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第45話「11日目 少年との出会い…… 」

 血の一滴も流れることもなかったレストラン跡を後にした。

 一瞬のうちに消し去られるとそこには何も残らないことを知った。

 人は血が流れているのだから、すりむけば血が流れる。


 場合によっては身体が引きちぎられることだってあるだろう。

 何も残らないなどと言うことはない。

 それが一人の人間が手も足も出せず命を絶たれ、あまつさえ遺品になるものも残せなかった。


 圧倒的な力の差をこれでもかと味わってきたが、未だに慣れない。

 さっきまで晴れていたというのに、外は雨が降り皆足早に駆けていく。

 まるで敗残兵のごとく帰路につこうとしている俺達の心情のようだ。


 小説では場面の移り変わりを天気や環境の変化で表すことが多々ある。

 あくまでも比喩の域をでない。

 だが、今はどうだろう。


 辺り一面暗くなり、もう数刻前に戻れない事への絶望を思い知れと言わんばかりである。

 どこで間違えた。

 バニティーに一太刀浴びせていれば会話位は出来ただろうか。


 


 覆水盆に返らずということわざがある。

 こぼれた水は元に戻らないという事なのだが、こぼれてもそこには結果としてこぼれた水がある。

 しかし、世の理から反してバニティーはもういない。


 弔ってやることも出来ない。

 意気消沈したスミレを抱きかかえて宿まで戻る。

 流石に羽交い絞めの格好では街は歩けない。


 先程までの勢いはどこへ行ってしまったのか、もう指の一本も動くことはなく辛うじて呼吸をしているのはないかと思うほど息遣いはか細く今にも消えてなくなってしまいそうな気さえする。

 やはり、親しくなった人間の死は辛い。


 それが肉親ならばなおさらではないだろうか。

 ここに来るまでに何が有ろうと、親がいなければ子はいない。

 子がいなければまた親にはなれない。


 もう、この娘には親はいない。

 その事実は変わらない。

 今しがた起きてしまった、結果を変えられないと嘆くのはエゴだろうか。


「大丈夫か……」


「……」


 降りしきる雨に濡れて帰るのも一興。

 そうは思わなかった。

 ディアナが結界を張って雨を遮っていなければ風邪をひくかもしれない。


 病気の概念があることは知っている。

 風情だの趣など、心情に触れるよりも現実を生きていかなければならない。

 何も、皆感傷に浸っていないかと言えばそうではない。


 生きることが大事なのだ。

 この命、雨粒でさえ凶器となる事をこの世界で生きるものならば知らないわけがない。

 にもかかわらず、ディアナの胸元は濡れていた。 


 

 宿まで戻るころには雨音が響くだけの景色が広がっていた。

 大通りの中央に等間隔で植えられている、よく手入れされた樹木の周囲はあまり濡れていなく見える。

 これだけの大都市にもかかわらず、空気が綺麗なのはそこにある。


 車が走っていた元の世界の大都市は舞い上がる埃、タイヤとアスファルトが削れた有害な塵、排気ガスが常に健康を害する要因となっていた。

 そこに申し訳程度に植えられた木が何の役に立つというのか。

 それをここにきて思い知ることになった。


 あまりにも当たり前の風景だと気がつかない。

 雨が降り出した直後の香り。

 腕の中の少女にはどう感じたのだろうか

 

 


 雨の中でも濡れていない人がちらほらといるのを見ていると、何等かの方法で雨を防ぐすべがあることが窺い知れる。

 中には傘のようなものさしていることから、何も不思議な力が全てではないという事は理解できる。

 それでも、誰しも手が出せる程安価なものではないのだろう。


 それは元の世界でも一昔前までは一つ一つ手作りで、業物としても重宝されておりファッションとしても一際目を惹いていた。

 それが、使い捨てられるようになってからはまるでありがたみが無くなったように感じる。

 雨粒も大きくなり、風も吹いてきたというのに壊れて辺りに転がっている傘を見なくていいのはよいことだと思う。


  

 心配していたが、無事に宿に戻ってくることができた。

 思わぬところで不意を突かれた以上、追手が相手の方が幾分かましだとさえ思える。

 それほどあの騎士はあっとうてきであった。


 今まで出会ったてきた者達のなかでも圧倒的な力を有している。

 しかし、本能に訴えかける恐怖とは違う。

 言うなれば人の行き着く先。


 人間を極めたものの末路と感じた。

 髪にも匹敵するのか、神その者となったのかわからない。 

 

 

 宿につくころには皆、思っていた以上に吹っ切れた印象だ。

 それもそうだ。

 バニティーは立場的には依頼主過ぎない。

 

 命の恩人などと言えば聞こえは良いが、それもずっと枷にするには弱い。

 恩着せがましくされる謂れも無ければ、ずっと引きずっていくほどでもなかったのだろう。

 決め手がその本人の消失ときた。


 ともなればあくまでも記憶の隅に留めておく程度となってしまう。

 薄情化と言われればその通りであろう。

 傍から見れば薄情。


 それでよい。

 そう思いたい。

 人の死を抱え込むとそれに引きずられていく。


「スミレ……」


「……」


「ゆっくり休め」


「……あたしは、死ねない……!?」


 ベッドにゆっくりとスミレを下した。

 彼女の瞳に映るのは俺でも、心配そうに見つめる仲間たちでもない。

 極右を見詰めているように見えるが。


 はたして。


 

「二人には悪いが任せる。俺は少し出ている」


 ディアナとルナにスミレを任せて俺はその場を後にする。

 ユイナとスペラは黙って俺の後についている。

 敢えて、二人に残るようには言わなかった。

 

 スミレに二人を付けた事には意味がある。

 情報の共有の為である。

 恐らくすぐには整理がつかない事を見越して、二人が会話することで情報を伝えてほしい。

 

 直接話をするにはまだ、早いと思えばこそである。

 ユイナとスペラには、次に繋がる話をしたい。

 もし、仮に二人が別行動をとることがあったとしても、それでいいという軽い気持ちでいた。


 問題はどういう風雨に転んでも、必ず前にすすんでいるという結果だ。

 これが単なる足止めとなるか、何かを得たと思うかはこれからはっきりする。

 曖昧なうちにやれることはやっておく。 

 

 


「アマトがどうすることも出来なかったってことは私達でもどうすることも出来なかったてこと……わかってる? 何度だっていうよ、その度に私は惨めになるよ。なんで私には力が無いのかなって」


