表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/48

第28話「悪魔の美少女ルナ~パーティ加入」

 新しく俺達の仲間として加わった、ルナ。

 今俺達と共に行くというのならばからならずしておかなければならないことがある。

 それがパーティーに加入させるという事だ。


 裏切られれば窮地に追い込まれる可能性だってある。

 それでもこれから先共に戦うならば裂けて通れない。

 それが契約というものだ。


 ユイナは元々同じ世界の人間だったこともあり別段迷う必要もなかった。

 スペラも命を救った経緯と、それに至るまでの理由がこれから命を預けるに値すると納得できるものだった。

 しかし、今回はこれまでとはわけが違う。

 

 互いに一歩間違えれば命を失う事にも、それに勝る事態になっていたとも考えられることが起きた。

 それを引き起こしたのは紛れもなくルナと呼ぶことになった悪魔の少女だ。

 ルナという名前も亡くなった少女から与えられたものだというのも理由の一つだ。


 その直接的な原因は、別にあるのだからこの悪魔を恨むのは筋違いだ。

 だが、長くない命だからと言って奪っていいなどとはどうしても思えなかった。

 安楽死、尊厳死などと言うものがあるがそれと同じだ。

 

 自分が立ち会うことになるとそれに異議を唱えて、悪者を作って他人のせいにするのだから俺も救えない。本人が望んだから自ら命を絶つことを認めなければならないなどと諦めたと思いたくはなかった。

 それが最善だと思いたくなかった。


 自分勝手な思想を押し付けて勝手にルナに逆恨みをしているとわかっている。

 それがパーティーの加入に抵抗を覚えることになった。

 いつか払拭できるように大人にならないといけないのだろう。それができないのが子供だという事なのだから。


「これから、パーティーに加入してもらう。要は俺と新たに契約を結ぶってことだ……」


「気が進まないって表情をしているけど、どうするの? ただついて行くだけなら、その契約はなくてもいいんじゃない?」


 確かにルナの言っていることは最もだ。

 ルナと個人的に契約だって結んでいるのだからこれ以上のリスクは負うことはない。

 しかし、そのリスクを背負うことができるのならばメリットはそれを圧倒的に凌駕する。


 反逆による死は個々に結んだ契約で俺に対してはゼロと言える。それはあくまで俺だけが命の保証がされているという事で、パーティーメンバーの無事が保証されているわけではない。

 仲間が常に危機にされているなどと考えたら穏やかではない。


「これから先お前が仲間の命を危険にさらさない保証がないからな。だが、パーティーに加入すればお前は今以上の力を手に入れることができて、なおかつ俺もその力を得ることができる。命と力を天秤にかけることは俺には出来ない……」


「それなら、ボクの魂を縛ればいい。ボクは名前によって君に逆らうことができない。君が命令するのならば君の仲間には手を出すことは出来ないよ」


「俺の仲間……そうじゃないだろ。お前も俺の仲間……俺達の仲間でないといけないんだよ。一緒に旅をする以上赤の他人であってたまるか。顔見知りってだけで一緒に旅なんてできないだろ!!」


「君は思っていた以上に熱いね。正論ばかりじゃこの先つまずくこともあるかもしれないけど、それでも倒れずに前を進んでいけそうな気はしてくるね。これだけは言わせてほしい……悪魔だって感情が有るってことを」


 最後の一言を聞いて、忘れていた何かを思い出したような気がした。

 俺は自分の事ばかり考えていた。

 悪魔が感情のない人形だとでも思っていたのか。言葉を話して意思疎通ができるのに、襲ってくるだけのモンスターや獣と同じだと思っていたのか。


 自問自答すればするほどに自分の考えが浅はかだったと思った。

 遊ぶことに夢中になっていたとして直接、命を奪わないようにしていた。結局は信念があったからだ。

 理由はどうあれ魂があり感情があり今は肉体すらあるのだから、否定から入るなどとは自分は底の浅い人間だったと思い知らされる。


「俺は……信じる。ユイナ……俺は……」


「言わなくてもいいよ。私はアマトを信じてるんだから、自分を信じていいんだよ」  


 ユイナは俺の言葉を遮ってそれだけ言った。

 俺も言葉を無理に紡ぐこともせず、安心感を得られた。

 最後まで言ってしまえばユイナに強要して、答えを求めた形になっていただろう。それを敢えて言わせないのだからユイナの人の心の内を読み解く心理術というのは相当なものだ。


