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第39話「虚構侵攻」

 スペラをベッドに寝かせ、バニティーと情報交換を一通り済ませた。

 この間にもスペラが目覚めてくれればいいと願っていたものの思いのほか、深い眠りに落ちていたのか兆しが見えない。

 そもそもこの度に明確に決まったリミットはないのだから急かす必要性などない。


 早く辿り着いたから救えた命もあるだとか、この足止めにより誰かの危機的状況に遭遇し助けられた命があるだとか。

 全ては思い返して初めて確定する現実であり、まだ不確定なうちから思いをめぐらしたところで何かが変わることではない。

 

 現に先程のトラブルを未然に防いでいれば、俺達がここに来ることもなかったかもしれない。

 だが、ここにたどり着くまでにもトラブルの種は無数にあったのだから別種の厄災に巻き込まれ今この時へと収束していたとも考えられる。


 人はそれを必然などと言うが、あくまでもそれは起こったことへの反省から学んだことに過ぎない。

 さきの事など今の俺達には到底計れるものではないのだ。


「じょーちゃんが起きるまではゆっくりしてればいいが。つっても時期さかからんが」


「目覚める気配すらないのに、根拠はあるのか?」


「娘と妻があれにやられたが、同じが。あれはそういうものだが」


「ご家族がいらっしゃいますのね」


 ディアナが辺りを見渡し言った。


 ここにはいないようだが、依前に実証済みという事のようだ。

 この毛むくじゃらの娘というとやはり似ているのだろうかと思うのだが、それは邪推というものだろう。

 スペラの母も猫耳でユイナの父も耳に特徴があったのでどうしても小柄で毛むくじゃらを想像してしまう。


「失敬なこと考えてたが。ドワーフには純粋な種族の血を継ぐ女はいないが。おらには似とらんが」


「す、すまん。顔に出てたか」


「人の顔見てなんか考え込んでるが、誰でもわかるが。お前に似なくてよかったなんぞ、よー言われたがかまわん。もう慣れとるが」


 表情一つ変えずバニティーは言った。

 ドワーフという種族がやはり存在しているようではあるのだが俺の知ってるものとは違っている。

 ドワーフは男しかいないというの聞いたことはあるものの、妻も娘もいて尚且つ娘が似てなくてよかったという話から実子だとわかる。


 土から勝手に生まれる妖精の類ではなく人間同様の種族の一種であり生物なのだ。

 もともと持ち合わせている知識に頼り切っていたら足を掬われかねない。

 

「みんな出掛けているのか? 姿が見えないが」


「妻も娘も首都にいるが。五年前に出てったきりだ。それで、頼みがある聞いてもらえるか。おらを首都さ連れてってくれ。ただでとは言わんが。おらは武器も防具も心得がある。それを存分に使わせてもらう。おらが拵えた物を見てから決めてくれが」


「それでは、一方的に恩恵を受けるのは俺達だ。護衛に対する報酬としては大きすぎると思うし、それにだ。俺たちと一緒に行かなくても一人でも十分首都まで行けるだけのレベルだろ」


「本気で言ってるのなら、この世界を甘く見てるんじゃないが。独りじゃ安心して眠ることさ出来んが。だが、二人いれば子供でも生き残れる可能性さあるが。この意味わかるが」


 俺は反論は愚か何も言えなかった。

 何せ、バニティーは妻と娘を一人で追う事が出来なかったのだから。

 さぞかし悔しかったのではないのだろうか。


 しかし、本当にそうなのだろうか。

 すぐに引き留めることは出来なかったのか。

 出ていくまでに止めなくてよかったのか。


 危険な旅路を進ませたのは何故か。

 やはり引っかかる。

 ただの考え過ぎだと思いたいし、他人の家庭の事情など関わるとろくなことなど無いと敢えて見てみないふりをしようとする姿勢を取っている。


「アマト? どうするの。助けてもらったわけだから頼みを聞いてあげてもいいとは思うけど、すぐに返事しないってことは何かあるんでしょ?


 俺にだけ聞こえる程小声でユイナは耳元で言う。

 

「そういえば嬢ちゃんさ。あの絵について聞きたいって言ってたが、おらもよくさわからんが。なんてったって夢でみただけだが。聞かれても答えようがないが」


「そうですか……。無粋でしたね」


 ディアナはなっとくなんてしていない。

 俺はそう思った。

 そもそも、俺も同じように思ったのだからそう感じても何らおかしくはない。


 

 野暮なことなどとは思わないが、何か隠していると思っていたほうがいい。


 理由がわかってからどんでん返しを喰らわなければ、今は良しとする。



 いずれは聞き出すがな。


 

 スペラが目を覚ますまでに結論を出さなければならない。

 最終的には同行させることは決っていて、尤な理由づけがあればそれでいいというわけではない。

 必ずしも連れていかなければならないというものでもない。


 例え結論が出ても根拠はなくてはならない。

 誰に責められるわけでもなくともだ。


「ボクはキミを連れていくのは反対するよ。平気な顔して当り障りないことだけ、言ってる人を信用すほどお人よしでもなければ、そんな感情持ち合わせてないから」


 ルナもまた屈託なく言う。

 お互い、感情の起伏がないところはどことなく通ずる者があるように見える。

 それはつまり、種族や個人の問題ではなく異質な存在だという事を意味する。


 こいつは何者なんだ。


 

 不穏な空気の中でルナが反発の意思表示をしたのは建前だと理解する。

 断られたというのに眉の人るも動かすことなくバニティーは、飲み物でも持ってくると言い残し台所へと向かって行く。

 足取りも一定。


 迷いなどというものもなくそこから読み取れるものはない。

 機械的といえば聞こえはいいが、機会でなく人だ。

 これから、仲間に説き伏せてしなければならない現実とうやむやにしておくことが命運を分けるかもしれないという虚想。


 周囲のあらゆる彫り物が終始変化していることにようやく気が付いた。

 空想の世界のような異質な空間だと今さら気が付いた。

 そして、スペラもそれに気が付いた。


 目を覚ましてなどいないというのに。 



 

 ベッドに横になるスペラの前に立ち尽くす人影のようなものがある。

 それが人のようであると直感的に理解し、害になるようなものでないと確信したのはその特徴的なシルエットだった。

 この場にこのびりびりと青白い電気を常に発している猫耳の者など一人しかいない。


 意思があるのかわからないがきょろきょろと挙動不審にぐるぐると動き回っては絵の前で立ち止まり、触れて歪みを正していく。

 いつしか船の上にいるような揺れもなくなり違和感が無くなっていった。


 それと並行するように電気を帯びたスペラの幽体も消えていった。

 まさに全てが終わるのを待っていたかのような絶妙なタイミングでバニティーがお茶を持って戻って来た。

 コップの数は六つ。


 さきの事まで読んでいたと勘繰ってしまう。

 

「バニティー、何をした? 少なくとも現状を把握してるのはお前だけだ。説明してもらう」


「おらはなんもしてないだが。結界さ、発動したってことは魔物さ来たってことだ。この家さ外界と違った狭間さあるが。んだが、発動してから破られるまでが短すぎたが体さ感じてしまったんだな。でねーと普通は気づきもせんが」


「それじゃ、これは意図して起こったわけじゃないんだな……。それだとスペラの虚像が触れて歪みが直ったこととの関係が説明できないんじゃないか? いくらなんでも都合が良すぎるだろ」


「アマトさん。スペラちゃんは無意識に魔力を体外に放出して分身体を作って、結果としてその分身体の魔力を結界に分け与えた事で壊れかけた結界の補填に回したの。それでも結界を修復するところまではいかなかったから、分身体は消えて結界も緩やかに壊れてしまったのよ。このタイミングで新しい力に目覚めたみたいね」


 偶然にもスペラが新しい力を手に入れたというのだろうか。


「みんな!! そんなに冷静に話してる暇なんてないんじゃないのかな!? 結界が破られたってことはここも危ないんじゃ!!」


「ボクの索敵範囲には魔力の質が明らかに違うのが一体確認してるけど、おかしいね」


「どうした?」


「派手に壊すだけ壊しておいて少しずつ離れていってるんだ。何がしたかったのか意図がわからないよ」


 別次元にある建物に干渉するほど程の力があるのにもかかわらず、手が触れられるところまで近づいてからは手出しすることがない。

 結界の破壊が目的にしては、こちらからばれてしまうなどお粗末にもほどがある。

 

 このタイミングである必要性がない。

 バニティーの不在時を狙えば反撃されるリスクがないのだから、不合理であると言わざる負えない。

 先程まで気にもならなかったことだが、今では鳥のささやき、虫のざわめき、草木の揺れる音が聞こえていた。

 建物の遮音性が高かったわけではなく完全に外界との関係性を断絶していたのだ。

 



「確かに襲撃者も気になるがまずは守りだ。結界を作り直すのにはどれくらいかかるんだ? このままにしていくわけにもいかないだろう」


「おらが張った結界でねえからもう結界は張れねえが」


 これでこのままバニティーをここに置いて行くといえば叱責されても文句が言えない状況が出来上がった。良心の呵責に苛まれるならば一人悩まずとも肯定するしかない状況である。  


「冗談ではない……」

 

 バニティーが運んできた紅茶を各自が受け取る。

 そして、最後に残った一つにそっと手を伸ばす者がいた。

 スペラが目覚めたのだ。


 あれだけ深い呼吸をしていたというのに、しっかりとティーカップを持つとちょろちょろと舐めるようにすすった。

 状況は目覚める前と後でがらりと変わっているはずなのだが漫ろ見渡す風もなく、あたかもすべてを把握しているかのように達観しているように見えた。


「アーニャごめんにゃ。ミャーなら大丈夫にゃ」


「バニティー、力を借りる」


「お互いさまだが」


 もう誰一人と反対することはない。

 既に決まっていた事なのだから。


  

