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第3話 「ゴブリン死闘~敗北」

月一連載していけたらと思います。

 目の前に広がる緑に、足を踏み入れる……事が出来なかった。

 ゴブリンが突然目を覚ました。

 否、眠ってなどいなかったのだ。

 獲物の行動をじっくり観察したうえで、意表を突く結果へと収束したに過ぎない。


 まるで近づくのを待っていたかのように、滑らかな動作で立ち上がり構えをとった。

 左足を地面にめり込むほどの力で踏み込みこちらに向かって跳躍。右手の棍棒を振り上げる。

 一気に距離が詰まり、振り上げられた拙い武器はユイナに向かう。空中から徐々に体制を傾けることにより歪な曲線を描きタイミングを誤った方向へ誘導する。

 

 ぎりぎりまで軌道が読めず、ユイナは体制を崩す、それでも杖でいなすことに辛うじて成功するが、もう一つの棍棒からの追撃により横っ腹にスイングが入り5メルほど吹き飛ばされる。

 受け身も取れず地面に叩き付けられる。

 なおも追撃に身を乗り出すゴブリン。


 ゴブリンのイメージは序盤の雑魚モンスターと思っていた。一瞬で切り伏せることで戦闘状況にすらならない……。予想を大きく逸れた状況の悪さに思考が追い付かない。


 ゴブリンの情報に意識を向けるが……。


『??・子鬼ゴブリン レベル???』


 レベルの差が原因なのか。それ以外の要因によるものなのかわからない。しかし、わかっていることが二つだけある。

 一つ、何らかのゴブリンだということ。亜種なのか、希少種なのか、突然変異なのか定かではないがこれが普通のゴブリンであってたまるか。


 もう一つは、レベルが未判明だがはてなの数が三桁以上であること。単純にシステムの表示環境によって実際は二桁かもしれない。というのは希望的観測に過ぎない。明らかに達人を思わせる気配を纏っている。

 慎重なくらいでちょうどいいだろう。 

 警戒は十分しているつもりになっていた。それなのに、 あまりの状況の早さに身体も精神もついて行かない。


 わずか数秒とたたずに、戦闘不能一歩手前まで戦況が進んでしまったことに焦りがこみ上げる。

 このままでは森に入ることすらできずにここで朽ち果てるのも時間の問題。

 それだけは何としても避けなくてはいけない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 敵の背後に飛び掛かり『ガルファール』という名の一振りの刀を振り下ろす。

 真横へスライドするかのように最少の動きで躱された。

 意識は完全にユイナの方へ向いているかのように見える。

 少なくとも死角から攻撃へ移るタイミングは完璧。

 

 振り向きもせず、あたかも剣線が見えているかのような動きに感嘆の声さえあげそうになる。

 吹き飛ばされたユイナも、咳き込みながらも立ち上がり杖を構える。

 俺には一瞥もくれることなくユイナへ再度襲い掛かる、ゴブリン対して強い怒りが湧き上がる。


「なめるなぁ!」


 当てることに重点を置いた水平切りにも、攻撃の範囲外に一歩二歩と巧みにステップを踏みダンスをしているかのように華麗に舞ってのける始末。

 次元がまるで違う。

 

 想像していた子鬼とは似ても似つかない動きにいら立ちが頂点に達する。

 明らかに各上の相手だと認識を改め、玉砕覚悟で後ろから取り付こうと試みるも読んでいたかのように体制を低くて足をばねに頭突きが視覚外から飛んでくる。鳩尾に鋭く刺さり、声にならない叫びを置き去りにして空を仰ぐ。


