第36話「初めての野営」
現在シフトラル王国の首都アルティアを目指している。
しかしながら、直線距離で突っ切ることもできない為、北東へ迂回する進路を取ることになった。
それも突然地面が割れたことで当初の予定通りの進路が取れなくなったからだ。
「スペラ、東に行けば海があるようだがその辺にもモンスターはいるのか?」
「ミャーは海に行ったことがないから詳しくはわからないにゃ。村の人も海までは遠くて日帰りができないから行かないからモンスターがいるかどうか聞いたこともないにゃ。ごめんにゃ」
「モンスター事態はいることは間違いないでしょう。村の者が海に行ったきり戻らない事がたびたびあり、戻ってこれた者の話では地獄のようだと言っていました。昔よりも海が広がったと聞いているので恐らく海洋種の勢力圏が広がったのが影響しているのでしょう。数百年前は人間が築いた港湾都市が栄えていたのを覚えてますが、天災で滅んだようです。今では海の中に沈んでしまったので覚えてる人も少ないと思いますが……」
ディアナによれば都市が滅ぶほどの天災があり、都市は滅び今はモンスターの巣窟になっているという事がわかる。スペラ曰く距離もあるというのだからやはりここはどこかで休み万全に期す他ない。
ここで無茶をするわけにもいかない。
何せ命は一度きりなのだからゲームや漫画のように死んでもリセットなどは出来ない。
念には念を入れよ。
やりすぎなんてことはない。慎重には慎重の上塗りをしていくくらいでちょうどいい。
「では、このままどこまで行けば迂回できるかわからない以上進み続けるのはまずいか。海まで行けば陸よりも安全かと思って……はいなかったが、やっぱりいるよな。それに海からモンスターが陸に上がってこないこともないだろうし、挟撃される事になれば地形で不利な分対応も……」
「私、疲れちゃってもう限界みたい。できればこの辺んで休憩できないかな」
「ボクも夜は戦闘を戦闘を控えたほうがいいと思うよ。ボクもアマト君も今のこの世界では完全に適応できてないのは身体を動かしてみてわかってる。ってことは慣れるまでは無理はしない方がいいってこと。常にいろいろ考えてるのはわかるけど時には直感で足を止めるのもありじゃないかな」
「しかし、ここは何もない草原の真ん中だぜ。野営するするにしても何も……。そうか、何も無いというならば作ればいい……それなら」
俺は先刻の戦いで土の魔法を行使したが、何も戦闘にのみ魔法を使わなければならないわけではない。
ユイナにも気を使わせてしまった。
結局いつも後押しされて肩の荷を軽くしてもらっている。
俺の腕に周囲のマナが集まるのに時はいらない。
ユイナは俺が何をするのか言うまでもなく呼応したかのように、周囲のマナを俺に集めた。
それを確信していたからこその秘術。
「イメージ通りにやるさ……。クリエイト」
地面に両手を当てマナを流し込むと、村の診療所の診察室がベッドを含め土で完全再現されて出現した。 火の魔法により焼き上げた土の強度は一晩の仮の宿にしては十分すぎる。
日本の伝統的な瓦も数十年の耐久年数があるのだから、それに準するだろう。
ベッドに関しては単純な直方体の頑丈な土の塊の表面に窪みを設け、目の細かい砂を敷き詰めることで砂風呂のようにすることで横になった時の身体にかかる負担を軽減するようにした。
熱を加えた事で砂も暖かく草原に横になって寝るよりも断然快適なのは間違いない。
魔力の絶対値がまだまだ少ない俺では建物一つ作ることなど出来はしなかった。
それに複合的に火の魔法も組み合わせるなど思いついても実行できなかった。それに人数分のベッドを用意できたのは幸いだ。
ユイナによってマナを集めてもらわなかったらこうもうまくはいかなかった。