 新たな同行者となったバニティー。

 あたかも今しがたまで共にいたかのように、準備は万全。荷物は既に麻袋に詰め込まれていた。

 鍛冶に使うのかその荷物の量も俺達の誰よりも多い。


 にもかかわらず、腕の先だけで軽軽と持ち上げてみせたのだからその力は圧巻である。

 全力を出せば馬車だろうがいとも簡単に持ち上げてしまいそうだ。

 この世界の馬車は軽量化などされている風でもなかったのだが、不思議と違和感などなかった。


「家を空ける事になるが大丈夫なのか? もうこの家を守るものはないんだろ」


「んだ。もうここは安全でないが。それでもモンスターさ嫌がるところなのはちげーねえ」


「その根拠は?」


「壁さ、描いた絵だが。あれはどうもモンスターが嫌がるみたいだが」


「魔力が込められてるからね。その魔力も特にモンスターが嫌う類の匂いっていうんだからつくづく笑えないよ」


 ルナが言うにはバニティーが描く絵には虫よけの効果があるらしい。

 俺には魔力が込められているところまでしかわからないが、魔力にも何らかの性質があるということだ。

 これは使えないだろうか。

 

 

 魔力というのは偏に単なるエネルギーだと思っていた。

 表示されるステータス画面でも特にその性質についての記載もなく、数字とサイドバーで表現されていただけなのだから一律で同等だと思い込んでしまっていた。


 全てを一緒くたにしてはいけない。

 これまでもこれからも。

 過ぎてしまったことは仕方がないが、判明したことは今後に活かしていかなければいけない。

 

「バニティー……。この建物に込められた魔力はどのくらいの期間持続するんだ?」


「……」


「どうした?」


「十年は持つが」 


「そうか」


 嘘はついていない。

 だが、本当のことも言ってはいない。

 百年でも千年でも十分条件は満たしているのだから、正確なところまで答えなくても俺の質問には十分だという事だ。


 どちらにせよ引き返した者がこの魔力によって侵攻をやめたと断定するのは早計だ。

 まずは自分と仲間の魔力の性質を把握することが必要だろう。

 これでまた一つ戦略の幅が広がると思えば心が躍る。


 

 精神と魔力を研ぎ澄ますが身体に魔力があるという感覚を見出すことが限界だった。

 それは呼吸した時に空気を取り込み流れを理解する事、張り巡らされた血管に流れる血液の感覚を理解する事これらと同等だとしたらどうだろう。

 そんなことは天地がひっくり返ってもできる気がしない。


 そのはずなのに、先程まで表示されていなかったステータス画面には確かに魔力の性質が追記されていた。

 ほんの数刻前まではなかったものが何をトリガーにしたのか急に現れた。

 しかし、現時点では潜在的なものなのか後天的なものなのかの判断がつかない。


 俺が『無』ユイナ『闇』スペラ『鳴』ルナ『転』ディアナ『奏』とあるが誰一人同じものがなく、俺に至っては魔力の性質が無いという事なのだろうか。

 バニティーのステータスを把握することができない以上性質も推測するしかないが、恐らく俺達の誰とも一致することはない。


 まるで証明問題をしている気分になる。

 あまりこの手の事に頭を使うのは好きではないというのに、仕方がない。

 嫌で面倒なことでもやらなければならない時があるというのは理解している。



 


 人数が増えれば機動力が落ちるのは目に見えている。

 考えなければならなき事は幾星霜。

 

「ダーリン、早く行こう。ボク……落ち着かない」


 ルナがべったりと密着する。

 みんななんだかそわそわしているように見える。

 伝播してなのか、俺も言いようのない気持ち悪さを感じていた。


 結界が消えてから急に感じるこの感覚は周囲の造形ではなくこの土地に由来するものと、直感が訴えている。

 背筋が凍りつくように寒気が一定の間隔でやって来る。


 この場所にいてはいけない。

 

「みんな、ゆっくりしていたいところだが先を急ぐ」


「私たちはいつでも行けるよ」


「さあ、行きましょう」


 バニティーは家を長期間空けるというのに、施錠はしなかった。

 鍵穴はある。

 

(信用する要素が見つからない……。隠すつもりもないって事か?) 



 建物の外に出ると深い森が一層深みを増していた。

 この辺りの天気も変わりやすいのだろうか、まだ日は高いはずなのに今にも一降りあってもおかしくなどない。

 しかし、南北を分断されてしまったためにこれから向かう先が東へと限定されてしまっている俺達にはこの状況は芳しくはないのだ。


「このまま北にいけないことは知っているのか?」


「んだ。おらも気になってみてきたが、あれは駄目だ。東の端さ行くしかねえが」


 東に行けば行くほど若干ではあるのだが幅が狭まっていることは確認できている。このまま海にたどり着くまでに向こう岸に渡れるほど幅が狭いか、完全に分断されていない地点を見つけさえすればいい

 そうでなければこちらのルートを選択したこと自体が間違いだったという事なのだから。

 

 

 

 バニティーの屋敷から程なく行ったところで人が踏み入った様子は一切なくなる。

 これは初めてこの世界の森に入った時と同じで、自然の修復作用によって急激に元の状態へと戻ろうとするためである。

 無論圧倒的な速さだといっても数日はかかるのだが、人ひとりが歩んだ程度であればそもそもの影響がたかがしれている。


 森だって壊滅させられるような損傷でなければさして気にもしないだろう。

 即ち現在進んでいる一帯はここ数日若しくは数時間の間に誰も踏み入っていない可能性が高いという事だ。

 だからといって油断することは出来ない。

 

 痕跡など意図的に残すことも消すこともできる。

 そんな事を考える奴に出くわしたら撤退はやむなし。

 

 

 

 まだこの世界の事をてんで理解していないのだから、博打を打とうなどとは思わない。

 失った命は戻らない。

 タミエークで経験したからこそ死というものが身近に感じる。

 

「バニティーここに俺たち以外の人間が立ち入ることがあるのか? 痕跡が一切ないってのも不自然じゃないか? 動物、鳥、虫、モンスターとあげればきりがない程生き物はいるってのに、この辺りはまるで一度も踏み入れたことがないみたいじゃないか」 

 

「言われてみればそうだが。言われるまで特に気にもしなんだが」


 何かあったのは間違いないと思う。

 それ以上の事は何もわからない。

 結果がどうであれ進むしかない。 




 周囲にモンスターの存在が確認できるのだが、こちらに襲い掛かってくることはない。

 そもそもモンスターが必ずしも襲い掛かってくるというのは、誰が決めたのか穿った考え方ではないだろうか。

 大好物を前にしてもその時の気分で口に運ぶのを躊躇う事もあれば、満腹であるがゆえに手を付けないこともある。


 理由など星の数ほどあり得る中で他人。ましてモンスターならばなおさら。

 



 俺達は草木をかき分け東の方角へ直進していく。

 誰一人として息を上げることはない。

 足元が開けた場所では時折走り、ぬかるんだところでは慎重に進むことを躊躇わない。


 基本方針がなく闇雲に歩くよりも開けた場所を見つけて進む。それが遠回りになったとしても安全を優先した方が良いと誰もが思っていた。

 今まで危険な場面に遭遇することが大方のだから止むなしだという事に他ならない。


 辺りは森の立地により薄暗く獣が時折垣間見えるが気にしていてはいけない。

 今は。



 舗装のされていない森の中をあるくというのはピクニックというよりは専ら冒険だ。

 人の手が入っていないというだけで世界遺産にでも登録されていそうな立派な樹木が辺りに無数に広がる。

 神秘的という表現は平和で心に余裕があればこその形で、危険な状態では当てはまるはずもない。




 草木をかき分け森を進むという場面というのはあまり見たことがない。

 そもそもどう考えてもサバイバルに適した装備ではないのだ。

 今思えば女性人は総じて肌が露出した服の為、擦り傷、切り傷が絶えない。


 一刻も早くこの場から脱出したいという一心でガルファールに手を添える。

 本来の使い方とはもちろん違う事は百も承知で、目先の草木をばっさばっさと切り裂き安全な道を文字通り切り開いていく。

 

 これで後ろから追随する仲間の負担も減らせる。

 もうすでに5時間を超えて歩き続けているが、終わりが見えてこない。

 


 それもそのはず、順当に進んでいるからといって足場の悪さも目的地までの距離が近くなることもないのだから。

 幸いにもアビリティによってある程度の位置関係を把握できるため同じ道を行き来しているわけではないことは把握している。


 人間だれしも終わりのない道を歩み続けるのは不安であり、疲れもする。

 地図を持たない者が樹海にでも迷い込んでしまえば、あるいは。

 それでも、今確実に前に進んでいるという確信が持てれば状況は一転して好機に転ずる。


 人生そのものが良い例であろう。

 終わりは見えないが時間と共に確実に前に進み、過ぎ去った時間は良くも悪くも過去になる。

 


「数十キロは歩いたっていうのに潮の香りもないところからすると、海までは相当距離がありそうだな。地図を見た限りだと大した距離には感じなかったんだが……」


「車か電車があればこんなに歩かなくてもいいのにね」


「電車って何なのにゃ?」


「電車っていうのは地面に敷いた電気で動く乗り物だよ。馬車は走ってるのを見かけたけど機械……。あっ!! ロボットが有るんだから都会に行けば電車も車も、若しかしたら飛行機だってあるかも」


