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第44話「バニティーの死 スミレとの出会い 」

 ここに来るまでにも異世界からの血筋を持つ者に会っている。

 現実を生きているのは俺だけなのか、それともこの世界にまだまだいるのか。

 もしかしたら、元の世界に戻るすべを知っているかもしれない。


 そうであれば、スペラ達を置き去りにして帰る選択をできるのだろうか。

 こればかりはいつまでも自問自答を繰り返さずにはいられない。

 そして、スミレときた。


 バニティーの本名はわからずじまいになっているが、菫の花言葉は謙虚。

 この世界では名前には圧倒的な縛りがある。

 それをバニティーが知らないはずはない。


 正反対の名を与えられた娘。

 性格が名前と一致しているとは思えないが、そこまでの効力はないのか。

 兎にも角にも、母親に聞きたいことことは恐らくもう聞けない。


 ならば、勝呂は別に見出すほかない。

 幸いにもここには俺達とそれを取り巻く一時の時間だけだ。

 空気の乱れ、埃の一つも舞ってはいない。




 ここが空気の流れさえも管理された結界の中であるからでこそ、緊張感がひしひしと伝ってくる。

 広い部屋にはまだまだキャパシティの余裕はあるものの、重苦しい雰囲気が圧迫感さえ与えてくる。

 全く持って贅沢な環境だというのに恩恵を得られないとは、つくつづ運が無い。


「すぐにでもお母さんの無念を晴らしたい……。この世界に無理やり連れてこられて、生まれてくる自分の娘の魂に技術の全てを写した。そして、お母さんはそれに耐えられなくて心を壊した……」


「嘘……ではないんだな」


 嘘という言葉に、スミレは一瞬この世の全てを恨んでいるかのような憎悪の目を向けた。

 そのあとは自分のこれからの態度が運命を左右する事を悟ったのだろう、しっかりと目をつむり一歩先の未来を俺へと委ねたようだった。

 どれだけ辛い過去があったとしても、それに加担するかどうかの選択は俺にゆだねられている。


 バニティーがどういった意図があって、異世界から人間を呼び出してまで卑劣な行為に及んだのか。

 事実としてそのようなことがあったのか。

 疑問があった。


「それが本当なら、どうして自分に起こったこととお母さんに起こったことを知っていたのかしら? そんなにひどい状態ならお母さんもただでは済まないでしょ?」


 ディアナが投げ掛けた質問はもっともだった。

 精神が壊れた人間が生まれてきた我が子にそれを伝えるすべはないはずである。

 勿論、度合いによっては口頭で伝えることは出来るがはたしてそうなのか。


「いや待てよ……」


「今、話しているのは……」


「そういう事。あたしには、死んだお母さんの記憶とあいつの私が生まれる前までの記憶が全部頭に入ってる!! 五年前、急にお母さんがあたしを連れてここまで逃げてきた!! どおうして、急に我に返ったのかなんて今になってはわからないけど門の手前で力尽きて、あたしだけ生き延びた……。うぅぅうぅ」


「そうか……」


 そんな事があるのだろうか。

 ここまで、相当な距離だ。

 異世界の人間が、何の力もなく辿り着けたとは思えない。



 

 異世界の人間がこの世界に召喚される為の代償。

 それがどういう形にせよ召喚された人間を強くする。

 それでも腑に落ちない点は多いのだが。


「お兄さんがお母さんと同じ世界から来たなら不思議に思っても仕それなら、仕方がないと思う。お母さんの記憶にはモンスターは出てこないんだから。じゃあ、なんで無事に首都までたどり着いたのかわかるでしょ? あたしにはあいつの知識も記憶もあるんだから……そういう事」


「スミレが母親を首都まで連れてきたってのはわかった。だが、なぜそのタイミングで正気に戻ったっていうんだ?」


「それはわからない。聞く前に死んじゃったから……。でも、あたしの記憶の中のお母さんじゃなかったと思う。5年も前だから記憶も定かじゃないけど、まるで別人みたいだった気がする」


「記憶がって……。記憶力は良いんじゃないのか? 二人分の記憶があるんだろ?」


「それは関係ない。元々ある記憶とこれから覚えていく記憶は違うし」




 記憶力なんてものは人である以上対して違いなんてものはない。

 皆、等しく記憶しそれを引き出すことができる。

 二人の人間と自分の記憶を合わせれば三つの記憶を所持している事になる少女。


 瘴気でいる事が不思議な程の情報量である……。

 それが脳科学に疎い者の考えである。

 なぜなら、人の記憶できる容量は万物の記憶に等しいとさえ言われるほどなのだから。


 そこに、一つ二つ増えたところで何かが変わるとも思えない。

 確かに並行して三人分の記憶が蓄積されるのであれば、混同することもあるかもしれない。

 だが、あくまでも過ぎ去った過去の記憶である。

 

