十三歳のわたし第17話
そんなこんなで『エデサ・クーラ』の中身によっては幻獣たちが『ダ・マール』を始めとする連合軍の味方をしてくれることになった。
お父さんのことだからわたしを——たとえエウレさんやレヴィさんがいたとしても——要塞に残すのは躊躇うだろうと、わたしにも「戦場に同行する? 残っててもいいけど」と聞いてくれたらしい。
そして多分、本当にレンゲくんにとってはわたしがどこにいても同じなのだろう。
魔物はわたしのところに転送するから、どっちでもいいよー。
……と、本気でどっちでもよさそう。
わたしとしては、リコさんたちのことも心配だから、戦場にお父さんと一緒に行きたい。
そう、レンゲくんの予想通りの答えを出したというわけだ。
「でもそれなら事前に言ってくれりゃあよかったのになぁ」
お父さんはリコさんに会うのに心の準備というものがいるのです。
頭をボリボリしながら唇を尖らせるお父さん。
リコさんも三十過ぎたし、お父さんには冗談抜きでそろそろ本気で頑張ってほしいものだ。
「前準備みたいなものが必要ってこと?」
「ん? えーと、まあ、そう、だな。政治ってのは色々面倒クセェからよ」
「そうだね。人間はそういうところあるよね。だから考えちゃうんだけど」
「む、むう」
人間の政治的なものがレンゲくんは苦手なのだ。
わたしもよくわからないから気持ちはわかるわ。
「あ、この部屋」
ちなみに現在わたしは階段を降りて二階の、いわゆる『兵士の詰所』が並ぶ廊下を案内してもらっていた。
どこもかしこもシンプルな大人数部屋。
大体四人から六人が寝られるベッド。
窓も個室などもなく、こんなところにずっといたらストレスが溜まりそうだ。
そんな中、迷路のような廊下を進んだ一番奥の角部屋。
指揮官の部屋らしい、個室。
作りもがっしりしてるし机やタンスや棚、本棚にベッドとある程度のものは揃っている。
黒い絨毯は取っ払えばいいし、絵画……絵画どうしよう?
結構大きいな。
まあ、風景画だから別にいいかしら?
食堂と厨房は近くにあったし入り口から右側の壁、本棚の横の扉を開いてみるとお風呂とトイレ!
あ、もうこれ決まりじゃない?
浴槽には熱石もついているし……。
「この部屋でいいかな」
「上にもっといい部屋あったよ?」
「そんなところまでいちいち登りたくない」
「あ、あぁ……」
レンゲくんにもご納得いただけたようなので、暫定わたしの部屋決定!
次はお父さんの部屋かな。
「あ、待って。動いた」
「! 戦争が始まるの?」
「そうだね、そろそろ始まりそう。ティナたちは少し離れたところにいて。まずは僕が介入して確認する」
「う、うん」
…………わ、忘れてたわけじゃないけど要塞内探検ものすごく満喫してしまった……!
でもそれも終わり。
レンゲくんに手を差し出される。
この手を取れば、その先は戦場。
「……行きます」
リコさんたちを魔物になんてさせないし、『エデサ・クーラ』の思い通りになんて絶対させない。
大丈夫。
レンゲくんが守ってくれるって言ってくれたもん。
なんにも怖いものなんてない。
手を重ねる。
一瞬の眩しさ。
次に目を開いた時は——そこは平原が広がっていた。
わたしたちがいるのは岩が積み重なったところ。
軍勢が対峙するところからはだいぶ離れているけれど、蠢く色取り取りな右の軍勢が『連合軍』で微動だにしない真っ黒な軍勢が『エデサ・クーラ』というのはわかった。
なにより、真っ黒な軍勢の所々には巨大な檻らしき四角い箱が配置してある。
布がかかっていたが、唸り声や鳴き声が聴こえてくるんだもの、隠れてないわよ。
……連合軍に参加している騎士たちの恐怖を思うと胸が苦しい。
あのまま魔物を『エデサ・クーラ』の機械兵が撃ち殺しても、解き放たれても……相手は魔物。
仲間が魔物になるか、はたまた魔物に喰われるか。
正直言って連合国に勝ち目なんてない。
「っ……」
許せない。
後ろの方に控える『エデサ・クーラ』の将たち。
自分たちは高みの見物なんて。
「ん? レンゲはどうした?」
「え」
いると思っていたレンゲくん。
お父さんがキョロキョロしているのでわたしも見回す。
岩の裏にはいない。
いるのはレヴィさんとエウレさんとシンセンさん。
「レンゲ様直々に介入されるそうですので、我々はこちらで聖女様たちをお守りします」
「ふははははっ! さぞや面白いものが観れるだろーぜ!」
「お、面白いもの!?」
頭を下げてくれるエウレさん。
高笑いするレヴィさん。
シンセンさんも口元は微笑んでいる。
面白いって、この状況を見てよくそんなこと言えるわね。
「ご安心召されよ聖女様。ニンゲンの軍勢は確かに一見不利にございましょうが……ええ、レンゲ様が介入されれば、もはやあの地は戦場にあらず! あの方の独壇場にございましょうぞ」
「え、えぇ……?」
自信満々にそこまで言うし。
「エウレ! レンゲ様の勇姿をよく見えるように! ほれ、アレだアレ!」
「遠見魔法でしょう? いい加減覚えてくださいレヴィレウス様」
また聞いたことのない魔法……。
幻獣はどれほどの亜人や人に伝わっていない魔法を持っているのかしら?
