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第20話「炎々草々~マナの道筋」

 見晴らしいい草原と言っても、地平線まで見通せるところとそうでないところが存在している。地平線までの距離など実際は15キロメートル前後と予想できるため、その範囲内に別段変化がないとなると意外と大した事態にはなっていないと思われる。

 

 少なくとも、視界に映る範囲内では震源たるモノの正体はわからない。

 振り返れば辛うじてタミエークが見える位置まで来たが、事態に変化はない。

 

 町の周りをうろつくモンスターは積極的に討伐しているとはいえ、絶対数が多い雑魚モンスターを少し減らしたくらいではさして何も変わらない気もしていた。少しでも数を減らしておけば町への被害は少なくなるはずだと思えばこそ、力も入るのだがきりがない。


 敵を倒すことで確実に身体能力の強化、PPの取得は行えている。これはあくまでも自分の経験や鍛錬が数字として表れているだけで、元の世界でも日々のトレーニングは何らかの意味をなしていたと言える。

 しかし、過度なトレーニングは身体の細胞を殺してしまう為寿命を縮めてしまう。


 結果的に毎日汗水流し命を削ってまで鍛えていた者よりも、規則的な生活をしていただけに過ぎない者の方が能力で上回ることも少なくない。どちらが幸せかと言われれば当人のみぞ知るといった話になるのだが……。


「よしこれでひとまず最後だ」


 飛び掛かってきたヴーエウルフを一刀両断にして辺りを見渡すと、100体を優に超えるヴォーウルフと数体の群れのボスであるヴーエウルフがばらばらになった肉片へと変り果てた状態で散乱していた。

 

「速やかに燃やし尽くせ! 『炎々草々』」 


 ユイナの一声で辺り一帯は草木が生い茂る草原から、火の海へと姿を変える。

 モンスターの亡骸を容赦なく焼却していく炎は、俺達を中心に放射状に広がっていき草木、モンスターの亡骸が無くなるまで燃え続きすべてを燃やし尽くすと自然に鎮火する。即ち完全に消化するまで燃え続けるという事。


 圧倒的な火力があるわけではなく、芯から分解する炎による完全消化魔法は灰すら残さず消し去ってしまう。

 えげつないの一言に尽きる。

 勿論、俺達三人の立っている場所を除く辺り一面は、草原などではなく生命の息吹が全く感じられない荒野へと変り果てていた。

  

「ユーニャの魔法は凄すぎるのにゃ!! 虫の一匹もいなくなったのにゃ……」


 スペラはその変り果ててしまった地形に唖然としていた。

 魔法の発現は思い付きのように突然脳裏をかすめたり、気が付いたら使用していた場合など様々。

 これはスキルの習得にも通じるものがあり、今回も常日頃から倒したモンスターの後始末に困っていたら突然炎の魔法が使えるようになったとのことだ。


 強い風が吹き抜けるが、モンスターの死臭などは一切せず魔法の範囲外で今もなお生えわたる草木の香りが鼻先を通りぬけていく。

 決め手となったのは、突然モンスターの死体が蘇生したことであった。

 

 完全に戦闘不能になったはずが、強い生命力のせいなのか他に原因があったのかは定かではないが突然目を覚ましたかのように再び飛び掛かってきたのだ。

 意表を突かれはしたものの、特に被害が出ることはなく狼型のモンスターは頭を切り落とされ絶命した。

 

 しかし、また同じことが起きたとき次は同じように行くとは限らないとみな思っていた。

 念のためにと頭をつぶしておくことをだれが言い出したわけでもなく、自然に行うようになっていた。

 その煩わしさにも慣れてきたころ、効率と不快感がピークに達した瞬間、ユイナに新たな魔法の会得をもたらした。


「辺り一面完全に燃えて無くなったな。これなら、生き返って後ろからズバッって事にはならないだろう」


「でも、まだ完全にコントロールできるわけじゃないから使ったら最後今みたいに一面焼け野原……じゃないね。何もなくなっちゃうよ。燃えてるのは生きてる動物とか、草花だけで地面や石なんかは燃えてないみたいだけどね」