 普段記憶の引き出しを開けないかぎり問題があってたまるはずがない。

 それは理解しているはずだ。

 だからこそ生まれつきの力として受け入れ、その記憶に殺されずに済んだのだろう。




 当たり前の環境が過酷であればあるほどその力は増す。

 単純に記憶と技術を受け継いでいても、協力を仰がなくてはならないほどの存在でああるバニティーとはいったい何者なのか。

 そもそも、俺達は奴の本当の名をしらない。


 真名を知られない為の措置だというのならば手が込んでいる。

 そうでなくても、弱点が露見しないというのだから。

 しかしながら、この状況は良くない。


「父親の名前はわかるだろう?」


「わかってる……。でも、言えない」


「何故だ? 協力する以上知っている情報は包み隠さず話すのが筋だろ」


 重要な情報を秘匿されたのでは協力する意味はない。

 それどころか、万が一危険に晒された時に命を落としかねない。

 


 

 本来ならば事細かく情報交換などせずとも良いのだろうが、今回ばかりはそうは言ってられない。

 バニティーとはうまくやってきたつもりである。

 少なくとも命のやり取りをする関係であるなんて思っていない。

 

 万が一にも全てが終わった後に全てはこの少女の妄想の産物出下では取り返しがつかない。

 最終的に結論を出すのならばなおさらであるだろう。

 誰が打ち取ろうと責任を取るのはパーティーをまとめている俺だ。


 皆、責任を俺に押し付けることはなく寧ろ進んで行動に移す仲間たちだ。

 ならば、汚名も恨み言も謹んで受け入れて見せる。

 それでも、未然に防げるのならばその限りではない。


「言いたくても……いう事が出来ない!! こうなることがわかってて、決定的なことを言う事が出来ないようにされているんだよ!!」


「協力を求めるのはよくて、自分の情報はブロックするなんて器用な真似ができるってのかよ!?」


 ならばどうする。



「都合のいいことを言ってるってことくらいはわかってる!! それでも、お兄さん達にであったのは偶然なんかじゃない……ここでこのチャンスを捨てるのは駄目だってこともわかってる!! そのためなら……目的を代わりに、代わりに実行してくれるなら死んでいもいいしこの魂を上げたっていい。できるかどうかはわからないけど、魂に刻まれた記憶と技術は数百年継承してきた歴代の鍛冶師の魂そのもの。今すぐここで何をされても恨んだりしない。目的の為なら……」


 スミレの意思は硬い。

 揺るがない。

 死を覚悟し、それ以上の苦行にも耐えうる覚悟をねじ伏せる事など出来はしない。

 

「言っただろ!? 協力するってな。その対価が、命だの、魂だの、苦痛では割に合わないだろ……。報酬はバニティーに貰ってるあれだけで十分だ。親族から受け取った物ならそれによってどんな結末になってももんはあるまい?」


「というわけだから、私達も協力することになるってことでいいのかな。アマトがやるって言いったら私達も漏れなく協力するからね。ルナは場合によってはそれを本人に使わなくちゃいけなくなるけど」


「自業自得だよね。人間ってこんなにめんどくさいなんて思ってなかったよ……。嘘。本当は人間のコミュニティのありかたもわからなくはないんだよね。親子で殺し合いをするっていうのはわからないなぁ」