「アーニャじゃないならだれが死んだっていいにゃ」


「もう、俺は限界なのか……」


「抱え込むつもりなんでしょ。だったら、最後まで責任をもって」


「俺は必ずみんなを……」


「それなら、態度で示して!! 結果がいくら良くてもその間に辛い思いをするなら、もう全て手放してもいいから……笑ってよ」


「笑うなんてできるわけないだろ……人が死んだんだから……」


「それなら私が死んだら笑っていてほしいかな。バニティーが何をしたかったのかは知らないけど、アマトをそんな気持ちにするためにあれ……作ってくれたんじゃないでしょ」


 バニティーはこうなることを知ってか知らずか、武器を俺に創ってくれた。

 手を抜いてなどいなかった。

 場合いよってはバニティーに向けられたかもしれないといという、その武器には魂が込められていた。


 


 ルナに残ってもらったのも、バニティー形見になってしまった武器を見ていられなかったからでもある。

 ほんの数時間前まで会話をしていたというのに、一瞬で未来を絶たれたのだ。

 どうにもならない。


 何もできないというのとは違う。

 この運命を切り開くことがどれほど困難なのか、誰にも分らない。

 生きることは簡単ではない。


 失うのはこんなに簡単だというのに。

 どうしても答えは出ない。

 スミレには選ぶ権利がある、



「ユイナ、スペラ……行くぞ」


「それでいいと思うかな。結局、立ち止まって何ていらないでしょ」


「アーニャとユーニャについて行けば間違えはないにゃ」


「西の通りは東よりも栄えているかと思ったが、そうでもなさそうだな。だからと言って雨が降っているっていうのに人ごみは解消されてないな。紛れてしまえば結局のところ己の目が頼りか……見て判断するしかないな」


「追ってもここまで追ってくるなんて、面倒かな」


「一匹じゃないにゃ、3匹もいるのにゃ」


「スペラにはわかるのか?」


「途中で襲ってきた奴ら同じ匂いにゃ」


「どうしたものか……」


「結果は同じでしょ、一対一でいいんじゃないかな」


「ユイナは分かるのか?」


「人数までは解らなかったけど、敵意を画してるみたいだけど精霊が教えてくれるからね」


「それなら、大丈夫か。二人に頼らせてもらう。終わったら宿に戻っていてくれ」


「その言い方だと、一番最初に戻るつもりはないってことかな」


「かならず戻る」



 ひとりでなければできないこともある。

 仲間にこそしられたくないこともある。

 信じられないわけではない。


 信じているからこそ、二人には別のターゲットをあたってもらうこととした。

 追ってだけでも厄介だというのにだ。

 つぎからつぎに問題は湧いてくる。


 ならば、ほんとうならば危険は仲間に負わせられない。

 これは譲歩した結果だとおもいたい。

 

 


 

 アーニャがいう事は絶対。

 神様はこの世界にいる。

 それは揺るがない真実。


 しかし、実際に存在するからこそ自分が信じた存在は有象無象の神体なぞ比べるのでさえ煩わしいと思えるほど絶対的な存在となりえる。

 アーニャを神格化こそしているものの、神ではない。

 助けてくれない神には縋らない。


 アーニャは人として消耗しきっている。

 それでも信じるに値する。

 手の届く範囲にあるからこそ、それは尊い。


「人ごみに紛れても無駄にゃ」


 スペラは二人と別れてから真っ先に向かったのは着た道を戻って北のレストラン跡だ。

 正確にはレストランの裏手に向かって狭い路地を走り抜けた先。

 背の高い建物の屋根の上である


 この辺り半径数キロならば、見通せる建物に陣取っていた人形。

 人形と言っても、人の形しているだけではなく送り込んできたものの趣味が色濃く出た悪趣味なシルエット。

 こいつを潰したからといって何かが変わるのかは怪しいものだが、捨て置く事もできはしない。


「にゃんこちゃんが来たってことは他もそろそろかぁ、残念」


 はっきり聞こえているというのに、壊れたラジオのようなかすれたノイズが言葉に乗っている。

 これは偏に結界によるものだろう。

 この結界を越えてきた術、それくらいは教えてもらわないと意味がない。


「潰す前に、いろいろ教えてもらうにゃ」



 生きている世界が違うかと言われても納得はしない。

 ルナという別次元から現れた存在が常に身近にいるのだから、別段脅威とは感じなくても不思議ではない。

 などと簡単なものではない。


 スペラも、アマト達と共に歩んできたことで世の理からはずれてしまったのだ。

 魂が磨かれたと言えばそれまでだが、一つ高みに登っている。

 そもそも、今の次元から変化がある事は本来であれば何年生きようが、志納が変わりはしない。


 悪魔でさえ、世界を変える次元ともなれば容易くはない。

 そうでなければこの世界は悪魔にすきほうだいされているだろう。

 スペラは人形を葬ることに嫌気がさしていた。



 幾度となく死線を潜り抜けてきた。

 しかし、目の前の人形は文字通り人の形こそしていれど所詮は作り物なのだ。

 魂の込められているわけでもなければ、術者の命に直接かかわることも無いときた。


 一方的に自分の命を懸けるには余りに馬鹿げている。

 それでも、次から次に現れるというのだから始末に負えない。

 害虫駆除と相違ない。


 害悪をねこそ取り払う事に意味などありはしない。

 あだなすものを排除する事に意味を求めてはいけない。

 存在が醜いと嘆くことは誰でもできる。


 

「こういうのはどうかにゃ?」


 スペラは一瞬くらっとよろめくと対峙していた人形も同じくよろめく。

 その時間は悠久と言える。

 精神力の面で悪魔には一歩届かない。

 

「なかなか面白いことを……、まだ力不足」


「にゃはは、慣れるには数をこなしていかないとにゃ」


 実際に流れている時間と体感時間の乖離が大きければ生身の人間であるスペラには不利となる。

 ルナの話をアマトから聞いていた為、精神が破壊するまで競り合うようなことはしなかった。

 肉体を持たない期間はまさに永遠。


 だからといって、一度でも精神に干渉することができたとなればそれは無ではない。

 限りなく0に近くとも足がかりは出来ている。

 あとは実際の時間を利用して切り崩す。


 それが猫耳少女の新たな攻撃手段となる。 


 

 人形に残されたスペラの魂の因子が無限とも言える時間の中、ありとあらゆるエネルギーを貪ぼる。

 アマトがパーティー内の仲間たちを能力で繋ぎ止めた結果。

 スペラにもルナの能力の片鱗を見る事になる。


 そして、ユイナの能力による意識の分離により俯瞰的に終わりなき時間を見る事が可能となった。

 精神力で賄えないところを互いの絆がカバーしていく。

 ともに戦っていなくともそれは間違えようもない事実。


 時間さえあるのならば、切り崩すことは出来る。

 現実には数刻も経っていなくとも、決着はついていた。

 人形は全く動かない。


 今しがた言葉を交わしたことさえも意味をなさない。

 


 

 

