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始まりの第1話



 夜、いつもの帰り道。

 仕事を終えたわたしは、コンビニに寄ってからいつもの交差点に向かって歩き出す。

 緩やかな坂道を下りながら、イヤホンを外した。

 夜道は音をきちんと拾えるようにしておかないと……不審者にあとをつけられたら怖いもんね。

 携帯はいつでも110番にかけられるように、電話画面にしておいて、番号イチイチゼロを入力済みにしておく。

 あとは通話ボタンを押すだけだ。

 そして、夜道でも車や自転車にわかるように白いコート、白いリュック。

 この辺りは比較的治安はいいけれど、用心しておくに越した事はない。

 どこでどんな変質者に遭遇するかわからない世の中なんだから。

 そんな事を考えながら歩いていると鼻の頭に白くて冷たいものが落ちる。


 雪だ。

 寒いと思ったら————



 キキーー!



「え?」


 立ち止まって暗い夜空を見上げた瞬間、背後から自転車のブレーキ音。

 え? 待って、自転車なんていつの間に……。

 人の声と、体に当たる衝撃と、そしてその衝撃で電柱に激しくぶつかる頭。

 耳の奥で鈍い音が鳴り響く。

 最後に見たのは、無灯火の自転車が道路の真ん中の方へスライドしていく様子。


 さいあくだ。

 無灯火の自転車……。

 もしかして、わたし————。

 世界が暗くなる。

 寒い。

 痛い。

 嫌だよ、わたし、まだ……彼氏もいたことないのに……。

 お母さんに、なにも恩返し、親孝行……できてない……お母さん…………。

 嫌だ、いきたくない……お母さん…………。













「いい子ね……」


 気がつくと耳の長い、額に宝石が埋まった金髪の女の人がわたしを見下ろしている。

 なぜだかわからないが……わたしはその人を「おかあさん」だと思った。

 手を伸ばす。

 小さな赤ちゃんの手が、おかあさんに向かって伸びる。

 おかあさんは笑顔でわたしの手を大きな手で包み、嬉しそうに「ルビア」と呼ぶ。

 ……ルビア。ああ、わたしの名前だ。


「いい子ねルビア、よし、よし」


 言葉が話せない。

 あー、とかうーとか、それしか言えない。

 おかあさんはわたしをにこにこと眺めている。

 状況が、よく……あれ?

 わたしは、確か……駅前の居酒屋で働く極々普通の……ええと……あれ?

 おかしい。自分の名前が思い出せない。


「シンディ」

「…………ええ。……ルビア……」


 おかあさんを呼ぶ男の人の声。

 わたしの頭から手を離すおかあさん。

 先程までの笑顔はなく、どんどん悲しげに眉を寄せ青い瞳に涙を浮かべる。

 おかあさんの横に近づく茶色い髪と髭のおじさんは……おとうさんだ。


「っ……ルビア……わたしの可愛い娘……ジェラの国はもう終わり。けれど、貴女は生き延びるのですよ……」

「『(あかつき)輝石(きせき)』の血よ……どうか永遠に目覚めずに……そして、この子をお護りください……」

「あー……あー……」


 おとうさん、おかあさん、どういうこと?

 その入れ物はなに?

 わたしを入れて……そしてどうするの?

 卵のような形の不思議な入れ物。

 その中にわたしは入れられて、おとうさんがなにかをわたしの上に置いて蓋を閉める。

 涙を拭うおかあさん。

 つらそうに唇を噛むおとうさん。

 部屋の外が怒号と火に溢れている事などわたしは知らない。

 ゆらゆらと揺れる暗闇の中で、わたしは次第に眠くなる。

 赤ちゃんだから……仕方ないのかな。

 でもどうして、おとうさんとおかあさんはあんなにつらそうで悲しそうだったの?

『暁の輝石』の血ってなに?


「生き延びてくれ」


 くぐもったおとうさんの声。

 わたしの両親の記憶は、それが最後だ。





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