第42話「異世界10日目 第一の目的地……首都」
紹介された宿は五か所だが、どれも国からお墨付きをもらっているという事も有り外観を眺めているだけでも臆してしまう。
どれも立地も良く優遇されている印象を受ける。
俺達の素性も割れているのだから疑う余地はないのは言うまでもない。
つけられているのはわかっている。
護衛という名の監視だろう。
こちらに何かしてくる気配はない。
無論、敵意は感じられないのだがこうも人数が多いと落ち着かない。
「わかってはいたが、プライバシーも何もあったものではないな」
余計なトラブルを避けるためにも結界は解いている。
それも致し方が無い事である。
無論、やってやれないことはない。
しかし、後ほどつまらないところで足を掬われかねない。
ならば最初から最後まで敵意などないのだから、好きなように振る舞っておく方が無難である。
少なくとも、まだこの国そのものを敵に回すつもりはないのだからおとなしくして億以上の事など無い。
この時間では営業している店はないが、ある程度どのような店なのかはわかる。
中でも貿易に関わる店ならばなおさらだ。
陸続きに別の国と隣接しているというのならばなおさら重要なところである。
幸いにも、手元にはこの国で自由に使える金銭を所持している。
両替が必要ないことも手間がいらなくて助かる。
無用にぼったくられるのも食に障るもで、リスクが無いことがこの上なく嬉しい。
ならば次の目的も探りやすい。
流れてくるが異界の紙幣を元に次の国を目指せばいい。
この国も狭くはない。
あくまで目的の一つなのだが、何もないよりはいいだろうって。
「全部のホテルを見たいっていうのはわかるけど、まだ一つしか見てないのにだんだん空が明るくなってきてるよ。私はアマトの好きなようにしたらいいと思うけどね」
ユイナが満面の笑顔を向けてくる。
東から昇ってくる橙色の明かりがまるで内面を照らしているかのようだ。
即ち。次でやめておけという事を意味している。
地図上では大通りに面している事からもどの宿でも遜色ないのは予想がつく。
それでも初日だからこそ吟味しておきたいという思いがあった。
だが、首都は創造していたよりもはるかに広い。
正確には壁に囲まれている範囲に限定してもなお広いということだ。
門から出てしまえばそこは最早首都ではないなどという事はない。
あくまでも、壁の中はモンスターから守られる最低限度の生活が保障された敷地に他ならない。
結局のところ辺りは明るくなり、先程までの静けさが嘘のように賑わいを見せてようやく次の宿に辿り着いた。
外観は南門近くの宿より立派に見えた。
歴史こそ感じられるものの造りが精巧で、どちらかというと近代的で不釣り合い。
それは誰しもが思っていたことなのだろう。
皆その奇抜なコンクリート製の建物を見詰めていた。
その中で一人、蔑むような視線を向けたものがいた。
目的地を同じくした者。
バニティーとは首都まで同行する約束であった。
具体的にどこが終着点か決めてなくともわかりきっていた。
それは皆同じだからこそ、それを口にはしない。
今は促されるまま受付に向かう。
綺麗なロビーにはチェックアウトをした客がくつろいでいる。
装いこそばらばらだが、一様に身なりが綺麗で高貴な人間であるのは雰囲気でわかる。
「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました。当宿へは初めてお越しですか?」
「そうだ」
「身分証はございますか?」
門で地図と一緒に渡された記録カードを渡す。
「ありがとうございます。お部屋はどういたしましょうか? お客様お一人に一部屋お泊りしていただけます」
「それで頼……」
「一緒で良いにゃ」
「別々で頼……」
「一緒で良いにゃ!!」
頑なに譲ろうとしないスペラが俺の腰にしがみついて離さない。