 しかし、それもアマトだけにしか通用するものだとはアマトは知らない。

 アマトはユイナは誰に対しても心の中を読む程の読心術を会得しているものだと思っていた。


「改めてパーティーの申請をする。よろしく頼む」


「こちらこそ、よろしく」


 ルナにパーティ加入の申請を送り、それをルナは受諾する。

 一瞬驚いた表情をみせたが、すぐに受け入れたのだろう。加入直後でも何らかの変化を感じ取ったとみれる。

 

「どうだ?」


「力が溢れてくる感覚……。それに一層強く君と繋がった……違う。君たちと繋がった気がする。これが絆って奴なのかな。悪魔契約とは違うね。最暖かい物を感じるよ。これは君の心の温かさだと思うよ」


「その君っていうのはやめてくれないか、これから先それじゃ誰かわからないからな」


「そ、だね。じゃー……ダーリンって呼ぶからボクの事はハニーって呼んでね」


「冗談じゃない!! 俺はルナって呼ぶからな。ルナも名前で呼んだらいいだろ!!」


「だーめ。ダーリンはダーリンだって、ユイナともカップルってわけじゃないんでしょ。なら問題もないでしょ?」


「あるでしょ!! 確かに私とアマトは……付き合ってないけど……ルナが付き合うわけじゃないんだから、それはおかしいよ!!」


「ボクとダーリンは魂で結ばれてるからね。一生死ぬまで一緒なんだから恋人以上なのは言うまでもないと思うけどなぁ」


「だから、そんなもの勝手に決めてもアマトが困るだけでしょ!!」


「困らないよ。寧ろ嬉しいと思うけどなぁ。自分でいうのもなんだけどボク美少女だしね」


「アマト? なんでまんざらでもなさそうなかおしてるのかなぁ?」


「ぬなぁ……何をおっしゃる兎さん。俺が見てくれで靡くような男だと思っていたのですか」


「なんで敬語」


「ダーリンもユイナも面白いなぁ。これから先も楽しめそうで何より」


「もう、勝手にしてくれ」


 俺はもう疲れ果てていたというのに、ユイナもルナも元気だなと思っていた。

 これから先も疲れることは確定のようだ。




 スペラが戻ってこない。

 俺達がここで死闘ゲームに興じている間に戻ってきても良いころ合いであったのにも関わらず、未だにその気配はない。

 何らかのトラブルに巻き込まれたとみて間違いはないだろう。


 意味もなく長居する事はスペラの性格ではまずない。完全に自由な時間ならともかく俺の指揮下であることでその忠誠心から任務を最優先すると考えていた。

 だからと言って俺達がここを離れることがあれば、連絡手段がないため合流することができなくなる恐れがある。


 誰かが残ってスペラを迎えに行くのも一つの手ではあるのだが、ここら一帯が危険地帯である以上リスクが発生してしまう。

 ここはスペラを信じて待つほかはない。


「俺達にはもう一人仲間がいるんだ。今村に単身で乗り込んで情報収集に行ってる。ルナの両親を探して合わせてやるのも目的だったんだけどな。それは最早意味はないんだな……」


「確かにこの娘の両親はもういないけど、意味のないことなんて何一つとしてないよ。少なくともボクはルナの魂を取り込んだことでダーリンたちがしてくれたことに胸が熱くなってるんだから。これはルナの感情と一体化したから感じたんだろうね。代わりに言わせて、ありがとう」


「お前はルナと一つになったんだな……」


「そうだよ……」


「村の状況はどうなっているんだ。少なくとも村から逃げたんだから、何かあったんだろ? 教えてくれ」


 俺は何故村から離れる事になったのか聞いておきたかった。

 場合によってはスペラを単身で向かわせたのは失敗だったという事なのだから。


「村にはレイブオブスの幹部が向かっていたんだよ。その気配を感じたから、一戦交える前に村から離れたってこと。この世界に留まるつもりもなかったからね。不安定な状態では肉体が滅んでしまう方が早かったと思う。無理やり、魂と肉体を崩壊させず受肉の器にもせずに留めておくのは簡単じゃないってことだよ。思わぬ邪魔が入ったのもあって本当に危なかったけど……」


「思わぬ邪魔とは何のことだ?」


「昔馴染みの真祖には眷属がいたんだよ。その眷属に呪術をかけられちゃったわけで。ボクも昔、一度会っただけだからうろ覚えだったんだけど、ボクのしたことに対してかなり怒ってたから逃げてきちゃった」