「その可能性はあるな。寧ろ元の世界よりも進んだ文明があったって不思議じゃない。もう何が出てきてもおかしくはないからな」


 スペラは終始胸を躍らせ、目を輝かせて聞いていた。

 

「私もここ数百年、電気で動く乗り物はみた事がありません。灯りは火、動力のほとんどは炎によって賄われているのが当たり前だと思ってました。他に方法があるのなら見てみたいです」


「ボクも見たことないけど、ユイナが言うなら興味が湧いてくるなぁ。アマトも知ってるんでしょ? 電車」


「ああ。 電車は便利な乗り物だった。特に俺の住んでた国のは時間に正確で安全で料金も子供でも長距離の移動が楽な程だった。まあ、こんなモンスターばかりの世界で安全なんてものが確立できるのか怪しいけどな」


「ミャーも見てみたいのにゃ」


「ああ、何時か見せてやるさ」


 俺は何も口から出まかせを言ったわけではない。形はどうあれ作れる確信があったのだ。

 仮に何一つ当てがなかったとしても機械の巨人なんてものを見せつけられたのだから、結果は出して見せるしだいである。





 バニティーはこの辺りの地形は完全に把握しているのか、全く足を取られることがない。

 素直に後について行く形となっているが、いかんせん俺達は道などわからないのだから他の選択肢はないものとしていた。

 

「バニティー。どこまで行けば首都に回り込める道があるんだ」


「おらも地割れさ起きてからは碌に調べてねえがらわからんが。とりあえず海までいければ陸さつながってなくても海さ渡ればいいんでねえが」


「そうか……。当初の俺の考えと同じか……」


「アマト、どうしたの!? やっぱり信用できないって顔してるけど。信じられないならあの人と行くのをやめるのもしょうがないと思うけど、私からみんなに言って今すぐにでもべつの道を探す?」

 

 耳もとでユイナが提案したのはバニティーと別れるという事だ。

 

「その選択肢はなしだ。理由はどうあれあいつを首都まで無事に送り届ける。それよりもまさかユイナがそんな事を言うなんて思ってなかった」


「幻滅した?」


「まさか、寧ろ安心した。仲間さえ裏切らなければ何をしてもかまわないさ」


「わからないよ。こんな世界だもん……私だって自分の命惜しさにアマトの背中をぶすっと! なんてこともあるかもよ」


「不思議とそうなる未来は想像がつかないんだなぁ。これが……」


 ユイナは年頃の女の子のように、くすっと笑みを浮かべる。

 そこからは信頼が伝わってくる。

 人は誰しも何らかの闇を抱えているものだ。まして聖人君子などそうそうお目にかかれるものではない。

 

 それにも関わらず俺は思ってしまう。

 この少女は自分の命を懸けて事を成す強い意志がある。

 それが何かはわからないが、はっきりとそうだと思う。


 

 

「アーニャ! 気を付けるにゃ。もやもやむかむかするにゃ」


「ん!?」


「この辺りにも死が蔓延してるようだね。間違いなく怨魂がどこかに徘徊しているとみていいかな。早く見つけ出して消し去らないとこの森から生き物がいなくなるってこと」


「怨魂!? 嫌な感じがするのはそいつせいってことか。さっさと見つけ出し、倒して進む。ルナそいつがどんなやつなのか教えてくれ」


 ルナから詳細を聞くと想像を逸している事に二の足を踏むことになった。

 


 ユイナ達は一度はこのとんでもない化物を単独で撃破しているという。

 一歩間違えれば後がないという状況で引かずに、挑んで勝利をつかんだ。

 それにもかかわらず再び死神に出くわしたというのだから気が気でない。


 こればかりはそうそう慣れるものではない。

 

「迂闊に近づけない。遠距離からでも物理的にどうこう出来ないっていうんだからたちが悪いな。よくあんなものと相対できたな」


「ユーニャがさっと、えいっ! ってやっつけたのにゃ。楽勝にゃ」


「もう、見たくもないって思ってたんだけど……こんなに早く見つけるなんて本当についてないよ。アマト……任せても………………なんでもない」


 ユイナは俺を上目づかいで一瞥して、ふと我に返ったように首を振って怨魂に向き直る。

 これは責任感がそのまま出ているに過ぎない。

 命を懸けるに値するほどの強固な意志など呪縛としか表現のしようがない。


 


 この悍ましい存在に臆したのは紛れもない事実だった。

 ユイナは俺に頼ることをしなかったことで、安堵した自分がいることを知ることになり心臓を鷲掴みにされたかのような痛みが走る。


 これだけ逃げ出したくもなる状況だというのに俺は誰よりも先に一歩前に出ていた。

 バニティーは立ち止まりはしたものの、俺たちの元に戻ってくることもなくただ傍観するのみであった。

 嫌悪しているようにも見えず、ただ足を止めた俺達を待っているのだ。

 

 強いて何か思うところがあるとすれば、先を急ぐ俺達がこの場に留まる選択をしたことに対して些か疑問だという一点のみ。

 このまま放置も出来ないんだよ。


 

 さてさて、どうしたものか。

 俺が実体が無くふわふわとしたものを生理的に受け付けないのは、イメージによるものだ。

 ルナ、ディアナ、ましてスペラでさえ俺ほど恐怖しているようには見えない。

 

 無論、命に直結する問題なのだから何も感じないことはないのだが、ホラー映画に化学兵器に多くの情報に触れる機会があった《《俺達》》だからこそこの相手は天敵になりえる。

 この世界ではモンスターが至る所に跋扈し溢れている。


 日常の一部というならば耐性もあるというもの。

 俺達はこの世界で旅をする以上克服していかなければならない。

 

「ユイナ、試してみたいことがある。今は下がって少しでもあれに慣れるように良く見ておいてくれ。この先、あの手の化物何て五万と見ることになるんだ。序盤の雑魚で練習するくらいでちょうどいい」


 どこまで行ってもあれは雑魚などではない。

 それこそ到底生身の人間が挑んでいい代物ではないことは直感で理解していた。


「絶対に触れちゃ駄目だからね。危ないと思ったらすぐ逃げて……」


「大丈夫だ。とりあえず、信じて待っていてくれ。それと、他のみんなは絶対に手を出さないでくれ」


「アーニャなら倒せるにゃ。ミャーはそれがわかるにゃ」


「いくらアマト君でも簡単にはいかないよ。触れたら最後、触れたところから死ぬからね」


「アマトさん、やはりここは全員で行くべきではないでしょうか。幸い一度は消し去ってるのですからその方が安全ではないですか?」


「それじゃ意味がないんだ。可能性は100%で初めて安全って言えるじゃないか? それこそ失敗は命取りならなおさらだ。誰かがミスをすればその誰か、場合によっては他の誰かが危険な目に合うんだ。ならば俺が奴から確実な一手を掴んでくるさ」


 俺は大手を振って怨魂へと歩み寄る。

 奴はこちらの事など見向きもしない。

 

 


 俺の少ない魔力で風を腕に纏う。

 これでただ一つの準備が整った。

 ユイナの力に頼れば全身に纏う事など造作もないが、それでは条件が満たせなくなる。


 周囲の空気は凪いでいる。

 小泉の水面も微動だにせず、まるで時間が止まっているかのようだ。

 死をまき散らす存在が生物の刻を奪っていく。


 鈍感な小鳥が怨魂の脇を掠めていくが、数刻もせずしてこの世界から存在が霞む。

 もう姿を見ることはない。

 感慨深くもなく、意図せず視界に捉えることがなければ生物であったことすら知ることはなかった。


「お前は本体の残りかすなんだってな。じゃあ、俺がなにを言っても理解も出来ず罵倒したところで怒りも覚えないんだろ? そんなものがな、ここにいていい通りはないよな。せいぜい、俺の役に立ってくれ」


 怨魂に右手をそっと伸ばせば、死の因子が俺の腕へと吸い寄せられるように集まってくるのがわかる。

 そして、左手で拡散して濃度が薄くなった粒子に触れると左手はまるでマグマのようにぐつぐつと沸き立ちアビリティで打ち消すことも出来ないほどの激痛が走る。


 俺の腕は今再生と死を繰り返している。

 人間の細胞は一度死んでしまえばもう再び活動することがないと言われていた。

 だが、それは最近の研究では間違いだと言われている。


 実際に呼吸が止まった人間が再び息を吹き返した事例も、死んだ細胞が再び細胞分裂を始めたケースがあった。

 一度死んだ者は生き返らない。

 それを覆すのは時間。

 

 死と再生が交互に行われている現状であればその法則は、糸も容易く赤子でさえ理解できよう。

 今まさに差し引きゼロ。

 世界の時間は動きつつ俺の腕の時間は停滞しているのと同義。


 僅かだが、均衡が崩れ痛みが無くなっていくのがわかる。

 時間が経過するという事は老化しているのだから、腕は朽ちてなくなる。

 そう、怨魂の正体は時間を急速に加速させる現象を起こすこと。


 それに気づく要因はいくつもあった。

 その一つに死の概念というものを上げておく。

 吸血鬼の再生能力と不死性も再生を上回る痛手を受ければ絶命する可能性があることは想像できた。


 死ぬのは肉体ではなく魂という人を人足らしめている核が破壊されると、本当の意味での死という事である。

 勿論、魂の器である肉体が消失すれば魂も消えるかさまよい続けるかはわからないがそれも死といえるだろう。

 怨魂は肉体を破壊することは出来るが魂にまで干渉することは出来なかった。

 

