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第16話「敢えて言う、あんたが黒幕だな」

 シャーリーという人の姿をした化物を前に誰一人としてこの状況に冷静ではいられなかった。

 行動を起こしたものは次々と餌食となって床へと崩れ落ちた。

 その犠牲者の一人。

 もうすでにこと切れたはずのネイという俺とは何の面識もない私兵団の女性の首が目の前に転がってくる。


 俺は吐き気を感じながらもその首に視線を移すと、目が合った。

 口がぱくぱくと動き出す。


「こっちに来て遊ぼう……遊ぼう」


 パクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパクパク


「おわっ!!」


 俺は恐怖のあまり咄嗟に後ろへ飛び退いた。

 それが功を奏した。

 ネイの頭がはじけ飛びあらゆるものが飛び散る。


 頭骨の破片が周囲の仲間たちを襲う。

 これ以上ない精神攻撃だと思う。

 いくら初対面だろうが目の前で人の頭が爆散すれば平気でいられるはずはないだろう。

 屍の山を目の当たりにしたとしてもすぐに重農などできはしない。


「ネイ……」


 呟いたダタラは既に放心状態に陥り戦意など喪失してしまっている。

 もう既に流れた血の乾く私兵団団長は手当することもできぬまま息絶えていた。

 ガネーラという重装備の女性も両足がねじ切られ失血と激痛により既に意識はないが、時間は刻々と流れている。

 

 それを理解できない者はいないが、それと対処することは別問題である。

 ユイナは目の前の惨状に目を背けてしまった為に至近距離で爆発に巻き込まれてしまい、強い衝撃と頭骨の破片を受けて壁の方へ突き飛ばされた。


「こんなのってないよ……。どうしてこんなことをするの!!」


 全身をぼろぼろになりながらもシャーリーに向かって叫ぶ。

 綺麗に整った顔を涙と鼻水に濡らして、ただ絶叫してその場で嘆いている。

 それは何もできない自分への嘆き。 

  

 あまり周りの事に動じないスペラでさえ顔色を変えていた。

 いち早く異変を察知した為誰よりも早く壁際まで下がり爆発には巻き込まれなかった。

 その際にライオットを弾き飛ばしたことで、彼は直撃を避けることができた。


「お前はどこまでふざけた真似をするんだよ。こいつらが何をしたっていうんだ!?」


 一歩前にでるシャーリーを前に臆することなく一喝する。

 表向き怒りを露わにしているように振る舞いつつ、冷静に分析する。


「遊びだよ。楽しく遊ばないと……つまらないおもちゃはお片付けしなくちゃね」


 感情のようなものはなく淡々と話し続ける少女だが、人間のようにしか見えない。

 よく見れば抱いているぬいぐるみの頭が無くなっている。

 それだけではなく胸には穴が開き、両足も無い。


(一か八かだ!!)


 俺は不気味な少女へと急激に距離を詰める。

 案の定少女はぬいぐるみに手をかけた。

 