 周囲に敵影がないかを確認してからユイナは言った。

 ユイナの魔法は発展途上でこれからまだ伸びしろがありそうだ。今も俺達が三人集まった瞬間を狙って魔法を放ったが、応用が効くようになれば戦闘にも積極的に使っていけそうだ。

 

 俺は燃えて草木が根元から綺麗に消失した砂を掬い上げた。

 

「そうとも言えないんじゃないかな……。草木は根を張っているわけだが、その根元まで燃えてしまったところを見ると地表のある程度浅い地面も熱分解を起こしていたみたいだ。掃除専用の魔法にしておくのはもったいないかもしれないよ」


「当分先になりそうだけどね。今ならアマトも巻き込んで燃えしてしまいそうだし……ね」


「怖いこと言うよね……。まあ、これで火の属性も使えるようになったわけだし、戦術の幅が格段に広がったな」


「ミャーは雷の属性しか使えないから、ユーニャが羨ましいにゃ!! やっぱり精霊様だからかにゃ?」


 スペラは雷の属性に長けている。恐らく今はユイナをも圧倒するほどの適正があるだろう。

 それは天性の才。

 生まれながらにして雷に愛されているという事だ。一朝一夕で身に付く類でもなければ努力して手に入れたような後天的なものでもなく、こればかりは常人ではどうすることもできない。


 しかし、俺の力を使えば後天的とはいえ生まれつきの力かのように思えるほどの才を与えることができる。

 だが、これにも問題がある。

 今後の成長を阻害することになり兼ねないという事と、本来得るはずであった力を奪ってしまうことになりかねないという事だ。


 1年経てば自ずと会得できたものを今強制的に与えてしまっては、未来の可能性を摘み取ることにもなる。可能な限り努力で得られる可能性がない力を与える。

 基本アビリティはどれだけ伸ばしても、本来の能力に加算されるだけなので問題はないという認識ではいるがこれも正しいのかはわからない。


 それでも、俺達は今まで戦った天才たちとはわけが違う。

 彼らは、俺のようなステータスそのものに干渉する能力を使うことなく、才能とそれを引き延ばしてきた環境が強さを作り上げていた。

 次元がまるで違う。


 人間がどれだけ鍛え上げたとしても、車や電車の速さを超える程足が速くならない。

 しかし、俺達がしようとしていることはまさに人間を越えた超越的なスキルアップ。

 俺達はこのままレベルを上げてプロパティポイントを使い、鍛えぬいて彼らを越えなければならないのだ。


「私は自分の血で魔法を会得したとは思えないかな。だって、アマトと出会うまでの16年間全く何もしてこなかったわけじゃないの。やっぱり魔法だって使えるようになりたかったしね。でも、こんなに早く魔法が自分の力になっていくなんて思ってなかった……」


「やっぱり、アーニャと契約したからかにゃ? ミャーもアーニャと契約してから、今まで知らなかった技を体が勝手に覚えていくみたいな感覚がしたんだにゃ」

  

「これがパーティーを通じて得られる恩恵って奴なのかもな。本来は精霊と契約することで使える精霊術もパーティーに入ってから使えるようになったわけだし……。ユイナ……スペラにマナを送ってみてくれないか。そうだな……炎の属性を付加してどうなるか試してみてほしい」


「やってみるね」


 ユイナは空間把握能力を駆使してマナを集め、スペラへと炎の流れを作る。

 スペラは両腕に意識することで、火炎を纏っていく。

 引き抜いた二本のナイフにその流れを作れば、まるで生きているかのように刃先に燃え上がる焔が渦巻きだす。


「うにゃっ!! そにゃ!!」


 双刀を一振りすれば炎の斬撃が地面を穿ち、燃え上がる。

 どうやら、成功したようだ。

 

「ユイナ、スペラにマナを送りつつ俺にもマナの流れを供給してみてほしい」


「わかった」


 スペラに送られる流れはそのままに、俺にも同等の炎の流れを作り出すことに、多少気の乱れは感じるものの特に問題にならないほど正確にマナを制御して見せた。

 ガルファールを構えて炎を纏ってみれば炎の刀としてはもうしぶない。

 