 それは今証明してみせた。

 もう二度と試したくはない方法であったが、魂に直接攻撃する類ではない確信が持てたため敢えて試した。

 身体ではなく魂にダイレクトに攻撃する手段を持っていたとすれば恐らく俺は死んでいた。


 

 この世界の理屈など知るすべはないにしろ、俺は元の世界の身体でこの世界に召喚された。

 しかし、ユイナは転生した。即ち生まれ変わって身体が新たに生成されたという事である。

 本来記憶というものは物理的に脳に記録され、それを引き出すことで具現化する。


 ならば、なぜこの世界で前世の記憶を保つことができたのか。

 それは魂というデバイスに記憶があったからである。

 それがわかれば肉体を失う事になっても魂さえ消失しなければどうとでもなると結論を出せる。


 無論、どこまで再生可能かは試して見なければわからないのだから保証などあるはずもないのだが。

 それでも価値は十分に見いだせた。

 


 未だに視界に移り続けているのは腕が死と再生を繰り返す場面である。

 目をそむけたくもなるが、ここで眼を背ければ何が有るかわからない。

 一時の苦痛に耐えて栄光を勝ち取るスタンスはこれからに活きる。


 遠目には固唾をのんで見守る仲間の姿。

 それがなければ早々に現実から逃避していたかもしれない。

 それほどまでに見ていて気持ちの良い物ではない。


 その結果がこれなのだ。





 無限にも続いた激痛も時間して一分と経っていなかった。

 その間再生と死滅の繰り返された回数は優に数万を超えている。

 それが理解出来るのは一連の流れが鮮明にゆっくりとスロー再生、否。


 時間が停止しているように視界に焼き付いて離れなかったからだ。

 膨大な時間の中で得たのは、圧倒的な恐怖に打ち勝つ精神耐性であることは明確であった。

 圧倒的な退屈というのは人の精神を破壊する。


 人は退屈には勝てない。

  



 今まで生きてきて時間が足りないと常々思っていたものの、暇だと感じたことはなかった。

 それほどまでに元の世界は情報とごらくが溢れかえっていたのだ。

 テレビをつければ日々の情勢は垂れ流され、パーソナルコンピュータを使えば一個人が情報の発信源になることも糸も容易かった。


 そして、無限に感じられる時間を耐え抜くことができたのはユイナのアビリティがあったおかげであった。

 『アカシックレコーダー』はこの世界のあらゆること知識の源泉といえる。

 それも最大限活用することは出来なかったものの、時間と試行錯誤それに練度も上げることができたというのだから願ったり叶ったりといったところだろう。


 そして、その現象を引き起こしたのは紛れもなく怨魂の本来の能力によるもの。

 其の本体はというのは今の俺達では太刀打ちできるとは思えない。

 しかし、追うことは出来る。


 これからはターゲットの一つとしてとどめておく。

 見つけ次第というやつである。

 追っているのが他にいるのなら、選択肢も自ずと見えてくる。


「これでひとまず終わりだ。消えろ」

 

 俺は怨魂を左手に馴染ませていく。

 結果は俺の礎となることで満たされた。

 

 

 

 腕は痙攣しているようにしか見えない程度に落ち着きを取り戻しつつある。

 痛みも全く感じないところから鑑みるに、峠は過ぎたといったところだ。

 相手が精神生命体の類でなければ、取り込むことができることの証明ができたのは成果としては及第点といえる。


 命あるものは虫だろうと取り込むことができないのは試して確認済みだった。

 事なき終えてよかったと思う。

 これで大手を振って仲間の元へと帰れる。


「アマト、大丈夫なの? その手……」


「そのうち治まるさ」


「流石、アーニャだにゃ!! 一人でやっつけるなんて、すごいにゃ!! 次見つけたらミャーには倒し方教えてほしいにゃ!!」


「次か……次は全員で行く」


 もう、リスクはない。

 その確信を得るために試した。

 どんな難問も答えがわかっていれば誰でも解ける、それが初見であろうと例外などあるはずもない。


 それを証明してみせる。

 



 俺は切り札となりえる力の片鱗を見た。

 どれだけ才能を磨こうと、知識を得ようと手に入れることができない力こそ奇跡というもの。

 定義などはなくとも人である以上絶対不可能だと言えば想像に難くない。


 数多の奇跡の内の時間に干渉する力を手に入れることに成功した。

 これは莫大なコスト故に今のPPでは手が出せなかった。

 しかし、僅か数日で神の領域へと踏み入れているのだ。


 その先は遥か彼方だとして、僅かに一歩踏み入れただけと捨て置くことなど出来はしない。

 本来その領域には触れることは愚か知ることすらできないのだから。

 

『時術 取得』


 頭に響いた機械音も今では福音にすら聞こえる。

  

 


 時を司るということがどういうことなのかイメージ通りなのか。

 実践前に行使しようとした。

 否、既に実行されていた。


 ほんの一瞬、めまいがしたかと思えばMPの半分が無くなっていた。

 そこから得られたものは使いこなせなければ宝の持ち腐れなどといった甘いも緒ではないという事だった。

 これが戦闘真っただ中であれば、無駄に危機的状況を自ら作り出していた。


 これが積み上げられてきた経験と突発的に得られた産物との違いだ。

 好機なのだからこの期を活かせなければそこまでだという事なのだが、どこまで行っても諦める選択肢を選ぶことは許されていない。


「ボクにはわかったよ。でも範囲が狭すぎるかな。今のままだと手が届くくらいしか術が掛らないから、場合によっては自分を追い込むことになるよ」


 当たり前のことだが、自分だけ時間が止まれば敵にとっては物理的に有利に作用する。

 だからといってこちらの思考は時空を超えているのだから、一概に勝利を譲るともいいがたいのだがそれは実戦でなければわからない。



 実戦で危険な行いなど試してみたくもないが遠からずその時は来よう。

 それまでに使いこなして見せる。

 心に誓うのは容易いのはどこの世界でも同じだ。


「私は理に干渉する力はありませんが時の君の助力を得られれば、その力は絶対無二の力になるはずです。機会があればあってみるのもいいと思います」


「時の君? 本名じゃないよな。まあ、そんなことはどうでもいいか。この力をものにできるならア会わない手はないな。どこにいるんだ?」


「もう千年も前の事ですから今生きているかもわかりませんね。当時ですでに『齢三千を数える俺は死ぬことがない』なんて豪語してたので生きているとは思いますが、根城の時の狭間は座標が定まっていないみたいなので……」


「出会えたらラッキーって事か。まあ、何から何までうまくいくなんて甘くはないな。まあ、気楽に行こうか」


 他人をあてにするよりも、実用レベルに自分で持っていくことだけ考えておくとしよう。

 


 

 バニティーは俺にはさして興味もないのか、別段気に留めることもなかった。

 

「待たせてすまなかった。先に進もう」


「仲間の事さ考えたら頭が一人さ、行ってしまうのはよくねえんでないが?」


「必要なことだった……。何ていいわけだな。次はない」


 恐らく次も必要と判断したら俺は同じことをする。

 それが今後の礎となると信じているのだから。




 どこまで行っても樹木が行く手を阻んでいるかのように、不規則に生い茂っている。 

 迂回しているも関わらずそのルートは最短距離を迷うことなく進んでいた。

 方角は北東。


 ここかからでは見ることは出来ないが谷とはほとんど平行と言って差し支えはないだろう。

 今まで何もない平原地帯でさえ日数を要したのだから、森を抜けるとなるとそれ以上は覚悟しなければならない。


 

 

 一切の迷いなく進むバニティーに俺達がついて行けるのは、所々振り返ることなく速度を落とし歩みを合わせる心遣いによるものだろうか。

 否、そうではない。

 それが、優しさに感じられないのは淡泊な態度だからではない。

 

 何も感じられないからである。

 護衛や利害関係など態のいい文句でしかないことは改めて理解することになった

 この森の事を完全に知り尽くしていて尚且つ、雑魚モンスターは俺達が捕捉し思考するより早くのしてしまう。


 その流れは堰き止められることを知らない。

 まるで最初から何もなかったかのように突き進んでいくのだ。

 

「みんな、まだまだ目的地まではある。疲れたらすぐに言ってくれ」


「アマトが一番無茶するんだから、アマトが休むタイミングで休憩にすればちょうどいいんじゃないかな」


「ユーニャの言う通りにゃ。アーニャに合わせれば絶対大丈夫にゃ」


「一番体力がないのがアマト君だから、アマト君に合わせれば誰もいう事はないと思うけど」


「この中で唯一の人間はアマトさんだけですからね。私もその方がいいかと思います。と言ってもあんまり無理をすると人間でいられなくなりますよ」


 ディアナは意味深な事を言ったがこの時はもののたとえだと切り捨てた。

 無論聞き入れたからと言って、取り返しのつかないことには変わりなどなかったのだが。




 一日が過ぎ去っていく。

 目的地まで最短距離を突き進んでいるというのに、一向に近づいているように感じられないというのに日は恐らく沈んだのだろう。辺りは赤く燃えるように真っ赤になったかと思えばだんだんと薄暗くなっていく。


 バニティーもそのまま歩み続けることもなく開けた場所で振り返る。

 何が言いたいのか理解はできるが、地面は草木が生い茂っている為俺一人の力ではどうすることもできない。

 