「そこだ!!」


 俺は腕に纏った風を旋風に変え、少女の懐からぬいぐるみを吹き飛ばした。

 これで攻撃手段は封じた。

 あのぬいぐるみに連動して、対象にぬいぐるみの傷を負わせる能力があると踏んでの事だ。

 両手を上げて無防備になったシャーリーの胸の中心の一点に、ガルファールを勢いよく突き刺した。


「ぐっ!! がはっ……あ、あ、うっぁ」


 しかし、胸に激痛を覚え床に跪いたのは俺の方だった。

 何が起こったのか全く理解することも出来ず、胸に穴が開いたような感覚に襲われる。

 痛い、苦しい、熱いだが胸の装備に穿たれた跡などもない。

 それなのに滴り落ちる多量の血が攻撃を受けたことを、確かに証明している。


「どういう……ことだ……。確かにぬいぐるみは吹き飛ばしたはずだ……」


 シャーリーを見上げながら、疑問を投げかけていた。

 真実を知りたい気持ちと、自分の考えが誤っていたのだという自責のが入り乱れる。

 そういうことか、それなら理解もできるというものだ。


 目の前のシャーリーもとい《《人形》》には今胸に穿たれた穴が開いている。

 それが答えだった。

 突然動き出した死人の首といい、着目する点が間違っていたのだ


 ここで真実を伝えなければ、他のみんなが危ないと思っても身体が重く次第に眠くなってくる。

 血が流れ過ぎたことで起きる症状だが、自然と踏みとどまることができた。

 胸のあたりをざわざわとする感覚、恐らく鎧による治癒によるものだろう。

 血は止まり、胸を貫く痛みも徐々に引いてくる。


 気取られるわけにはいかない。

 ユイナはすぐに起き上れる状態ではなく、スペラは壁まで下がっている。

 俺が立ち上がらないのを意図があると思っての事だと察してか行動に移る様子はない。

 ライアットは恐怖に怯えてしまっている。


「つまらい!? くぁいいわたしと遊んでくれるのはそっちのネコさんだけなのかぁ。残念でしょうーがない」


「ミャーはおまえとなんて遊んでやらないにゃ……」


 スペラをそういってその場を離れない。

 そして、シャーリーも数歩前に進むもそれ以上近寄ってくることはない。

 俺の跪く5m程後ろからは全く動こうとしない。


「こっちに来て一緒に遊びましょうよ」


「行かないにゃ」

 

 頑なに拒否するスペラをどうにか近くまで、否テリトリーえと招き寄せたいように見える。

 完全に注意がスペラに向いている今なら、仕留められる。

 俺はガルファールに風を纏い技を放つ。

 

 放つ先は真後ろでスペラをおびき寄せて人を喰う、擬態した化物のような人形などではない。

 俺の向ける先にはいるのだ。

 俺達が入ってきた時には既に倒れていた奴が。


烈風瞬刃波れっぷうしゅんじんは


 しかし、放たれた烈風の剣戟は空を斬っただけで《倒れ伏す者》などなかった。 

 

「いつから気づいていた!?」


 俺の正面には擦り傷ひとつなく佇む男が一人いた。


「最初からと言いたいところだが、確信を持ったのはネイを使っての攻撃だ。糸が見えていたぜ」


 俺は私兵団団長と対峙する。

 こいつは強い人間だ。


「敢えて言う、団長あんたが黒幕だな」

 


 俺はシャーリーという人形の行動を常に目で追っていた。

 それゆえに文字通り陰で糸を引いていたこの男の存在から、徐々に注意を逸らされていたことに気が付かなかったのだ。


 誰もがこの男の生死を確認していなかった。

 生死を確認したからと言って、もともと身内の知り合いというだけで危機感は薄まってしまう。

 

「気が付かなければ楽に死ねたというのに、全く頭がいいやつはこれだから嫌なんだ」


「俺の頭がいいんじゃない。お前が馬鹿なんだよ!! いくら勉強ができようが学歴ばかり高かろうが、私兵団のトップだろうが人の命を何とも思わない奴は屑なんだよ!」


「何とも思ってないわけじゃない。今の今まで俺を慕ってくれる仲間たちに囲まれて気分が良かったんだから。そいつらの死に際を見るのは至高の一時だと思わないか? 人が死ぬ瞬間は一度きりだろ。その瞬間に立ち会うのは困難だから、意図的にその瞬間を作った。それもお前たちの絶望する様子も見れれば一石二鳥だろ。なんせ、そこで転がる死体を《《初めて》》みたお前らの絶望する顔が見れるんだからな」


