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女子高生ですが、異世界転生者に絡まれて困ってますっ!  作者: 花井有人
アヤネ編:vsチート能力『TS』
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君はきみと戦う

 保健室にはベッドが三つ設置されている。

 体を休めるために利用することが多い保健室のベッドは清潔に保たれている。簡素なパイプベッドではあるが、最低限の眠りは約束されるだろう寝具だ。


「ええと……ここで横になればいいんでしょうか」

「うん、話では保健室で横になっていると、ベッドの下から子供の声がする……ってさ」

 単に子供の声がする、というだけの七不思議だが、それがかえって不気味で想像を掻き立てられてしまう。

 昔、アヤネは幼いころに見たホラー映画がトラウマになっていて、ベッドの中で寝ていると、布団の中に不気味な子供がいるというシーンに卒倒しそうになったことがある。だから、ベッド、子供のコンボはどうしようもなく彼女の弱点を突くのだ。


 念のためにベッドの下を覗き込んでみたが何もいない。子供どころか、埃すら落ちていない綺麗な床だった。保健委員がいつも清潔に保っている証拠だろう。


「じゃ、じゃあ……やってみますね」

 アヤネが上履きを脱いでベッドに上がると、そのまま横たわり、布団をハルカが上にかけてくれた。


「トイレの時みたいに、一人のほうがいいかな? 一応、カーテンで仕切れるようになってるけど」

 リサがカナに訊ねるが、アヤネは不安げな顔をする。その顔を見ると、一人にはさせるのは忍びない気持ちが沸きあがってくるが、できるだけ状況はきちんと構築しておきたい。


「うん、カーテンを閉めて、私たちは外側で待機。アヤネ、異常があれば声を出してくれ」

「は、はい……」

 アヤネの声に、カナは頷いてカーテンを閉めると、アヤネだけ残して、出ていく。

 カーテン一枚先にいるだけの近くにいる距離感が、なんだか無性に遠く感じた。


 アヤネは、緊張しながら、目をつむると、耳に神経を集中させた。ちょっとでも音が聞こえたらすぐに周囲に知らせることが出来るように。


「…………」

 しぃんと静まり返る保健室には、何の声も響かない。どのくらい横になっていればいいんだろう。眠る必要があるのだろうか。もしかしたら、夢でも見て勘違いしたんじゃないか――そんな風に色々と想像が廻るアヤネは、ベッドの中でもぞもぞと寝返りをうつ。


「どうだ、アヤネ。何かおかしなことはないか?」

 カーテンの外からカナの声がした。アヤネはその声に応えようとして、口を開きかけた時だ――。


「はい、特になにもありません」


(え……?)


「そうか、ここじゃないのかもな」

「もう少し調べてみたいので、待ってください」


(えっ!?)


 アヤネは、カーテンの向こうにいるカナの声に返答する、自分そっくりの声に驚愕した。アヤネ本人は、ベッドで横たわったまま、ひとつも喋っていないのに、どこからか、代理で答える何者かがいるのだ。布団の中のアヤネは、驚き戸惑い、その声は私のものではない、と伝えたいのに、声がまるで出ないのだ。


(な、なに!? なんで!?)

 ほとんどパニック状態になったアヤネは、もうこのベッドで眠っている場合じゃないと、身体を起こそうとして、それさえもできない事にいよいよ青ざめた。


(まさか――っ!!)


 恐れていた刺客の仕業だと容易く理解できた。なんと、心地よい肌触りの掛布団と思っていた白い布団が、霧状に形を崩していくのである。たちまち、アヤネは自分が身動きできない理由が分かってしまった。

 ベッドに横たわる自分の身体に、不気味な白い霧が纏わりついて、身体の動きを封じ込んでいるのだ。

 アヤネそっくりの声も、その霧が発しているのだろう。


(ふふふ……、僕の声が聞こえるかな?)

(ひっ――)

 ぞくりとしたアヤネは、自分の脳内に語り掛けてくる男の声に悲鳴をあげた。だがそれも外側に発することが出来ず、口はパクパク金魚のように空しく開閉するだけだった。


(おそれないでほしいんだ。君と話がしたかっただけなんだよ)

 ひやりとした感覚が、身体に纏わりつき、全身をするするとすべっていくようだった。白い靄が体を撫でまわす様に、横たわるアヤネの肌を滑っていく。


(は、話……?)

