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第30話「無色なるチェイサーを迎え撃て」

 俺は診療所へと戻るとずぶ濡れになった布きれを無造作に放り投げた。

 この布きれは厚みがあったおかげで水を吸って重くなってはいたものの衣服までびしょ濡れになることはなかった。


 撥水性があれば水を吸う事もなかったのだが、そこまで良質な織物はないのだろうかと疑問に思う。村と町では経済状況が違うとはいえ格差があるように感じたのだ。


「アマト!! どこに行ってたの!!」


 ユイナは俺の姿を認めると開墾一番に問いただす。

 

「少し、外の空気を吸いに……」


「それにしては長かったじゃないの……心配したんだから」


「ごめん……。少しこの辺りを調べるだけのつもりだったんだけど、思わぬ事態に遭遇したというか」


「アマト君は上手くやったと思うよ。アマト君が陽動に動かなければ、尻尾を出すこともなかったよ。あれは」


 ルナはどうやら追ってきたものを探り当てたようだ。

 それだけで俺のしたことに意味を成したという事がわかる。

 

「それは結果の話でしょ? 黙っていなくならないで」


「わかった。だからそんな顔するなよ」


 ユイナは薄らと泪を浮かべていた。スペラはぼろぼろになり、ディアナも重傷を負っていた。ましてルナは悪魔で少女の死をユイナは一番近くで感じた事でルナとの間の溝は俺よりも深いと思う。

 それで俺まで突然いなくなったとなれば、心細くもなるだろ。

 

「約束したでしょ……」


「わかってる」


 俺はそれだけ言った。

 あまり言い訳を重ねれば言葉の重みが無くなり、薄っぺらいものとなってしまうように思ったからだ。


 スペラは未だに目覚めない。雨が止むのが先かスペラ達が目を覚ますのが先かそちらが先だったとしてもこの場所を離れることなどできはしない。少なくとも俺達は今何者かに狙われているのだからうかつにうごけない。


「ルナ、敵の数はわかるか?」


「わかるだけで二人、ここを挟むように位置を取っているみたい」


「二人か……俺を追いかけてきた奴もなかなかみたいだが、もう一人いるとなれば早まらなくてよかったと思う。迂闊に待ち伏せなんかしていたら見つかっていた。


 正体を探りたいが、索敵に特化しているスペラは未だ寝ている以上ルナの力を借りる他ない。

 

「ルナ、二人で間違いないんだな。それなら俺達だけでもどうにかなるはずだ。敵か味方かはっきりしないうちから仕掛けるのはまずいのはわかっているが後手に回るよりはましだ」


「殺さない程度に遊んであげるよ。少しばかり恐怖を味わってもらえばそれでいいってことだよね」


屈託のない笑顔を向けるルナ。

 

「牽制するのが目的だからな。隠れて追ってくる以上攻撃されても文句は言えまい」


 俺はそうは言ったものの少し濡れた服を手で触りながら落ち着くことはなかった。

 即ち、スペラ抜きで打って出るという事。

 できれば、戦闘にはなってほしくはないがやられてからでは遅い。


 今のうちからできることはやっていかなければ、取り返しのつかないことになってしまう。


「ユイナ、ルナ出るぞ……」


 俺達は診療所に無数にあった布きれを各自一人に一枚かぶさると外へと向うのだった。


 


 激しい雨で視界が悪い中では目に頼った索敵も音を頼りにすることもできない。そうなれば、見方によっては抽象的で確実性に欠けるのだが、超自然的な運に任せるように索敵をする方が都合が良い。明確な理由は相手に悟られることがないという事だ。


 狙ってしたことというのは相手からしてみれば教科書通りの模範解答でしかない。そうなればどうあがいたところでレールから外れることがないのだから、レールの外にいれば攻撃も当たらなければ見つけることもできない。


 しかし、何も考えず予測不可能な動きであれば可能性は格段に上がり相手にプレッシャーを与えることにもなる。あまりに見当外れならば見つけることも出来ずこちらの疲労が先にピークに達してしまう可能性もあるのだが、それは人海戦術で行くしかない。