「村人の一件だな……。してしまったことに対して今更言っても始まらない。その先の事を考えるしかない。その真祖の眷属は俺達の敵って事になるのか……いや、村の住人を結果的に追い立てたお前に対しての行動ならば一戦交えることにはならないよな」


「アマト、その人がスペラと会ってたらルナの事でぶつかるんじゃないかな」


「圧倒的な力を持った悪魔に挑めるほどの相手となるとスペラが危ない!」


 俺はすぐに、村へと向かう準備をしようと木の幹に転がっていた荷物に手をかける。

 それを制したのはルナだった。


「その心配はないよ。ディアナはボクの存在を感じ取った上で呪いをかけてきたんだ。スペラって子も仮に出会っていたとしても戦うようなことにはなっていないと思うよ。もともと本ばかり読んでるおとなしい子だったって言ってたし」


「仮にその眷属が無害だったとしてもレイブオブスの幹部がいるんだろ? スペラが危機にさらされていることに変わりはない。俺達で助けに向かわないと鉢合わせにでもなっていれば、万が一ってこともあるだろ」


「正直今のボクならあの程度の連中なら、敵じゃない。君達が単独で挑んでも恐らく勝てるんじゃない? その程度の幹部にスペラって子がやられるとも思えないけどね。君たちの仲間ってことで得られる恩恵はそれほどのものって事」


「待とう。無事を信じることだって私達がしなければならないことなんだから。これから先、何度だってこんなことはおきるんだから」


「俺は……わかった。信じて待つよ。ただし、1時間だ。それを過ぎたら……」


「ボクが残るから、二人で行くといい。スペラって子のことはボクは知らないからね」


「頼む」


 俺は時間まで三人でここに待機することを選択した。

 すぐに行くのは辛うじて理性で押しとどめたが、不安は払しょくできない。早く帰ってこいと胸の内で叫んだ。

 俺の気など知ることもないだろうスペラ。


 今何が起こっているのかわからないことが、これほど不安に感じるものなのか。 

 虫の知らせではない事を祈るばかりだ。

 残り58分……。




 

 スペラとディアナはオルガを撃破した後、村人たちを追う事も考えたが既に察知範囲から離れすぎていて追う事は出来ない。

 スペラの能力であれば一度触れていれば追う事も出来たが、あいにくその機会には恵まれなかった。

 匂いを手繰るにも雨により洗い流されてしまっている。


 猫、犬などの動物の嗅覚であれば追えなくもないのだが、それは標的が定まっていればの話であって関係のない者からいつの匂いなのかも具体的に判別が不可能な現状では、無造作に混ぜられた米の実った房を割り出すようなもの。


 わかるはずもない。

 それならば素直にアマトたちと合流を謀るのが得策というもの。

 だというのに、現状その行動ができない。


 ディアナはスペラを背に庇うように前に出て警戒を緩めることなく、その場から動こうとしない。オルガ相手でも全く動じることがなかったというのにその表情は余裕がないのが伺える。


