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第5話「少女の拳は疾風怒濤」

6月27日更新

 柔らかい感触と、いい匂いに包まれながら目が覚めた。


「ぉっ!」


 思わず大声を出しかけて、すんでのところで声を抑えた。

 漫画なんかでよくある展開。大抵この後に起こることは予想できる。

 お約束通り、起きたヒロインに主人公は無情にもぼこぼこにされる。

 

(危ない危ない)


 俺はそんなに愚かではないのだよ。余裕を無理やり繕いつつ行動に移ろうとする。

 起こすことなく華麗に抜け出して見せる。

 美少女に抱き付かれているという状況がすでに、幸運な状況だとはこの時は思いもしない。

 幸と不幸は隣り合わせでどちらに転ぶかは神のみぞ知るところ。


(んっ!?)


 完全にホールドされてしまっていて抜け出すことができない。

 動こうとすると余計にしがみついてきて、態とやっているのではないかとすら思えてくる。

 本当は起きていて、からかっているだけなのだとしたら……。

 それはそれでえげつない。

 

 どうやら本当に寝ていたようだ。 

 

 顔を真っ赤にして、無言で顔面に拳を捻じ込まれたから判明したのだが……。

 回転を加え尚且つ風を纏った拳が眼中に吸い込まれるように見えた際にふと思った。


 銘々『疾風怒涛拳《シュトゥルム・ウント・ドラング・ファウスト》』


 魔法の才能があるんだから体術と魔法の組み合わせも可能なのか。魔法を取得したら新技の開発も面白いかもしれない。


「何!? 殴られてニヤニヤしてるの……」


 既に羞恥心より、虫けらを見るように蔑視されていた。


 『俺が悪いの!?』と言おうとして、一呼吸。

 誰が悪いのかということではもちろんない。

 人間、社会で生きていく為には礼儀、協調性に重きを置きプライドはその辺の雑魚モンスターにでも食わしてやればいい。

 

「申し訳ない!! この通り!! この通り俺が悪かった!! 許してくれ!!」


 まさに土下座ラッシュ。もはや土下座そのもの。土下座をする機械。ここまでやればどうにかなる。

 社会に出てもこれで乗り切れるって、叔父さんが言ってた。……ような気がする。気がしただけで言ってなかったような……。 


「わ……私もちょっと叩いちゃってごめんなさい。それよりもそれ《…》やめてもらえる? 本気で殴るわよ」


 どうやらお気に召さなかったようです。

 ちょっと調子に乗ってたのは悪かったと思うけど、それより聞き捨てならないことをおっしゃいましたよ。

 『ちょっと叩いた』ってことはないかと……。

 これ以上言うと藪蛇になるから言わないけど。


「ごめん」


「わかればよろしい」


 だんだん狂暴化しているように、感じるのは俺だけなのか。無論ここには他に誰もいないので自問自答する必要性すら皆無なのだが。

 

 ガチャッ


 いつも絶妙なタイミングで現れるカイル。まるで見計らったかのように扉が開かれる。防音なんかできてないだろうから、話は筒抜けになっているんだろうな。なんて思ってしまう。


 それほど大きな家ではないことは昨夜確認していたのだから、気を付けていれば聞かれなかったとは思う。

 木造のさながら、森の中のログハウスといったところでは防音は期待できない。

 

 間取りは、玄関、竈があるリビングから右から順番にトイレ、浴室、書斎、寝室に分かれている。

 中でもリビングは広くゆったりした作りになっていた

  

「朝食の準備は出来ている。食事を済ませ次第準備を整えて行くとしようか」


 台所兼リビングに移動し、食事を済ませることにした。

 昨晩は、体調のことを気遣ってだろう。寝室のテーブルまで料理を運んでくれていた。

 今はリビングのテーブルに食事の準備がされていた。


 パン、サラダ、牛肉のステーキのようなものとスープとバランスが良さそうなラインナップ。

 牛肉のような何とも言えない味と歯ごたえに舌鼓を打った。

 この手の食べ物は知らない内が幸せっていうからな。

 敢えて何なのか聞かずに通すことにした。


 実は、ヴーエウルフなのだが……。

 俺はなんとなく察しつつも、触れないようにしていたのだ。

 何気なくスーパーで加工されたお肉を買っていた。実際に加工前の生きていた姿を見てしまうとどうにも抵抗を感じてしまう。それは同情、哀愁、嫌悪なのか定かではないがやはり知らない方がいいと思った。 


