第24話「吸血鬼の眷属」
周囲の喧騒など聞こえない程壁が厚い部屋へとスペラを招いた少女は優しげに接してくれたのだがどうにも腑に落ちないところがある。
年上のお姉さんのように見えたというのに、年下のあどけない少女だと直感が言っている。しかし、年齢はアマトと同じ位だと思ってしまう。
目の前の少女からは殺気や危険性はまったくと言ってもいい程感じ取れないというのに奇妙な感覚に襲われた。もしかしたら、敵なのかもしれないという判断に行きつくことはない。
「どうしたの? そんなところに立ってないでこっちにいらっしゃいな」
「お前はなんだか不思議にゃ。まるで人間じゃないない見たいにゃ」
「失礼なことを言うのね。でも、それがわかる貴女は凄いと思うわ。今までこの村で暮らしていて気づいた人はいなかったもの」
「お化けなのかにゃ!?」
急に顔を青くするスペラに先程の微笑みを向ける少女。
「お化けだったらどうしよっかー。食べちゃうぞー。なんてね」
茶目っ気をみせる少女の振る舞いは孫をあやす祖母のような姿に見える。それは少女というには無理がある様にも見えるが違和感を感じられたのはスペラの能力によるものだったのは先程の会話から推測できた。
「馬鹿にするにゃー。ミャーはお化けなんて怖くないにゃ。」
そういうと、右腕をバチバチとさせて怒りを露わにする。次第に雷が腕をまとわりつきまるで蛇のように腕を渦巻くときに待ったがかかった。
「ご、ごめん!! からかったのは謝るからおとなしくしてちょうだい。
少女はしきりに謝ってスペラの腕から完全に雷の気配が無くなるまで頭を何度も下げ続けた。スペラもめんどくさそうに思いながらも腕から雷をすっと解放した。
「お前は何者にゃ。ちゃんというなら許してやるにゃ」
「私はディアナ・ホーリージェデッカ。……吸血鬼の眷属……お化けじゃないよ。だから主が死ぬまで寿命はこないし歳も取らなくなったんだけど……やっぱりお化けとかわらないか……」
「お化けは見たことがないからわからないけど、ディアナはなんか違うにゃ。アーニャの為にもこの村で起こってることを話してほしいにゃ」
「アーニャ? なんだかわからないけど、あなたがこの村に何か目的があって来たのはなんとなく察しはつくし力になってあげたいとは思うけど、早く逃げたほうがいいと思うよ。今ならまだこの程度で済んでるけどこのままだとそのうち殺し合いが始まる……」
ディアナはすぐに逃げ帰れと言う。これから何が起こるのか予想ができているのだろうか。この蝋燭が微かに燃える薄暗い部屋の中では外の様子は何一つわからない。
ディアナは奥から透明な水晶を取り出すとテーブルの上に置く。
ゆっくりと手を翳すと水晶から薄らと光と共に村の様子が映し出された。
「水晶に何か映ってるにゃ。どういう仕組みで何が映ってるにゃ?」
初めて見る不思議な水晶に瞳をきらきらと輝かせるスペラにディアナは優しく答える。
「これは私の血で作った使い魔が見た映像を、この水晶を通して映し出しているんだよ。外は今、数日前にこの村に来た女の子を村の住人たちが探してるんだけど、全く見つからなくて……。もうこの近くにはいないんだけど、それは調べつくさないとわからないからこうして徐々に捜索範囲を広げていってるんだよ」
「その女の子が何かしたのかにゃ」
「逆かな……。何もしなかったんだよ。ただ、この村に立ち寄って黒い影のような炎を纏った獣を見ていなかったか聞いて回ってたみたいなんだけど、その時は誰も知らなかったから知らないってこたえたみたいなんだ。そして、女の子がこの村からいなくなってすぐ地面が割れて村の大大半が崖の下に落ちてしまって……そして件の獣が現れたの」
「その影の獣かにゃ?」
「そう、そこで私は一人気が付いてしまったのあの獣の危険なことに。私は普段は人目を避けていたから知り合いはいなかったんだけど、この小さな村ならみんな知り合いだから良くなかったみたい。あの獣に殺されて呪いを受けると死んだ者の記憶が消えるっていう事ね。正確には死んでしまった人の魂が消えてなくなる際に呪いを受けた人はそのものの記憶が消えるみたいなんだけど。私は呪いは受けたけど、もともと友達はいなかったから不発に終わったみたい。条件としては死んでしまった者から知られていなければいけないみたいなんだけど……」