 ユイナは精霊の能力がこの街に及ぼす影響を具現化する。

 精霊そのものではない者がその力を行使することは容易ではない。

 努力、才能どちらも役には立たない。


 人間が海中で息をするようなものである。

 スペラが実際にやってのけたのはアマト達の影響化であったため糸も容易く身に着ける事が出来たが、本来そのよう域に辿り着くことなんてできはしない。

 ユイナもどうようにアマトの影響下にあることで意図せず力に目覚める事となった。


 広大な街を影響下においたユイナは街の東側、最も人の行きかう方向へと疎らな人の流れをかき分け走り出す。

  

   



 人ごみに紛れていてもマナの動きを見れば人かそうでないかは見分けがついてしまう。

 外見を偽装する事では決してごまかすことができはしない。

 無関係な人間を巻き込みたくない、なんてきれいごとは言わない。


 無論、結果として巻き込んでいなかったというのであれば願ったり叶ったりだ。

 それはとても素晴らしいことなのだろう。 

 正義を翳して悪と戦うヒーローであれば。


 

 犠牲が出ててはいけになんてきれいごとを言っていては命にかかわる。

 バニティーが容易く消されたように。

 戦いたくはない。


 できる事なら、穏便に済ませてほしいところ。

 会話ができる相手ではない。

 だからこそ、先手を打ちたい。


 こちらの動きに気がつくよりも先に倒せることがべスト。

 それが結果として、被害を最小限にする。

 雨が降り続く中であれば多少の物音はかき消される。


 人が減りすぎても、こちらの動きを悟らせてしまう。

 追手は結界の中にいた事で一度は見失っている。

 捉えた。 



 問答などすることもなく、標的に向かって掌を翳す。

 人の形をした者は周囲の幾人かの人間諸共隔離された世界へと切り取られる。

 歪曲された世界で永遠に苦しませるようなことはしない。


 次の瞬間には巻き込まれた人間は余すことなく元の世界へと還ってくる。

 しかし、パルスが切断された人形はこの世界に戻ってきてから動くことはなかった。

 所詮は糸に繋がれた人形であった。


 以前は自立して尚且つ個人の意思さえ持っていたというのに、なんという体たらく。

 周りの人間を巻き込まないと高を括ったのだろうか。

 得られる情報は人の見えない糸の根本を見定めることで良しとした。




 俺は二人と別れてゆっくりと真南に向かって歩いて行く。

 少しでも時間をかけて、一人の時間を過ごしたかった。

 今になって思い出したかのように怒りがこみあげてくる。


 しかし、それは鎧を纏った騎士にではない。

 己自身の弱い心に憎しみを覚えていた。

 素直にそう受けとめることができたのは仲間たちがいたからに他ならない。


 誰かを憎むことは簡単であるが故に自分のこれからの未来を閉ざすことになる。

 復讐者は絶対に限界を越えられない。

 執着心に囚われている限り。


 しかし、あの漆黒の騎士からは確かに俺への憎しみを感じた。

 だが、今自分自身に抱いているもどかしさに似ている。

 この行き場のない感情そのもののように。




 真っ直ぐ南下する。

 瞬きをした一瞬のうちに雨は止み、雨に濡れながらも行きかう人達の気配が一瞬にして消えた。

 まるでこの世界に自分一人だけ取り残されたかのようだ。


 後ろを振り返ってもやはり何者もいない。

 再び正面を向けば一度は屠ったはずの人形の姿があった。

 一度は倒した敵が力を増して蘇る話は通例と言えど、実際に目の当たりにすれば怒りを覚えずにはいられない。


 この憎きまがい物によって与えられた代償は安くはない。

 人間の命は一度失ってしまえばもう元には戻らない。

 この世界にきて、死を目の当たりにした。


 ここで終わらせることができるか。

 やってみるまではわからない。

 


 

 違う。

 世界に取り残されたわけではない。

 全く別の世界へ取り込まれてしまったのだ。

 

 相手の方が格下だと侮ってなどいない。

 抵抗する間もないほどの力の差があるという事実を受け止められずにいた。

 所詮は人間という概念に囚われてしまった弱さゆえの甘えが招いた結果。


 相手はルナと同等の悪魔なのだから、経験の差は数千年とあるのだから埋まるはずはない。

 同じスピードで走るならば、先に走り出した者には絶対に追いつけないのと同義。

 経験の差を詰めるならば、一人では不可能。


 俺の思考は二分する。 



 魂が一つで多重人格などと言うものはあり得ない。

 それならば疑似人格を創ればいい。

 これはスペラの魂を分けて同時に存在するものとは異なる。


 

 

 今魂の一部を切り離した状態となっている。

 完全に別の存在になるわけではなく、精神は繋がっている。

 しかし、同時に思考は共有しない。


 あくまでも別の人間として、演算のみ行う事で効率よく処理を行う、

 したがって、別たれた魂と会話をすることも無ければ情報を交換することもない。

 言うなれば無意識という人間の本能のみに忠実な人間を一人用意するようなものである。


 それ故に迷いは一切なく助燃も無ければ裏切られることもない。

 それは忠実や依存などではない。

 あるの結果のみに他ならない。


 


「俺がここへ来ることも知っていた。どこまで俺達を……いや、俺を馬鹿にする? こんなことをしなくても容易く、どうとでもできるってのに」


「それなら、ここがどういうところなのか理解しているでしょ」


「ああ、いわば本拠地。わざわざ自分の住処に招いてくれたわけだ。まったく不用心な事この上ない。その余裕は腹立たしいところでもあるが……。この空間から脱した先がどこなのかを考えれば迂闊なことは出来ないってことか……」


 敢えて口に出して反応を見ることにした。

 情報戦においては手の内は晒さないのがセオリーであることは過去の大戦で明らかとなっている。

 科学が張ってしたことによって戦術は大きく変わった。


 今、この瞬間起きていることをオカルトとして考えるよりも世界を隅から隅まで高速で移動するエスカレーターにでも例えたほうが余程建設的である。

 