 不気味に笑う男は争い事には向かないひょろっとしたような体躯の優男に見える。

 しかし、軽装とはいえ鎧を纏った女性を糸を使い宙に浮かせる力を持っている。

 この強靭な糸はおそらくスペラの服にも使われているルカウェンの糸だろう。


 特に確かめるわけでもなく直感的にそうではないかと、思い至ったのは偏に目の前の男の発するオーラのようなものだろう。

 雑魚などと甘く見ていればすぐに八つ裂きにされるか、引きちぎられるかは目に見えている。


「グリット!! どうしてしまったんだ。昔のお前は虫も殺せないほど優しい男だっただろ!!」


 町長は悲痛な叫びをあげる。


「ハウゼン……。昔の俺はもういないんだよ。今の俺は貴重な時間を大切にしているだけだ。お前ならわかってくれるだろ?」


「変わってしまったんだな……」


「おしゃべりはもういいかしら、もうそろそろ遊んでくれないとシャーリー泣いちゃうよ?」


 人間の姿だったシャーリーは次第に木偶人形のような姿へと変わっていく。

 それを宥めるのはグリットだ。

 その姿はまるで自分の娘に対して接しているように見える。


「まさかお前!! 自分の妹を!!」


「何を今更言っている? 幼馴染だったお前ならわかっていただろ。目の前で死んだ俺の妹シャーリーだってな」


「生き返らせたのか……」


「そのつもりだったんだが、どうもうまくいかなくてな。ああなってしまった。だが今となってはどうでもいいことだ。おかげで毎日新鮮な気持ちでいられるんだからな」


「毎日だと!!」


 俺は思わず話に割って入り叫んでいた。

 

「毎日毎日心を満たすために遊びに出かけるんだ。楽しいことは毎日でもやるものだろ? 我慢する必要などないんだ。町には人間は大勢いる。人の一人二人消えてもモンスターのせいにして悲しみにふけるだけ。俺達は人間を、町を守るためにいるってみんな思っている。もちろん俺を除く私兵団の面子はみんなそうだろ。俺が町のチンピラどもに甘く声をかけたらまんまと私兵団に参加した時は思わず笑いそうになってしまった」


 私兵団の団員の誰もが気を失っている為真実を知るものは私兵団にはいない。

 それならば、こいつを優しい団長のまま葬り去ってやるのが情けってやつだろう。

 もうすでに心が壊れてしまっているような奴には、更生する余地などないそう思った。


「どれだけ人を殺してきたかは知らない。お前の妹がどうなったかも俺には分からない。だが、一つだけわかることがある。お前をこのまま野放しにしておくことができないってことがな!!」


 俺は辛うじて目でとらえることができるようになった、ほぼ無色透明な糸に捕まらないように走り抜け後ろに回り込む。

 すれ違いざまに刀で首を切り落とそうとしたが糸にからめとられるように、刃が通らない。

 ガルファールの切れ味をもってしても攻撃が通らないことに、いら立ちを覚える。

 

 真後ろからの振り下ろしによる一刀両断も糸によって阻まれる。

 スペラがグリットに向かって、両手を向ける。


「雷鳴よ、轟、敵を穿つ矢と成りて解き放たれよ! 『稲妻轟矢ブリッツ・アロー!!」


 両手から、複数の雷の矢凄まじい速さでが放たれるが一つとしてグリットへ届くことはなかった。

 恐らく誰もがわかっていた、スペラの服が雷の影響を受けないのならばそれを周囲に張り巡らせているグリットにも効くことはないのだと。


 だからそれがどうした。

 方法ならまだあるさ。

 まだ……。


 

 完全な守りから攻撃を繰り出せることが敵のアドバンテージとなっている。

 それを崩す事ができれば必ず活路が開けるというもの。

 グリットを中心に俺とユイナ、スペラの立ち位置は三角形の陣形を取っている。

 

