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第29話「悪魔と吸血鬼」

 ルナが草陰の最後の一体の魂を切り裂くと、完全に日も落ち辺りは真っ黒な闇に塗れていた。

 厚い雲と激しい雨のせいで月明かりもなく漆黒に包まれたことで、村に僅かに残された消し忘れの明かりのみが薄らと燃えている。


 俺達はその明かりを目指し歩き出すしか選択肢はなかった。

 謎の少女を俺が背負い、スペラはユイナが背負って村へと向う。ルナはバツが悪そうな顔をしている。


「どうした? この人を知ってるような顔だな」


「知ってるも何も、ついさっき話してたのがこのディアナなんだけど……」


「ディアナっていうのか。というと吸血鬼の眷属ってことだな。その割にはずいぶんぼろぼろになっていたが、話に聞いてたよりも吸血鬼っていうのはそれほどでもないのか……」


「それは違うよ。仮初の肉体だったとしてもボクに呪術を掛けられる程の力を持っているんだから、普通の人間では相手にならないのは間違いないよ。それにも関わらずこれだけの怪我を負わせたとなると、その力はあまりにも強大でボクでも手におえないかもしれないね」


 そのルナの言葉に俺は息を呑んだ。

 先程まで雑魚モンスター相手とはいえ圧倒的な力の片りんを垣間見たというのに、そのルナが手に余るというのだから穏やかではない。


 俺でも真っ向からぶつかれば危ういルナ。それ以上の存在となると俺達が束になっても相手にならない可能性すらある。

 村にまだその元凶がいるやもしれないというのにこのまま進んでいいのか、そんな事をふと思ったがそもそもそのままいるのであれば二人はここまでたどり着くことは出来なかっただろう。


 恐らくだが撃破したのではなく見逃されたのだろう。

 止めを刺さなかったという事はそういう事だ。間違っても意図して逃走に成功した物だと思わないことだ。

 この世の中、楽観的に物事を考えてばかりはいけないということだ。


「心当たりはないか? いくらなんでも、強い奴がこうごろごろといるのでは特定は出来なくても当りをつけることくらいはできるだろ」


「そうは言うけどね~……。ちょっとわからないなぁ。いくらなんでも傷口から特定するにしても光線で焼き切っただろうってところまでしかわからないんじゃ、絞り込むことはできないよ。ボクが知ってるだけでも両手の指じゃ足りないし」


 呆れた表情でルナは言った。即ち敵対する可能性があるものが少なくとも10人以上いるというのだから。


「多いな……」


「まあ、この世界には様々な種族がいるからね。その数100億以上……そう考える言うほど多くもないとは思うけど」


「100億分の数十……、今回の一件を除けばその数倍以上か」


 どれだけの敵を相手にしなければいけないのかと考える。100や1000というと冒険もののゲームならば多いと思えるのだが、スポーツなどではさして多くもない。

 スポーツや将棋、碁なども戦う相手は数百以上は当たり前。ただ違うのは負ければ命を落としかねないという事だ。


 いわゆる二度目のないトーナメントのようなもの。負ければ死、勝てたからと言って世界の平和が手中に収まるわけでもない。ずっと維持していかねばならないのだからたちが悪い。


「アマト君、相手の数が多くても一人で戦うわけじゃないんだよ。君には不思議な魅力があるんだから、これから徐々に輪は広がっていって、いつの間にか敵に負けないくらいの戦力は確保できると思うよ」


「不思議とそんな気はするんだ……。俺はこの世界に来るまではずっと一人でいた。一人でいるのが好きだった。でも、今のこの状況を楽しんでいるのも事実だ。ならいけるところまで行ってやるさ」


 家で一人黙々とゲームをしていた時と今は180度違う。だから何だと思う。

 人間やればできる。

 それがたとえ今までの自分の生き方と違っていたとしても、受け入れさえすれば自ずと結果はついてくる。


「ユイナ。地面はぬかるんでる。足元には十分注意してついて来てくれ」


「アマトこそ、あんまり休んでないんだから無理はしないでよ」


「ああ」


 俺の事なんてどうでもいいからと言おうとしたが、今はディアナを背負っている為無理をするわけはいかない。おとなしく、地面を均しながら進むようにする。

 踝の下まで水が溜まってしまっている為、足を取られることもあり草は滑るので細心の注意を払わざる負えなかった。


 コンクリートとは違い、土の地面が吸収しきれないほどの雨となるとその雨量は相当なものだと思う。この世界の雨の標準なのか、今日たまたま激しく降り続いているのかわからないが億劫になる。


