第21話「猫耳少女とハーフエルフが成せる業」
旅に足止めは付物だ。
それはどれだけ急いでいようが、雨が激しさを増そうが待ってくれはしない。待っていてくれるのはこちらを捕食しようとする得体のしれない化物共と予想だにしないトラブルだけだ。
そう、さっきまでが得体のしれない化物。そして今目の前に広がっているのが予想だにしていなかったトラブルってわけだ。
「なんだ……これ。どうなってるんだ……」
俺は目の前に広がる光景に唖然としていた。
草原地帯が突然終わったかと思えば、そこには底の見えない深い谷が行く手を阻んでいたのだ。
向う岸までの距離が遠すぎて目測で正確な距離感がつかめない。
第一に見た瞬間に谷だと思ったのは向こうまでの距離だけを見ての事ではない。右から左へと見渡せばどちらも終わりが見えなかったからだ。即ち目の前に出現した大きい穴ではなく、左右に長く伸びる巨大な亀裂だと予想しての事だ。
無論、事前情報では陸続きであり、行商人も行き来することから徒歩での移動に問題がないはずだった。誰もこの谷の存在を口にすることもなく、地図にさえ一斉記されてはいなかったのだ。
そうなれば、考えられるのは二つ。
一つは地図にも記すことができず、口伝することも出来ない理由がある。しかし、隠しておく理由もなければ、これだけの規模であれば自然に耳に入りそうなものである。
二つ目は突然発生したという事。
これは、思い当たる節がある。本の数刻前に起きた巨大地震が原因であると断定してしまえば、全てに合点がいく。
勿論、状況証拠を鵜呑みにするのは危険だが、仮にそうしたとしても不利益になるようなことはないだろう。
「アマト、これってもしかしてさっきの地震のせいなんじゃ……」
「こんな谷があるなんて聞いたことないにゃ」
「恐らく、地震によるものだろうな。スペラが知らないのも納得がいく。いくらなんでも近くの村に住んでたスペラがこれだけ大規模な亀裂の存在を知らないなんてことはないだろうし」
俺は二人の同意を得たくて口に出していた。間違った情報だった場合に他人を巻き込むのは危険なのだが、それ以上に自分の心の平穏を保つ方が得策だと思ったからだ。
軍隊における間違った指揮官の発現に同意を求める行為そのものは独裁を生み出すと、歴史が物語っている。俺の場合は単に自分の心の弱さが露呈するのを隠しておきたかっただけなのだが、それを語ることはできない。
「どうするの? 向うまで精霊術を使えば飛んでいけないこともないと思うんだけど……」
「やめておこう。少なく見積もって向う岸まで1キロメートルはあるだろうし、暗くて良く見えけど谷底も浅くても数百メートルはあるはずだから、落ちたらまず助からない。精霊術で飛んでいくって話も本気じゃないんだろ?」
「うん……」
ユイナは申し訳なさそうに、顔を背ける。一度森で精霊魔法を使って空を飛んでいるのだが、その結果を鑑みて判断したわけではない。陽射しが遮られているとはいえ幅が1キロメートルもあるのに底が見えないなど常識の範疇を越えている。
飛び越える途中でモンスターに襲われれば終わり。空中にマナが満ちているとも限らないので外部のエネルギーに頼るのは危険。さらに言えば、谷の上空が安全とは言い切れないのだ。それはモンスターの有無ではなくて、特殊な環境にある可能性だ。
元の世界でもこういう特殊な環境下であれば飛行機が墜落したり、突然消えたというバミューダトライアングルのような常識の範囲から逸脱した条件にさらされている可能性すらある。
石橋をたたいて渡るように叩き過ぎて渡らないくらいでちょうどいい。
「谷から少し距離を開けて谷沿いに歩いて迂回しよう。向かうは西と言いたいところだが、見た感じでは西では来た道を戻ることになる。少しでも先に進むならば東からの方が良いと思う。幸いにも海水の流れ込む音は聞こえてこないところをみると、東の果てまで迂回する心配はなさそうだしな」
方位磁石で確認すると、谷は東北東から西南西に首都アルティアとタミエークの町を別つように伸びている。質のところ距離感から東を選んだわけではなかった。
俺達の今いる場所が地図上では東に位置していた。この世界が必ずしも球体の惑星だとは限らないが、もしも地球のような球体なのだと仮定した場合、東から西へと真っ直ぐ進めば再びこの場所へとたどり着くことになる。