「ユイナ頼めるか」


「最初からそのつもり。もっと頼ってくれてもいいんだよ」


「……」


 俺はユイナから力を借りると一気にイメージを具現化していく。

 二度目となった簡易拠点は条件の悪さを鑑みても着実に進化を遂げていた。

 草木を巻き込むことなく作り上げられたにもかかわらず、森に溶け込むように草木が外壁を覆う事で耐久力と機能性を引き上げる創りとなった。


 それを一瞬で作り上げたというのだから、自分でも驚きを隠せない。



「私の出番ですね」


「結界はディアナに任せて、ボク達は今夜の食材の調達に行こうよ」


「任せておくにゃ!! ミャーに任せておけばばっちりにゃ」


「おらは武器の制作に取り掛かるとするが」


 各自何をするかは割り振ることなく、適材適所適宜思いの他うまくいっている。

 どれだけ優秀な指導者が指示をするよりも各自がその意図をくみ取り行動したほうが伝達にかかる時間がない分スムーズにことは進む。


 今はまだそれが成り立つというのだが、足並みが合わなくなる前に手は打たなければならない。

 それを知ってか知らずかスペラは単独で茂みに向かって跳躍するのだった。



 日が沈みだすとあっという間に漆黒の闇が森を覆い尽くした。

 薄らと周りを把握できるのは空気が綺麗な為だろう。

 元の世界では地球規模での空気の汚染が深刻化されていた為にどこに行っても澄み切っているとは言えなかった。


 国によっては一寸先は闇と言わんばかりに視界が悪く命にかかわるほど大気汚染が進んでいた。

 それに比べる事すら烏滸がましい程全てが美しかった。




「スペラを追え……ええい、ちょっと行ってくる。みんなは、っつ」


 背中にはなじみのないない感触がする。

 言いえて妙だが、悪くない。

 傍から見れば羨ましくも憎らしいのではないだろうか。


 そして耳もとでこうささやくのだから。

 なんとも幸福と抵抗できない歯がゆさに顔が熱くなる。


「私に任せてください、アマトさん。それにそろそろ学習していただかないいけないと思いますよ?」


「……」


「ふふ、任せてください」


 全く冗談ではない。




 周囲の俺を見る目が鉄砲玉のように飛び出す子供を諭す者のそれである。

 これはスペラのとばっちりというよりも、俺のまとめ役としての資質を問われているかのようである。

 これではいけない。


「ここはみんなに任せる。俺とバニティーはここに残るとする。気を付けてくれ」


「心配しなくてもこの一帯はディアナが張った結界に守られているんだから、その範囲から出ないようにはするつもりだよ」


「そういうこと。それにスペラも何も考えてないようでその辺はしっかりしているみたい」


「スペラちゃんがこの結界の範囲内にいる間は私が連れ戻すことができます。出てしまうと……、出る前に連れてきますので待っていてください。大丈夫です」


(わかる。あの好奇心旺盛なスペラなら悪い意味で期待を裏切ってくれるんだよなぁ。はぁ、勘弁してくれ)


 俺はうなだれてしまった。

  



「にゃはは。アーニャにいいところみせてミャーが一番頼りになるってところをみせてやるにゃ」


 スペラは息巻くと足に纏った魔法によって青白い稲妻と形容できるほどまばゆい光を放っていた。

 周囲はもうすでに暗闇によって星明りが照らされていなければ、伸ばした手すら見えないというのに猫耳少女の周り一帯はその限りではなかった。


「獲物はどこかにゃ……どこかにゃ」


 少女の瞳は暗闇でも光り輝き稲妻を纏っていなくとも存在感が映える。

 無論、完全な暗闇ではなければスペラにとっては昼間も同じ、とまでは言わないが不利になることは何一つない。

 そもそも光量によって見え方が変わるのだからしっかりと昼夜の区別はついている。


 スペラは案の定ディアナの結界の外の得物へと躊躇なく踏み出した。

 結界の内側では獲物となるモンスターがいなかったのも結界の信頼性の高さがうかがえた。

 それが仇となったともいえるのだが、それを止める者はここにはいなかったのだ。

 


 

 辺り一帯を黒く塗りつぶすかのような常世の闇と化した森に殺気が蠢く。

 結界という一種の安全地帯から外界へと単体で踏み込んだのだから、個としての存在としての認識が強くなるのは言うまでもない。

 俗にいう弱いモンスターには集団か個という単位を標的の基準としていることが多い。


 それはいたって簡単なことである。

 相手の力量を計ることができないのだから、数の優位にたよるのだ。つまりは無謀とも取れる行動に出るということなのだがそれを理解できないのだから、最悪な事態など起こるはずがないと思っている。


 しかし、どれほど非力だとしても人海戦術をとれば相手に何等かの痛手を与えることになる。

 そんな状態に今陥る一歩手前。

 それが孤独という事なのだ。


「うじゃうじゃいるにゃ。全く鬱陶しいにゃ!!」


 樹木の陰、生い茂る草木の隙間から角の生えた蛙のモンスターがスペラ目がけて次々と飛び掛かってくる。

 そのけたたましい鳴き声がスペラの頭の中を終始刺激し続けることで強烈なめまいを誘発する。

 あまりにもうるさいため両耳を塞ぎたくなるもそれを許さず反復し、飛び掛かってくる蛙共。


 大きさも漬物石程は有る為至近距離で飛び込まれれば鋭い角の餌食になりかねない。

 一体ずつタイミングを合わせて得物を叩き込んでいく。

 確実に数は削っているのだが、目に見えてわかるのは肉塊が辺りに散乱する以外にない。


 そしてその時、スペラは大きく体制を崩しそのまま倒れれば仰向けになるところであったが、柔軟に体をひねることで戦闘態勢を維持しつつ片腕で地面を鋭く突きバク転で飛び退いた。

 右手はドロドロした粘膜や肉片が纏わりつき真っ赤になってしまった。


 その手触りと不快さからこのままこの状況が続くことに嫌気がさしてくるのは道理。

 しかし、一匹ずつ殲滅を続けても終わりは見えない。


「もう終わりにするにゃ!! 天駆ける……稲妻よ。愚鈍で辛辣なるみゃーに雷帝の……加護を……。『ボルティア』」


 轟音と共に辺り一帯を真昼のように照らすと同時にスペラは薄蒼に煌く髪を靡かせ、焼け野原と化した地で腕を組み辺りを見渡す。

 ちっぽけな存在でしかなかった蛙など轟雷の直撃の前にはなすすべなどなかった。

 

 そして、案の定そこには膝から崩れ落ちびりびりと帯電して動けなくなってしまった猫耳少女の姿があった。

 髪は月明かりに照らされ銀色に煌いていた。 

 



 スペラを中心に焼け焦げた樹木は消し炭になり、燃広がるようなこともなかった。

 雨の痕という事もあり辺りが湿っていた事と、酸素を一瞬で消費つくしてしまった事が要因一つとなっている。

 自然界では昔から山火事は少なくなかった。

 

 この森がどうなろうとスペラにとってはどうでもいい話なのだが、アマト達を危険に晒すのは本意ではなかったのでこの結果は幸いだったと言える。

 しかしながら、アマトと出会った事でステータスが大きく跳ね上がったとはいえスキルの本質は変わってなどいなかった為、今もなお動くことができないでいる。


 持続時間も若干伸びているものの微々たるものであり、そして最たるものだった。

 スキルを会得してアマトに出会うまでに劇的に能力の変化などなかったのだから。

 



 一人身動き一つできない今だからこそ落ち着いて物事を考えられる。

 人というものはどうしてこうもその場面、状況というフィルムの一コマでしか物事を考えられないのだろうか。

 スペラも誰から強制されるでもなく、自発的にでもなく一種の結末によりこの一時を手に入れたにすぎない。


 普段は暴走機関車のように止まることを知らず、自分の定めたレールを一途に突き進んでいた。

 駅が有ろうと停車するつもりもないというのが性分なのだが、外的要因と自分がひいたトリガーにより貴重な時間の狭間にいる。


「バニティー……。あいつ殺すにゃ……」


 スペラはその獣特有の本能とも勘ともいえる感覚が標的を定めていた。

 それも共に行動している依頼人兼鍛冶師にだ。

 アマトの害悪とあらばそれが誰であろうと容赦するつもりなどなかった。


 

 

 徐々に帯びていた電気も霧散し再び闇夜が戻りつつある。

 完全に沈黙するまで息をひそめていた獣たちは獲物を見定め機会をうかがっているのが感じ取れた。

 このまま襲われれば魔力を使いきったスペラでは一網打尽にできる程の決定打はない。

 

 再び、力を振り絞り力尽きるまで身体能力に物を言わせた格闘術で蹴散らせるのみ。

 自然治癒能力を高める効果によって擦り傷はすっかり治っている。

 よろよろと今にも倒れそうな体を必死に起き上らせ、なんとか立ち上がることは出来たが足を地面に縫い合わせたように一歩踏み出すことは出来ない。


 そんなスペラの様子を見ていた牛狼が颯爽と茂みから駆け寄りスペラに飛び掛かる。

 だらっと垂らした腕は肩より上の高さまで持ち上げることができない。

 緊張が走る。


 幾度となく味わってきた死の予兆。

 目の前の低俗な獣風情に終止符を打たれるという屈辱。

 そして、死の間際だというのに脳裏に浮かぶのはアマトの横顔。

 その表情は何とも言えない冷たさがあった。


 



