第18話「スイートルームにて」
最上階は4階で、フロアの二分の一がスイートルームとして設けられていた。
ホテルには、次から次へ住まいをなくした者達が押し寄せているがホテルのスイートルームだけは毛色が大きく異なる為、無暗に受け入れはせずにいたことで追い出すような事態にはならなかった。
つまり、この部屋だけが唯一の空室となっていたのだ。
本来は金銭的な理由や貴族などの立場が確かな者にしか、宿泊は許されていないという。
俺達が泊まれるだけの宿泊料を用意できたのかもわからず、周囲に認められるだけの立場が確立できたという実感もない。
如何せん動きが早すぎて順応しきれていない節がある。
俺とユイナ、スペラは鞄をホテルマンに預け4階まで昇るとスイートルームに案内された。
エレベーターがないため4階まで階段を使う羽目になったが、この世界で生きている以上今後も自分の体が資本となるのだろうとは思っていた。
4階には客室が6部屋だが、スイートルームは一部屋で6室分の広さがある。
扉も豪華に装飾され際立っている。
まさに選ばれた者のみに許された贅沢と言えるだろう。
「こちらが当館で最上級の部屋でございます。ご要望の際は一階のフロント迄お越しください。最上級のサービスをご影響させていただきます」
ホテルマンは恭しく頭をさげ、代わりに運んでいた鞄を部屋へと下ろし、一階のフロントへと戻っていく。
サービスを受けるためにわざわざ一階まで行かなければならないのかと思ったが、そもそもこの部屋が使われることがそれほどなかったのだろう。
そんな単純なことに気づかないのだから。
だからと言って下層に伝える手段もろくに無いのだから仕方がない。
各部屋に電話機が置かれていたりしても、ミスマッチに戸惑うことになりそうだが。
実際はハイテク機器はないが貴族の住いのような豪華な部屋となっていた。
部屋は大小合わせて4部屋で構成されていて、部屋数は少ない物の一般の客室よりも遥かに広い。
寝室はダブルベッドがシングルベッド一つ分を開けて二つ。
中心のもっとも広い部屋は暖炉を完備している。
浴室には大理石の源泉かけ流しの温泉を備え付けてある。
もう、日が完全に暮れて真っ暗だが、部屋はというと光り輝く石がいい感じにムードを作り出している。
「アーニャ、早く御風呂に入るにゃ!! もう疲れたから、早く行くにゃ」
「いやそれはないから」
「そんなこと言ってユーニャとは入ったんだにゃ。ミャーだけ除け者にするのかにゃ!!」
「あれは事故で!!」
「やっぱり入ってるのにゃ!!」
「はめたわねっ!!」
「俺はこのまま寝る」
二人の言い争いを無視ししてベッドに突っ伏して眠ろうとしたのだった。
眠ってしまえば疲れも取れ嫌なことも忘れられると思っていたのだ。
……が。
背中に柔らかな重みが勢いよくのしかかり、ふて寝すらさせてはもらえない。
「ぐふっ……。疲れてるんだよ……ゆっくり寝かせてくれてもいいだろ?」
「お風呂に入ってから寝ればいいにゃ!」
「私もそのままお風呂にも入らずに寝るのはどうかと思うなぁ」
「じゃあ先に入ってくればいい。上がったら起こしてくれ、それまで横にさせてくれ」
「駄目にゃ。主をほったらかしにして従者が先に贅沢するなんていけないと思うにゃ」
「ユイナと一緒なら問題ないだろ?」
「アーニャよりは先にゃ。それはいけないにゃ」
「変なところだけしっかりしてるのな。わーったよ、さくっと入ってっ来るから寛いでてくれ。ユイナ悪いが、先に入らせてもらうわ」
「う、うん」
昨晩の事を思い出しての事だろう。
なんとも歯切れが悪い。
「スペラもこれで文句はないだろ……ったく。面倒だな」
「満足にゃ……にゃにゃ」
結局埒が明かないので先に温泉を味あわせていただくことになったわけだが、心配事は常に絶えない。
前回とは違い、今回は先にお風呂に行くことを明言しているので、思わぬ乱入騒ぎになることはないだろう。
寝室から出て広めの脱衣所で纏っていた装備を脱ぐと、扉を開ける。そこには大理石で作られた立派な浴槽に、獅子の口から源泉かけ流しの白く濁った温泉が溢れだすように常に流れ出していた。
