりこの人は……レイデンさんは『研究が続けられる環境』さえあれば別に『エデサ・クーラ』でなくてもいい、ということ?
あれ? そういうことじゃない?
それなら、確か『サイケオーレア』が『エデサ・クーラ』の機械科学技術に興味津々だったから、研究する場所を『サイケオーレア』で提供してもらえば…………いや、それよりも、よ。
「レイデンさん、自動販売魔法に興味はありませんか」
「は?」
「実は今、遠いところにいたり、その場に売り手がいなくても野菜や薬を販売できる魔法を開発中なんですが、それの器になる機械がどうしても作れなくて!」
「…………。なにを言っている?」
「レイデンさんの技術なら自動販売魔法を実用化させるだけの機械が作れるんじゃないかと思いましてお声がけしております!」
「…………はあ?」
そう! 自販機的な!
自動販売機的なものが!
レイデンさんなら、作れるんじゃないかなって!
電気の代わりに『原始魔力』を利用して、誰でもどこでもお金を入れるだけで欲しいものが手に入る!
自動販売機が!
「まだまだ問題だらけなんですが、そう例えば! 街道沿いに無人の販売所を設置したいんです! お金を入れてから品物が自動で提供されるような! そんな機械があれば、売り手も買い手も安全に取引できると思うんですよ! 品物はお金が入ってから転移魔法でその販売に送られる、みたいな!」
「魔法? 魔法は専門外だ」
「大丈夫です! 魔法はエルフの知り合いがいるので! その魔法を使っても、やはり自動でお金を取り込み、品物を排出する器の技術が追いつかないんです。ドワーフの知り合いにも開発を手伝ってもらっているんですが、お金をお金として判別し、金額に応じて転移魔法を発動させつつ正しい品物の選別等、全てを素早く行うというのはなかなか……」
「…………」
だんだんと怪訝だった表情のレイデンさんの目が見開かれ、興味津々といった感じに輝きが増していく。
体の角度も先ほどよりわたしに向けられている。
「こういうのって! 錬金術の技術だと思うんですよ! わたしは練金薬師の方なので、機械系の方は弱くて……。どうでしょうか!」
「実に興味深い!」
ほらやっぱりーー!
「魔法を使う機械! 思いもしなかった! そんな考え方があったとは! だが、珠霊具ならば可能かもしれない。問題は金の判別だな。金属の重さを図る、ではダメだ。各国で発行されているコルトは金属と形、製作分量は定められているが各国のコルト製作技術は疎ら。きちんとした分量で作られているとは限らない。それに、分量と形が同じなら例えば金以外のものでも転送魔法とやらが発動することになる。それでは不正が横行し、販売先が損をする。それは許されないのだろう?」
「もちろんです!」
「ならばやはり金を金として認識するシステム、機能が必要だ。……目視による識別。落下による音の響き、一瞬で金属を判断する機能……これはなかなかに難易度が高い……!」
「は、はい!」
…………そう言われると、確かにそうね。
わたしの前の世界って、そこんところ全部クリアにしてたんだ?
す、すごい。
わたしの前世の世界すごい。
普通に使ってたけど、よく考えると前世の世界の科学技術超すごい……!
どんな構造だったんだろう!
今更だけどとても気になる!
「いや、難易度が高いどころか……機械兵士や機械人形よりも複雑かもしれない」
ええ!?
それは嘘でしょ!?
こんな手足を動かして歩くなんてむしろわたしの前世でもなかなか難しそうだったわよ!?
「そこに転移魔法とやらまで組み込むとは……とんでもないことを考える……」
「…………」
まあ、確かに前の世界では魔法がないので……まあ、そうね。
でもそんな険しい顔になるほど、とんでもないことかなぁ?
「実に興味深い申し出だ。協力に関して前向きに検討しよう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ただし、それは俺と君が生きてこの国から出られた場合の話だな。特に君はこれから誰に会うのか、わかっていない」
「……!」
わたしがこれから、会う人間……。
上がっていたテンションは急降下。
ゴクリと生唾を飲み込む。
久しぶりにまともに人と話した気がしたけど、やはり忘れてはダメだったわよね。
「知ってます。あの魔法使いの人が言ってました。わたしを『エデサ・クーラ』の女王、フェレス・クーラに会わせるって。女王がわたしを望んでいるって」
「……。そうだ」
僅かに間を置いて、目を閉じ、頷いてレイデンさんは背を向ける。
かつかつ、と音を立てて歩き始め、スゴールと呼ばれた機械兵士も動き始めた。
生きて出られたら、か。
……きっと大丈夫。
レンゲくんが迎えに来てくれる。
そう、不思議と信じられた。
だからわたしはあまり怖がらずに、レイデンさんがその扉を開くのをしっかりと見据えられたのだ。







