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第1話 「フェイク」

更新は非常に遅いです。

「痛いです。離してもらえませんか……」


「わ、悪い……」


慌てて、掴んでいた手を離した。

振り返ると、俺を涙目の美少女が上目づかいで見つめている。

身長は俺よりも頭一つ分くらい低いので160cmくらいだろうか。

田舎娘というよりどこかの国のお姫様といった気品のようなものを感じる。

質素な鈍色なワンピースは胸のあたりを必要以上に強調している。

あまりの美しさに見とれていると少女は恥ずかしそうに、目をそらした。


「ごめん……」

「いえ……」


 気まずい。

おかしな格好の男に突然ひっぱりまわされたかと思えば、凝視されるなんて恐怖以外の何物でもないだろう。俺ならおまわりさんを呼ぶに違いない。


「俺は、天間天人。たまたま出会ったジルと仲良くなって家に招待されたら。……あんなことに」 

「私はユイナ・フィールドといいます。ジル・フィールドの娘です。父が死に際に言っていたアマトさんというのがあなたなのね」


 俺は静かに首を縦に振る。

 目の前で父を殺されてそこにたまたま居合わせたもの通し。それ以上の関係がアマトとユイナの間にはない。

 ただでさえ、異世界に来て間もないというのに、他人の世話なんてとてもじゃないが荷が重すぎる。


 この村はユイナにとっては地元なわけなので、親戚や友達なんかもいるだろう。事情を話せば住まわせてくれる人もいると思う。一家が狙われたとしてもかくまってくれる人はいるはずだ。そうと決まれば……。


「早く村人たちに伝えないと、あんな化物放っておいたら被害が出るに違いない。奴も追ってくる気配はないし、目的もわからない以上はできることを一つずつしていこうぜ!」

「だめ、戻らなきゃ! すぐに戻れば助かるよ。ねえ、すぐ戻りましょ!」

「わかってるんだろ……。最後を看取ったのは君だろ。俺じゃない、まぎれもなく君自身なんだよ」


 ユイナは張りつめていたものが切れたかのように、泣き崩れた。

 今更ながら、他人のことなんて何も考えていなかったと実感した。

 映画の主人公なら出会ったばかりの美少女ヒロインを泣かしたりしないだろう。華麗に悪者を退治して、笑顔ですくって見せるに違いない。

 俺はといえばやはり、殺し合いとは無縁で平和な国の一学生に過ぎないってことなんだと。否……これは逃げだ。

 結局は、自分本位だったってことだろ。国とか、育ちとか、身分とかそんなくだらないものは化物にでも食わせてやればいい。

 俺は目の前で泣いている少女にそっと手を差し出した。

 力なく伸ばした手をつかむユイナに内心ドキドキしながらも、ぎゅっと力を入れて握った。


「もう、大丈夫。迷惑をかけてごめんなさい。私が村長のところに案内するから、一緒にいきしょ」

「それならいいんだが……」


 ユイナと手をつないだまま村の中心に向かって歩き出した。

 看板が数件並んだ場所に差し掛かると、低くドスの利いた声で呼び止められた。


「ちと待てよ、あんちゃん。ここいらじゃ見ねえ顔だな。村の娘っ子に手を出しちゃーいけねーよ」


 野菜が並んだ店から、3m近いのではないどろうか、全身茶色の毛におおわれた巨大熊が包丁片手に仁王立ちしている。

 咄嗟に手を離そうとしたが、離してもらえなかった。


「ディルクさん、違うのアマトさんはみんなに危険を知らせるために私と一緒に村長に会いに行くところで。私にも優しくて。ってなにいってるんだろ私」


 一人で顔を赤くしているところはなんだか年相応で可愛い。


「まあ、嬢ちゃんがいうんだからそうなんだろうが。危険を知らせるってのは解せんな。この村には魔物の類はおろか野生動物ですら結界に阻まれて村を見つけることはおろか、入ることだってかなわんよ。あんちゃんも外から来たなら、囲んでいた杭に結界発生のジョイントベルをみたんじゃねーか」


「確かにみたさ。だけどな、俺がこうやって村の中に入れてジルを殺した人型の化物も村の中にいるってのも事実なんだよ。のんきに店番なんてしてないでとっとと逃げるなり、人を集めて戦うなりしないと取り返しがつかなくなる!」


