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第31話「目覚めぬのなら待つしかない」

 俺達はこれからについて話し合っていた。

 向かうは王国の首都。

 それだけは明白なのだが、想像していたよりもたどり着くまでの道のりは楽ではなかった。


 地図上では左程離れている印象はなかったのだが、やはり徒歩で向かうとなれば相応の時間を有するという事なのだと実感する。

 身体能力は召喚前とは比べる事すら意味をなさないほど圧倒的に上がっているのだが、疲れもするし人間である以上限界はある。


 人の形をしているのだから走ったところで、車のタイヤのように地面を転がって余力で移動することなどできるはずもないのだから効率的な移動手段がなければ時間もかかるというものだ。

 スペラの能力のように地面を電磁磁石の原理で移動するならばリニアモーターカーのごとく高速で移動も出来そうなものだが、現時点では体力、制御、技術が欠けているのと単独行動が主体ではない以上まだ実用の段階ではない。


 やはり、己の足で一歩ずつ進んでいくほかないのだ。

 だが、それならそれで考えなければならないことはいくつかある。この地を割き谷となった大地を迂回するルートなのだが、終点を視認できなかったのだ。終わりがないなどと言う事はないと信じたいのと、谷底の深さこそ計り知れないのだが水が流れ込むような音は聞こえてこなかったことが可能性を僅かだが残してくれた。


 もしも地図上で確認した東の海まで亀裂が走っているとすれば俺達は向こう岸にわたることができないからだ。

 本来は亀裂が北東に伸びているのだからこのまま北東に進んでいった方が、西回りのルートよりも早く向う岸に行けるのだが、場合によっては侵攻不可能で海路を使うことを考えねばならなくなる。

 それは避けたいところだ。


 俺達がどういう目的で首都に向かっているのかは昨晩のうちにルナには話をしていた。しかし、目的を聞いたところで何かが変わった風でもなかった。

 ルナはただ俺にどこまでもついて行くと言っただけだった。


 時間が経つのは早いもので日も傾きつつある。これから村を出るのは危険が伴う為ディアナが目を覚ましても今日はもう一泊することにんあるだろう。  

 その前にこの村で集められる限りの情報は集めたい。


「スペラは病み上がりだ。ディアナが目を覚ました時の為にここでゆっくり休んでいてくれ。ユイナ、ルナは俺と手分けしてこの村で集められる限りの情報をかき集める。近隣の詳細な地図、物品の取引レート、この国の風俗、これだけは押さえておきたい。いざ、首都にたどり着いても割る目立ちするのだけは避けたいからな」


 俺は皆に事細かに説明していった。ユイナも俺の言わんとしてることは即座に理解している様子で質問も的を射ていた。ルナは子供っぽい言動とは裏腹に知性はとても高い為、年配の人間と話をしているような気がしてくる。あながち間違ってはいないのだが見かけとのギャップに違和感を感じざる負えない。


「誰もいないってわかってはいても人の家に無断で入るのは気がひけるけど、緊急事態だし割り切るしかないよね」


「細かいことはいにしない方がいいよ。これから先綺麗な廃墟なんて山ほど見ることになるんだから」


 ルナは不吉なことを言うが、ふざけているわけでも冗談を言っている様子もない。恐らくこの村の惨状を上回る状態を目にすることになる。

 それは直感的にわかっていた。


 さて、どうしたものか。




 考えるよりも生むがやすしと言うくらいだ。

 早速行くとするか。

 

「とりあえず、ある程度成果が出たと思ったら切り上げて帰ってきてくれ。何も見つからなくても構わないから、3時間経ったと感じたら戻ってきてくれ。時計がないのだから正確な時間はわからないだろうしだいたいの感覚で時間だと思ったら戻ればいいから、そのつもりで頼む」


「「了解」」


 二人は返事をし、俺達は分かれて散策を開始した。

 現在、正確な時間を把握できるのは恐らく俺だけだろう。ルナが正確に時間を把握できる可能性もあったがそれならそれでかまわなかった。


 問題は情報があつまるかどうかだけだ。

 スペラが行ったことである程度の情報は集まっていたのだが、念には念を入れておいてもやりすぎという事はないのだからより確かな物へと持っていく方が賢明というものだろう。