「では……5部屋……」
周囲の視線が痛いと感じるのは、気のせいではない。
それに相まって脛が痛い。
この瞬間、ユイナは笑っていないのだ。
人間疲れが出れば出る程、普段通りとはいかなくなってくるものである。
最早この押し問答に付き合うのも疲れたといった具合であり。次の瞬間には痛いくらいでは済まない事態になっているのはこれからの応え次第だろう。
つまるところどう転んでも収拾がつかない。
「近くに鍛冶場はあるが?」
「短期滞在者様に自由にお使い頂ける簡易な設備をご用意しております。どうぞご利用くださいませ」
「使わせてもらうが。おらは別に部屋をとるが。お前らはまとめて泊まるがいいが」
「それで頼む」
部屋の広さ、ベッドの台数など事細かく聞かれたがそのあたりはユイナを中心に女性人の決定に従うことにした。
こういう時に決めることができないところが優柔不断だと言われる所以なのだが、その中心が自分だと知っているのだから知らぬ存ぜぬで貫くほかあるまい。
実際のところ、他人にゆだねてしまう方が生きやすいのだ。
そこには責任が無いようで、委ねた責任は確かにあるのだが追及されることはないのだから。
一時とはいえ重荷から解放されなければ休まる時はない。
宿は10階建てエレベーターまで備え付けられている。
仕組みは中世のからくり仕掛けではなく、魔力を使って床が単純に上下する形のシンプルなものだ。
簡素な物の方が故障しにくく故障した場合の対処も容易である。
しかし、二畳分の分厚い石床を宙に浮かせるの為の魔力は決して少なくはない。
それも備蓄された魔力を消費することで魔力を持たないものでも利用することができるのだから、この仕組みを発明した者は頭が切れるのだろう。
俺達が泊まる事となったのは最上階であったが、全員で乗って一瞬で到着してしまう。
ただ一つ気を付けるように言われたことがあった。
壁に触れないことだ。
高速で移動する床と壁に接点が無い以上、触れれば怪我では済まない。
この辺りは簡易的であるが故の問題点であるが、箱型にすればそれだけ余計な魔力を使用するのだから合理的ともいえる。
いつの時代も使い方を間違えれば、足元の小石一つとて凶器と成る様に触れれば消し飛ぶほど危険な動く床も最高の移動手段となりうる。
要は使いようだ。
最上階は特別綺麗な装いで専ら貴族専用の当別フロアになっているようだ。
このような特別待遇を受ける心当たりはないのだが、どうやら俺達を監視している者達の根回しがあったのだと気づく。
監視対象に好きに動かれるよりも掌の上で踊っていてもらった方が都合がいいのは理解できる。
何よりも、最早隠すつもりなどないという事が重要であり最大のポイントである。
だれの指示なのかだけでもはっきりとさせておきたいところではあるが、こちらから行くわけにもいくまい。
せいぜい、受付のやり取りを全てなかったことにするフロア貸し切り状態の今を満喫するまでだ。
エレベータを降りたら、扉は二つだけ。
廊下の端には階段があるはずだが、扉によって閉ざされている。
廊下には窓はなく別段の理由が無ければこのフロアに上がってくる必要性は皆無である。
すなわち、部外者が間違って侵入することはない。
エレベーターに関しては受付で一時的に階層ごとの登録を済ませたものでなければ使用することは出来ないし。
無論、最上階ともなれば通過することを理由に万が一の侵入はあり得ない。
「今夜には仕上げるが。明日まで待つが」
「急ぐ必要はないと言いたいところではあるが、それはお互いさまか……」
バニティーがこのフロアに来れたという事は相部屋なのだが、それは形だけであるのは誰の目にも明らかであった。
受付で、鍛冶について説明を受けたときからそれは決っていた。
設備が無ければそもそも宿に来ることもなかっただろう。
「心配には及ばないが」