「名に寝ぼけたおと言ってやがる、夢でも見てたんじゃねーのか。ジルはなぁ、この村でも随一の魔法の使い手で腕っぷしもそれなりにある。死んだなんてふざけた事ぬかすな」

「アマトさんが言ってることは本当なのっ! 私もお父さんが目の前で息を引き取るところを見たし、早くみんなに伝えないと!」


「まあ落ち着け、嬢ちゃん。全部気のせいだった。それでいいじゃねーか。長話ししているほど暇じゃねーんだ、また後で来な」


 うっとおしそうにあしらわれてしまった。

 村長宅に向かう途中に出会った村人には手当たり次第、危険を説いて回ったが皆ディルク同様相手にしてくれなかった。

 まるで狼少年にでもなった気分だ。

 一番ショックを受けているのは紛れもなくユイナに違いないというのに、必死に警告をして回った。

 生まれたときから家族同然で育ったという村人たちに、冷たくあしらわれている事実を受け止めることなんてできないだろう。

 結局、誰一人として聞き入れることなく村長宅に到着した。他の家に比べれば一回り大きい平屋の木造住宅といった感じだ。


 トントン

 

 これで最後だ。意を決してドアをたたいた。


「ユイナじゃないか、ここへ来たということはそこの摩訶不思議な格好の御仁が何か関係してるのかな?」


 腰を曲げ杖をついた老人が俺を一瞥して言った。


「この方は冒険者で、この村に立ち寄った父の知り合いです。これから話す件とは関係ありません。私のお父さんが人型の化物に殺されました。村長からみんなに避難を呼びかけてください」

 

 いつの間にか冒険者という設定になっていた。

 この世界がどんなものかはわからないが、世界を旅するというのはそれほど不自然なものではないらしい。

 ユイナはふっきりれたかのように冷静でいて、落ち着いた口調だ。


「それは、一大事ではないか! おちおちしていられんのう。皆を集めて至急事に当たらせよう。家のこともわしらに任せて、おぬしらは当分ここにいればよい」


「お気持ちは嬉しいのですが今から、すぐに村を出ようと思います。お父さんの最後の言葉なんです。旅に出るようにと……」


「そこの御仁も一緒に行くというのか?」


「ええ、お父さんが信頼している冒険者の方ということで信用にたる人物だと思います。無論私も同意見です」


「ユイナがそういうなら、心配は無用のようだの。気を付けていくのだぞ」


 ぽんぽんとユイナの肩をたたくと、杖をつきつつ外へ出ていく。

 村人との会話も後半からは極力会話に参加せずユイナに任せ、情報整理に努めた。

 

「今後の方針が見えた。これから村を出て旅に出るが、その前にやっておかなくてはならないことがある。俺は野暮用を片付けてくるから少し待っていてくれ」


「わかりました。早く戻ってきてくださいね。一人ぼっちはもう嫌なの……」


 瞳に涙をためて少女は上目づかいで覗き込んでくる。

 もう落ち着いたかと思ったがまだ16歳の少女だ。両親を一度に失うには若すぎる。

 俺は大学の進学を区切りに一人暮らしを始めた。突然、天涯孤独のような状況になるなど想像すらしたことがない。

 できることがあれば、なんでもしてあげたいと思った。


「速攻で戻る!! 吉報を待っていてくれ」


 踵を返し、もと来た道を足早に辿っていく。

 さきほど村の連中を集めると言って出ていった村長にすれ違うこともなく、数件の建物と住人を横目にしただけだ。

 考えは纏まった頃には、ジルの家の前にいた。


 静まり返っている。まるで時が止まったかのようにセピアに映る景色。

 ただの、気のせいだったのかもしれない。瞬きをすれば風が木の葉を揺らす音も、鮮明に映る日の光さえ現実へと引き戻してくれる。

 それでも、ここへ来るのは二度目ともなればこう言わざる負えないだろう。

 

 『不自然』だと……。

 

 そこには血まみれで倒れていたはずのジルもいなければ、開きっぱなしだったはずのドアも閉まっている。

 すべてが夢であったかのように静謐としていた。

 ドアを開けると……。

 奇妙な、空間が広がっていた。

 

