第22話「見えざる追跡者」
雨は次第に強くなるものの、辺りは静かな物だった。
俺達三人を除く生き物の気配というものが一切ないだけでその静けさは不気味で、まるでこの世界の生物が全て死に絶えてしまったかのような恐怖さえ感じる。
しかし、だんだんと雨音さえも耳に入ってこなくなり、完全な無音になってくると不気味などと表現するには生温い。
完全な無音など自然界では絶対にありえないのだから、この異常事態は明らかに身の危険を感じるレベルの話。それなのに、直接生命の危機に直面していない為か危機感というものは一切ない。
元の世界までの俺ならば露知らず、今ならばはっきりとこの状況を理解できていた。
室内であっても大気がある以上微細であれ音というものは自ずと発生する。屋外であれば最早、無音などというものは感じる事すら困難と言っても過言でない。砂漠であろうが草原であろうが平原であろうが例外というものが一切ないと断言できるわかりやすい事象が無音状態と言える。
それにもかかわらず、音が奪われていく。
錯覚だと割り切ることは不可能、静かの一言では片づけることは誰にもできない。
おのずと声を出そうとするのだが、音となることがない……聞こえない。
息をすることができるのだから、ここに空気がないなどという事は恐らくないだろう。身体もいたっていつも通りで無重力を匂わせることもないので真空状態という事もない。
ならば実際に疑うべき点は己自身の体、特に耳への外部からの干渉が疑われる。こればかりは一人では確かめるすべがない。
少し離れた場所で辺りのモンスターを殲滅した二人と合流すると話しかけてみることにした。
「……」
シュールな光景が繰り広げられている。誰一人として音を何一つ発してはいないばかりではなく視覚以外の全ての情報が遮断されたかのように頭に入ってこないのだから、意思の疎通も出来ないため慌てふためく俺達三人。
「……」
「……」
ユイナが口を動かしているが、何を言っているのか全く分からない。
スペラもジェスチャーのような動きで何かを伝えようとしているのだが、聞こえるか聞こえない以前になにをしているのか意味不明で全くわからない。
雨が激しく降り続いている為に地面に文字を書くという筆談も封じられている。この状況は自然に起きたなどとは思わない。
それは、二人も感じているのだろう。辺りへの警戒をより一層念入りにしているように見える。
相変わらず、雨音はせず雨が体を打つ感覚もしない……。
(音が聞こえないだけならば、耳を封じられてると思ったが、皮膚の感覚もとなると厄介だな……)
突然、スペラがお尻から尻餅をつく体制で倒れる。
なぜ、急に倒れたのか本人さえも理解していないようで戸惑いの表情が見える。
猫は30階を超えるマンションから落ちても無事に着地したと言われる程運動性と柔軟性に優れていると言われている。
スペラも例外ではなく、その身体能力はステータスなど考える必要性がないほど体の根本的な作りから上位種として確立している。
倒れそうになったところで、その動作を途中でキャンセルして元の体制へと戻す事さえ可能なのだから今起こったことが俺達の上をいく者の仕業だと断定できる。
ユイナがスペラに手を伸ばした瞬間、視界が大きく揺らぎ目の前の二人の姿が真っ赤に染まった。
目の前にはぬかるんだ水たまりが広がる。
雨が激しく洗い流してはいるが、水たまりに映る俺の顔が血まみれだという事はすぐに理解できた。
どうやら、後頭部に何らかの攻撃を受け負傷したのだろう。攻撃されたのが二人ではなかったという安心感を感じたもののこのままでは二人も危ない。
早くこの場から離脱しないと、この程度では済まないような気がする。
俺はユイナとスペラが二人手をつないだままなのを微笑ましく思いながらも二人をまとめて抱きかかえて走った。