「うぅぅ……・・・・・・」


 背中で呻くディアナは誰かの名を呟いたように聞こえたのだが、雨音にかき消されて良く聞き取ることができなかった。

 まだ、目を覚まさないのはダメージがキャパシティを上回ってしまったからだろう。人間も激痛で意識が無くなることがあるという。


 無くなった意識がすぐに回復する場合もあれば数日目覚めないこともある。早く目を覚ましてくれるといいのだが。どちらにせよ雨が止むまでは村に留まっていたほうがいいだろうと先に結論を出す。

 このままのペースではなかなか村にたどり着けないと思うが、足元も暗く走るのは危険な為必然的に歩いての移動となってしまう。


 俺達全員疲労がピークに達していた。一日歩いているだけならばそれほどでもなかったと思うのだが連戦に次ぐ連戦からのトラブルの連鎖と体力と精神力を削る条件が揃い過ぎていた。

 時間が経つにつれて村の明かりがいくつか消えていた。


 燃料が無くなったからか、雨風などの自然現象かはわからないが目標がブラックアウトしてしまうのはまずい。光というものはその場限りではない。辺りを僅かにでも照らせばそこから情報を得ることもできるし、光そのものが人々の希望となる。


 暗所恐怖症のものでも蝋燭一つあれば、症状が緩和されるとも言われている。

 それほど、光というものは絶大な物なのだ。

 光が完全に無くなるまでに辿り着かなくては、その焦りが俺の中で湧き上がる。


「アマト。大丈夫だから」


 ユイナはそれだけ呟いた。

 雨の音にかき消されることなく俺の耳に、魂に聞こえた。


「そうだな。問題などない」


 そう、問題などない。たどり着けなかったときに考えればいい。今は直実に目の前の事に専念するだけだ。

 そして、俺達は最後の光が消えることなく村へとたどり着くことができた。



 

 

 静まり返った村にたどり着くとそこは人の気配の全くない廃村のようであった。建物が古いとか壊れているという事ではなく、生物の気配がまるでないことで村としては機能していないということだ。

 元の世界で言うところの村の定義と言うものは人口によるものが多かった。偏にそれを満たしたからと言って村や町と言うのもおかしな話ではあるのだが、少なくとも人が一人もいなければそれは村ではない。


「ひとまず、宿を探すぞ。ライラ村に比べれば広そうだ。なければ仕方がないが……」


「そうね。黙って人の家を借りるのも気がひけるし、最後の手段っていうのならば仕方がないとは思うけど、できれば遠慮したいかな」

 

 映画のワンシーンで誰もいない家に寝泊まりするするシーンを見たことがあるが、いざ自分が同じことをしようとするとやはり抵抗がある。それでも宿であれば黙って借りても仕方がないと割り切ることができるのは不思議なことだ。

 勿論、緊急避難としてだが。


「ボクもルール通りではないことはパスしたいから、セオリー通りでいく方向で動いてくれると嬉しいね」


「そのつもりさ。だから、急いで探すぞ。もたもたしてもいられない」


「うぅぅ」


 背中では辛そうにうめき声を上げる少女の声が聞こえる。傷こそもうすでに塞がっているとはいえ安静にしていなければいけない状況なのは言うまでもない。

 早く横に寝かせてやりたいが、なかなか目的の建物は見当たらない。


 村に入ったことで足場はある程度踏み固められていた為、多少走ることに問題となるようなことはなかった。早くしなければ早く見つけなければいけないと思い地面を蹴る力も強くなる。


「アマト君!!」


 ルナの声で俺は慌ててその場に踏みとどまる。危なかった。

 今声を駆けられていなかったら崖の底へと一直線に落ちていったことだろう。

 真っ暗闇に若干目が慣れてきたから油断していた。村の大半が崖の底へと落ちていったからこの村が廃村に向かったのだと思えば、注意しておくべきことだった。


 ルナは相変わらず空から宿を探していた。それが幸いしたのだが、最早その裸体を晒す行動に目を瞑るしかなくなった。

 もう誰も見ていないのだから勝手にやらせておけばいいかと諦めたのだ。

 

 ユイナも同じ女性だというのに何か落ち着かないようだ。確かにルナが男ならば気にならないかと言われれば答えはNOだ。

 そういうものなのだろ。




 