「凄いにゃー。アーニャは家まで建てれるなんてやっぱり凄いにゃー」
「アマトさんは器用なのね。私も魔法の組み合わせに覚えはあるけど建物を創るのはちょっと……」
ディアナは俺の創った診療所モドキを見て複雑そうな表情を浮かべている。
「魔法で家を建てるってのは魔法使いなら普通なんじゃないのか?」
「魔法で家をゼロから作れる人はそうはいないと思います。素材を一つずつ作り、組み合わせて形にできればいいほうで、手間と魔力の消費を考えれば専門に生業としている方にお願いするのが魔法を多少使える程度なら普通かと思います」
「アマト君にかかればどこでもとはいかなくてもある程度、場所を選ばないで野営できるね」
「成る様に成るものだな。それでも、モンスター除けの効果なんてないから全員で寝るわけにもいかないけどな。とりあえず中に入ってみるか」
全員が入っても8畳程の部屋にはまだ余裕がある。
窓は明かりとりの為に四方の壁の最も高い位置に1メートル間隔に長方形の0センチメートルの穴を開けた。モンスターが入り込むリスクは少なくしなければならない。
これで入り口のみに集中して警戒することができる。
本来ならば明り取りの窓がない方が守りとしては万全なのだが、空気が循環しない状況は危険な為止む負えない。毒ガスのようなものを入り口から流し込まれれば取り返しのつかないことになる。
それに、内側から周囲全ての状況を把握できるようにしている。
窓の下を高く盛ることで内側かは外に対して攻撃も監視もでき、籠城戦もある程度は想定している。
「ミャーが見張りをするからアーニャたちは先に寝てればいいにゃ。ミャーは一日くらい寝なくても平気にゃ」
「まずは俺が見張りを引き受ける。時間を正確に把握できる俺が必然的に最初だ。スペラに任せたら一人で朝までやりかねないからな」
「ミャーは平気にゃ。任せてくれにゃ」
「ここは無理するところじゃない。常に全力でいることが美徳じゃないんだ。頼りにしてるからこそ今は休んでもらう」
「わかったにゃ」
「そういうわけだ。みんなは今のうちにゆっくり休んでくれ。ルナは時間を見て交代する為に起こさせてもらう。今日は二人で十分だと思うが、いいな?」
「もちろん。今は人間の身体を休ませてもらうよ」
「すみません。先に休ませてもらいます」
「ごめんアマト」
「気にするな。これもユイナのおかげなんだ。小さいことで気にしてたらこっちでは生き抜ける気がしないってな」
「こっちに来たばかりのアマトの方が私よりも、馴染んでるように見えるよね」
「そんなことはないだろ。単にアウトドア気分でいるってだけだと俺は思ってる……」
俺はそう言って一人、診療所モドキから出ると前面の壁を背にして星空を仰いだ。
世の趨勢を憂いでいる自分。
この世界は広い。
モンスターに襲われたが撃退に成功した町。
戦に巻き込まれ滅びた村。
天災によって海に沈んだ都市。
そして、まだみぬ王国の首都。
過去に滅びた都市など、架空のおとぎ話だと笑い飛ばすこともできるだろう。
実際に見たもの以外は信じないと一蹴してもいい。
だが、目の前で村一つ消えてなくなる様を見てしまった俺はこれから先に何が起こるのか想像して止まない。
俺はどこへ向かっているのだと。
遠くの方で獣の遠吠えが聞こえた。
日本も昔は狼のお遠吠えが聞こえたという。そこに風情を覚えた詩を書き連ねていたというのだから、昔は現代人よりも趣深い人が多かったのだろう。
俺は遠吠えを聞いて詩を読もうとは思わない。いつ牙をむいてくるかもわからない怪物相手に気を抜くことはしない。
ゆっくりと建物の周り物音をさせないように、ゆっくりゆっくり思いを巡らせ虫が歩くよりも時間をかけて歩く。アビリティの範囲内に敵影はない。
一周廻って入り口へ戻るとルナの姿があった。
