表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/48

第17話「行く末を定めるためにできる事」

 町には人々の声、復興に向けた動きも本格化し、次第に慌ただしくなっていく。

 人の営みの喧騒はしだいに役所内にも伝播していき、ひとまずの乱戦状態から解放されたのだと実感することができた。


「俺の任務はここまでだ。町長は無事に役所へ連れて帰ってくることができた。ありがとう、報告の為に支部に帰るが何か困ったことがあればぜひ立ち寄ってくれ。俺にできることがあれば喜んで力になる」


 ライオットはそっと右手を差し出した。

 表情は哀愁を漂わせていて見ていると辛くなる。

 俺も同じく右手を差し出し、握手を交わす。


「あんまり無茶しないようにな」


 軍人というのに、あまり堅苦しい感じはせず気さくに声をかけてきた。

 俺はライオットの事を良く知らないが、短い間だったということもあったが最知る努力をしておけばよかった。


「アマトこそ無茶……いや、無理をしているんじゃないのか? 俺が言えた義理じゃないがあんまり溜めこまないほうがいいぞ」

 

 手を離してすぐに背中を叩かれ、バンという音が鈍く玄関ホールへと響く。


「うっ、そうだな。覚えておくよ」


「じゃあ、また会おう」と一言、ライアットは役所を後にした。

 玄関ホールに残されたのは俺達パーティーメンバーと町長だけとなった。

 

 戦闘中に命を落とした、グリット、ネイ。シャーリーが立ち去った後では既に治療が間に合わずガネーラも息を引き取ってしまった。

 もう少し早ければ、もう少しうまくいっていればと俺は後悔していた。

 

 ダタラはユイナが治癒の魔法を施したことで、一命を取り留め不自然に捻じ曲がった足も元通りとなっていた。

 だが、心に負った傷は相当深かったのではないかと思う。俺が同じように目の前でユイナやスペラが無残に惨殺されるところを見てしまえば正気でいられる自信はない。

 いまだに目を覚まさないダタラの事は役所の職員に後を任せた。


 短い期間だとしても最後の挨拶位はしてもよかったと思っていたのだが、無理みたいだ。

 

「ダタラの奴、根性なしにゃ……。弱いにゃ」


 猫耳少女はチンピラ傭兵への憐みの言葉を呟く。

 しかし、その心の奥底には思うところがあるのだろう。

 少なくとも、どうでもいい人間へと向けられる言葉ではなかった。


「スペラがそんな事を言うなんてな」


 俺はスペラの心境の変化を感じていた。

 人の生まれ持った性質などすぐに変わるものではないと、場合によっては死ぬまで変わらないと言われているが、皆無というわけではない。

 それが良いか悪いかは、一概に結論付けることなどできはしないのだが。 

 

「何がにゃ?」


 不思議そうな顔でスペラは俺に聞いてくる。


「そのうち理解わかるするさ」


「そうだね……私たちはみんな弱いんだよ。これから強くならなくちゃいけないね」


 そっとスペラの頭をユイナは撫でた。

 スペラはされるがまま身体を預けて、気を許し切っている。

 どこか、精霊として接していることで壁のようなものを作っている感じがしていたが、僅かにその壁も低くなったのではないだろうか。


 遺体は各部屋に隠れていたことで命拾いした役所の職員たちによって、埋葬されることになった。

 俺達にとっては面識のない者達だが、目の前で死に際を見届けたことで僅かながらだが思うところはある。


 だからと言って何ができるわけでもないのだが。

 失った命は戻らない。

 モンスターが町から姿を消してから一時間も経つと、町の至る所から役所に生き残った人が押し寄せてくる。

 