 相手は推定2名だがこちらは3人なのだから人数では優っている。数の優位というものはよほどのことがない限りは覆らないものだ。


「二人とも、敵の目的がわからない以上手出し無用だ。だが、やられたら全力で叩き潰すまでだ。いけるか?」


「ボクは異存はないよ。ボクでも完全に場所がわからないなんてなかなかの手練れみたいだし、楽しめるならそれに乗っかるまでってことで」


「アマトもルナも掴めないのなら、私じゃどうしても見つけることは出来そうにないね。残念だけど、支援に徹するから二人は敵の存在にだけ集中して」


「よし、そうと決まれば行動開始だ」


「「了解」」


 俺の掛け声は雨にかき消されてほぼほぼ聞こえなくなっていたが二人の返事は聞こえてきた。

 気合が入るのを確かに感じて一度は足を運んだ、奈落へ繋がる谷へと会二人を連れて最短距離で向かう。

 もう対角線に診療所を入れる必要もないのだから、このルートが一番早い。


 後は奴らが罠にかかるかどうかだ。




 俺達は谷へと向かって走り出す。

 地面は長く降り続けた雨によってぬかるんでいたが踏み固められていた為か、足を取られるほどひどくもない。しかし、辺りに水が張っている為どこに溝があるのかといった境目がまるで分らない。


 判断材料は辺りに建つ建物しかない。建物がから一定の距離を通る様にすれば障害物や足場に悩まされることはほぼないと言いたいところだが、この村の本来の姿を知らないのだから必ずしもそうだとは限らない。


 それでも、立ち止まってなどはいられない。

 俺達は意味もなく村の果てへと向かっているわけではない。

 谷へとたどり着くころには恐らく結果が出ているのだから。




 一度補足したにもかかわらず追ってはすぐに状況を見定めたのか、存在が一瞬にして消え去った。もう、距離感は一切つかめない。

 それでも俺達は足を止めることはしない。恐らくまだつけられている。

 そうでなくては意味がない。


 悪天候で状況が悪化の一途をたどるのはこちらだけではない。相手だって雨風に打たれ続けられていればいずれは消耗してくるだろう。それを誘発する為の手はルナがうっている。

 ルナは設置型の魔法を多岐にわたり張り巡らせてここまできたのだ。


 しかし、あからさまな魔方陣はフェイク。ユイナはルナの設置した魔方陣を隠れ蓑に魔法を展開していた。大規模な物ではなく完全にターゲットの正体を探る為だけに特化した魔法だ。


 理屈は非常に簡単だ。ユイナの特異な闇の属性の魔法で対象の周囲に薄らと闇を広げるというだけのものだ。

 人間は急激な変化には違和感を感じるものだが、些細な物の変化には慣れや適応力によって気が付かなくなってしまうのだ。

 

 特に今俺達の追跡に意識を集中しているとなれば気が付くのは困難というもの。

 案の定、振り返ればここからでもわかるほどはっきりと闇が二つ迫ってくる。

 ある一部だけ薄らと雨がはじかれている異様な空間がこちらを遠くから距離を詰めることなく追いかけてきていた。


 本人たちは遠くからめれば異様な者が追いかけてきてると思われているなどとは思っていまい。

 特に変わった様子もなく追いかけてくる闇はスピードは一定で攻めてくる様子は未だない。

 奴らの目的は何だと思うがいずれはわかることなので、深く考えることはしない。


 谷が目の前に見えてくる。

 三人で落ちる危険性がないように距離を開けて谷を目前に立ち止まる。

 準備は整った。

 いざ迎え撃たん。




 俺達は谷を背にして追手がこちらへ向かってくるのを待つ。

 もうすでにこちらが気づいていることは察している事だろう。だからと言って正確な場所や姿まで把握しているところまではいっているとは思えない。

 

 それは、ここからでもわかる不穏な闇の気配でみてとれる。

 明らかに淀んだ空気をただよわせているとも知れずに建物の陰に隠れてこちら様子を窺っているのがわかる。


 その様子は個々から見ていれば滑稽なものだ。何せ隠れるような行動をしててもこちらからははっきりと見えているのだから、その光景は奇妙というもの。

 いっその事堂々と出てくればいいものを、こちらが自分達を見つけていないと思いこんでいるのだから出てくることもない。


 じれったいのは言うまでもないのだがこちらから飛び込んでいくのは得策ではない。

 ここまでおびき寄せたのだから最後まで作戦を遂行しなければ意味をなさなくなってしまう。

 今か今かと三人は内心落ち着きなくただじっと耐える。


「まだか……」


 思わず口から出た言葉は雨音にかき消される。

 うかつだと思ったが、つい口から出る。それほどまでに今こうして待つことが心身共に厳しいことを意味していた。


 一瞬の気のゆるみ。

 それを相手は見逃さなかった。

 