「どうかしたのにゃ」
「私はあなたに知られてしまったからね。あなたが死んでしまったら私はあなたの事を忘れてしまうと思う」
「そんなこと気にしなくていいにゃ。だってミャーは死なないからにゃ」
「ずいぶん自身があるのね」
「当たり前にゃ。ミャーは勇者の従者にゃ。今も村の外でミャーの帰りを精霊様と迷子の子供と待ってるはずにゃ」
「迷子の子供? その子ってもしかして……」
ディアナは何かを知っているようだ。
知らなければ辛い思いも後悔もしないで済むことがある、今がその時であった。
しかし、それが必ずしも最悪な状況だと言えない。
スペラは覚悟を決めて先の言葉を促すのだった。
今重要なのは情報の収集であり、それ以外の事は全く必要としていない。しかし、アマトから無理をしないようにと念を押されている以上、自分の身を必要以上に危険にさらすことは何よりも避けなければならないことを理解していた。
それでも、危険に踏み込まなければ求める答えは得られない。必要最低限の情報取集から危険な動乱へと身を沈める覚悟を決める。
「子供がどうかしたのかにゃ!? 子供なんて……」
「そう、この村の子供たちはみんな谷底へ逝ってしまったの。でも、生き残りがいなかったわけじゃないのよ。一人だけ生き残ったというよりその子供がこの村の状態を作り出したのよ。その子はこの村で生まれ育ったのは私は知っていたけど、突然村人を狂喜に震える狂信者のようにしてしまったのは理解できなかったわ。でも水晶を通すことで邪悪な何かが乗り移ってるのが見えたのよ」
「でも、それがアーニャが助けた子供だってことにはならないと思うにゃ。それにそんな危険な奴ならミャーたちが見逃すはずないにゃ」
スペラは冷や汗をかきつつ反論を言うが、もう末に事の重大さに気が付いていた。わずかな望みは次の一言で全くの別人であるという事を言ってくれないかという願望のみ。
「この近くに……少なくとも幼い子供が住めるような村はないわ。一番近くてタミエークの町があるだけよ。そこまで大人でも半日はかかるというのにモンスターから逃げ延びてきたとは考えにくいわ。それから、うまく効いたかどうかは確認していないけど、衰弱の魔法を時限式にかけておいたけどもしもその子なら今頃衰弱死しているはずだから若しかしたら違ったかもしれないわ。可哀想だけど、そうするしかなかったの……。それほどあの子が怖かったのかもしれないわ。あの子には酷いことをしたわね」
ディアナはそういうと自分のしたことの罪の深さに苛まれている事を暗に言った。
「ディアナは……殺してないにゃ。ユーニャが治癒して今は眠っているからにゃ。衰弱の仕方がおかしかったのにどうして気が付かなかったのか不思議で仕方がないにゃ」
スペラの言葉に安堵したようにもやりきれなかった自分の力のなさに嘆くようにも見えた。これではっきりしたことは一つ。勇者をも超える敵と今一緒にいるという現状を打開したい。この村の情報は碌に集めることは出来なかったがすぐに引き返さないといけないと思い踵を返す。
「待って、スペラちゃん」
「すぐに戻ってアーニャたちに伝えないといけないにゃ。急いでるにゃ」
「私も連れて行ってくれないかしら」
「にゃ? なんでついてくるんだにゃ。意味が分からないにゃ」
「勇者の従者なんでしょ。という事は何か目的があって旅をしているんじゃないかしら?」
ディアナは煌煌とした瞳でスペラを見詰める。炎の揺らめく瞳からは強い意志が伝わってくる。それは、スペラのアマトへの想いにも似ているように感じる。
アマトはユイナの為、スペラの為に旅をしていることは知っている。スペラが行方不明の父を内心では見つけたいと強く思っていた。
それをアマトは叶える言ってくれたのだ。それはアマトの目的であり自分の目的にもなった。
今目の前の少女も自分と同じ瞳をしている。
アマトと出会う前のスペラならば、たとえ同じ志を持っていようと決して相手にしようとは思わなかっただろう。
だが、今は違う。アマトが求めるのは力のある者だけではないという事を理解しているつもりだ。この少女からは未知数の力が感じられる。その力はスペラを軽く圧倒しているだろう、ならばこの申し出は願ってもいない好機。
しかし、本当にあの子供が敵でこの少女が正しいのだろうか。むしろこの少女が嘘をついていて子供は無害なのではないのだろうかと不安が襲ってくる。