「町長お戻りなったんですね。町の被害が相当ひどく私たちだけではどうにもなりません!! 近隣の町にも、救援要請をお願いしてください」


「このままでは生活することはおろか、生きる事すら危うい状況です」


「畑も食い荒らせれてしまって、町の中だけでは自給自足は厳しいとしか言えません」


 訴えかけて来るものの大半は何等かの事業を自分が主体となって行っている者達。

 要は雇用主に当たる者達で、会社でいえば社長に当たる。

 この者達が救援を求める理由は、偏に従業員や家族の生活を保障できなくなっているからだ。


「お願いします。町長!!」


「助けてください!!」


「このままじゃ、モンスターがいなくなっても町がもたねぇ」


 本来であれば今目の前で行われているような、助けを求める行動というのは後回しになる。

 目の前の復旧を済まさなければ、今を生きることができなくなるからである。

 いくら復旧の要望を町に依頼したとして、それがかなえられるのは早くとも数日とかかるだろう。

 しかし、それをせずに直談判のような形に踏み切ったのは、もうすでに自分たちで復旧できるような状態ではないからだろう。


「近隣の町には私から話をつける。すぐに復興に当たってくれ。私が近隣に救援要請を出したことは各自なるべく多くの者に伝えるようにしてほしい。私も町に機能回復に努めることを約束する」


 ハウゼンは集まった者にそう告げると、役所の職員たちを集め会議室へと向かおうとした。

 俺に何かできることはないか、情報収集をするうえで町のトップと関係を作っておくのは必要条件だ。

 

「俺達も立ち会わせてもらえないか!?」


 この町の復興の行く末と状況確認、今後の方針を決めるためにも立ち会いたいと思った。

 機密事項に触れる可能性があれば、難しいとも思うがそもそも税金で働いている以上通常であれば情報開示義務がある。

 この世界ではどうかは知らないが、この機会は逃す手はない。


「君たちは何だね。これから大事な会議を行うんだ後にしてくれないか」


 初老の職員が俺達をうっとおしそうに追い払おうとする。

 周りを取り巻く職員たちも、急に表れたどこの誰かもわからない得体のしれない人間などが出しゃばっていると思えば、この反応は当然のことだろう。

 続けて他の職員も俺を邪険にしようとしたのを、手で制したのはハウゼンだった。

 

「いいんだ。彼らのおかげで私は命拾いをし、ここまで帰ってくることができたんだから。要は命の恩人にあまり無礼な物言いはしないでほしいという事だ」


 ハウゼンは言葉尻を強くして言ったことで周囲からの視線も幾分かましになった。


「そうでしたか。大変失礼をいたしました」


 先程俺を追い返そうとした職員と追随した者達が軽く頭をさげる。

 まだ、不満が雪がれることはないようだが機械は掴みとらねば。


「それで、立ち会いの許可は下りるのか?」


 ここで引き返すわけにはいかない。

 何か良い方法はないかと思考を巡らせているとハウゼンは俺の事を汲んでくれた。


「ぜひ、お立ち会いいただければと思います。謝礼と滞在期間中の対偶はもちろん保障します。詳しくは後ほどお時間をいただければと思います」


「いろいろと面倒を見てもらって本当にすまない。何から何まで助かる」


「こちらの方が助けられてばかりですよ。私が受けた恩に比べれば全く釣り合うようなものだとは思っていませんよ」


 俺達は職員に連れられて二階のひときわ広めの会議室に入る。 

 何とか取っ掛かりはつかめた。

 これからが本番だ。



 集まったのは生き残った、この町の職員たち。

 職員総勢30名あまり町の規模にしては少ないようにも思うが、人数が少ないという事は町長の手腕によるものだと納得する。

 先程の戦闘に巻き込まれたものも多いのだろうが、話によれば大半が役所内にいたという。


 長テーブルを囲むように俺、ユイナ、スペラの順に席につき上座の町長へと体を向ける。

 他の職員も特に迷うことなくさまざまな席に引き寄せられるように座っていく。順番は役職であったり年齢であったりと決まっているのだろう。

 

 おのずと末席にあたるスペラは退屈のあまりすぐに静かな寝息を立てて眠りこけているが、幸いにも町長を除く他の職員の視線には入らない。


 会議の議題は、町の復興に関する事項。

 近隣には3つの町、8つの村があるということがわかった。

 村の規模はどこも小さく人手を出すことは叶わないだろうという事だが、経済力も比例して小さい為標準よりも賃金を上げ出稼ぎで雇うという事であればある程度は、救援要請に答えてくれるのではないか。


 3つの町については相互救済を半ば暗黙の了解のうちに行っている為、モンスターとの戦闘のような命がけの事態でもない限りは問題なく救援に来てくれるだろうとの事だ。

 