「短い間だったがその腕を疑ったことはない。明日が楽しみだ……」
「……」
そこに言葉はいらない。
一目見たときからこの芸術家の腕に魅せられていた。
武器に至っては刃こぼれ一つしないのだから、匠の技というものは魅了されて止まないのが世の常である。
量産品が溢れていた世界では感じえないものの一つである。
それを理解できたのはこのドワーフのおかげであり、人生観を変えるきっかけであった。
出会いは良くも悪くも人を変える。
バニティーはエレベーターから降りることなくそのまま下層に降りていく。
鍛冶場は一階のフロアの突き当りに渡り廊下を通って裏手側にある。
恐らくもうこのフロアに上がってくることはないだろう。
彼を見送った俺達は豪華な扉を開く。
そこは今までで最も広く雅な空間だった。
絨毯も恐らく手織りなのだろう、とても手の込んだ返しが施されている。
予想はしていたとはいえ、このリビングルームが一部屋だけ割り当てられたわけではない。
ベッドルームが5部屋、マスタールーム、ゲストルーム、ドレッシングルーム、セキュリティルーム、バスルーム、キッチンとこれだけ揃っている。
それにもかかわらず、何故か一つのベッドに横になっている、
「もうどうにでもなれ……ってわけにはいくかよ」
このパーティーを越える部屋数があるというのに、誰からともなくこの形に収まっている。
俺は一人シングルベッドの一番小さい部屋へ行こうとしたんだ。
それにもかかわらず、寄ってたかって誰一人として止めるでもなく、寧ろ率先して俺を腕ずくでマスタールームへ連れてくるとベッドに放り投げたのだ。
確かにキングサイズともなればそれ相応のサイズにもなるのだが、そもそも5人で横になることなど想定していないはずだ。
大人二人でぶつかることなく眠れるサイズのベッドに、全員なんて無理だと言いたい。
しかし、悲しいかな。
何とかなってしまう。
ならば、最早語るまい。
余計な問題に部位あたる前に寝むってしまえばいい。
「まさか、そのまま寝るつもりじゃないよね?」
「だよな……」
『今夜は寝かさないぞ♡』という意味ではないのは言わずもながな。
この状況から逃げる事は許さない。
寝る前にはしっかり身支度を整えろという事。
まあ、それだけではないのはわかっている。
何はともあれ、皆が皆ベッドで横になっているのだから。
何よりも驚いたのはしれっとディアナもそれに交じっているところである。
何か深い意味があってのことだと決めつけるのは筋違いもいいところなのだが、一筋の期待もあるのやもしれないと思っても不思議ではないだろう。
好かれて悪い気はしないし、人として尊敬しているのだからこの状況悪い気はない。
それよりも、なぜバスルームに行く俺を皆でついてくる。
「おいおい。俺は風呂に行くんだ……がッ?」
スペラは腰に飛びつき身体を完全に預けてきた。
その瞳に、『知ってるにゃ』と書いてある。
……ように見える。
否、違いない。
疲れ果てて投げやりになることをいいことに調子に乗らせてしまっている。
ならば、この辺で仮にもリーダーなのだから威厳があってもいいのではないだろうか。
舐められて苦汁をすすり続ける人生なんてあってたまるわけがない。
「いい加減に離れろよ!!」
スペラを引っぺがすと遠心力を存分に利用して広々とした部屋の隅まで投げ飛ばす。
ぶつかって伸びている隙にバスルームへ逃げる手はずだったが、まさかの事態意表を突かれた。
ルナがユイナに手を掴まれたのだ。
「ちょっ!!」
頬を染め目を逸らす彼女は何かを思い出して、咄嗟に手を伸ばしたようだ。
内容なんてものは、理に聡くとも蒙くとも一つしかないだろう。
思わず俺も目を逸らしてしまった。
それが命取りとなった。
その間は、文字に起こすことができないほど短い刻だった。
