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『告白イベント』

「さてと、そろそろオーケーかしら。この辺で大丈夫?」


 先輩は一仕事終えたみたいな空気を出して、軽く自分の髪を梳いた。


「何がですか」


 何のことやらこっちにはさっぱりなのだが。


「イントロよ。流石にこれ以上ぐだぐだ喋っててもぐだりすぎて読者はついてこないでしょ?」


「もう誰もついてきてないんじゃないかと思います」


「まぁ大丈夫よ、実際はここまではカットだから。こっからだから、スタートは」


「そうだったんですか」


「当たり前じゃない。本番はこんな舞台裏オーディオコメンタリーみたいなのは無しで行くわよ。ね、そうでしょ?」


 息巻いて言うと、先輩は横髪の先端を手で弄る。

 どうやら、本番がこれから始まることは彼女の中で決まっていて、俺の返事を待っているのかもしれなかった。少なくとも俺にはそう見えた。


 でも。


「でも……やっぱり、好きでもない同士で付き合うなんて不健全なことは……」


 もしかしたら世の中には、そういう『軽い恋愛』みたいなのもいっぱいあるのだろう。

 けど、俺はそんなの……嫌だ。

 童貞野郎の青臭い妄想だって言われるかもしれない。

 可愛い女の子(多少?変な子でも)と付き合えるチャンスを棒に振るなんて馬鹿みたいだと思われるかもしれない。

 でも俺は、不誠実なことはしたくない。

 別にまだ見ぬ運命の相手に操を立ててるとか、そこまで恥ずかしいことを言うつもりはないけど。

 好きじゃない人と付き合って、とりあえず『充実した高校生活』をやってみようだなんて、思えるタイプじゃないんだ。

『今しかない青春を満喫してやるぜ!』と叫んじゃえるほど俺はリア充体質じゃない。

 そんな陽キャラだったら、こんなモブキャラにはなってないに決まってる。

 それに俺は、そんな考え方は好きじゃない。

 だって、そうやって、楽しくやろうとして楽しくやるのは……嘘じゃないか。

 楽しさってのはそういうことじゃなくて、もっとこう……自然と湧き上がってくる気持ちのはずだ。

 だから、俺は。


 変な女の子の変な提案を。

 もしかしたら、楽しくやれたかもしれない、そんな未来を、断……。


「好きじゃない同士?何言ってるの?」


「え……?」


 ……るつもりが、先輩にそれを遮られた。

 見れば、先輩は心外と言わんばかりにきょとんとした顔をしていて。

 けれどよく見れば、さっきの狙ったみたいな(実際に狙ってたんだけど)真っ赤な赤面じゃなくて。

 ほんのりと、西日のせいなのかどうかすらわからない程度に、頬が赤く染まっていて




「私は思い込みが激しいから、あなたのことはもう好きになったわよ?」





 そんな、ありえないことを、言った。


「……な」


「私くらいになれば、恋に落ちるなんて朝飯前ね」


 ……なんだその変な自信は。俺はあっけにとられてしまう。

 自分の気持ちだって、俺には自分でよくわからないことがよくあるのに。

 この人は、この先輩は……。


「……俺のどこを好きになったっていうんですか?」


 だからだろうか。俺は卑屈過ぎる言葉を返してしまう。

 俺は一目惚れを信じてないし、自分にそこまでの魅力があると思ったこともない。

 顔だって、性格だって、成績だって普通で平凡だ。

 なのに、そんな俺を好きになるなんて……。


「好きになるのに理由はいらないでしょ?」


 ……好きになるなんて言うのなら、理由がないとしか思えなかった。

 だからきっと、俺は先輩の言葉にどうしようもなく納得してしまっていた。


「強いて言えば、話してて楽しいところ?」


「話してて楽しい?」


「会話劇主体のラノベでは、それが一番大事じゃない?」


 本当に楽しくてしょうがないみたいに、先輩は歯を見せて笑う。

 小首をかしげるその仕草に、ポニーテールがちょこんと続いた。

 グラウンドから聞こえる、金属バットがボールを弾き飛ばすカキンという音が、遠い世界のことのように頭の中に響く。

 ……あぁ、それは当然だ。実際に、俺はこの時遠い所にいたのかもしれない。

 目の前にいる先輩。

 それは、写真集に載るような顔ではなくて。

 多彩な先輩の表情の中でも、美人に見えるような種類のものじゃないはずだ。


 でも。

 俺はその時。


 先輩の姿が……ライトノベルの挿絵に見えてしまった。


 俺が抱いた感想は、ただそれだけのことだった。


「……先輩」


「何かしら」


 いつの間にか先輩は姿勢を正していて、モデルのように背筋を伸ばしたきれいな姿で立っていた。

 しかし俺はもう気付いてしまっていた。さっきまで髪を弄っていた手が、今はスカートの裾を強く摘んでいることに。


「名前、聞いてもいいですか?」


「……名前?」


 先輩はキョトンとして鸚鵡返しにする。


「主人公が、ヒロインの名前を知らないラノベなんて……おかしいじゃないですか」


「あ……」


『先輩』は、安心なのか何なのか、不思議な表情で息を吐く。

 俺の台詞は、彼女の提案にOKを出したも同然だ。

 俺はこの奇天烈な先輩の、名前すら知らなかったっていうのに。

 自己紹介も終わってない関係で、恋人のふりになろうと言うんだから、俺も先輩も変わってる。

 ……そうか、そうだよな。だったらまずは俺からしてみようか。


「えーと、そうですね。俺は双上匡です。趣味は読書でラノベも読みます。容姿は並。運動神経も並。前回期末テストの成績は狙ったかのように2年314人中157位です」


「……知ってるわ」


「今日から、ライトノベルの主人公を目指してみます……これも知ってましたか?」


 ちょっと台詞が臭すぎただろうか。いや、ラノベなんだ。これでいいはずだ!俺は間違ってない!

 言ってやったぜ!という思いと、後で思い出すと死にたくなるんだろうなぁという理性が俺の脳内で対バンを始めた。頼むから辛うじて理性が負けている内に返事をしてくれ!

 九割の恥ずかしさと一割の期待を込めて先輩を見る。

 先輩は、ニコッと擬音がつきそうなほど完璧に笑う。

 舞い上がりすぎる自分を抑えるように、わざと演技臭くしているように見える。


「知ってたわ。当然じゃない!」


 左手は、既にスカートから離れていた。

 すっとそのまま手が前に伸びてくる。


「私は波白渚。スリーサイズは下から88、55、86よ」


「下から言って微妙にバストを大きく見せようとしないでください」


「失礼ね。お尻を小さくしようとしただけよ」


 どっちにしろめっちゃ姑息だった。

 最後までまったく締まらない会話劇だな。

 いや、最後じゃなくて、ここから最初なんだけど。


 ちょうど窓から差し込んだ夕陽が、渚さんの方だけを照らしていて。

 日陰にいた俺は、その手に引っ張り上げられるみたいに、夕陽の方へ一歩踏み出した。


「よろしくお願いします、渚さん」


 俺は差し出された左手を握り返す。


「よろしくね、匡」


 二回目の握手は、なぜだか凄くドキドキした。

 おかしいよな、もう恋人繋ぎだって済ませた仲だってのにさ。

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