「アマト、このお肉おいしいね。こっちに来てから初めてだよ」


「そうだねー、おいしいねー」


「ああ、それはお前たちが倒したヴーエウルフの肉だ。実は我も食したのは初めてなのだがなかなか美味だな」


 まあ、こういう流れになるだろうことは予想はしてたけどね。

 全く期待を裏切らない連中だな。

 

 朝からなかなかスタミナのある食事を済ませた。


「我は片付けを済ませたら外で待っている。準備ができ次第来い」


「後片付けなら私がやりますから、任せてもらえませんか? お世話になりっぱなしというのも申し訳ありませんし」


 ユイナはそういうと有無を言わせずテーブルの上の皿をそそくさと纏め、綺麗に拭いてその場を後にする。

 まるで、高級レストランのウェイターのように手際が良く気品も備えている。


「すまないが任せる」


 そう言ってカイルはそのまま出ていくが、手荷物も装備も準備していないように見えたが。 


「アマトは先に部屋で着替えてきていいよ。準備出来たら戻ってきてね。私が着替えるから」


「手伝おうか?」


「ありがとう。でも、これくらいならすぐ終わるから大丈夫だよ」


「それじゃ、さくっと着替えてくるから」


 身支度の為に、一旦寝室へと戻る。

 すぐにスーツを着る。さらに小手等の防具を装着していく。 

 初めて着たときとは全く別の感覚。

 

 強いて言えば着ているというより、一体化しているといった具合だ。

 本来は小手の厚みと硬さがあれば外から触れたところで、感じることなどできはしない。

 しかし、触れれば直接肌に触れているかのような感触。まるで装備そのもがなくなってしまったかのような錯覚。

 

 ガルファールもまるで重さがなくなったかのように軽い。

 腕を上に翳してみて、腕が重いと思わないのと似ている。

 一つの魂を持ち自分とは違う存在であったとしても、自分の血と心を宿したことにより苦肉を共有する真の相棒となったのだ。

 

 リュックを左肩に軽く背負いリビングへの扉を開く。

 ユイナも片付けは終わったようだ。


「ユイナ、交代! 俺の方はもうすぐにでも行ける」


「私も着替えてくるね。ちょっと待ってて」


「了解」


 ユイナが急ぎ足で寝室へ向かう。

 女の子は準備が長いって聞くからな。どのくらい長いのか全く想像できない。

 30分くらいかな。60分もっとかな。

 なんて思っているとすぐ戻ってきた。


(誰だよ、女子は準備に時間が莫大にかかるなんて嘘吹き込んだのは!!)

 

 実際にそんなに時間をかけていたら、体育みたいな着替える授業などできるはずもなく着替えに半日かかるなど都市伝説だ。

 

「また、おかしなこと考えてたでしょ?」


 アビリティによるものなのか、ズバリで心の内を当ててくるユイナ。鋭い感性をお持ちのようだ。

 

「そんなことよりも、早く行こう!! カイルを待たせるのも悪いしさ」


「そうね。明るいうちに森を抜けないといけないし」


 心を引き締めて、扉を開く。



 扉を開ければ、何やら異彩を放つ純白のフルプレートアーマーが待ち構えていた。

 

「では行くとするか」

 

 声を聴くまではカイルなのかわからなかった。

 全身隈なく覆い隠していることもあって、それが人であるかも怪しい程であった。

 それもそのはず……。


 なんといっても『でかい』の一言に尽きるからだ。

 着ている人物よりも一回り大きい装備は、ゆったりしているのではなく確かな質量を持って身体に適している最も最適な形を成しているからだ。

 それでもこういわざる負えないだろう。

 すべてが規格外である……と。


 『厚み、硬度、密度、質量、純度』これらは偏に多ければ、高ければいいというものではない。

 一歩踏み出すだけで振動が伝わってくる。

 恐らく1t以上はあるだろう。

 それを着こなすこの男はまさに動く壁であり城。『壁将』の名にふさわしいとあらためて思った。

   