 次の瞬間、俺はクナイのようなものを首に充てられているのを感じた。

 そして背中には柔らかい感触。

 

(これは最早言うまでもないよな……)


 そして、ユイナの鋭い視線。


「またか……」


 二つの存在の片割れが消えてなくなっていた。




 緊迫した状態だというのに悪い気がしないのは言いえて妙である。

 命の危機に瀕しているはずなのに、全く殺気というものを感じない。首に当てられているクナイも巧妙に傾けられて押し当てられる形となっている為に傍から見れば肌にめり込んでいるように見えるのだろうが、まったく痛みはなく血も流れてはいない。


 いったい何のつもりなのかと思考を巡らせていると、首元でそっと畏まった少女の声が聞こえてくる。


「私に合わせてください。皆さんは狙われています。」

  

 俺を殺るつもりならできたにもかかわらず、芝居を打つ必要などないはず。仲間をまとめて屠る為の罠だとも考えられるが、リスクが大きすぎる。

 そうなるとここは素直に提案を受け入れてみてもいいだろう。警戒を解くつもりなどないが突然気配が消えたもう一人の方も気がかりなのでしかたがない。


「二人とも俺ごとこいつをやってしまえ。こいつさえ倒してしまえばもう追われる心配はない。次の追手が来るまでに村から出ていけばいいんだ。わかったら、早くやれ!!」


「うるさい!! 騒ぐな!! お前たちも妙な気は起こすなよ。こいつの首を取ることなぞいとも容易いのだ。なぜすぐに首を落とさなかったのかを知れ!!」


 少女は二人に一喝する。

 

「一人で私達を相手にできると本気で思ってるのなら、甘いよ。アマトに傷一つでもつけてみなよ。その口に度と開けなくなるからね」


 ユイナは怒鳴るわけでもなく静かに怒りを口にする。

 俺は両サイドにユイナとルナに挟まれていたが、謎の少女がじりじりと後ずさって崖へと下がった為二人を正面に見据える形となっていた。

 

 そして、気配を完全に消した輩も恐らくどこかの建物に隠れている。

 ユイナの魔法がきいているはずなのに気配がまるで分らなくなったのは建物に完全に隠れてしまったのと、距離を取られたからだ。


「ボクのダーリンに手を出すのはいただけないよね。わかるかな~、この意味」


 ルナは遊んでいたおもちゃを急に取り上げられた子供のように、その言葉を震わせていた。泣きそうで激高しそうで感情がにじみ出ている。ルナの本質は気楽な子供なのだから結果は見えている。しかし、ここは我慢してもらいたい。


 俺は動けと口では言っているが本質は全くの正反対。ここで二人に動かれては困る。

 本当の持久戦はここからなのだから、ぐだぐだとだれていくことが望ましい。


「さあ、二人とも得物を捨てて両手を地面につけろ」


 淡々と二人に抵抗するなと告げる少女。

 ならば、次はこうだな。


「こいつのいう事なんて聞く必要もない!! 早くやってしまえよ。あーじれったい。少しくらい無茶したって死にはしないって言ってるんだ」


 実際に俺は再生の能力を手に入れたので死ぬことはないのだが、本質はそこではないしその事実はまだ二人は知らない。

 この少女が何かこの状況に意味を見出そうとしているのだから乗るしかない。


 害虫駆除も闇雲に探して退治するのではなく、おびき寄せて一網打尽にした方がはるかに効果がある。このままこの芝居を続けていれば必ずその害虫も顔を出すというもの。

 ユイナの魔法を受けてそれでも気配を消したのだからそうとう腕が立つことは明白。


 この少女の接近に対処できなかったのだからそれ以上の敵とあれば、順番が違っていれば俺は今頃死んでいただろう。

 そして、今芝居を打たなければいけない状態という事はこの少女も単身ではぶつかっても勝てない相手だと思っていいだろう。


「早くしろ!! 次はない」


 その言葉を聞いて、ユイナは手の届かないところまで杖を滑らせ両手を地面へとつける。

 ルナは元々武器は持っていなかったので、苦虫をかみつぶしたように不機嫌になりながらも地面に手をつく。


「くっ」


 そうとう嫌だったのだろう。ルナは今にも駆け出してきそうな姿勢だが、ぐっとこらえている。

 