壁を鋭く蹴り上げて跳ね返ってくる猫モドキにヘッドロックをお見舞いされてしまうまで、まるで時間を跳躍してきたのではないかと錯覚すらしてしまう。
それほどまでに心臓は飛び出し、異次元の最中置き去り中だった。
幸いにも俺の表情はスペラに隠されていたのだから誰にも見られていないと信じたい。
恥ずかしさに耐性ができてしまえば、世の中生きやすくなるなんてことはありはしない……はずだ。
流されるままというわけにもいかず、このまま動くことは出来ない。
今までの人生で培ってきた倫理観というものは、消えはしない。
別世界にきたから、理性を無くした獣のように振る舞えるかと言われればそうではない。
それをしてしまったら人ではない。
それを恰も人間の文化などと言っていた人間も過去にはいたらしいが、結局のところ理性が欠如した者の拙い言い訳であった。
知性はどこかにおいて来てしまったのだろう。
本能のまま生きるというのは楽しい事この上ないはず。
それは十分に理解している。
それでも人間をやめるにはまだ、俺は若すぎると思った。
結論から言う。
俺は一人で湯船に浸かっている。
バスルームはだだっ広く、バスタブが小さく感じる。
それでも俺にとって多く感じるのは、格を問わずできる限り種族に対応する為だろう。
大人数が一度に使う為ではない。
それは一目でわかった。
この安らぎの日々が続けばいいと切に願う。
だというのに、まったくもって思い通りにはいかない。
俺でなかったら絶対に気づかない自信があると前置きをしておく。
足音を立てることなくそれはやって来る。
執念の末に体得したスキルだと言えば、聞こえは良いが単なる覗きを越えた何者かに他ならない。
そして、聖域を犯したらどうなるかわからない者でもない。
「逃がさないにゃ……」
「公平だとか、そんな事を言うつもりはないが……。もう好きにしてくれ………」
俺は背後から腕を回してきたスペラに言ったのではない。
「ユイナなら止めてくれると思ってたんだけど?」
「スペラが行かなければ止めてた……かな」
「どういう意味だ」
「そんなにせめたらかわいそうだよ。そういうボクだってこんなに面白いゲームを見ているだけなんて、そんなことないけどね」
「私はルナを見張る為にきたので、他意はありませんよ」
「追及したら負けのパターンだな……」
皆、用意されていたタオル一枚持ってきているがそれが今この瞬間に役目をはたしていないことなど見ればわかる。
だから、見ない。
見たい気持ちが無いと言えば嘘になるが、肯定もしたくはない。
見えてしまう分には仕方がないと割り切れるものでもない。
良くも悪くも、記憶力というものが良くなっている。
一目見た物がまるで、超高級スローモーションカメラで撮ったかのように頭に記憶される。
いつでも、今日のこの場面を思い出すことも……。
それをするかしないかは別問題だ。
今は、ただ耐えるのみ。
己の欲望に。
それにしても流石にこの部屋も5人もいれば狭く感じてしまう。
それもそのはずで。もともと大浴場でもないのだから一度に入ることなど想定しているはずがない。
種族に関わらず使用できるようにと配慮されたところで、数の暴力には勝てなかったのだ。
そもそもなぜこうなってしまったのか考えても答えが出せない。
皆、何かしら思うところはあるのだろうが心を読むことも出来ないのだから、考えたところで何もない。
早く出ようとしても出入り口は塞がれてしまっている。
逃げ場はない。
開き直ることもプライドが許さない。
一時の幸福にこの先の未来を諦めるのもどうかと思う。
助け舟を出してくれるポジションはいない。
バニティーもここにはいない。
こうなったら、気にしていても仕方がない。
どうにもこうにもならなくなった時に改めて考えればいい。
明日も明後日も、この日常が続いて行くというのならば何もこの瞬間が特別ではない。
割り切ることができればそれでいい。