 右手には中央に赤いルビーのゆうな宝石が煌く十字架を象った漆黒の盾。およそ50cm程だろう腕から肩くらいをカバーできるようだ。

 左手にはシンプルな銀の五角盾。しかし2m近くあるにも関わらず厚みも親指の長さほどもある。

 重さはやはり1tはあるだろう。

 

 両手に盾を装備するということは即ち、カイル自身が鉄壁の要塞であり戦車だということを意味する。

 これだけ、重量があるにも関わらず歩行に一切の支障は見られない。むしろ軽やかに森を進んでいく為、ついて行くのも至難である。 


「ふぇぇ、なんだか強そう」


 ユイナ同様俺も二度と戦いたくないと思った。

 力の差は分身の比ではないことは、見れば誰でもわかりそうなもので。

 そもそも刃が通るイメージが全くわかない。 


「いくらなんでも、そこまで完全武装でなくてもいいんじゃないか!?」


 俺は明らかに森の中を移動するのには不釣り合いな、容姿に疑問を投げかけた。


「肝心なのは森を抜けてからだ。この森一帯は我の領地にして不干渉地帯として喧伝しているのだが。最近ちょっかいを出す輩が現れたらしい。いつ出くわすかわからんからな。素顔もさらすわけにもいかんし、森を抜けたところに我の屋敷があるのだが正体がわからぬ以上出入りも悟らせたくはない。だかろと言って素人が森を抜けるのは容易くはないぞ」


「実際に視界の良いところでモンスターと戦ってみて、苦戦したんだ。こんな場所で襲われればどうなるか想像したくはないな」


「私もこれだけ樹木が生い茂っていると、魔法による遠距離からの援護は出来そうにないと思う」


「そんなに心配しなくても何とかなるものだって! 杖で粉砕してやればいいさ。あんがい接近戦のほうが強いかもしれないし」


「女の子に向かって腕っぷしが強いって堂々と言えるアマトは、それはそれは怖い物なんてないんだよね……試してみる?」


「魔法頼りにしてるよ!! もちろんモンスターに頼むよ」


「当たり前でしょ。私をいったい何だと思ってるの!?」


 冗談のつもりだったんだけど、ノリがいいのか天然なのかよく付き合ってくれるな。

 その方がありがたいんだけどね。


「この辺りは森に入ってからどのくらいの地点になるんだ?」


「およそ1、2kmと言ったところだな。万が一の時に破棄捨てて気取られない程度には考えられて拠点を置いている」


 先頭を突き進むカイルの正面にコブラのような蛇型モンスターが突如、姿を見せる。

 直立しているだけで4mほどはあろうか。幅も大人二人分ほどはあり全長までは計り知れない。

 

『アスプウラエウス レベル56』

  

 圧倒的な威圧感に俺も、恐らくユイナも動きを封じられているだろう。蛇に睨まれて動けないカエルのようだ。

 一人を除いては。


 蛇は毒液を放つが巨大な盾に弾き飛ばされる。

 数発、毒液を放ったところで、毒液による攻撃無意味だと理解したのだろう。体をばねのようにして、カイルを飛び越え後方の俺たち目がけ飛び掛かってきた。

 

 しかし、辿り着くことはなかった。

 カイルは真上に振り上げた十字架が蛇に触れた瞬間。

 蛇は内部から爆裂し破砕したのだ。


「いったいどうなってんだ? 触れただけにしか見えなかったが」


「周囲から集めた気の流れを圧縮し、内部に流し込んで許容をはるかに上回ったため破裂したのだ。単純だろ」


 簡単に言ってのけるが、ガラスのコップに張った水が溢れるには表面張力が働きすぐには流れない。

 それどころか、せいぜい水だけが溢れるだけに過ぎない。

 カイルは圧倒的な水の量でガラスのコップごと破壊するのとどうようの事を単純なことだと言った。 

 

 表示されたレベルも決して低くはないだろう。

 これが、圧倒的な力の差というものなのか。


「俺に技を……いや違う。生きるすべを教えてくれ!!」

 

 鎧に身を包まれているカイルの表情は窺うことは出来なかった。

  