「いつの時代も争いは絶えないのね」


「アーニャに任せておけば間違いないにゃ。それに気づいたのはなかなか見る目があるにゃ」


「というわけで、反対する者がいないんだからやるしかないだろ。誰か一人でも異論が出ていればそれはそれで、断る口実としては十分だったんだがな」


「それはずるいんじゃないかな。余程無茶をしないかぎりはアマトが言ったことは間違いなくじっこうされるんだから」


「それも、今後はどうにかしていかないと不味いと思うのだが……。絶対崇拝者みたいなポジションでいる方が俺の安寧からは遠ざかるってことを理解してほしい」


「それはアーニャでも無理にゃ。アーニャは、勇者で、英雄で、神にゃ。神様のいう事は絶対にゃ」


「神何ていくらでもいるだろ、八百万のとか、心の中にとか、この世界なら本当にいるんだろうな」


「どうでもいいにゃ。アーニャ以外は認めないにゃ」


「わかった。この押し問答はいったんここで終わろうか」


 埒が明かない。

 リーダーを妄信しているチームは強い。

 信じる信じないでなく、結論ありきであるからこそぶれる事が無い。


 勝利の結末に向かってプロセスの構築をしているのだから無理もない。

 スミレの協力要請に俺がイエスと答えた時点で、結末が確定した。

 ならばうごきだすしかあるまい。


「ありがとう……ありがとう」


「まだ、何もしていない。これから全てが終わってから、それでも礼が言いたいなら聞くさ。報酬も何もいらない。俺にとって必要なことだから協力する……それだけだ」


「今から、私の全てはお兄さんのものなった。いらなければ、捨てればいい。これはけじめの問題。後からあたしがみんなを恨んだりしないって約束をあたし自身が護る。そのために必要なことだから……そうじゃないとやりきれないよ」


 一人の少女がこれから親族と命をかけるという。

 まして、それを他人に頼らなければならないといけないという。

 その心情は理解できるものではない。


 この世界いも法律はあるのから、それをとめることはできるだろう。

 しかし、心までは止められない。

 部屋数も広さも圧倒的なこの空間が息苦しさを覚えるまでに狭く感じてしまう。もう、すぐにでもこの場所から逃げ出しえt楽になりたい。

 その衝動に駆られながらも、代表者として接しないといけない。


 漫画の主人公なら、どうせ協力するのならば二つ返事でかっこよく任せておけというのだろう。

 だが、煮え切らない。

 やはり人ひとりの命を預かることに心が耐えられないんだ。


「わかった。すべては俺が引き受けた。ならば、最高の結末でおわらせてやるさ」


「というわけだから、安心してもいいんじゃないかな。これからは私達みんなスミレの味方だから」


「そういう事にゃ。アマトだけを信じればいいにゃ」


「そこは私達を信じてではないのかしら……。誰かを信じなければならない瞬間があることを鑑みれば間違ってはいないのだけど」


「まとまったところでそろそろ、あいつの居場所教えてくれないか?」


「あいつもあたしのことを探してる。でもあいつはあたしを感じ取るようなことは出来ない。それはお母さんがあいつにかけた呪いのせい。だから、あたしは一方的に有利でいられたから今までまともでいられた。でも、あいつがだんだんここに近づいてくるのを感じてからは夜も眠れなかった」


「俺たちのせいだな……。すまん。俺のせいだ」


「それは違う。お兄さんが連れてきてくれなかったら命がけであいつのところに行かなきゃいけなかった。本当にありがとう。あんまり急だったから準備も出来てなくて焦ってしまっただけなの」


「一人であそこに行くのは厳しいだろうな。ドラゴンに、得体のしれないモンスターに、俺たちでさえ危なかったんだ。いくらスミレが技術と能力両方持っていても数が数だ。捌きれないかもしれない」


「言いにくいから黙っておこうかもとおもったけど、モンスターと戦ったことないから。あいつがモンスターと戦った記憶があるから対処方は分かるつもりだけど、やったことはないから、それで強力なんて言ってだましたんだから……」


「気にするな。最初から戦力としては数に入れて無い。はじめに言っておくがなにも能力云々で戦力外ってことではないからな。初めて会った人間を戦力として数えてはいけないってことはこの世界に来てからしったんだ。未知の戦力に頼って死んだのでは遅いってことだ。それにスミレの場合は本人のポテンシャルとは別にバニティーと母親のポテンシャルを両方持ち合わせているんだ。見極めるのに時間を掛けておいても何も不思議ではないだろ?」


「それって、あいつを殺した後もあたしを捨てないでくれるってこと?」


「捨てるとか、生かすも殺すも思いのままなんて思ってはいない。勝手に死なれても目覚めが悪いだろ。すくなくとも元の生活に戻れるようにはするさ」


 自分で言ってその責任の重さに息を呑む。

 それは一同皆、同じだろう。

 ただ連れていくより、生活の保障の方が明らかにむずかしいのだから。


「今はこれだけは言わせてほしい。あたし個人の事はどうでもいいから」


「ああ」


 これ以上の言葉はいらない。

 そこは察してくれている。

 ならば、今日中に片を付ける事だけを考えるのみ。


「ここから北に6キロメートルのところにいるけど、すぐにいけそう?」


「流石にこの格好で行くわけにはいかないよな。着替えたばかりだが、みんな装備を整えてから行こう」


「「「了解」」」


 先程着替えて、装備を外したばかりだったが、再びいつもの装備に着替える。

 急いでいるからと言って、皆一様にその場で着替えを始めた事に呆れつつ慣れてしまった自分が嫌になる。

 せめて、ユイナにはべつの部屋で着替えることを期待していたのだが知ってか知らずか「向うを見ていて」とひとこといわれただけだった。

 着崩れる音が心地よいなどと思ってしまえばいよいよ変態ここに極まれりだ。


 流石にこの場で着替えを始めるのも億劫であったため、手ごろな部屋で着替えることにした。

 ああ無常。 

 このチャンスを活かせたなら、俺も、男として得られるものがあったかもしれない。


 