 青ざめたアヤネは、相手の気分次第で体を切り刻まれてしまうのではないかと恐れ、シェイドの声に耳を傾ける態度を見せた。


(そう。僕はこの世界で転生を果たすため、どうしても君の肉体が欲しいんだ)

(そ、そんな……い、いやですっ……)

 脳内に響く声は、どうも男性のように思えた。厳密には『声』ではない、意思のようなものが語り掛けてくるため、声色だとかで性別を判断できない。だが、このシェイドの持つ欲望が『男性』のものだと感じられた。


(君はとても、可愛いね)

 ぞっとする言葉だった。普段なら言われて嬉しいはずの言葉だろうが、身体の自由を奪われた状態で、全身に指を這わされているような感覚が纏わりついてくる最中に言われてしまえば、悪寒が走るこの上ない言葉だった。


(わ、私は……可愛くなんてないです……)

 可愛らしい女性ならいくらでもいる。それこそ、アイドルだとかモデルをやっている少女たちがまさにそうじゃないか。自分はそんな煌びやかな少女ではないと、アヤネは思っている。


(そう。君は、自分を可愛いと思っていない。自分の事を好いていない。そんな君がどうしてこんなイイ身体に宿っているんだい? 宝の持ち腐れってヤツだよ)

 白い靄が、アヤネの身体を弄ぶように、撫でまわしていく。その蠢き方は厭らしく、少女のデリケートなラインすら我が物顔で舐りまわしていくようだった。


(ひぅ――……!)


(やっぱり転生するなら若くてかわいいJKがいいに決まってるじゃないか。……君は全然分かってない。JKの価値をさ……。僕が君になれば、君以上にキミを輝かせることが出来るよ)


 気色悪い物言いをするシェイドの意思は暗く、そして重かった。ぬるり、と自分の身体の孔という孔から入り込んできて、身体を乗っ取ろうとする霧の蠢きは、妖しい感覚でアヤネを弄ぶ。


(じゃあ、キミはこの先、どういう生き方をするつもりなんだ? 自分を殺し、相手の顔色を窺い、波風をたてないように気を遣うだけのキミに、何ができる?)

 耳を塞ぎたくても聞こえてくる内側の声は、アヤネのコンプレックスを責め立て、その自我に揺さぶりをかけようとしていた。

 そのシェイドの言葉は、最もだと思えた。

 アヤネは、自分に自信などないし、それに『個』を持たないアヤネは、自分に何かが出来るとは思ってもいない。自分は、空気。モブ。脇役、影の者……。


 陰……。そうだ、確かにシェイドの言う通りだ。

 自分こそ、シェイドであると思えた。こんな自分が生きていても、何かを世に残せるような人間になれるとは思えない。だったら、確かに、自分の活用法を分かっている人間に、人生を委ねたほうがどれほど効率的なのだろうか。


 JK……。つまり、女子高生というのは世の中に対して、ブランドがあるというのは知っている。

 女子高生というのは、それだけで一つの価値があるように、社会は言っている。花盛り――、この時期を有意義に活用することで、『女』の格は上がるようにも思えるのだ。

 貴重な女子高生という青春の時期、アヤネはそれを棒に振るような生き方しかできないと思っていた。

 煌びやかな青春は、自分では不可能だとそう考えているのだ。


 だって自分には何もない――。


 何も――。


「ほんとに自分に何もないって思ってる?」


(!!)


 カナの言葉が脳裏に響いたような気がした。精神は、いまシェイドに占拠されているというのに、そこに確かに響いたような気がしたのだ。


「あんた、いい顔してた」


(いい、顔……)


 どんな顔だったろう。あれは、練習した、作った笑顔――。仮面なんだ……。


「可愛かったよアヤネちゃんの顔!」

 この声は……ハルカの声だっただろうか――。


「ホントに音楽が好きなんだって嬉しくなったもん」


 違う――、音楽なんてリサに比べれば全然分からない――。

 話に合わせただけなんだ――。


(ほぉら……、なんにもない)

(なんにも、……ない……。好きな、物も……夢中なことも……自分のこともいい加減で……)


 精神が、雲が千切れていくようにバラバラになっていくようだった。なぜ、自分は存在しているのだろう。自分よりも、相応しいものがこの世界で生きるべきではないだろうか。

 このシェイドは、『私』をきちんと、生きようとしてくれているのだから――。


(僕が、キミになれば……『チート』の能力でアイドルになれる。そうしたら、バンドを組みたがっている他の三人も喜ぶよね)