「なんだその眼は? まだ状況がわかってないようだな……。頭をさげろ!! 地面に頭をこすりつけろ!!」


 少女は激昂する。はげしい雨にも関わらず二人はその声をはっきり聴いていた。

 二人とももう限界まで頭にきているだろうに、それでも耐えている。ゆっくりと地面に額をつける二人を見るのは心苦しいが、ここまでくれば何がしたかったのか察しもつく。


「一網打尽です!!」


 首の後ろから勢いよく両手を交差させた少女。

 すると村中から悲鳴が響き渡った。

 そして、俺の首元に薄らと雨ではない俺の首筋から滴が僅かに流れ落ちた。


 まるで鋭い何かで切ったように痛みこそ感じないが違和感は感じた。

 それが意味するところはすぐにでもわかる。

 二人に何も異常がないのを見ればなおのことだ。


「もういいだろ?」


 俺は後ろの少女に聞こえるように声を少し大きめに出した。


「はい。すみませんでした。もう大丈夫です」


 そういうと俺の首に当てていたクナイをどけるとゆっくりと離れる。

 俺は解放されると二人に近づき声をかけた。


「もう終わったよ」


「わざとらしすぎでしょ……。いくらなんでもあれじゃ疑ってくださいって言ってるようなものだし、ルナが意図を察することができなければどうなっていた事か」


 そう、ユイナは俺の考えを読めるという確信があったのだが、ルナが乗ってくれるかは完全に運任せだった。だが、不思議とうまくいく気がしていた。それもそのはずだなぜなら……。


「アマト君とは契約を結んでいるからね。これ以上の説明はいるかな? うーんいるかな。要するに魂の絆で状況がわかるんだよね。だから危機感がまるでないこともわかってたってこと。本気で不味ければそれをボクに直接念を飛ばせばいいんだから」


「いや、そこまでは知らん。なにそれ? 俺が意識を送ればこんな回りくどいことしなくてもわかったわけ」


「まあね。あくまでも意志疎通ができるのは短距離で互いに信頼がないといけないけど、契約を結んでいる時点で感情面においてはクリアしてるし、距離も目に見える距離ならば全く問題ないからね」


「一気に疲れた……」


 現実はだいたいそんなものだ。前もってすべてを知った状態で戦いに臨めることの方が少ないのだ。前もって何で教えてくれなかったのかと嘆くよりも次に活かすことを考えたほうが余程建設的というものだ。


「それよりも、さっきの悲鳴の数から考ええも敵は多かったってことでしょ? 危なかったんじゃないかな」


「その通りです。私は奴らからは見つかることなくみなさんに接触できましたが、もしも見つかっていたらこうもうまくはいかなかったでしょう」


「俺達も一人は補足していたんだ。そして君も」


「あっ! すみません、まだ名乗っていませんでしたね。私はアカネ・ウツキと言います。とある方の命によりあなた達の動向を伺っておりました。先程の話ですが敵は一人を敢えて囮として表へ出すことで意識をその者に集めたのです。私は意図的に魔法にかかりました。あなた達に気づいてもらう必要があったので……」


 どうりでいとも簡単に魔法にかかったわけだ。

 




 俺は拘束から抜け出したことで自由になり声の主の正体を見据える事が出来た。

 ユイナよりは少し背が低く歳は15、6くらいだろうか。

 少女はショートカットの黒髪に澄み切った黒眼、元の世界のそれも同じ国の人間と変わりない容姿をしていた。ただ、どうも若干の違和感がある。


 服装は軽装で胸元には楔帷子が覗いている。

 そう、時代劇なんかで見る忍者のような格好だ。頭まで覆う頭巾などはしていないので可愛らしい素顔を晒しているが、そうとしか表現のしようがなかった。


「忍者!?」


「あなたは忍を知ってるんですか? 私も亡くなった母に聞いただけで他の誰も知らないようでしたが」


 アカネは不思議そうな顔をしている。


「君もこっちの世界に飛ばされてきたんじゃないのか?」


「こっちの世界?」


 忍少女はますますわけがわからないといった表情をみせる。

 