ひとまず首都アルティアを目指してはいるが、最終的な目的地ではない。ならば東から西へと辿れるルートをとるのががセオリーというもの。地図は現在地よりも西の方が広くとられていたので、情報量が多い方へと向かうことで生存の可能性を少しでも上げたい。
「こんなに大きな亀裂ができる程の地震だと思わなかったよ。巻き込まれなくてよかったね……」
ユイナの何気ない一言に冷や汗が出る。本当にたわいない言葉に過ぎない……と聞き流すことは出来ない。
(巻き込まれなくてよかった? 巻き込まれていたらどうなっていたんだ……)
この亀裂がただの副産物ならばその衝撃は破壊的な威力をもたらしたことだろう。
まともに受ければ助かることはない。直接事象に巻き込まれなくとも、亀裂の発生に巻き込まれれば今頃谷底の染みにでもなっていただろう。
「もう、起こってしまったことを考えていても仕方がないにゃ。忘れて気楽な旅をしていたほうが楽しいのにゃ」
にゃははと笑う猫耳少女と、不安げなハーフエルフの少女は俺の言葉を待っているかのように俺を一直線に見つめる。
「行こう」
「うん」
「行くにゃ」
雨音がより一層強まり風も次第に強まる中、東に向かって進路を変えて歩み始めた。左手には深く底の見えない漆黒の闇が広がっている。
疾風に煽られて谷底に落ちるようなことがないように十分に距離をとって歩いていくことにする。
柵などが一切ない地面の淵というものは想像以上に恐怖を駆り立てる。脆くなっていた地面は容赦なく土砂崩れを引き起こし、大量の土砂と共に谷を滑り落ちていく。
地盤が雨と地震によって相当脆くなっているのだろう。至る所で谷底へと吸い込まれ彼のように地表のあらゆるものが落ちていく惨状を目にする。
岩石であろうと大木であろうと容赦なく谷底へと導いていくが、やはり着地を知らせる音は響くことはない。
どこか別の世界にでも繋がっているのではないかと思える程真っ暗な闇が俺達を手招きしているかのような錯覚すらする。もしかしたらここから飛び降りれば、元の世界に帰れるかもしれない。
この苦痛と恐怖に満ち溢れた世界から抜け出せるかもしれないと思うと自然に谷の方へと足が進みそうになるが不思議と飛び込もうとはしなかった。
今は一人で元の世界に帰るわけにはいかない。ユイナと一緒でなければ意味がないし、スペラの父親も探し出さなければいけない。
なんといっても、ここから飛び降りて元の世界に戻れるわけなど無いと本当はわかっている。
飛び降りてこの苦痛から解放されたいなんて逃げ以外のなにものでもない。
「アマト、どうしたの?」
「本当に真っ暗だなって思って……。そこがわからないってことはもしかしたら、元の世界に繋がっているのかもしれないなんて思ったんだ」
「私はそうは思わないよ。元の世界に繋がっているのならもっと明るい光が差し込むくらいじゃないといけないと思う。こんなに真っ暗闇な世界に何て戻りたくはないでしょ。ここがどこかに繋がってるとしたら地獄か何かじゃないかな」
ユイナのいうことはよくわかる。
夢と希望に満ちた世界だというならば虹色に煌いているくらいでちょうど良い。
「アーニャとユーニャは何の話をしているんだにゃ?」
「こことは違う別の世界の話をしてたんだ……」
「スペラにも見せてあげたいなぁ。ショッピングモールとか高層ビルとかね」
「なんだか聞いたことない言葉にゃ」
「でもロボットが存在するみたいだし、若しかしたら高層ビルがあっても不思議じゃない気もするんだよなぁ」
スペラは俺達がおとぎ話の世界の話をしていると思っているのか、羨望の眼差しを向けている。
俺にとってはこの世界の方がよっぽどファンタジーなのだが、もうすでに慣れてしまっている為かこの世界が現実ではないとは微塵も思わなくなっていた。
今はただ、目的地に向かって進むのみ。余計なことに意識を向ける必要はどこにもない。
足止めされたことでより一層雨に打たれる事になったが、気にすることなく先を急ぐ。
ある程度谷淵からは距離を開けて歩いているとは言え、崩れるときは数十メートル単位で崩れていく。
際どい所に杭を打ち込んでロープを渡るような方法では、杭の打ち込んでいた地面諸共谷底へ落ちてしまう。安易な方法をとらなかったのは正解だろう。
