さん、王子としての重圧
午後になり、先程より大きな釜を二つ準備して二ヶ月先の納期である商品を作るための準備に取り掛かる。
中々大口のお得意様なのだが、余裕を持って納品したいので今から作っておこうと言うわけだ。
「…って、あれー?うっそ、材料足りないよ」
いくつか足りない材料に頭を悩ませながら、私は深く深くため息を吐き出した。
採取は、この周辺の森でする事が多かったのだが、どうしても欲しいものはこの島の外に出る事になる。
そうなると、時間の関係上とてもとても面倒くさいし、なにより急な納期の場合間に合わない。
そこで師匠が残してくれた「扉」を使い、この大陸各地にあるゲートをくぐって、あらゆる場所へと採取に向かうのだ。
しかし、その場所と言うのは過去に師匠が扉の印を付けた場所に依存するので、たまに変な所に出る時がある。
森の中だと思ったら谷の底だったり、川の側だと思ったら崖の途中だったり。
それらは過去に経験して来たので回避する術を覚えたが、正直何が起こるか分からないのが、師匠の残した扉となる。
「でもま、足りないし…行くしか無いよね」
私は意を決して準備を始めた。
採取用のポシェットと、ナイフ、麻縄。
歩きやすいブーツに、動きやすい服装に着替えて、私は二階へと駆け上がった。
「……ん?」
扉の隙間からきらりと何かが光った様に感じたが、光の加減だろうとやっつける。
「行って来ます!」
誰ともなく呼ばわって、私は姿見に足を踏み入れた。
ぐにゃりと目の前が歪むので目をキツく閉じて、私はどこに通じるか分からないので身構えた。
二歩目を進もうと足を出した先に地面は無く、代わりに浮遊感を感じて目を開けた。
しかし下を見る暇も無く誰かに抱き止められ、私は再度ぎゅっと目を閉じた。
「……だ、誰だ?」
「え?」
声が聞こえて顔を上げると、そこには銀の髪を持つ男の人が紫色の瞳をぱちりと瞬きしていた。
混乱している私と目の前の男の人が、同時にハッとして叫ぶ。
「綺麗な紫色!」
「侵入者か!」
同時に響く声に、双方がまたも同時に首を傾げた。
「え、私侵入者ですか!?」
「どう見てもそうだろう、どこから入って来た」
「扉を通って来たんですけど…師匠ってば、どこにゲート作ったのよ」
ため息を吐き出しながら「でも、たまに変な所に落ちる事もあるので」と言い訳しておく。
「どこのどなたか存じませんが、いきなり現れてすみません。
すぐ消えるので」
「待て待て待て、お前はゴーストの違いなのか!?
それよりなんだその格好は」
地面に降ろされ、私は自分の服装を見下ろした。
至って普通の歩きやすい採取用の服装なのだけどと見上げると「せめて少しは装いに気を付けろ」と意味の分からない事を言う。
「そんな事言われたって、採取に服装とか気にしてられませんよ。
花粉付いたり、泥が跳ねたりするんですから綺麗な服着れないし……」
そう言いつつ、私はきょろりと見渡した。
部屋の中だと言う事は分かる。
男の後ろには執務机のような物と共に、大量の書類が積まれている。
そして整理整頓された本棚に、窓辺には白いカーテンと小さな観葉植物。
広い部屋の中央にはテーブルと、二人掛けの椅子が対面にひとつずつ。
どこかの部屋の中の様だ。
「部屋の中で採取は出来ない……」
「さっきから何を言ってるんだ?」
男の人は首を傾げた。
私は取り敢えず今の現状を軽く説明して、この人の理解を得る為に行動する事になる。
「……なるほど、アーデルウィド島のイリス・バイゼアと言えば聞いたことがあるな」
納得した様な様子の彼は「しかし、かなり距離があるぞ」と地図を持って来て説明してくれた。
「ここは大陸の南にある、ナヴルトゥラ国だ。
そして君の居るはずのアーデルウィド島はここ、距離にして飛行船で四日と、陸路で二週間ほどの距離になる」
「えっ、そんなに遠いの!?