(……あい、ど、る……。みんな……喜ぶ……)


 アヤネは自分の存在に拘る事の愚かさを知っていくようだった。シェイドの言う通りじゃないか。自分では、バンドなんてできない。歌なんて人前で堂々と歌えるだろうか。他人を惹きこめるような魅力があるだろうか――。

 ――考えるまでもない。そんなものは自分にはない。


(ほら……身体の力をぬいて……。ゆっくり……挿入していくからね……すぐ、気持ちよくなるよ……)

(あ……、あっ……あっ……)

 何かが自分の中に入り込んでくる感触があった。奇妙な満足感、充足が得られるような心地よさが、アヤネの神経をとろとろと湿らせていくようにも感じられる。

 これによりかかって、そのまま眠りに堕ちれば、まどろみの世界でいつまでも揺蕩っていられると告げるように、誘惑がアヤネに纏わりついて華奢な身体をヒクつかせる。


 シェイドはそんな少女の身体をじっくりと弄びながらほくそ笑んだ。待ち望んだ美少女転生だ。まずは、じっくり自らの肉体となる女の子の身体を楽しもう。

 陰湿な欲望が穢れなき精神にしゃぶりつき、汚していく。


 そうして、少女の最奥にあるぬくもりに欲望の舌を差し込もうとした――。


(わ、たし……)


 霞む意識の中、自分の内側にある、熱を何者かが奪おうとにじり寄ってくるのが分かった。

 その熱は、とても尊いものなんだという感覚だけがハッキリと残っていた。でも、それが具体的になんだったのか、思い出せない。もうどろりとした泥酔の魔手が意識を塗りつぶそうとしていたからだ。


(あったかい……もの……)


「アヤネ!! しっかりしろ、アヤネッ!!」

(聞こえる――、声が……、だれの……?)

「気を強く持て! シェイドに奪われるな!」


 どこからか聞こえてくる熱、――いや、声がアヤネの霞む意識に届いて来た。


「アヤネちゃんから出て行ってよ!!」

「アタシの部員を取るんじゃねえっ!!」


(だれ……、だれ……?)


 誰かが必死に自分を呼んでいる声がする。

 だけども、底なし沼のような睡魔が足首に纏わりついて離れてくれない。

 『私』の身体を抱きしめてくれる三人の少女たちに、周囲に巻き起こった真空の刃が襲い掛かっていくのが見える――。

 三人の少女は、風の刃に切り刻まれて、苦痛の声を上げているのが聞こえる――。


「負けるなぁっ!! 心地いいだけの世界にッ!!」


 カナが吠えた。

 保健室のカーテンの向こうから、アヤネの声が「大丈夫だから、もう少し調べる」と言っていた。

 その後、不気味な気配が強まったのを感じたカナは、ベッドのカーテンを払いのけ、シェイドに侵されかけているアヤネを発見し、すぐに行動を開始していた。

 餌に食いついたエモノを逃すわけにはいかない。そして、アヤネを奪わせるわけにもいかない。

 カナはチカラを全開にして、シェイドに占領されているアヤネの身心を浄化しようと動いたのである。

 カナに続いてハルカとリサも、アヤネに強く呼びかけた。

 その言葉が必ずアヤネを救うことになると、アヤネを信じていたからだ。


「グウウッ!! ウットウシイッ!! 邪魔スルナァァァ!!」


 ズバァっ――ッ!!