谷付近にはモンスターも危険を察知してか、近寄ることはない為エンカウントを避けるならばぎりぎりを進めばいいが命を懸けるには割に合わない。
ここはおとなしく、モンスターを蹴散らしつつ事故のリスクが少ない距離感を保って東に歩んでいく。
朝早くにホテルを出たが、もうすでに昼前になっている。
薄暗い為時間の感覚は体感で感じ取りにくく、今一把握しずらくなっているものの俺には時計のアビリティが有る為さして問題にはならない。それは、時間という概念が精神に安寧をもたらすからであってその感覚が失われると不安に苛まれることになる。
これは時計など存在しない時代から言えたという。
ある囚人を日の光の届かない部屋で数日過ごさせた。すると時間の感覚が狂いだし体内時計が乱れ、生体機能に不調をきたした挙句に命を落としたそうだ。
代を重ねることで身に着けた種族としての特性ではなく、一代で身体を周囲の環境に適用させることは種族を問わず難しい。
わかりやすい例えとして有名なのは昼夜逆転生活をすることで、寿命が10年から20年縮むという話がある。
人間であれば太陽の光を浴びることで生成される栄養素、一つ上げるならばビタミンDなどがあるわけだが昼夜逆転生活をするならば、それを意図的に摂取しなければいけない。
しかし、何十と世代を重ねていくことで夜行性になることもあるそうだ。
つまり、未来の子孫に託すような気の長い話でなければ時間は正確に把握し常に昼夜を意識して生きる他ない。
アビリティには不眠不休で動ける類の物もあるが、あまりにもむやみに修得していけばいずれは人の姿をした何者かになってしまいそうだ。幸いにもアビリティはレベルと修練によって自在にコントロールすることができる為、痛覚耐性で無痛になることもない。
谷を見つけてからというもの辺りが慌ただしくなったように感じる。雨が降ると獣はおとなしくなるものだが、獣ではない百腕のようなモンスターは活性化するようだ。
次々と地表に腕を這わせては這いずり回り、小柄な動植物を地中へと引きずりこんでいく。
「何度見ても気持ち悪いな……」
「なんか、ホラー映画みたいだよね。私、怖いのは苦手かな」
「二人は休んでていいにゃ。ミャーがこいつらを倒してくるからにゃ」
「ちょっと、待った。あれは駄目だ。ざっと見た感じ8体いるが、さっきは3体で魔力が切れただろ。マナは周囲から集めるから実質無限だが、魔力は体内の貯蓄が物をいうんだ。全部倒すまでに腕が燃え尽きるのはさっきのでわかってるはずだろ」
「でも……早く慣れて二人の力になりたいのにゃ……」
「十分俺達の主力だって、理解れ《わか》!! 何度も言わせるなよ」
「それなら、休憩しながら倒していこうよ。無理をするほど余裕がないわけでもなんだしね」
「そういう事だ。スペラはユイナの合図で攻撃を開始、3体倒したらすぐにユイナの元に戻る。魔力が切れそうならば無茶はせずにリターンだ。行けるか?」
「「了解」」
ユイナとスペラはタッグで行動を開始する。
俺も黙ってみているだけではない。スペラのアイデアは非常に理に適っているのだから、俺が利用しない手はない。
ガルファールを鞘に納めると、右手に意識を集中し雷によるプロテクトを纏う。
そこから炎を生成しようと試みるが、これがなかなか難しくうまく具現化することができない。
二種類の属性を一度に具現化するのは、思っていたよりも容易ではない。スペラが二属性を扱えるのはあくまでも本人の魔法とユイナの精霊術の組み合わせがあってこそなせる業。
繊細な動きを得意とする人間の腕から、豪快で強靭な獣腕へと変異させることで能力を限界まで引き上げ絶大な力を生み出し魔法と精霊術を纏う事も可能とする。
これはスペラの生まれ持った性質があってこその素養が成せる一種の才能である。
それを俺は自分一人の力でやろうとしたのだが、一朝一夕でうまくいくはずもなかった。パーティーメンバーの固有アビリティを使えるようになったとはいえ獣化を試すが、これもうまくいかなかった。
せいぜい腕が少しもふもふな毛に覆われる程度のもので腕そのものには特に変化はなかった。
ユイナの固有アビリティも全く使いこなせていない。たまに、知らないことを急に思い出したかのように理解できることがあるがそれも唐突であり、実戦で役に立つ類のものではない。
徐々に体に馴染む感覚はしているのでいずれは使いこなせる時が来るとは信じたい。