「どうしたのにゃ」


「静かに……」


 ディアナは一言呟くだけでそれ以上は何も言わない。

 否、何かをぶつぶつと唱え続けている。

 不思議な事に、何かを唱えながらスペラと会話を行ったのだ。


 腹話術というものがあるが、一度に二つ以上の事を話すことができる者などそうはいない。これは多重詠唱を得意とするディアナの専売特許だ。


 ディアナはスペラとの会話がこれ以上ないと判断し、さらに詠唱を追加。一度に二つの詠唱を口頭で唱えながら頭では3つ詠唱を行う。即ち現状5つの詠唱を行っている。

 五重奏クインテットを一人で行う事の出来る唯一の存在それがディアナその人である。


 莫大な魔力、呪力、霊力、精霊力、法力の合わせ技から繰り出される複雑に絡み合った防御不可能攻撃でなければたいしょができないほどの強敵。

 それが空高くからスペラ達を達観していたのだ。

 スペラは視認するがそれが何かを理解することができない。


 人の形をしただけの何かだとしか感じ取ることができない。

 これが圧倒的なレベルの差から生じるものだとは本人は自覚することができない。

 ディアナとのレベル差も相当なものだが月とすっぽんくらいの差だと言えば理解できるだろうか。


 無論、圧倒的な差があることを例えることわざであれば比べることは出来るが、スペラとの差は最早比べることなど不可能な世界なのだ。

 地球上にはいつくばる虫が自力では月にいけないようなもの。人間であれば科学の力を借りて月に行くことができた。


 もはやスペラなど天から望む者からすれば虫と同等かそれ以下、眼中にはない。

 ディアナをただ見つめるだけである。

 外見こそ、黒髪、黒眼の若者にしか見えない青年。その容姿は物語の主人公のようで勇者や英雄と言われても何も違和感などない。


 それが、モンスターを退治している場面であればの話である。

 その瞳はディアナを見詰め、左手の盾は血に濡れ、右手の剣は赤黒くなりふき取った血が綺麗に拭きとれていない。


「……クインテッド・エルクライブラントライド」


 ディアナの声が一瞬五つ別れたように僅かにエコーが掛って辺りに響き渡る。空中に停止している青年の正面、左右、上下の五方向に次元の穴が開きその穴から光に矢が解き放たれる。

 その矢は光の速さで青年に向かって行ったが、青年は躱すことなくその矢に射抜かれた。 


 その矢は全て標的に突き刺さると互いの矢と繋がり茨のように絡みつき青年を拘束し、呪い、腐敗、燃焼、爆破、精神汚染をもたらす。本来は矢ごとに付随する効果がリンクすることで全ての矢にその効果がもたらされる。


 しかし、青年は表情一つ変えずに一言呟いた。

 ディアナたちにその声が届くことはない。

 天と地ほどの距離があれば、口の動きすら確認はできない。


 むしろ、それだけの距離があるにもかかわらずその存在を視認できたディアナが優れていたのだ。

 スペラも何かがいるという事は察知能力で知ることができたのだが、知るだけならば難しくはないという事なのだ。


 それ以上ともなれば話も変わってくる。

 青年はこう言ったのだ。


『愚かだ』と……。


 ディアナは心臓を射抜かれていた。

 地面に倒れ伏す少女に何が起こったのかわからず、呆然と立ち尽くす猫耳少女。

 上空の気配は消えていた。


 ディアナの胸には手のひら大の穴が開いていたのだが、徐々に塞がっていく。

 ふつうの人間であれば死んでいた。

 即ち……


「み……見逃し……てもらった……みたい、ね」


「そんにゃ……」


 涙を浮かべるスペラは状況が理解できていなかった。

 胸を射抜かれて見逃してもらったとはどういうことなのだろうと。

 理解できないのも無理はない。目の前でくり広がれていた事の何一つとしてわからなかったのだから無理もない。


 大量の血を失い、息も絶え絶えの瀕死のディアナを背負いアマトたちとの合流を果たすためにスペラは歩き出した。

 ディアナは射抜かれたというのだから、それは線という事。

 ディアナを貫いた線の行きつく先には動かなくなった骸が転がっていた。


 その骸の事は二人は知らない。

 もしも、ディアナを貫くことがなければスペラは死んでいたのだから……。

 青年は気まぐれでスペラの命を救っていたのだ、レイブオブスの刺客から。


 


 重傷を負った少女を背負って歩み出した猫耳少女。

 背には人気が完全に無くなった村があるだけだ。もちろん息絶えた刺客など気づきもしない。

 ただ、アマトたちの元へとたどり着かねばならないという思いだけで前に進んでいた。


 全身は傷だらけで素肌はあざが至る所にあり痛々しい。それでも歩み続けられたのは偏に性格的な物だろう。危機的状況では火事場の馬鹿力などという普段ではありえない力を発揮するというが、それに近いものがある。


 瀕死の重傷を負っていても傷が急速に治癒する少女と、自然治癒では限度が有る為速やかに治療を受けなければ命に係わる少女。両者は互いの為に命を懸けた末に生き残ることができた。

 結果論などと言われればそれまでだろう。


 しかし、結果というものは行き着いた先に初めて形作られるものなのだ。

 それは誰しも結果を出すまでは答えは出せない。

 二人は生きのこったという結果を確かなものとするために進んでいるのだ。ここで倒れてしまえばそれが結末として最悪な形で幕を閉じる。


 太陽はもうじき沈み完全な闇へと落ちていく。それまでに辿り着かなければモンスターの襲撃には対処は出来ない。夜目が効くスペラといえど万全な状態でない以上は無理は出来ない。