 体に馴染む、安心感をこの手に宿す。

 ルナだけは先程買ったワンピースに俺のコートを着たスタイルである。

 コートの強度があれば普段着へのダメージは最小限で済むと思うが、しっかりとした装備を整える必要がある。

 

「俺たちの準備は整った。では案内してもらおうか」


「行くにゃりよー」


「どうなっても誰のせいでもないからね」


「協力してくれて……信じてくれてありがとう」


「行きましょう」


 一同は顧みることなく部屋を出る。

 

 

 エレベーターの感覚も慣れてきた。

 元の世界では幾度となく使用してきた設備でも、異世界では全く違う趣がある。

 電気でも、からくりでもなく根源が魔力では似て非なるものと言っても何らおかしくはない。


 スミレは異世界の記憶として知識は会ったが、この乗り物にはなれてはいないらしい。

 それもそのはずで、背の高い建物すべてに導入されているわけではないからだ。

 実勢に触れる機会がなければ知らぬのもうなずける。


 幸いにも不都合は何もない。

 


 ターゲットの所在が分かっていて尚且つ、こちらの居場所はわからないなどと圧倒的に有利なポジションにいる。

 それでも、バニティーと行動を共にした俺達ならば不意を突いたくらいでは同人もならないことは理解している。

 だからと言って、不意打ちが成功したとしても俺の求める結末にはならない。


 禍根を残す結果は残したくはない。

 なんといっても、俺自身が納得していない。

 どういう目的があったかはわからないが、結果として俺達は命を救われている。


 スキルだとか、アビリティの効果で生還するという事象を引き寄せたとしてもだ。

 これを曲げても絶対にいけない。

 それは仲間たちからの信頼を失う事になる。


「話し合いをしろとは言わないが、バニティーの言い分は聞かせてもらう」


「わかった……。あたしも、ここでチャンスを無駄にする気はないもの」


 それでいい。


 

 首都は思いのほか広く、道が整備されていなければとてもではないが店をめぐることなど出来はしない。

 遮蔽物がこれだけ多ければ、モンスターが攻め込んできても乱戦は必至である。

 そこもうまく考えられているのだろう。


 万が一モンスターが侵入してきた時の対処がしやすいような町の構造になってることは誰の目にも明らかだ。

 ここまでと考えられている以上、指示した者も切れ者であるのは明白だ。

 どこの町もモンスター除けの仕組みこそあっても、街の中までは徹底した管理ができているとは思えなかった。


 ここでは、等間隔で溝が作られていたり堀が設けてあるなど生活にもメリットが見いだせる街づくりがされている。

 街中で自動車の類を見かけることも無いのもうなずける。

 人の行動を妨げる危険な設備の排除という基礎ができているのだ。


 簡単なようでこれがなかなか難しい。

 モンスターの出現に関わらず、災害にも強い街であるならば当然だ。

 

 


「これだけ人がいる中でさっきの話がうまくいくかはあやしいな。少なくともあの妙な技は使うなよ」


「わかってる」


「いざという時は逃げるってことでいいんだよね?」


「ああ。逃げられればの話だがな」


「あたしたちから向かって行くんだから、見逃すなんてことはしない……そういう奴なんだ。お兄さん達はあいつの上辺しか知らない。あいつが今までしてきたことを知ったら絶対に軽蔑する!!」


「人は見かけによらないって言うが……」


 どうしても、言動に一貫性が無いように見える。

 言ってることは、経験と記憶に裏付けされているはずなのだがどうにも腑に落ちない。

 バニティーは目的があって首都を目指していた。


 俺達の見立てでも、スミレのこれまでの情報でも一人でも首都に来れたはずにも関わらずそれをしなかった。

 なのに、今は追われる立場に身を置いているという。

 このまま流れに身を任せることは危険だ。

 



「バニティーが言っていたことは何一つ間違っていなかったのかもしれない……、だが、正しいことも言っていない。俺達は戦闘に関してはそこそこ数はこなしてきて、数日間ではあったが死闘というには十分だった。にもかかわらずこの体たらく」