「それにしてもあのコンビは凄まじいな」
俺は二人の息の合ったコンビネーションを見て誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。
ユイナはスペラにマナを供給している間も炎の魔法で一体ずつ焼き払っている。
広範囲ではなく一体ずつ的を絞っていくのであれば雨の影響も思っている以上に少なく抑えられる。
スペラの魔力が切れかけてくればそれを察してマナの供給を止め、火傷する前に撤退を促し軽傷でも傷を負えば治療し、再び戦闘を再開する。
まさに攻防一体と言った具合だ。
「まだまだこれからにゃ!!」
「アマトはどうするの……いろいろ考えてるのはわかるけど、マナは送らなくて大丈夫? 少しくらいなら私も勢いでどうにかできそうな気はするけど……」
「俺の方は大丈夫。いろいろ試してみてうまくいかなかったら頼むかもしれないけど、それまではスペラの事を見てやってくれ。どうも見ていると無茶が多いというか、無謀というかとにかく危なっかしいんだ。特に新しい技を覚えて調子に乗っているときが一番危ないからな」
「無茶をしているのはアマトも一緒でしょ。私はいつでも大丈夫だから、何かあったら声かけてよね」
「サンキュー」
俺は礼を言って、再び遠くで孤立している百腕の元へと歩み寄る。
見た目は悍ましく気味が悪いのだが、如何せん決定打に欠ける。掴みかかってくるものの力が強いわけでもなく瞬発力もない。
超回復が斬ってもすぐに再生するので技の練習に付き合ってもらうことにした。
俺だって何も得られないようじゃこの先、生き残れる保証なんてないのだしこの機会は見逃す手はないと一人思ったのだった。
魔力を可能な限り使うことを心がけモンスターに攻撃を仕掛ける。魔力は使いきれば跳ね上がるが非常に危険な状態に陥る為ぎりぎりまで減らして回復してから再び魔力を行使することにする。
ユイナは闇の属性が得意でスペラは雷の属性に特化しているが俺は魔法というものの根本的な考え方の違いからなのか、特に得意不得意というものを感じてはいなかった。
一度受けた魔法であれば感覚として身体が無意識に記憶し、まるで体の一部のように行使することができるようになっていた。無論、元の世界には魔法などは一切存在しなかった為予備知識などあるはずもない。
全てが真っ白なところに手当たり次第、魔法を行使した結果。属性という細分化された枠に捕らわれることなく魔法という概念をそのまま一つの集合知識として会得するに至った。
最早、この世界の魔法という概念で表現できる全てを行使できる可能性がある。
そもそもアビリティをPPの消費で取得可能な為、適正など無くても力技で覚えることが可能だったのだが、無駄にPPを消費しなくてよいのは運が良かったと言える。
技の取得には適した環境が整っているというのに、うまくいかなくて苛立ちだけが徐々に増していく。
ユイナとスペラが辺りのモンスターを殲滅するのも時間の問題だというのに、魔法の重ね掛けは疲れるばかりで成功せずに魔力は限界まで消費されてしまう。
剣を振るってみても単調な剣戟だったと思い知るばかりで、ダメージは通らない。
素人が身体能力ばかりを底上げしたとしても所詮は素人。
生きるのに必死なモンスターや人間相手に敵うはずもない。つまり、俺に人や、モンスターの命を奪う覚悟ができていないという事を現していた。
ユイナは確実にモンスターを屠る為に、跡形もなくなるほどの高火力ではなく超分解という方法で焼却を行った。
スペラは効率的に命を刈り取る為に、百腕の心臓である核をピンポイントにつかみ取り抹消して見せた。
俺はと言えば、素手で直接触れることもなければ圧倒的な力で消し去るようなこともしていない。
せいぜい、目の前の障害を一時的に取り払っているだけに過ぎないというのが現状だった。
炎を纏った剣で焼き斬ったり、雷を纏わせて突きを放ったり、刀から温度を奪い去り粉砕を狙った打撃を加えたりと試せることを一つずつ試すが必殺と言えるものはない。
せいぜい付け焼刃に過ぎないとわからされる。
ふと、気が緩んだのかガルファールが手から滑り落ちる。雨で手が滑ったとか、炎の熱のせいで汗ばんでいたからだとかそんなことではない。戦場で得物を意図せず落とすという事は最早、命を落とすも同じ。
