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第14話「スペラVS双頭のヴーエウルフ」

 アマトが機械仕掛けの巨人を引きつけている頃。

 スペラとダタラは武器屋に逃げ込んでいた。

 

「邪魔にゃ!! 離すにゃ!!」


 ダタラに羽交い絞めにされるスペラだが、スペラの力はダタラでは抑えきれないほど強いので引きずられながらも懸命に引き留めようとするが意味はほとんどない。

 最終的には懇願するしかなかった。 


「おとなしくしてくれよスペラ嬢! ここで出て行っちまったら旦那がやってることが無駄になっちまうよ。スペラ嬢の気持ちはよくわかるがここは我慢してくれ!!」


 スペラがこれ以上無理に行こうとすればダタラがどうなるかは理解しているので全力で振り払うことは出来ない。

 そうこうしているうちにダタラを引きずることに飽きた。


「わかったにゃ……。ちょっと様子を見てから行くことにするにゃ」


 二人が心配だったが、ここで飛び出していくことでアマトの足を引っ張ることの方がまずいと思い踏みとどまった。

 ダタラはお調子者でその場の勢いに任せているようで、実際には状況をしっかり見極めているように見える。

 それがあの戦場で生き残ることに確かにつながっていたのだろう。


「それがいいと思うぜ。俺達は町長たちと先に合流したほうがよさそうだな。あっちはユイナ様がいるから大丈夫だと思うが、俺達だけでいるのは危ないからな」


「アーニャのところへ行きたいところだけど、ユーニャも守らないといけないにゃ」


 確かに二人でずっと店の中にいるのは危険である。

 スペラが得意とするのは俊敏性を活かした高速攪乱戦法であり、動ける範囲が限定的な室内は能力を活かしきれない。

 

 それにユイナは二人を庇いながらの戦闘になる為、本来の力を出すことは難しいだろう。

 せめて、守る対象を引き受けることができればどちらかは満足に戦える状況を作り出せる。


「そうと決まれば地下を通って向う側へ行くとするか。表通りはあのありさまだからな。出て行ったら巻き込まれちまう」


「経路は分かるのかにゃ?」


「任せておけって。この町は俺の庭みたいなものだからな。町の地図は裏道から地下通路まで全部頭に入っている」


「ほんとかにゃぁ」


「まあ、大船に乗ったと思って任せてくれよ」


「しょうがないにゃ」


 半信半疑ながらも、ダタラについて行くことにした。

 地下ということは狭く戦闘をするには不安があるが、表はモンスターの気配が多くダタラを守りながらでは戦えないと判断した。


 ダタラは店の裏口の扉を開くと、音を立てずに走り出した。

 スペラも同じく音を立てずにダタラの後を追う。

 行き止まりには鉄格子に南京錠がかけられた状態の扉が、行く手を阻んでいた。


 南京錠をいとも簡単に外して見せるダタラを、不思議そうに見えていると人差し指を口に当てるダタラ。

 

「内緒だぜ」


「何がにゃ?」


 何を言ってるのかわかってはいるが、あまりにも態度が気に食わないのでとぼけてみせる。


「鍵を開けてることだよ。関係者以外は入っちゃいけねえことになってるんだ。ばれたら洒落にならねえ。まあ、今は緊急事態だからどうなることもないだろうが、あまり大勢に知られるのも面白くねえんだよ」


