流星ロード
あなたには、どうしても会いたい人はいますか?
その思いが強い人の前に
新月の日に現れる道
それが流星ロード
申し遅れました、私流星ロードタクシー運転手
ウサギの星野 と申します。
本日は
この仕事をしていてお乗せした
素敵なお客様たちのお話をお聞かせしましょう。
ただし、誰かに会いたいという気持ちは決して素敵なものばかりでもありませんのでご承知を。
□妻に会いたくて
#1 嬉しくて悲しいプレゼント
「お父さん、じゃあありがと。」
助手席のドアを開け、奈美は降りていった。
手を振る奈美に手を振り返しながら俺は車を走らせた。
「もうあの子もこんなに大きくなったよ」
俺は煙草に火をつけながら、そう呟いた。
妻 佑美は奈美を産むと同時に亡くなった。
元々病弱だった佑美との間にはなかなか子供はできなかった。
俺の32歳の誕生日、仕事から帰ると佑美はそれまでに見たことがないくらいニコニコして俺を迎えてくれた。
「お帰りなさい!誕生日おめでとう!ご飯気合入れたから沢山食べてね♪」
毎年の誕生日、佑美は得意な料理で豪勢にお祝いをしてくれる。
その度に、
「佑美と結ばれることが出来て本当に良かった」
と心の底から思った
「子供が出来なくても、この人とずっと一緒にいられるならそれでいい」
そう思った。
例年、佑美手作りのケーキを食べる前に必ずプレゼントがある。
前の年にはずっと欲しかった腕時計、その前は革靴。
毎度俺の趣味を分かってて素敵なものばかりだ。
今年は何だろう、特に今欲しいものがあるわけでもないし
何を選んだのかな?
冷蔵庫からケーキを持ってきた佑美はニコニコしながら
「今年はなんだと思う?」
そう俺に尋ねた。
「何だろう、今年は予想できないんだけど」
「あなたの仕事机の上みて!」
俺は自分の机の上を見た。
「Happybirthday!」そう書かれた大きめの封筒。
「中を見て♪」佑美が後ろからのぞき込みながら促す。
封筒を開けると
エコー写真だ。
「この場合、私達2人におめでとうかな?」
ニッコリして俺の顔をのぞき込む佑美。
俺は涙が止まらなかった。
嬉しくて嬉しくて、佑美を抱きしめて泣き続けてしまった。
ようやく、俺達の子供に会えるんだ。
ひと通り泣き終えて、2人でケーキを食べた。
今年は俺の大好物のいちごのショートケーキ。
佑美は毎年ワンホール作る為暫くケーキ三昧だが、甘党の2人にとっては普段以上に幸せな日々になる。
食べ終わって俺は食後のコーヒー、佑美はいつものホットミルクを飲んでいた。
「赤ちゃんの事だけど、私絶対産むから。」
いつも笑顔の佑美。その時ばかりは今まで見たことないくらいに真剣な顔をしていた。
「もちろん。どおした?改めて。」
尋ね返した俺は、その後また涙が出てくるなんて考えもしていなかった。
「私、身体弱いでしょ?お医者さんがね、出産に耐えられない可能性があるって。母子ともに健康は厳しいかもしれないって。」
俺は言葉を失った。
佑美の身体が弱いのは付き合いだした時に佑美から聞いていたし、佑美のご両親からも聞かされていた。
だけど、そんなのあんまりだ。
「また泣いてる!」
笑顔で俺を茶化して、また真剣な顔で、
「心配しないの!ぜったい産むから!二人の子供の顔、私達が見てあげなきゃ!しっかり育てて、私達以上に幸せにしてあげなきゃ!」
佑美にこんなにも真剣な顔で、しっかりした声で、俺の目をじっと見て言われたら
「一緒に頑張ろう」
涙ぐんだ声で、そう言うしかなかった。
子供はずっと欲しいと二人で話していた。
だけど、佑美まで失うかもしれない。
でも、佑美の気持ちを全力で受け止めたかった。
母子とも健康になる可能性が0だと言われたわけじゃない。
佑美とお腹の子と、自分の運命を信じようと思った。
#2 はじめましてお母さん
奈美が産まれ
佑美が死んだ
彼女は最後に、
「この娘をお願いします。」そう笑顔で言った。
俺が聞いた最期の言葉だった。
俺は自分の両親と佑美の両親の助けで
沢山の苦労をして奈美を育てた。
俺の両親は俺が仕事の間面倒を見てくれたし。
佑美の両親は奈美に色んなものを買って送ってくれた。
奈美がまだ幼稚園の時
「私にはどおしてお母さんがいないの?」
そう聞かれた事があった。
俺は