頭に何らかの痛手を受けているとはいえ、痛みもなければ暑くも冷たくもない。このまま、倒れる前にこの空間から離れてしまえばもしかすれば苦痛で倒れてしまうかもしれないのだが、それは現状の回復を意味する。
ならば、四の五の言う前にやることをするだけだ。
ユイナは何やらポカポカと俺どこかを叩いたように見えたが、見えただけで何も感じない。叩く感触がないことで意味がないと悟ったのかユイナはおとなしくなる。
スペラも俺にぎゅっとしがみついているのだが、その小さな膨らみと僅かな弾力さえも俺は感じ取ることはない。
もちろんユイナの揺れ動く胸の感覚も感じることもない。俺の腕が意図することなく抱きかかえているものがまさにそれなのだが残念なことに触れている感触も体温も感じることはない。
息が切れて疲れが徐々に溜まっていき、雨と傷が体力を奪っていく中で限界など気にすることもなく入り切った。
体感でどれだけ走ったと言えないが数キロメートルは走った。
にもかかわらず、状況は何一つ変わっていなかった。
相も変わらず、無音の空間に俺達は取り残されているかのようだ。しかし、元の場所からはかなり離れたとは思った。
草原地帯から徐々に樹木が生い茂る場所となっていたからだ。
草木の香りこそ確かめることは出来ないが、花畑などはこの世界に来てから初めて見る光景だ。
二人を、下ろすと今走ってきた道を振り返る。振り返ってみて気が付いたのことがある。アビリティの方位磁石がなかったら危なかったという事を実感する。
感覚と言うものには方向感覚というものがあるのだが、振り返っただけで進行方向が分からなくなったのだ。
なぜ、進行方向を再認識できたかというと北北東に向かうという当初の目的があったからだ。しかし、もしも行き先を決めていなければここで野垂れ死にするところであった。
突然に解放された二人も辺りを見渡しはするものの、一歩踏み出すことをしない。方位磁石を持たない降有にとっては視覚情報意外に頼れるものがないのだから迂闊な行動は出来ない。
用心に用心を重ねていたというのにユイナは諤々と震えだす動作をしたかと思うと、糸の切れた人形のように倒れてそのまま起き上がらなくなった。
「……!」
「……!!」
俺は鞄から解毒薬を取り出し、意識のないユイナに無理やり飲ませた。
意識のない人間に飲み物を飲ませるなど正気の沙汰ではないと思いはしたもののここで薬を飲ませねば取り返しがつかない気がしたのだ。
結果的には正解だったのか不正解かなどわかることはなったが、ユイナは再び目を開けて、自分自身に治癒の魔法をかけ徐々に万全な状態へと回復していった。
見えない敵が俺達を追い詰めていく。
どうやら、走って逃げたというのに知らず知らずに追走されていたようだ。
まるで幽霊と戦っているような気持になってくる。
しかし、俺に傷を与えて視界をぐらつかせるのだから実態はあるのだろう。
今はこちらを侮っているのか、それとも甚振って楽しんでいるのか瞬時に致命的な攻撃を行ってくる様子はない。
今ならまだ、対処できるだろう。
兎にも角にも逃げられないのであればここで迎え撃つしかない。
俺の傷は超回復のアビリティにより完全に治っているがそれを知らないユイナは治癒魔法をかけてくれた。身体から抜けてしまった血は元には戻らない為、若干貧血気味ではあるがなんとか二本の脚で立っていることは出来る。
三人が互いに背中を合わせて三方向を見据えている為死角となる場所はないはずなのだが、視界に入る範囲には虫一匹見えない。
俺もスペラもアビリティを持っているにも関わらず追跡者を補足することは愚か、存在すら認識していない。もしかしたら、追跡者など最初からいなかったとしても不思議と納得してしまえるほどその存在は無色透明。
「……」
やはり声は出しているつもりなのだが、自分自身が聞き取れず聞こえないのか声を出せていないのかの区別もつかない。息を吹いてみても手には風の感覚もない。
