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第27話「勝利か敗北か」

 ただコイントスをするだけの簡単なゲーム……などではない。

 コインが宙に舞えばそこから先は両者の手綱を離れるという事だ。もちろん俺がが干渉しなければという条件付きだが、五万とある選択肢の最初の分岐で間違ってはいけないのがここだ。


 ゲームの選択肢にしても最初に間違ってしまえばBADENDから抜け出せなくなることがあったりなかったり。

 少なくとも勝利というゴールからはかけ離れてしまうのは容易に想像できる。


 それならば安全策を取るしかないと安易に判断する。

 はたしてそれは正しいのだろうか。安全だとか、絶対だとか、そんなものはこの世界には存在していない。必ず何らかの危険が潜んでいる。

 リスクを最小限に抑えるだけが、すべてではない。それをこの世界に来てから嫌というほど味わってきた。


 今はスペラは一人で威力偵察をしているというのに俺が受動的で言い訳はない。俺の敗北がそのままユイナの命に係わるというのならば受け身ではいけない。

 ユイナならば時間さえかければ抜け出す手立てを見つけられる気もするが、他力本願な考えはいつの時代も残酷な結末しか歴史に刻んではくれない。

 

 脱出が不可能だというのに俺が諦めたら、ユイナに未来はない。逆に自力で脱出したとしても俺が勝負を諦めていたら、この先困難な旅を二人に押し付けてしまうことになる。

 未来を勝ち取る為には絶対勝利という道しかないのだから、心は常に前進すだけだ。

 そうと決まれば決着をつけさせてもらうとする。


「さて、泣いても笑ってもこの一弾きで勝敗はつけせてもらう。覚悟はいいか?」


「いつでもいいよ」


「俺は表に賭ける」


「ボクは裏だね」

 

 ここまでは理論上では五分五分。厳密には金貨の表と裏とでは模様が違うのだから、重心は完全に真ん中ではない。数千数万と投げ続ければ恐らくどちらかが出やすいのではないだろうか。

 だからと言って、それは些細なこと。空気抵抗で大きく変わる程のものとも思えない。


 表と答えたのも深い意味などない。寧ろ裏でもよかったと思っている。

 勝つのならば表で勝ちたいというだけで選択したに過ぎない。


「じゃあ、お待ちかねのゲームの時間だ。いけっ!!」


 俺は空高く金貨をはじいた。雨に打たれて不規則に回転が鈍る金貨が、降り注ぐ雨を弾き飛ばしながら上昇していく。

 その高さは数十メートルはあり小さな金貨を目で追うのは容易ではない。

 コイントスは練習すれば自在に狙った面が出せると言うが、この降り注ぐ雨の中では無意味。どれだけ優れたマジシャンでも自然を操ることなどできはしない。


 空中で一瞬金貨が止まる瞬間がある。そこでは一切の運動エネルギーが0となる。後は重力に引き寄せられて地面へと落下するだけである。

 だが、金貨は回転運動は止まっていない。あくまでも弾道を描くエネルギーのみが0になるだけなのである。

 一見すると、回転そのものも止まりそうなものだが働いているエネルギーのベクトルが違うのだから止まらないのも頷ける。


 後はただ落下する金貨を見届けていればいい。落下を始める金貨は辛うじて目視できるが表か裏かは回転が凄まじいため判別ができない。

 落下スピードが増してくる。もうそろそろ地面に着地する。


 俺は能動的に攻めているのだから、ただ金貨をはじいて終わりではない。 

 表裏の変更は認められていない。賽は投げられたのだから、この一瞬にすべてを賭ける。

 金貨が地面に到達する瞬間に俺は、悪魔目がけて飛び掛かった。


 


 一歩踏み出すことがどれだけ困難な状況かは客観的にみてもわからないだろう。まったく隙というものがないのだから素人ではタイミングなど計れるはずもない。戦い慣れていれば隙をつくことができたのかは今の俺では想像することさえできない。