「奈美のお母さんは遠い所にいるんだよ。
いつも奈美の事をしっかり見守ってくれているからね。」
そう告げるだけしか出来なかった。
いつかはしっかり説明しなきゃいけないし、
奈美自身が気づいてしまう事もあるだろう。
その頃になると
よく佑美のご両親から
「そろそろ佑美の事は忘れて、新しい人を見つけてください。」
「奈美のこれからには、お母さんがいた方がいいよ。」
そんな内容の電話を貰うことが増えた。
でも俺は、
「僕が愛したのは佑美だけです。
僕の妻は佑美だけだし、奈美のお母さんは佑美だけです。」
そう言っていた。
確かに母という存在は必要だろう。
小学校、中学校と上がるにつれて
母親がいないという空白は次第にはっきり、そして大きくなってくるだろう。
奈美は自分の命と引換えに、母親が死んだことをどう思うだろうか。
俺に嫌悪感を抱くかもしれない。
それでも、佑美以外は考えられないし。
奈美をしっかり育てる覚悟は出来ているつもりだ。
「僕達より、幸せになれるようにしっかり育てていくからね。」
「いつか奈美も連れて2人で来るから。」
まだ毎年1人で来ている奈美の墓の前でそう俺は言った。
奈美の小学校の卒業式の後だった。
「私ももう中学生になるし、そろそろお母さんの所に連れて行って。」
奈美に真剣な顔で言われた。
その顔は佑美の真剣な顔にそっくりだった。
「分かった。もうちゃんと理解出来るだろう。
行こう、お母さんの所に。」
俺は奈美を助手席に乗せ、車を出した。
3時間程移動して着く場所。
周りを山々に囲まれた田舎町。
ここに佑美の実家、そして墓がある。
「ここは?」
奈美は不思議そうな顔をしている。
「お母さんの産まれた場所、育った家だよ。」
立派な日本家屋、日本の田舎の日本の家というイメージのままの家。
「いらっしゃい、よう来たね。」
佑美のお母さんが迎えてくれる。
「お久しぶりです。奈美を連れてきました。」
「奈美ちゃん、久しぶり。おばあちゃんやよ、大きゅうなったね。」
奈美がおばあちゃんに最後に会ったのは3歳くらいだったろうか、
それからは時々電話で話す程度だった。
「お母さんに会いに来ました。」
奈美はしっかりとした、張りのある声でそう言った。
「あの娘も喜ぶよ。とりあえずお茶でも飲んで休みんさい。疲れたでしょうに。」
今に案内されそこに荷物を置き小休止。
「よう来たな、二人とも。」
佑美の父、奈美のおじいちゃん。
この町の町長だ。
「えらい遠くて疲れたろ奈美ちゃん、ゆっくりしていきい。」
「ありがとうおじいちゃん。」
俺は、温かいお茶を飲みながら
なんて言おう、どう説明しようかと不安だった。
「お母さんはとっても素敵な所で育ったんだね。」
奈美は笑顔で部屋を見回し、縁側から見える山々を見回し、
おじいちゃんとおばあちゃんを見ながらそう言った。
「二人ともこっちへきんしゃい。」
奈美のお母さんが仏間へと俺達を招き入れた。
「お母さんだよ。」
仏壇には
佑美の写真がある。
いつ見ても眩しい位の笑顔。
笑い声が今でも聞こえてきそうだ。
「この人が…お母さん…。」
奈美は同様はしていたが、予想していたより大きくない反応だった。
「お母さん、はじめまして…じゃないか。久しぶりかな?
やっとお母さんの顔見ることが出来たよ。」
「綺麗な人。笑顔が可愛いね。」
ただ写真を見つめ奈美は言う。
「やっぱり死んじゃってるんだね。」
震える声で、真っ直ぐ前を見てそう告げた娘の背中を見て
俺も涙が溢れてきた。
「奈美を産んだ時に亡くなったんだ。
奈美が世界で一番幸せになれるように、しっかり育ててあげてほしいってお父さんに言って。」
俺の声も震えていた。
震える声で全てを話した。
#3 母から。妻から。
奈美は黙って佑美を見つめ俺の話を聞いていた。
「佑美から預かってたもんがあるよ。」
佑美のお母さんが奥の部屋から封筒を2つ持ってきた。
「お母さんから奈美ちゃんに。」
「佑美からあんたに。」
「俺にも…?」
「佑美は奈美ちゃん以上にあんたの事心配してたきぃに。」
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お元気してますか?佑美です。
この手紙を貰ったって事は奈美が会いに来てくれたのかな?