百腕には顔や目のようなものはついていないというのにまるで、これを狙っていましたと言わんばかりに全身のあらゆる腕が俺の体にまとわりついてくる。
力任せに襲ってくることもなく、ただただ纏わりついているだけに思えるのは、圧倒的な力の差があるからなのか、そもそも俺に危害を加えるつもりがないからなのかと甘い考えが脳裏を過る。
徐々に身体から力が抜けていく感覚と、痛みや疲れが感じなくなっていき次第に何かを考える事すら億劫になっていく自分を客観的に認識するに至る。
まるで幽体離脱でもしたかのように、百腕に捕らわれた自分自身の姿を遠目に見ている俺がいる。
このまま苦しみを感じずに死ねるのならばそれは好機なのではないだろうか。
今ならば、痛みも苦しみも何もかも感じることなく静かに死んでしまえる。
そんな事を思いながら自分の体を眺める精神……。
「……」
魂の抜けたように言葉を発することもない肉体。
百腕は別段強くはなく、超再生をどうにかすることだけを考えれば倒すことは難しくないと思う。
それにも関わらず、無意味にされるがままになって死を待っている。
否、もうすでに精神が肉体を離れてしまった時点で死んでしまったのかもしれない。
(こうして触手に襲われる男ってのを傍から見ててもあんまり嬉しくもなければ、見てて楽しくもないな……まあ、自分の体だから見てられるけど、他の男なら嫌だなぁ………って……ん!?)
今、何か見えた気がする。
本来は見えるはずのないものだと、今なら理解できる。普段何気ない日常を生きていれば生活に溶け込んでしまって見えていても気が付くことのない一瞬の煌き。
それが永続的に魂に直接映像として流れ込んでくる。これが目で見ている景色ではないのだとはっきりとわかるのは魂や精神体には物理的な目などは存在しないからである。
『色創世認識取得』
今確かに聞こえた電子音は俺に新たな力を与えたことを知らせる。
今まで感じていた事象を引き起こしていた原因となる、百腕の精神攻撃を今ならば着色された空気の流れのように認識することができる。
得体のしれない精神攻撃という存在を認識することで、雲をつかむような実態のない攻撃だろうと俺はその流れを感じることで遮断し、完全に打ち消すことができた。
『精神攻撃無効』
それが経験という形でアビリティとなり俺の糧となる。
今なら、目の前の百足を圧倒的な力でも粉みじんにする剣技でもなく絶対に存在を消し去るという覚悟で倒すことができる確信がある。
「まさか、こんなゲテモノに教えられるとは思わなかった……」
百腕から溢れ出す生命力を視認すると今まではただのゲテモノにしか見えなかったが、必死に得物を求める生物本来の欲求のようなものが感じ取れるようになっていた。『目で見るのではない、心の目で見る』とはよく言ったものだ。その源となる核の存在が本来の形とは違ってフィルム越しに見ているかのように俺の瞳に映る。
俺はゆっくりとガルファールを核へと滑らせる。核は逃げるように中心から外側へと移動するが、その軌跡もまるでガイドラインかのように俺の瞳には映る。
ガルファールは魔力ではなく俺の魂か精神エネルギーを纏って、すんなりとその軌跡を辿ると不思議と時が止まったかのように静かに核が二つに切り裂かれつつ消滅していった。
まるで俺の魂が百腕の魂を飲み込んだかのようにも見えた。
『吸収取得』
『精神攻撃取得・超再生取得』
俺はとんでもない力を手に入れてユイナの両親の言葉を思い出した。
そして、俺のステータスによる能力の上昇というまるでゲームのようなシステムの本当の意味を知る。
「俺の魂の有り方が力だったんだ……」
この力は俺の力の本の一部に過ぎない。100万を超える魂がこんなものだと考えるには些か早計というものだろう。
力は使いこなせなければ意味はない。力というのは才能でも、努力でもなくそれを掴みとる運とチャンスをものにするという絶対的な気持ちが物を言う。
傷一つなくなった青年は一つ高みへと昇る。
それは人間という器から一歩別の何かに近づいたことを意味する。
しかし、それでもこれから起こる高次元の戦いの中では心もとないのだが、微塵も感じることはなかった。急激に力を得ていくという事は時として視野を狭めるのだと、気が付いてさえいれば失わずに済んだと思い知る……。
これから遠くない未来、アマトは目の前で大切な何かを失う……。