 見間違うにはあまりにも、時間が短すぎる。

 この村に訪れて、初めて言葉を交わした時と寸分違わぬ爽やかな口調。


「待っていたよ。じゃあ約束通り話の続きをしようか」


 それは、数刻前に血まみれで倒れたはずの青年の爽やかなまでの澄み切った声だった。

 服装はそのままに貫かれたはずの胸にもそれらしい形跡は見当たらない。

 まるですべてが夢か幻のようだったと結論づけてしまえば合点がいくような、空気が漂う。

 フローリングの奥には縦長のテーブルに椅子が4つ。

 一番奥の椅子に腰を掛けた青年が何事もなかったかのように、ティーカップを片手に手招きをしている。


 俺は退路を確保したまま、一歩踏み出すに留める。

 異質な雰囲気が漂う空間に、まだ何か隠されているのではないかと勘繰ってしまう。


「俺が戻ってくるのが分かっていたようなもの言いじゃないか。まあ、そんなこったろうとは思ってたが。言われた通り娘を連れて村を出るとは思わなかったのか?」

「村を出て行ってしまうってことについてだけど、それはないよ。アマトは必ずここへ来たさ。それだけは確実に言える。強いていうならばどういう経緯でここへ来るかまではわからなかったけどね。結果だけは知っていたのさ」


 まるで俺の行動を全て把握しているのか、未来が見えているのか口調はテストの答え合わせをしているかのように坦々としている。


「端からおかしいことばかりで、信じていいかどうかも未だに決めあぐねてる次第だ。まあ、話の流れからして俺をこの世界に召喚した張本人ってところだろうが……。率直に言わせてもらおうか! お前は何者だ!?」


 わざわざ、実の娘まで騙すような振る舞いに怒りを覚えつつ一喝していた。

 少女は実の親が亡くなったと思い泣いていたんだ。 

 俺の断りもなく勝手に異世界へ召喚して厄介ごとに巻き込んだというならなおさらだ。

 時と場合によっては、殴り飛ばしていたに違いない。


「今更隠しても仕方がないね。本当の名はジルフォルン・ウィル・ウォウラウン・エリヲール。エルフの国エリヲールで国王をしている。勘違いさせたのなら、申し訳ないけど、アマトをこの世界へ召喚したのは僕じゃない。そして、彼女でもない」


 ジルはテーブルを挟んで正面に視線を送る。

 全く気配は感じず、今の今まで空席だと思っていた。

 そこには、骸骨の仮面をつけた何者かが腰かけている。

 ゆっくり仮面と頭からかぶっていたローブを脱ぐと、床まで伸びた漆黒の髪に底の見えない黒眼をした妖艶な美女の姿があった。


「お初におめにかかります、いえ先程一度お会いしましたわね。仮面越しではありましたが。あらためまして私、クラウディア・ダークア・ラスフェルト。ユイナの母にして魔族の国ラスフェルトの第三王女。結果的にあなたがこの村に来るきっかけを作ったのは私ですわ」

「詳しく聞かせてくれ」

「最初からそのつもりだと言ってるよ。それともまだ信じられないのかな。無理もないけど、その気になればアマトは何百、何千と死んでいたよ。身体的にも精神的にもね……」

「それが私たちには容易にできるということを、あなたはわかっていないようね」

 クラウディアがジルに視線を向けるとジルはコクッと頷いた。

 一瞬のうちに綺麗な深い青髪が漆黒に変わる。

 瞳からは黒い光をうっすら放ち周囲の光を奪う。


「「こういうわけさ」」


 後ろから不意に肩に手を置かれた。

 触れられるまで何が起こっているのか全く理解することは出来ず、あまつさえ身動き一つできずにいた。

 目の前に座ったままのジルが、徐々に元の姿へ戻っていく。

 振り向くと同様に背後に感じていた気配の元凶も徐々に空気に解けるように消えてしまった。


「さあ、話の続きをしようか」


 おとなしくジルの横の空いている席に座った。

 完全に元の姿に戻ったジルが、苦々しく切り出した。


「今のは闇落ち。一時的に圧倒的な力と闇属性に特化した魔法の行使ができるようになる。それでも天冥の軍勢には太刀打ちができなかったんだ」


 わずかな時間とはいえ、目の前で起こったことは驚異的なまでに異様な光景であった。

 現代の日本にいて、魔法や超常現象の類は一生のうちに一度だって体験することができないだろう。それにもかかわらず、さも当たり前のように目の前で繰り広げられるとんでも体験。 