「お前は何を求める」


 想い《…》一言。   


「俺が生き残るため」


 俺は、自分が傷つき、誰かのために倒れてそれで満足できると思っていた。

 偽善者のそれだ。

 しかし、自分が命を落とした後のことを放棄する理由にはならないと知った。

 

 俺は倒れる際に、同じく地に伏すユイナを見て確かに感じた。

 諦めるのは簡単だ。それでは目の前の少女が、まだ見ぬ助けを求める人を救うことができなくなる。 

 それなら、無様でも生きて次に繋げる他はない。


 そのチャンスはここでつかみ取る。


「それでいい。我が主を守護することができるのも命あってのことだ。お前は常に選択をしている。場合によっては過酷なものとなろう。しかし、死を選ぶことはするな。死ぬということは後悔することも恨まれることも、妬まれることもすべてを放棄したということだ。それは罪からの解放というなの敗北を意味する。勝者になれなくとも良い敗者にはなるな」  


「よろしくお願いします」

 

「あのぉ。私もできれば肖りたいんですけど……」


「安心せよ。そのつもりだ。こやつ一人でどうこう出来るわけもないからな。それにお前たちは連携がなっておらん。相手がどれほど優れていようが、考える頭の数だけ対抗策は増える。逆もしかり格下だと侮っていては足を掬われることにもなるがな」


「ありがとうございます。足手まといにならないように頑張ります」


 ユイナも交えて森を抜けるまで実戦形式で教えを乞うことになった。

 森を抜けるまでと、与えられた時間は僅かしかない。

 それでも、できうる限りのことは全てする。


 全てをものにするために……。


 これからは、森を抜けるのではなく指南を受け実力をつけることを念頭に置く。

  

「ある程度は吟味して、モンスターを流す。基本は体で覚える姿勢で臨め。本来は我の気配を増幅させ、モンスターは近寄らせないのだが、これからは敢えて気配を絶つ。先程は偶然進行方向にいたに過ぎないが、これからはお前たちの気配を察した者は襲いかかってくることになる。では心せよ」


 カイルは、危険ではないと判断すればそれをこちらへ訓練の為に手を付けないと言ったのだ。


「了解……。わかりました」

 

 これからは師匠とすると決めたのだから敬意を持たなければいけない。

 何事も、積み重ねが大事。


「はい」


 ユイナも返事をし、警戒を強める。

 俺には『危険察知』『コンパス』があるが、先日の戦いで不意を突かれたことで万能ではないことを知った。

 

 確かに現状、何かの反応があるがあくまでも漠然とした反応で、空なのか地中なのか木の上なのか、場合によっては樹その物かもしれない。それくらいアバウトなものなのだ。

 確実に確かめるまでは補助に過ぎないと割り切らねば危ない。


 東の方角から、ジグザグに進んでくる敵を感じる。カイルはすでに気づいているはず。


「ユイナ、向うから何か近づいて来てる。魔法の準備を!」


「何かわからないうちから使える魔法何て……」


「打ち込む必要はないさ。俺にお見舞いしてくれた疾風怒涛拳《シュトゥルム・ウント・ドラング・ファウスト》みたいに、風を杖に纏わせておけばいい。杖ならある程度リーチがあるから、直接殴るよりも安全だしね」


「まだ、朝のはごめんって!! しかもなんか名前まで付けちゃって、ねーそれ何語?」


「さぁ、たぶんドイツ語」


「意外に博識だったりするの? ちょっと馬鹿っぽいとか思ってごめんね」


「なんとなく察しはしてたけど、直に言われると結構ショックだな。大学で、ドイツ語、フランス語、イギリス語などなど手当たりしだい履修したからな。だって響きがカッコイイだろ」


「やっぱり馬鹿なんじゃ……」


 ぼそっと呟くユイナ。悪態をつくがなんとなく悪い気がしない。


「あーほっとけ!! ほら、なんか来たぞ!!」


 場を軽く和ませつつ、隊列進む横道からそいつは現れた。

 それはまさに森の住人。

 体長2m程の痩躯。

 木の枝に長い腕で宙ぶらりんになっている。

 手足が長く全身苔に覆われた人型モンスター。木にぶら下がりながら移動してきたのだとわかれば奇妙な動きにも合致する。


『モスタング レベル22』


 やはり、苔が絡んでいるようだ。要するにこの個体が特別苔をむしたというより種族として苔を纏っているわけだ。

 