毎日こうでは困るのだがそれは言うまい。
「いくら広いとは言っても、全員で入るのはないだろ。順番に入れ替われば窮屈せずに休むこともできると思うが……」
「順番が決まらなかったからこうなったんだけどね。ボクは面白ければ、どうなってもいいし」
「まあ、鼻からこうなる予感はしてたんだ。スペラなんて、真っ先に飛び込んできたからな。いつもの事とはいえそろそろどうにかしてほしいんだけどな」
「どうにもならないにゃ」
「スペラ~、ちょっとこっち来てくれないかな」
スペラはユイナに引っぺがされると用意されていたシャンプーで真っ白泡泡にされて、猫耳と尻尾の生えた泡だるまにされる。
その過程を細部まで目の当たりにしてしまう。
ユイナのおかげで自由にはなったものの、言い訳の為様もない程辺りが良く見えるようになってしまった。
熱い湯が張ってあるるというのに、湯気が良くも悪くも湯気が一瞬にして晴れる。
空気の流れは部屋の隅にいくつか開いている穴によるものだ。
綺麗な風の循環を常にさせることで悪い空気がこもらないように喚起されている。
空気と言ってもそこにはあらゆるものが集まり構成されている。
害悪となる汚染られた有毒な空気でさえ、薄まればその効果は軽減される。
無論、僅かな毒素で死に至る可能性はある。
しかし、リスクが減るのは確かである。
清潔に保つためにもこのシステムは画期的だ。
首都の建物が全てこのようになっているかはわからないが、ここにきて初めて目の当たりにした。
そのおかげで本来見えてはいけないものが見えてしまっているわけなのだが。
「アマトが何考えてるか、当ててあげようか?」
「悪かった。謝る……ごめんなさい」
「見られて減るもんじゃないからいいけど」
「ん!?」
「ここは許すところじゃないかな」
(なんだ!? これは新しい技だ……名付けて『魂刈断((スピラプター))』)
一瞬目の前が真っ暗になった。
それにしても、入浴中の無防備な時に必殺の一撃をくれるなと言いたい。
寄ってたかって身体を支えられているこの現状もシュールである。
ユイナの新たな技は肉体に一切ダメージを与えることなく精神を攻撃できる。
それも、魂を刈り取るというなんとも言えない凶悪なものであった。
これで万が一のことがあったならと思う一方で、俺の魂が見えたというのか。
肉眼で見えたとなれば恐怖を具現化する為に武器がいらなくなる。
命あるものならば防御不可能な最強の一撃となるやも知れない。
いいことばかりどは思えないが。
「ユーニャ……。やりすぎにゃ」
「アマトはやりすぎだと思うのかな?」
「アマトさんに振るのは酷ではないかしら」
「ボクはありだと思うなぁ。面白いし」
ユイナの得たものは大きい。
俺の失ったものは、尊厳というなのちっぽけなプライドに他ならない。
それでも納得がいくかと言えば嘘になる。
「そんなことよりも、今日はミャーが綺麗にしてあげるにゃ。さあ、覚悟するにゃ!」
スペラが全身泡だらけのまま俺の身体にしがみつく。
そこからびりびりと電流が全身を駆け巡る。
細かい振動は泡の量を倍倍と膨れ上がらせる。
何とも言えない刺激に先程受けた恐怖も消えてなくなる。
風呂から上がるとバスローブに着替えてベッドに横になる。
結局、一つのベッドに全員で寝ることになる。
それがわかっているからこそ、最早さわぐこともしない。
一人真っ先に部屋へと戻ってきたのは、先に深い眠りに落ちてしまいたかったからだ。
案の定全員バスローブ姿でマスタールームにやってきた。
この光景はどうも落ち着かない。
ルナに限ってはそもそもまともな服を用意していなかった為、寧ろ今の状態の方が自然に見えてしまう。
明日は買い物をしようと決める。
誰もなにかを欲しがるようなことが無いから、気にもしなかったが何か思うところはあるはずだ。