本来ならば手には吹きかけられた空気が風のように感じられるはずなのだが、何も感じられないが土汚れが払いのけられたことから何らかの事象が起こったことは確認できた。
しかしながら、地面を踏みしめる感覚すら今はないのだから、後ろから押されれば簡単に倒れてしまうだろう。
本人の自覚のないところで何かが起こりそれを感じることは出来ない。目で見えることがそれを引き立てているようにも思える。
本来であれば今の陣形であれば、敵は攻撃の一切を封じられていると言ってもいいのだが現実は違う。
俺達は少しずつ目的地に向けて後ずさるように一歩一歩北北東へ足を進めていく。しかし、このおかしな空間から解放されることはなく移り行くのは景色だけだ。
後どれだけ行けばこの空間から抜けられのかだけでもわかっていれば、精神的には優しいと言えるが敵がそれを教えてくれる道理はない。
スペラは何かに躓いたのか、その場で倒れるがやはり体制を立て直すことは出来ない。進行方向にいたスペラが倒れたために俺達二人も巻き込まれる形で体制を崩すしそのまま覆いかぶさる形で倒れてしまう。
真正面で視覚に映るものは回避可能なはずなのに、足を取られることなどあるのだろうかと疑問に思ったのは俺だけじゃないはずだ。特に前に進んでいたスペラが躓くことなどあるのだろうか。
背中を預ける形になっている俺とユイナならば、スペラが避けた段差に足をとられてしまうことはあるかもしれないが、そのあたりはスペラが足運びで危険を知らせている為俺達が足を取られることも立ち止まってしまう事もなかった。
という事は唯一頼っている視覚情報に干渉されている可能性が最も高い。今頼れるのは目である為、絶対的な情報源の視覚に対してそれを上回る攻撃が成立すれば最早対処不可能だからだ。
今の現状を打開するためにしなければいけないことを冷静に考えているが、決め手に欠ける。
雨が次第に勢いを増し、まるでバケツをひっくり返したかのような土砂降りになる中ではユイナの炎の範囲魔法でここら一帯を焼き払って敵を炙り出すのも困難だ。魔法の効力も圧倒的な物量の前では無意味に近い。それを魔法の質量や威力があれば力押しでどうすることもできない。
池をガスバーナーで焼こうが、火炎放射器を最大限活用しても干上がるイメージがわかないようなもので辺り数百キロメートル以上に降りしきる雨を干上がらせるものではない。
それでも確実に魔力やマナは消費される。無駄だとわかっていても何かしなければなないがその選択肢を誤れば無駄なのではなくこちらを追い込むことになる。
もともとこのような状況が起こるなどとは微塵も思っていなかった為に合図も決めてはいない。そもそもありえない状況を想定した訓練などいちいち行っていたのでは埒が明かない。
倒れた俺達の直後に襲い掛かってくる様子もなかったが、立ち上がった直後に再び俺は前のめりに倒れ込む。
口から血を吐き出すがなぜ血が出たのかは理解できない。慌てて体中に移住はないか触って確かめては見るものの特に変わった様子はない。否、触った感触も触れられた感触もないため身体にへこんだり、傷があったりしてもわからないのだ。
見た目では斬られたような跡も穿った跡もなく、装備にも外敵損傷は一切見られない。そうこうしているうちにアビリティの効果で傷は治ったのだろう。それを確かめるすべはないが、敵に悟らせないために敢えて苦しそうに装ってはみる。
こんな小手先の事で相手をたばかることなどできるかはわからないが、生存の可能性を引き上げる事なら小細工だろうがしていかなければならない。現状では俺の取得したアビリティの存在は味方にも知られていない。
そこからユイナのとる行動は自ずと推測できる。そして、行動パターンもある程度定まってきてはいる。ならばこれを野生の勘が鋭い猫耳少女が見逃すとは思えなかった。
