第25話「スペラ&ディアナVSオルガ」
立ちはだかる脅威を前に警戒心を最大まで高めるスペラ。
しかし、ディアナはというとスペラとは全く反対の行動に出る。警戒心は愚か敵に対して侮っているようにも見えるのだ。
それなのに猫耳少女はと言うとその行動に疑問を抱くようなことは一切なかった。
過去の記憶を垣間見たみたことでいくつも上の高みの存在であるディアナと立ちはだかる敵。そのどちらも今のスペラでは立ち入れない領域にいることを認識している。
無茶と言うのは可能性があって初めてできることである。
勝てる見込みが限りなく零の近いのではない。0%である以上挑むのは無謀というものだ。まして自分の介入でディアナの不利になる可能性があるというのならなおさら足がすくんでしまう。
「スペラちゃん!! 行くよ……」
ディアナはスペラの想いとは裏腹についてこいと手招きをする。自分の足を引っ張る要因を排除することなく、暖かく包み込む。それは究極を極めたもののなせる業。
「ミャーが行っても足手まといになるにゃ……。ディーニャの邪魔はしたくないにゃ」
「私の過去を見たから、私の力を知ってしまった……。だから、そんな事を言ってるのね。私がもしもあの大男よりも弱く貧弱だったらスペラちゃんは力を貸してくれたんじゃないのかしら。よく考えてみてちょうだい。勝てさえすれば苦戦を強いられたとしてもいいの。ここでスペラちゃんが戦う事をやめてしまったらこれから先、強敵と出会うたびに葛藤することになるのよ。今ならスペラちゃんの援護を優先することができる……だから行くよ」
「力を貸してほしいにゃ!!」
「そうこなくちゃね。ここからは自分との勝負よ……わかったわね」
「行くにゃりよー!!」
スペラとディアナは大男と相対する。その威圧感は過去類を見ないほど禍々しいオーラとなって溢れ出している。だからと言ってオーラの放出はなくとも圧倒的な力を持つ者は大勢いた。
裏を返せば溢れ出すオーラを制御できない程度の相手とも言えるが、それさえもスペラは超えることができない。
それでも、ディアナのサポートがあればスペラでも何とか渡り合える。それはディアナの方が目の前の男よりも圧倒的に強さが優っていることを意味しているからだ。
「俺もなめられたものだな。お前らみたいな小娘共に俺の相手が務まるはずがないだろう。勇者はどうした? 勇者を素直に引き渡すのであればお前たちは見逃してやろう。」
尊大な態度でスペラ達を侮る大男。近くに寄れば巨大な体躯に足がすくんでしまう。威圧感もそうだが、溢れ出すオーラと言うものは空気を歪曲させるため雨が大男をまるで避けているようにさえ見える。
「お前の相手はミャーたちにゃ。アーニャが出るまでもないってことにゃ。せいぜいその無駄にでかい図体で出てきたことを呪うにゃ」
「行ってくれるじゃねえか、小娘。女子供を手にかけるのは俺の性分じゃねえが、仕方がないな。死ねよ」
大男が腕を振りかぶった。その巨大な体躯からは想像できないほど動きが早い。スペラは間一髪のところで振り下ろされた拳を後方に跳躍することで躱す。
地面にスペラがすっぽりと入ってしまうほどのクレーターが形成される。
「な、なかなかやるにゃ」
「お前もなかなかのものだ。なんせ、俺の拳を躱したんだからな。誇っていい」
「お前のうすのろパンチを避けたくらいじゃ誇らしくもなんともないにゃ」
「あんまり調子に乗るなよ……」
眉間にしわを寄せた大男は右足を強く踏み込むと周囲に地響きが起こり、スペラは振動により地面にくぎ付けにされる。
そこに間髪入れず拳がスペラの元へと迫る。
「スペラちゃん。私がいるからって油断していいわけじゃないんだからね」
ディアナが後方から魔法による光の障壁をスペラの前に展開する。大男は光の障壁に触れる直前に手を咄嗟にひっこめる。
微かに拳の先が障壁に触れたことで指がレーザーで焼いたかのように黒く墨となっていた。
「お前は小娘なんかじゃないな。なんだお前は?」
「人に名前を聞くときはまずは自分から名乗るって教わらなかったのかしら。あんまり《《年上》》に対する態度が残念だと私も笑顔でいられる自信がないのだけれど」
にこやかにディアナは言う。二人は大男に対して常に挑発する姿勢を取り続けている。怒りは力を増幅させるが、注意力を散漫にし冷静さを欠くことになる為本来の力を発揮できなくなる。
それは即ち有利に戦う為の基本姿勢なのだ。もちろん、挑発に乗るか反るかは相手次第であるし挑発に乗るが冷静さを欠くことなく慎重に行動する者もいる。