 俺達の連携は少しづつ形を成していた。

 誰がどう動けば戦闘を有利に進めることができるかを、各自が相手の気持ちになって行動しているうちに自然にこのような形になったのだ。


 玄関ホールは師匠の屋敷ほどではないが、テニスコートほどの広さはある。

 取り囲む立ち位置を確保すれば有利だと思っていた。

 俺が真後ろからグリットへ刺突を繰り出すが、糸は意思を持つかのようにガルファールへと蛇のように這いずり巻きつこうとする。


 真後ろへの跳躍で拘束される状況は避けることができた。

 完全な死角からの攻撃のはずがなぜ反応できたのか。

 グリットは俺が離れてからようやく振り返り糸の龍のように巨大な塊となってこちらへと放った。


 壁際で伏せていたユイナもこれを好機と、一気に距離を詰め団長の頭めがけてレクフォールを振りかぶる。

 やはり、振り返ることもなく軽々と躱して見せる。

 着地点にはスペラが回り込み雷を纏った拳を叩き込もうとしているが、地面に着地することはなく空中に張られた糸の上を早足で走り抜け、陣形の外へと移動する。


 完全にこちらの動きが読まれているかのような奴の動き、決して柔軟でも、素早くも、洗練されているわけでもないだからと言って未来予知とも違う。

 そこから予測できることはそう多くはない。


 先程全く動く様子もなく蚊帳の外となっているシャーリーの存在。

 木偶人形のように姿を変えたことも、声の一つも上げなくなったのも奇妙。

 そう、奴もまた俺達の戦闘を客観的に達観できる場所に位置取っている。


(見られている……) 

 

 だが、どうやって伝えているというのだ。

 言葉、音波、振動、光……考えれば考える程きりがない。

 それならば、こいつから潰してしまえばいいという安易な発想にはならない。


 何故かはわからないが、今は無表情に木偶人形になり切るこの少女は危険な感じがする。

 言動だとか、予想不可能な思考だとかではなく根本的に違う気がする。

 グリットがただの人形として、扱っていい者ではないのではないだろうか。


(考えろ……考えるんだ)


「そこにゃっ!」


 シャーリー、俺、グリットと一直線に並び対角線上であればスペラの姿は見えない。

 そこから牽制の雷撃を放つ。

 この位置に移動するまでの経路は全ての人物に認識される。


 スペラが敢えて声を荒げて攻撃を放ったのは注意を引く為。

 タイミングを合わせるように、俺はガルファールをシャーリーに標的を変更し風を纏った渾身の一撃を放つ。


「うぉおおおおおおおおおおおおお、烈風瞬刃!!」


 木偶人形はこれを大量の糸を壁に変えて受け止め無効化して見せる。

 ユイナは直接近接攻撃には出ずに、その場で杖に魔力を込めていく。


「シャットアウト!!」

 

 手練れにかけるのが難しいためここぞという時にしか使わなかった魔法が、グリットを捉える。

 師匠の時とは違い、効果は絶大だったようで、頭を抱えて恐怖にのたうち回り始めた。


「なんだ、どうなっている!! おいっ!! 何をしやがった!!」


 口調も切羽詰まったように荒げたものに変り果て、最早世界の終わりを見ているかのような表情をみせる。

 

「答えてやりたいがどうせ聞こえないぜっ!! これで終わりだっ!」


 無駄に舌なめずりをして、絶好の機会を潰すなどありえない。

 やれる時にやる。

 刹那という時の中で決断を下し、刀を上段から振り下ろすまで幾数秒と経つことはなかった。


 確かな手ごたえが刀を伝って俺へと伝えるが、眼前にはグリットではなく首を失ったネイの半身であった。

 全てが流れ落ちたわけではなかったということだろう。僅かに血を吹きだして、再び床へと転がる。


「油断も何もあったものではないわね」


 シャーリーは木偶人形のような姿から、長身の女性に姿を変えてそう呟いた。


「もう、契約の対価としては十分だったわ」


 そう言うとグリットは床に倒れたっきり動かなくなった。

 満足したように軽く絵欲をすると扉の方へと歩いて行く。


「どこへ行く!!」


「さあね。また、会いましょう」


 殺し合いなど終わるときはあっさりしたものなのだ……。

 








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