「両親の生まれはどこか教えてくれないか?」


「確か……ヘト、エト……だったと思いますが何分物心つくころに亡くなりましたので……はっきりとは」


「江戸じゃないかな」


「そうです!! なんで知っているんですか!? 知っている人は誰もいないと思っていたのに」


 声色も口調も戦闘中とは全く違っていた。年相応の無邪気な少女といった印象だろうか、俺を間近で見て親近感を覚えたのであろう目を輝かせている。


「俺も底の出身だからな。まあ、少し時が過ぎたせいで呼び名こそ変わっているけどおおむね同郷ってことだ」


 昔と現代とでは単に地名が変わっただけでなく区画整備も進められもはや全く別物と言えなくもないがそこまで説明するのは意味がない。

 最広く考えれば同じ言語圏っていうだけでいい。それに時代を感じさせる言葉遣いかと思って聴いていたがそうでもないようなので、恐らく生まれはこちらなのだろう。


 結局は生まれた国の言葉が母国語になるという事だろう。

 この世界の言語を取得している以上、会話が成り立つのはよかった。しかし、数百年も前の江戸弁で話されても会話が成り立つ自信はなかったのでこの世界の言葉を使ってもらえてよかったと思う。


「だからかな。初めて見たときから懐かしいような気持になったから。まるで両親が戻って来たみたいな」 


 それは言い過ぎではないかと思ったが、異文化交流が盛んになった現代ならと思うとあながち的を得ていると思った。

 すっかり話し込んでしまったが、ふと両手を見るとどす黒い液体が纏わりついていた。徐々に雨が洗い流しているが、なかなか流れきってはいかない。


 それが空中に糸のように垂れ下がっていることでこの少女が何をやったのかすぐに合点がいった。


「まあ、その話は後で聞かせてもらうとしてとりあえず俺達の間借りしている診療所へ来てくれないか。

その物騒な物も閉まってくれるとありがたいんだが……」


「あっ!! 御免なさい、ついついはしゃいでしまいました。辺りに散らばった戦利品を回収するので少しばかり時間をもらえますか、すぐすみますので」


「まあ、構わないが」


「ありがとうございます!!」


 元気がいいのは結構なのだが、少女の後ろをついて行くと建物ごと真っ二つにされた刺客が辺りにころがっていた。その数20を超える。

 首を落とされた者、胴体が半分になった者と皆ピアノ線のような糸で切り裂かれたのだ。


 少女は戸惑うことなく屍の服を弄り書物や武器等を回収していく。

 そして、屍の頭に手を触れると何やら納得したようにうなずいた。


「どうしたんだ」


「大丈夫です。ここにいる人たちで全員です。追手はもういないようなので、それでは行きましょう」 


 その仕草はまるで死人の言葉を聞いたのか、読み取ったのかそのどちらかに思えた。

 この世界では何でもありなのだから、そんな芸当も出来て当たり前のような気がするのだから不思議だ。

 はたして、この少女は何者なのだろか。 

 

   


 俺達は診療所へとたどり着くとルナが診療所を出てすぐに張った結界を解除する。

 中へと足を踏み入れる。

 二人は未だに目を覚ますことなく深い眠りの中にいた。

 やはり気になる。二人に目もくれずに俺達の元に追ってが集まってきたのは妙だ。


 眠っている二人をなぜ狙わなかったのか。

 本来ならば誰かが残り二人の護衛につくところだったが、ルナが診療所に結界をはったことで敢えて誰も残らずにこの場を離れたのだ。


 ルナが張った結界は俺たち以外の侵入を防ぐものだったのだが、少し面白い工夫がしてあったのだ。

 それは侵入を試みた者を拘束するというものだ。

 いわゆる、なんちゃらほいほいというやつだ。


 それが発動した形跡がなかったのだから誰もここへは来ていないという事である。

 見抜かれていたとも思えない。

 何せ何もされていないのだから。


「ルナ、結界に何か変わったところはあったか?」


「何もなかったよ。完全にスルーされたみたい……というかスルーさえもされてないよ」


 それは一瞥もくれずに俺達に向かってきたという事を意味していた。

 

(俺達……いや、誰が狙われていたんだ? ルナ、ユイナ……俺。順当にいけば俺か……)