広さは屋敷の温泉に比べればかなり狭いが、10人位なら一度に入れそうな広さはある。
だからと言って男が一度に大勢入ることなど想像したくはないけどね。
入れるのと入るのとは同じようで全然違うから。
肩まで湯船につかり、足を延ばしても余裕があるとところが最高に気持ちがいい。
みるみる疲れが癒され擦り傷などが無くなっていき、失われた魔力が回復してくる感じがなんとなくわかる。
この世界の温泉というのは元の世界の健康にいいというのとは根本的なところからして違う気がする。
身体にみなぎるエネルギーといい、ステータスそのものの向上さえ感じ取れる。
温泉に入るだけで強くなれるなら、万々歳だがこれだけ立派ならば庶民や貧乏冒険者じゃ手が出ないのだろう。
「まじで、効果あるみたいだなー」
つい口から出た独り言。
「じゃあ、試しているにゃ!!」
独り言に対して応える声が浴室に反響する。
もともと装備自体が裸みたいなものなのに、目の前にはその申し訳程度の装備する外した猫耳少女が俺目がけて走ってくる。
「ちょっ!! 走るなよ、危ないだろって入ってくるなよ!!」
「にゃにゃにゃ!!」
湯船にあと一歩と言うところで盛大に滑って俺目の前に勢いをつけた強烈な、柔らかな弾力から繰り出される一撃を叩き込まれる。
本来は人目に触れることのない身体の一部をドアップで顔面に受けて、そのまま湯船に沈んでいく。
幸か不幸かドアップ過ぎてよく見ることは出来ずなんだかよく分からかった。
しかし、柔らかい感触は未だに残っていて気が気ではない。
自分が湯船に頭から浸かっていて、今溺れているという事実が頭に入ってこない。
「もが、ぶくぶくぶく」
どけと言ったつもりなのだが水中ではもちろん伝わることはなく、頭の両脇は太ももでホールドされていて脱出不可能。
本当に勘弁してほしい。
こんな状況で溺死なんて全く洒落にならない。
スペラは両足の太ももに態と力を込めているらしい。
恐らく逃げられるのを防ぐことを目的にやっているのだろうが、方法を考えろと言いたい。
このままでは本当にまずいのでこのまま、勢いよく立ち上がる。
こうなることは予想できたのに、敢えて思考停止していた自分が悪い。
悪いのだがどうしようもなかった。
ユイナに目撃されるまでの僅かな時間までは……
「アマト、これはどういう状況!? これは流石にないわ……ないよね?」
スペラの太ももの間からユイナが何を言いたいのか理解できた。
ユイナはタオルで身体を隠しながら、浴槽へとゆっくりと向かってきた。
正直なぜ、昨日の今日でわざわざ俺の入っているうちから浴室に入ってきたのか理解ができなかったが、今はどうでもよかった。
何故なら俺の大事なところはスペラの頭が隠しているという、最悪な状況。
これは一種のギャグかなんかなら良かったのだろうか、よくないだろうなぁ。
スペラは俺に正面から突っ込んだので、幸いにも眼前で直視されるなどという公開処刑にはならなかったのだが、俺は見ちまったんだよと居た堪れなくなっている。
今も予断は許さないのだが。
ユイナと目が合ったまま視線を逸らすことが出来ない。
(怖い……なんでいつもユイナにびくついてるんだろ……)
「とりあえず、俺を解放しろ、スペラ……」
「しょうがないにゃ……」
スペラはユイナの表情を見るとあっさりと床に足をつけ、頭を上げる。
「にゃにゃにゃ!!」
スペラの目の前には俺の見られたく場所が……。
それよりも目を逸らすなり、顔を赤くするなりせずに興味津津といった具合にまじまじと見つめてくるので恥ずか差のあまり湯船にドボンと浸かりなおした。
「あー……」
猫耳少女はがっかりしたように耳がしなり、不満げな表情をみせて上目づかいでみつめてくる。
(そんな表情をされても困るんだが、まじで勘弁弁してくれ)
「アマトあっち向いてて……」
助け舟ってわけでもなさそうな口調でユイナにこっちを向くなと言われた。
だいたい想像はできるが、まさか。
人が湯船に入る音がする。
そのまさかだったのだ。
「もういいよ」