 いきなり飛び掛かってくることもなくじっと様子を窺っているようだ。


「なにあれ!? 人には見えないけど、なんだか愛嬌があって可愛いかも!」

 

「可愛いかな……。確かによく見ると可愛くないこともないかも……」


 なんだかじっくり見ているとだんだん憎めない顔をしているように見えてくる。

 表情は乏しいのだがなんだか有名画家の雄たけびに描かれた心の声のようなあれに似ている。

 あれといえばあれ。


「そいつは、隙を見せるまでどこまでも追いかけてくるぞ。今のお前たちでも苦戦するほどの相手ではない。連携して迎え撃て」


「「はい!!」」


 周囲の警戒をしつつ、目の前の敵を倒す。

 とりあえず、近寄ってくる気配はない。


「俺が前衛で引きつける。遠くから、風の魔法で援護とかできない!?」


「風の魔法かぁ。実はね、朝初めて使った……というよりも自然に使えるようになっていたって感じかな。何もしていないのに勝手に腕の周りに風を纏っていたの。詠唱も知識すらなくても使えるなんて思ってなかったから、うまくいくかどうかわからないよ」


「それは魔法ではない。今日の朝方と聞いたが、魔法の行使は一切なかった。それは魔力を使わず周囲のマナを消費し発動させた疑似精霊術だ。本来は精霊と契約し大気中のマナを集め発動するが、エルフは妖精の一種と言われている。それゆえに力に目覚めたのであろう。我も畑違い故に助言することは出来ぬが、一度できた事であればその次があってもおかしくはないな」

 

 カイルの言葉を聞いたユイナは頷くと、意識を内にではなく外へと集中させていく。

 

 魔法は体内の魔力を消費するのに、対して外界のエネルギーを使用するため扱いは難しい。

 それを一瞬とはいえ、無意識にやってのけたユイナであれば必ずものにできる気がした。


「思った通りにはなかなかいかないけど、レクフォールは私のイメージに近づけようとしてくれてる!?」


 杖を取り巻く風は徐々に旋回し、疾風の刃を纏う。

 舞い散る葉を粉々に切り裂き、風切り音が周囲に木霊する。


「うまくいったみたいだな! じゃあ、戦闘開始と行きますか!!」


「危なくなかったら下がってね!!」


「了解!!」


 ゆっくりモスタングへ歩み寄るが動く様子はない。


(試してみるか……)


 正面、恐らく後数歩であの長い足ならこちらへ届く。それでも歩みを止めず接近していく。


(来る!!)


 眼前に鋭い爪が迫る。足を無動作から振り上げたのだ。

 それを敢えて、斬らずにみねうちを腰にめり込ませるように振りきり、地面にたたき落し、遠心力を殺さず切っ先を反転させ叩き込む。 

 

「月、極まりて燕、天より地に落つれば静寂帰す……。『月極燕落とし』」


 技の名前を叫びながら攻撃しなければ技が成立しないのかと言えばそうではなかった。

 メニューを開けば、『月極燕落とし」で取得が完了している。


 本来、360度の円を描くように斬るだけなのだが、一瞬視界から敵の姿が消えるため実践で使うには危険極まりなかったのだが、叩き落とし地面に叩き付けることを前提にしている為うまく決まった。


 昔、月の引力で世間を騒がせ大雨の前触れだったのか、燕が空を飛ばなかったことから、辺りは静まり返ったという話をもとにしただけの単純な技なのだが、技の補正の為か威力は折り紙つきだ。


「私、出る幕なかったね……」


 気合入れたのになぁ、などとぶつぶつと呟くユイナになんと声をかけていいのか。

 

「切り札は最後に取っておくものだしな。寧ろ俺一人でどうにかなるってことがわかっただけでも儲けもんってことで」


「お前たち、あれはまだ成熟しきっていない若い個体だ。経験を積んだ個体であれの数倍。完成された個体であればアスプウラエウスにも匹敵する戦闘力がある。あれは相手の力量も計れない程度のモンスターだったということだ。自惚れは身を滅ぼすぞ」