 一瞬不安を覚えた。

 今まで特に気にもしていなかったが、村や町に平原、俺達は数々のモンスターを倒しレイブオブスと刃を交えてきた。


 恨まれることもあるだろうし、俺達の行動が奴らの何か琴線に触れるようなこともあったのだろう。

 あれだけの数の手練れが動き出したのだからのんきにもしていられない。

 俺達は強くならねばならないし、戦力を整えなければならない。


 向うが数十人規模ならば、本来ならば同じ人数がいなければいけない。

 少数精鋭だからと歴戦の戦士が数人いたところで万人の軍勢には歯が立たないのは歴史が証明している。


「アカネと言ったな、お前は俺達の敵か?」


 俺は藪から棒に言った。


「今は味方でも帝でもないと言っておきます。私も恩師の仕える御方に敵対することがあっても私はあなた方の敵になるとは限りません。私は真に使える主を探しているのです。ですので現時点ではあなた方は私の敵ではなく、私のいる国にも敵対していません」


 アカネは自分自身の答えと所属する国の見解を述べた。

 敢えて分けたという事は、場合によっては国という単位で戦争をすることになるという事を意味している。

 国相手に個人が何かを起こす場合はそれは本来戦争などではない。

 

 しかし、この世界では一人の力も国家に匹敵する力にもなりえる。

 場合によっては一人国家という事になることは覚悟しておかなくてはならない。

 それが成り立つかどうかは別の話なのだが、そういう未来もあるという事だ。


「それで十分だ。何も自分に味方してくれる者としか友達になれない道理なんてないからな」


「友達ですか?」


「嫌……だったか?」


「いえ、城から出ることはなかったので友達と言うものを持ったことがなかったのもので」


(今、城と言ったか。ここは聞かなかった風を装うしかないな)


「俺達が友達になるっていうのはどうかな。そういうのもわるかないだろ?」


「考えさせてください。その、言葉は大切に受け止めておきます」


 少女は嬉しそうでもあり、なにかやりきれないと言った表情をみせる。

 意外に表情は豊かで忍というには何か違うような気がした。

 勝手なイメージだったのだろうか。




 忍装束に身を包んだ少女は告げる。

 

「あなた達は今や注目を浴びつつあります。気を付けてください。あなた達を狙っていた者達は暗殺専門のギルドでその構成員から組織の名前まで不明です。先程記憶を読みましたが、重要な部分は読めないように脳そのものが破壊されていました。私の力を知っていたのか、あらゆる状況を想定してのことなのかわかりませんが組織としては隙はありません。くれぐれも気を付けてください」


「その言葉、素直に聞いておくとするよ。それでこれからどうするんだ?」


「私はいったん戻ります。あなた達のことは概ね理解したつもりです。また会う日を楽しみにしています」


「そうか、世話になったな」


「いえ」


「じゃあな」


「また、会いましょう」


 そういうと、音も立てることなく出ていった。

 敵に回したくはないが、その可能性もある。

 切り替えていかないといけない。


 必ずしも自分達の思うようにはいかない、これからどう流れていくかはまだ誰もわからないのだから。




 新たな勢力が狙っている。

 うかうかしえはいられない。

 俺たちはスペラとルナが回復するまではここを離れることができない。一種の籠城を強いられていた、


 


 うかつにうごけない状態のまま時は流れていく。

 正体も掴めないのでは打つ手は限ら手ている。

 どうする。


 誰も教えてくれない。

 判断は常に自分にゆだねられている。

 


 日は昇り切ったというのに相変わらず外は薄暗く、夕方なのかと思ってしまうほどだ。

 俺達の存在が概ね筒抜けの状態では先を目指すのもためらってしまう。

 恐らく標的は俺なのだから、俺だけが離れればそれでいいのか。


 答えは否だ。

 一度縁を結んでしまえばどのような形であれ必ず、危険に巻き込まれるだろう。

 それならば、俺が自分の力で守らなければいけないと思う。


 それがたとえどれほど過酷でもだ。

 俺が一人で偵察を行っていた際、襲われることがなかったのはアカネがいた事が大きい。

 今はそれがないのだから、一人になれば何者かの奇襲は受けやすくなる。


 敢えて待ち伏せにもこたえることもできるが、それが最善かと言われれば必ずしもそうではない。無駄な戦闘はなるべく避けたいところ。

 それが叶うかどうかはわからないが、試してみたいことはある。


 


 止むことなく降り続ける雨。

 それは沈んだ心そのもののようだった。

 朝食を食べていないにもかかわらず食欲はわいてこない。どんなに気持ちが沈んでいてもおなかは減るものだと聞いたことがあるが、必ずしもすべてにおいてあてはまるものではないらしい。


 誰も食事をしようとも言ってこない。悪魔も腹が張るのだろうかと思ったが人間の肉体を使って受肉を果たしたのだから、恐らく人間と何も変わらないのではないかと予想できた。