 一瞬意識が身体から離れたような錯覚と走馬灯のように過去の記憶が呼び起こされた感覚が何とも言えない高揚感となった。

 魂が解き放たれたように錯覚をしたのは気のせいなどではなかった。

 飛び掛かってきたはずの牛狼は黒焦げになり横たわっている。


 それをやったのはスペラでありスペラではない。

 意識を失っていたスペラの代わりに自在にさまよっていた分身体によるものだとすぐに認識できた。

 何せ自分によく似た姿の少女がそこに立っていたのだから。


 しかし、その瞳は冷たく殺戮をも厭わないだろうことは感じ取れる。

 今しがた脳裏によぎったアマトの表情によく似ていた。

 スペラは魔力を使い果たしたというのに目の前に現れたそれは、魔法を行使して見せた。


 それがなにを意味しているのかスペラには理解など出来ようはずもなかった。

 


 それからも幾度となくモンスターの襲撃を受ける事となったが分身体は、スペラその者と言えるほど軽やかにモンスターを殲滅していった。

 その間、スペラはその場から一歩として動くことはなかった。

 意思をもつ自分とは別の存在。


 それは自分の闇であり、憧れであった。

 時分そっくりの誰かが突如、具現化して猛威を振るうという光景は本人にも影響を及ぼす。

 徐々に身体も身軽になっていく、付物が取れたような感覚と言うのはこの場面においては最適化された状態だと言えた。


 誰からも見られていないからこそ本当の自分をさらけ出せる。

 人というものはそういうものでると言える。


「そろそろ意味のないことだって気づけ……にゃ」


 分身体はスペラに取り込まれるようにすっと消えていく。

 スペラの目つきには一睨みで敵をも殺せそうな冷炎が揺らいでいた。

 



 そこからは早かった。

 茂みから次は誰が行くか順番でも窺っていたかのようにたじろいでいた獣たちが一斉にスペラに飛び掛かる。

 その数、数百。

 

 しかし、そこに二度目の雷が落ちる。

 予期せぬ幸運と言えるのか、はたまた何者かの助成だったのかスペラの魔力は枯渇している現状では外的要因以外の何物でもない。

 

 無残にも消し炭となり最早原型も留める事もなくなったものの中心で茫然と立ち尽くす猫耳少女。

 見上げた夜空にはいくつものまばゆい星々。

 その一つがひときわ煌いたような気がした。


 その星がどれだったのかなどすぐにわからなくなってしまった。

 なぜならそれは星などではなかったのだから。

 スペラの視力でもそれが何か判別のつかないはるか上空からの電撃の強襲。


 スペラと獣の攻防を見ていたものが確かにいた。

 それをはるか成層圏からの視線だったにも関わらず、スペラは感じ取り尚且つ結果として利用することになったのだ。


 




 それからどれだけの時間がたったのだろうか。

 誰も教えてくれる人もいなければ、決定づけるものなど何もないというのにさほど時間が経っていないことはわかっていた。

 それでもまるで丸一日この場所に釘づけにされていたかのように思えてしまうのは疲労からだろうか。

 

 否、スペラの魂がその質量を大きく失っていたからだ。

 この世界には魔法という概念があるように、明確に魂という概念が存在していた。

 それも、この世界の人間ですら理解できていないのだから認識など出来ようはずもない。


 魂が無くなればそれ即ち死。

 スペラは今物理的に死に近づいてしまっている。

 それに気づくのはまだ先の話。



 

 

 ディアナはスペラが結界の外へと出ていくのを感じ取っていた。

 結界の範囲は凡そ500mといったところだ。

 直線距離でこの距離はそう広い距離でもないのだが、自然豊かで尚且つ人がほぼ入ったことがない原始林ともなれば結界にたどり着くのも容易ではない。


 スペラの身体能力を甘く見ていたわけではないのだが、ここまで短時間で突破されるとは思っていなかった。

 アマト達はスペラが結界の外にいることは知らないとディアナは思っていた。

 厳密に言うなれば、アマトはスペラのいる場所はある程度までは掴んでいるものの結界の範囲は知らないのだ。


「スペラちゃんが危ない」


 遠くで雷の落ちるのを見たディアナだったが、二度目の雷は最初の者とは毛色が違っていた。

 その威力は強力なものの、まるで光の柱のようにも見えたからだ。

 結界が張ってあっても振動と爆音が響き渡り、それはアマト達も聞こえたのは疑いようもない。


 ディアナはスペラの元へと急ぐ。

  



 結界の中だからと言ってモンスターがまったういないわけではない。

 あくまでもモンスターの活動を妨げるもので殺傷性の有る類の者ではない。

 言うなればモンスターの攻撃性を一時的に下げ弱体化させることを主体にし、無駄な戦闘を避けるためのものなのだ。


 発動にはある程度まとまった魔力を使うので、そもそも多少腕の立つ程度の魔術師では行使する事すらできない。

 常に持続しているということはそういうことだ。

 一種の安全地帯だというのにスペラは迷わずこの結界から抜け出してしまった。


 この世界では完全に身の保証をしてくれる場所など存在しない。

 ディアナの結界ですらその気になれば突破することは可能なのだから、逃げ場所など無いことは明白。

 即ち、何らかの意図があっての行動だという事は容易に想像できる。


 それも元を辿ればアマトの怨魂との一戦から始まっているように思えてならなかった。

 何故なら、ディアナ自身が強く感銘を受けて更なる高みに臨む道へと歩み出したのだから。



 

 ディアナもまた結界は維持したまま壁の外へと至った。

 結界は術者依存の者と完全独立型等複数の分類があるが、前者である以上宿主不在では長くはもたない。

 自己修復ができなくなるという事は衝撃を受け破壊されるようなことがあれば、再度一から再構成を図らなければならない。


 それでも術者依存でなければならないのは、自分の手足のように神経を張り巡らせているかのように細部まで索敵に特化しているからなのだがそうせざる負えない理由があった。

 長きにわたって他者との接触を避けていた為、感覚が鈍化していたのだ。スペラのように跳梁するような性質はないにしろ、本来は人間離れした感覚と身体能力を有している。


 自分のテリトリー内であれば全盛期に近づくことができるのだが、それでは矛盾が生じる。

 ディアナの目的もまた結界内の特定の人物への監視。

 この方式でなければ逐一監視などといった芸の細かいことは罷り通らない。


 表向きは外敵からの侵入を防ぐことだが、檻というのは内々の事象にも何らかの効果があるのは明白でありそれは窺い知れるところ。

 なれば、ターゲットも理解の範疇だというのだから言いえて妙である。


 指摘されるまで気がつかないなどそんな間抜けな話は罷り通る通りがない。

 



 誰も立ち入ることがない。

 否、人が立ち入っていないというただそれだけで生物が出入りしているというのに、文字に起こせば原始林などという。

 それは偏に人の歴史では、原始人であろうと獣のそれ以上の智能というものを有していた為に形はどうであれ自然を破壊したことから人の存在の有無を明文化したのだ。


 生物すら出入りのない森ならば死の森などと揶揄されそれはまった正反対の世界観に裏付けられる。

 ここは動植物からモンスターまで生物の楽園である。

 表だってモンスターと遭遇しないことからスペラが奴らの警戒レベルを引き上げたのは間違いない。

 

 もうすでにアマト達から分かれた地点から結界までの距離の培は進んだというのに未だ、追い付くことができない。

 ディアナは地面のなだらかで着実に踏みしめて進める進路を辿っていることで、足場を気にせず跳んでいったスペラに追いつくことはどうしても適わなかった。

 不老不死だと言ったところで物理的に足を掬われればその場から動けなくなるのは共通して同じなのだ。

 

 まして、油断し足止めを喰らうようなことがあれば二次遭難にもなりかねない。

 アマトはパーティーメンバーの動向をある程度把握できるが、メンバーはその限りではない。

 各個人のアビリティ、スキルで探すほかない。


 しかし、ディアナとスペラの間には魂の絆が繋がっている。

 それはこの世界のどこにいようが互いに感じることができる。

 だが、それも一種の慣れが必要でコンパスを使いこなすのに手こずることに似ている。

 

 一朝一夕で得られるほど容易なものでもないのだ。

 それにスペラが向かった方角が北西という通ってきた道とは明後日の方向、すなわち未踏破地帯に行ってしまったというのだからたちが悪い。


 

 人為的とはいえ雨の影響はこの辺りにも及んでいたのは、湿った草木と水たまりから窺い知れる。

 スペラは最短ルートを行ったととするならば木の幹から岩の上など、苔の生していることを鑑みるならば圧倒的に足場が悪いと容易に想像できる。


 ところどころ真新しい足跡の痕跡を見つけていたが、そのいずれも傷跡という表現がしっくりくるほど強い衝撃を受けていた。

 隠密行動をしているわけではないのだから痕を気にする必要がない。

 それを知ってか知らずか配慮というものがまるでなっていない。


 そこでディアナが気にしていたのは必ずしも人間のみに痕跡というものを感じ取る能力があるということではない事だ。

 狩人というのは獲物の痕跡を追う事に関して言えば人をも越える。

 スペラは自ら囮となってあらゆる生物をまとめて引き寄せることを選んだのだ。


 それは獣の本能をもわが手に、ジョーカーとして切れるカードにしているという事。

 超直観のようなものは意図的に使いこなせればこれと無い武器になる。

 それでもディアナはスペラの思惑などどうでもよかった。


 結果だけを求めるならば。





 ディアナは仲間がどうなろうとどうでもいい。

 自分の目的はあくまでも自分を不老不死という呪いとも言える呪縛で縛った『』に会う事。

 長い年月のせいか、それとも他の何らかの要因が絡んでいるのか顔も名前も思い出せない。

 

 思い出そうとすると感情が昂り涙があふれてくる。

 そして、自分では見ることができなかった記憶はスペラにも共有できていない。

 こうやって仲間の身を案じているように振る舞っているのですら予定調和だというのだから人というのは恐ろしい。


 それにもかかわらず、立ち尽くし煤けて汚れた猫耳少女を目の当たりにして安堵しているディアナもまた人だという事だ。

 