 ちゃんと説明するところは、ふざけているようで意外と真面目なのがわかる。


「どうでもいいにゃ」


 興味が全くないので適当に返すことにする。


「だろうな……」


 ダタラはそうだと思ったと苦笑いしながら、懐から双耀石を取り出すと辺りを照らし出した。 

 スペラは暗闇でもよく見えるが、全く光がないところでも見えるわけではない。

 あくまでも、光を集めるのに適した眼を持っているだけなのである。


 全くの暗闇などはそうはないが、夜であれば真価を発揮することができる。

 即ち光が全く入らない地下通路であれば光源がなければ、何も見えないのである。  

 ダタラが双耀石で照らす範囲は5m程だがスペラは、その数十倍の範囲を見通すことができていた。


 地下通路に降りた二人は、入り組んだ遺跡のような場所を歩いていた。 

 辺りは地下水路などではなく、数千年前に作られた通路のようで時代を感じさせる質感と古代の文字の文字の羅列が目に入る。


「ここはなんだにゃ」


「太古の遺跡らしいが俺も詳しいことは知らねえよ。町中どころか噂によれば首都まで行ける隠し通路があるらしいだが一部の役人しかそのことは知らないんだと」


「ダタラはどこでそれを知ったんだにゃ?」


「親父が役人なんだよ。俺はそんな柄じゃねえから気楽にやってんだけどよ。それもあって意外と顔は広いんだ。ここの事も聞いていたから信頼できる仲間を連れてよく探索してたんだ」


「ここならモンスターの気配もないから安全に進めるにゃ」


「だろ、不思議とここでモンスターにかち合ったことはないんだ。まあ、上が町なのにモンスターがうろついていても面倒だがな」


 辺りは、いくつも部屋があったり石碑があったり、石造が並んでいたりと様々なものがあるのだが罠のようなものは特に見当たらない。

 常に警戒は解かないように注意はしているもののそれらしい仕掛けは全くなく、空気の流れも非常に澄んだもので淀みのようなものなく至って清浄と言える。


 ダタラは迷うことなく進んでいくが一向に出口には辿り着く様子がない。

 

「まだかにゃ。早く行かないとユーニャがどっか行っちゃうにゃ」


「急かすなよな。迷ったら洒落にならねえんだから。出入り口はそう、多くはないんだよ! 向う側と言ったって出られる場所はちっとばかし遠いんだ。もう少しだから任せてくれって」


「しょうがないにゃ……」


 あまり待つのは得意な方ではないので、だんだんじれったくなってくる。

 天井をぶち抜けば済むのではないかと思って、うずうずしていると「頼むからぶち抜いたりしないでくれよ」とダタラに止められた。

 

 いくらなんでも本当にやろうとは思っていなかったのだが、止められたことでちょっとイラッとした。


「ミャーを何だと思ってるのにゃ!!」


「本当にやりそうに目を光らせてただろ!」


 猫の目が光るのはタペタムで光が反射されるからであって、感情は関係ないんだがそんなことはダタラには知る由もないのだが。

 

「鬱陶しいにゃ!! 放っておけにゃ!」


「あーわかったから、ひっかくなって!! あれだあれ、あそこから出られる!!」


 話を逸らせる為ではなく本当に出口にたどり着いたようだ。

 通路の横に開けた空間があり突き当りにはスロープのような傾斜の坂が伸びている。

 そこを真っ直ぐ進むと、天井に木の板が嵌め込まれている。   


「どこに出るにゃ?」

 

「俺達の詰所だ」


 トントン トトン トントン


 と扉をたたきダタラが上に向かって話しかける。


「ダタラだ開けてくれ。水が欲しい」


 返事が返ってくる。


「酒ならあるがどうする?」


「泥水で良い」


「今開ける下がって待っていてくれ」


 何やら重石を引きずる音が扉をとおして聞こえてくる。

 板の蓋が開けられるとそこは小奇麗な詰所の一室だった。


「ダタラ無事だったか。みんなはどうしたんだ?」


「やられちまったよ。俺はたまたまアマト・テンマという勇者の一行に助けられたんだ。町長は今勇者の契約精霊様が守ってくれている。それでこっちの嬢ちゃんが勇者の従者のスペラ嬢だ。勇者の仲間なだけに相当強いぜ」


「そうか、みんな逝っちまったか。スペラちゃんこいつを連れてきてくれてあんがとよ。俺もダタラと同じタミエーク私兵団のゴッツ・バルムってんだ」


 上半身裸のボディビルダーのようなゴッツが満面の笑顔で、歯を煌かせながら礼を言ってスペラの手握り上下にぶんぶん振ってくる。


「にゃー!! お前らうっとおしいにゃ。それにおまえら傭兵じゃないのかにゃ!?」

  