 それに、スペラが得たのは情報だけではない。

 ディアナとの出会いという現状では最高の結果を残す事に成功している。

 即ち、俺達が村で散策しているうちに何か新たな発見があるかもしれないのだ。

 

 ならば動かざる負えないというもの。

 その趣旨は誰もが理解していた。後は二人の成果を期待しつつ自分自身が何かを見つけるだけだ。

 

 


 限りある時間の中でやれることはそう多くない。

 ルナは谷の方へ、ユイナは村の東へと向かった。

 俺は西へは行かず、もと来た南側へと向かうことにした。


 ここに来るまでの間に見落としがないかという事と、敵の侵入があった方角だという事が決め手となった。

 谷の出現によって南北を分ける形となったにもかかわらず、俺達を狙ってくる組織の存在があるのだから次がないとは限らない。

 

 そのポイントは押さたうえで考えたら必然的に俺が向かう先はここしかなかった。

 手当たり次第に民家を漁るような真似はするつもりはなかった。この国の金銭のレートを確認するのならば商店に行くしかない。


 村の広さは左程広くはないとはいえ、店が全くないわけではなく青果店などは複数あるのが見受けられた。

 値札と商品がそのままの状態であることが幸いし、労せずして価格相場は頭に入れることができた。

 しかし、何かが気になる。


 現状ではこの商品のラインナップと価格を把握するだけでそれ以上の情報は特に必要としていない。もちろん知りすぎて困ることなどないのだから知りえる情報は大いに越したことはない。

 それでも何か不思議な違和感を覚えた。


 そんな煮え切ることのない感情を抱きつつも、情報集めに錯綜する。

 着々と得られる情報と知識。できることならば村の人に直接情勢を聞きたいところだが今はもう叶わない。

 こうして無機質な散策は続けられることとなった。


 

 

 店頭にそのままになっていた果物の類は雨に打たれ、時間の経過も相まって腐敗が始まっていた。それを目の当たりにすることでいかに元の世界の衛生管理が優れていたのかを実感する。

 管理する人間が不在でも全自動で機械管理された世の中では数日放置してもこうはならない。冷蔵庫などであれば生肉を数か月元の状態で維持し続けることも容易い。


 裏を返せばこの世界にその技術をもたらせれば元の世界の生活を再現することもできるという事を意味している。寧ろ、化学技術よりも超自然的な魔法の類が存在するのだからそれ以上を追求すれば結果は自ずと出るというものだ。


 そう考えれば科学と魔法の融合はとても魅力的だと言える。

 一学生に過ぎなかった俺が現代科学をどれだけ理解しているかと言われれば、図面も描けず、プログラミングもできないのだから言うまでもなく無知と言わざる負えない。


 しかし、もうすでに完成品を見てきているわけなのだから途中経過をすっ飛ばして答えを導き出せる可能性はある。

 ある程度の目星は取得可能なアビリティで確認を済ませてあった。これからが楽しみで仕方がない。


 気持ちも昂りだしたころだった。

 危険察知に反応があった。

 距離は察知できるぎりぎりの辺りで、そこから移動ないし動きを見せる様子はない。


 これは不気味と言わざる負えない。

 動き回る者ほど行動は読みやすくなり、思考もある程度は読める。何故かと言われれば簡単なことで、ランダムに動き回ったとしてもランダムに動いた実績が結果として残るからだ。

 結果は次の行動の元データとして使える。しかし、動きをみせなければ結果が出ない為真っ白な状態から推測しなければならない。


(おかしい……。こちらの察知範囲ぎりぎりで動きをためたのが気になる。俺の位置が捕捉されてる?)