 なぜなら、経験というものは一朝一夕で得られるものでもなく悪魔という神話においてはまさに悠久の時を生きる者。有限の命と限られた時間を生きる人間とではフィールドが違う。どれだけ走り続けても同じスピードならば永遠に追い付くことは出来ずにこちらが先に息切れしてしまう。


 それにも関わらず、俺は正面から今ある全力をもって悪魔へと攻めの一手を放ったのだ。悪魔少女とて俺の行動など読んでいたに違いない。回避するかと思いきや一歩も動かず落下を始めた金貨から視線を外すことなく見つめていた。


 俺の事など眼中にないという事はよくわかっている。勝敗は金貨の表か裏かどちらかで決まる為、俺の妨害など障害にはならないと思っているのだろうか。どちらにせよ、目的は倒す事でも金貨に細工することでもない。


 金貨が地面に落ちた瞬間を目撃されなければ良い。即ちシュレディンガーの猫をやるという事だ。

 金貨の表か裏かは目撃して初めて結果として成り立つのであって、金貨が地面に落ちた後も互いに金貨を確認できなければ勝負はつかない。


 それならば金貨を二人とも確認できないように、どこか遠くへ投げてしまえば良いのではないかと思う者もいるだろう。だが、それは最も恐ろしい選択だ。

 互いに金貨の所在が分からなくなったからゲームは終了というわけではない。


 敵に先に見つけられたら、その時点で敗北が決定する。なぜならば自分に確認するすべがないからだ。

 勿論、相手が正直に金貨の表裏を応え結果的に勝利することもなくはない。それは運で片づけられることではない。相手のゲームに対する執着に賭けることになる。


 それでは不十分。最初からこの勝負は勝つためには何でもするというその一心だった。たとえそれが姑息な手段であったとしてもだ。落ちてくる金貨に合わせて頭を上から下へ動かす以外には微動だにしていない悪魔少女。


 目が合う。

 金貨は刹那の時間の後に地面に落ち表裏を確定させる。

 勝負は一瞬。


 ロングコートを跳躍の最中脱ぐと悪魔少女の頭から多い被せるように被せる。

 これだけの事をしても抵抗することはなく、立ち尽くす相手に俺は動くことができなくなっていた。

 相手の視界を奪った後で金貨を表をし、勝利宣言すればいいと考えていた。


 それなのに抵抗もせず、金貨の表裏を確認しようとするそぶりも見せない少女に不安がこみ上げてくる。

 力づくで払いのけられることだってあるのだから、金貨を確認するまでは生きている心地がしない。

 ここからでは、草木が邪魔で確認することができない。本来ならば二人で落下地点へ確認しに行くのだがそれは俺の目論見で一時的に叶わずにいる。


 不気味だ。

 もうすでに何時間も経ってしまったかのような錯覚を覚える。

 時間が止まったかのような錯覚。


 俺は知っている。時間など数秒と経っていないというのを知っている。悪魔の少女が動かないのは俺の今こうして視界を塞ぐようにロングコートを被せたのが意味のない行動だという事を心のどこかで感じていた。それを知っている。


 そうでなければこの状況が不気味で仕方がない。

 この悪魔は笑っているを知っている。

 視界を封じたとしても表情が変わるのは伝わってくる。


(俺は負けたのか……)


 声を出せずにもがもがと言って盛大に笑っているのがわかる。

 敗北から来る感覚。

 血の気が一気に引いて膝から崩れ落ちる。コートは少女の頭に被せたままなので、悪魔少女は専ら布をかぶったお化けのような格好だ。


 俺は金貨の表裏を確認していない。

 それにも関わらず敗北したかのような絶望に苛まれてしまい、視界がぐらついて立ち上がることができない。

 早く確認しなければいけない。正確には表であることを確認しなければならない。


 そうでなければいけないというのに、身体が動かない。

 悪魔少女はそもそもなぜ笑っているのだろうか。

 視界が塞がっているのだから俺が表にしてしまえば勝敗はひっくり返るというのに、なぜ笑っていられるのだろうか。


 雨が一層強くなり、俺のフル回転していた脳の熱も冷めていく。

 冷え切った脳に笑い声が響いた。

 そして、信じられない一言を……。


「君の勝ちだよ。小細工は意味をなさないって言ったよ」


 少女の口からはまさかの敗北宣言。

 俺も悪魔少女も金貨は確認していないはずなのだが、どういうことなのだろうか。

 兎にも角にも俺は勝負に勝ったようだ。

 