と言うか、そんなに広いんだ…この大陸」
初めて聞く知識にワクワクしつつ「帰りはどうするんだ」と問われ、そうだそうだと両手を打ち鳴らす。
「えーと、こう言う紋章の付いた本とかってありますか?」
小さめのポシェットに入れていた紙を見ると「これか?」と本棚から一冊の本を取り出した。
「これは昔からこの地にあった物だと聞いている。
私が王位を継いだ時に先代から託されたものだが」
「え、じゃあ師匠ってばそんな大切な物に紋章を……ちょっと失礼しますよ」
ぱらりと捲ると、見開きのページに同じ紋章が描かれていた。
持っていた紙と合わせて声を掛けると、薄く光って紋章が紙に移った。
「……何をした?」
「情報の共有ってところですかね、この紙に書いてある物の上書きです。
私はこの紋章を手に貼り付けて……」
手の甲へ紋章を合わせて、私は移った紋章を見せる。
「この紋章がある限り、私は私の居た場所へと戻る事が出来るんです」
「……なるほどな」
仕組みとして大雑把に伝えると、彼は呆れた様に頷いた。
「確かに世紀の魔女と言われるだけの事はある、僕にはさっぱりだ」
「まあ、元々の魔力の質がちがうみたいですからね、普通の魔力とかなら皆さんも分かる人が居るんですが」
ため息を吐き出す私を見て、彼はハッとしたように私に頭を下げた。
「僕はカディハルト・ロートリス。
この国の王子だ」
「イリス・バイゼアです、錬金術士です」
顔を上げた王子様は「無礼な事を言ってすまない」と律儀にも謝ってくれたので、私も素直に非礼を詫びた。
「今回は採取に来たと言って居たが、君さえ良ければ僕もご一緒しても?」
驚きの提案で、私の方が驚いて「大丈夫なんですか?」と声を掛けた。
予想ではあるけれど、王子様って本来はとても忙しいと聞いた事がある。
聞きかじりだけれどきっと、国を預かる身分のある人は忙しいか腐ってるかどっちかなのだと思って居たのだが「王子と言えど、ほとんど名前だけだよ」とカディハルトさんは笑った。
「じゃあ行こうか、草木の多い方が良いなら馬を出すよ」
「本当ですか?地理に明るくないので助かります!」
素直にそう言うと、彼の方もまた笑って歩き出した
どうやらカディハルトさん曰く、ここは南にある小さな国らしい。
諸国と連絡を取り合いながら未だ発展途上で、汽車も通ってないと言う。
「連絡はもっぱら手紙か、それとも通信かな。
北の大国がこの間大掛かりな工事を行って、今大陸には地中深くにケーブルが通るようになったらしい。
移動は陸路かもしくは馬で、国民の多くは遠出をする際は通い馬車などを使って居るよ」
「へぇ…大陸の内地だとそうなんですね、私離れ島の島民だから全然知らなかった。
それに北の大国が電気文明だって言うのも初めて聞きました!」
化学の進化した未来の形…それを北の大国が実現させた。
「他にも魔法を扱い続ける国やその魔法に頼らない生き方をして居る国など色々あるよ。
僕の国はまだ模索中だから中途半端なのだけどね」
「でも何をを取り入れるかでまた他の国の対応とか変わって来たりしませんか?
色々警戒しつつも発展していかないと他の国に置いていかれるし…そう言う風に焦る気持ちは、少しだけど分かります」
取り残されて居る感覚は、当人にしか分からない。
焦って、模索して、迷って、考えて…そして、決断をしない事も多いのだ。
「私なんてしょっちゅうですよ、今日だってグドルスパージェ国の偉い人がやって来て薬の卸を優先的にやってくれだなんて言われて…断ったら断ったで我が国の頼みを聞き入れなかった事を後悔しますよって!
…そんな事言われても困るのに」
頬を膨らませると、表情が陰ったカディハルトさんが「グドルスパージェ国ですか」と呟いた。
「それなら仲間ですね」
「え?」
ちょうど玄関ポーチに出たところで、カディハルトさんが立ち止まるので私も立ち止まって顔を見上げる。
「私も今日、グドルスパージェ国の偉い方に通信を通じて傘下に入らないかと言われてお断りしたところです。
どこで回線を聞いたのか知りませんが、丁重にお断りしたところ、後悔するぞと仰って居ましたね」
「そ…そうなんです!私も!!」
「中央にある聖都と言えど、その支配に飲まれたら最後…搾取されて終わりそうと言う私の勝手な推測ですがね。
民を幸せに出来ない国王などゴミでしか無いでしょう?」
怪しく笑って、カディハルトさんは歩き出す。
搾取…聖都と呼ばれる由縁を調べたくなって来た。
「馬には乗れるかい?」
「はい」
その後短いやり取りで馬を選んでもらい、私はカディハルトさんの先導で街道に出た。
「薬学に明るい訳ではないが、薬草を採取出来る丘が近くにある」
「ありがたいです!」
緑豊かな場所にはその土地により採取出来る物は若干変わるが、空気の温度、匂い、場所の雰囲気から取れるのもは大体予想出来るのだ。
着いた先は小高い丘で、近くに湖もあるらしく目当ての薬草はすぐに見つかった。
「……これだけあれば十分だ」
ポシェットに放り込み、私は腰に付けていた小さな試験管を取り出す。
「それは?」
腕を組んで首を傾げるカディハルトさんに「栄養剤です」と答えて、周辺に霧状に散布した。
「私が採取すると、他の人が取れなくなってしまうでしょう?
