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女子高生ですが、異世界転生者に絡まれて困ってますっ!  作者: 花井有人
アヤネ編:vsチート能力『TS』
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線香花火

 『チート』。それは、異世界転生者が所持している、反則行為を指す。

 『チート』とは、最強の代名詞のように扱われ、恥ずかしげもなく『チート』能力で大活躍をして余裕たっぷりのエンターテイメントを楽しむ者が多いが、それは本来あるまじき姿である。

 無責任に命を投げ捨て、己の格にそぐわぬ力を獲得し、調子に乗っているだけの愚者に過ぎないのだ。


 チートとは、違反行為でしかなく、ルールのままでは己が楽しめないから、逸脱した方法で『快楽』という結果だけを求める行為だ。最も破廉恥な行為であるが、モラルの下がり切ったこの世界において、恥じを恥じとも思わなくなっている人間が大多数となっている有様であった。

 そういった堕落した者が拠り所として、憑りつくものが『陰』なのである。


 『陰』に己を乗っ取られかけたアヤネは、自分の努力した結果に根付いた小さな『自信』という火種により、『陰』の誘惑を振り払い、撃退してみせたのである。

 その努力は、あまりにも小さな、人によっては努力とは言えないようなものであったが、それでも『チート』よりは、確かな価値ある努力だったのだ。『チート』は必ず、『努力』には敵わない。結果だけを獲得した『チート』では、足跡が遺せないからだ。


「グウウッ! ナンデコンナ奴ニ、僕ガ負ケルンダッ……!!」

 明らかに苦悶の表情を浮かべる、淡い霧の亡霊は、細切れになっている己の魂を必死にかき集めながら、アヤネに対して醜悪な目を向けた。


「はぁっ、はぁっ……、な、なんなの、これ……何か、身体の中に……ある」

 自らの身体の自由を取り戻したアヤネは、呼吸を整えながら、自分の身体の感覚を確認するようにして、自分の内側にある、不思議なエネルギーを感じ取っていた。

 それは、とても小さいが、非常に熱い。熱したビー玉みたいなものが、己の心の中に確かにある。


「シェイドの支配から逃れた事で……自分の中のチカラに気が付いたんだ」

 カナが、戸惑うアヤネに説明してくれたが、アヤネはこの自分のものではないような自分の本質のような、どう受け取ればいいか分からないチカラに立ちすくんでしまう。


「ソレハ!! 僕ノ、チカラナンダ!! 返セェェェッ!!」

「!!」

 小さな台風から、抜け出したシェイドがアヤネにもう一度入り込もうと飛びついて来た。もはやその形相には余裕などなく、あまりにも醜い餓鬼のようだ。


「アヤネ!!」

 とっさに、庇うようにシェイドとアヤネの間に飛び込んだカナに向けて、シェイドが霧の手刀を硬質化させて、切り込んだ。


「うぐっ」

 ザクリッ――。

 シェイドの手刀が大ナタのようにカナの背中を薙ぎ払い、肉を裂いて鮮血を舞い散らせた。


「邪魔ヲスルナ! コノケダモノガ!!」

「約束、してるんでね、アヤネに傷をつけさせないってさ」

「カナさん!?」

 自分の目の前で倒れこむカナを抱きしめて、その背中に滲む出血に、アヤネは悲鳴を上げた。


「だ、だいじょぶ……。このくらい、なんてことないよ」

 辛そうな顔をゆがめて笑みを作るカナは、どうにか身体を立て直そうとして、アヤネの壁となるべく、シェイドに向き直った。


「アヤネ……、あいつを倒すのに、チカラを貸してくれ」

「ち、ちからって……?」

「感じてるだろ、内側にある熱いエネルギー。それは、『チート』なんかじゃない。人間が必ず持っている黄金の輝き……。『自分らしさ』だ」

 自分らしさ。

 この熱く、燃えがっている小さなモノが、そうなのだろうか――。不思議だが、この熱を感じていると、胸が高鳴ってくる。これまで伏目がちだった視線が自然と前を向く。世界が、広く光って見える。


「自分、らしさって……そんなの……、どうしたらいいんですか……!?」

 アヤネは、これまで自分の中に確固たるものを持っていなかった。持っていないと思っていた。だが、どんな人にも『自分らしさ』があるのだ。それは鋭くも美しい名刀のようなものだ。多くの人は、その自分らしさを鞘に納めて前に出さない。抜き身を見せる事を許さない社会が、鞘から出ないままの刃をさび付かせていくのだ。


「なんでもいい。解き放つイメージを持つんだ。私の火炎のように……。あんたなら、できるよ」

「解き放つ……?」

 分からない。解き放つなんて、どうしたらいいか分からない。いつも奥手な少女は、自分を前に出す事が出来ない。不器用だったのだ。

 自分らしさを人前で見せることは、いつしか封じられていく。子供の頃は、好きなものには好きといい、嫌いなものには嫌いといっていた。抜き身の剣は人と自分を傷つける。だから、鞘が必要なのだ――。


(鞘……)


 アヤネは自分を解き放つというのは分からなかった。だが、己の中にあるエネルギーは確かに存在しているのだ。そしてこれを感じると、キラキラとした眩いものが満ちていくようだった。