「提案があります。アルティアにも救援の要望を出してみてはいかがでしょうか。首都から復興に携わる者を派遣するとなれば高額な請求もままならないとは思いますが、町が滅びるよりは良いのではないでしょうか」


「無論、人命を最優先にする以上そのつもりではあるのだが、モンスターの活性化に不測の事態があまりにも多すぎる。首都まで無事にたどり着けなければ意味がないのだ。落ち着くまでは連絡を飛ばすことが難しいのはわかってほしい。迂闊に皆を危険にさらすわけにはいかないということを」


 一同は皆黙り込んでしまった。

 もっとも確かなのはアルティアに救援を要請し、金と、人の数で復興を終わらせることなのだが俺達がここに来るまで常に命の危機と隣り合わせだった。


 この状況を把握していないであろう首都へ連絡を行うにしても進路が不安のいう事は俺にもよくわかる。

 ならば、俺達のやることは一つ。


「俺達の目的地は首都アルティアなんだ。よかったら首都への連絡に関しては引き受けさせてもらおうと思うが、どうかな?」


 皆の視線が俺達へと一斉に向けられる。

 会議室という空間で30人余りの人が俺達だけに注目している状態だと思えば、思いのほか緊張するの物だ。

 今まで、元の世界で学生だった為にこのような状況にたつことなどなかった。


「彼はいったい何者なのだ」「あの猫耳の少女は二首の巨大狼を屠ったと連絡があったぞ」「あのエルフの少女もオークキングを倒したと聞いている」「青年が龍剣で巨人を打倒したのを私の部下が見たというがまさか目の前にいる彼がそうなのか」「報告では勇者一向だという話だ」「町長を天冥の軍勢から守り抜き壊滅させたという裏も取れている」