 谷底は深く周囲が暗闇という事もあり、全貌を把握することなどできはしない。

 崩れ落ちた巨大な瓦礫でさえも底に落ちた音が聞こえない。それ以前に底などあるのだろうかと思ってしまうほど漆黒が蠢いている。


「すまない。命拾いした」


 俺はルナに謝意を述べるとすぐに踵を返し、宿の散策に向かう。


「少し落ち着いたらどう? 焦るのはわかるけど建物は逃げないよ」


「そうだな……。冷静さを欠いていたようだ。雨に濡れて頭なんて冷え切っていそうだってのに、その逆だとはな」


「アマトだけじゃない。私だって背負ってるものがあるんだから」


「ボクにも手伝わせてほしいんだけど。流石にボクだけ何もしないわけにはいかないからね」


「みんな、ありがとう。なんでも俺一人でしている気にでもなっていたんだな。とんだ自惚れだ」


「そんなこと……ないにゃ」

 

 薄らと目を開けるとスペラは口を僅かに開けてそれだけ言うとまた眠りに落ちた。

 眠っていても会話がわかるものだという疑問は特に持たなかった。何故なら寝ぼけている人間とは会話が成り立つという研究結果を知っていたからだ。

 だからと言って絶妙なタイミングで言われればその限りではない。

 

「わかってるさ……。その期待に応えられるくらいの器ならある」


 俺はもう聞こえていないスペラに言った。

 ユイナもなにかおもうところがあったのだろうが、スペラが代弁する形になったのでそれ以上は何も言わなかった。

 



 村の大半が崖の下へと崩れ消えた事で、村の建物の確認にはそれほど時間がかからなかった。結果は芳しくはなく宿は見つけることは出来なかった。

 ただ、診療所なのか薬師の住いなのか薬品の類が棚に並べらた建物を見つけたためひとまず雨宿りも兼ねて休ませてもらうことにした。


 建物内には人の姿はなく、外の雨音を除けばいたって静かなものだ。住居として使用されていたのは明白なのだがそれにしては治療薬の類が目立つ。専門的な知識はないもののそれが薬だというのはわかる。


「ここは診療所か……スペラをベッドに寝かせてやってくれ」


「うん」


 俺は背負ったディアナをベッドに寝かせる。隣ではスペラをゆっくりとユイナがベッドへと運んでいた。

 このベッドも診療の際に使っていたのだろう。脇には治療具のようなものが複数置いたままになっている。診察用のベッドは二床だが、奥の移住スペースにも一床有る為合計で三床ということだ。


「もともと村に宿があったかどうかはこの際おいておいて、探したかぎり見つからなかった。止む負えない事情もあるんだからこのままこの診療所を使わせてもらう」

 

「いいんじゃない。もともと人間が怪我したり病気になったりしたら来るところあんでしょ? ちょうどいいよ」


「ちょうどいいっていうのはどうかと思うけど、私もルナの意見に賛成かな。幸いにも薬はあるし、使わせてもらうにも都合がいいし」


「医者がいればよかったんだが、これ以上贅沢も言ってられないからな。それじゃ二人が良くなるまではここを拠点にさせてもらう」


「それじゃ夜も遅くなってきたし、寝るとしますか~。ボクはもうくたくただよ」


「そうね。私も疲れちゃったかな」


「もう、こんな時間か……。二人は奥のベッドを使ってくれ。俺はその辺で横になっているからさ」


 俺はそういうと住居の床に寝転がろうとしたが、ルナに腕を掴まれ無理やりベッドに押し倒された。

 その力は強力で、試しに全力で逃げようと思いっきりh見込んだがピクリともしなかった。

 

「何やってるの!! 離れなさいっ!!」


 ユイナはルナを引きはがそうとする。ユイナの力をもってしても引き離せない。やはり悪魔の潜在能力はとてつもなく強い。

 

「余ってるベッドは一つでしかないんだからボクとアマト君とで使えばいいんだよ」


「私だって……」


 ユイナが顔を紅くしながらも呟く。

 このままでは二人で寝ることになってしまう。と言うよりもユイナが床で寝るのは良心痛む。

 

(待てよ……。俺が二人を床にころがせておきたくないように二人も俺が床に転がってるはまずいとおもってるんじゃ……)


「ユイナ……まだ余裕があるから……」


「うん……」


 ユナは相変わらず頬を染めてベッドに俺に背を向けて横になった。ルナも特に邪険にすることなくそのまま横になる。もう力はこもってはいなかった。即ち俺は拘束から解放されたのだ。