雲の間から差し込む淡い月明かりに妖艶に照らされる彼女の姿は、悲しげで……美しかった。
その姿を直視できず時間を確認すれば、ちょうど3時になったところだった。
「時間でしょ?」
「時間は指定していなかった……。だが、時間通りだ」
「でしょ」
「もういいのか?」
「人間である前に悪魔だから。魂が完全に体に馴染めば人間ではなくなるんだけど結局命の単位は変わらないってこと」
「俺の知ってる悪魔ってのと違うが、わからなくもないのは意識を共有したからか。それよりも《《悪》》っていうのに抵抗はないのか。人間がそう言ってるだけで正義か悪では計れないのだろう?」
「別に気にするようなことでもないよ。結局人に何て呼ばれてるかなんて関係ないでしょ。いつの時代も言われる人が気にしているから周りが騒ぎ立てるんだよ。ボクからすればボクの行動を妨げるなら、みんな悪って言ってしまう事もできるけど違うでしょ」
「さあな」
「そうやって境界線をあいまいにしてくれればなんだっていいってことだよ。所詮は呼称」
「くくりに意味はない……か」
それもそうだと思う。
いちいち気にしていたら、気が滅入ってしまう。
「気にかけてくれるのは嬉しいけど、自分の事も考えてもいいんじゃないかな。わかってるんでしょ?」
「俺も同じってことだな。結局認識の違いによっては俺も立派な危険分子ってわけだ。力を何に使うかは持っている者次第、それを決めることは持たない者達はできない」
「考えていても答えは出ないと思うよ。仮に答えを見つけても次に目を覚ますころには考えも変わるし、情勢も変わるから永遠に悩まないといけなくなるね」
「数千年の時間をもってしても答えが出ないなんて、まるで誰でも知ってる円周率みたいなものか。そう考えると案外考えるのをやめるのも悪くないな」
「一眠りして綺麗に忘れて次に備えればいいよ。想像以上に拠点として機能しているから見張りも一人で足りたしね」
「この視認は出来ないが結界を張ったのはディアナか……。モンスターからはこちらの姿が見えてないようだな。モンスターが不自然なくらいこちらに興味を示さないから気になってはいたんだ」
「本調子じゃないみたいだけど、横になる前に四重唱で魔法を唱えてたからね。これだけ強力な結界は戦闘中でもなかなか見ることはないんじゃないかな」
「それなら、安心だな。悪いが少し休ませてもらう。何かあればすぐに知らせてくれ」
「りょーかい」
俺はルナに後を託しそのまま、暖かいベッドに横になると一呼吸もせずに眠りについた。
「暑い……」
疲れはてて瞼を開ける事すら億劫だというのに、何がどうなっている。
身体には熱を帯びたなにかがまとわりついているような感覚がある。
予想はしていたが、時系列的におかしいと言いたいが言う必要などないだろう。
「みゃ~、むにゃむにゃ……」
相変わらず先に寝たはずなのにいつの間にか俺のベッドに上がり込んできたらしい。
正直に言わせてもらえば無理に引きはがすつもりもない。
そんな無駄な事に体力を使いたくはないし、添い寝しているだけならば倫理的には何ら問題ない。
いつの時代も問題は周りが騒ぎだすからこじれるのだ。
この場にはとやかく言ってくるものなどいるはずなどない、そうに違いない。
俺はスペラとは反対側に寝返りをうって、先程にはなかった柔らかな感触に触れてしまった。
この感覚は初めてだ。
つい今しがた、問題などないと思ったのもつかの間どうしたらいいかと思案する。
とりあえず、眠気も覚めてしまったので瞼をゆっくりと開ける。
「……」
「……」
このマショマロのような手触りの持ち主と目が合った。
間が持てない。
まるで蛇に睨まれた蛙のような状態に陥った。
実際は睨まれているわけでも見つめられているわけでもないのだが、そうと思えるのは今の状況に起因する。