  

 慢心はしない。

 必ず成功するそんな、気がした。

 レベルも戦闘を繰り返したことで上がっているし、アビリティの成長も見られる。

 なのに、カイルをの足元にも及ばない。

 

「んっ!? 今度は数が多いな。セルバエラフィが63体か、単体では獰猛ではないが群れで行動するときは意思の疎通によって狂暴化する性質がある。群れをばらして各個撃破すれば、容易く屠れるだろう」


「警戒は十分してたつもりなのに全く気付かなかった!? 『危険察知』にも反応はないようだし。どこから来てるんですか!!」


「北北西……ここから600、いや560m当りか。進行速度はそれほど早くはないな。恐らく無理で足並みをそろえているのだろう。お前たちも目に見える範囲だけに囚われず、常に視野を広くもて。限界を決めるのは自分ではなく常に周囲であることを忘れるな。徐々に遠くの物音にも反応し、遠目も効くようになる」


 カイルの気配の察知範囲は俺の『危険察知」の約100mを大きく超えている。それだけではない。

 俺は『コンパス』をスキルとして取得したことによって方角を目で見て確認しているが、カイルは感覚でそれをやってしまう。


 鳥や蜂などが迷うことなく海を渡ったり、巣に帰ることができるのは生体磁石か独自の器官によるものなのか不明な点も多々あるがそれに類する何か。

 この世界であればスキルを取得していてもおかしくない。

 兎にも角にも直接的な戦闘以外の技能も別次元である。


「わかりました。精進します……」


「大群で来るなら、竜巻で吹き飛ばしてみてもいいかなと思うんだけどどうかな? 飛ばされた先まで追いきれないけど、アマトのスキルで追跡できるなら追いかけて一体ずつ倒せるよね」

   

「それでいこう。樹木に関しては数日で元に戻るってことだから力を抑える必要がないからね。強力な精霊術がノンコストで使える機会なんてそうはないはずだし、練習の為にもどんどん使っていこう」


 ユイナは風を纏い、かすかに浮き上がる。

 

「ふぇ、私を中心に集めたら、少し浮いてるんだけど。これすごいね!! 空も飛べそうな勢い!!」


「ほんとに浮いてるよ!! ちょ、ちょっと待てって、高っ! 危ねーよ!!」


 竜巻に吹き飛ばされたかのようにあっという間に5mくらいの高さまで急上昇し、落ちる。


「きゃー」


 俺は慌てて落下してくるユイナを抱き留めた。


「ぐっ」


 かなりの衝撃に思わず息が漏れる。

 漫画とかだと軽くキャッチしているように見えるがこれはかなり、きつい。

 両腕の感覚がなくなってしまった。

  

「ごめんね。ちょっと調子に乗りすぎたみたい」


 下をちょっとだして、右手をげんこつにしてあざとくコツっと頭を叩き可愛くウインクして見せるユイナ。

 可愛いけどね。

 もちろん許すけど。

 浮いてる時に見ちゃったしね。

 

 それどころじゃないんだよ。


 腕が……腕が……。 

 

「今更だがコントロールのできないうちから、身体に直接関わる作法に走るなよ。一度手から離れてしまえば撃ちっぱなしで済むが、術者の強化、操作の類は重大なミスは命にも関わる。強化の暴走、爆発ということも少なくはない」


「ば、爆発!!」


 ユイナは顔を真っ青にしている。

 確かに、肉体強化だ!!からの爆発……。では洒落にもならない。


「少しずつ慣れて行こう。手伝うからさ」


「ありがとう……。爆発……」


 さりげなく、ユイナを下す。


(ふー、危なかった。危うく落とすと事だったぜ)


 ユイナはというと、思いのほか衝撃的だったようだ。落ちてくるときはジェットコースターに乗っているかのように怖くも嬉々としていたのに。

 爆発で即死というのを聞いた途端、全く笑えないという表情でぶるぶる震えている。


 どうやら、遊びもこれまでのようだ。


 ドドドドドッ!


 蹄の音が森に響き渡る。

 いざ、迎え撃たん。  





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