ふかふかのベッドに意識が遠くなっていく。
明日の事は明日考えればいい。
それなのに、皆元気が有り余ってるようだ。
「アーニャが寝たふりしてるにゃー」
「寝たふりではなく寝てるんだ」
「寝てたらしゃべらないのにゃ。にゃははは」
「せっかくこんなに立派な部屋に泊まれるんだから、満喫したらいいのに。その方が楽しいと思わない?」
ルナはいつも前向きで、見習うところではあるのだがやはりうまくはいかない。
感性は人それぞれなのだから、違っていたとしても何も不思議ではない。
だからこそ、誰一人としてふさぎ込んでいないことは幸いである。
「確かにそうだな……。それなら、明日の話でもしようか。ルナは福は買わないおいけないよな。他にほしいものはあるか?」
「アマトの外套があればそれでいいけど」
「服もいらないと申しますか……。まあ、金で買えるものが全てではないしな」
「可愛い小物がほしいけど、荷物になると困るし過酷な旅には耐えられないかな」
「意外と、買い物をするのも難しいな。そう考えると、俺達の装備はこの度になくてはならない必需品ってことか……。買い物……どうするよ」
「情報を集めることが主なのですから、それほど深く考えなくてもいいのではないかしら。良い物が見つかったら決めれば良いわけですし」
「ミャーはアーニャのおさがりでいいにゃ」
「何もやらないけどな」
「みゃみゃみゃ」
「ダーリンは知っているかわからないけど、何もお金で買えるのはものだけじゃないんだよ」
「……」
わかっている。
俺のいた世界、銃も、剣も売買されていなかったがペットという名の命の売買はされていた。
食用ではなく人間側のみの意思によって扱われていた。
法律上もものとしてあつかわれていた。
それがこの世界でもあるというのは理解していた。
しかし、ペットを連れて旅をするというのも些か腑に落ちない。
そんな余裕もないのだが、ルナは俺が癒しでも求めているように見えたのだろうか。
いずれ、移動手段に馬の一頭でもいてくれればとは思うが、敢えて言うのだから気まぐれで言ったわけではないだろう。
「ミャーは食べ物がいいにゃ……」
「アマトはほしいものはないの?」
「俺は……。そうだな、必要なものはだいたい揃ってるとこれと言ってないものだな。強いていうならば本の類が欲しいくらいか……」
「本?」
「アビリティでどうにでもなるとは言ってもな、やはり活字が恋しくてな。物語の類なら願ったりなんだが……あるかな」
「私も一緒に探すよ」
「ミャーも探してあげるにゃ」
「本も面白そうだね、魔導書探しなんてのも面白いんじゃないかな。アビリティにスキルとなんでもできるダーリンでも、何もないところから作り出すよりアイデアくらいあったほうがいいんじゃない」
「魔導書に触れるのはいいですね。私も協力しますよ」
「助かる」
この後も他愛無い談笑を楽しみつつ床に就いた。
「苦しい……」
弾力のあるそれは確かに俺の顔を塞いでいた。
スペラならばベッドから放り投げていたところだが、彼女にはどうもそういう事ができる気がしない。
寝顔を無邪気な少女そのものだというのに。
しかしながら一種の節目である10日目を美少女の胸の中で迎えるのも悪くはない。
この状況を堪能していたいのはもちろんのことなのだが、何分息が持たない。
このままでは戦う前に味方に殺されてしまう。
幸せな顔で死ねるなんて本望ではないだろうか。
答えはもちろんNOである。
確かに辛いことは山ほどあるが、今日この瞬間のような出来事はこの先幾千とあるのだ。
ならば、ここでは死ねない。
「アマト……。おはよう」
「おはよう」
「大丈夫、安心して」
安心はできない。
理不尽だと思う。
それでも朝からぼこぼこの凸凹にされることはなかった。
皆が目を覚ますのを待っていると、チャイムが入口の方から聞こえてくる。
どうやら、食事を運んできたようだ。