何故なら時間は一秒と経っていない刹那の出来事に過ぎないのだから。
自分が動揺していることは十分理解している。
なんでも初めてというものは緊張するのもなんだろうか。
慣れる気がしないのだが、今しがた慣れを実感したのも事実。
即ち徳を積めば人は変わるという事だ。
それは必ずしも良いことばかりではないが、自分でどうこう出来る事でもない。
周囲は静かなのだが、寝息のみが微かに聞こえてくる。
しかし、目の前の整った顔は微動だにしていない。
ただ呼吸する微かな息遣いが感じ取れるだけで、音を聞き取ることは出来ない。
「おはようございます」
初めに声をかけたのはディアナだった。
俺はすぐには反応することは出来ない。
挨拶を返すべきなのか、なぜこのような状況なのかを問いただすべきなのか迷ってしまいあたふたする風でもなく思考停止。
「もう少しこのままでいてもいいですか?」
意外な言葉を耳にした。
「はい」
予想をしていなかった台詞に思わず出た答えはまさかの肯定。
そこでディアナはそっと俺の胸に頭を埋めた。
こうしているとまるで外見通りの少女にしか思え無くなってくるが、彼女は数千年を生きた吸血鬼なのである。
今は吸血鬼となってはいるが元は人間で今も、胸の中で脈打つ心臓の鼓動が生を彷彿とさせる。
身体は暖かく体温を持つ彼女が吸血鬼なのだと忘れてしまいそうになる。
いっそのすべて忘れて皆で静かに暮らすのも有ではないのかと思ってしまう。
完全に覚醒した今、この安らぎの時間がずっと続けば良いのにと思わずにはいられなかった。
再び深い眠りに落ちていたのだろうか、横になったまま時が過ぎていた。
日はすっかり昇り隙間から明かりが部屋の中を照らす。
どうしてこのタイミングで目が覚めたのかを全身に突き刺さるような殺気が物語っている。
わかってはいた。
毎度のことなのだから、知らないふりをしたところで身体は正直なようで全身かわ冷や汗が噴き出す。
もうそろそろ慣れてもいい頃だと思いたいがそれを許さない。
「おはよう、アマトくん」
「……」
「おはよう、アマト」
なぜ、二度も言った。
それにアクセントも敬称も相まって恐ろしさに磨きがかかっている。
「おはよう、ユイナさん」
「本当にアマトは見境がないみたいだね。そういう病気なのかな?」
「俺が悪いのか……」
なんだか理不尽な追及に肩を落としてあおむけに倒れてふて寝を決め込んだ。
寝たふりをして乗り切ろうとしたが、このまま問題を引き延ばしたところで良い方向へむかうことなどありはしない。
「俺が悪かった。ごめん」
「謝るようなことしたの?」
「……」
勿論、悪いと思う事はしていない。
不可抗力以前の問題で、自分には一切後ろめたいことなど無い……と言いたいところだが総じて誤解されるような事態を招いたのは事実である。
「謝らなくていいから、ちょっとこっちに来て」
俺は言われるがまま二人を起こさないようにゆっくりとベッドから起き上るとユイナの方へと近づく。
今までの数日の経験から新たな必殺の一撃を浴びせらるのだと身構えていた。
身体はこわばって耐える姿勢へとゆっくりと膝を落としていく。
「目を瞑って、歯を食いしばって!!」
俺は言われるがまま瞼を閉じ、唇をかみしめる。
痛みというのは慣れないのはわかっている。
アビリティやスキルなどというもので縛れない。
(く、くる!!)
覚悟を決め、一層強く瞼に力を込めた。
しかし、いくら待っていても拳が飛んでくるようなことはなかった。
俺は瞼を開きかけて、動きを止めた。
自分の胸に貌を埋めるユイナが薄らと見えたからだ。
俺のことなど元の世界へと戻る為の一時の仲間だとそう思っている。
それにも関わらず無防備にしがみつく姿はか弱い少女そのものに見えた。