律儀にもタオルを湯船に着けない為に、俺に向こうを向いているようにいったのだ。
今のユイナは恐らく何も身に着けていない。
昨日の今日でまた同じ湯船に浸かる日が来るなんて思いもしなかった。
昨日と違うのはスペラも一緒に温泉に入っているという事だ。
これだけの広さがあるというのに、なぜこんなに密着してるのだと思う。
「だから抱き付くなって、広いんだからさ。もっと離れて入ればいいだろう?」
「ここがいいにゃー。アーニャといると癒されるのにゃ」
「アマトも困ってるでしょ! 離れなさい!」
「ユーニャもミャーがお風呂に入るって言ったら、慌てて追いかけえ来たのにゃ。本当はユーニャもアーニャにしがみつきたいと思ってるのにゃ」
「そ、そんなことないわよ!!」
スペラとは反対に顔を真紅に染めるユイナはぶんぶん顔を横に振って、激しく否定する。
どっちにしてもこの状況は変わらない。
新技の餌食になるタイミングが綺麗に無くなったのが救いだ。
「それなら、アーニャはミャーが好きにしてもいいって事にゃ。わかったなら、ミャーのすることに文句を言っちゃいけないにゃ」
「いやいや、俺が良くないから。何しれっと話、進めてるわけ? スペラも離れてくれ暑いから」
「お風呂は暑いくらいがちょうどいいにゃ」
何かとかこつけて抱き付いてくる猫耳少女。
抱き付き癖でもあるのかと思えば、そうでもないらしい。むしろ認めた人間以外は近寄りもせずに一定の距離を置いている節がある。
「どうでもいいから離れてくれ、マジで頼む。ユイナが怖いんだよ」
「私は別に気にしていないから。何とも思ってないから。これっぽっちも思ってないからね」
激しく気にしている様子がひしひしと伝わってくるが、なぜこうもお怒りになっているのか理解できない。
満面の笑顔の奥に怒りが見て取れるのがなおさら怖い。
「またまたー。本当はアーニャが構ってくれなくてうずうずしてるのにゃ」
「ちょっと!! 何言ってるのよ!! もう離れておとなしくしなさいって!」
我を忘れてスペラを引きはがそうと乗り出してくるユイナは、あまりの激しさ湯船から立ち上がっていることもあり、いろいろと見えてしまっているが本人は気づく様子もない。
普段は冷静に周りをよく見ていて、恥じらいもあるというのにどういうわけか俺が風呂に入っているのに乱入してきたり、スペラを引きはがそうとムキになったりとなかなかどうして熱い一面も持ち合わせている。
それよりも、この状況はどうするのが正解なのだろうか。
このままではスペラが離れた瞬間我に返ったユイナに殴られる。
スペラに頑張ってこのままくっつかせておいても俺の未来は複雑怪奇になるだろう。
俺はおもむろに両手をパンと叩いた。
「二人とも向こうを向いててくれ!!」
突然の提案にユイナとスペラの取っ組み合いは終わりを告げる。……と当時にユイナは再び顔を真っ赤にして顔を隠すが俺はそこじゃないだろうと思ってしまった。
もう、わかってるんだから……。
「み、見た!?」
最悪だ。
俺はこの展開は流石に予想していなかった。
何故かと言えば、いまだに継続中だからである。
見たというのは、すでにその場面が終わってしまっていることに対してであり、目の前には顔を両手で隠し固まっているユイナが立ちすくしている。
という事は見た見てない以前に今も見えているという事。
「見てない」
俺は嘘をついた。
「本当?」
「あ、ああ。湯気とかで見えないなぁ……」
「そうよね……」
安心したようにユイナは手をどけようとした。
これは非常にまずい。
俺は咄嗟にユイナの両肩を掴みくるっと180度回転させ、明後日の方向へと向かせた。
ユイナの肌はすべすべしていて、思わず息を呑んだ。
素肌の感触を掌で味わって、罪悪感というか背徳感というか邪な感情とは別に高揚感のような感情が一番強かったのだと思う。
「ユーニャの胸は大きくて大変そうだにゃ」
スペラはユイナを正面から見て素直な感想を言ったのだが、それはばっちり俺達が見ていたことを暗に語っているわけで、仮に見ていなくとも俺には伝わった。
「あっ!!」
余計な事を言ってと思うのもつかの間。