 油断すれば、この激しく降り続けている豪雨の中ではあっという間に消耗してしまう。


 ただでさえ体温は急速に失われているのだから、緊張状態は続いている。

 体温の低下は思考の停滞から身体能力の大幅な制限と戦ううえではマイナス要素が絶えない。

 重い足を一歩一歩前に進めてようやく雑木林が見えてきた。


 道中まばらに木が生えているのを見てきたが、やはり雑木林と比べると殺風景な物であった。

 つまり、雑木林として確立しているのはこの辺りではアマトたちがいるところだけなのだ。

 希望と羨望へとたどり着くまであと少し。あと少しというところで力尽きてバタンとうつ伏せに倒れたスペラ。


 アマトたちが待つ雑木林までは1キロメートルを切ろうかというところであった。

 限界を超えた状態では僅かに躓いただけで足を払われたかのように、簡単に倒れてしまう。ここまでたどり着けただけでも相当な負担が全身にかかっていたのだから及第点としてはもうしぶない。


 ただし、生きて帰れることができたのならの話だ。どれだけ奮闘したとしても死んでしまえば意味などない。それは誰もが同じ……ではなかった。

 この二人は辿り着けたのだ。


 

 


 目の前には血まみれの少女を背負ったまま地に伏すスペラの姿があった。

 一時間が過ぎるのを待ってもまだ戻らないスペラに、危機感を覚えた俺はユイナとルナを残して村へと向かおうと雑木林を出たときスペラの反応を感じたのだ。


 しかし、全くその場から動く気配がないことに不安を感じた。

 少なくとも動ける状態にないというのは察しがついていた。距離にして1キロメートル程と察知範囲からはぎりぎりの距離であったが、なんとかここまではこれたのだろう。


 もしももう少し距離が離れていたら見つけることができなかったかもしれない。

 暗闇というのは実に厄介なもので、日中に比べて視覚できる範囲が限定されてしまう。見つけられたのはアビリティがあったからという事もあるが、何よりもスペラのここまでたどり着こうとした意志によるところが大きい。


(背負っている女の人は誰? スペラがけが人を連れてくるとは思わなかったな)


 スペラが背中をみせられるほどの信頼を得た少女に僅かに、興味を持った。

 何より、背中の傷が自然治癒にしては早いペースで癒えていくことにある推測が浮かんだ。この少女が例の吸血鬼の眷属ではないだろうかと。


 それが事実であれば、ルナとはぶつかることもあるだろう。もしくは昔馴染みという事もあって元の鞘に収まることも想像できる。どちらに転んでも俺のフォロー一つで変わるような気がする。この少女がまともに会話ができるならばの話なのだが、それはユイナに治療をしてもらってから考えればいいことだ。


 今はスペラの帰還を素直に喜ぶことにしよう。

 俺はスペラを抱え、重傷の少女を背中に背負って足早にもと来た道を戻る。

 日が完全に沈んでしまえば例え一度通った道だとしても、迷う可能性がある。まして初めて訪れた地であればなおさら道を見失う可能性も高くなる。


 今、両手は塞がり背中に乗せるように少女を背負っている。とても走り抜けることなどできはしない。だというのにモンスターは襲い掛かってくる。

 俺は先程の戦闘で閃いた術を駆使して、獣、植物系のモンスターを蹴散らしていく。

 たった一キロメートルの道のりがこれほど遠く感じるということは、スペラ達の苦労はそれ以上だったに違いない。


「合流に成功したなら、もうボク達が待っている必要はないよね?」


 上空から、悪魔の羽を生やしたルナがユイナを抱いて舞い降りた。

 

「どうしてここがわかった? いや、入れ違いになったらどうするつもりだったんだ」


 俺はルナに対して思い通りにいかないことを嘆きつつ言った。


「アマトくんとの契約は特別だって言ったでしょ。この世界のどこに行ったとしてもみつけることができるんだなぁー、これが」


「まじか……」


「本当みたい……。迷ってる様子はなかったよ」


 ユイナのフォローがつらい。即ち俺はこの悪魔から逃げられないという事だ。覚悟はしていたつもりだが、どこにいてもというのは冗談ではないと思った。

 今は素直に安全の確保とスペラ達の治療ができる事を素直に喜んでおくとしよう。


 