 熱せられた刃は地面をバターを斬るように、滑らかに切り裂くことができモンスター相手ならばその効果は絶大になるだろうと容易に想像ができる。


「大丈夫か!!」


 立っているのもやっとだったのだろう、ふらつきながらマナの制御をしていたユイナを抱き留めた。

 凄い汗で、今まで精霊術を行使していた時とは明らかに様子が違っている。


「う、うん……」


「ごめん。無理させ過ぎた」


「結構、疲れるね……」


「ちょっと休もうか。良くなるまで無理はしなくていいから」


「大丈夫かにゃ」


 スペラも炎の流れを気にすることなく、走り寄ってきた。

 心配しているのはスペラも一緒だったのだろう、ユイナにしがみついている。

 余計熱そうなのだが、やめておけとも言えずに好きなようにさせておく。


「ちょっと休めば大丈夫だと思うよ」


「ごめん」


「謝らないで……。アマトは何もわかってない!」


 辛そうにしながらも、ユイナは声を荒げる。

 俺はユイナの気持ちなど何もわかっていなかったのだ。

 辛い思いをしてでも新しい力を手に入れて、俺達の力になりたいという気持ちに気づかないでいた。


 みんな、周りの事を考えて戦っているのだと理解できない。

 それは、自分が未だに全ての責任を背負い込もうとしていたからなのだがそれを自分だけがわかっていなかったのだ。

 周りはそれに気づいていたからこそ無理をするし、辛いと言えないでいた。


 互いにみな気を遣いすぎている歪な関係はこれから先、思わぬ相互不理解を生み窮地に追いやられることになる。

 それでも、今は目先の事に全力で挑まなければならないと皆思い込んでいた。

 俺もその一人なのだとはこの時は微塵も思っていなかった。



 

 俺達パーティーが通った道が悉く荒野へと変貌していく。

 しかし不思議と環境破壊だとは思わなかった。

 焼畑農業という農法を知っていたからだろう。

 

 実際は、農地でもなければ人の管理下でもない為まったくのこじ付けでやりすぎれば砂漠化を引き起こすことにもなりかねない。

 それでもモンスターが蔓延るくらいなら幾分かましだと思うのだから仕方がない。


「俺達が通ってきたところがまるでローラーで引いて来たかのように、焼けたコンクリートの道みたいになってるな」


「これでも、少しは慣れてきたから最初に比べたらだいぶましになってきたんだからね……。発動地点の座標指定もできるようになったし」


「これで、巻き込まれそうになることも今よりははず減るにゃ……」


 スペラは焦げた尻尾をさすっていると、ユイナが治癒の魔法で焦げてしまった尻尾をすかさず治す。


「ごめんね。やっぱり気を緩めるとちょっと手元が狂ったりしちゃうんだよね」


 てへっと舌を出して可愛く振る舞っているが、思いのほかこの魔法は強力で瞬間火力こそないものの嵌ってしまえば範囲魔法としては右に出ることのない程えげつない。


「味方の魔法に巻き込まれるのだけは避けないといけないな。俺達も魔法の耐性や火に対する耐性を身に着けることで気にせずぶち込めるようになるとはいえ、関係ない人間を巻き込む可能性をゼロにするためにもコントロールはしてもらわないとな」


「そうだね。確かにパーティーに対して気兼ねせずに魔法が使えれば楽だけど、万が一の為にも完全に制御する技術は必要だよね」


「ユーニャなら、すぐにできるようになるにゃ」


「ありがとう、スペラ」


「魔力は持つのか? もうかれこれ15、6発は使ってるだろ。温存しておかないといけないんじゃないかと思うんだけど」


「まだまだ大丈夫かな。不思議と魔力の貯蔵量が増えた気がするんだよね……それは確か。それに大気のマナを集めて同じことができることもわかったし、まだもう少し頑張ってみようと思うけどどうかな?」


「なるほどねー。ハイブリッドってわけか……。魔力を使いきることは避けないといけないのはわかってるとは思うけど、ぎりぎりっていうのも良くない。その辺は任せるから休憩しながらのんびり行くとしようか。それまでは後始末頼む」


「了解」


 さっそく木陰で休憩をとることにして、疲れた身体と心の休息に努めた。

 