俺は敢えて傷ついて弱ったふりをし、意識を外部に向けることはしない。なぜならばこの状況下にいるのが俺達パーティーだけだと推測できるからだ。
俺の敵に対する敵意や警戒心を読まれれば俺の思い通りにはいかなくなる。完全に味方に頼ることにする。これは一人ではできないことであり、仲間を信頼していなければ任せることができない命を懸けた願い。
失敗しても仲間を恨みもしなければ責めようとも思わない。全てを託すというのはそういう事なのだ。自分でできないこと、自分でするよりも適役だと思うから任せるのだから結果がどうなっても責任は任せた本人にもあるのだと理解している。
互いが互いの考えを慮って行動することが前提にあれば出会って即席のパーティーだろうと、なかなかどうしてうまくいくものだ。総じて各自の能力も引き出せるのであれば最早いうまでもなく、数の多い方が強い。
相手が一人だとはきまってはいないものの、こちらは三人いるのだから思考する頭も三つあるということ考えられるパターンの多さは一人よりも多い。
それならばそれを活かさない手はない。
俺は二人を信じている。そして、おれが気が付いたある一つのポイントに恐らくスペラならば気が付いているはずだ。
ユイナの治癒が完了して俺とユイナが二人が立ち上がり僅かに一息ついたタイミングで俺はゆっくりと振り替える。
自然にふるまう為に敵の事を一切忘れてユイナへの傷を治してもらった事への、感謝の言葉を述べることにだけ意識を絞る。
動作に違和感がない。
「……」
俺はありがとうとユイナに言うと手を軽く握って、労う動作をする。
ユイナも俺の言葉は聞こえていないはずだが、その言葉に答えてくれる。
スペラが動いた。
何もない空間へ飛び掛かり、雷炎の獣椀を叩き込む。
ユイナもこの一瞬のタイミングに合わせてマナをスペラに送る。それはまるでいつ行動起こすかを予期していたかのような絶妙なタイミングだった。
その腕が貫いたのは痩せた薄着汚い風貌の短髪の男の左腕だった。
「ぐっはっ!!」
俺は確かにその男が発した声を聞いた。
そして、地面を打ち付ける雨音の激しさに思わず耳を塞ぎたくなった。
「これで止めにゃ!!」
再び右腕を男へと素早く振りぬく。しかし、これは男には届くことなく、カウンターの蹴りがスペラの右腹をえぐるように入ってそのまま吹き飛ばす。
「にゃっ……」
地面を剃りとるようにことがっていくスペラへ、なおもこれでもかと蹴りを放とうとする男にユイナがレクフォールで受け止め力任せにスイングし、はねのける。
「やらせはしないよ!!」
「お前らっあああああ!! 俺になぶられてらぁいいものをよおお!! なんでわかったんだよおお」
「雨にも負けない五月蠅さだな……」
「余裕なんてねえんだよ、また俺の術でお前らみんなぁあ、いたぶってやんよぉお」
音はそう息巻いて、なにやらぶつぶつつぶやきだした。
しかし、それを許す俺ではない。
こいつは何もわかっていない。恐らく今まで誰かに負けた事など無かったのではないだろうか。
なぜならば、こいつは俺達が知らずに術にかかった為に苦戦をしたことを理解していない。現状スペラに一方的に攻撃されユイナに放った蹴りは力で押し返されたというのにだ。
まるで状況が理解できていないのだから、もうすでに勝敗は決した。
「これで、お前らは終わりだ。もっとなぶってやりたかったが、とりあえず猫耳!! お前は俺の腕をこんなんにしてくれたからよぉおおおお!! てめえはぁあああ今すぐぅううううう殺すぅうううう!!」
男は正面から何も細工する様子はなくそのままスペラの顔目がけて跳び蹴りを放つが、それをやすやすと避けたスペラは雷炎獣椀をその飛んできた足へと向けた。
案の定、先に向けられた右足はスペラの腕により消し炭になりそのまま燃え尽き消滅した。
「なぜだ、何で俺の術が効かないんだよ!!