 俺は近くの樹木の下へと怪我を負った二人を下すとユイナに治療を任せた。

 今はルナが一人でモンスターを蹴散らしている。俺が割って入る余地などないようにも思えるのだが、いくら個々の能力が高くとも複数を一度に相手に出来ないことを知っている。


 人間など脆いもので、伏兵に後ろから刺されるだけであっさり命を落としかねない。

 俺はルナが手を割くことができない距離の離れた茂みに潜むモンスター各個撃破していく。手負いの二人と治療中のユイナに近づかせるわけにはいかない。


「まったくこんなに雨が強いっているのにご苦労なことで……」


 俺はモンスターに言葉が通じないことはわかっていながら、嫌味を零した。労っているわけではないのだが、雨が降っている時くらいは家でおとなしくしていてもらいと思ってしまう。


「ボクも雨の中モンスター退治するのはねー」


 ルナもびしょ濡れになりながらも苦笑いを浮かべる。俺のコートを纏っただけなので激しく動かれると思わぬ肌ところで肌が露出してしまう。

 

「あんまり激しく動くなよ……」


「ボクの魅力に釘付けになっちゃうと危ないからね」


「ったく、言ってろ!!」


 外見は美少女だというのに羞恥心というものがないと、色気など感じることもなく傍から見ればただの露出狂だ。

 元の世界ならば即刻法律違反だというのに、まさかこの世界ならこんなのがごろごろしているとでもいうのか。


 一瞬恐ろしいことを思ってしまったが、よくよく考えれば人は服を着ているし、知性のある者ならばモンスターだとしても装備に身を包んでいたりする。

 穿った考えは杞憂というものだ。


「さっさと片付けて村に向かうぞ。もう日も沈むし、悪魔だって寝ないで良いという事はないんだろ?」


「悪魔だって眠たくなれば寝るのは一緒だね。魂だけならそんなことも無いんだけど、今は肉体もあってこの世界で生きているってことなら人間とおんなじだよ」


 背中から悪魔の特徴的な羽をばたつかせながらそんな事を言う。

 

「ちょっ!!」


 思わず声が出てしまう。俺の貸しているコートに羽を通せる穴など開いていないのだから羽を羽ばたくことができるという事は即ち真っ裸だという事。

 コートは袖に手を通している為羽の上の方でひらひらと舞っている。

 

 即ち上方を除く360度どこからどう見ても裸を晒していることになる。

 もう勘弁してほしい。近くに幸い人がいないことが救いだ。

 近々機能性のある服を与えておかないとパーティーに変態を抱えることになってしまう。


「ふふふーん。今は存分に味わうといい。どうせ拝めなくなるんだからね」


「わかってるならむやみに飛んでんじゃねーよ」


 相変わらず俺をからかって楽しんでいる節がある。

 僅かに頬を染めているように見えるのは恐らくだが、全く羞恥心がないわけではないという事を物語っている。

 一時の恥よりも俺へのいたずらが勝ったという事だ。まったくいい性格をしている。


「アマトー!! もう大丈夫。私も支援するよ」


「頼む。常識人はユイナだけだからな」


「何の事!?」


 ユイナはあっけにとられながらも飛び掛かるモンスターの頭蓋を拳で粉砕する。


「頼りにしているってことだよ」


「もう、わけのわからないこと言ってないで早く倒してしまおうよ。二人をベッドで休ませてあげたいし」


「そのつもりさ。少なくとも俺だって布団で寝たいからな」


「私はお風呂に入りたいかな。日本人だし、お風呂と布団は欠かせないよね」


「だよな。そうと決まれば畳みかけるぞ!!」


「もう、二人だけしかわからない話はつまらない!! ボクもまぜてよね」


「なら、さっさとこいつら倒してくれ。話はそれからだ」


「こんな時だけ悪魔づかいが荒いんだから。しょうがないか……少し本気を出しちゃおうかな。いくよ!!『精魂破砕蒼白翔』」


 ルナが一瞬消えたかに見えた。

 青白く軌跡が一拍遅れて宙に描き出される。モンスターが蒼白の奇軌跡に触れるや否や急に動かなくなりその場に砕け落ちる。


「何をした?」


「精神と魂魄、肉体のリンクを切り離したんだよ。するとごらんのとおり、この程度のモンスターならこれでもう二度と起き上がることはないよ」


 悪魔だからできる事なのかルナが特別なのかはわからないが恐ろしい攻撃だという事はわかった。

 敵に回すことが無くなってよかったと安堵したのだった。


 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