だが、大男はそうではない。青筋を立てて今にも怒りで目の前が真っ白になるのではないかというのがみてとれる。
「お前俺が誰なのか理解していないようだな。可哀想に、長生きできないな。今日ここで死ぬんだからな。死ぬ前にお前たちを殺す者の名前くらいは教えといてやるよ。オルガだ。これがお前たちをミンチにする名前だ。お前も名乗れよ」
「名乗る義理はないと言いたいところだけど、ちゃんと名前が言えたお利口さんにはご褒美に教えてあげるわね。ディアナ・ホーリージェデッカ……私の名前を聞かせた意味を魂に教えてあげるわね」
背負っていた棺桶を軽軽と左腕で持ち上げると、そのままオルガへ向かって放り投げる。
その意表を突いた行動と凄まじい速さで放たれた鋼の塊は大男を撥ね飛ばす。
棺桶には鎖が取り付けられていた為、一気負い良く引っ張ると再び棺桶はでぃあなの手元へと戻る。
「ぐはっ!!」
地面を血を吹きだしながら、転がっていく大男に間髪入れずスペラは稲妻を帯びた右腕から強烈な獣腕を叩き込む。
鳩尾に叩き込まむことで物理的にも、電気による魔法攻撃もクリーンヒットすることになった。
二人は正体不明の大男に有利に立ち回っていた。
地面に倒れた大男はすぐに体制を立て直すと再びスペラ達と向き合う形になる。はげしい雨が大男を避けるようにはじかれるのは禍々しい黒いオーラによるものだ。
即ち、オルガにとってスペラの一撃では致命的なダメージにはならなかったという事である。
それでも、スペラの雷を帯びた一撃はオーラを貫通して着実に痛手を与えることに成功している。
必ずしも0か100ではないという事は証明された。積み重ねることでで100になるのであれば問題はない。
「なかなかしぶとい奴にゃ。一撃で倒れていればよかったのににゃ」
「あんまり調子に乗るなよ。お前たちじゃ俺には勝てない。そんなこともわからないのか?」
「強がりを言う余裕はあるのね。私たちが知りたいのは村の人たちがどこへ行ったのかと、あなた達の組織の事だけよ。素直にお話ししてくれるのならば、見逃してあげてもいいのよ」
「誰に対してそんな口の利き方をしてるのかわかっていないようだな。そんなにしにたいのならお前から死ぬか?」
「できるのならぜひお願いしたいものね」
「その言葉、後悔しても遅いぞ」
オルガはスペラからディアナに標的を変更すると全身のオーラを左拳に集中させると、スペラの後方から援護しているディアナへとオーラの塊を放つ。轟く爆音が遅れて響きエネルギーはとなった余波はスペラを吹き飛ばし、エネルギーの塊はディアナを直撃し内臓を内側からズタズタにする。
「にゃーー」
吹き飛ばされ転がり続けるスペラは確かに見た。ディアナがエネルギー弾を受け全身から血を吹きだして倒れるさまを。
「偉そうに後ろでふんぞり返っているだけで大したことがないな。猫の小娘の方が前に出て俺とさしでやろうとした分よっぽどましだったな」
余波で吹き飛ばされたスペラに止めを刺すべく歩き出すオルガ。その眼には最早ディアナの姿は映っていなかった。恐らくもうすでに強敵になるはずの敵を倒したことによる余韻に浸っているのではないか。
しかし、全てが甘かった。
「あなたの攻撃は攻撃と呼べる程のものではなかったわね。私の魂には何も感じ取れなかったのがその答えよ」
全身から溢れ出す血が止まると徐々に傷口が塞がっていき完全な状態へと戻る。
実際に目の当たりにしたオルガもそうだが、地面を転がり横たわっているスペラもその異様さに目を疑った。
これではっきりしたことは、ディアナに攻撃はまるで通らない。少なくともオルガの力では。
それでも、諦めて戦意喪失などするはずもなく、スペラに止めを刺すよりも危険分子の早期げきはへと動き出す。
相変わらず攻撃手段は近接格闘技だが、ディアナに対して相性がいいはずであった。
それは、体格差、経験などを鑑みた状態での話だった。
なぜならそのどちらもディアナのみ恩恵が受けられたのだから。
いくら体格が良かろうと、一番パフォーマンスの良い年齢で成長が止まっているディアナと歳をとる人間とは根本が違う。
巨大な体躯のオルガは何度も拳を振るうのだが、いくら振るったところでディアナを捉えることができない。
「あらあら、だんだん攻撃が雑になってるわね。最初の威勢はどこへ行ったのかしら」
「俺をなめるなぁーー」
渾身の一撃が再びディアナを襲った。
結果は明白だった。
無傷でオルガの前に立ちはだかるディアナは幾重にも連なる障壁に角度をつけることで、エネルギー弾を明後日の方向へ受け流したのだ。
それは打ち消すわけでもなくはじき返すわけでもなく至って合理的な結果だった。