 無事にこの場を切り抜けたとしても、仲間の元に戻る為に数日程度。

 はたまた数年かかるか、わかりはしない。

 懇願してでも、元の場所へ戻してくれと頭をさげることも厭わない。


 それが最善であるのならば手段を選んでいられない。

 この状況に持ちこめた時点で俺は敗北している。

 あたりの風景が元の首都の街並みのままであることで位置関係が変わり映えのない事を錯覚させるが、脳裏には高速で移動し続ける無数の反応が見える。


 これは外界に存在する幾千の命である。

 知らなければ幸せだとはいえない。

 結果しだいなのだから。



「元いた場所へ戻してくれと頼んだところで、叶えてくれはしないだろ? ならば、悪あがきはさせてもらうさ」


「ふふ、ここがどういうところかわかっていないみたい。ちょっと、違う……理解していないふりをして探っているの?」


「まあ、どうとでも捉えてもらって結構だがいいのか? 俺は一人ではないぞ」


 時間さえ稼げばそれでいい。

 正直なだけが全てではない。

 時には卑劣な手段でもとらなければ勝てない。


 負けがそのまま死を意味するならば、人生においては敗北は許されない。

 だけれど違う。

 時と場合によっては全てが覆ることすらある。


 今がその時。





「本当に面白い」


「俺達を突け狙っている理由、お見当たる節があるんだが?」


「その先は聞かなくてもわかるけど、その理由も言わなくても」


「ルナがいる」


「そう、ふふふ」


「それでも、俺達に関わらなければならないのか? ならば、協力関係を築くことだってできるるはずだ。俺達と来い!!」


「勘違いをしているのなら微笑ましいって感じるところなのでしょうけど、お生憎様。この魂も肉体もあなたには渡せないの」


 悪魔が蔓延る世界ではないのはルナから聞いている。

 数少ない悪魔に付け狙われる事には意味がある。

 そして、目の前には可能性が立ちふさがっている。




 ここで駆け引きをしていても仕方がない。

 この空間だけは元の位置から全く変わっっていないように見える。

 だkらこそ、高速で移動していることを忘れそうになる。


 後の二人は無事に敵を撃破したころだろう。

 外の時間と差異が無いというのならば、それも嬉々として仲間たちに伝える材料となる。

 だが、そうでなければすでに戻るすべはない。


「では、お前を消してから考える」


「結果が分かっていても、そうすると思っていたけどここで終わらせて困る人がいるからね。今は元の場所に還してあげる」


「お前にメリットがない。何のつもりだ」


「最悪の事態にならない為に還してあげるってこと。アマトには生きていてもらわないといけない」


 

 好き勝手な事を言っていると思う一方で、命拾いをしたという安心感が広がった。

 俺の命を狙っている戯けではなかった。

 だが、仲間に限ってはそうではない。


 替えがいくらでもきく駒程度にしか思ってはいないのだろう。

 そうでなければ、人の命を奪う事を良しとしないはずだ。

 かけがえのない物を失う事で、逆に得られたものもある。


 人の心というものは、何も失う事だけではない。

 死と悲しみは政調を促すという。

 そうでなければ、浮かばれない。


「これからも俺は、俺達は……」


「結末に辿り着くまでは、確かに一人ではない。そこに、アマトが言った者達がいればの話はない」


「それでも、それでも、それでも……そう言いたい」



 いかなる時も考える時間はある。

 今この時でさえ、思考を巡らせることは出来る。

 永遠はなくとも永遠に近づけることは可能である。


「もう話すことはないようだけれど、どうするの?」


「お前と心中するつもりはない。次は、こうはいかない……」


「でしょうね。二度目はお互いにないし、それはだれも望まない、あの人も……」


「何時かこちら側へ来い。待っている」


「そうできたら、よかったかもしれないね……」


 言葉を最後に元の生きた街並みへと戻っていた。

 まるで白昼夢でも見ていたかのように朧げな記憶だが、確かにいた。

 これで、逃げ道は無くなった。


 


 今日という日が早くも終わろうとしていた。

 異空間に囚われている間は時間は一切流れていない。

 それでも、世界は息づいている。


 限りなく停止された世界から、一秒の時の流れは激流の感じられる。

 時が止まらぬように俺も止まれない。

 闇が指し示す先には、何が有る。


 このまま人ごみに紛れて風景の一つとなりたい。

 帰りたくはない。

 真実なのかどうかも定かではない。


 それを抱えたまま、皆の元に帰る事なんてできはしない。

 行動を起こすことは辛い。

 まるで、周囲からあざ笑われているかのように思う。


 人の目なんて気にしていたのか。

 俺は英雄ではない。

 このまま、進んだ先には確実に地獄が待っている。


 

 手近なところから問題を排除していくだけで、一向に前に進んでいる気がしない。

 そんなことばかりかんがえていたせいか、武器屋の壁によりかかったまま動く気配のない少年の姿が目に入ってから背ける事ができなくなった。

 スペラよりももっと幼い装いだが、不思議と大人びているように感じた。


 人は外見で第一印象を決めてしまう。

 そこがほとんどすべての情報と言ってもいい。

 しかしながら、最初の印象が次第薄くなるほどその少年は達観しているように見えた。


 俺の事に気がついたのか、何とも言えない笑みを浮かべて見せる。

 それは困惑と呼べばしっくりくる、

 愛想振りまくわけではなく、処世術として身に着けたものの様に思えるのは身なりだ。


 誰しも裕福でなくとも、生活が保障されているはずのこの街で少々くたびれていたからだ。


 

 しかし、少年に魅力を感じる。

 人を惹きつける様なものではないのだが、自分に何か近い物。

 誰も彼の事など見向きもしない。


 それでも、そこに確実に存在している。

 いるのにいない。

 いないのにいる。


「昨日はじめてここに来たばかりで、道に迷ったんだ。すまないが、道案内をしてほしい。もちろん、ガイド料は払う」


「いいけど……嘘でしょ」


「正直なのはいいことだが、知らない方がいいことだってあると思う。だが、俺が悪人とは考えなかったのか?」


「悪人が自分で悪人なんて言わないと思うけどなぁ。僕が兄ちゃんを信じるにはちゃんと理由があるんだけど、聞きたくない?」


「別にどうだっていいさ」


 どこにでもいる少年。

 否、同じ人間は世界には二人といない。

 ならば、誰であろうとその世界では主人公であって脇役であると言える。


 俺も、俺の世界では主人公だがこの少年にとっては脇役である。

 ただ、少年が俺を英雄というキーパーソンと捉えるか、モブキャラと捉えるかで世界は変わる。

 一人の人間が今選択をする。



 不特定多数の人たちがいる中で今後を占う話をしていることなど誰が想像するだろうか。

 当人でさえも今がその時である自覚はない。

 何も重大なことが決まるのは会議室や、公の場だけなんてことはあるはずがない。

 