 勝敗はこれからの俺達の運命を大きく左右する事だというのにあっさりと結果は出たのだ。

 何かしらの禍根や意義の申し立てがあることは想定していたというのに、拍子抜けしてしまう。勝ったからではない。恐らく俺が勝負に負けていたとしてもあっさりと負けを認めていたのではないだろうか。


 この無垢な天使のような笑顔を向けてくる悪魔の少女の前で、邪な考えなど見透かされているかのような気さえしてくる。おそらく何らかの力が働いているとみたほうがいい。

 あまり深く考えるのは危険だと思考を切り替える。泥沼にはまる前に早くユイナを解放させた方がいい。


 しかし、その前にはじいた金貨の元へと向かう。落ちただいたいの場所は把握している。恐らくあの茂みの中に落ちているというところまではわかっているのだから、拾いに行けばいい。金貨を見つけられなければそもそも勝利を確実なものとすることができないのだから落下地点は最重要だった。何も金貨が貴重だから回収するというわけではない。


 勿論、金貨は大金なのだからこういう場面でなければゲームの駒なんかにしなかっただろう。金貨を使用したのはこのゲームに懸ける思いの大きさだったのかもしれない。単純に金貨の価値は人の命にも匹敵する。膝下の草をそっとどかせば国王の横顔を窺う事が出来た。


 国王など会ったことも無ければ見たこともないのだから、金貨に描かれた国王のレリーフなんて何の愛着もないというのに今この瞬間はまるで旧知の親友にでもあったかのようだ。

 

 悪魔の少女の言ったことは本当だったのだ。嘘を言う必要はないのだからこの結果は何もおかしなことはない。俺も事前に敗北宣言を聞いていたこともあり、表であることを確認しても別段喜びに胸を高鳴らせることもなかった。


 時系列が異なっていれば、俺は金貨の表を確認したと同時に歓喜に打ち震えた事だろう。それが先に答えを知っているとこうも変わるものなのだと改めて実感させられた。

 まるで小説のあらすじを先に読んでから本編を読み始める感じ。この場合は犯人を先に言われてしまった後に推理小説を読みだすかのようだ。


 金貨を拾うとこの金貨は他の金貨と混ぜることはせずに、別の小袋へと分けてしまうことにした。この金貨が他の金貨と何かが違うということもない。無造作に選んだ金貨は細工もしていないのだから混ぜたとしても問題はない。


 これは勝利という運命を俺に与えてくれた特別な金貨として、今後はご利益に肖ろうと思ったのだ。なんでもかんでも神頼みというわけではないのだが、この世界では運さえも数字として認識できるのだからこの金貨もまた特別な力が宿ったと言っても何も不思議なことはないと思ったのだ。


 これで一つ肩の荷も下りた。踵を返すと二人のいる方向へと向き直る。

 結果はもう揺るがないのだから後は最初の目的を果たすだけだ。

  

 大木を背もたれにして力なく眠るように、座っているユイナ。

 足早に目の前まで行く。


「早速だが、ユイナを解放してもらおうか」


「その必要はないよ。もう時間が来たみたいだよ。彼女は凄い精神力の持ち主だね。今まであれほどまでの強い意志を持っていた人に出会った事はないよ。それも世界の崩壊に耐えうるだけの精神力何て、まるで一回死んだことがあるかのような人だね」


 ユイナが重い瞼をゆっくりと開ける。

 焦点はまだ定まっていはいないものの、虚ろな瞳で俺の姿を捉えると徐々にではあるものの精気を取り戻していく。

 