「傭兵ってのは建前で、この町を守るのが俺達の仕事だからな。給料は町の援助があって成り立ってる。それだけじゃたりないから戦争にも参加してこの町の防衛に金を回してるんだ。自警団はあるにはあるが、規模が小さくてな、腕っ節が強い奴はそれだけ食うし鍛えなくてはならんから金もかかるんだ」


 ゴッツが筋肉を見せつけるようにスペラに説明するが、あまりの暑苦しさに説明が頭に入ってこない。


「どうでもいいにゃ……」


「それよりも、詰所の外で俺達の仲間が狼型のモンスターと戦ってるんだ。すまねえが手を貸してくれねえか。少しなら報酬だって出す。頼む」


 頭を下げられ、正直困っていた。

 早くユイナの元へと行かなくてはいけないが、目の前で困っている人を放っておくと後でアマトに怒られてしまうかもしれない。


「しょうがないにゃ。さっさと蹴散らしてユーニャのところへ行くにゃ」


「恩に着るぜ、スペラ嬢!! ここには弓もあるし、少し離れたところで俺も援護するからよ」


「いらないにゃ」


「そう言うなって。ゴッツは中で待機していてくれ。まだ他の仲間がここへ来るかもしれないからな」


「わかった。頼んだぜ」


 部屋の扉を開ければそこは本棚の裏だった。

 どうやら、この部屋そのものが隠し部屋になっているようだ。

 本棚をスライドさせることで書斎に出ることができる仕掛けが施されている。


 この通路が公にはできないものであるとわかる。

 書斎から出れば一際広めのホールになっていた。

 

「外はモンスターが徘徊してますので気を付けてください」 


 受付の女性はスペラが目の前を通っても、特に気にする様子もなく会釈をし心配するように一声かけてくる。


「大丈夫にゃ」


「じゃあ、行ってくるがカーナも危なくなったら例の場所から逃げろよ」


「副団長もお気をつけて」

 

 どうやら、ダタラの肩書は私兵団の副団長だったらしい。

 あまりの小物っぷりに怪訝な表情をみせると、「ダタラは人は見かけによらないだろ?」と笑っていた。

 それなら、戦闘でも少しは役に立てと思いながらスペラは詰所の玄関口を出るのだった。

 


 外に出ると、私兵団とヴーエウルフを中心にしたヴォーウルフの群れと交戦中だった。

 辺りにオークがうろついているが、オークはモンスター同士で共闘することはなく単体で行動している。

 しかし、敵の敵は味方という事もなくつぶしあうようなこともしない。


 あくまでもモンスターのターゲットは人間という根本は崩れることはないのだろう。

 それなら、むしろ何も考えずに優先順位を付ける必要もなくただ殲滅すればいい。

 もともと深く考えるよりも直感型のスペラにとってはその方が都合が良い。

 

 刹那の思考からすぐに行動を起こす。

 私兵団を巧みに躱し、モンスターの群れに飛び込むと両手に握ったナイフを次々に、モンスターへと突き刺しては電撃を浴びせていく。


 電光石火の一撃を受けたヴォーウルフは抵抗を許さず焼け落ちていく。

 正確には近づいた時にはスペラの放つ稲妻の余波に当てられ、レベルの低いモンスターはその時点で既に失神している。

 そこに無抵抗に止めを刺していくのだ。


「こんな雑魚共と遊んでいる程、お前たちは暇なのかにゃ!! 遊んでいる暇があるならさっさと仕留めて町の人たちの救助にでも行くにゃ!!」


 私兵団のあまりの不甲斐なさに憤りを覚える。

 そして、今までの自分の能力の事を鑑みてもモンスターのレベルが高すぎることに疑問に感じていた。

 スペラ自身のレベルも跳ね上がり、パーティの契約による恩恵が凄まじいものだとしても敵の能力位は計ることは出来る。

  