 バニティーの本質を見極めることは愚か、その場限りの縁だと思って疑っていなかった。

 それが、まさかこんな状況になってしまうなど思いもしない。

 人ごみに仲間とはぐれないようにしながらも、藩士を続ける。


「あたしも、あの家から出られると思っていなかった……。話を聞く限りだと家から離れたところであいつと会ったみたいだし、森からは出なかった理由もわからない」


「バニティーならあの森も一人で簡単に抜けてこれたはずなのに、まるで僕たちを待ってたみたいだね」


 ルナの言葉がしっくりくる。

 恐らくあたりだ。

 簡単に思いつき、尚且つそれは今まで俺達の状況を読まれていたことからも容易に決定づけられるからだ。


 ならば、なぜ俺達の元から離れた。

 今の上京でさえも予測しているはずで、どこかでそれが周知されている。

 今は試されていると思っても仕方がない。



 師匠に初めて会った時と似ていた。

 どれだけ強大な力が有ろうと、無かろうと人間なんて死ぬときは何をしても死んでしまうものだ。

 ステータスで防御という項目があるにもかかわらず、草木で切り傷はできるし転べばすりむいてしまう。


 矛盾しているようで矛盾していないのは防御の意味に他ならない。

 防御とは読んで字のごとし、防ごうとする行為が故意であれ無意識であれ能動的であって初めて機能する。

 すなわち、普段の生活ではのステータス上の数値は何一つ機能していないということがわかる。


 師匠は元ゴブリンであったのだから肉体は人間とは違うのだから、更生されている分子も違うと言える。

 バニティーはドワーフである。

 その娘はドワーフにはならないという。


 ドワーフを人間の種族の一種として考えれば、その血の優位性が遺伝しないという言葉から、異世界にそれを導き出したと仮定すればおのずとわかる。

 異世界の血が狙いだったのは明白だということが。

 この世界では成しえないことを異世界に求めたのだろう。


 だが、それならばなぜこれほど複雑怪奇な展開になってしまったのだろう。

 答えは俺達と、二人の当事者だけでは収まらない。

 


 

「バニティーはスミレが生まれる前までできていた事なら、スミレもできるってことでいいのか?」


「たぶん。一度も作ったこともない武器でも記憶の通りに作ることができるみたい」


「まあ、人は生きてる以上ずっとそのままでいられるわけもない。腕も鈍るし調子によってはうまくいきもするだろう。スミレだって昔のままじゃないだろに?」


「あたしは武器を創るのも鍛えるのも嫌い……」


 スミレのいままで経験してきたことを鑑みれば理解出来る。

  

 

「気持ちはわからなくもない。今の俺も同じようなものだからな」


「私も同じかな……」


 俺はまだ、この世界に召喚されたことに納得していない。

 その気持ちはスミレも同じだろう。

 子供が親を選べないように、この世界に生まれる事を臨んでいない。


 もしもがあるのならば、そのまま母親の元板世界で生を受けていたならばこれほど何かを恨んだりはしなかったかもしれない。

 だがそれは、もう取り戻せないかこの話である。

 母親がいた世界が必ずしも彼女に優しかったとは言えないのだから。


「どんな結果になっても後悔はしない。だから、必ず最後まであたしについてきて。結果がどうなろうと、最後まで付き合ってくれるなら、後は死んでもいい」


「終わったら聞く……。本当にそれでいいのかってな。それでもというなら……殺してやる……」


 彼女はただただ頷くのだった。



 物騒な話をしているというのに、誰も足を止めて聞き入るようなことはしない。 

 この世界では命のやり取りはさほど珍しくもない。

 しかし、ここは安全な場所ではないのだろうか。


 それとも単に危機感というものが欠落しているというのか。

 安全な場所などどこにもないからこそ、誰かがたわむれに何かをいったとしてもそれで何かが変わるなど思いもしない。

 気のせいか、次第に人工の密度が増している気がする。


 無論首都の中心に向かっているのだから、それもわかる。

 だが、日が昇っているこの時間帯に人が溢れていることは気になる。

 本来なら、通勤時間帯こそ道は混むものであるがこの世界ゆえか常に人であふれている。


 深夜でこの埋め尽くさんとする人だかりが皆無となるのだから驚きもする、

 道幅は一律で変化の様子もない。

 非常によく整備されているのだ。


 それも、東西南北が正確に引かれている。

 居間から運命が大きく左右される場面へと移り変わろうとしているというのに、この国の統治者がどのような人間かが気になってしまう。

 元の世界の自分の利権に塗れた統治者と考え方がまるで違う事が、人、物、建物あらゆるところから感じ取れてしまう。


 世界が違えばここまで変わるものなのだろうか。




 辺りの種族の多種多様なこと目を奪われる。

 今までの町でもいろいろな人がいたが、ここは何といっても母数が違う。

 俺達の編成も運がいいのか悪いのか皆違っている。


 この世界では種族や容姿で差別するようなことはないのだという。

 平等で有るが故に個人の能力による優劣は目立つ。

 そのために俺達が珍しがられることもあまりないのはよいことだと言えるが。

 