「目が合ったのって初めてだから」


「それがどうしたとは言えないな……」


「見る目がなかった……、なんてことはあるはずないからさ」


「そういう事だ。俺が仮に適当に声をかけたとするならば、同じように視線を向ける奴位はいたはずだ。それが全くなく生きてきたってのは普通じゃないよな」


 才能なんて、一言で終わらせるには惜しい。



 そう思った時。

 雲の隙間から光が差し、少年照らす。

 誰もがこの光景に無関心であるが故に、まるで名画を思わせるだろう切り取られた瞬間を作り出した。


 この光が射した数秒間だけは俺もこの未来ある若者を導く立場の役を演じるのも、やぶさかではないと思えた。

 自分という主人公が誰かの脇役になると決めたときにこそ、その人間の本質が試される。

 自分本位ではなく客観的に、そして俯瞰して世界を見たとき、この物語の主人公からこの世界そのものを描くものへと昇華される。


 学校の授業で先制が言っていた事の意味を体験してみて、ようやく理解した。

 勉強なんて何の役にも立たないと思っていたが、いざサバイバルをして自分の力で生き抜かなければならなくなった時。

 しっかりと役に立っている。


 ただ生きるだけじゃない。

 目の前の少年にも生きるすべを与える事ができる。

 ならば、再び雨に濡れている場合じゃない。


「もう捨てるものは、何もないけど新しく捨てるものを貰える?」


「ああ。捨てられるものをやる……。言うまでもないが、敢えて言う……捨てさせはしない」


「ありがとう」




「名前は……」


「ない……」


「記憶が無いのか?」


「名前を付けてもらう事も、誰からも呼ばれることもなかったから……ない」


 そんな事があるのか、人間は生まれたときは非力で独りでは生きてはいけない。

 社会的生き物だ。

 つまり、人ではない。


 生物学で人間に分類されるが、それを社会は人間と呼ばない。

 一切の助力を成しにここまで生きてこられたとするならば、これから先も一人で生きていけるだろう。

 しかし、そうではない。


 俺という助力を得てしまえば、生きていけなくなる。

 そんな気がした。

 もう、人で成らざる者から人の世界へと引き込んでしまう。


 それが正しいか否かを決める事など出来はしない。

 



「アス……、今からそれが君の名だ」


「明日……意味は?」


「意味は読んで字のごとくと言いたいところだが、神話の創生神からとった。この世界にはいないはずの神の名だ、誰にも文句は言われないだろ?」


「この世界?」


「いずれ、話す時が来る。だがいまじゃない……、自分でこの世界を知るんだ。俺もこの世界に関してはそこいらの子供たちと変わりはしない」


 そういうと、アスの額に手を当てる。

 

 

 

 二人の間に絆が結ばれた。

 この結びつきは今まで培った仲間たちとは違う。

 何かが変わったようには思えない。


 しかし、周囲は確実に変わった。

 今までは少年に見向きもしなかった行きかう人々の瞳に映りこむ人影があった。

 窓ガラスに映るにも関わらず何者とも関係を築くことができなかった者が、突如としてこの世界と繋がった瞬間だった。


 だが、この少年は俺の事を知っていた。

 そう、俺は時間の流れ、外界と隔たりのある世界に身を置いたからこそ少年を視界に捉える事ができるようになっていた。

 つまり、この出会いは仕組まれたものだったというわけだ。



 手のひらの上で踊らされているとわかっていても抗うことは出来ない。

 誰しも千手先まで読んだとしても、常に未来は分岐する。

 分岐した先にもいくつか選択肢があれば、読み勝つことは不可能だと言える。


 これが決められた出会いだとしても、心までは手中にあるなど思われたくはない。

 アスも同じ気持ちでいてくれたらと思いはするが、人の心など読むことは出来ない。

 見えないものというもは形や態度に現れて初めて自覚できるのだ。



 人の人生を変えたのだから、何も感じないわけがない。

 俺自身がこの世界に無理やり連れてこられて、人生を変えられた一人なのだからより理解出来る。

 ここでやることは一つ。


「この金を使って、やってほしいことがある」


「兄ちゃんに会わなければ必要なかったけど……」


「それは言わないでおけよ、後戻りはないんだから」


「わかってる、もう戻るつもりはないって」

  




 俺はアスをパーティーに加えた。

 まだであって数分だったにも関わらず、ここでパーティー二加えるしかないという一種の呪いのようなものを感じた。

 運命などとは違うのではないだろうかと思えば自ずと呪縛という結果に至る。


 これがどちらか、もしくは両者を不幸にする結果となるかはわからない。

 確かのは今を生きているという事。

 ここで、見て見ぬふりをしていれば結果は変わるのは必然。


 今はまだ追及はしない。



「今日はもう遅い時間だ。日が昇り次第動き出してほしい。ますは、『勇者一行は次の町へ移動した』だ。今日一日で気づいたことと言えば俺達は国民から特別視されている様子はなかった。それは容姿についての情報が出回ってないからだ。一部の者達には伝わっているというのに、些妙だろ? 良くも悪くも英雄なんてものは政治利用されるにはもってこいだというのに、内々で処理しようとしている。ならば……」


「逆に利用するって事? 兄ちゃんが」


「自分の事を英雄なんて思ってひないが、そう思っている奴がいるなら利用してやればいいだろ? 勝手につぶれてくれればいい」


「それなら、英雄が街に来たってことを知らせた方が……、あっ!!」


「そういうことだ。容姿を知らないならもうすでにいなくなったが、いたという結果を残してやればいい」


 存在が曖昧なものに振り回されるのは国民だけじゃない。

 監視者も黙ってはいない。




 国民からすれば、物語に出てくるようなファンタジーな人物か、誰もが知る有名人が気づかれることもないまま街に滞在して知らぬ間に出ていった事になる。

 無論、もうすでにいなくなった人間のことなど気にする必要などないのだが、娯楽が限られている世の中ではそうもいかない。

 これは元の世界で科学が発達する事前によくあったとされる現象の一つである。


 本来なら、存在しえない新たな英雄が誕生するのだ。

 そこから新たな物語が紡がれる。

 しかし、それもきっかけがなければ起こるのは難しい。


 娯楽が乏しいという事は想像する事にも限界がある。

 生まれてから一度も外に出た事もなく本も読まず、人とも話さない人間が突然世界を冒険するような妄想

を抱くことはない。

 言葉すら話すことは出来ない。


 だが、真っ白であるが故に僅かな情報は歯止めなく広がっていく。

  

 


 今撒いた種がもたらす混乱が必ず俺達を救う。

 行動を起こさなければいかなる結果も生まないが、些細な波紋さえも早い段階であれば辿り着くころには大きな波になって向こう岸に届くことを信じて。

 アスにはこれから独自に動いてもらう。


「俺は戻る。結果も過程も問わない。後は好きなようにやってくれればいい」


「もともと、死んでいたようなものだし……好きなようにしてみるのもいいかな」


「間違えるな。今までもこれからも」


「間違えかあ。兄ちゃんは間違えないの?」


 皮肉ではなく純粋に問われたように感じた。

 

「スペラにも同じようなことを言われたが、自分を信じていればいい」


 

 