 そこから人間側が弱いわけではないのも理解している。 

 おそらくいままで遭遇した近隣のモンスターであれば、私兵団の能力であれば一人で一匹は無理なく処理できる。

 だが、今は5人で一匹を倒し切れていない。


 詳しいレベルまで、見極める能力は持ち合わせていなくても段違いであることは明白。

 それならば、人間を鼓舞し続けていかなければいけない。

 勇者はいるだけで希望を与えるのを知った。即ち自分が中心になって希望の象徴になるのが手っ取り早いのだ。


「行くにゃりおー!!」


 オークは鎧を身に着けているがその分電撃は良く通る。

 近寄る必要もなく電撃を放てば自然に引き寄せられるように、オークを消し炭に変えていく。

 味方を誤って攻撃しないように細心の注意を払っているが辺りには電撃がバチバチと音を立て、味方のはずの私兵団の面子も顔が引きつっている。


「なんだ、あの娘は!! 恐ろしい程強いぞ!!」


「俺達が一匹を倒すのに苦労してるのに、あの子は単独で糸も容易く倒しちまうなんて反則だろ!!」


「ダタラはとんでもねえのを連れてきたな!!」


 次から次へと切り裂き焼き払っていくスペラへ歓声が響き渡り、士気の向上へと繋がっていく。

 劣勢に陥っていた私兵団は一匹になったヴォーウルフとオークの数を減らし続け徐々に巻き返していくことに成功する。


「俺達も負けてられない! 普段通りの力を出せばやれない相手じゃない、確実に勝てる相手だ!!」


「その通りだ。今までは町ん中だったから油断してただけだ。これからが本番だ巻き返していくぞ!!」


 私兵団の総数は20人余りに対して6人は怪我が酷く戦える状態ではなくなっているが、それ以外の団員は辛うじて前線で戦える程度の状態を保っていた。

 それでも命を落としたものがいなかったのは、指揮官がいなくても連携が取れていたからだろう。


「ジャン、団長はどこに行ったんだ?」


「それが、怪しい奴を見つけたからここは任せるって言い残してレベッカとボルターを連れて行っちったよ。団長がいたころはこんなにモンスターもいなかったんだよ。何がどうなってるのか」


 ジャンと呼ばれたバーコードのような髪型の男が答える。

 歳は三十路に届いていないだろうに苦労が絶えないのか、動くたびに髪が切なく靡く。

 この男が臨機応変にモンスターを誘導して一極集中を防ぎ、程よくヘイトを集めているのだった。


「おめーらはその怪しい奴を見たのか?」


 一同は口々に見ていないと言っている。

 団長はこの私兵団を組織した初代団長であり、町長の親友でもあるが肉体派ではなく、知的な人物である。

 頭脳派として優れているが戦闘は苦手だと知っている為、単独行動をしていることに不安が付きまとう。


「団長はどこに向かったのかはわかるか!?」


「向うに行ったな」


 幾人かが指さす方は町の主要中心部で役所や憲兵の詰所などが集中している方角だ。

 恐らくそのどこかだろうが、不審人物が近寄るにはおかしなところだとも思っていた。

 何分怪しいから追いかけていったのだから、憲兵にでも見つかれば捕まりかねないのだから。  

 

「団長が心配だぜ……ここが片付いたら俺も団長を追いかける」


「そうしてくれ! あの子が頑張ってくれたおかげでなんとかなりそうだからな。情けないが俺達じゃ追いかけたところで何かできるとも思えねえ。あの子と行ってくえっれば願ったり叶ったりだ」


 皆、心配しているようだが目の前のモンスターのせいで足止めされ窮地に陥ることで追うことは断念していた。

 少し離れた位置でそのやり取りを聞いていたスペラは、自分のいないところで勝手に話を進めている輩に対するいら立ちを目の前のオークへとぶつけていた。


 奇しくも町長を送り届けるのも役所であることで、スペラは否応なく団長が向かった先へ行かなくてはならないとわかっている為なおさら、不快感が湧いてくる。

 余計なことには出来れば関わりたくないが、この事件に関わっている可能性がある以上捨て置くわけにもいかない。


 それは合流が遅れることを意味する。


「勝手なことばかり抜かしてるにゃ!!」


「そういうなよスペラ嬢。旦那たちも恐らく向かう先は役所だ。それに勇者ってのは平和の使者だろ? 株を売るにはこれ以上ない功績だぜ。スペラ嬢も旦那に褒められたいだろ?」