 一気にざわつきだした。おそらく各個人には何らかの噂や、報告、目撃情報などは耳に入っていたのだろうが、根拠がなく真実味がなかったのだろう。

 しかし、噂や信ぴょう性のかけらもないような話でさえも当事者と30余りの情報が合わさればその効果は足し算ではなく掛け算の要領で確かな物となる。


「皆、静まってくれ。多数決を採りたいと思う。アマト勇者一向に伝令役をお願いすることに賛成の者は手を上げてほしい」


 ハウゼンはそう言って辺りを見渡す。

 不満があれば手を挙げるように促せば、手が挙げづらく速やかに結論は出せただろうが後腐れを残すことにもなりかねない。

 それを考えて敢えて、勇者であることを強調し賛成であれば手を挙げるように促した。


 この世界では勇者というものは所詮はおとぎ話の存在という意識が根強いようにも思う。

 しかし、それが実在していたとわかった時の衝撃は凄まじいというもの。

 存在が確定している者であればどれだけ優れていても、想像の域を出る事なのどない。


 いつの時代も、どこの世界もいるかどうかもわからない不思議魔物へのあこがれは一緒のようだ。

 絶望に支配されていた空気は一気に晴れ渡り、全員一致で俺達の申し出は受け入れられた。

 棄却されていたとしても、目的地が変わることもないのだが。


「改めてアマト様方、後ほど正式な書類をお渡しいたします。何卒宜しくお願いいたします」 


 町長に続き皆揃って頭を下げる。

 先程の多数決と言い、俺への見る目が変わったのは確かだろう。

 上辺だけかもしれない。内心で何を考えているかもわからない。

 それでも態度で、示してもらえただけで俺は満足だった。


「任せておいてくれ。俺達もこの町の復興を願う者の一人として協力するのは当たり前の事だからな」


 俺の言葉を聞いて、不信感に表情を曇らせていた者達もだいぶ表情が柔らかくなったようだし、間違ってはいなかったんだ。

 隣で事の成り行きを見守っていたユイナもほっと胸をなでおろしていた。

 スペラは相変わらずよく眠っているが、周りからも特に何かを言われることもなく寧ろ我が子を見るような優しい表情の者もいる。


 それからは町の被害情報、モンスターの後始末、死傷者の情報収集、復興計画、守りの薄くなった町の外敵からの対策、治安の悪化を防ぐための処置等を話し合った。

 緊急会議という事もあり、予算に関わることは今回は敢えて明言はしなかった。

 町長の考えは金銭よりも、人の命を最優先とすることを厳格に定めているということが良く分かった。


 会議が終わるころには、日も暮れていた。

 もともと滞在するつもりであったが、泊まれる場所などあるのだろうか。 

 被害はかなりひどかったように思えてならない。


 ユイナはまだ寝息を立てているスペラの肩を揺らし起こし、会議室の外へと連れ立って出ていく。

 何やら言い争うような声が聞こえてくる。


「にゃー、良く寝たにゃ。子守唄が心地よくてまた会議したいにゃー」


「スペラはもう連れて来ないからね」


「にゃー!! なんでにゃ!! ユーニャとアーニャだけよく眠れてずるいにゃーーーー」


「寝てないから! 私もアマトも寝てないからね」


 ユイナは慌てふためいて弁解していた。

 確かにユイナは頑張って起きていたけど、目元が薄らと赤くなっているので説得力に欠ける。

 途中、うとうとしていて、二、三度頭突きされたけからね。

 まあ、ぎりぎりセーフかな。


「ユーニャばっかりずるいニャー! ずる……むぐむぐ……むぐ」

 

 ユイナに口を塞がれて無理やり会議室から出て行った。

 木製の扉はしっかり閉めて出て行ったのだが、騒ぎ声がここまで聞こえてくる。

 スペラは納得していないようだ。

 納得できないことなんて山ほどあるというのに……。


 


 二人が会議室を出てから、町長は俺に声をかけてきた。

 このタイミングを待っていたのだろう。

 俺の仲間も職員も出ていき、俺と町長の二人だけがひときわ大きな会議室に取り残された。


「改めてお礼を言わせてください。ありがとうございます。一度ならず、二度三度と助けていただき、それに首都への連絡役まで買って出ていただきまして、頭が上がりません」


 ハウゼンは頭を下げて俺へと賛辞を述べた。

 

 トントン


 ドアがノックされる音が会議室へと響き渡る。

 

「入りたまえ」


「失礼いたします」


 年若い女性の職員が、書類と袋を木のトレーに乗せて俺達の元まで運んでくる。

 

「これが、首都へと向かって抱く際に届けていただき書類になります。首都では国王ではなく首都のリカード首相が一定の権限を保持しておりますので、首相へとお渡しいただければと思います。そしてこれはこの町で滞在していただけるホテルの招待状となります。費用の方も私共の方で負担させていただきます。最後に私どもからの、少ないですが謝礼となります。どうか旅に役立てていただければ幸いです」


 書類、招待状、金貨100枚を受け取った。

 現状では金銭の価値まるでがわかっていない為、これが妥当なのかどうなのかわかりかねていた。

 ただ、旅の旅費に受け取った金額の実に33倍も貰ってしまった。


(おそらく、これは多すぎるに違いない)


 金貨一枚一万円くらいだとしても百万円という金額。

 命を懸けて稼いだお金としては一人頭三十三万円、寧ろ安いのだろうか。

 素直に受け取っておくとしよう。


 決してこちらを侮っているという事もあるまい。


「こちらこそありがとう。これは有効利用させてもらう。それと滞在に関しては今日一日休んだらすぐに首都へと向かおうと思っている。復興の兆しをもたらすのは早い方がいいだろ?」


「あなたのような方は見たことがない。一体何者……何ですか?」


「勇者……だろ?」


「そうですね。あなたの事は勇者として皆に周知させます。その方があなたは動きやすくなるでしょう」


「正直、俺は迷っていたんだ。目の前で困っている者、危機に直面している者が見れば救ってきたつもりだった。だが、結局助けることができなかった者が多すぎた。それで勇者を名乗るのはどうかって思うのだが……」


「私にはあなたが背負っているものを理解することは出来きませんが、これだけは言わせてください。私にとっての勇者は紛れもなくあなただったという事を。私たちのような戦う力のない者は何かにすがるしかないんですよ。それは神であったり精霊であったりしますが、結局のところ目の前で手を差し出してくれた方が私達にとっては神であり、天冥の軍勢を滅ぼすために活動している人たちは私達の命の恩人とはなりえないんです」


「俺も天冥の軍勢を滅ぼすように頼まれたんだ。それでも拾える命は取りこぼすことがないようにしていきたいと思っている。もう目の前で人が死ぬなんて冗談じゃないって思うから」