 

(刃――)


 先ほど、シェイドが使っていた風の刃。それが脳裏に浮かんだ。そして、自分の心を護る鞘の感覚をも――。


「なんでもいいんだ……発現させる方法は、自分の感覚でいい……。解き放て……、アヤネ……自分らしさを」

 シェイドがもう片方の手も硬質化させた刃にした。まるで二刀流のように巨大なナタを二刀振り上げる。


「ズタズタニシテヤル!!」

「やらせるか……アヤネにはもう、二度と触らせない」

 流血する身体に力を籠め、カナは弁慶のごとく立ちふさがった。

 アヤネはその背を見つめ、血にまみれる華奢な身体がどうしようもなく、愛おしく思えた。


 自分の事を好きだと言ってくれた。

 自分を認めてくれた。

 線香花火のように――。


(抜刀のように……)


 アヤネは、鞘から剣を抜く勢いで相手を斬る居合抜きをイメージした。

 右手を左腰にもっていくと、呼吸を止め、精神を落ち着かせた。そして内側にあるエネルギーだけを感じ取るように、右手にイメージを蓄えていく。

 

(ある……、確かに感じる……。剣……、エネルギー……。『自分らしさ』!)


「クタバレェェーッ!!」

 大ナタが、カナに振り下ろされようとしたその時。

 カナの背後のアヤネが、まるで静かな流水のように、身体をしなやかに躍らせた。

 アヤネの右手が上半身の捻りと共に前に突き出される――。


 ぶわっ!!

 つむじ風のように、刹那に突風が巻き起こった。

 アヤネの右手には、風の剣が握られていた。まるで次元の狭間に収納されていたように、空間から刀身が現れ、風刃となる。


 ザシュウウウッ――!!

「ぐべへッ!?」


 両の大ナタがその突風に吹き飛ばされた。――シェイドの両手を吹き飛ばして見せたのである。


「で、できた……!」

「へぇ……やるじゃん」

 カナは見事なチカラの顕現に素直な声を上げた。見事な刀身の美しい剣が、アヤネの右手に握られていたのだ。


 カナは、己の力を『火』をイメージして顕現させているが、アヤネはどうやら『風』をイメージさせたらしい。


「これが……自分らしさ……?」

 自分が解き放ったチカラに、自分自身目を丸くさせてしまう。己の物とは思えない、右手に握られた『自分らしさ』という剣は、美しく、そして鋭かった。水に濡れているように煌めく刀身。小さな心の内側から解き放たれたとは思えないほどの長い刃渡り。そして、まるで重さを感じないが、確かな熱を持った柄。


「チ、チクショウ! コ、コンナハズジャ……。僕ノ異世界転生ハコンナハズジャ……!」

「消えてもらうぞ。シェイド」


 今度はカナの右手にチカラが顕現していた。巨大なる火球。浄化の火炎とも呼ぶべき、聖なる炎である。


「チートは、規約違反行為であり……、対象は、アカBAN。つまり、お前はもう……成仏もなく、転生もない。輪廻からの永久追放」

「ヤ、ヤメ……!」

「お前には、『さようなら』すらもったいない」


 バゴォォォンッ!!

 火球が爆裂し、シェイドがその魂を火あぶりにされていく。最期の最期まで苦痛を与える火あぶりの刑は、断末魔すら封じ、完全なる『無視』の世界に連れていく。

 異世界転生者の末路は、誰からも認めてもらう事はない、『無視』の世界への片道切符である。人々の記憶からは抹消され、その存在がいたことすら、無しにされる。この世界にも、異世界にも、あの世にすらその痕跡が残ることはない。無価値たるチート使用者への相応の結末といえよう。


「お、終わった……?」

 カナの撃ちだした爆炎に消滅していくシェイドを見て、アヤネは半信半疑でシェイドが消えて行った空間をじっと見ていた。


「ああ、終わった……。アヤネの、おかげだよ」

「カ、カナさん! 血がっ」

 カナの声にはっとして、アヤネがカナの身体を気遣うが、カナは平気だよ、と応えて笑みすら浮かべた。


「すぐ回復するから。……それにもう一仕事、あるんだ」

「し、仕事?」

「ああ」

 カナはそう言うと、壁に打ち付けられた衝撃で気を失っているリサとハルカを見た。

 そうして、倒れているリサの額に左の掌を当てると、なにやらボソボソと呟きだす。

 すると、カナの左手はぼんやりと発光して、リサの頭部を光が包み込み始めていく。


「な、何をしているんですか?」

 カナの行為が分からなかったため、若干警戒の色を浮かべて心配げにカナとリサを見比べて云うアヤネ。


「記憶を修正してるんだ。こんな不思議な事に巻き込まれてさ、その記憶が『話題の種』になったら、また『陰』がやってくるからね」

 奇妙な体験をしたという事を都合よく修正し、何もなかったことにするまでが、カナの『仕事』らしい。確かに彼女のいうように、『話題の種』に食いついてくる異世界転生者への対処にはなるだろう。こんな奇妙な記憶があればたちまち世の中は、奇妙な話題であふれかえってしまうだろう。