ユイナは恥ずかしさから感情が昂り同じ方向に回転し、こちらへ向き直る。
俺は掴んでいた肩から手を離してしまったため、限りなく零距離で向き合うことになってしまった。
すると、ユイナは正面から俺にしがみついた。
密着するふくよかで柔らかな胸の感触を直に感じる。
心臓のドクドクという心音が伝わってくる。
「こ、こうすれば見えないでしょ!!」
何を言い出す兎さん。
「そうだね……見えないね。何も見えないよ」
俺は目の前が真っ白になる。
生きている間にこんな経験ができる何て思いもよらなかったが、刺激が強すぎる。
「ユーニャばっかりずるいにゃ!!」
ぎゅっとスペラも俺に飛び乗ってしがみつくが、かすかに柔らかい感触が伝わるのだが胸なのかどうか判断はできそうにない。
それでも、やはり女の子なのだとは分かるのだけれど。
そんなこんなで俺達は時間が止まったように立ちすくんでいた。
次第にどうにでもなれ何て思いつつもゆっくりと湯船へと体を沈めていく。
暑さからか、恥ずかしさからか皆顔を紅く染めていた。
もうそろそろ、上がりたい。
これ以上入っていたのではのぼせてしまう。
体をろくに洗いもせずに、傍から見ればいちゃこらしていただけのような気もするが、俺は一人前に出ると浴室から出ていく。
勿論しがみついていた二人は白く濁った浴槽内で離れていただきました。
脱衣所には前もって用意されていたであろうバスロープを素早く来て、寝室へと向かう。
バスローブの数が人数分ピッタリ用意されていたのは、やはりサービスにに定評があるからだろう。
恐らく、最初からこの部屋に泊まることも想定されていたのだろう。
最初のフロントのやり取りもここしか空いてないので、気兼ねすることがないようにという配慮だったのではないかとさえ思ってしまう。
俺は、こんどこそゆっくりと眠りたいものだとベッドに横になっていた。
二人はまだ戻ってこないうちに先に寝てしまうのは悪い気がしていたが、猛烈な眠気に勝てずそのまま眠ってしまった。
これで長かった異世界生活の3日目も幕を閉じるのだった。
4日目の朝は波乱の予感がした。
外はまだ薄暗く日が昇り切っていない。
部屋には高級そうな柱時計が掛っている。
時間は5時のところを針が差している。アビリティとの誤差もほぼない。
この世界で時計というのは相当高級品である為、あまり出回ってないらしい。
理由は簡単。
元の世界では基本的に工場での大量生産が基本で、高級品であろうと職人の手作りばかりではなくシステム的に優れていたり、品質が最高級だったりする。
この世界では、工場のラインで大量生産という技術は出来ていないという。
つまり現状では全ての時計はどこかの職人の手作りだという事。
正確に時間を刻むのならば、その腕も高くなければ時計として成立することすらないのだ。
それにしてもやたら暑い。
まるで湯たんぽを抱いているような、人肌以上の熱気を感じる。
ムニュムニュ
前にもふれた事のある柔らかい感触。
それだけではない、腰にも何やら暑苦しい何かがしがみついているような感覚。
こちらは柔らかいのだが、弾力があるわけではないのにもふもふとしている。
「みゃーがいるから、大丈夫にゃー、むにゃむにゃ」
布団の奥からすぺらの声が聞こえてくる。
「すーすー」
俺の胸にしがみついて寝ているのはユイナで、静かに寝息を立てている。
なぜ、ベッドは二つあるのにここで寝ているのか、理解に苦しむ。
目が覚めてしまったので二人を起こさないようにゆっくりと、抜け出そうとするが二人は解放してはくれない。
このままでいたとしても殴られる謂れはないようにも思えるが、現実は甘くはない。
先に目を覚ましてしまった以上、速やかに脱出するのが吉だと言える。
(本当にどうしたらいいんだろう……。無理やり引き離せば起きるよな)
寝たふりをして、やり過ごすのもいいかもしれない。
いっその事二度寝してしまえばいいのではないだろうか。
まあ、時間も時間だし全てを忘れて寝てしまおう。
意外にも眠気はすぐにやってくる。
気疲れすれば眠るのも容易いというものだろう。