 妄信的に愛花を信じている人間は強い。

 それが間違っていれば目も当てらないが、王道に付き従った結果ともなればその限りではない。

 希望はその手の中にある。


「任せてよ。何が正しいかは自分で確かめる」


「それでいい」


「結果は街を変えることで見せるから、その時は新しい世界をみせてよ」


「自分の手で新しい世界を創るんだ。アス……君ならできる」


「じゃあ、行くよ」


「頼む」




 二人は出会ってから数刻短い会話と契約を交わしあるべき場所へと戻る。

 これから先、そう短くもなくしかしながらこの世界で過ごした刻よりは未来に再び出会う。

 そうではないかと思う。


 不思議とそんな気がしてくる。

 これは何かの予兆なのか。

 薄らと何かが頭をよぎる。


 『末来視』取得


 はっきりとではなく気のせいだと言われれば、そうだと答える事にとまどうことはない。

 それでも、はっきりと聞こえたアビリティ取得の声が俺をまた高みへと誘う。

 時間を超越する。


 短期間で次から次へと人間離れした能力を手に入れてしまう。

 これで人間だと言えるのだから、この世界は本当に生きやすい。

 そして、それを得難いというのだから笑えもしない。


 少年アスにはこの道を辿らせることはまかりならない。 




 一日が早く過ぎると感じたのは辺りが既に暗くなっていたからである。

 この時間は飲食店が開店する時間でもある。

 どこの飲食店も流行っていないようには見えないのだが、満席には程遠く感じる。


 しかしながら、雰囲気も良くここまで徹底した衛生管理は見た事が無い。

 外から流し見て綺麗だと感じた事があるだろか。

 調理されているところは客席からも外からもうかがうことは出来ないというのも、食事を運ぶ際も密閉された容器に入れて直前で受け渡す様子も度が過ぎているとさえ感じられる。


 店に入る際に入店料を支払っている事からも、何もかもが完全。

 食事が最高級恩娯楽と言っても過言ではない。



  

 食事処の衛生管理ができている国はほとんどない。

 いつの時代も害虫、ウイルスの発生源になり国を脅かす。

 しかし、町には害虫もネズミのような害獣も一切見ていない。


 森の中ではモンスターだけでなく確かに目にしている事からも、この世界にネズミの類がいないわけではないのは間違いない。

 塵ひとつ落ちていないような環境で生きていけるとは考えられないが、万が一もないと言えるやも知れない。

 時間は夕方6時を過ぎている。


 この時間になるとほとんどの店は閉まっている。

 手際というものはどこにでもあるものではあるがごく一部とだけ言える。

 どうもこの世界の人間というものは適応能力が高い。





 ゆっくりとゆっくりと仲間の元へと歩みを進める。

 ここ無しか人々の歩みは早く感じる。

 皆、一生懸命に今を生きていてそれでいて無駄はない。


 だから平和などとは思わない。

 この広大で極狭な箱庭の中だけで生きていてはいけない。

 外はモンスターが蔓延っているというのは明白。


 憂鬱な俺と街の人々とのギャップが、あまりにも違い過ぎて浮いている。

 しかしながら、日が完全に落ちた今となっては誰も気がつかない。

  



 

 今まで自分がなぜ生きてこれたか不思議だった。

 そんなことを少年は考えていた。

 奇怪に想いこそしていたが、知らないふりをしてきた。


 そこに疑問を持ったら瘴気でいる自信がなかったから。

 それでも自分の存在を肯定された今となっては、見つめ直さなければならない。

 今の今までどうやってここまで生きてきたのかを……



 アスはこれからに備える。

 この時間は店の大半が閉まっている。

 日が暮れた頃に人々はここの住いにもどっていくわけだ。


 日が沈んでから出歩くのはリスクが高いことを知っている。

 犯罪者は決って夜のうちに動く。

 それにともなって治安維持に国も動く。


 そうなってくると穏やかではない。



 夜日が沈んでからの犯罪件数はこの世界でも多い。 

 治安がどれだけ良い街でも絶対はなく、日中と違い人気のなさがそのまま危険に直結する。

 飲食店も法律で夜遅くまで営業できない。


 24時間営業などしている店はない。

 夜に出歩く人が全くと言っていいほどいないのだから問題はない。

 不満を言う人間もいない。


 ならば、夜に出歩く人間は何かしら厄介事を抱えていると言ってもいい。

 夜の町を歩くのが趣味だなんて者も、リスクを冒してまではしない。

 そこに溶け込める少年がいた。

 


 物心ついた時には一人で生きてきた。

 夜というのは人間が眠りにつく時間帯で有る為、ほしいものは何でも手に入った。

 ……が、容易にものが手に入ることは決して容易ではない事である。


 矛盾しているかと言われれば事へはNO。

 質量保存の法則、等価交換などと言いようはいくらでもある。

 誰かが得をすれば誰かが損をする。


 一番の武器屋が儲かれば二番目、三番目も儲かるかと言えばそうかもしれない。

 だが、武器を購入する為にその日の食費を費やす。

 その逆もしかり、労働をするために食料、兵糧を消費するならば武器は入手できない。


 安易に手に入れた食料を手に入れるために、生産者はその労を肩代わりする事になる。

 その本質を幼いうちに理解してしまった。

 だからこそ、夜街を脅かす者の武器を奪い食料の供給を断っていた。


 誰にも気づかれることなく。

 そうでなければ、賊が今も活動などできはしない。

 故に気づかれていないのだ。


 誰からも……。 



 悪党から食料から金品まで奪う事は容易かった。

 だが、泳がせておけば幾度も人々から不足分を補うかのように強奪を繰り返してしまう。

 これでも賊と協力して人々からあらゆるものを奪っているのと変わりはない。


 それに気がつかないわけもなく、永遠繰り返されてしまう。

 義賊と言えば聞こえは良いが、根源を絶たなければ悪党と変わりはしない。

 少なくとも内情を知らない街の人々は同一とみる。


 何故なら、少年の存在は誰糸梨々花出来ないから。

 大々的に、公に、正義のヒーローを名乗っていないものの存在価値なんてものはないに等しい。




「正義の味方になりたい……。あの人に会わなければこんなこと想いもしなかったのに、未知を教えてくれた。道を示してくれた……。失ったものもあるけど、得られたものの方が多いよね……兄ちゃん」


 無意識のうちに足が動き出す。

 まるで別の生き物のようだ。

 意味なんてものは後から、結果と共に生まれるものだ。


 道という道には誰もいないはずだ。

 本来ならばだ。

 どちらがただしいかなんて、誰が決めるかわからない。


 どちらも正しいのだから。 

 安全が保障された街にもかかわらず、奴らは存在する。


 街灯も等間隔であるにもかかわらず距離が有る為に、明るいとは言えない、暗くないだけだ。

 奴らの外套を薄暗く照らし出す事すらおぼろげである。

 その存在は互いの存在を打ち消しあう。


「子供がぁ、つーかこの時間に出歩く人間ってはろうなのがいねぇ。なんだてめぇ?」


 黒づくめの外套に身を包んだいかにも怪しい男が一人街路樹の影から現れるや否や、にらみを利かせる。

 これが、俗にいうからまれるって言うものなのか。

 今までに味わった事のない緊張感。


 