 あくまで推測の域はでないのだが、それを確かめる気にもならない。


 常にどうするか、どうしたら良いのかを考えてきた。

 そして、必ず先手を打たれて後手に回るという後追いの状況から抜け出せてはいない。やられてからやり返すのでは遅い。


 命を落としてしまえば取り返しがつかないのだから。悪の組織が狙っているというのならこちらから組織をつぶすのもいいのではないかと思ったが、現実的ではなかった。

 子供の剣かじゃないのだから、返り討ちに合うか闇討ちを恐れて生きていかなければならない。報復を恐れていても始まらないのだが、やはり怖いのだ。


 それでも、アビリティ、スキルとそれらをもろともしない奥の手、即ち対抗策がないわけではない。

 今この時ではないというだけで。

 守るものがあればうかつな行動は許されない。自分一人ではないのは重々承知で動かなければ未来はない。


(スペラ……早く起きてくれ……)


 二人が目覚めたときに動けるように策を練ることが今重要なことだ。

 



 一人物思いにふけっているとユイナに声をかけられる。

 

「何も言ってくれないんだね」


「俺がこんな調子じゃ、いけないとは思ってる。結果としてスペラを危険晒す事にもなった……。怖いんだよ。俺の選択が仲間を危険に追いやっているんじゃないかって」


「危ないことなんて日常茶飯事でしょ。今更そんなことで悩んでいても何も変わらないんじゃいの? 結局同じ危険なら信頼しているアマトに背中を押してもらった方が安心していくことができるよ。みんな誰かに背中を預けていたほうが気が楽なんだから」


「死ぬかもしれないんだぞ……」


「その時は何をしても変わらなかった結果でしょ。この世界に来てから常に死と隣り合わせなんだから、それはアマトがまだこの世界に順応しきれてないんだよ。そのうち、そんなことも思わなくなる……。なってほしくはないけど……」


「この世界に馴染めてないんだな……」


 ユイナは応えない。

 その必要などなかったのだ。



 俺は居心地の悪さを覚えた。

 行動と思考が一致しない。

 

「外にいるから、目を覚ましたら呼んでくれ……」


 ユイナが静かにうなずいたのを確認し、俺は外に出る。

 雷が鳴り響きこの世の終わりのような光景が広がっていた。昨日よりも激しさを増す光景が瞼に焼き付く。

 空を見上げることで全身がずぶ濡れになるが、不思議と不快ではなかった。

 心の奥にたまる後悔の念も一緒に洗い流されているような錯覚すらしてくる。


「俺は生きているんだな」


  

 

 人は生きている事を実感するすべが多種多様だと言われている。

 俺はただ何となく日々の生活を送っていたのだと気づかされた。失ってはじめてわかるものもあるが、失わなくとも環境が変わり、自分を見つめる機会があればそこが起点となることもある。


 今がその時なのだろう。

 この世界に召喚されたときにはまだ、元の世界の延長線上でしかなかった。それが常に死と隣り合わせであることが俺を変えさせた。

 一本の柱は変わらずとも纏った衣が変われば見え方と言うものはおのずと変わるものだ。


 俺はいつの間にか別の何者かになろうとしていた。

 精神をすり減らし続ければ、肉体よりも先に心が死んでしまう。

 そうならずにすんだのは…… 


「アマト、スペラが起きたよ」


 俺の後ろからユイナが声をかけてきたのが辛うじてわかった。

 仲間の存在が俺を現実に引き戻す。


「よかった……」


「シャワー浴びてきなよ。風邪ひくよ」


「そうだな。これだけ激しい雨だとやっぱり痛いし、寒いみたいだ」


「私も同じだよ」


「迷惑かけてごめん……じゃなかった。心配してくれてありがとう」


 俺はありがとうといい改めた。

 元の世界では、よく謝罪会見などを見る機会が多かった。「ご心配をおかけしまして」「お騒がせいして」という常套句を使い絶対に「罪を犯して」「時分が愚かな行いをして」とは言わないのを見てきた。