「何でかにゃ?」
スペラも不思議そうな表情をみせている。何が不思議化というと恐らく何も考えずに正面から飛び掛かってきたことに対してだろう。
もう、負ける要因は何もないのだから。
右足左腕を失った男は地面に転がっている。
焼き切れたことで止血されている為か出血は思いのほか多くはない。
相対する二人は互いに疑問をぶつけているがどちらも回答を見いだせずにいる。
「答えてやってもいいが、まずはお前が俺達を襲った理由から答えてもらおうか。お前は何なんだ?」
少しでも情報を聞き出す為にできることは、こいつを殺すことではない。ギブアンドテイクでもいい、与えられるものは与え、聞き出せることはすべて聞き出す。そのあとの事なんて知らない。
「答えてやるわけはねーだろおぉおお、馬鹿かてめえはぁあああ!!」
しかし、そうやすやすと口を割るならば最初からおとなしく話すだろう。どういう類の人間ではないという事は離さなくてもよく分かる。人は見かけにはよらない。「内面で判断してくれ」などと言う人がいるが、見てくれで拒絶されれば内面を見てもらえることもないという事を理解していない者の言う事だ。
「なら、不本意だが生かしておくのもこの先危ないから殺すことになるが、しょうがないよな?」
俺の投げやりな台詞を聞いて目を泳がせている男は何かに怯えているようにも見える。今まさに命の危機だというのに俺ではなく何か別の誰かに怯えているとしか思えない。
「ここでしゃべっても殺されるなら話す馬鹿はいねえんだよ!!」
「話すというのならお前が怯えている奴から守ってやってもいいぜ。お前の術さえも無効化した俺達ならばお前くらい守ってあることなんか簡単だが、お前がどうしてもここで死にたいって言うならすぐに楽にしてやるよ」
辺りをきょろきょろと見渡すと一言呟く。
「本当なのかぁああ? 話したら守ってくれるんだろうなぁああああ」
いちいちしゃべり方が鼻につくがここで少しでも情報が得られるのならば仕方がないと割り切ることにする。横の二人も今にもブチ切れてぼこぼこにしてやりたいといった雰囲気を醸し出している。
スペラなんて今すぐにでも飛び掛かりそうにうずうずしている。さっきも止めをさせなかったのが思いのほか尾を引いているようだ。
「ああ、もちろんそのつもりだ。当たり前だろ? お前は俺達に協力すると言ってるんだからお前に死なれて困るのは俺達だ。ただし嘘偽りなく離せばの話だがな」
「わかったっ! 話してやるよぉぉぉおおお。俺はレイブオブスの幹部のロッゾって最強の魔術師なんだよぉおおお!! 俺達は独自にお前らみたいな善人ずらした連中を始末して回ってるんだよぉおおおお。お前らみたいなのがいない方が混沌としていて世の中が楽しくてしょうがねだろおおぉおお。なあ、おい」
胸糞悪い事を平気で吐き続けるこのロッゾとかいうやつにはこのまま退場してもらいたいところだが、肝心な事を聞いていない。
「お前はレイブオブスとかいう組織に属しているんだな。その組織の詳細を教えろ」
「ボスの名は名は名は名は……これであなた達に会うのは二度目になるのかしらね。前回も直接会ったわけはないのだけれど……。木人形を回収する為にちょっと顔見せはしたけど覚えているかしら? 昨日の事よ」
「そうか……。お前か、確かシャーリーっいうのはあの人形でお前は何者なんだ?」
「私はね、ま、だ、秘密。あなたが直接私のところへ来てくれるのなら教えてあげるわよ。それくらい真名を教えるという事は軽々しいものではないの。それにあなたも自分の真名を知らないだけで仲間にも教えていないでしょ。私と殺し合いをするならせめて自分の本当の名前くらいは思い出してから来なさいな、ふふふ」
「どういうことだ!! 真名ってなんだよ!!」
「……」
ロッゾはこと切れていた。
結局何もわからずじまいになってしまった。ロッゾには守ってやると言ったがそれは叶わず口封じに殺されてしまった。
否、僅かだがわかったことがある。レイブオブスのボスが昨日襲ってきたシャーリーという名の人形少女の親玉だという事。
そして、その力はかなり強大だという事。俺が二度目の術を防ぐことができたのは、『色創世認識』でロッゾと魔法の流れが色として認識できたからだ。
ロッゾが流す血と雨、水に擬態した術の流れが全て別々の色として認識したことでその流れをガルファールで断ち切ったことでこれを未然に防ぐことができたのだ。
『色創世認識』はただ認識するだけではなく、認識したものに干渉する力を俺に与える。
そして、こと切れているとは言ってもまだ魂が完全にロッゾから離れていないことを色として認識したことで新たに得た二つ目の能力を使うことにした。