 こんな馬鹿げた力があってもなお、太刀打ちできない天冥の軍勢とはいったい何なのか。


「ジルのいう天冥っていうのは、天界と冥界が融合し死と再生を繰り返す混沌の世界のことですわ。あらゆる場所に天冥とつながる裂け目が開き、そこから天冥の化身が進行して生命を貪っていきますの」

「僕も王として民を守らなければならない。そんなときに、西のグランロギスという大国が異界より破壊神を召喚し天冥に送り込もうとしたわけさ。目には目を歯には歯をって具合にね。実際はそんなに簡単な話でもなく、過去に召喚された文献によると生贄には100万人の魂を必要とし、破壊神を滅ぼすのも容易ではなかったと記されていた。延命のためなのか、私利私欲の為なのかわからないけど、黙ってみているわけにはいかなくてね」

「『グランロギスに乗り込んで、止めてくる』なんて愚かなことをおっしゃるジルを止めて私が利用させてもらったのですわ。100万人の生命力をわずかに残し、異世界より強大な力を宿した人間をこの村に召喚してやりましたの」

「ちょっと待て! 村に召喚されてないし、強大な力なんてないし完全に失敗してるだろ!」

「この村の結界のせいで座標がちょっとずれただけよ。誤差の範囲だわ。あなたがこの世界に来てから今までに持っていなかった力が手に入ったのははなくて? ジルから聞いたはわずかな時間で言葉を理解できるようになっていたと。それともあなたは異国の言葉をなんとなく話せるようになる特技でもあるのかしら?」

「100万人に匹敵する力が手に入ったてのはわかったが、ステータス画面とか、レベルとかその辺を詳しく教えてもらいたいんだけど」

「すてーたす? れべる? 聞きなれない言葉ね」

「こう、目の前に自分の能力が視覚的に見えたり、数値で把握できるんだけど……。みんなできるんじゃないのか?」

「それは、あなたの世界の常識とこの世界の常識との差異を保管するために行っている強制力ね。潜在能力は100万人以上の人に匹敵する力を宿しているわけですし、破裂させないように徐々に慣らしていくためだと思ってその能力を使いこなしなさい」

 

 ゲームのし過ぎで、一番馴染んでいたシステムが元の世界の常識として形になったものらしい。

 

「俺をここに召喚したのは、それだけが理由ってわけでもないんだろ。大勢の命を救ってはい終わりってこともないだろうし、あの子芝居にも意味があったんだろ?」


 ジルがティーカップを置いた。


「娘を託すにたるかどうか試したのさ。いくら力を得たからと言ってもそのまま、無鉄砲に死地に赴くようなら流石に止めていたよ」


「途中から不自然な気はしてたからな。どうせ、村の連中みんな関係者ってとこだろ。それにしても、店なんてわざわざ作る必要はないと思うけどな」


「確かにこの村は僕の信頼する者のみから構成されている。大半が僕、直轄の親衛隊だしね。でも、娘だけは何も知らない。もちろん王族ってこともね。通貨を循環させているのも、全くの世間知らずでは外の世界では生きていくのが困難になるだろうと思ってのことさ。今日この日に旅に出るというのも妻の未来予知の力で知っていたし、対策は十分だったということになるね」


「どうして、娘に本当のことを伝えないんだ。わざわざ、国を捨てて村を作ったことと関係しているのか?」


「国を捨てたわけではないのだけどね。一応、妹に国を任せてあるよ。ここは天冥と戦うための拠点を築く予定で、ユイナが村を出てから本格的に動き出す手はずになっているんだ。ユイナは僕のエルフとしての才と妻の魔族としての才を両方色濃く受け継いでいるから、王族として国の政策を担うよりも戦力として前線に立つ時が来ることも予知で知っていた。だから、子供の時くらいは普通の生活をさせてあげたかったのさ。期待していたよりも単純な答えだったんじゃないかな」


「それが聞けただけで、ここへ来た意味はあった。俺もたいがいだが、ジル達もそれなりに苦労してるってことだろ。本来なら、圧倒的な力で娘の護衛でもさせるつもりだったんだろうが、あいにく俺の力なんて現状ではたかが知れてる。戦力として数えられるなら、恥は承知で頼らせてもらう。まあ、俺より先に死なせるようなことはしないがな」


「それでいいさ。ユイナもアマトのことは嫌いじゃないみたいだし。仲良くやってくれればいいよ」


 ジルは開いたままのドアへ視線を向けた。


「まあ、だいたいこんな感じだけどユイナは何か聞きたいことはあるかな?」

 