 自分の否を改めないと先には進めない。

 俺は自分自身で軌道修正していかなければいけない。

 もう立ち止まるわけにはいかないのだから。




 俺はシャワーを浴びに奥の浴室に入った。

 質素な作りなのだが、シャワーも浴槽もあり一般の家庭ならある程度普及していることが伺える。

 しかし、上下水道が完備されているという風ではない。水は建物の外にある井戸からくみ上げているようだ。


 元の世界でも井戸を使っている家庭は珍しくはないし、それを主体にしている国は多く違和感と言うものはない。

 総じて直接汲み上げる場合は、地下の浅い場所にひかれたパイプに比べれば圧力がないために水力が弱くなる傾向がある。


 この汲み上げ式のシャワーも同じく水力は弱く、冷たい水が僅かに噴き出すだけだった。

 それでもないよりは幾分もましだった。

 水しか出ないのは熱源がないからである。


 雨とは違い、空気中の不純物が含まれてないと仮定すれば衛生的な為水とはいえ十分であった。

 頭を冷やすには今は都合が良い。浴槽には昔ながらの薪を焚いてお湯を沸かすシステムが採用されていた。


 誰も沸かしていない為浴槽に水も張られていない。

 雨が止めば熱いお湯を沸かすのもいいかと思ったが、そこまで考えるには今はやることが多すぎる。

 少しはゆっくりと考える時間が欲しかった。


 そうこうしているうちに、日も暮れてしまっていた。

 一日が経つのは想像以上に早いのだと感じた。

 俺は浴室から出た。





 俺は防具は着けずにラフな格好で皆がいる部屋へと向かう事にする。

 そこにはユイナ、ルナ、そして目を覚ましたスペラとまだ眠ったままのディアナがいた。

 俺がいない間にルナとスペラは挨拶は済ませていたようだが、わだかまりのようなものはないようだ。

 ルナはディアナとの一悶着があったことはスペラが知ることとなったと思うが、険悪な雰囲気はなかった。

 

「スペラ、目を覚ましたみたいだな。無理せず寝ていてもいいよ」


 まだ本調子ではないのだろう瞼を重そうに虚ろな眼差しのスペラへと俺は声をかけた。

 

「大丈夫にゃ。寝すぎて逆に疲れてしまったくらいにゃ。それよりも聞いてほしいにゃ!! ミャーはとんでもない物を見てしまったにゃ」


 スペラはそう言うと、興奮気味にこの村であったことを話し始めた。思いのほか話は皆の関心を集め気が付けば3時間以上話し続けていた。

 事のあらましは実に興味深く、ディアナの素性についてはまるで本人と直接話をしているのではないかと思うほど詳しく事細かに語って聞かされることとなった。


 スペラの話を聞く限りでは、ディアナは信頼に値する人間であり敵ではないと断定する材料があると思える。ルナとは少なからず因縁があるようだが、それも刻が流れたことで起きたことで本人たちが心の底から嫌悪しているわけではないようだ。


「ルナはどう思う?」


「ボクは気にしてないよ。結果的にボクはこうしてここにいるんだから、今更恨み言を口にする意味はないからね」


 結果的にルナが辿ったのは一人の少女の死と新たな少女の誕生という、過酷な運命を背負う事となった。本来は人の魂の有り方に肩入れすることなどないのだが、ルナは俺を取り巻く環境に巻き込まれることで新たな命を手に入れることとなった。


「ミャーも出来れば仲よくしてほしいにゃ。喧嘩したら、、正直どうなるか想像もできないにゃ」


 スペラが二人の仲を気にするくらいなのだから、二人がぶつかればどうなるかは想像に難くない。それはルナの力を間近に見ていた俺なら真っ先に理解ができるというものだ。


「本当に良かった。みんなスペラのこと心配したんだからね」


「心配かけてごめんにゃ」


「ボクも早く目を覚ましてほしいと思っていたんだ。いい遊び相手になってくれそうだったしね」


「遊ぶのは嫌いじゃないにゃ。ルナはなんだか昔から友達だったような気がするにゃ」


「そうだろうね。ディアナの記憶を辿ったのなら親近感が湧いて来てもおかしくはないよ。ボク達にとってのたった100年でもスペラ達にとっては人生の全てと等しいんだから、もう家族のようなものだよね」


 気軽に言ってくれるのだが、この辺が悪魔と人との違いだと思い知らされる。恐らくこのままでは俺の寿命が先につきそうなものだが考えないようにしようと思う。

 「死を思え」というものがあるが考えようによっては参ってしまう。これだから死と言うものは、やはり恐ろしい。

 

 今は仲間の帰還を素直に喜んでいればいい。これから待ち受けているものを考えれば喜びをかみしめておくことが最善なのだと。


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