「ユイナ、大丈夫か。どこか怪我は? 気分は悪くないか?」


 俺はユイナの額に手を当てながら言った。血の気が引いて体温はかなり低くなっている。一言でいうととても冷たい。雨に濡れたこともあってか微かに震えているようだ。


「うん……大丈夫。何ともないよ。私は……」


 ユイナは酷く疲弊しているように見えるのだが、命に別状はないようだ。受け答えができる事で僅かに安心することができた。

 だけど、何とも歯切れの悪い事を言う。ユイナは無事だが、無事でない者がいるとしたらそれは目の前の悪魔の少女だろうに。

 

 もう、さよならの時間が着たのだと暗に伝えようとしたのだろう。

 女の子一人救う事が出来なかった。俺は医者でもなければ神様でもないのだから命を救うというのがどれだけ困難なことなのかわかっていなかったのだ。 

 人は失ってみないとそれが実感できない。俺もそうだった……。



 

 空を覆う暑い雨雲が突如円を描くように斬りぬかれ、太陽の光が差し込み、降り注ぐ。俺達の真上だけが晴れ渡り、悪魔の少女は徐々に光に包まれていく。天使がこの世に舞い降りたかのようだ。

 神々しく光り輝く少女はあまりの眩しさで終には直視できなくなった。


 目を逸らした俺達でもわかる程の強力な光が辺り一面を照らす。雷が落ちた瞬間のような莫大な光量が森を照らす。

 辺りが真っ白になるほどの光はすでに拡散して、元の明るさに戻っていた。俺達は少女の方へと向き直る。

 そこには俺達が助けた少女の姿はどこにもなかった。


 代わりにそこにいたのは15、6歳くらいの淡い緋髪が靡く翡翠色の瞳をした裸の少女。

 俺の腰の高さで宙にふわふわとまるでベッドに横になるかのように浮いていたのだ。将に天から少女が地上に落ちてきたかのような構図だ。全身は光り輝いていることもあって全裸にもかかわらず、身体の線以外は良く見えなかった。


 なぜ、髪の色と瞳の色がわかったかといえば、まるで自ら発光しているかのように髪と瞳がそれぞれ髪と瞳の色で光り輝いていたからだ。

 本当に目の前の少女は悪魔なのだろうかと疑問に思ってしまう。俺の知っている悪魔というのはグロテスクな外見に不気味な雰囲気を醸し出す恐恐とした化物だ。


 今は裸なので全身を隈なく見ることができるのだが、尻尾も無ければ角もない。どこをどう見ても人間と変わらない。

 羽も頭に輪っかも無いので天使ではないと思うのだが、そもそも天使と悪魔は同義として扱われることも有る為俺の圧倒的に不足している知識では答えは導き出せない。

 

 ただ、目の前の少女が人間だとすれば絶世の美少女として誰もが振り返る存在だと言える。それだけの完璧な容姿をしている。

 徐々に身体から発していた光も失われて、色白の身体が露わになっていく。しかし、完全に光が失われる前に顔を逸らした。


 ずっと見ていたいような気もしたのだが、隣で殺気のようなものを感じたのだから仕方がない。

 少女はゆっくりと地面に足をつける。

 殺気を発した張本人は地面に落ちていた俺のコートを裸の少女へと掛ける。

 そのコートは先程まで悪魔が乗り移った少女が着ていた。光に包まれる瞬間に放り投げるのを見たのだが、そのまま着たままなら衣服と一緒に消えてなくなったのだろうか。


 ただ言えるのは、俺達が助けた女の子はもうこの世にはいないのだという事だ。

 命を悪魔へささげたのだから、その魂はもうすでにこの世界にはいない。もしかしたらあの世にもいけなかったのではないだろうか。


「女の子はどうなったんだ? 教えてくれ」


 俺は結局小さな少女一人守れなかった。否、俺が見つけたときには既に全てが終わっていたのだ。

 もともと、死ぬことが決定していた。助からないことが確定していたという事実を俺が知らなかったというだけだ。

 

 俺が早く村にたどり着いていたら何かが変わったのだろうか。この答えも、もしもという仮定の話に過ぎない。過去に戻ることも出来なければ、少女がこれから先悪魔を呼び出さないとは言い切れない。

 たまたま、この瞬間に俺達が出くわした……それだけだ。

 