 そこには待っていたはずのユイナの姿があった。

 目の前で命を落としたはずの父親が目の前に戸惑いと、困惑する様が見て取れる。 


「どういうことなの! お父さんもお母さんも今まで私を騙していたの? お父さんは目の前で死んだと思って、本当にどうしたらいいのかもわからなくなって……。村のみんなのことだって信じていたのに。私だけ何も知らずに悠々と生きてきたなんて、こんなの耐えられないわ」


 ユイナは一歩ずつ近づいてくる。その瞳には涙を湛えている。


「僕らが今ここで話していたことが真実だよ。ユイナには王女としてではなく一冒険者としてアマトと共に天冥の軍勢との決戦に備えてほしい」


「私にそんな力なんて……」


「自分の能力を信じて。エルフの国王と魔族の第三王女の一人娘であるユイナには未知の可能性が眠ってる。それに最強の英雄になるアマトがついてる」


 これからってところが胆だな。

 なんせ、雑魚モンスターが爆裂するのを見て驚いてるくらいだし。


「まったく、まだ最強でも英雄でもないんだ。条件なら似たようなものだろ。一緒に強くなってこの無茶ぶりしてきた両親にガツンと言ってやろうぜ」


「だから、もう泣かなくていいんだ。俺と一緒に行こう! 悲しみを絶やす為に」


 精一杯の空元気をかました。人間やろうと思えばどうにかなる。恥ずかしい台詞でもその場限りなら何のその。

 後で思い出して恥ずかしくならないように、忘れててくれることを祈りながら。


「私はアマトさんと一緒に強くなります。私のような思いをしてる人が他にいるなら力になってあげたい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 どうやら、前向きになったみたい。


 ジルは棚から一枚の地図を取り出し卓上に広げた。

 そのまま、おもむろに地図の南東、西南東を海に囲まれた岬に金貨を置く。


「これはフォールディア大陸の地図で、金貨を載せたところがこの村。もちろん術法を用いて外界から視認されないようにしている。地図上では森が広がっているだけだけどね」


「俺がここに来るまでに見た限りでは辺りは開けた平原のようになっていたが?」


「村から半径10kmは敢えて外的の侵入に備えて開拓を行っているんだ。そして、森に囲まれていて実際に警戒するのは北からのみといったところだね」


 俺は置かれた金貨の北に指を置く。


「ということは、北の森を突っ切らないといけないわけだな」


「その通りだよ。森は20kmを超える規模で外界からこの村の存在を隠すために非常に都合がいいのだけど、ここを抜けなければどこにもいけない。まずは、このまま真っ直ぐに北に向かって進みシフトラル王国の首都アルティアへ向かってはどうかな。ギルドも商会もあるから情報を集めるためにもいいと思うよ」


 自称冒険者から、公認冒険者になる為にも何らかの後ろ盾はほしいところだし、選択肢は決まったな。


「戦力の増強も考えれば、人の多いところには行きたいところだし、アルティアを目指してみるよ」


 地図は大まかに大陸名、国に記載があるだけで現代日本においてみられる地図とはかけ離れている。  強いていうなれば、海賊の宝地図でも見ているようだ。

 ところどころ、ドラゴン、クラーケン、サイクロプスなどが描かれている。


 地図を正確に描かず抽象的に描いているのは機密情報の漏えいを防ぐ意味合いもあるのだとジルは言っていた。

 

「その格好で旅ってわけにもいかないね。アマトには僕の装備と旅に必要なものを一式用意しよう。アマトには僕の友人として娘を任せるんだ。時に王女を守る盾であり剣であって、娘をかばって死ぬようなことだってあってはならないと思ってる。二人に生きていてほしいってことを忘れないでほしい」


「約束する。俺が必ずジルとクラウディアさんの元へ娘さんを送り届ける」


「この日の為に用意しておいた服があるから、ユイナも着替えていきなさい。私がラスフェルトにいたときに着ていた服をユイナに合うように仕立て直しもので、魔力を引き出す装飾が施されているわ」


 ジルには俺の装備を用意してもらった。上下ともに漆黒獅子の皮を極限まで薄く柔軟に鞣してあり、両肩、胸に水龍の鱗を編み込まれている。さらに耐属性処理、浄化処理、自己修復まで備える。さながらライダースーツのようだ。