 会議室の椅子に腰を預けて、俺は答えていた。

 あまり大ぴらに人に言うかどうか迷っていたのだが、話の成り行きで言うことにした。


「地位や名誉を求めて天冥の軍勢に挑む者は後を絶たないんですよ。私が先程申したのはそういう者達です

。自慢げに10体倒した、50体倒したというのです。何も変わらいというのに。そんな彼らと比べるとあなたは勇者じゃないかもしれません……。あなたを支えているのは勇気などではないと思いますし、彼ら蛮勇のような下卑た勇気でもない。なれば……あなたはこの世界の英雄になると思います。私は信じてます」


「ありがとう。俺は俺のできる事だけをやる……」


 俺は会釈し、会議室の外へと向かう。

 町長が出口まで見送りの為に一歩下がって追随する。

 互いに再度一礼し、会議室を後にする。


 階段を二段飛ばしで足早に下りていく。

 一階の玄関ホールにはスペラを宥めるユイナと退屈そうにしているスペラが俺の来るのを待っていた。

 俺の来るのに気が付いて二人が駆けつけてくる。


 そのまま出口付近で待っていればいいのにと思っていたが、正直駆け寄ってきてくれて助かった。

 ホールは未だに血の跡が消えずに残っていたのだ。

 飛び散った肉片や、血液はあらかた掃除されていた物のまだ、匂いも痕跡も残っていたため目にすれば気が滅入ってしまう。


 それを知ってか知らずか二人は、緩和してくれたのだ。


「遅かったね。もう話は済んだの?」


「ああ、要請書と謝礼を受け取ってきた。ホテルへの紹介状も貰って来たから今日は町で一泊しようと思けど、どうかな。俺は一泊したらすぐにアルティアへ向かう予定だが、みんなの状態次第ではもう一泊することも考えているけど」


「私なら大丈夫だよ。こんな状態の町に長く滞在するのも割る気がするしね」


「ミャーは大丈夫にゃ。アーニャが行くっていうなら喜んでいくにゃ」


 いつの間にかスペラにしがみつかれていた。


「決まりだな。とりあえずこの地図にあるホテルに向かおうか、割とここからは近いようだし」


 俺は紹介状と一緒に渡されたホテルへの地図と街並みを見比べながら言った。

 この辺りは多少損壊をしてしまった建物があるが、町全体から見れば被害は最小限と言ってもいいだろう。

 これならば、地図を頼りにするれば迷うことなくたどり着けるだろう。

 はっきりと地図が見れるうちに行くとしよう。



 


 町の復興に向けた動きがあるのは見て取れるが、やはり生きる気力を失って漠然としている者も少なくない。

 大通りの端には横たわる人、喧嘩をしている人、助けを求める人……。


「やめておけ……」


 俺は背後の気配に向けて振り返らず諭すように言う。


「ひゃっ」


 子供の驚く声が聞こえて、すぐさま走り去る。

 足音は徐々に薄れゆく。

 物乞いだろうか、振り返る気もしなかったので詳しいことは何もわからないが気が滅入ってしまう。


 元々生きるのに、盗みを働いていたのか突然それを余儀なくされたのかはわからないが、子供が生きるのに苦労する世界なんてやるせなかった。

 元の世界にもいなかったわけではないが、目撃することはなかった。


 見てしまったという事はそれな地に多いのだろうか。

 どうにかできればしてやりたいが、全員の面倒を見ることはできない。


「見逃したのかにゃ? 見逃すってことは誰かが襲われるって事にゃ。下手したら返り討ちにされるにゃ」


 スペラは目を逸らせ俺に何かを期待していたかのように、切なげに言う。


「俺にどうしろって?」


 俺は言ってしまってから、半ば後悔していた。

 スペラに八つ当たりしたって何も解決はしない。


「アマトなら何とかしてくれるって、私も思ったのよ。無理でも可能にする力があるって今までのアマトを見てきた人なら、みんな思ったんじゃないかな」


 ユイナは俺の苛立っているのを知っていてそんな事を言っているのか。

 周りからの重圧は時に想像を超えるプレッシャーになり心を蝕んでいくことを、知ってほしい。


「俺はみんなが思ってる程の事なんて何もしてないしできない。確かに助けてあげたいと思ったが、何ができるわけでもなかった。町の復興だってそうだ。その都度立ち寄った場所で復興に力を貸していたのでは旅なんて続けてられない。実際に天冥の軍勢とも一戦交えてしまった以上、俺達はゆっくりもしてられない」