「うぐっ」


 得体のしれない化物に恐怖するも、痛みに耐えながらも視線はすぐに敵を見据える。

 一定の距離を保ちなぶるように襲い掛かるも決定打に欠けている。

 この状況を楽しんでいるかのように。


 ユイナは相変わらず杖を構えてはいるものの、攻撃するそぶりは見せない。

 ゴブリンを挟んでいる立ち位置の為挟み撃ちの恰好になるも、状況はいたって不利。

 まして連携がうまくできない為より絶望的な陣形なのは誰の目にも明らか。

 それにしても、周囲がやけに静かになったと感じる。


 危険察知の範囲内に気配は感じるも、決して近寄ろうとはしない野次馬共。理由がわからない以上、楽観的にもなれずに精神をじりじり削ってくる。

 長引けば長引くほどに不利になるならいっその事、打って出たほうがいいとがむしゃらに切りかかりつつ、ユイナに視線を送る。

(なんでもいいから、魔法を使ってくれ)

 伝わったのか、表情を引き締めた少女は杖を標的に向ける。


「シャットアウト!」


 これは、前戦において最強と思われた魔法だ。ボス級モンスターの五感を完全に奪い身動きを封じた、いわば一発逆転の切り札。

 

 ゴブリンはぴたりと動きを止める。


「さっきのようにうまくいく気がまるでしないの!! あれだけの身のこなしをするモンスターがあっさり魔法にかかるなんて異常としか言えない……。 何が起こるかわからない、今のうちに倒してっ!」


 確かに違和感はある。しかし、油断せず全力で行くしかない。

 チャンスとばかりに俺はゴブリンに向かって渾身の一撃を上段より振り下ろす。


「にっ」


(今、笑った!?)


 体操選手のように華麗に空中4回転ひねりを決めぴたりと地面に着地を決める。

 五感の感覚をなくしている為か、こちらを補足することはできない。

 それでもユイナに向かって立っていた。魔法を受ける前の状況と立ち位置を忘れることはないと言わんばかりにその眼は揺らぎがない。

 もうどうにでもなれと、足元から手のひら大の石ころを拾い上げ投擲する。


「……!?」


 当たった!?

 標的の右肩にかろうじて、かすめたに過ぎない。

 しかし、避ける動作も防御もせず今までにない反応を見せた。


 五感がなくなるということは即ち皮膚を通して伝わる痛覚さえ感じることができない状態ということである。にもかかわらず反応して見せたということから、五感の他に探知能力の類があると推測できる。現代に日本においては第六感シックセンスと言われることもあるが、この世界にはスキル、アビリティというものがある以上、その線が有力だと結論つける。


 それにしても適当に落ちていた石を、やみくもに投げた他愛無い行動が勝利の緒になるとは物は試してみるものだ。

 次はどう動くか考えていると、魔法の効果が切れるとユイナが杖を横に一振りし合図を送ってきた。

 おそらく最後のチャンス。


 先程と同じ要領で頭目がけて石を投擲するも、すんでのところで躱わされた。一つ目は……。


「俺の勝ちだ」


  

 またもしくじった。


 続けて、避けるであろう地点の数か所に当りを付けてやみくもに全力で石を投擲し、その一つが左足ふくらはぎに命中した。怯んだ隙に間髪入れず上段から渾身の振り下ろしを叩き込む。

 ……つもりが怯みもしなければ反応も無反応。

 

 大木に石でもぶつけているような感覚と言えばいいのだろうか。無意味な行動にしかならない。

 そこで、ゴブリンは初めて振り返り防御を行ってみせた。


 怯んだように重心を崩して見せたのは、誘導だったのか。 

 単純にこちらの行動を観察し、さも実験でもしていたという方がしっくりくる。

 もうすでに魔法の効果は消えたのか、紅朱の鋭い瞳は残光の軌跡を描き焦点は俺を見据える。

 

 先程よりも格が一段上がった。

 うまくいけば生き残れるかもしれないという敵が、奇跡でも起きない限り生存確率ゼロ。

 鍔迫り合いの恰好になるが、力の差が雲泥の差なのは火を見るよりも明らかだ。


 ユイナは俺が魔法に巻き込まれることを危惧してか、静観するにとどめている。俺も周囲に注意を払うことなどできるはずもなく死闘を演じている。

 そう思っているのも俺だけでゴブリンはいつでも狩れる獲物を前に、舌なめずりをしているだけだろう。

 そう思えるのも、常に表情を一切変えることもなく機械的に且つ生物が故の絶妙な動きをして見せることから想像がつく。完璧で好きと呼べるものは一切なく、動きは完成されている。