「せいぜい息巻いてればいいにゃ」


 否定はしなかった。うまく乗せられたからではなく、無から有を生み出す手段として恩を売っておくのも悪くはないと思ったからだ。

 もうここはテリトリーと呼べるほど地形を活かした戦闘にも慣れてきた。


 私兵団の詰所は大通りから一つ脇に逸れた通りに面している。こちらは大通りの半分程の幅しかないので馬車であれば2台がすれ違うことはできないだろう。

 馬車そのものが貴重な移動手段に分類されるこの世界では路上整備は、それほど進んではいなかった。


 町の中は基本的に踏み固められた地面で、コンクリートでも煉瓦でも石造りですらない。

 大通り程ではなくとも小柄なスペラには十分すぎるほど、動き回れるスペースは確保されている。

 

「一網打尽にゃ!!」


 体中から漏れ出た稲妻が青い閃光となって、スペラを覆い尽くし雷に耐性のないヴォーウルフも迂闊に近づけず、闇雲に突っ込んでくるオークは鎧が電気を呼び寄せてしまい自滅していく。

 あっという間に300体近いモンスターの数を50体まで減らす。


 その時間は10分とかからなかった。

 一人の猫耳少女の出現は確実にこの場にいた人々の命を救った。

 それでも、達成感も優越感も得られず満たされることはない。


 目的はあくまでも、身内の救援であってここで慈善事業に時間を費やすことではないのだから。

 母が病に伏せたときには平気で盗賊を身代りにしたように、身内を最優先するあまりそれ以外はどうなろうと知ったことではないと思っている。

 

 今、こうして目の前の兵士をモンスターから守っているのもアマトの事を尊重しての事。

 最善足るはあくまで味方の利益であることは決して曲げることはない。

 ある程度、防衛可能な戦力さえ確保できたと判断したら離脱するつもりであった。


 だがそれはまだ許してはくれないようだ。

 今まで見たこともない程巨大な双頭のヴーエウルフが建物の上を伝ってあとわずかで殲滅できるというところで、乱入してきたからだ。


 首が二つというのも見たこともなく通常のヴーエウルフの3倍近い巨体は、小柄なスペラから見れば猫と像のようなものであろう。

 

 それでも恐れることはなかった。

 今のスペラには勇者の従者としての誇りがる。

 それを確かなものにする為に双頭巨狼へと雷迅する。 


    

 ヴーエウルフから進化したのだろうかその図体は単純に二体を合体させたよりも、二回り程大きく二対の頭にはそれぞれ2本の牛のような角を生やしている。

 何よりも今までのヴーエウルフと違っていたのは、四肢の付け根には角のような鋭く尖った骨が勇ましく主張している。


 表通りに比べれば狭いことでスペラには有利に双頭のヴーエウルフには有利な立地であると言えるが、戦場は未だに敵味方が入り乱れている。

 仲間を踏み潰しても動ずることのない相手と、味方を巻き込むことは決して許されない状況のスペラとでは根本が多き異なる。


「お前ら邪魔にゃー! 巻き込まれないようにどっかいけにゃ!!」


「そんなこと言ってもよ! こいつら放っておくわけにもいかねえだろ! こっちはどうにかするからそいつは任せる!!」


「言われなくても、わかってるにゃ! お前になんかにこいつは倒せないにゃ!!」


「あの子に近づく雑魚を捌くぞ!! なるべく固まって各個撃破してくぞ!」


「「おー」」


 ボスクラスのモンスターの出現は必ずしも士気がが下がるわけではない。

 スペラの存在は本人が思っているよりもカリスマ的であった。

  

 獣人という種族は人間という種族とは姿が多少異なっていて、差別されることがあったがスペラは種族を越えて好意を持たれる可愛さと強さを兼ね備えていた。

 そして、服装がとにかく際どかったのもこの場にいる者の大半の士気向上に繋がった。

 