 敵は待ってはくれないというのは日々の戦いの中で良く分かった。 

 それもいつだって窮地に立たされ、完全勝利することは愚か、多大な犠牲の上に辛うじて生き残ったに過ぎないのが現状だ。


「ごめん……。アマトばかり甘えてたみたいだね。今日一人になってわかったつもりになっただけで結局何もわかってなかったみたい。本当に何言ってるんだろ……」


 ユイナは背中越しに謝ってくるが、俺は相変わらず地図と周囲の建物に注意を向けていてその言葉を受け入れることに躊躇していた。

 パーティーをまとめる人間が弱音をみせることは最悪の事だとわかっているだけに、ユイナにも、スペラにもこんなことを言わせている時点で最早取り返しがつかないところまで来ている。


 一度失った信用は取り戻すことが困難だという。

 今二人は俺を信頼してついて来てくれているが、俺の間違った選択で失ってしまうのを恐れていた。

 必要以上に慎重な余りに救える命を切り捨ててしまうのであれば本末転倒だろう。


 考えていてもきりがない。

 あの角の通りに入ったところに地図上の印がされた目的地。

 あと少しでたどり着くというのに、ぽつぽつと静かに雨が降り出して次第に激しくなり雨粒が痛い。

 雨の打ち付ける雨なのか、心の痛みなのかがわからなくなればなるほどにもどかしい。


「あそこの角を曲がればすぐだ……走れる?」


 ユイナは静かに頷いた。

 スペラも後に続いて、駆ける。

 周囲の建物よりも若干立派な建物が目的地のホテルだった。


 町の建物は2階か3階が多かった印象だが、ここは4階と頭一つで出ている。

 木造ではなく煉瓦造りというのはこの辺りでは珍しくないが、それでもデザインに多少凝っている感じが見受けられる。


「ここみたいだな」


「良さそうなホテルだね。雨でびしょびしょになっちゃったから、早く御風呂に入りたいなぁ」


「ミャーもアーニャと一緒に風呂入るにゃ!」


 無邪気にはしゃぐスペラを見ると不思議と安心する。

 言ってることはかなりあれだが、少なくともさっきまでふてくされていたのがばからしくなってくる。


「何言ってるの! アマトと一緒に入るなんてダメに決まってるでしょ!!」


 ユイナは激しくスペラに抗議している。

 この二人の騒がしい風景をゆっくり眺めていられるくらいが俺の性に合っている。


「何でにゃ? どうしてにゃ??」


「なんでって……」


 ユイナは顔を赤くし言いよどんでいる。 

 入り口の前でぬれた防具を軽く拭って、ホテルの玄関の扉を開く。

 そこは、家をなくした者や冒険者、雨宿りの為と様々な人たちであふれかえっていた。


 俺達はロビーのカウンターに行くとフロントマンに声を駆け、ハウゼンから預かった紹介状を渡す。

 それを見ると慌てて、奥の扉へと消えていくフロントマン。

 するとすぐに支配人らしい男性が姿を現す。


「これはこれは、この町を救っていただいた勇者アマト様ですね。常々お噂は聞いております。私はこのホテルの支配人をしております。バルムントと申します。当ホテルへお越しいただけるなんて光栄でございます。本来ならばおひとり様ずつお部屋をと思っておりましたが、如何せんこの状況ですのでお時間さえいただければ何とか人数分ご用意いたしますのでお待ちいただけないでしょうか」


 小声で今宿泊している者に退室を願うようにと指示を出すバルムント。

 俺は咄嗟にそれを止めた。


「いや一部屋でいいから。明日には町を出るんだし、横になれればそれでいいのであまり気を使わないでくれ」


「そうですか……では、最上階にスイートルームが一部屋ご用意がありますのでそちらをご案内いたします」


「いや、そこまでしてくれなくても……」


「私の顔を立てると思って、ご納得いただけませんか?」


「わかった、それでいい」


 こうして、俺達は一部屋に3人で宿泊することになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