それだけいつも何かに悩まされていると思うと、それはそれでやるせない気持ちでいっぱいになる。
眠気が頂点になり、眠りに入る一歩手前……。
「んー……」
ユイナはしがみついていた腕を真上に掲げ、大きく伸びをする。
眠気眼であくびをしていている。
「アマト……。起きてる?」
頬を赤く染めて呟いた。
もちろん返事をするつもりはない……と言いたいところだが、恐らく俺が起きていることはわかっているのだろう。
だから、問いかけてきたのだ。
「……起きてる」
スペラにしっかりホールドされているので寝返りを打つことができない。
「これから、どうなっちゃうのかな。こんなに人が死んじゃうなんて思ってなかったし、もっと楽しい旅になるって期待もあったけど、全然違った。これからうまくやっていけるのか心配かな……」
「大丈夫……。俺、ユイナ、スペラ……。誰一人として死んでないし、致命的な手傷を負わされたこともない。あれだけの化物を相手にしてもいまのところ完全勝利とは言えなくても、生き残ることができている。この世界はゲームじゃないんだ。だんだんと敵が強くなっていくという事もないと思う」
「でも、何度か相手が引いたこともあるよね。次に会った時にはもっと強くなってるんじゃないかな」
「恐らくその通り。だけど、こっちだって前と同じじゃないという事をわからせてやろうぜ」
「というと?」
「こういう事さ」
俺はステータス画面を開き、PPを万遍なく能力アビリティへと割り振る。
本来であれば不得意な能力を補ったり、特異な能力を特化していくのがセオリーだが、今の俺達は手探り状態。
まして、基本的な力の差があまりにもありすぎて全体を底上げしなければ上位に君臨する連中と渡り合う事などできはしない。
「身体がすごく軽くなった気がする……。こんなの初めて、まるで自分の身体じゃないみたい」
「ひとまず全ての項目を一律であげてみたけど、スキルやアビリティの取得も希望があれば付与することができるけど、何かある?」
いろいろと思うところがあるのだろう。
数分悩んで何か思いついたように口を開く。
「死んだ人を生き返らせることは出来ないかな……」
「ちょっと待って」
俺はステータス画面で該当するアビリティを探す。
案外簡単に見つけることができた。
「あったのね」
俺の表情を読んでユイナは緊張しているのか身体をこわばらせている。
寝っ転がってもいられない。
スペラは腰にしがみついているので、上半身だけを起こすとユイナと向き合った。
「完全蘇生術、今のPPをすべて使い果たせば取得が可能だけど、いくつか制約があるみたいなんだ」
『完全蘇生術』
効果:
・死亡した者を甦らせる事ができる。〈死亡する前と同等の状態へと復元する為、ゾンビ・アンデット・屍人等にはならない〉
条件:
・最大魔力の半分を消費する。
・死亡が確定してから30秒以内であること。
・一度に生き返らせることのできる人数は1人。
・死亡した者の状態は問わないが魂が失われてしまった場合は行使不可能。
備考:
・術の使用を重ねる毎に効果上昇、条件緩和
俺は条件と効果を全て説明した。
条件も決して優しくない。それに見合った効果があるとは思えないが、死んだ人間が生き返るというのであればこれ以上の奇跡など無いようにも思える。
「お願い……。術を磨いて必ずものにして見せるから」
朝の陽射しが瞳に映る。確かな力強さが宿っているのがわかる。
「ユイナの気持ちを尊重するつもりだから、取得するっていうなら俺はそれに従うよ。」
「ありがとう。私もアマトの為に何かしたいと持ってたけどこれで力になれるかな」
PPを2000消費し、完全蘇生術〈リザレクション〉をユイナは取得した。
アビリティポイントの消費によって得られた魔法は詠唱を必要としない。
しかし、問題点もないわけではない。
術者であるユイナ本人が死ぬようなことがあれば、術の行使ができないという事。
これからも、俺が二人を守っていくという決意は揺るがない。
最悪俺が死ぬようなことがあれば、運よく生き返るチャンスがあるかもしれない。そう、思っただけで少しは気が楽になるというものだ。