 俺は何もないこの場所で咄嗟に飛び退いた。

 漫画の一場面ならば主人公のたっていた場所が跡形もなく吹き飛んだり、剣戟が空を斬ったりするものだが特になにもおこらない。


 起こらなければよかったのだが、予想は当たっていた。

 俺はある一点に意識を集中していたのがあだとなって上空から降り注ぐ雷に打たれることとなった。

 

「真上からだと……」


 全身に流れる激しい電流、あまりの衝撃に膝をついてしまう。

 無事でいられたのは属性耐性によるものなのか、魔法耐性によるものなのか定かではないが疑うまでもなく狙われたと言えるだろう。

 雷が落ちる確率は低いのだから。


 全身びりびりと痺れて思うように体が動かない。人間の身体は電気信号で動いているのだから思考にも影響を及ぼす。

 最初の一撃を受けてしまった時点で俺の敗北は決まったようなものだった。


 突如現れたかのように全身を鎧に覆われた何者かが俺の胸に雷を帯びた鑓を突き入れていた。

 胸を穿つ雷鎗を引き抜くことはなく、絶命するまで高出力の電気を流し続けるべく青白い光を放つ。

 苦痛が徐々に俺の精神を蝕んでいく。


 

  

 俺が辛うじて命を繋ぎ止めていられるのは再生能力を得たからであった。人間の身でありながら傷が瞬時に塞がっていくのは些か不気味ではあるのだがこの力がなければもうすでに決着はついていた。

 本来人間にも治癒能力は備わっているが、限界があるがアビリティには制限がない。死と再生を無限に繰り返される。


 一度死した細胞が再生するのだから、不死身に近い状態なのだがそれもも万能ではない。

 このままでは確実に敗北するという確信が確かにある。

 何か抜け出すすべがないものか、考えうる限りの事を試してみなければこの思考すら封じられてしまう。


 


 薄れゆく意識の中で誰かに呼ばれたような気がした。

 その刹那、俺は幾万と言う思考の海に溺れる最中人影のようなものを見た。それは薄らと脳裏に残る影法師のようだ。


 頭がくらくらとし、限界に達し力なくつんのめってしまう。鎧目がけて倒れ行く最中極限に達したために意識を失う瞬間、無意識に俺の右手が自然な動きで槍を握りしめる。そして、そのまま目の前が真っ白となった。


『自衛、脅威の排除を開始』


 アマトは無表情でいて、まるで機械か人形のような精密な動きで立ち上がると周囲に意識を集中する。その仕草は人間にしては些か不自然だが合理的でいて無駄がない。

 電流が流れている鑓をゆっくりと引き抜くさまなど悍ましいとしか形容しようがない程自然なのだ。痛みを感じている様子もなく急速に胸に開いた穴は塞がり、人間の形をした何者かへとなっていた。


「むっ」


 鎧は槍を手放すと真後ろへと大きく跳躍する。

 その判断はただしかった。もしも距離を取ろうとしなければ鎧はこの場所から消え去っていたのだから。

 

 アマトが握っていた鑓ははじけ飛んでいた。アマトは風の魔法が使えるのだがその使用方法は初歩的なものでお世辞にも強力とは言えなかった。

 それにも関わらず風の魔法で鋼鉄の槍を粉砕して見せたのだ。

 

 その余波は絶大で、目の前にクレーターが出来上がってします程だった。

 辺り一帯の空気を圧縮し、打ち出したのだ。以前音速を超える衝撃を目の当たりにして驚いていたとはとうてい思えないほど巧みに操ってみせたのだ。


『目標の破壊に失敗……追撃する」


 アマトは右足を一歩前踏み出すと衝撃が地面を伝って鎧に向かって激震する。

 鎧は地面の揺れにより地面に釘付けにされた為に回避することができずまともに衝撃を受けてしますがよろめいただけで痛手を受けたようには見えない。


「誰だ」


 鎧は呟いた。


 


「回答を拒否する」


 無機質だが、鬱陶しそうにアマトは言った。

 