「雨が降り出しそうにゃ」


 スペラは耳の裏をさわりながら言う。その仕草はまさに猫のようだが、虎も同じなのだろかそもそも獣人は猫でも虎でもなく人に近い気もするし疑問は絶えない。


「雨か……。そう言えばこの世界に来てから一度も振っていなかったなぁ」


 10分に程経つとポツポツと雨が降り出し、焼けた土地は急速に冷えたことで霧が発生した。

 正確には朝方の冷えた地面ではなく熱せられた地面が雨を即時蒸発させたことによる靄なのだが、それはさして重要なことではない。

 問題は雨に多少当てられたからと言って効力はすぐに無くならないという事。


 雨粒すら即時熱分解し、水蒸気に変えていく光景は悍ましい。

 魔法と一言で言っても恐らく上級以上だと思われる。

 そして一度術者の手を離れてしまえばそれは魔物のように、自由気ままにふるまってしまう。


 例外的に完全な制御化にあれば一度手を離れてしまたったとしても、自由に操れるというのだから今のうちに掌握してもらわないといけない。


「結構強く振ってるね。たまたま雨宿りできるところにいてよかったよ」


 ユイナは微かに木の葉の間からこぼれた雨のしずくを浴びて、妖艶な雰囲気を醸し出しながら言った。

 このシチュエーションなら雨に濡れた服が透けてしまうようなこともあったりするところだが、ユイナの纏う特殊なドレスは元々生地が薄く体の線をはっきりと浮き上がらせているだけで、透けて肌や下着が見えてしまうことはなかった。

 

 体も線がはっきりとわかる時点で十分にエロい。しかも横になれば下着の線まではっきりと浮き彫りになるのだからそれ以上を求めるなど贅沢というものだろう。


「びしょぬれになるところだったにゃ。この分だとまだ止むのに時間がかかりそうにゃ」


 スペラは元々下着のような服なのが雨にぬれるとまるで水着のように思える。

 何故なら、下着とは違い水をはじく特殊な素材だからである。

 普通の服の生地ならばとふと想像してしまった。

 それはいろいろと不味い光景が脳裏をかすめる。


「また、変なこと想像したでしょ。それも私ならともかくスペラのことも凝視してたし、ストライクゾーン広すぎ」


 スペラの名前を出すユイナは怒りのボルテージが高めのようで、獲物を狩る獣の目をしている。

 