 今更ながら雨で全身びしょ濡れになっていた事に気が付いた。

 もともとコートのみを羽織っていたルナは不快さに、その一張羅さも脱ぎ捨て真っ裸になってしまった。


「おまっ!! ちょっ!?」


「別に減るもんじゃないんだし、そんなに気にしなくてもね」


 ルナはこんな事を言うが、ユイナは改めてルナのスタイルの良さに絶句していた。

 俺も今回ばかりは文句も言えなかった。濡れたままでは風邪をひくかもしれない。

 仕方がないので、装備を一式外すとインナーのみとなった。唯一の元の世界から来ていたパジャマがあったのだが雨でぬれてしまっていた為このままとなってしまった。


 ユイナも俺の行動に決心がついたのか、装備一式を脱ぐと上下おそろいの下着のみとなった。恥ずかしさのあまり掛布団をすぐに体に巻き付けてしまった。

 以前も一度目にしているとはいえ恥じらいがあると、こちらも恥ずかしくなってしまう。どこかの裸族な人たちとは大違いだ。


 その裸族はユイナの行動に触発されたのか顔を真っ赤にしている。どうやら今の自分の姿に徐々に何らかの違和感を抱きだしているようだ。

 成長した者と思いたい。


 結局狭いベッドに俺達三人はほとんど裸の状態で眠ることになったのだ。

 だからと言って何かが起きる事など無いのだけど。




 朝になったというのに外は薄暗く雨音が静かになることもなかった。これだけ激しい雨が止むことなく降り続くことなど元の世界ではそうはない。水の量は決まっているのだから二つのコップを行き来しているようなものなのだからこれだけの雨が降るという事は即ち水そのものが豊富だという事を意味する。


 俺はそのまま一人起き上がろうとするが、ルナにしっかりとホールドされていて抜け出せない。流石に、何度も続けば抜け出す為の技術は身についてくる。


『拘束解除 取得』


 天の声を久々に聞いた気がした。実際はことあるごとに聞こえていたはずなのだが、これだけ落ち着いた雰囲気でもないかぎりおちおち聞き入ることなどできるはずもない。

 聞き逃したからと言って、言いなおしてくれたりはしないのだから一発限りのイベントなのだ。


 拘束解除のアビリティは戦闘中にも何かと役に立ちそうな気がする。密着状態に限らず競り合った時も効果を発揮するというのだからこの力は自由度が高い。


「ルナのおかげで新しいアビリティが手に入った……。サンキューな」


 ルナが眠っているならばと一言呟いた。面と向かっては素直に言えないことだってあるものだ。唯でさえルナにはわだかまりがあるのだから、これくらいは仕方がないだろ。

 なにもルナの事が嫌いと言う話ではない。好き嫌いとは違って出会い方が違っていればもっと気軽に話せる間柄になったかもしれないと思うと胸にしこりが残った。


「アマト君は思った通りの人で良かったよ。人間を好きになったことなんてなかったんだけど、アマト君は人とか生物とかそういうのを抜きにして好きだよ」


 ルナは起きていたばかりか、意表を突いた告白をこれでもかというほど核心をついて伝えてきた。

 ユイナが起きないようにと気を使ってそれほど大きな音は立てていない。

 この状態をどう説明したらいいのかわからない為、寝ててくれると助かるのだが。


「その気持ちだけもらっておく。そのうち俺の本性が見えてくれば二度とそんなことは言えなくなると思むしな」


「悪魔は相手の本心を見抜くことができるんだよ。ってことは言うまでもないよね」


「その力は常時働いているのか?」


「流石に意識しないとわからないよ。そうでないとざわざわしすぎて疲れるでしょ」


 意味は分かるのだが、そんなに単純な物なのだろうか。本人がそういうのだからそうなのだろう。


「ほどほどにしてくれ」


「わかった。じゃあ、口止め料としてキスして」


「調子に乗らないようにな」


「つまらないの」


 ルナはちらっとユイナの方を見るとにかっと笑った。もうだいたい読めてきた。


「ユイナもなんか言ってやっていいよ」


「未遂で終わって良かったね。それとも残念だった?」


「いや……」


 俺は背筋に冷たいものを感じた。

 ユイナは怒らせないようにしないといけないな。もう何度目だろうか。

 これから先も心配事は絶えない。そう思ったのだった。


 

 俺は準備を整えるとその場にとどまっていられなくなり、スペラ達の寝ている病室となっている部屋への扉を開いた。二人は相変わらず深い眠りの中にいるようだ。目覚める気配はない。

 雨が激しいために外の空気を吸う為に出ていくわけにもいかない。


 もしやと思い辺りを見渡すが、傘のようなものはないが全身を包むことができる程度に大きな布きれを見つけた。撥水性が優れているわけではないのだが、無いよりはだいぶましだと思い頭からかぶるとそそくさと外に飛び出した。


 目的は一人になりたかったのと、明るくなった村を軽く見ておきたかったからだ。

 真っ暗闇では外に不審物があってもわからない。建物の周囲に土砂崩れの可能性だってある。場合によってはこの建物を支えている地面でさえも安全とは言えないのだから確認をしておくのは至極当然のことだ。しかし、昨日までは余裕もなくそこまで気が回ることはなかった。