「むっ」


 鎧もそれ以上は追及してくる様子はない。

 ただ、認識を改めたようで、大きく跳躍すると距離を取ることにする。その判断も間違いだったとすぐに気付く。


 アマトは鎧に視線を送るとその瞬間、音速を超える拳大の空気の塊を複数放っていた。そのすべてが狙いすましたように鎧に吸い込まれるように命中する。

 その衝撃は余波となり辺り一面に凹凸を出現させていく。


 その数は優に100を超える。

 体内の魔力を一切使うことなく、大気中のマナを使っての攻撃手段。だが、精霊術ではない。

 周囲の空間を演算処理することでプログラムされたシステムを起動するかのように空間そのものに干渉しているに過ぎない。


 この世界に有るのかどうかもわからない数式がアマトの頭の中で繰り返し処理されていく。

 数百のCPUを同時に並列処理するという人間離れした能力でこの空間を支配する。

 しかし、高性能のコンピュータならばできるかと言えばそうではない。


 人間は目の前ので見たものを直感で認識できるがコンピュータではそうはいかない。必ず合理的且つ効率的に処理しようとするからだ。悪く言えばプロセスの順番は変わることがないので近道をしたりいらない部分を省くことができない。というよりもその判断が前もって書き込まれていないといけないのだ。


 即ち、今のアマトは機械的な合理性と人間の超自然的な感覚の良い部分を両方持ち合わせているのだ。

 人を超えた存在ともいえるが、人間の優位性である感情を捨てた存在という一面の持ち合わせた存在となったアマト。

 その存在はまさに異質。


 鎧は圧縮した空気の衝撃に耐えることができずに爆砕して粉みじんになったというのに、辺りは綺麗な物だった。

 その光景は不自然な程、自然だった。

   


 

 俺は徐々に塞がりつつある胸に開いた傷を左腕で抑えながら立ち竦んでいた。

 今しがた起こった出来事に恐怖し、まるで崖の淵に出も経っているかのような背筋に伝わる寒気と緊張がその場に釘付けにする。


 そう、俺は自分が何をしていたのか全て覚えている。それでも、自分が何かをしていたといういう意識はない。強いて言うのならば誰かが俺の身体をまるで人形か、ゲームのキャラクターを動かすかのように動かしていたような感覚。


 二重人格なのかと思ったのだが、そうではないとわかる。そこでアカシックレコーダーのアビリティの効果だと脳裏に情報が流れる。

 これは、本来は自分の思考を手助けするような使い方が主体であるかと思っていたのだが、実際はそうではなかった。


 アビリティそのものが一つの人格のように独立して成立する類のものだったのだ。

 それが、俺の精神が限界を超えた事で緊急避難と言う形で具現化したというのが顛末。

 凄まじい情報演算能力を発揮したのも、この世界の全ての開示された情報を網羅しているのだから糸も容易いというものだ。


 本来、計算しなければ答えを導き出せない数式があったとしても、その間の計算式を省略して答えを引っ張り出してこれるのだから俗にいうチートと言わざる負えない。

 現状緊急時にしか発現しないのは偏にこのチート能力を掌握するだけのレベルに達していないからである。


 俺はその圧倒的な演算処理を実際に体験して凄まじい情報量に気が狂いそうになり、まだその次元に達していないことを悟った。


「たかが数分の事なのに、何年もここで戦ってたような気がする……。それより、あの鎧は何だったんだ……」


 言葉を話していたのだから、中に何かいただろうかと思っただのだが鎧の中身は空っぽだった。

 あれは操り人形なのか、鎧そのものがモンスターの類だったのか今になっては最早調べるすべはない。


 傷が完全に塞がり、探索を続行することにした。 



  傷の治りが早くとも疲れまでは回復することはなかった。

 失ったものに対する対価が何かというのもきにはなるのだが、現段階ではそれを知るすべはない。

 今は身体の心配などしているばあいではない。鎧が現れた方角は俺たちがこの村に着た方角と一致するのだから、まずは脅威に体いての対策をしなければならないだろう。


 俺は体がだるいのを気力で振り払い周囲に意識を集注する。

 そこには先程鎧が握りしめていた鑓が地面に転がっていた。あれだけの攻撃を受けつつ、電気を帯びても全く痛んでいないところを見るとそこそお名の知れた名鎗なのだろう。


 武器の類をもっていないルナにでも渡そうと思い、回収することにした。

 自分で使おうとは思わなかったのは扱いの難しさによるところが大きい。素人では扱いが難しいのだが、素人でも数をそろえれば形になるのも鑓の好いところでもある。


 要は誰でも使えるが本領を発揮することの難しい武器の一つだという事だ。

 悪魔と言えば鑓と勝手に想像していたのだから、直感的に誰に渡したらベストなのか、など考える必要もそれほどなかった。


 