 俗にいう達人の動き。


 地面を蹴って目つぶしを行うも、草原の地形では細かい砂埃など舞うはずもなく空を切る。

 攻撃する側から攻撃を受ける側へとスイッチされる瞬間は唐突に訪れる。

 

 フワッ


 次の瞬間に両足が地面から離れた。軸足を払われたのだと気が付くまで悠久のように感じた。階段から落ちる夢を見たことがあったがまさにその再現。

 走馬灯が脳裏を過ったが気のせいのようだ。

 時は流れている。

 

 すなわち、まだ辛うじて現世にとどまっているということ。

 完全に無防備になったが確かに生きている、死んではいない。

 状況は常に最悪。両手両足を縛られているに同義。


 地に足をつけていないというだけでこれほど無防備になるものなのか。

 経験したことのない一瞬の攻防に思考は止まる。


「がっ!」


 地面擦れ擦れから迫る棍棒が三日月のアッパースイングの軌道から背中へ放たれ、再び宙に舞い地面にたたきつけられる。

 ゴブリンの華麗なコンビネーションに俺は宛らサンドバッグといったところか。

 

 そして意識が飛ぶ。

 間髪入れずに強制的に覚醒させられる。


(今、一瞬意識がなくなった!?)


 強烈な打撃に身体が悲鳴を上げ伝達神経を遮断、尽かさず再接続を光の速さで行われる様は精神を蝕んでいく。敗北を認めたときこそ真の意味で死を意味すると理解する。

 地面に四肢をつきつつ、地面のありがたみを噛みしめ諦めてはいないことを示すためにもこうべを上げ精一杯にらみつけてやる。


 最悪、ユイナには村へ助けを呼んできてほしいと思いつつ、周囲を見渡すがそれは不可能だと理解する。

 忘れていたわけではない。 

 相変わらず、周囲にはモンスターが取り囲むように一定距離を置いて今か今かと待ち構えている。

 ここを玉砕覚悟で突破したとして、無事に村までたどり着けるか。


 目の前の化物のようなのがいなければ意外にあっさり逃げ切れそうな気もする。

 それを許すようならこんなことにはならなかったようにも思うが。


 なにより、もうすでに森を目にする距離まで来てしまった。

 たどってきた道のりを鑑みても、体力の面で力尽きてしまえば元も子もなくなる。

 それでも、ここにいるよりはマシか。

 

「ユイナ!! 強力な魔法で突破口を開いて、村まで逃げてくれ! 逃げ切れるまで時間は稼ぐ!!」


「それは出来ないよ!! 強力な魔法なんて使えないし、見捨てて自分だけ逃げるなんてできるわけないでしょ!!」


 俺は知っている……。強力な範囲魔法が使えることを。

 俺は知っている……。見捨てられないというのが、俺の存在が逃亡するためのネックとなっていることを。 

 俺は知っている……。奇跡も幸運もありはしないということを。


 それでも、決断させなければ全滅は必至。

 

「行けよ!! どっち道、このままじゃ俺は助からない。俺の仇はジル達にでも頼んでくれればいいからさ。出会って早々の人間と心中するような真似は馬鹿げてるだろ!? 俺なら嫌だね!! さあ、わかったなら行けよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」  


 これだけ言っても、諦めようとはしないユイナ。

 スローモーションのように映った時の中でユイナが何らかの魔法をかける動作。それを、威圧感のようなもので無効化レジストして見せるゴブリン。


 数刻前の魔法はあえて受けて見せたのであろう。力の差を見せつけるために。

 知能が低く、数で捲し立てる戦法をとるような雑魚モンスターなんて誰が言い出したのであろう。こんな化物が大勢で襲ってきたら戦の心得のない人間なら一瞬にして倒されてしまうと脳裏によぎる。