 もう少し村にたどり着くのが遅ければ村へのルートが変わっていれば、出会う事さえなかったのだから。

 いちど過ぎ去った時を遡ってやり直すことができないように、今この時を大切にしていかなくてはいかない。この瞬間も選択を間違ってしまえば後からやり直すことは出来ないのだから。


「あの娘の魂はボクの中へと溶けていったよ。それが契約だったからね。転生の輪廻からはずれてボクと一体となることでこれからも生き続けるんだ」


 少女は儚げに言った。その瞳の先には何が見えているのだろうか。俺達には想像もできないような光景が少女の目の前で繰り広げられているのだと感じた。

 なぜ、俺がそのような事を思ったのか。

 それは先程の勝負で結果を俺が目視で確認するまでもなく言い当てたからだ。


「さっきの事と言い、今と言いその眼には何が見えているんだ」


「あの娘の最後の姿が見えたよ。それで、君にはごめんねって言ってたよ。あなたが私の代わりに未来を切り開いてくれるって」


 少女はユイナへ遺言にも似た最後の言葉を代弁した。

 俺はユイナが何を体験したのかはわからなかったが、ユイナはその言葉の意味を理解したのか一度頷くだけで応えることはしなかった。


「君にも助けようとしてくれてありがとうって言ってたよ。それにいつまでも私の事で悩まないでほしい、私のことは忘れて生きてほしいって言ってたよ。それだけ思いつめたような顔してれば、あの娘じゃなくても心配になるんじゃなかな」


 俺はもうこの世にいない女の子の事で最善の方法はなかったのかと、未だに納得できる答えが見つかっていなかった。

 それにも関わらず、張本人が忘れてほしいとまで言ったのだ。

 人に忘れられるという事は即ちその人の生きてきた記録を消すという事。

 

「それは出来そうにないな。俺はこれからもあの女の子のことは忘れないし、これからも悩み続けると思う。だけど、前を向いて歩き出すことは出来そうだ。立ち止まらずに歩きながら考えることにするさ」


「それなら、あの娘も思い残すことなく逝けるんじゃないかな。最後の最後まで君たちの事を気にかけてたからね……良かった」


 目の前の少女は満面の笑顔を俺達に向けた。 

 あの女の子の面影が重なって見えた。最後の最後で俺達の想いをくみ取ってくれたのだろう。

 お互いに短い間だったが心が通じ合った気がした。


 


 結局はこの悪魔が全て一人で解決したのだ。俺達はただ偶然居合わせただけで、仮にここにいなくてもこの悪魔は女の子の魂を救っていたのではないだろうか。


「結果的にお前はあの女の子を助けたんだな」


「人間の言う助けることの定義が命を救うものに限定されないのであれば、そうかもしれないね。最後は安らかだったよ。今まで大勢の人の死を目の当たりにしてきたけど、ここまで澄み切った心で逝けた人はいなかったと思う」


「俺は命を救う事が出来なかったが、お前は魂を……心を救ったんだ。できれば死なせずに済めばよかったって思った。今となっては死を回避することができなかったってのもわかる。それでも俺は……これからも抗い続ける」


「じゃあ、ボクも一緒に抗ってあげるよ。この過酷な運命にね」


「来るなって言っても来るんだろ?」


「約束だからね。勝っても負けても君について行くよ。君が死んでも永遠に離れてあげないからね」


「恐ろしいことをしれっと言ってくれるな、死んでもお前と一緒なんて笑えない冗談だぜ。そんなことよりその姿は何なんだ。それが本当の姿なのか?」


 ずっと一緒っていうのは寿命が尽きたら魂に吸収されるという事を言っているのだろうか。

 全く笑えない。

 それよりも姿かたちがまるで別人になっていることが気になった。元々女の子に取りついていた時しか知らない。


(そう言えばあの女の子の名前は何て言うのだろう……。最初は男の子だと思っていたんだっけ)


 名前は聞いておかなければいけない。そんな気がした。

  