 

 状況を冷静に整理する。

 自分の存在が相手に認識されていることを除けば昨日までと何も変わらない。

 客観的に、俯瞰的に場の雰囲気を掴むのは何も変わりはしない。


 そこに自分自身の視点という、主観が入りこんでいることもスパイスに過ぎない。

 何も変わりはしない。

 言い聞かせる。


 頭で理解していても、いざ当事者となってみれば思うようにはいかない。

 今まで背景の一部に過ぎなかった。

 賊なんてものはこの世界の空気のようなものである。


 否、すべての動植物が等しく背景そのものであった。

 だからこそ、悪事を働く者がいても、被害にあう者がいようと結局自分にはなにも影響のないものだという認識だった。

 それが今は違う。


 例えるならば絵に描いた虎が飛び出してきたようなもの。

 世界が変わった瞬間だった。

 自分にとっての夜はもう、昨日までの安全無害な世界ではない。


 

 

「疲れた……」


「何言ってやがる?」


「……」


「なんとかいえよてめぇーー」


 黒ローブの男は鉈を振りかざす。

 アスの正面をかすりもせずに幾度も幾度も四方八方と、繰り出しては空しく空振り何も残らない。

 風切り音すらすることはない。


 弱い立場の人間を常に狙っていた事。

 剣術の心へが無い事。

 実戦経験が乏しい事。


 これはアスも同様である、

 しかし、常に危険を目の当たりにしていたからこそこの男とは同じ道を辿らなかった。

 優れた師匠の元で学ぶことは難しい。


 目の前の無能極まりない人間でも、凶器を振り回していれば脅威になりえる。

 だが、離れてみていたのでは得られるものはない。

 アスは常に危険の中で生きてきた。


 命を救われた人間は皆、偶然助かったと思っているだろう。

 目の前で何が行われているかわからないのだから。

 だが、今はそうではない。


「口を動かすのって疲れるんだよね、兄ちゃんならともかく……」

 

 

 ここまで生きてこられた最たる点は一つ。

 孤独を感じない事。

 人は社会的生き物である。


 生まれながらに孤独。

 物心ついてなお孤独。

 今もなお孤独を良しとしている。


 アマトとの出会いがあって孤独から距離を取ったことで、余計な物を引き寄せてしまう。

 対処するすべは持ち合わせている。

 男の動きを捉えるのは難しくはない。


 街中という事も有り、静まり返った大通りでのやり取りは辺りの建物に反響して響く。

 無人の都市でないのだから、不用意に興味を持つ人間もいる。



 

 夜出歩くことは禁止されてはいない。

 国王から極力外出をしないようにとアナウンスされているだけで、罰則などない。

 事実上の禁止令であるのを知っているからこそ、誰も夜出歩くことをしない。


 止む負えず外出することはあっても、見回りをしている兵に保護される。

 よほどのことが無い限りはもめることはないのだが、賊の類は余程の部類に入る以上戦闘は避けられない。

 黙ってしょっ引かれる程の間抜けはいないようで、たびたび騒ぎが大きくなる。

 

 無論事が大きくなれば街の住人も巻き込みかねない。

 実際に、騒ぎに気づき窓を開けた3階建ての1階に住む住人をあろうことか賊は標的にしたのだ。

 辺りの建物のどこにでも住人はいるだろう、片っ端から襲えばいい。

 

 だが、自分からのこのこ危険にも関わらず首を突っ込む人間は危機感が特別欠落している。

 族としても、チャンスを得たわけである。

 敢えて殺すこともなく、人質として扱う事でこの場を切り抜ける。


 

  

 これには、想定の範疇だとしてもやりきれない。

 犠牲は付物だと割り切ることも出来ない。

 それは良心の有無などではない。


 こんなことは日常茶飯事であるのは見てきたから知っていた。

 兵か自分かだけの違いでしかない。

 幾度となく命の奪い合いは繰り返され、国民を救うために手出しできなかった兵の末路は悲惨なものだった。


 結論は誰も助からない……だ。

 それならば、国民を見捨てるか。

 それも否だ。


 自分の存在が知れ渡った今では、誰かが見ている。

 情報こそが最大の武器であり、弱点だ。

 公の場で悪手になるようなことは出来ない。




 今第一にかんがえなければならないのは、人質の救出。

 最悪助ける事が出来なかったとしても、大義名分がなければすべては無に帰したも同然。

 一度失ってしまった信用はもう取り戻すことは出来ない。


 よく政治家が信頼回復に努めるなどというが、そもそも信頼されていないのだから回復の使用が無い。

 それでもあえて回復という言葉を使うのは、元々ない物は如何に失ったかのように見せるかという演出によるものである。

 それを真に受ける人などいないのだから、元々ない物をあるように見せる事に意味などない。


 あくまでもプライド、建前の問題である。

 しかし、この世界では建前なんてものはいらない。

 どれだけ取り繕おうとも互いに命を懸けているのだから、見限られればいつ後ろから撃たれるかわからない状況になるという事を意味する。


 容赦なく人質を見捨てれば、それを見た人間は自分も見捨てられると考えるのは道理。

 ここぞという時に間違いなく信用ならない不安要素になってしまう。



 他人の心の中など読めはしない。

 だからこそ、信じなければならない。

 信じていて裏切られるのと、信じることなく裏切られるのとは重みも意味も違ってくる。


 ならば、信じるしかない。

 今を生きる国民もまた、永遠を生きてなどいない。

 同じ時間を生きている。


「その人は関係ない……、離せよ。話せよ。何がおまえを駆り立てる?」


「こどもにはわかんねぇよ」


「わかりたくもない。人に迷惑をかけて、命も簡単に奪うような人のいう事なんて知りたくもない!!」


「知ったような口を!!」


 

 油断することなど無い。

 力の差がありすぎる。

 同じ人間だとしても、弱者を獲物にしてきた人間と、子供ながらに死と隣り合わせに生きてきた人間とは生きる世界がまるで違う。


 それをわからせる。

 子供の浅知恵だと笑うなかれ、大人も子供も根本は変わりはしない。

 寧ろ発想力に邪念が無いうちならば、歳を重ねて埋もれていく餞別眼を発揮できる。


 人はそれを、『直感』と呼ぶ。



  

 