あたらないのならばどれだけ強力な攻撃だろうと無意味であり、必ずしも無力化する必要などないのだから素直に相手の土俵に立つ必要などないという事をやってのけたのだ。
簡単なようで技術に関しては非常に難しく、障壁が硬すぎれば暴発。柔らかすぎれば貫通する為土壇場で制御したのだからオルガにしてみればたまったものではない。
「ただの力押しが通用すると思っているのだから救いようがないわね。今まではそれでどうにかなっていたのでしょうけど、私達あいてには無駄以外の言葉が見つからないわ」
障壁を速やかに解除すると掌にオーラの塊を集め、オルガに向かって放つ。
それはこの程度の事は容易くできるのだという事を示す形となったのだが、全く同じではない。放たれたエネルギー量はオルガの10倍を超える質量にもなる。
オルガは受け止めることができないと即座に判断し、全力で真横に跳躍し回避を試みるが余波で左腕がえぐり取られる。そして、辛うじて直撃することはなかった。
仮に直撃していようものならば間違いなく死んでいた。
それを裏付けたのは後方に飛んでいくエネルギー弾遥か彼方で地面に着弾したのだろう。空に巨大な茸雲が出来上がり、巨大なクレーターを作り出したのだ。
「化物め……。それだけの力を持ちながら、なぜこんな小さい村に隠れ住んでいたんだ!? お前なら世界も取れるはずだろ」
「私はこの広い世界では大した力もなく、上には上がいるって事を理解しているのよ。でも、あなたはそれを全く理解していないから私相手にも全く歯が立たないのよ」
「冗談じゃない。お前のような奴がうようよいてたまるかよ。俺はたまたま運が悪かっただけだろ」
「現実逃避もここまで来ると滑稽ね。いい加減に理解しなさいな……あなたは弱いのだと」
「そこまで言うなら本気を出してやるよ。泣いて許してくれと言ったところで手遅れだが、最後に言い残したことがあれば聞いてやる」
両手を目の前に翳しながら先程のエネルギー弾の数十倍の巨大な塊を生成し、必殺の一撃を放つ姿勢に入るオルガ。
「何度も言わせないでほしいところだけど、言えと言うのだから言ってあげるわね。あなたは弱い」
「最後の最後まで減らず口を吐きやがったな。あの世で後悔しやがれ!!」
オルガが放ったエネルギー弾は圧倒的な質量で、地面を掘り起こしながらディアナの元へと到達するかに思われた。
しかし、ディアナに届くことはなかった。先程は逸らすことで無力化したが、今何が起こったのかがいるにはわからなかった。
気が付いたら、目の前からオーラの塊が消えていた。それだけだ。
まさに書いて字のごとく、目の前から消えたのだ。ただし、エネルギーの消えた先は遥か彼方でもなければ空気中に霧散したわけでもない。
即ち、エネルギーの塊はディアナの中へと消えたのだ。即ち、翳した手の腹から純粋なエネルギーとして吸収を行ったのだ。
吸収する事に関しては吸血鬼の独壇場である。血を吸収することだけではなく、エネルギーや敵の体力等が吸収の対象になるが、条件がある。必ず触れなければならないという事。
エネルギーの塊だろうと例外ではない。
ディアナの過去の記憶を垣間見たスペラはそれがいかに難しいものだという事がわかっている。
最初の数百年ではこんな離れ業を行える技術の戦闘能力も持ち合わせていなかった。それを得るためには相応の経験が必要になってくる。
「無駄ではなかったわね。私が有効に利用してあげるから」
「こ、のやろう!」
怒りに眉間にしわをよせ、青筋を立てた大男が近接戦でけりをつけようとし、ディアナとの距離を一気に詰め渾身の一撃を放つ。
スペラ同様に、軽くいなすとカウンターが炸裂しガイルの胸に風穴があく。そう、先程吸収したエネルギーを大男の懐でさく裂させたのだ。
もちろん、木端微塵にするつもりはなかった。あくまでも情報を聞き出すまでは生かしておかなければならない為手加減をしたのだ。それでも零距離から放たれた高出力のエネルギーの暴発により空高く舞い上がるのは明白だった。
意識も途切れ途切れとなったオルガは空中から落下するや否や受け身もろくに取れずに、地面におかしな格好のまま叩き付けられた。
最早生きているのが不思議で仕方がない。
「止めを刺す前に教えてほしいのだけどいいかしら?」
「早く、言えにゃ!! 言わないとミャーが止めを刺すにゃ」
ゆっくりと立ち上がったスペラがオルガを見下ろすように言う。スペラは吹き飛ばされはしたもののしっかりと受け身を取った為思いのほかダメージは少なくて済んだ。