「いつもこんなに混んでいるものなのか?」


「平日はいつもこんな感じ。仕事が休みになると外を出歩く人はほとんどいなくなる」


「業種によって休みの日は違っていないのか? 皆同じ日に休みになれば食事に困る人も出そうだが」


「国軍人でもないかぎりはみんな同じ日が休みだけど。ん? 不思議なことをきくんだ」


「タイミングの問題はあるかもしれないが、今までの村も、町も毎日休んでる様子もなかったが。そういえば宿はどうなんだ、休みの日は……」


 言いかけて気がつく。

 必要十分条件を満たす答えは、今までの対応と合点がいく。

 それは、


「国の管轄だから、働いているのも国から直属の役人。この国は税金で働く人間は給金こそ高額だけど、国民が住みやすいように配慮されている」


「なるほどな。通りで国民の国への不満が聞こえないわけだ」


 税金で働いている以上、国民第一主義を貫いている。

 だからこそ、国民は税金を支払う事も休みの日を一斉にとることにも問題がおきない。

 元の世界とは全く逆である。



「それでも、みんながみんな幸せとは言えない」


「父親の事があったからってわけ……ではなさそうだな」


「才能が無ければ種族も性別も平等にここでは生きていけない。弱者には厳しい国……。だからこそ、あたしの血からはこの国では目立ちすぎる」


 この国に入ってからというもの、常に監視されている視線に嫌気がさしていた。

 それは、スミレも同じだったのだ。

 初め出会った時から、あれだけ大事になったというのに騒ぎ立てる様子もなかったのは同じ理由で間違いない。


 俺達だけが監視対象だとばかり思っていたが、何らかの力があるものは干渉こそされなくても常に見張られている。

 それは国力を失わない為であろう。

 そして、持たざる者は国によって何らかの対応がなされるのだろう。


 それが必ずしも当事者の為になるとは限らない。

 良くも悪くも、この国は個人に干渉する。



 今も俺達でなければ気がつかなかったであろう、気配を消し去った隠密が遠目から行く末を見ている。

 唯一気配を遮断することができたのは宿だけであった。

 理屈は簡単で、森の中の同じだ。


 あと一つ当てはめれば完成するパズルと同じで、宿だけが目視できないというおんであれば確実にそこにいるのだ。

 出入りだけに気を付けていればいい。

 裏を返せば、俺達が表立って何をしているかだけ把握できればそれで良いという事が言える。


 故に俺達に対する優遇措置は変えるつもりもないし、干渉が過ぎないように気を付けもする。

 街を行きかうものの中にも危険が無いわけではない。

 この問題が片付けばやらなければならないことがある。


 それにはルナの言葉が気になって仕方がない。

 


 そうこうしているうちに、すでに索敵範囲内にとらえていた。

 こちらが気がついたという事は相手だって条件は同じとみておいたほうが良い。

 仮に、バニティーが俺達に気がつかなかったとしてもそれだけですむ。


 しかし、計算に入れていない場合に先手を打たれたのでは話し合いもあった物ではない。

 いつだって、どんな時だって二手三手先を考えておくことは当たり前であり勝ちに行くのであれば数百手先だって読み勝たなければならない。

 だが、今目的としているのは勝つことではない。


 負ける事が無いようにするだけである。

 できれば、無駄な血を流させるわけにもいかない。

 とめられるか。

 

 もう運命の選択まで時間はない。





 まっすぐ北へと向って歩いていたが、どうやらバニティーはこの先の十字路を東へ曲がってすぐの建物にいるようだ。

 幾分人が疎らになったように感じてはいるが、それでも大通りと左程道幅が変わらないこともあって何か騒ぎが起きれば大騒ぎになるのは容易に予想できる。

 それでも、覚悟を決めていくしかない。


 バニティーの気配はこのひときわ大きい5階建ての建物から感じられる。

 外観の手入れが行き届いていない風貌から凡そ数年間人の出入りはなかったものと思われる。

 それでも、元の世界にはない清潔感がある。


「覚悟はできたか? いや……」


「……」


 幾度となく、引き返すように促してきた言葉はここにきた時点で蛇足。

 スミレは俺に言葉を返すこともなく頷きドアノブに手をかける。

 本来であれば開くことのない扉なのだが、何も遮るものはなかった。




 テーブルの類もなく広々とした空間がそこにあった。

 厨房があったと思われる空間も全て片づけられている為、ここが飲食店であったことの手掛かりとなるのは換気扇などの備え付けれられて取り外すことができないもののみだった。