それなりに大きくなったのかな?
ひとまず、お疲れ様。
貴方は真面目な人だから、本当に沢山の苦労を乗り越えて奈美を育ててくれてるんでしょうね。ありがとう。
そしてごめんなさい。やっぱりあなた達と生きていたかったな。
もちろん書いてる今は生きる可能性があるけど、
読んでくれてるなら、もうあの世にいるでしょう。
貴方の事が本当に好き。
そして奈美の事も大好き。
奈美が幸せになれるようにって頼んだけど。
貴方も幸せになってね。
幸せな人生をありがとう。
まだ長いと思うけど、奈美の事よろしくお願いします。
佑美
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涙が止まらなかった。
「…任せて佑美。頑張るから。」
「お父さん!しっかりして!」
泣きじゃくる俺は奈美に背中を叩かれた。
「お母さんから頼まれちゃったからね。」
そう言いながら奈美宛の手紙を見せる。
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奈美へ
はじめまして。久しぶりかな?
お母さんです。
この手紙を奈美が読んでるって事は
私はもう生きていません。
これはあなたへの最初で最期の手紙です。よく読んでください。
私とお父さんは、あなたを妊娠してとっても嬉しかったよ。
あなたが愛おしくて大切で、幸せにしてあげたいって
あなたがお腹にいる時にいつも言っていました。
お父さんは、きっとこの手紙を読む日まではあんまり泣かないかも知れません。
でもお父さんは本当は凄く泣き虫なので、奈美ちゃんよろしくね。背中でもひっぱたいてあげてください。
お母さん、身体が弱くてね。
それでもあなたに産まれて来てほしかったの。
自分が死んじゃうかもれないって聞いても、その気持ちは変わらなかったんだよ。
お父さんはすっごく真面目です。
きっと大事にしてくれて、優しく時に厳しく育ててくれるでしょう。
嫌いになんかならないであげてね。
必ず幸せになれるようにしてくれるから。
この手紙の先もきっと大変なこともあるでしょう。
泣きたくなる夜も何回もあるはずです。
生きるってそういう事。
だから誰かを好きになったりします。
私にはお父さんでした。
奈美はどんな人に出会うかな?
私たちの子です。きっといい人を見つけるでしょう。
奈美 ごめんなさいは言いません。
強くあってください。
実は泣き虫なお父さんを支えてあげてください。
でも背負いすぎたりしないで、あなたがつらい時はお父さんを頼ってね。
二人とも仲良くね。
ずっと見守っています。
お母さんより
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「お母さん、お父さんの事ほんとに好きだったんだね。」
俺は涙が止まらなくて止まらなくて
ただ泣き続けていた。
泣き止んだオレと奈美でお墓参りをして。
佑美に2人で
「また来ます。ありがとう。大好きです。」
そう言った。
#4 光の道、あの人の所へ。
奈美を見送った帰り。
借りている駐車場からアパートに帰る道を歩いていた。
「これから寂しくなるな。」
22年間毎日一緒に過ごしてきた娘が出ていくとなるときっと寂しくなるだろう。
佑美が一緒だったらやっぱり良かったのにな。
会えることなら会いたいな。
そんな事を思いながらとぼとぼと歩いていた。
すると一瞬光が走った。
反射的に目で追い空を見上げると満天の星空が広がっていた。
「こんなに星見える場所だっけ?」
不思議に思いながらまた前を見た。
すると目の前に車が1台停まっていた。
【流星ロード】
そう書かれた車。
タクシーのようだ。
「こんな所にタクシーなんて珍しいな。」
なんて呟きながら横を通り過ぎようと歩きだしたら、
運転手が降りてきた。
その姿俺は驚いた。
「…うさぎ?」
運転手は細身で、身長は2mはあるだろう。
そして何より、大きな耳。頭の上に伸びた長い耳。
頭はうさぎそのものだった。
目が点になっている俺に
「はじめまして。流星ロードタクシーです。
貴方にはどおしても会いたい人はいらっしゃいますか?」