 


 しかし、今ならば疲れも程よく取れて一眠りしたことで頭は冴えわたっている。それは僅かな違和感に気付くには十分すぎる程だ。

 建物は平屋建てでそれほど大きくはなく、外から見た限りでは立派ではないにしろ地盤沈下等もしてはいない。


 周囲には似たようなこじんまりした建物が多く周囲は見晴らしも良く崩れてくるような山や建物もない。先日の地震により突如現れたであろう谷との距離も十分である。余程のことがない限りここまで巻き込んで崩れ落ちることはないように思える。


 しかし、人の気配こそしないものの何者かに見られているような気配を感じる。距離はかなり遠いと思える。危険察知の範囲外なのだが気のせいとはどうしても思えなかった。

 それは誰かに見られているような気がする……そう感じたらたいていが気のせいでないからだ。人間なにか不信を感じれば何もないことなどそうはない。


 デジャヴ、虫の知らせ、シックスセンス、超直観、予知夢とこの手の類はあげればきりがない程だ。これは先人達が経験してきたことの総称と言える。何かを感じたら軽んじてはならない。仮にそれが本当に何もない気のせいだったとしてもデメリットはないのだから。


 


 俺はアビリティではなく自分の直観を信じて何者かに狙われているという意識を念頭に置いて行動することにした。だからといって悟らせるわけにもいかない為別段行動そのものに緩急をつけるようなことはしない。

 いたって自然に雨の中民家から民家へ移りながら周囲を見て回る。

 

 物陰に隠れたり、民家の中へと姿を隠せたときにより遠くへと意識を向けて探りを入れることにする。 多くの場合敵から視認できるという事は逆にこちらからも視認できる可能性がある。裏を返せば相手から視認できないという事はこちらからも視認できないという事だ。


 しかし、それらは正攻法に限る。向うの索敵範囲がこちらを上回っているのならこちらは方法を変えればいい。

 俺はみんながいる診療所を気配のする方から対角線に入るように大きく裂けた谷へと歩いて行く。

 もちろん真っ直ぐ進むのではなく周囲の民家を偵察も兼ねて立ち寄りながら進んでいく。


 感じた気配が気のせいだったとしてもそうでなかったとしても、動作に差異が出てはいけない。

 明確に何者かがいるのであれば俺を追ってくるだろう。

 そのまま直線距離で距離を詰めれば診療所にも近づくこととなる。敵の戦力がわからない以上負傷している二人に近づけてしまうのは得策ではないのだろうがやはり情報はほしい。


 今の俺達は首都へ向かうという目的こそあるが、それだけだ。実際に首都へ着いたときに再び情報を集めるというのは変わりはしない。

現状ここで足止めをしているのだからこれを活かしていきたい。


 多少のリスクは致し方がないと思う。それでも診療所にはルナがいるのだから、この機会は大切にしていきたい。敵がいるのならばあいつが気づかないとは思えない。

 診療所を避けるようならばそれでもいい。その場合は上手く撒くことができればこちらから打って出ることができる。


(敵何てものがいなければ俺は一人で妄想と戯れてる痛い奴ってことだよな。元の世界じゃそもそも追われることなんてないから、完全に頭のどうかしてる奴の行動……考えないようにしよう)


 そもそも、少し外の空気でも吸いたくなったというだけで黙って出てきてしまった。あまり長居することがないようにしないといけない。

 もうすでに30分は経ってしまっているが仕方がない。

 診療所に戻るとしよう。


 戻るときは大きく反時計回りに回り込んで帰路につくことにする。相手に戻ることを悟らせないようにすることが最重要なのだが、敵に未だ気づいていないと思わせるのが何よりも必要になってくる。

 でなければ今までの行動が全て無意味になってしまうのだから。それと何より診療所に敢えて近づけさせた事が裏目に出るようなことにはしてはならなかった。


 一瞬何かの反応がしたと感じたら一瞬でそれが消えた。この反応は俺を見ていた者ではない。恐らく何らかのモンスターが村に侵入したのだ。それを何者かが始末した。

 放っておけばいい物を、対処しなければいけない理由があったのだろう。


 それさわかれば何らかの糸口になることは明白なのだが、モンスターを一瞬で屠ることができるその能力は侮ることは出来ない。

 思っている以上に厄介なものに目をつけられたのかもしれない。

 

 診療所に戻ってくるのに結局1時間ほどかかった。

 本の数分の息抜きのつもりがこれなのだから、なにが起こるか本当にわからない。一人で外を出歩くだけでリスクが付きまとうなんて物騒な世界なのだと改めて思うのだった。


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