「気のせいじゃないかな……。みんな疲れてるんだよ。だからそんな妄想みたいなことを思ったりなんか……」


「妄想って何? 私、間違った事言ってる?」


「言ってません。ごめんなさい」


「ユーニャは相変わらず、アーニャの事になると怖いにゃ……」


「スペラを変な目で見るのは駄目だからね」


 ユイナの物言いは意味深と言わざる負えない。

 それならユイナならいいのだろうかなどといえるはずもなく押し黙っていた。

 いつも俺の心が読まれているかのような言動も相まって、好意と恐怖が均衡してしまっていた。


「お、おう……見ないようにするからそんな目で見ないで」 


「しょうがないんだからもう」


 頬を膨らませるユイナとがくがく震えるスペラ。

 雨は降りだして間もなく、雨と草木の入り混じった香りが辺りに漂っている。

 その香しい香りを感じながら、一時の安らぎを得る。三人そろって一本の大木を背にし雨風を凌ぐのは趣があって日本人の忘れていたわびさびだと思った。


 遠目に角の生えた兎のモンスターと小型の鳥のモンスターが戦闘を繰り広げているのが見える。

 その付近にも狼のモンスターと樹木に足の生えたモンスターが争っている。

 モンスターが皆仲間というわけではないのだろう。互いに命がけの死闘を繰り広げ、負けたほうは捕食される。


 モンスター同士でつぶしあいをしていてもらえると助かると思う一方、捕食者は確実に強くなり生き残った一匹は最早別のモンスターになってしまう事も目にしてきた。

 師匠も経緯はどうあれ、最強の一角を担う存在へと昇華している。

 つまり、モンスターの強くなるのを防ぐためにも人間が討伐することにこそ意味があるのだ。


 弱肉強食とはよく言ったもので、強い者は強くなり続けるのは今に始まったことではない。

 元の世界においても優れたものの成長は天井知らずなどといわれている。

 それでも、何もない俺達が強くなるのを諦める理由にはならない。無いなら無いなりのやり方を見つけて強くなるしかない……。



 雨は一向に降り続いている。止むどころか勢いを増すかのようにも思える。

 このまま雨が強くなるようならば雨宿りどころではない。

 枝葉の間を流れる滴も次第に流れる量が倍増し、雨宿りの意味をなさなくなってくる以上このままここに留まっている理由はない。


「スペラ。いつになったら止むかわかるか?」


「ミャーは天気の事は詳しくないからよくわからないけど、流れる雲と遠くの真っ黒な雨雲を見た限りでは止むまで待ってたら今日はもう動けないにゃ」


「アマトが行くっていうなら、行けるよ。準備は出来てるから」


 ユイナは俺が何をしようとしているかを、理解したうえで俺の答えを促す。


「よし、本格的に降り出す前に行こう」


 二人は俺の意図を汲んでくれている。

 ならば、迷うことはない。


「「了解」」


 そうと決まれば、鞄を背負い直し北に向けて早足で駆けだす。

 二人は示し合せたかのように俺の後に等間隔で追随する。

 小雨とはいえ視界が悪くなり、見渡せる範囲も距離も格段に狭くなってしまう。雨が降ったからと言ってモンスターが減るわけでもない為、警戒は常に怠らない。


 柔らかくなった地面に不意に足を取られそうになったその時。

 後ろを走るスペラの細い足を地中から伸びた獣の腕のようなものが、掴んで地中へと引きずり込もうとする。


「にゃにゃにゃ!! 離すにゃ!」 

 

 複数の腕がなおも容赦なくスペラの腕や足に掴みかかる。 

 まるでゾンビ映画の墓場から這い出てくるアンデットのごとく不気味な光景に、嫌気がさす。

 昼間だというのに雨雲のせいで陽射しは遮られ、辺りにはちらほらと人やら獣やらの腕が蔓延っている。

 

「離せ化物!!」


 俺はガルファールを引き抜くとまとわりつく腕を次々と切り離していく。

 ユイナは抵抗が弱まった隙をついてスペラを救出することに成功した。


「大丈夫、スペラ!! 怪我があればすぐ治してあげるから見せて」


「びっくりしたけど、大丈夫にゃ、けがはないけど、掴まれて手の跡が付いていて気持ち悪いにゃ……」


 ユイナが掴まれた手形を治癒魔法で治す。

 どうやら、傷になっていなくとも魔法によって回復が可能なようだ。


 俺はスペラが無事なのを確認して安堵するが、目の前のこいつは確実に倒しておかないと判断し刀を振りかぶる。

 複数の腕を切り落としたが、なおもうねうねと蠢いている。腕が地表を無作為に這いずり回る様は不気味の一言に尽きるが言ってられない。

 

百腕ムカデ レベル26 』 ランクE 備考:核は体中を移動する

 

 百の腕でムカデと読むらしい……。

 そおそも、足がなく生えている腕は人間、獣、虫と様々。

 どれも本体の塊を中心にして生えているがどれも、奇抜。


 死体を吸収してこの形になったのではないかと思えるのは、腕から死臭をただよわせている為だ。

 それにしても腐敗は進んでいないように見えるのは、一度取り込んでしまえばこのモンスターの一部として生ける屍となるからであろう。


「気持ち悪いな、全く」


「私も、あんまり見たくないかも……」


「俺もできる事なら関わりたくはないけど、放っておいていい類のモンスターじゃないよ。絶対……」


 俺は幾度となく切り裂くのだが、再生が止まらないことに苛立ってくる。

 核を壊さないかぎり倒せないようだが、刀を振りかざす瞬間には既に別の場所へと移動してしまい狙いが定まらない。


 雨が降りしきる中での炎の魔法は効果が薄れるのは、既に焼け払われた草原を見れば明らか。

 相殺されてしまえば燃焼効率が格段に下がり、魔力ばかり無駄に消費することになってしますのでユイナに範囲魔法で破棄はらってもらうわけにもいかない。


 スペラの雷を今使われると味方をも巻き込むためこれも適していない。それをわかっているからこそ一切電気を発することなく敵に捕まってしまったのだ。

 俺達がいなければ全身から一気に放出した稲妻で焼き払う事も容易だったはずだ。


 チーム戦というのはいいことばかりではない。必ずしも有利にことが進むとも限らないからこそ、対策を講じるわけだ。

 辺りには腕の塊が三つ確認できた。危険察知でもその数は変わらない。

 移動する様子もなくまるで蟻地獄のようにその場で獲物が来るのを待っているかのようだ。


 それならば、一匹ずつ片付けていけばいい。

 問題は超再生と移動する核。

 考え事をしている最中も腕を切り落とすことをやめずに、無造作に刀を振り続ける。


(なるほどな。核は必ず切り落とされた方ではなく、残っている部位の多い方に移動するわけか……) 