 武器は、『ガルファール』という刀を譲ってもらった。

 水龍の牙を鍛えた至高の一品にして、柄には深奥鮫の革を使用している。本来あるはずの鍔はない。

 1mを少し超えたくらいの長さがあり刀にしては少々長く感じる。


 鞘はリーミアという樹齢1000年を超える大樹から切り落とされたという。

 樹齢によって硬度が変わるというリーミアは、樹齢と共に高度が増していき1000年を超す長寿にもなるとアダマンティウムと同等の固さを誇ると言われているのだそうだ。

 それに加えて燃えることのない樹木として希少だという。

 

 ユイナの服は上下ともに青を基調とし、華美な装飾等は一切ない。

 それでも、もとは王族のドレスを仕立て直したこともあり上質なであることは素人の目にも明らかである。

 スカートは動きを妨げないように膝上まで短くされている。

 漆黒のロングコートを羽織ることで真後ろからでは足元を伺うことはできない。


 武器は、『レクフォール』という杖を渡されている。

 ガルファール同様に水龍の牙から鍛えられた一品。

 先端には碧龍玉水晶が嵌め込まれ使用者の潜在能力を引き出す力を宿すという。


「装備に関しては仕掛けがしてある。最初のうちは無理をしないようにね」


「仕掛け?」


「アマトたちと一緒に成長していくというか、最早体の一部のような感じだね。長旅なら装備に大金をかけてもいられないし、最初から優秀な装備では慢心を招くからね」


「なるほどな。使いこなしてみせるさ」

 

 他には漆黒獅子の革製のリュック。

 中身はサンドイッチ2食分、干し肉10個、ナイフ1本、水筒2個、パジャマ一着、二人の軽装一式、漆黒獅子の革製財布が入っていた。 

 財布には銅貨20枚、銀貨20枚、金貨3枚、

 

「これも、持っていくといい。このロケットには王家の紋章が刻印してある。きっと役に立つはず」


 王家の紋章が入った銀の首飾りを渡される。

 瑠璃色の宝石が埋め込まれ、海の底へと引き込まれるかのように美しい。


「貴重なものだろ。まして、一般人が持っていていいものじゃない。そうだろ?」


「だから、次に会うときに返してくれればいい。返したくなければ……。それもありだと僕は思うけどね」


「わかった。必ず返しに来よう。それと、いろいろ世話になったな」


「こちらこそ、これから先のことを考えれば感謝しなければならないのは僕たちの方さ。数えきれないくらいの困難が待ち受けているだろうけど、打ち勝てると信じてるよ」


「じゃあな」


「またね」


「お父さん、お母さん。行ってきます」


「いってらっしゃい。無理はしないようにね」


「気を付けていきなさい……。あなたたちとまた会える日を楽しみにしているわ」

 

 村の北口に差し掛かるとそこには村の住人たちが見送りに来ていた。


「姫様! お気をつけて」「王女様の出立なり! 福音の鐘を鳴らせ!」「親衛隊前へ! 王女殿下へ敬礼!」「お嬢様、どうかご無事で」


 村人総出でまさに十人十色で、様々な声援が向けられた。

 どれも冒険の門出を祝うものばかりだ。


 村の住人の全てがユイナの生まれも地位も知っている。今日この日を心待ちにしていたであろう者たちの歓声は村中に響き渡る。

 

 急に俺の肩を熊の手ががっちりとつかむ。


「あんちゃん、嬢ちゃんを頼んだぜ。俺は嬢ちゃんが生まれたときから見守ってきた、専属護衛人だ。それをあんちゃんに譲るんだ、しっかり頼むぜ」


 何か通じるものがある、熊にしか見えない男がしきりに叩いてくる。

 人は直感で好き嫌いを決める。おっさんの人柄も野性的なところも割と気に入っている俺がいた。

 もともと、動物に好かれやすいのもあって打ち解けていた。 


「ああ、約束してやる。熊のおっさんはもっと芸を磨いておけよ」


「口の減らねえな、おめえも。まあ嫌いじゃねえがな。それと俺は……」


 ディルクは何か言いかけると、道中食えと林檎モドキと梨モドキお押し付けてきた。

 受け取ると、餞別だと器用に指先で金貨一枚を投げてよこした。

 

「まったく、この村の連中はどいつもいいやつばかりじゃないか……」


 こうして、俺は初めての村を後にした。

 エルフと魔族の血を継ぐユイナと共に。

 





 




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