だからと言って、制限時間も短く魔力も必要な為条件を満たすのは至難の業。場合によっては魔力を使い果たしたことで、命を落としかねない。
「人前では使わないようにしてくれないか……。人を生き返らせる術なんて、一般人がどうこうすることができる域を超えているだろ?」
「そうだね……。私もむやみに使うつもりはないよ。きっかけはあの時助けられた命があったんじゃないかなって思った事がはじまりだけど。実際に、昨日のあの時点で完全蘇生術が使えたとしても、うまくいかなかったと思う。それでも可能性に賭けてみたい」
悲しげにいうユイナ。
それもそのはずで、シャーリー戦では手も足も出なかった。
目の前で死んだ者も、あれだけいたぶられていればいつ息を引き取ったのかもわからず、魔法のタイミングもつかめなかっただろう。
速すぎても遅すぎても魔法は不発してしまうし、生き返ってもすぐに追撃されればまたすぐに命を奪われてしまう。
それをあの場にいた誰もが良く分かっていた。
術を使いこなすには一日二日ではなく数年を要する経験が必要だとわかってしまった。
「使えるカードは大いに越したことはない。それに、いずれ必ず役に立つ時が来るさ。それまでに練習しておけばいい。切り札は強力であればあるほど保険として機能するからな」
「そうだね。本当なら攻撃は最大の防御なんて言葉もあるんだし、盛大に使える魔法で圧倒するのがいいんだろうけど、私には安心感が欲しかったんだよ」
不安を抱えているのは俺だけではないというのが言葉を通して伝わってくる。
「俺も同じさ、心のよりどころがなければとてもじゃないがあんな化物どもとやりあうなんて考えられない。それはユイナとスペラだ……仲間がいるから俺は俺でいられるんだ」
「アマト……」
俺がまともでいられるのはユイナとスペラの存在があってこそだ。
一人孤独に戦い続けられる力もなければ、精神的にもタフではないそれは常々思っている。
もう完全に目も覚めていた。
新たな魔法を手に入れたユイナはこれからその魔法を活かす時が来る。
それは、これから先に待ち受ける苦難に満ちた戦いは熾烈を極めるという事を意味している。
できる事ならば使わないことが最上の選択でありたいが、それは術者にかかっている。
ユイナは新たに得た力を胸に抱く。
俺達に絆は確かに強くなっているのだと皆実感していた。
俺は布団をどかして起き上がろうとして、ユイナの視線の先にこのタイミングで見てはいけない物を見てしまった。
というよりもしみじみと思いにふけっていたのにぶち壊すかのような光景。
寝ているのはわかっていたのだが、それ以上は敢えて触れずにいた。
「むにゃむにゃ」
気持ちよさそうに眠っている猫耳少女がそこにはいた。
今まで布団に全身を覆われていた為気が付かなかった。
想像できなくもないが普通は全裸で寝ている少女をそうぞうしたりしないだろう。
「昨日はちゃんとバスローブを着させたんだけど……。なんで脱いでるの!?」
それは、ユイナも意図的に俺のベッドで眠ったことを意味しているわけだが趣旨は違う。
寝る前にユイナチェックが入ったのにいつの間にか素っ裸になっていたという事。
「やっぱりか……」
ユイナはベッドの傍ら、脱ぎ捨てられたバスローブを発見すると拾い上げ俺から引きはがすとスペラに着させる。
此れだけ騒がしくしていれば流石に起きるようだ。
「どうしたのにゃ!? そんな顔して?」
昨日風呂に入った時と同様に素っ裸に猫耳少女がそこにいた。
モフモフした感触は尻尾だったようだ。
バスローブには尻尾を通す穴など無いのだから、気が付いてもよさそうなものだが案外気が付かないものだ。
「誰のせいだよ!! ったく服くらいちゃんと着るようにしろよな」
そういえば、普段の装備も限りなく裸に近い為申し訳程度に着ている節がある。
「家の中では着なくてもいいのにゃ」
自慢げに胸を張る猫耳少女だが、バスローブは前がはだけている為谷間のない胸から足元まで曝け出してしまっている。
「そんなルールはない!!」
俺は両手で襟元を掴むと手を勢いよく交差させ、前を塞ぐ。