 どちらに移動したとしても再生を繰り返すのならば結局は同じ。

 しかし、一瞬でも核の逃げ場のないところには移動はしないことが分かった。

 それはつまり、どれだけ細かく切り刻んでも常に移動して攻撃を回避する保険をかけているという事。


「いいこと思いついたのにゃ……ユーニャ、マナをお願いにゃ」


 スペラは右手首の先だけを獣へと変異させると、ユイナから炎のマナを受け取ると腕に纏う。

 見る見るうちに右腕は炎に包まれるが、炎を直接腕に纏ったりすれば火傷などではすまない。

 下手をすれば腕そのものが焼失することだってあり得る。まして精霊魔法とはそれだけ強力であり、突然の思い付きでどうこう出来るものではない。


 しかし、右腕はなおもその原型を留めている。よく見れば腕の周りを雷を纏うことで直接炎が腕にまとわりつくことを防いでいるようだ。

 それはすなわち膨大な魔力による雷のコーティング。その上層部に熱分解による炎の溶解壁による二重のプロテクト。


 護りとしてはもうしぶないが、これを獣と化した強靭な腕と爪が攻撃に特化した兵器へと変える。

 猫耳少女は腕の塊に向かってまるで水中に腕を沈めるかのようにゆっくりとゆっくりと、少しずつ沈めえていく。

 表面を覆う精霊魔法で創り出した炎がマナを糧として燃え上がり、百腕の体を分解していく……。

 

 そして、逃げ惑う核を追い詰めていく。腕を体内から引き抜くことなく徐々に徐々にモンスターを崩壊へと導きつつ……。

 もう逃げ道がないところで静かに獣の腕が核を掴み引き抜く。

 

焼滅デッドヒートにゃ」

 

 猫耳少女は本当にどうでも良さそうに言うと、百腕から引き抜いた核を握りつぶした。

 否、握りつぶすことなくこの世界から消えてなくなっていた。

 あくまでも、一つの動作に過ぎなかったのだ。そう、無意味な嵐に過ぎなったと自分に言い聞かせるように……。


 残りの二体も同じ要領で核をつぶして回る。

 最後の百腕の核を消し去るころには、辺りはスペラの発する水蒸気で霧が立ち込めていた。

 腕はまるで蒸気機関車のようにモクモクと蒸気を出し続けている。  


 だが、このままではまずい……。

 そんな気がした俺は、叫んだ。


「ユイナ!! 今すぐマナの供給を止めるんだ!!」


「わ、わかった」


 ユイナは俺の焦った声を聞き慌ててマナの供給をストップし、スペラに駆け寄る。

 右腕は焼けただれて無残にも、黒こげになっていた。

 僅かに、マナの供給の遮断が遅れていたら腕が熱分解で焼け落ちていただろう。

   

「アーニャ、褒めて褒めてにゃ」


 痛みよりも達成感が優っていたのだろうスペラは、顔をひきつらせてはいるものの弱音は一切吐くことはない。


「無茶しやがって!! もっと自分を大切にしろよ!!」


 俺はユイナに治癒魔法をかけられているスペラの頭をコツンと殴った。

 

「痛いにゃー」


「そうだろ、痛いだろ? 俺だっていてーんだよ。仲間がそんな腕をしてるのを見る方が痛いんだよ。わかれよ!! 俺の心を理解れ!!」


「ごめんなさいにゃ……にゃーーーー」


 雨が降っていてもわかるほど大泣きする猫耳少女を俺は抱きしめた。

 ユナのおかげで跡も残らないほど腕は綺麗になっていた。

 それが本当にうれしかった。

 何よりもうれしかったんだ。

  

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