 

 鑓を携えて探索を再開するが、思いのほか邪魔だと感じてならなかった。この世界はゲームではないのだから武器の出し入れもボタン一つで行う事も出来ない。その証拠に道具の類は鞄に入れて持ち歩いている。


 どこでも自由に武器が取り出せる空間を作り出せたりすればいいのだが、アビリティの取得にかかるPPを確認して素直に諦めることにした。

 術ならば次元術というものがあるのだがこれもアビリティとさして変わりはしなかった。


 規格外の力の対価はそれ相応でなければいけないという事なのだろう。今は楽をすることは考えずに経験を積み重ねていく方向で考えていくしかない。

 実際にこの世界の人々だって一様に特殊な力を持っているわけではないのだから。




 アマトが鎧と一戦を交えていたころ、ユイナとルナは互いに集めた情報の交換を行っていた。各自で分散することで得られた情報は思いのほか多く成果がが出たと言ってもうしぶなかった。

 ユイナがそろそろ時間だと戻ろうとしたタイミングでルナと合流する形となったのだ。


 実際はユイナの位置を把握していたルナが頃合いを見計らって合流したのだが、ユイナも完全空間把握のアビリティを持っている為ルナの接近に気づいていた。

 即ち互いに合流のポイントを見極める形で落ち合ったに過ぎないのだ。


 実際に何が有るかわからない状態なのだから、危険を減らすためにタッグを組むのは妥当だと言える。二人は集めた情報の照らし合わせを行いながら診療所へと戻る為足元が悪い中でも急ぎ足で歩を進めていた。




 目の前が真っ白になる。

 文字通り激しい雨が視界を遮り周囲が見通せなくなっている。ここまでの雨などユイナは体験したことがなかった。

 同じく数千年の時を過ごしてきたルナでさえ今の状況が尋常ではないことくらい理解していた。

 

 今までに同規模の雨量を目の当たりにしたことがないかと言われれば嘘になる。しかし、必ず何らかの要因があって初めてこのような現象が成立する。

 無から有は生まれはしない。


 まして、雨ともなれば星の循環作用によるものだと断定したくなるところだがこの世界にはそれ以外の要因もいくつも考えられるのだからたちが悪い。


「こんなに激しい雨は今まで見たことがないよ。ルナは?」


「ボクは初めてってわけじゃないけど、ここ数百年はなかったと思う。それに降り方がおかしい……。これは魔神がからんでるかもしれない」


「魔神……。根拠はあるの?」


「雲が動いていないからね。正確には流れていないってこと。周囲から集めた水を上空に集めて子の村を中心に雨を降らせているようだね。辺りが暗いのもそれが原因だと納得できるんじゃない?」


 ユイナは正面にいるはずのルナでさえほとんど視認できない状況と、会話が辛うじてできるほど轟音が響く状況に答えを見いだせない以上可能性が高いルナの推測に納得するしかなかった。

 魔神というのも知識としては知っていたのだが、その存在はなかば幻想の産物だと思っていた。

 