 


 ディアナはそろりとスペラに歩み寄ると後ろからそっと抱き寄せた。

 しばしの間沈黙がその場を支配する。

 ディアナの豊満な胸の中でスペラは人の温かさをただただ実感するのみにとどまった。


「スペラちゃんがしたかったことは私たちみんながしたい事と一緒だけど、結果は同じにはならないのよ。それはアマトさんも同じ。危険を犯してまで感化されていたっていうなら、もう普通の事じゃないのよ」


 スペラの顔は見えないが回した腕に濡れた感覚が伝わってきたことで表情は十分にくみ取れる。

 自分ではわかっているつもりでも指摘されないとわからないこともある。

 それも心に直接訴えかけてくるというのなら、一入であり無二である。


 出会いを重ねる事で短時間でスペラは急成長を続けているが、ディアナもまた加速度的に進化を始めている。

 歳を取れば人は死に近づくのみだと言われていたが、研究の末死んだ細胞すら再び新しい細胞に取って代わることが証明された。

 無論死に逝く細胞の絶対数が勝っている為に不老不死などというのは実現されてはいないが確実に寿命が延びている。


 それが吸血鬼に当てはまるかどうかはさておき、再び自己啓発を重ね革新を起こすことをやめないというのだから人というのは面白い。

 数世紀も次代を隔てた二人の少女はどれほど時代を重ねても行きつくところは同一であり、ねじれの関係ではないのだから必ず交差し絡み合う。




「ミャーじゃないにゃ」


「そうね」


「聞かないのかにゃ」


「見てたから」


「ミャーは自分一人じゃ何もできないのにゃ。こんなんじゃ、アーニャを助けるなんて絶対無理にゃ……」


 スペラは重々しく口を開く。

 その言葉は普段とはあきらかに違っている。

 覇気など感じられず、ディアナまで辛うじて聞こえる程か細い声だった。


「一人で出来ないことがあるなんて当たり前でしょ。その強すぎる思いがスペラちゃんの魂を割ったのよ。もう気がついてるはずよね?」


 強すぎる思いがこの世界では具現化することがある。

 必ずしもそれが叶うとも限らないのだが、特定の者は必ず何らかの形で露わになる。

 アマトに関わったことでその可能性は必然へと確定されている。


 その事象を理解する事もまた必然だという事をスペラも身をもって体現した。

 


 

 ディアナは失った魂がいずれは元の状態へと戻ることを知っていた。

 そもそも魂とは原子と電子のようなものでその核となる魂とそれを覆う外壁となる魂で構成されている。

 外が全て失われれば核は崩壊する。

 

 裏を返せば核さえ残っていれば外壁は時間と共に再び元の姿を取り戻すことができる。

 外壁として例えられるのは、記憶や感情もとい理性を代償にして本質を保つからだ。

 即ち理性など持ち合わせていない獣程魂は脆く人間以上の知性を持ち合わせているものであれば魂はの核への守りは固くなる。


 それを代償とするという事はリスクが高いことはもちろんのことなのだが、得られる恩恵は計り知れない。

 しかしながら核そのものを代償には出来ない為仮に分身に過半数を越える数値で代償を支払っても主を越えることはない。

 あくまでも精神の問題であって身体能力等はその限りではないのだが。

 

 

 

 この世界ではスピリチュアルが形を成して存在している。

 その事実を理解せぬうちに力を行使すれば命にも関わるというのに、力を持つならば息をするように糸も容易くやってのけてしまうそのれがスペラの素質である。


 なぜなら、本人が意思表示をせずに行った事が大多数がその生涯のうちに実現させることができないという常軌を逸した力の類なのだ。

 あくまでもスペラの周りに常識等とは程遠い者達が集まってしまったがために、本人がその力に特異性を見出さなかった為に世界認識に相違が出たため陥った状況だった。


 ディアナはスペラの過去に触れたために力を得るに至った経緯も目的も明確に理解していた。

 だが、すぺらを止めることなどしない。

 ただただ抱き寄せその存在に必要性があることを感じ取ってほしかった。


 スペラの頬を辿って地に落ちる滴がはじける。

 涙が地に落ちる瞬間に線香花火のようにバチバチと煌き拡散する。

 一瞬一瞬が隠しておきたい心の内をさらけ出すようにディアナに訴えかける。


 その呼び声が失いかけていた心を呼び戻す事になるなど、思いもしなかった。長い時を生きる者のなかでも一人の時間が長すぎた事で夢想していた。

 今はその必要もないのだと、回した腕に気持ちを込めてぎゅっと力を込めた。



  


 仲睦まじい姉妹のようにも見える二人は互いに違った立場であったにもかかわらず共通するところもあった。それでいて感じ方もまた違っていた。

 スペラもディアナも妹がいた。

 スペラは離れて暮らしているがディアナの血縁者はもう誰もいない。


 数千年が過ぎたとしても末裔に当たる人間はいてもよさそうなものだが、ディアナがまだ人間であった時代にその血は完全に途絶えている。

 孤独を埋める事すらもうできないのだと、諦めて時代を重ね過ぎてしまっていた。


 

 

 

 永遠にも感じるほど心地の良い時間。

 樹木がなぎ倒され月明かりが照らし出す二人の影は目に見えて変化はみられない。

 静謐なる森はまるで切り離された絵画のように二人だけの世界を作り出す。


 立ち寄ることなど出来ようはずもない。それを理解しているんだろうか、ネズミの一匹ですら曽於の空間に立ち入ることは許されない。

 

「もう、大丈夫……にゃ」


「少し、ゆっくりしてから戻ったほうがいいわね。あんまり、心配させるようなことはしないで」


「わかった……にゃ」


 スペラは一言一言絞り出すように言葉を選んで呟く。

 感情がこもっていないという事はその言葉に言霊は宿らない。

 あくまで音声信号でしかないのだ。


 重みのない言葉ほど意味をなさないものはない。

 それは操り人形のような人間と共に過ごしてきたディアナには、堪えるのだった。




 それから幾ばくも無く行動を開始する。

 スペラの無事を確認できたのだから本来の目的を速やかに達成させなければならない。

 ディアナは周囲の気配を頼りに野兎を見つけては確実に仕留めていく。


 辺りは強い電流を一面に流された影響で、モンスターだろうと動物であろうと無事では済まない痛手を濃密に受ける事になった。

 最早回復の余地などない程の致命的なダメージになるのが雷の本質である。


 ふつうの人間ならまず助からない。

 故にこの世界では加護や耐性というものは命運をわける材料となっている。

 



 この世界では生まれながらの境遇によって必ずしも善し悪しが決まることがない。

 貧しく十分な教育が受けられなくとも、行動次第で世界をひっくり返す可能性がある。

 それは受動的な者で巡ってくる可能性があるのだから、生きることをあきらめなければ逆転の可能性は誰しも平等であると言える。


 それはこの世界が願うべき神と言える存在が確かに存在していることからも容易に納得するに値する虚像を与えてくれる。

 裏を返せば生きることをやめたとき、その者を容赦なく退場させるだけの要因も確実人存在していると言って差し支えはない。


 スペラの力もまた生まれながらの素質と外的要因が合わさったことでその力は格段に変わり姿を変えたのだ。

 ディアナがそんな少女に重ねたのは数千年前の自分の面影だった。

 境遇も状況も違っていたはずなのにと思うのだが、靄のかかった彼女の古い記憶が懐かしさを感じてようやく目的に近づいた気がした。


 地理でいうところの目的地に辿り着く為にはこの靄を完全にはらすことが必要なのか。

 それとも記憶が鮮明になることで目的が果たされるのか。

 どちらにしても一歩ずつ確実に前に進んでいるという事が実感できるだけで、安心感を膨大な選択肢の中から選んでいるということに他ならない。



 

 

 物思いにふけっている間に徐々にモンスターの気配が感知できる範囲内に入っている事に気がつく。

 近づく速さが森の中であることを感じさせないのは流石、獣といったところか。

 ディアナのの視界はスペラ同様夜目が効く。


 吸血鬼というと連想されるのが蝙蝠を連想するところではあるが、実のところ関連性はない。

 蝙蝠に変身するような能力も持ち合わせてはいない。

 しかしながら血というのは千差万別というに事欠き、あらゆることができる可能性と、実現不可能な単なる物質としての理を有している。


 つまり、血を吸う代表的な動物として与しやすく扱いやすいのだという事であった。

 イメージのしやすさから血を蝙蝠に姿を模して召喚することもまた多かった。

 そして、何よりも血を扱うものは目に関わらず五感が優れている。


 肉体のあらゆる場所に万遍なく血が流れているのだからそれを自在に操ることができれば、部分的に強化することも可能である。

 この特殊な能力をアビリティ、スキル、魔法などではなくあくまでも本人の身体の一部として行うというのだ。


 本人もそれは十分に自覚している。

 それもそのはずで、後天的な力なのだから人間出会った時との変化も比較して自覚している。

 持つ者と持たざる者の違いを認識できる数少ない者の一人だ。


 

 


「あまりここにいるわけにもいかないわよ。程よく焼けた獣を拾って帰りましょう」


「そうするにゃ……」


 お互い両手で持てるだけ食料になりそうな獣を持つと足早に戻ることにする。

 と言っても数百体もいたモンスターは消し炭になっていた為余熱と雷にあてられて絶命したいく数体は外見上ではほぼ無傷だった。

 人間も脳の数本の血管が焼き切れただけで命を落とすというのだから何も不思議なことではない。


 スペラを探す時は急いでいたこともあって道とはとても言えない場所を駆け抜けてきたディアナであったが、帰りはそこまで危険な道を行く必要はない。

 荷物が多いのだから落として紛失するリスクを考えればなおのことである。


  