「大丈夫、なんですかお二人は……」

「ああ」

 リサの修正が済んだのか、今度はハルカの額に掌を掲げて光を放ち始める。


「ほんとはさ……アヤネの記憶も……消すつもり、なんだけど」

「え……」

 ハルカのおでこを撫でるようにしながら、背中で語るカナに、アヤネは驚いた。

 だが、確かにこんな奇怪な事件に巻き込まれてしまったなんて、ナンセンスな話、信じがたい。夢幻にしておくほうが、精神上安心なようにも思う。


「でも……アヤネには選択権がある」

 ハルカの処置が済んだカナは、そっと立ち上がり、アヤネに向き直った。


「選択権……?」

「そう。二人同様に記憶を修正されて、何事もなかったようにして今後も生きていくか――。若しくは、チカラに目覚めた者として、私と一緒に…………戦うか……」

 カナの語尾は、少しだけ擦れて弱々しく消えかかっていた。その声には、様々な感情が滲んているように思えた。

 先ほどまで異世界転生者に対し、剛毅な態度を見せていた少女とは思えないほど、等身大のカナが見えていたように思えた。


「戦う……?」

「うん……。異世界転生者は、あれだけじゃない。……最近、この街で色々な闇の事件が多発しているんだ。私は……日頃そういうのと戦ってる……」

「…………」


 カナは視線を外して、保健室の床を見つめてアヤネに告げた。


「チカラを手にしたアヤネは、シェイドと渡り合える資格がある。だから、記憶操作の必要性があるかないかは、本人に委ねられる」

「……こんな、死ぬような思いを、しているんですか?」

「あぁ……まぁ……昔は大したことなかったんだけど、最近はちょっと『チート』が過ぎる連中が多くてさ、たまに苦戦するけど、大したことないよ。だから、別に普段の生活に戻りたいなら私がちゃんと記憶を整理するから」

 はは、と乾いた笑いをするカナ。アヤネは記憶の処置が済んだ二人を見比べた。


 高校転校の初日に、異能バトルの世界に誘われることになるなんて嘘のようだ。

 私は、至って平凡に波風たたない人生を、草花みたいに静かに暮らしたい……。そう願っているはずなんだ。

 だから、命のやり取りをする陰陽師の仲間入りなんて、できるはずがない。私の望む高校生活はそうじゃない……。


 それがアヤネの素直な気持ちだった。

 だって、怖い。怖いんだ――。あの気持ちの悪い感覚。自分が乗っ取られていく嫌悪感――。あれを経験してしまうと、もう二度とゴメンだと言いたくなる。


 ハルカの顔を見つめていて思う。もう、何事もなかったかのように安らかな寝顔を見せている。自分もあんな風に安らかな顔で明日を迎えたい。


 ――でも。


 カナは、笑顔を見せている。傷ついた身体をなんともないように見せている。

 でも、滲んだ色は告げている。


 独りで戦っている少女の寂しさが、言葉に少しだけ浸み込んでいたのだ。できることなら、仲間がほしい。同じ境遇の、友達が――欲しい。

 そんな音色が、伝わってくるように思えた。

 だって、本当に平気なら、有無を言わさずアヤネの記憶を消せばいいだけのことだ。

 態々、言いにくそうにアヤネに選択権を委ねるのは、カナの気持ちから溢れた行動にほかならない。


 命のやり取りをする修羅場に一緒に来てほしいなんて、言える関係じゃない。知り合って初日。相手の事なんてほとんど分かってない。


 ――線香花火みたいで、好き――。


 そんな事を言われたのは、初めてだ。


 カナは、きっと、今本音を隠そうとしているんだ。助けてほしいと、本当は言いたいのだろう。

 だがそんな願いは言えるわけがない。危険な世界に、ついてきてほしいなど、言える立場ではないのだ。そう考えている。


(――助けてあげるって言うのも、助けてって言うのも、勇気がいるんだよ――)


 ハルカの顔を見ていると、そんな彼女の言葉が脳裏に浮かんできた。


「私……怖いです……。あんなのと戦うなんて……、今のだって、信じられないです。自分が戦えるチカラがあるなんて間違いじゃないかと思ってます……」

「うん……だよな」

 はは、と、やはり乾いた笑いをするカナは、ずっと床を見ていた。ちょっと痛んだ毛先が震えているのが、見えた。


「でも、カナさん。私、一緒に戦います」

 アヤネは、はっきりと『自分らしさ』を前に出した。

 困っているなら――、私にできる事なら……手伝いたい。

 それが、アヤネの行動原理だから。


「アヤネ……」

「私、この『自分らしさ』に気が付けなかったら……、きっと記憶を修正されても転んだときに起き上がれない。今の私は、少しだけ、起き上がるための方法を知っていると思うんです」

「いいのか……?」


 カナの顔が、アヤネの顔と真っすぐ向き合った。

 そして、見た。

 あの時、彼女が見せた笑顔よりも、本当に美しいそれを――。


 それが、緑川アヤネの笑顔なのだ。その笑顔は彼女の抜き放った剣のように、輝いていた――。

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