だから次に生えてくるその薬草の為の下準備みたいなものです」
「それを、わざわざ?」
「あー…あんまり薬草を取る人っていないとは思うんですけどね。
でも次に生えて来た薬草の状態が良いと、それだけで嬉しくなっちゃうでしょ?」
私はそう笑って、近くの花にも散布した。
「自然由来の物しか使ってないので、悪性では無いですよ」
「それは心配していない。
……すごいんだな、錬金術士と言うのは」
感嘆のため息を吐き出すと、カディハルトさんは「君は…」と呟いたので振り返る。
「……僕にはまだ世の中の事なんてこれっぽっちも分かっていない、王位を継いだのも最近だし、まだまだ未熟な若輩者だ。
決断力も、民を引っ張るカリスマ性もまるで無い」
「……」
なんだろうと首を傾げると、私の方を振り返って「たまにで良いんだが」と視線を落とす。
「たまにで良い、君の話しを…もっと聞かせてくれないか」
「私の?」
きょとんと返すと「ああ」と表情が明るくなる。
「王子と言ってもほとんど雑用係みたいなもので、時間がたくさんあるんだ。
調べ物をしたり、街に出たり…もちろん君の時間の許す時で良い!
君の話しをもっと聞いてみたいんだ」
「……私で良ければ全然!って言っても、毎日調合してるか、お昼寝してるかしかありませんけど」
「それでも良いよ、また来てくれるかい?」
「はい!」
元気良く返事をして、私はまたカディハルトさんの屋敷へと帰って来た。
彼は王子と言う身分だが、城を出て街の中に家を建てて暮らしているらしい。
城に居て踏ん反り返っているより、街に居て民の意見を生で聴く方が良いとの事で、帰りに出会った街の人達が色々と教えてくれた。
「だからね、王子様は私達の良き理解者なんですよー!」
「そうこう!小さい頃から私達の生活を豊かにするって目標掲げてさー!」
「へぇー!」
井戸端会議中の奥様方に話しを聞いていると「もうやめてくれ…」とカディハルトさんは顔を真っ赤にした。
「でも王子様ってば隅に置けないねえ!
女が寄り付く隙を今まで一切与えないと思ってたら、国の外にこーんな可愛い子が居たなんて!」
「へ?」
ほっぺたをもちもちされながら聞き返すが「若さかねえ、弾力が違うわ」と嘆いた。
「でもまあ、安心したよ私達は!」
「そうそう!王子様も男の子だねえ!」
「あーもう!変な事言わないで下さい!
行きますよイリス!」
「え?あ、ありがとうございましたー!」
楽しく会話して居たら、居たたまれなくなったのかカディハルトさんは私の手を取って歩き出した。
正直お肌すべすべねえ攻撃を受けて居たからほとんど会話が聞こえてなかったのだが、まあ良いとしよう。
「あ、カディハルトさん、思い出した」
「え?どうかしたんですか?」
部屋に着いて少しして、私は手の甲にある紋章を見せる。
「これ、カディハルトさんにもあげます」
「は?」
意味が分からなかったのか、カディハルトさんはぽかんと口を開けるので「カディハルトさんも暇な時遊びに来て下さいよ」と笑って、どこに印を付けようかと部屋を見渡す。
「何か普段から身に付けている物はありますか?」
「普段から…この懐中時計はどうでしょう」
胸元から出したそれに「了解です」と手をかざし、私は手の甲にある紋章を懐中時計に移した。
「…これがある限り、私のお家とカディハルトさんのお家が繋がりました。
あそこの扉を潜る時に私の名前を思い浮かべて下さい、そしたらいつでも潜れるので」
「そうか…うん、ありがとう」
「いえ、こちらこそです!」
私もお礼を言いながら帰る準備をしていると、ハッとしてポシェットからいくつかの薬を出した。
「これあげます、胃薬と安定剤。
カディハルトさん最近眠れてないでしょう、目の下のクマがその証拠です」
ぽいぽいと薬の瓶を投げると、カディハルトさんは慌ててそれらをキャッチした。
そして指摘された事に驚いた顔をして、苦笑する。
「国の行く末を考えたり、他国の事で頭を悩ませるのも大事な事だと思うんですが、身体を壊しちゃ元も子もありませんから。
せっかく知り合えたんだから、そう言うところは私の得意分野なので頼って下さいね」
「うん、ありがとう」
「それじゃあ私はこれで、採取させて貰えて助かりました!」
ばいばいと大きく手を振って、執務室の扉を開けてお家に戻る。
呆気なく去って行った私を寂しそうにみるカディハルトさんに、また会えるかなとどこか期待しながら扉を閉めるのだった。