ルームサービスまで行き届いているというのも高級宿ならではなのだろうか。
サービスの質もさることながら、教育も行き届いている。
これほど好感が持てる仕事をこなす従業員が常駐しているのだから、一流は伊達ではない。
できることならばこのままずっと滞在していたいところである。
「お食事をお持ちいたしました。食器は扉の前へ出しておいていただければ結構でございます」
「ありがとう」
調理された香りが部屋中に広がると、眠っていたスペラも勢いよく目を覚ます。
全員が囲むことができる程のテーブルが備え付けられているのも、宿としては珍しい。
共有スペースでもないというのに、後10人は席を設けることが可能な程の広さは目を見張るものがある。
食事を楽しめるのは環境、料理、時間があってなせるものである。
どれが欠けても今一つ満足がいくことはない。
規則的に食事をとることも難しいからこそ、この瞬間が極まる。
「今日一日は情報収集に専念する。幸いにも三泊は保障されてる。誰もが同じ大愚なのかどうかは定かではないが、今の状況を利用しない手はないだろ」
「最後の一日は予備日にあてた方がいいかな。何が有るかわからないしね」
「まあ、ここまで来るのに費やした時間を考えれば三日を費やす必要はあるのかってことだな」
「悩ましいところではあるわね。すぐに次の行き先を決めることは難しくはないとは思うのだけれど、この規模の都市は徒歩であれば、数日ではおても辿り着ける距離ではないわよ」
一度歳を出れば二度と戻らないつもりであれば、やらなければならないことは必ずこなさなければならない。
後で戻ることができないのならばなおさらである。
この都市がこれほどまでに栄えている理由も知っておきたい。
皆で意見を出し合っていると、ふいに扉をたたく音がした。
このフロアに上がってこれるのは、この宿の人間と俺達フロアの宿泊者のみだ。
そして、チャイムでなく扉をたたく人間なんて一人しかいないだろう。
もちろん、何らかの方法で扉の前まで侵入した部外者である線が無いわけではないが、それはいくらなんでも無いお思いたい。
これだけ頑丈な建造物に隙の無い従業員が闊歩している、不動の要塞と言われても過言ではない場所へ来てもなお扉をたたく輩がいたら指を指して笑ってやりたい。
しかし、そうではないというならば笑顔で応対してやりたい。
そして労いの言葉と共に感謝の言葉を述べたい。
「待っていた」
「待たせたが」
バニティーは差し出す。
そこには、俺の知る限り初めて見る武器の姿があった。
否、武器と言えるのだろうか。
刃の無い青龍刀と言えばいいのか
それにしてはずいぶんと小柄で、剣の類に分類されるには刃先が太く指程の厚さがある。
本体も折れることも違わぬほどしっかりとしている。
ここまで言ってもフォルムは武器と呼べる物々しさはある。
手触りは金属特有の冷たさと鍛え抜かれた硬質な質感に裏打ちされた一品ものの気質がある。
まさに芸術品。
これが飾りであってたまるわけがない。
誰が為の業物か判断がつかない。
そこに迷いなくルナがバニティーからそれを奪い取る。
「これボクにくれるよね? ダーリン」
俺は打ち取った得物をルナに渡していたが、軽々と扱っていたのを思い出す。
脇差として使うのであればこのくらいが手ごろなのだろうか。
ならば迷う事も無いと一言返事をするべく声を上げようとしたが、それは適わなかった。
「魔力を込めるが」
「こんな感じかな……っと!!」
先程までと打って変わって、柄はルナの身長程伸び切っ先からは継ぎ目のない刃が一気に飛び出す。
それはまるで死神の鎌のように見えた。
しかし、その刃三つある。
一つは敵の心臓を貫くがごとく真っ直ぐに。
一つは敵の胴体を両断せしめし歪曲に。
一つは敵の魂を刈り取る半色透明に。
両手に獲物を持たせれば一騎当千となるだろう。