 魔神も偏に神の一種なのだから本来目の当たりにすることはなく、関わることすらない存在の一つだという認識だ。

 実際は魔神は特定の条件を満たした者が昇華することで『成る』存在の為、人並みの生活を送るものも少なくない。


 と言ってもその存在自体は数える程しかいないのだから、もともとの神という存在に比べたら圧倒的にすくないのだが、それは本人たちですら知るところではない。


 その魔神という存在を口に出したルナも多少なりとも関わりを持ったことがあるのは推測に難くない。

 だが、何の根拠もないのに魔神を諸悪の根源にしては可哀想だがぬかりはなかった。


「このままじゃまずいね」


 ルナはユイナに意味深な事を言うが、ユイナは何の事を言っているかわからなかった。

 ユイナがこの世界に来るまではゲリラ豪雨を言う言葉はまだ世間一般的には使われていなかった。言葉と言うのはその時代背景で大きく変わる。


 アマトであればこの意図することがすぐに理解できただろう。

 常日頃から目の当たりにしてきた光景である。それも客観的に見てきたから理解るのだ。


 この村は今360度全ての地域から注目を集めているという事に。  




 二人はこの雨がどの程度の範囲で降っているのかを正確に把握してはいない。この村を中心にしているというところがわかったとしてもそれ以上のことまでは理解が追い付いていかない。


 目の前の現状を打破することすらも困難なのだから仕方がないと言える。

 ひざ下まで流れる濁流が今が危険な状態であることを物語っている。

 足を取られるようなことがあれば忽ち流されてしまう。


 それにこれだけ激しい雨であれば診療所もただでは済まないだろう。周囲の建物は流されてしまったり床上浸水により壊滅状態となっていた。

 それも建物にぎりぎりまで近づかなければわからない視界のなかで確認できた僅かな状況だ。

 場合によっては流されてきた建物に巻き込まれる危険性もはらんでいた。


 二人はそれでも目的地へと着々と戻っていくことに専念する。

 




 辿って来た道を戻るだけだというのにその足取りは重い。

 景色も大きく変わり村としての面影も無くなりつつあり、方向感覚を狂わされでもしたら戻れるかどうかも危うい状況となっていた。


「ルナ、早く戻らないと診療所が……」


 ユイナはそれ以上声に出すことができなかった。もしものことなど考えていても仕方がない。それに口に出してしまえば本当になってしまうような気がした。

 それほど、この世界における言霊というものには言葉に言い表すのもためらうほどの力があると言われているのだ。


「早く戻らないといけないのはわかるけど、これだけ雨が強いとユイナちゃんを抱えて飛ぶのもちょっと難しいよ。ボクだけなら飛んでいけないこともないけど」


 ユイナに問いかけるようにルナは言う。答えは初めから見えているのだが、敢えて問うたのは気づかいによるところ。

 時を待つことなくユイナはルナに答える。


「先に戻って二人を助けてあげて。アマトならわかってくれると思うから」


「本当にいいんだね? 今のユイナじゃ、戻ってこれなくなるかもしれないよ」


「甘く見ないで。私はやれる」


 力強く、ユイナは前進する。凄まじい濁流でも前進できるのは人間離れしたステータスの恩恵によるもので元の世界の人間に限らず力なき村人では流されてしまっていることは言うまでもない。

 それを理解しているからこそ断言する。

 二つの人生を歩んだからこそ状況が理解できている。今が窮地であると。


「先に戻ることにするよ。ユイナちゃん、待ってるからね」


「ええ」


 あっという間に目の前からルナが消えたように飛翔し、遥か彼方へと行ってしまったルナを見送る。

 はじめからわかっていたことだがルナがユイナ一人抱えたところで飛ぶことができなくなるなんてことはなかった。

 ルナの力は圧倒的なのだ。それこそ、常人には神の類にしか思えないほどその力は絶大。


 敢えてこの場にユイナを残したのは、言うまでもないだろう。

 ルナは診療所には戻っていない。

 戻ったところで何も解決しないのは明白。ならば答えは一つしかない。


「ルナ……。やっぱり私をなめてるじゃない」


 ユイナは自分の力の無さに奥歯を噛みしめた。

 結局足を引っ張るか、そうならないように距離をおくしかないのだからやりきれない気持ちでいっぱいになる。

 辺りは着々と整地されていくのが早送りされている歴史資料のように流れていく。


 村なんてものは最初からなかったように進む先に阻むものが無くなっていく。

 時間はあまり残されていない。

 この状況を想定していなかったと言えば嘘になるが、そうなってほしくなかったという願望の方が勝っていた。


 ユイナは一人診療所を目指すが、診療所にたどり着くことはなかった。


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