「ディアナが本当の事を言ってるのかわからないにゃ。てきならここで倒さないといけないにゃ」
スペラは再びディアナをにらみつけるように体を低く構え、戦闘態勢に入る。
「そうよね。私が言うのもおかしな話だけど、さっきのような事を話をすれば疑われるのは仕方がないわね。それなら、私と殺し合いをするのかしら?」
「やめておくにゃ。今戦っても勝てる気がしないにゃ……。でも、やるというなら本気で生き抜いて見せるにゃ」
「力の差がわかるくらいにはスペラちゃんの能力が高いなら、これを受けてもらえば理解できるんじゃないかな……」
少しずつ近づいてくるディアナを前に身構えたまま動くことができないスペラ。
ディアナの二本の鋭い八重歯がスペラの首へと突き刺さる。
その時、スペラの脳裏におびただしい量の情報が一度に入りこんだ。
無論、情報が一度に脳に書き込まれたかと言うとそうではない。あくまで通り過ぎたに過ぎない。それでも今起きたばかりの事なので、すべて忘れることはない。
この村のたいていの情報と、今起こっている事くらいは大まかにだが理解するにたる情報量。そして、これまでにディアナが辿って来た壮烈な人生を目の当たりにした。
「知られたくなったんじゃないかにゃ……」
「それはそうよね。今まで私が見てきたことの全てだもの。恥ずかしいところだってあったし……。でもそれ以上の事なのよ」
薄暗くても顔を真っ赤にしているのだとわかる。そお瞳には薄らと涙を浮かべているのもわかった。
嘘偽りはないということ。そして、旅に同行したい理由も情報に含まれていた。
「一緒に来るにゃ。アーニャが駄目って言ってもミャーが説得してあげるにゃ」
「ありがとう。スペラちゃん、これからよろしくね」
「ミャーこそよろしくにゃ。ディーニャ」
「ふふ、あだ名で呼ばれるなんて何百年ぶりかしら」
「行くにゃ」
「ちょっと待って、時間はかけないわ」
感傷に浸っている時間などない。ディアナはこの日が来るのを予感していたのだろうか。
慌てることはなかった。
スペラは一人秘密の部屋から出て薄暗くとも、明かりを焚かなくても良い居間で部屋で待つことにした。
外の喧騒は激しさを増しているのだろうか、騒がしい音がここまで聞こえてくる。
部屋は壁にいくつかの棚と本棚を除けば、他には何もなかった。生活感と言うものがあまり感じられない。
特にすることもなく外を眺めていると、奥から着替えを済ませたディアナが現れた。
青と黒のゴシックドレスに身を包んだ金髪緋眼の少女は、自分の背丈ほどの棺桶を背負っている。中に入っているのは何かの死体なのか、それとも吸血鬼は棺桶で眠るのだろうかといろいろと思うところはあった。
しかし、過去の記憶を垣間見たスペラは中に何が入っているのかを、徐々に思い出すかのように鮮明に中の様子が頭に浮かんできた。
「お待たせしました。スペラちゃんでは行きましょうか」
「それがウェポンマスターの秘密にゃ?」
「ただの棺桶……って言ったところですべて見せてあげたから中身はわかってるわね。あまり口外はしないでね」
「敵に口を割るほどニャーは優しくないにゃ」
「信じてるわ。最早信じるしかないんだけど……」
「安心するにゃ。ディーニャの願いはミャーが叶えるにゃ」
「頼らせてもらわね」
「大船に乗った気でいるといいにゃ」
「ふふふ、頼もしいわね」
外見は少女そのものなのだが、大人びているディアナ。吸血鬼だと言われればそれも理解できる。歳はわからなくともスペラよりも長く生きているのだろうから。
ひらひらと装飾がされたゴシックパラソルを一つスペラに手渡すと、ディアナは目の前で開いて見せた。
外に出れば、激しい雨が降り続いている。傘も持たずに出れば濡れてしまうのだから至極当然の行動なのだが、スペラにはなじみがなかったようできょとんとしている。
「傘は使ったことがないのかしら。雨に濡れないようにさす物よ」
「それは見ればわかるにゃ。でも傘をさしていると片手が塞がってしまうにゃ。それに動き回るにも邪魔になるからいいにゃ」
「あらら、仕方がないわね」
結局傘をさすことなくスペラはそのまま歩き出してしまう。
それをすかさず追いかけ真横につくことで雨から守るディアナ。
「にゃっ!」