エウレさんが指でなにかを宙に描くと、それは光の文字となり、文字は光の粒になって鏡へと生まれ変わる。
岩に設置されるよう浮かぶ大きな鏡には、ここからではよく見えない両雄が睨み合う狭間を映し出した。
わ、わあ、すごい!
そして、緊張感もすごい!
こちらまで緊張してくる。
すると、中央に馬に跨った二人の騎士が進んでいく。
赤い鎧の騎士と黒の鎧の騎士。
黒の鎧と髑髏の兜はリコさんだ!
じゃああの赤い鎧の騎士は——。
「ロンドレッド」
お父さんが呟く。
やっぱりあの人が……。
総大将なんじゃなかったの?
一番偉い人がわざわざ出てくるのが普通なのかな?
『『エデサ・クーラ』の指揮官よ! 姿を現し名を名乗られたし! 我は『ダ・マール』の赤の騎士団団長! ロンドレッド・グレフィスなり!』
『同じく『ダ・マール』黒の騎士団団長、リコリス・アヴィデである! どうした、貴国の指揮官は姿を見せられぬほどに臆病者か!?』
戦いの前ってこんなことするの?
弓や『原始魔力銃』で狙われたら、いい的なんじゃ……。
『くふふふふふふ……酷い言われようだねェ、異教徒の皆さん』
リコさんたちの呼び掛けに応えるように、馬に乗った軽装の男が現れた。
気味の悪い笑みを浮かべ、戦場には不釣り合いなほどの……ふ、普段着すぎない?
リコさんたちとの対比がすごい。
『貴様が『エデサ・クーラ』の指揮官か。あれはなんだ!? 魔物を戦争に使おうとは! なにを考えている! そのようなことをすれば貴国も魔物の脅威にさらされるのだぞ!』
『名を名乗れ! その身印、名もなき一兵として転がすというのならば話は別だがな!』
『ボクちゃまの名前ェ? ウフフ、メフィスト・グディールだよ』
『な……』
『なにを、言っている?』
「なん、だと?」
ロンドレッド様、リコさん、お父さんが同じように驚愕の声を漏らす。
あれ? お父さんは『メフィスト・グディール』っていう人のことを知っているんじゃなかったの?
なんかずいぶん物騒な通り名のある人だったような。
『ば、馬鹿なことを……、我々はメフィスト・グディールと幾度も剣を交えた。いかに敵将とはいえ、同国の将を騙るとはどういう了見か……』
困惑したリコさんの声。
隣のロンドレッド様も、現れた軽装の男の言葉に真意を汲み取れずにいるようだった。
お父さんを見上げると、こちらも眉を寄せて難しい表情。
確かに、顔の知られた将の名前を騙ったところでこのようにすぐにバレる。
い、意図が全くわからない。
『くふふふふ、乗り換えたんだよォ〜。前のは老いて使えなくなったんだもん』
『な、なに?』
『乗り換えた?』
『そォ。器がさ、足りないんだよね。だから欲しいんだよォ、お前らの肉の器。どーせ死ぬんだ、綺麗な形で残してよ〜』
『…………貴様、本当になにを言っている……?』
『ロンド、様子がおかしい! 弓兵と銃兵は攻撃準備! 盾兵! 前へ!』
『ふふふふふふ、遅い遅い! お前たち全員ボクちゃまの器になるんだ! さあ、解き放て! 我が分体たち! お前たちの器は自分で手に入れるんだ!』
『っ!』
両手を掲げる男は、瞬きもせずに見開いた目をそのまま呪文唱え始めた。
魔法!?
でもこんな、珠霊が少ない人間大陸で?
そう思っていたのに、男の頭上に描かれた魔法陣はどんどん巨大化していく。
こ、こんなことありえない……!