 誇りも足跡ができる程でもなく、定期的にていれをされていることが分かる。


 その為か、空気の悪さはかんじられない。

 そして、入り口から離れたところに人影が見えた。

 何もないとは言っても、フロアの広さは柱が無ければ支えられないほど広い。


 入り口からはちょうど柱の死角になる位置にバニティーはいた。

 まるで俺達がここに来ることがわかっていたかのように。

 俺達からすれば、数時間ぶりに顔を合わせたに過ぎないがスミレにとっては5年ぶりの再会となる。


 


 外は人通りのが多いというのに人の話し声は愚か、足音すら聞こえない。

 それだけしっかりした建物であると言えるが、それにしても無音というのはありえない。

 それを可能とするのは、森の立派な住居と同じ仕組みの彫刻である。


 それは一種の結界であって、ここが外界から隔離された空間であることを意味する。

 辺りに彫り込まれた模様ははつい今しがた掘られたものではない。

 恐らく建てられてすぐか、建造中か、間違いなく設計段階から決定していたに違いない、


「必ず来ると思ってたが。お前たちさ、来るかどうかはスミレ次第だが……アマト…………なら来ると思っていたが」


 言葉は選んでいるようだが、結論ありきであることは窺い知れる。

 

 



「やっぱり……あたしは冷静でいるなんてできないッ!!」


 今まさに飛び掛かろうとするスミレを俺は羽交い絞めにしていた。

 寧ろ、バニティーの声を聞くまで動き出さなかったことの方が驚愕のポイントだとさえ言える。

 本人にはとても言うことは出来ないが、建物に入った瞬間に暴走するとさえ思っていたんだ。


 いまこうして、抵抗はするものの俺の手中にあるのだから最善の結果であったと言いたい。

 証明が元レストランは等間隔で並ぶ窓をカーテンが塞いでいることもあって、薄暗く日中の最も明るい時間帯でなければ内装の輪郭を認識することすら難しかっただろう。

 カーテンも厚手ではなく白く薄い仕様であったことも俺達には好都合であった。


 心理戦というのは、相手の行動もとい表情を読むことが重要とされている。

 目の動きや手の動きなどは、何も命の取り合いをしている時でなくともそれに匹敵する結果を招くものだ。

 スミレにとって俺達はネゴシエイターでなければならない。

 

 そして、それはバニティーにとっても最も公平な立場であることを示しておきたい。

 



「言いたいことがあるなら手短に頼む。いつ腕を引きちぎられるかわからんからなっ!!」


「結界を強化します!!」


「ミャーも手伝うにゃ」


「理由があるんでしょ? 今更なんで話してくれなかったのかなんて言わないけど、こんなことになるなら話してくれていたほうが良かったんじゃないかな」


「早く話して楽になれば?」

 

 ディアナが強固な結界を張ったことで俺達がスミレを万が一行かせたとしても、結界と突破するまでの時間稼ぎにはなる。

 それでも、数秒持つかどうかわかりはしない。

 力づくで壊せるか定かではないものの、やってやれないことなんてない。


 それは理解できる。

 俺ならできる。

 できると思えばこそ、それは実現する。




「スミレ……オラを殺せ」


「言われなくてもそのつもり!! 声も聴きたくなかった!!」


「ったく!! 待て待て!! バニティー、お前も理由も言わずに勝手なことを言ってるんじゃない。スミレ!? それでいいのかよ。最初から最後まで思い通りにさせられて納得できるってのか? 違うだろ!? ここで、殺したら目的が果たせるなんて思うなよ。結局最初から最後までひかれたレールに乗っかってきただけで、母親が何のために死ぬことになったかもわからないままになるんだ。それでいいのかよ! だからさ……」


 俺はスミレを押さえつけている為に、手を挙げることは出来ない。

 そんな彼女にユイナはびんたなどと生易しい選択をしなかった。

 頬に力いっぱい振りかぶった拳を叩き込んでいた。


 


 殺風景な元レストランに鈍い音が響き渡る。

 重たい音も遮るものが裂ければ隅々まで聞こえる。

 それはバニティーにも聞こえたのだろう。


 僅かに表情が曇ったのが薄暗さにも慣れてきた俺にはわかる。

 結界はあくまでも一定の空間に張っているものと、バニティーとの物理的接触を避けるための二つだけである。

 そこに空気の振動までは含まれていない。

 