逆にオルガは受け身も取れないほどのダメージを受けていたのだ。全身の骨も複雑に折れているのだろう。右腕も本来は曲がるはずのない方向へと曲がってしまっていた。
「村人は全員、仮面の女を探して村から出ていった。恐らくもう二度と戻ってこないだろうな。お前たちが何をやろうと最早手遅れだってことだ。ざまーみろ」
捨て台詞を吐くオルガ。これがこいつの最後の言葉となった。
スペラを単身村へと送り出したまでは良かったが、それにしても戻りが遅すぎる。あれから1時間は経っている。
細かい打ち合わせをしたわけではないが、村の規模と距離を鑑みれば安全かどうかを確認して戻ってくるだけならば時間はそれほどかからないはずだ。
となると何かあったのだろうか。少なくとも時間を取られる事態に巻き込まれたのは間違いないだろう。
村にこの子を連れていくのは危険な可能性が増した。だからと言ってモンスターが徘徊する為おいて行くわけにもいかない。
この待ってる間に何度もモンスターの襲撃にあった。
なんとか二人で撃退することができてはいるが、イレギュラーが起きればひっくり返されることも十分あり得る。
予想できない事態に対処するのではなく、その突発的な状況の発生から抑制していかなければいけない。
俺は少年を雨から凌げる大木の元へと寝かせると、周囲の警戒とモンスターの残党の討伐をするために少しの間ユイナ達から離れる。
ユイナは未だに起きることなく眠り続ける少年に寄り添うように腰を落とした。周囲の警戒にあたるアマトが戻る間の束の間の緊張感。一人でいるときとも違う、守るべきものが身動きの取れない状態での絶対的不利。
その均衡が崩れる……それも眠れる少年の目覚めによって……。
ぬかるんだ地面が揺れる。
周囲に沸き立つ高温の泡と湯気。
ユイナはその発生源である少年から逃げるように駆け出す。アマトがの向かった方に咄嗟に飛び出したのはいいのだが、アマトの姿を見つけることは出来ない。
この状況が異常だと気づくのに時間はかからなかった。何故なら以前、タミエークの町で敵に向かって自分がやったことと同じようなことをやられたのだから。
先程までの雨が降りしきる森ではなく晴れ渡る草原へと場所が変わっていた。
迫りくる世界の終わりのように地平線から徐々に境界線が崩れていく。そのうち境もわからなくなっていずれ世界ともども消されてしまう。
自分ができることが他人も出来ると言ってもそれとこれとはわけが違う。
それはそのはずで実行するのも至難の業ならばそれに対策と言う手心を加えるというのならば、完全に理解したうえで、計算、経験、技術、運の要素が必要になる。
どれが欠けても対処は困難を極める。必ずしも全てが完璧である必要がないという者もいるだろう。しかし、それはなんらかの要因による補填があればこそである。
瞬時に計算することができずとも過去に同じような経験があれば誤差の範囲で対策ができるかもしれない。
経験がなかったとしても技術が有れば、一回きりのチャンスをものにすることができるかもしれない。
技術がなくとも、運が味方すれば可能性をものにすることができるかもしれない。
運が悪くとも卓上の理論の上では問題などない。いかなる要因があるかは誰にもわからないのだからそれらのイレギュラーはすべて切り離して考えた場合の成功率は100%となる。
すなわち、外的要因を考えなければ成功以外はない。
しかし、何かが欠けるという事は少なくともリスクを背負うという事である。リスクはないに越したことはない。
今のユイナは計算はできるがそれ以外には何も完璧だとはいえるものはない。
それでも、この異常事態が《《現実》》でないことがわかった。
これは白昼夢であり、いわゆる幻覚の類なのだとすぐに理解し、目を覚まそうとするが覚めない。
夢だとわかっていても起きることができないのならばそれは、身体を拘束されているのと何ら変わらない。
すぐに脱出を試みるのだが、何を試してもうまくいかない。それに夢と現実では流れる時間の流れが同じではない為不安が高まる。
(アマト……助けて)
何らかの術にかかっているとわかっていても対処できないというのだから、相手の力量もさることながらこの絶望的な状況になるまで何の予防線も張ることができなかった自分が情けない。
アマトは先程の攻防で聴覚、触覚を封じられても勝利することができた。
自分はと言えばすぐにアマトの助けを求めてしまった。
その差は自分の心を締め付ける。今までの甘えがここにきて一気に自分への足枷となった
助けが来なくとも何とかしなければならない。スペラもいない。
やるしかない。