「駄目なの……。見捨てて逃げるなんてできるわけないじゃない。出会って間もないのに死ぬとわかっていて、必死に戦っているあなたを見捨てるなんてできるわけがない……。いつ出会ったか、どれだけ同じ時を過ごしたかなんて些細な事でしょ!?」


 ユイナは涙を流している。

 咽び泣く声が聞こえる。

 俺は彼女を泣かせる奴は許せないと思った。

 だが、彼女を泣かせたのは紛れもなく己自身であると知る。

 自分が囮になって死ぬことが最良の選択ではないのか……。


 どこか現実離れをしている世界に、若しかしたら死ねば元の世界へと戻れるのではないかなどと楽観視していたのかも知れない。

 たとえ夢だろうと、虚像だろうと女の子を泣かせるなんて間違っている。

 まだだ、まだ終われない。

 ヒロインを救ってこそ英雄ってやつだろ。

 

(抗ってやるさ。この世界に……)


 近距離から振り下ろされる棍棒に競り合うのではなく、叩き斬るつもりで刀を振るう。

 若干ではあるが、僅かに押し返すことで無防備になる一瞬ができる。

 尽かさず斬撃を繰り出す。 

 回避のために後方へ跳躍するゴブリンへ同じく跳躍し、水平に斬りかかる。


 ゴブリンは着地し、棍棒によるカウンターを放つ。

 

(ここしかない!!) 


 戦闘によって得たPPプロパティポイントを全て敏捷びんしょうへと注ぎ込む。

 地面を離れた後だというのに、急加速しガクッと不自然に角度を変えたことにより棍棒は空振り。

 刀は勢いを増し、ゴブリンの右足を斬り飛ばした。

 狙いは胸の中央に定めていたが、急加速からの急降下により大きく下段へと逸れる結果となった。


「は……はは。何で倒れないんだよ……」


 ゴブリンは右足が斬り飛ばされたのにも関わらず、あたかも両足がそろっているかのように体制すら変えることなくそびえ立っている。

 それは巨大なビルが目の前に建っているかのように確かな安定感であり、まるで見下ろされているかのように錯覚するほど強大。


 俺だけが持つ特別な力を最大限使った。

 どこで間違った!?

 目の前の敵と出会った時から、命運は尽きていたというのか。


 瞬きをした一瞬の間に、斬り飛ばしたはずの足が何もなかったかのように元の状態に戻っていた。


「とてつもない戦闘力の他に、長足再生のアビリティまで持っているとか冗談だろ……」   


 もう切れるジョーカーはない。

 小細工が通用するような相手じゃない。

 完全に詰んでしまった。


 体力はとっくに限界を超えてしまっている。

 喉には血が固形化して、息づくのもつらくたっているのだってやっと……。


「つっ!」


 急に全身に激痛が走り、強烈な立ち眩みが襲う。

 猛烈な眠気、視界が歪み朦朧とする意識。


 ここまで受け続けた痛手のせいでくるものではない。例えるならば、身体の表面から内側へ向かって木の根が地面から水を吸い上げるかのような不快感。それでいて、全身は焼けるように熱くなり、まるで血液が沸騰しているかのような耐え難い苦痛が襲う。


 まさか、魔法の類か呪いなのか。気づかれずに逃げられないようにトラップまで準備しているなんて、チートだろ。


(ここまでか……。まだ何もしていない……………。ユイナは……)


 薄れゆく意識の先に見たのは、膝をつき苦しみながら崩れる少女の姿だった。

 ユイナも同様の攻撃を受けていたのか……。

 そんなそぶりは全く見せなかった。格の違いが如実に出ている。

 

 結局、少女一人守れず犬死にするのだとやりきれない思いと死んでも死にきれない後悔の念を抱きつつ深淵の底へと沈んでいった。

 

 

 


 



 

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