 二人で互いを慮るあまり、来た道を半分戻るのにかかった時間が想定よりもだいぶかかっていたように思う。

 正確にはわからないにしろ明らかに数倍はかかっている。

 人数が増えれば増える程行動が制限されるのが、それでも単独での行動よりは精神的な負担は減るとされている。


 それは不満や損失を負担してもらえるからである。

 正確には本来はないはずのストレスは増されているのだが。

 



 バランスを崩すことのないように気を付けているというのに、何もないところでふと躓くことがしばしばあった。

 どうもこの森は五感を狂わせる作用があるらしい。


 それでも影響を最小限で実害がほとんどないのは常人を逸した身体能力が成せる業としか言いようがない。

 人間である以上決して超えることのない肉体の枠組みがあるのだから、自然的な干渉というのは避けられない。

 それすら超越するというのならばそれは最早人ではない。


 緩和することができても決して零にならないのは原因そのものが消失しないからである。

 それは二人も十分に理解している。

 だが、それすらもスキル、アビリティで相殺することができることが矛盾しているということを誰も不思議と疑問視することはない。


 そういうものなのだと捨て置いてしまうというのだからしょうがない。



 

 二人が野兎に野鳥とバリエーション豊かな得物を抱えて戻ってきて俺は安心したのと、そのまま追いかけなくてよかったのだという結果にようやく走り出す寸前の気持ちを落ち着かせることができた。

 しかしながら、ぼろぼろのスペラは心ここにあらずといえばいいのか放心状態にも見えて不安をぶり返す。

 ディアナが肩を貸すようなこともなくしっかりとした足取りで大荷物を抱えてこれたのだから、見かけ以上に警鐘なのだろうとは思うのが如何せん一度気になりだせば臆病風というのは止むことはない。


「二人とも無事で良かった。スペラはなんでそんなになってるのか、言ってくれるんだろうな?」


「ミャーの能力を使ったのにゃ」




 スペラのアビリティに追加されていていたのは『媛霊』というそのままではスペラに結びつくイメージがわかない。

 媛というの女性に対する美称であり、才媛などと言えば優れた女性への褒め言葉としてなじみ深いだろう。霊というのは魂と同等に扱われることもあるが、強いていうなれば独立しているものを指すことが多々である。

 

 そして、案の定詳細を見ればその内容は文字通りというほかなかった。

 

『媛霊』

:魂を別つことで独立した存在を作り出す。

 その際に生み出された霊体は肉体組織を維持することが可能な原子により実態を得る。

 霊の全ては主に依存する。(独立後はその限りではない)

 ????

 ????


 

 これは前に一度見た力の完全な形での発現なのだろう。

 なぜなら、気になって状況を確認した時にはアビリティの追加はなかったのだから。

 

   


 それにしても感情が完全に喪失してしまうというのは致命的だと言わざる負えまい。

 どれだけ優れたアビリティだったとしても、リスクがこれでは易々と使わせるわけにはいかない。

 

「その能力は俺がいいというまで使うな」


「わかったにゃ」


「ごめんなさい。もう少し早く追い付いていれば、こんなことにはならなかったのに。幸いにも半分くらいしか分離していなかったみたいだから、明日には回復すると思うわ」


「明日!? 二度と元には……!? そうか、確かに寝起きのスペラはそれほど不自然な感じではなかったな。それにしても魂なんてものが数時間で元に戻るなんてな。それなら別に制限するほどの事ではないって事か」


「それは違うかな。完全に喪失してしまえばもう二度と戻ることもないし、極限まで使いきれば魂核までの壁がなくなるわけだから何がきっかけで消失するかわからないよ。魂核は二度と元に戻らないってことは忘れないでね。こればかりは人間も悪魔も神でさえ変わらないからね」


 ルナが言う魂核というのが本当の意味での魂即ち、命という事である。

 スペラは魂核を守る魂の壁が薄くなっている状態なのだから魂に干渉する類の攻撃ででもされればひとたまりもない。


 怨魂の存在をふと思い出す。

 何らかの魂の残り香である怨魂はスペラの能力に通じるものがある。

 スペラの能力の発現に関わっているとするならば、外的要因によって得られる能力に変化があるのか、きっかけを与えるに過ぎないのか、いずれにしろ試すしかない。


 それでも実践で使わせる前に慣れさせる必要がある。

 

 

     

 それよりも気休めかもしれないが、スペラの状態を早く回復させるためにも手の込んだ食事をさせたい。

 訓練させるにしても疲労困憊では得られるであろう成果と報酬が割に合わなくなる。

 尤避けなければならないことの一つが効率、即ち時間を失うという事である。


 今なら、時間に携わる能力を得てから実感する。

 実際にその身に宿る力を実感しなければ重要だと気付かないのだから、俺はまだ幼い子供なのだ。

 たかが20年足らずの人生など生まれて間もない子供と大差などありはしない。


 それに気がつくこともなく大人なのだと錯覚して成長を止めてしまえば死ぬまで未熟なまま、元いた国の愚かな政治家のような末路を辿ることになるしかない。

 自分が稚拙極まりない親の七光りで虎の威光でなんとなく生きている金の亡者が大半を占めていた国で、生まれ育った俺は危機感だけは持ち合わせている。


 火をおこし料理の支度を始めたユイナを横目に彼女にそれが当てはまるのだろうかと思いつつも、トータルでは俺の二倍ほど人生を経験している事への盲目の崇敬がある。 

 一度死を経験してなおも生きることを淡々とやってのけることが、どれほど尊く儚いことなのだろうかなどと考えれば止まない。


「調味料をそろえたいところだが、材料がな……。コンビニでもあれば……なんて、ない物ねだりなんてしてられないよな」


「いつの間にか24時間買い物できるようになって余計に便利になったよね。首都に行けばずっと開いてるお店もあるのかな」


「そうか……。そうだな。首都ってくらいだから、あり得るな。それまで我慢しなければならないのはこの際しょうがないか」


 どうもユイナと俺との間には元の世界に関するずれがある。それはわかっていたのだが、並行世界であるからなのか。単に時系列の話なのかは確かめるすべがない。

 コンビニが24時間営業になったのなんて俺の生まれる前の話なのだから、下手をしたら浦島効果のように元の世界に戻ったら数百年が経過していたって事にもなりかねない。


 他愛無い会話の一言でこうも焦るほど未練があるのだと思うと胸が苦しくなった。

 それをユイナは見逃さない。





 そんなことを思いながらも結局、辺りから採れた果実からドレッシングとソースを作って焼いた肉につけて食べることにした。


「思っていた以上に美味しいな」


 昔、母さんがタルタルソース、オイスターソースまで自家製だと言っていたのを思い出した。

 もともと外食できるような裕福な家庭ではなかったのだが、調味料まで自分で作ってしまうのは子供ながらに尊敬していた。


 学校で出された給食では小袋に入ったソースにマヨネーズと今まで見たころがない包装で手元にやってきたのだから驚きもしたものだ。

 家に帰って給食の話をした時のことは今でも覚えている。


 そして、個別に包装されてもいなければ、店で買う出来ない状況では作り出すという事に至るまでの実行スピードへと繋がった。

 どこで何が役に立つのかなんてわかるはずもない。




 


 今日一日もあっという間に過ぎ去ったように感じた。

 食事も終わり、以前と同じ要領で作り上げた簡易的な家で眠ることに最早慣れてきたのもつかの間。

 明日にはこの寝床もここに置き去りにして、首都を目指さなければならない。


 ここは昨日のような開けた土地ではなく周囲を草木に囲まれた、森林地帯である。

 予想はしていたのだが、蜘蛛に蛾に蟻と馴染みの虫が辺りにうようよといてその不快感に眠れるはずもなく一人外へと出ることにした。


 何の生き物かわからない鳴き声やら羽音が聞こえてる。

 自然などと言えば聞こえはいいが、現代のコンクリートで密閉されたマンションの一室で生活していた俺は落ち着いて眠ることなどできない。


 特に昨日拠点を構えた場所が草木が育ちにくい土地だったこともあって格差を感じてしまうのだ。

 何より俺の未熟さ故に植物から朽木まで不純物を巻き込んで建物を練成してしまったのが、不快さに拍車をかけることになってしまった。


「結界って虫には効かないのか……」


「蚊帳が欲しいよね。虫よけスプレーもいるかな」


「蚊帳か……。このご時世なかなか聞かなくなったな。つってもこっちの世界ではどうかわからんが。ユイナは虫、平気だろ?」


「気にしないけど、いないならその方が良いって思うんだけど? アマトは神経質すぎるんじゃないかな」


「やっぱり、時代だな」


「馬鹿にしてるでしょ」


「うぐッ!?」


 どこからともなく現れたかと思えば、俺の鳩尾にはユイナの右足のつま先がめきめきと嫌な軋む感覚を全身に伝わらせながらめり込んでいた。

 足の先から俺の胸を中心に温度を奪いながら血液から凍っていく。

 ぴきぴきと氷が割れる音となって耳に届く。 


 ひさひざな気がするが新しい技を俺で試しているようにさえ思える。

 名付けて『怒涛氷晶蹴』ってところか。

 なぜ怒涛かと言われれば、怒りが伝わってくるからの一言に尽きる。


 俺は意識が無くなった。


 

  



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