 子供たと思い侮る盗賊。

 油断をしつつ、人質というセオリー通りの動きしかしない。

 そこに意味などありはしない。


 アスには盗賊が次にどう動くかが手に取るようにわかる。

 それは人質に対しても同じ。

 追い詰められれば、本来切り札であるはずの人の命でさえ捨ててしまう。


 その結果は敗北を意味するというのに、狂気に苛まれてしまえばその限りではない。

 二人の距離は一向に広がることも縮まることもない。

 視界から外れるようなことはない。

 

 互いに視線を逸らせない。

 

 

「さて、もういいかな」


 アスに後が無いように、盗賊にも痕が無い。

 いかにどれだけ、後に下がらないかを考える。

 周囲にはまだまだ、野次馬が顔を出し続けている。


 好奇心の獣ほど面倒な者はない。

 一難去ってまた一難などと言ってられない。

 人質はこの街の全ての人間だ。


「死ねっ、雑魚が!!」


「死ねは言いませんが、逮捕させてもうよ」


「国家の犬の分際で!!!!!!」


 街を守る兵士の一人が、人質を救出しそのまま盗賊を捕縛する。

 その一連の流れは華麗で優雅な舞いのようだった。

 思わず見とれていた、少年は一つ疑問を抱く。


 この兵士は何者だ。




 よく似た姿の人間は世界に3人いると言われている。

 しかし、背格好が似たり寄ったりの人間を探すのは容易い。

 まして全身覆い隠す鎧を着こんでしまえば、判別することは非常にこんなにになる。

 

 鎧そのものは金属を用いる都合上、一部のオーダーメイドを要する者を除けば皆一様である。

 目の前の割って入った兵士もまた、一般の巡回している兵士の一人に過ぎない。

 そのはずなのだが、今までに見た事のない動きをしていた。


 無関係な人間かが人質に取られることも限りなく皆無に等しい昨今ですべてを予知していたかのような無 駄のない動きは思わず見入ってしまうには十分過ぎた。

 仲間の兵士に人質と盗賊を引き渡すと、金属音を鈍く鳴らして歩み寄ってくる。


「怪我はしていないようだね、よかった。国民は国の宝だからね」


「ありがとう……」


「どうしたんだい? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして。あーなるほどなるほど、俺はまだ新米だからね。皆さんとは統率が上手く取れていないようなんだ。自覚はあるけど、なかなか慣れなくてね。これは内緒にしてくれよ」


「大丈夫、口は堅い方だから。これからも頑張ってください」


「はは、サンキューな。それから一つ、まだ無理はしない方がいい」


「……」


「まあ、気にすることはないって。夜はあまり出歩かない方がいいってことさ」


 まだ、その時ではないということを目で語られたように感じた。

 声には出さなくとも、フルフェイスの兜のせいで顔なんて見えもしないのに。

 一つだけ言えるのは、彼は才能ある者の一人であるという事実が明白になったことである。

 




 兵士はアスが出来なかった事を簡単にやってのけた。

 文字に起こしてしまえばそれだけのことだが、力があるか否かではその差は天と地ほどもかけ離れている。

 無は無でしかないが、有というのは視認できないほどの大きさであったとしても確かに存在している。

 

 無からは何も得られない。

 あの兵士はこれからのアスの生き方に影響を及ぼす。

 ならば、ここでこのまま別れることは出来ない。


「名前を、名前を教えてください」


「わたしの名はウィリアム・スペースウォーカー。ウィルって呼んでくれていい。近いうちにまた、会う気がするからな。出頭って意味ではないから、安心していいよ」


「アスといいます。また会いましょう……絶対に」


「その時は、アスのの目的を聞かせてもらたい」


 やはり、この兵士は何か他の兵士にない物を持っている。

 ウィルは一兵士として終わる人間ではない。

 それに誰も気がつかないわけがない。



 兵士とのコネクションさええられれば目的の一つは達成されたも同然。

 それも、腕の立つ者であるならば願ってもいない。

 この好機を活かしつつ、賊とのコネクションも得た。


 それは縁。

 形なんてものはどうとでもなる。

 あくまでも一悶着を起こした事実が欲しい。


 これで、両陣営にアスの存在は知れ渡る。



 今日という日はいつにもまして嵐のようだった。

 雨が別段激しかったわけではない。

 雨が降りしきるよりも、事が進む速さが一歩優っていたに過ぎない。


 アスにとっては180度世界が変わったように感じた一日でもある。

 事の成り行きだけを見ていられない。

 明日から始めるつもりが、気がつけば夜の街に繰り出していた。


 そうかと思えば、帰路についている自分がいる。

 何もかもうまくいくとは言えない。

 だが、一歩前に進めた。



 

 この街に住むために必要な条件は複数用意されている。

 そして、必ずしも労働をする必要はない。

 最低限生きていけるだけの環境は整っている。


 それを可能としているのは紛れもなく、この国の管理者たる王に他ならない。

 王の独裁の上にこの国は成り立っているという意味では、束縛されて生きているのだから自由などないとさえ言える。

 それでも、誰一人として自由が無いなどとは思っていない。


 それは、いかなる種族、年齢、性別に至るまで平等を貫いているからであった。

 アスは、齢12にして大の大人とも対等で接する事が出来た。

 賊もまたアスの事を一人の人間として、侮りこそしたが見て見ぬふりはしなかった。


 だからこそ、子供ながらにして一人で自立し一人で衣食住に不自由なく暮らしている。

 街の中心の通りに面したアパートメントの最上階に辿り着くと、魔方陣に手を翳し施錠された扉のロックを外す。

 その一連の動作も最早日常の一部となっている。


 疲れて今にも、倒れそうな意識でも忘れることはない。

 


 このまま眠りに落ち行くのだから、人間というものは何とも度し難い。

 目を覚ました先に待ち受けているものはいったい何なのか。

 想像に難くない。

 

 切り開かれた未来だ。

 将来があるのだからそれでいい。

 絶望することができるうちはまだ、絶望はしていないってことなのだから。

 





 日が暮れる前に宿に戻ることはないと思っていた。

 それどころか、このまま仲間の元へは帰らない心持でいた。

 自分一人では成せない事柄が多すぎたというのもあるのだが、それだけではない。

 

 確実に結果を残したいという欲があったからだ。

 運命の出会い何て一言で言ってしまえば、実に単純で在り来たりな文字の羅列と何ら変わりはないというのに、実際に起こってしまえば劇的な描写で語られる。

 いかにも奇跡の安売りのようなものだが、日常的に軌跡は起きている。


 気づくか気がつかないかそれだけだ。

 一人の少年に出会っていなければ、未来は変わっていたし違う誰かでも世界は分岐したに違いない。

 無論世界に影響を与えるだけの大きな情勢の変化がなければ、誰であろうと包括的に見れば変わりはしない。

 

 

 

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