「私がスペラちゃんに合わせれば、両手は空くでしょ。これで雨にもぬれずに済むし、自由に動けるのだから問題ないでしょ」
「ディーニャが動きづらくなるんじゃないのかにゃ」
「そうね、確かに私は片腕は塞がるしスペラちゃんの動きに逐一合わせなくてはいけないわ。でもね、誰かに合わせるという事が悪いことばかりではないのよ。特に私はずっとあの人の為に生きてきたのだから。そして今も……」
「アーニャを真祖に合わせるのかにゃ?」
「そのつもりよ。退屈を持て余していたあの人は私にそれを解消する為に勇者を連れてくるようにと初めて《《命令》》したの。それは私を退屈な生活から解放する為の方便だったと思うの。勇者というのは、世界各地にいるのよ。名乗ることも簡単で、少しの功績でも周囲に持ち上げられれば勇者は生まれる。でもね、世界はそれを認めるとは限らないのよ。恐らくあなたの主の勇者もあの人が言う勇者ではないと思うの……」
「にゃ!! アーニャは勇者にゃ!! ミャーは今まであんな力をもった人間は見たことがなかったにゃ。それに精霊様とも契約していておとぎ話の勇者そのものにゃ」
ディアナの横に寄り添い雨に濡れないようにしながらも、激しく抗議するスペラ。スペラはアマトが勇者であることを少しも疑ってはおらず、自分が勝手に勇者と言い出したことなど忘れてしまっていた。
「ごめんね、何もアーニャさんの事を否定するつもりはないのよ。スペラちゃんが言う勇者と私が求める人は同じだったのよ。だってスペラちゃんから溢れる力は自称勇者がもたらす恩恵では到底たどり着けない域にあるのだから。アーニャさんの力は勇者という領域ではないと思うのよ。強いて言えばこの世界の希望そのもの。まさに英雄になるべくして表れた光。あの人が求める者はアーニャさんで間違いはない……そう確信したの」
「見てもいないのによくわかるにゃ。会ってみて違ってたらどうするにゃ」
「それは心配しないでちょうだい。何度も言うようだけれどスペラちゃんの力が手に入れた力こそが言うなれば勇者の力そのもの。それを与えられる者が勇者と一括りにできるわけないわよね」
「そんなものかにゃぁ。」
「そんなものよ」
二人は村から出るべくスペラが村に入って来た南の方へと向かっていたのだが、先程までの村人たちの声が一切聞こえなくなっていた。村は決して広くはないのだからそろそろ村人の一人にでも出会ってもよさそうなものだが、まるで廃村のように人の気配が感じられない。
至る所に農機具が転がっているもののそれを所持していた者は見当たらず、だからと言って争った形跡すらない。忽然と姿を消した村人に戸惑いと不安を覚えずにはいられない。
「村人たちは女の子を探していたのだけれど、見つけることは出来なかった。それは、もうすでにこの村から出ていった後なのだから仕方がないとして、それを許さないのがあの悪魔なのよ」
「あの女? これをやった犯人を知っているのかにゃ!!」
「私も結局見つけることは出来なかったから、恐らく本体はこの村にはいないと思うわ。おそらく自分は安全なところで高みの見物をしているのよ。今はレイブオブスという組織を作って暗躍しているみたいだけど」
「何度もちょっかいを出してきてるにゃ。面倒な奴に目をつけられたものにゃ」
「あらあら、もう出会ってたのね。それならこの好機を黙って見過ごさないのもわかってるわね」
「やっぱりかにゃ……。できればああいう姑息な手段をで襲ってくるやつとは戦いたくないにゃ」
「敵に戦いたくないと思わせる程の強敵ってことよ。幸いなことにスペラちゃんは今一人じゃない。私がいるのだから、冷静に対処すればどうにだってなるってことを忘れないようにね」
「わかったにゃ。何が来ても返り討ちにしてやるにゃ」
スペラはディアナに精一杯の空元気で応える。過去に何度か戦ってきたが一人では対処できないのは結果として理解していた。アマトの戦略、ユイナのサポート、スペラの機動力が合わさって初めて互角に戦ってこれたのだ。
あと少しで村から出られる。すぐにアマトとユイナの元へ駆けつけるつもりであった。しかし、村の入り口にはスペラ達の二倍近い身長の屈強な大男が立ちふさがった。
異質なのは全身墨を零したかのように真っ黒だという事と人の形をしてはいるもののどこかマネキンのように見えるからだ。
予想はしていた。どうやら、ディアナが言った通りの展開になるらしい。