ウサギの運転手はそう尋ねてきた。
「どおしても、会いたい人…。」
「佑美に会いたい。」
俺は心の底で、そう強く思った。
「かしこまりました。どおぞお乗りください。」
声には出してないはずなのに、ウサギの運転手はそう言いながら
後部座席のドアを開けた。
俺は、すぐに乗り込んだ。
佑美に会えるなら。
夢でも構わないから会いたい。
運転席に乗り込んだウサギの運転手は、
「このタクシーには三つの注意点があります。
まずシートベルトをお締めください。
お金はかかりません。
そしてもう一つ…」
そこで間を開けた。
「もう一つは?」
俺はたまらず聞いた。
「会っていられるのは30分。そこでタクシーは出発させます、
そこのタイミングでご乗車になられなければ永遠にそこにいることになります。ここへ戻ってくる事は出来ません。」
それでも、いい。
帰れば良いんだ。
「それでは出発します。」
ウサギの運転手が言った途端、星だと思ってた光が集まり道のようになっていく。
それは美しく、幻想的な眺めだった。
蛍の光のような、淡い色。
少し緑がかっても見えるし、黄色くも見える。
その光が集まり道になる。
「この先に、佑美が。」
鼓動が高まっていた。
流星ロードタクシーが走り出し、光の道を進んでいく。
窓から見る外は本物の満天の星空。
そして流星ロードの下には街の灯り。
俺はジーンときて目に涙を浮かべながら眠ってしまった。
「お客さん、到着です。」
俺は目を覚まし、周りを見た。
一面の花畑、
「ここは天国・・・?」
「そんなところですね。さぁ行ってください。」
ウサギの運転手は後部座席のドアを開けた。
俺の身体が、勝手に歩き出す。
花畑の中を、まるで行き先がしっかり分かっているように。
すると遠くに東屋が見えてきた。
人が一人いる。
東屋に近づく。
佑美に会える・・・。
「貴方。久しぶり♪」
#5 再開・別れ
佑美はあの時のままだった。
「遠かったよね」と笑顔の佑美。
「良くわかんないけどタクシー出来たんだ。でも会えて良かった。」
俺は涙目になりながら笑った。
「流星ロードタクシー、私が頼んだの。
どおしても会いたい人に会えるタクシー。
1度だけしか使えないタクシー。」
「1度だけ?」
俺は、このタクシーがあればこれからいつでも佑美に会えるなんて心の中で思っていた。
「そう、1度だけ。
奈美をあそこまでしっかり育ててくれて、巣立って行った今
貴方に会おうと思ったの。」
佑美はニコニコしている。
あの頃のままだ。笑顔が綺麗で自分の心が温かくなる。
「だいぶ老けたね、白髪も多くなったし。」
なんてふざけて言う佑美。
「君は相変わらず綺麗だ。」
「死んだ時のままだからね♪」
そんなやり取り。
時間を忘れるほど幸せな時間。
「長い間ご苦労様です。奈美きっと本当に幸せ娘だよ。」
「うん。君の娘だから。本当に君によく似て明るくて優しくて、綺麗な娘だよ。」
「死んでしまってごめんなさい。
奈美のこと本当にありがとう。」
俺はただ佑美を抱きしめた。
後ろで光が集まりだし、道ができた。
流星ロードタクシーがやって来て後部座席が開く。
俺は帰りたくなかった。
佑美とずっと一緒にいたかった。
「早く帰って!
新しいお願いです。
孫の顔を見るまでは頑張り続けてください!
そして寿命を全うしてから、また会いにきて。
待ってるから♪」
佑美はそう言い切り、俺の背中を強く押した。
俺はタクシーの中に転がるように乗せられた。
動き出すタクシー
窓から見た佑美はずっと手を振っていた。
俺も見えなくなるまでずっと手を振り続けた。
周りの景色はいつの間にかまた星空になっていた。
俺はいつの間にか眠り。
起きた時には、家の布団の中だった。
夢だったのかもしれない。
でも
佑美の新しいお願いを
しっかりやりきろう。
しっかり生きていこう。
どうも、星野です。
ウサギの運転手
流星ロードタクシーの運転手です。
彼の話いかがでしたか?
奥様と会えたことで彼はまだまだ頑張って生きそうですね。
そう言えば、この間お嬢さんが結婚されたそうです。
愛ある家族の新しい一員。
きっと素敵な方だと思います。
それではまたどこかで。