「うああっ!?」

 強風が三人を襲い、吹き飛ばして壁に激突させる。呼吸もつまる激痛に、ハルカとリサは苦悶の顔で崩れ落ちた。カナは鈍い痛みが走る身体を立ちなおらせ、右手を構えた。


「アヤネから、出て行ってもらうぞ」

「ククク! 僕ノ『チート』能力に敵ウト思ッテイルノカ、ケダモノガ!」


 そう言うと、アヤネの身体を乗っ取ったシェイドが、ふわりと保健室の宙に浮かび上がった。強烈な力を発揮させ、たちまち保健室内では凄まじい風が暴れ始める。


「何が、チートだ……! そんなものに頼らないと自分を示せない雑魚野郎……」

「ハハハ、ムシケラガ何ヲ言ッタトコロデ!」

「アヤネ……確かに、そういうのに頼れば楽だよ。痛快で、苦しみもなくエンターテイメントを純粋に楽しめる……。そりゃ面白いだろうさ」

 カナは、シェイドなど無視をしていた。その奥にいる少女へと投げかける。

 それが、『熱』なのだと、アヤネが目を覚ますまで――。


「でもさ……そこになんの価値もないんだよ」

「何ヲ偉ソウニ。溢レカエル『シェイド』達ヲ見テミロ! 世ノ中ドコモカシコモ腐ッテルノサ! ダッタラ! 夢見テ楽シク、遊ボウヤァ!!」

「アヤネ……、何もないとか言うな……。溢れかえる理不尽に、あんたは立ち向かおうとした。私は、そういうのが好きなんだ。腐ってる世界でも、僅かな抵抗をして、線香花火みたいな綺麗なあんたが、好きなんだよ」

「地味ニ光ッテ、無様ニ落チル、線香花火ノ何ガイイッテンダ!」

 シェイドの叫びは悲痛な言葉のようにも聞こえた。

 それは恐らく、シェイドの元々の世界に居た時の経験から来ているのかもしれない。かつてこの『転生者』が、どんな人生を送って世界に嫌気がさしたのかを物語っていたようにも思えた。


 アヤネの右手がひゅっと素早く水平に薙ぐようにして切られた。すると、鋭い鎌鼬がカナを切り刻む。カナの皮膚が切り裂かれ、鮮血が舞い散り、膝が崩れる。


「うぐっ」

「JKハ良イヨナ~。カワイイダケデ、チヤホヤサレルイージーモードノ人生ジャネェカ。面白オカシク遊ベル最高ノシーズンダヨネェ~~!」

「お前、童貞か? 女子高生に夢見すぎだよ、アホ」

 ニタリと不敵に笑みを作って、傷だらけの身体を支えるカナは、下賎な陰に見下した目線をぶつけてやる。


(好き……?)


「モウサァ。白ケルンダヨネ、ソウイウシリアス系? サッサト終ワッテクーダサイ」

 風が集まり始めていた。まるで小さな野球ボールくらいの台風を作り上げているシェイドは、それでカナにトドメを刺すつもりなのだ。


「ココカラハ、チートデ楽々、美少女転生物語、ハジマルヨ~! エロエロモ詰メ込ンデ、アヤネチャンノ思春期、堪能サセテモラウカラ。サッサト、死ネ」


 ゴウゥゥッ!!

 ボール大の台風が、唸り声をあげて、カナにぶつけられると思われた。

 ――が。


 ゴウウウウウウッ!!

 小さな台風が、なんとそのまま、その場で風を回転させて、空気を吸い上げていくように、白い霧、『シェイド』を吸い込み始めたのだ。


「ナ、ナニッ?」

 自らの生み出した風の『チート』能力で、自らの霧の身体を破壊されることになった『シェイド』は驚きの声を上げた。

 自分の力が制御できなくなっているのだ。


「ナゼ、僕ノ『チート』ガ機能シナインダ!?」

 もはや止めることもできず、まるで風呂に張った水が排水溝に流れていくように、風の塊に霧の身体を吸い取られ始めていく。


「ウグウッ、コレハッ……」

「アヤネが、やってるのか……?!」


 体を乗っ取られていたはずのアヤネが、『熱』を掴んでいた。奪われそうだった『熱』が、更に熱くなっていたのだ。

 それは、カナの『好き』だという言葉が付けた小さな火種だった。


「わ、私は……、確かに……あなたの言う通り、何もない人間です……自信がなくて……不器用です」

「グググッ……! チ、チカラガッ……奪ワレテイルノカッ、僕ノ『チート』ガッ……」

 アヤネの身体から吐き出されていく白いもやは、風に吹きつけられて弱々しく散っていく。それに苦しむシェイドは、自分のチート能力だけが、アヤネの内側に遺されたままにされていると感じ取れた。

 アヤネはシェイドを身体に宿した事で、そのチカラのほんのひとかけらを武器へと変えたのだ。

 それは『チート』と呼ぶにはあまりにも弱々しく、美しいものだった。


「でも……! 頑張っていた私は!! 私は誰にも渡さない!!」


 人は、そのチカラの事を『きみらしさ』と呼ぶ。誰もが必ず持つ、取り柄なのだ。

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