その魂をガルファールで斬り伏せる。魂は跡形もなく消えてなくなったことでもう二度と目の前の男が蘇ることはない。
何も生き返って襲われる可能性を見据えての止めというわけではない。
消え去った魂を俺の魂が吸収したのだ。
正確には俺の魂という核の周りを覆う魂の層がこいつの魂を吸収したのだが、実感は無い。
要はOSとメモリのようなもの。魂というOSそのものは変わらずともメモリには外部から新たにデータを蓄積させることで徐々に情報が増えていく。インストールされたシステムの使用はOSがあれば行えるのだから、まさに吸収して同一化したと言っても過言ではない。
『暗即精察取得』
条件:対象に水魔法により生成した精神水を体内に流し込む。
効果:対象から1キロメートル以内にいる限り対象の視覚を除く五感の機能を封じる。
『劣化隠密取得……隠密へと昇華されました』
条件:対象を先に捕捉する。単独行動に限る(パーティーメンバーとの距離が10キロメートル以上離れていれば発動可能)
効果:捕捉した対象から完全に情報を秘匿する。
一つ目の魔法に関しては相手によっては絶大な力を発揮するのだろうが、二つ目のアビリティと組み合わせることで真価を発揮するのであって単体では実用性は乏しい。
隠密を使う為には仲間から10キロメートル離れなければならない。これは現状では使い道が全くないアビリティだと言わざる負えない。
これから先単独行動をとらざるを得ない事態になったとしても10キロメートルという距離はかなり長い。少し様子を見るための偵察程度ではこの距離の壁は超えられない。
俺の場合は属するパーティーが制限の条件となっていた。しかし、ロッゾの場合は恐らく組織の仲間だろう。即ち、レイブオブスのメンバーは10キロメートル圏内にはいないという事は意味している。
奴が単独行動をとらざる負えなかったのもこの能力に縛られていた為だろう。それにこの能力の組み合わせは最良であると言わざる負えない。これを偶然身に着けたとするならば幸運以外の何物でもないだろう。
意図して身に着けることができたとはどうしても思えない。だが、まだそうと決まったわけではない。口を封じた本当の目的は他にあるとするならば、この能力を与えたものがいる。現段階で疑わしいのは数度接触があった組織の恐らくボス。
いずれまた接触はあるだろうがそれまでに情報は集めておきたい。幸いにも組織の名は割れた。これだけでも一歩前に踏み出したという実感はある。
次に、真名の存在。俺は自分の名前が他にあるなどと思ったこともなければ言われたこともなかった。 あの口ぶりからすれば、あながち間違ってもいない。
しかし、ステータス上では今までの本名がそのまま表示されている。これは矛盾しているように思う。 裏を返せばステータス上で表記されない情報があるともとらえることができ、ステータスそのものが嘘、偽りであるとさえいえてしまう。
まだまだ未知数な部分に多すぎる。
あいつの言葉を全て信じることは出来ないが、可能性の一つとして片隅に置いておくくらいならばいいだろうと割り切ることにした。
「アマトはどんどん強くなってるね。私の治癒魔法も必要なかったんでしょ?」
ユイナが唐突に言った言葉に驚くことはなかった。俺が何を思っているのかなど既にわかっているのだろうという認識はあった。
「いつから気づいてたの?」
「さっき魔法を使った時かな。治癒の魔法に限らず、魔法は使った相手に干渉するからね。あまり回復させているような感覚がなかったからね」
「別に隠すつもりはなかったんだけど、さっきは伝える手段もなかったし余計な心配もかけたくなかったし」
「わかってるよ。アマトが考えてることも、私達を常に気遣っていることも間近で見てきたから。全部話してほしいとは言わないけど、心配を掛けたくないっていうのはやめて。私だってアマトに頼ってる自覚はあるんだから……」
「ありがとう……気を付けるよ」
「ミャーももっと頼ってほしいにゃ」
「さっきは助かった。スペラのこともユイナの事も誰よりも信頼しているさ。出なければ命を預けることなんてできないからな」
照れたようにスペラは身じろぎして、やはり俺に飛びついてくる。
今が土砂降りだというのに俺達は一体何をしているんだろうと思うが、口に出さなければ伝わらないことだってある。
それを改めて今実感した。
びしょ濡れのスペラの薄着の肌の感触に少しドキドキしてしまう。
シチュエーションが違えば普段とは違う魅力が見えてくる。
妙なことを鑑みているのを感じ取ったユイナはいつもなら痛烈な視線を向けてくるところだが、今は雰囲気が少し柔らかい気がする。
気のせいなのだろうか……。
気のせいでなければいいなぁと思いつつ、再び先を目指すのだった。