二つの軍を覆う勢いだ。
「そんな! 魔法でこんなこと……人間大陸であんな大規模な魔法使えないはず!」
「どうなってんだあの男! お、おい! このままじゃ連合軍のやつらが——!」
「ふん、慌てるな! あの程度の魔法、レンゲ様なら……」
にたりと笑うレヴィさん。
次の瞬間、この空間中に響き渡るほど大きな音が響いた。
ガシャーン、という、窓ガラスに石でも投げつけられたかのような音。
思わず耳を塞いでしまった。
そして、からから、というガラスが落ちるような音を目で確認すると魔法陣が砕けて落下しながら消えていくのが見える。
魔法陣が、砕かれた?
「無魔法……?」
「そ、そうなのか?」
「は、はい。他の魔法を無効化させる力は無属性魔法の特性です」
聖魔法よりも使える者がいないと言われる『無属性魔法』。
エルフ族ですら一生のうちに目にする機会があるかどうか。
前世で言うところのツチノコレベルの都市伝説よ!
まさかこの目で見られるなんて!
ではなく!
『…………これは、これは……』
馬を返し、自軍へ戻ろうとしたリコさんたちが振り返る。
自称メフィスト・グディールは気味の悪い笑みを深くした。
あの気味の悪さに磨きがかかるとは思わなかったけれど、その眼差しの先にはレンゲくんの獣の姿。
それも、大きい方!
宙に四本の足で立つように浮かび、三本の尾を揺らしながら自称メフィスト・グディールを見下ろしている。
威風堂々たるその姿に、隣でレヴィさんが拳を握った。
大好きだなぁ、レンゲくんのこと。
『まだ生きていたのかァ、レンゲェ……』
憎々しげに呟く自称メフィスト・グディール。
見上げる眼差しが細められる。
なに、あの言い方。
まるでレンゲくんと面識でもあるような……。
『あれは、まさか、幻獣か!?』
『あの幻獣は、あの時の……!?』
『知っているのか、ギルディアス!?』
『は、はい! マルコス先輩が退団する少し前に街道で……。しかしあんなに大きくは……』
リコさんたちのところへ青の騎士が馬で駆け寄る。
あれはギルディアス団長!
三人で空に浮かんだ巨獣を見上げた。
黒い巨獣——レンゲくんは、黒の霧を纏いながら降りていく。
え? まさか?
まさか正体を、晒すつもりじゃ……い、いいの⁉︎
『き、貴公は……』
リコさんが驚きの声を上げる。
『ロスト・レガリア遺跡』でレンゲくんと面識があるからだ。
しかしレンゲくんはリコさんの方……というよりも『連合軍』の方を振り向かない。
無表情のまま、自称メフィスト・グディールを見据える。
『思い出したよ、その匂い。ちょっと驚いた。間違いなく、塵も残さず燃やしたはずなんだけどな』
『くふふふふふふ。お前に消される前にボクちゃま、ちゃーぁんと『作り方』を遺しておいたからねェ! おかげでホラ! こんなに見事に復活したよォ! くふふふふふふ!』
『はぁ。……今見るとなんて虚しい物体なんだろう。こんなものに怒りや憎しみを抱いていたなんて……。エアの言う通り修行が足りなかったんだね……』
『…………ハア? なんだってェ?』
『お前のことだよ、虚空な物体。もういいよ、本体はどこ? まあ、おおよその予想はつくけど』
『言うわけないだろゥ! それに今回もボクちゃまたちの勝ちだ! 『原喰星』は生まれたんだからなァ! お前にできることなんて、もうなんにもないんだよォ! くぅふふふふふふふふふはぁ!』
か、会話の内容が全然わからない……。
「レンゲは奴と面識があるのか?」
「アレと全く同一のものではないと思いまする。しかし、恐らくアレは記憶を引き継いでいるのでありましょうぞ」
「幾多にも分裂し、分体で以って世界を覆い尽くさんとした化け物ですからね」
「!? そ、それは、まさか……」
お父さんと、エウレさん、シンセンさんの会話でわたしもゾワっとした。
レンゲくんが今会話しているアレは、まさか、じゃあ……人ではなくて……っ。
『そして見ろ! この機械兵、機械人形の数を! 二十万ある! くふふふふふふぁ! 言っておくがお前の炎じゃあ燃えない特殊合金で作ってある! 対魔法の魔法陣を全てに施してあるから魔法じゃあ燃えないんだ! ひゃっひゃっひゃっ! お前にはなんにもできないぞ! そこで大人しくニンゲンどもがボクちゃまの新しい器になるところや、魔物に食べられるところを悔し泣きでもしながら見ているがいい! くひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!』
二十万……!
そ、そんなに!?
『連合軍』側も少なくはないと思うけれど、魔物の存在で勝ち目はないだろう。
リコさんたちが、苦虫を噛み潰したような表情で自称メフィスト・グディールを睨む。
卑怯だっ!