 空気を遮断するという事は、それは真空状態であることを意味する。

 完全な真空でなくとも空間を何らかの形で別つ必要がある。

 今までに戦闘で結界を貫通したことはあった。

 

 攻撃手段として空気を使ってきた場合ならばまだしも、今回はそうではない。

 スミレは茫然として、一瞬意識が跳んでしまったかのように呆けていた。

 あの一撃は耐性の類を糸も容易く貫通して見せてくれる。


 それは痛みを感じなければ得られない事を、知ることで成しえると言っても過言ではない。

 即ち痛覚を遮断してしまってはそれは人ではない事への、一つの答えである。

 この瞬間、スミレが受け入れなければすでにこの時点で死んでいたのだ。


 人として。



 一同が沈黙する。

 このまま、どれだけ優れた人間だろうと想定の範囲外の出来事が起こった後というのは思考が乱れる。

 その時間が短いか長いかの違いはあれど例外はないという。


 生きていて尚且つ思考しているのだから、その物事について捨て置くことができない。

 しかしながら、今のスミレはこの限りではなかった。

 殴られたことへの原因の追及などしていない。


 咄嗟に頭をよぎったのは目的を盲目的に熟そうとしていた事への恐怖心であった。

 人である以上人を恨むこともあるだろう。

 だが、年月が経つたびにそれは強くなることもあれば、はたまた薄れゆくこともある。


 それが今では我を失うほど、一種の自我の喪失を招くほどまでに至っていた。

 気づくことができたのは偶然助けを求めたからなのか。

 それとも、ここまで全ての事がバニティーの思惑なのだろうか。


 わからない。

 今はアマトの胸の中でぐったりとしている。

 人のぬくもりを感じたのは何年ぶりの事だろうか。


 母を失い、父には見限られたと思っていた。

 だが、理由はわからないがバニティーは一人の人間として自分の事を見ている。

 そして、このタイミングで介入している者がいる。



 

「話して」


「アマト、スミレを任せる……が」


 誰も予想はしていなかった。

 正確には仕組んだ者が介入してくるものだと思っていた。

 しかし、そこに現れたのは暗黒の騎士であった。


 バニティーの首と胴体が別たれた事に誰一人気がつくものはいなかった。

 一瞬にして黒い炎に包まれたかのように見えたが最後、そこには一つ残らなかった。

 それでも、バニティーがスミレの記憶を呼び覚ますことができたのは俺達よりも一つ上の次元にいたからであった。


 しかし。

 それでも。

 暗黒の騎士に抗うすべはなかった。


「バニティーーーーーー!!」


「大罪は全て消す」




 結界によって外界から隔たれていたはずにもかかわらず、易々と侵入を許しあまつさえバニティーは殺された。

 大罪は消すと言った。

 バニティーがその一人だとすれば、後7人いるという事なのかはたまたもうすでに消し去られた後なのか。

 

「今の俺達では……」


「ユイナ、アマトを殺せ」


 くぐもっていてよく聞き取れなかったが、ユイナに俺を殺せと言ったように聞こえた。

 すると漆黒の鎧騎士は蜃気楼のようにゆらゆらと徐々に消えていく。

 空間魔法と幻影術を掛け合わせた魔法である事が見て取れた。


 そこに残されたのは目的を失った者達だった。



 もう何度味わっただろう。

 終わってしまえば空しい。

 何もない。


 虚無。

 バニティーが何者かもわからず、真意も聞けず失って思ったことは悲しみ。

 俺はバニティーの死を前に何者であるかなんてことは考えもせず、叫んでいた。


 結局、どれだけ極悪非道な人間であったとしてもそれを決めるのは接してきた人間である。

 その答えは俺は知らない。

 しかし、しっていた。


 否、思い出した者がいた。

 今でこそ、状況を呑みこむことができていないが全ての記憶を思い出してしまった。

 彼女は今、後悔している。


 ここへ来なければ父が死ぬことはなかった。

 バニティーがやったことは間違っていたのだろうか。

 正しさとは何だろう。


「とりあえず、宿へ戻るぞ。とてもではないが、このまま街を歩く気にはなれない……情けないな」


「アマト……。殺す……。なぜ?」


 ユイナは今はどこかへ消えた黒騎士の真意を感じていた。

 それでもなお理解が出来ない。

 涙が頬を伝う。


「ユイナ? 大丈夫か」


「これが答えなの……」


「ユーニャ?」


 

 

 

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