「そうだよ。女の子なんだから、いろいろ気をつけなくちゃ」
「いろいろってなんだにゃ?」
ユイナはそっと俺の方を見て顔を紅くする。
その恥ずかしそうな表情は何度見ても、可愛いと呟きそうになる。
本人には気恥ずかしくてなかなか言えないが、心の中では時たまドキッとしてしまっている。
いろいろなんて含みを持たされれば俺だって気になる。
(毎度飽きないよなぁ。恥ずかしいなら言わなきゃいいのに……〉
「この世界だったら結構当たり前だったりするとか?」
「そんなわけないでしょ」
場を和ませるというか、単純にスペラの考えが実は一般常識だったりするのか確かめる意味合いで発言したというのに、帰ってきた言葉は尤もな答えだった。
ユイナに冷めた目で一瞥された。
スペラは当たり前だと主張しているが、あてにならないので却下。
「冗談だって……俺はこの世界の常識について確認しておきたかっただけで……」
素直に言ったつもりが信じてもらえなかったようだ。
「どうーだか」
「あーわかった。俺が悪かったって。俺は隣の部屋で着替えてくる、みんなが着替え終わる頃には朝食の時間になってるだろうし、戻ってくるまでに機嫌治しておいてくれ」
「ミャーも行くにゃ」
さも当たりまえのように付いて来ようとするのも、もう慣れてきた。
「いや、来るなよ」
ユイナに羽交い絞めされるスペラ。
「ミャーも行くにゃ、一緒に着替えるのにゃ」
「駄目に決まってるでしょ!」
この話題を引っ張ると後が怖いのでベッドから起き上がると、隣の部屋に逃げ込むことにした。
スペラが足止めされてるうちにさっさと着替えなくてはならない。
装備の類は隣の部屋にまとめてあったので、交代で着替えを済ませればいいと思っていた。
流石に三人一緒ってわけにはいかないだろうと良心が訴えてくるからだ。
もたもたしていると乱入されそうだったので、着慣れた装備を素早く着用し寝室へと戻る。
「俺は準備できたから、二人とも着替えてきなよ。それまでもうちょっとゆっくりさせてもらうからさ」
「わかった。スペラ行こう」
「了解にゃ」
二人は隣の部屋へと行くとなんだか慌ただしい声が聞こえてくる。
移動してからまだ全然時間が過ぎていないというのに、勢いよく扉が開かれる。
「着替えてきたにゃ!!」
スペラは完璧に装備を整えて今すぐにでも、外出可能な状態なのは見ればわかるのだが……。
「おっ、ユイナよりもはや……」
俺はユイナと目が合ったまま開いた口が塞がらなかった。
下着姿で立ち尽くす、少女にくぎ付けになってしまった。
それ以上を見ておいて下着姿位で動揺するなと言われても、それはぞんざい無理な話だ。
「ちょっ!! まだ……」
「とりあえず閉めるから!!」
俺は慌てて扉を閉めた。
「スペラ……空気読もうぜ」
「空気って読めるのかにゃ?」
スペラは割と賢いのだけど、知識や見聞が乏しい。
ライラ村という限られた場所で今まで生きてきた以上これから知識を身につけさえすれば、いいのだけどこの場面で素直に聞くのが得策ではないだろう。
「ユイナに気を遣えってことだよ。それくらいわかるだろ?」
「アーニャになら見られてもいいにゃ」
なぜにこういう発想に行きつくのか理解できない。
「スペラは……だろ? 他の人はそうは思わないんだよ」
「ユーニャもアーニャになら見られてもいいと思ってるにゃ」
それは絶対にないと思うのだが。
案の定、着替え終えたユイナがバンッと凄い音がなるほど激しく扉を開けてスペラの口を塞ぐ。
「いい加減にし、な、さ、い」
スペラはむぐむぐと頷いている。
朝からどっと疲れた。
この平凡なやり取りだけをしていられるのなら異世界も悪くはないかなどと思っても、周りがそうはさせてくれない。
これから先場合によっては、俺達の誰かが命を落とすことがあるかもしれない。
蘇生魔法に頼ることがないように俺も強くならなければならない。
例えそれで、誰かが犠牲になるとしても守れる命を救い損ねたとしても仲間は失わないようにしないといけない。
仲間の死を受け入れられるほど俺は強くなどないのだから。
それを忘れてはいけない。