「そうだよ。これがボクの魂に刻まれた真の姿。あの娘の肉体を使ってこの世界に顕現することができたんだよ。悪魔がこの世界で肉体を得る方法は人間の肉体を奪うしかない。その数と質によってボクのこの世界での力の有り様が決まるのだけど……。思ったよりもこの肉体は優れていたよ。ボクが顕現することで再構築された身体は、最早悪魔の肉体になる為に生まれてきたかのような気さえするほど良くボクの魂に馴染んだよ」


「あの女の子の肉体はお前のものになったわけか……。せめてあの女の子の名前を教えてくれないか。俺が覚えておきたいんだ」


 最後の笑顔を見た今となっては、この結末が間違っていたと結論づけることができなくなっていた。

 だからと言って悪魔のやることなすことが全て正しいとも思えない。

 結果として強大な力を持った悪魔がこの世界に降臨した。

 

「ルナ・ヴェルナー。それがあの娘の名前だよ……魂に刻まれていたね」


 魂に刻まれていたとはどういうことなのだろうか。

 そう言えば前にレイブオブスの悪魔も真名などと言っていたが、関係があるのではないだろうか。

 

「お前の本当の名前は何なんだ? 流石に名無しというわけにもいかないだろう」


「真名っていうのは相手を縛り付ける呪いにもなるけど、その逆もあるんだ。今の君ではボクの本当の名前を知ることで命を削られていくことになる。それでも聞ききたいの? 何も教えてあげないわけじゃないんだよ。契約を結ぶことによって対価をもらう事になるってことだね。ボクの真名にはそれだけの力がるってこと」


「それなら、それでいい。契約なんて結ぶつもりはないからな」


「それはボクが困る。ボクは君と契約を結んで君の行く末を見て回りたいんだ。妻として!!」


「よくわからないが、名無しの悪魔を連れまわす趣味なんてない」


「それなら、ボクに名前を頂戴。それならいいでしょ。悪魔契約の中でも、名前を与えられた場合の契約は真名による契約と同等の効力があるんだ。もう二度とボクは君に逆らうことは出来なくなる。対価もいらない。何故なら、対価は君の行く末を見る事なんだから……」


 どうして、そこまで俺に執着するのか全く分からなかった。

 それでも強大な力を持った悪魔を戦力に加えられるのは大きい。

 この悪魔がいう事があっているのか間違っているのか、だましているのか、真実なのか何もわからないが、真実だとすれば俺を裏切らない最高の駒だとも言える。


 それならば素直に受け入れる他ない。

 ただ、責任はとってもらう。 

  

「お前は今日からルナ・ヴェルナーだ。あの子の分まで生き続けてもらう……あの子の為にも」


「私はルナ・ヴェルナー……」


「そうだ。それがこれから名乗る名前だ」


「なんだか不思議な気分……。まるでもともとボクの名前だったかのように感じるよ。たぶんあの娘の魂を取り込んだからからかな。これからはルナって名乗らせてもらうよ。それから、君たちの名前を教えてくれるかな」


「俺はアマト……テンマ・アマト。こっちがユイナ・フィールド。ルナ、正式にけいやくを結ぼう。ただし俺が死ぬようなことはない方向で頼むぜ」


「もちろんさ。言ったでしょ? 対等な関係だってね。僕にだってプライドがあるんだよ。命を懸けるだけの価値が君にはある。それを証明したいって言うのもあるしね。悪魔は契約にはうるさいからってわけではないから。ボク個人の為にもやり遂げて見せる」


「嘘は言ってないと思う」


 ユイナはルナの心の内を見透かすように俺に伝える。

 それを俺は信じることにした。


「今からパーティーの申請を行う。それに従ってもらう。それでいいか」


「拒否権はないよ。ボクは新しい名前を真名として魂に刻まれ、君に縛られているんだから命令とあらば逆らうことは出来ないし、逆らう必要もないしね」


「ならば従ってもらおうか。俺の為に付き従ってもらう」


「喜んで」


 こうして悪魔の少女ルナ・ヴェルナーが新たにパーティーの仲間として加わった。

 戦力の大幅な強化になることは誰の目にも明らかだった。









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