 一部に需要があるというが、その一部が集結しているのだからその効果は絶大だ。

 アマトがいれば「このロリコン共」などといいそうだがここにはいない。


「猫耳少女は至高!!」


「猫耳最高!!」


「もふもふもふもふ!!」


 団員のテンションがどんどん上がっていく。

 熱気にあふれるフィールドはモンスターの士気を奪っていく。

 これこそが、スペラが今会得した能力であった。


『獣少女絶対崇拝論取得』

・条件 一定の範囲内にスペラを崇拝する者がいる場合

・効果 信者の人数、想いに応じてスペラの能力アップ 信者も上昇値と同等の比率で能力を付与



 猫耳少女の脳裏に響き渡る福音が周囲に力を与える。

 スペラへの想いが強ければ強い程、周囲の得られる恩恵も格段に上がっていく。


 元々の能力値が高くなければ得られる恩恵も少ないこととあくまで、信頼ではなく崇拝という条件が厳しいことを除けば効果は絶大。

 スペラの出現によって能力が上がったことは効果の対象になった者であれば、否応なく実感し更なる心酔へと繋がる。


 この条件にして、この効果が付随するのは裏切りによるアビリティ所持者への保険としては真っ当なものである。

 条件が甘ければ甘い程、アビリティ所持者へのリスクも増してしまう。

 ゆえに、これ以上のリミッターはそうはない。


 雑魚モンスター達は目の前の人間の急激な能力の上昇に、対応する間もなく急激に数を減らしていく。


「スペラ嬢が何かやったんだろ? まさか味方武器や鎧にエンチャントできるなんて思ってなかったぜ」


「ミャーの凄さがわかったなら、さっさと雑魚を倒してくるにゃ!!」


 体が急激に軽くなっていくスペラは余裕をもって躱しつつ、無駄口をたたくダタラを雑魚モンスターへけしかける。

 ダタラからも最早崇拝と呼べる域の信頼を獲得している事を肌で実感する。

 

 魔力の上限が上がることはないが、その使用効率が格段に上昇したことで魔法の効率が上がる。

 普段の三倍以上に膨れ上がる雷を纏った蘇芳を双頭のヴーエウルフの右前脚に叩き込む。

 しかし、雷は避雷針のように突き出た骨へと引き寄せられ、無効化されてしまう。


「「グォォォ」」


 一つの首からは炎は、一つの首からは冷気を放ち左側を焼き放ち、右側を冷気が包み込んでいく。

 辺りに燃える物が左程ないのと、水気がそれほどないので地形が大きく変わることはないが、地面が焼けていればうっかり手でもついてしまえば火傷してしまう。


 同じ場所には長くとどまらないように注意しつつ、戦場を駆け回り手数で勝負するほかなかった。

 蘇芳には鋭利な刃があるが所詮はリーミアという名の木であり、アダマンティウムや真黒耀石程の切れ味はない。

 

 あくまでも精霊術や魔法効果を最大限に活かすための武器である。  

 雷を受け付けない特性を身に着けたヴーエウルフが相手では分が悪い。


「小癪な真似をしてくれるにゃ……。でも、今のミャーならやれそうな気がするにゃ」


 身軽な体を活かして壁を駆け上がり、無防備な背中に飛び乗ると両手のナイフを逆手に構え刺突をこれでもかというほど浴びせていく。

 狼の体の構造上背中に飛び載られると足を使っても届かない範囲がある。

 

 柔軟な獣もいるが、これだけ大きな肉体と硬い肉体を持ったこのモンスターでは困難。

 ナイフの刀身が短いこともあり、致命傷にはならなくとも複数回えぐるように攻撃を加える事で外皮を捌き赤黒い肉体が露わになっている。


 猛攻に耐えきれなくなり、脇の建物へ背中からタックルを行うが紙一重で飛び退く。

 背中の損傷は酷く背中からの突進で建物を破壊することで破片が背中へと次々と突き刺さり、致命的なダメージを負うことになる。  


 もだえ苦しみながらも、炎に冷気と吹き出し首を無作為にぶるるぶるんと振り回し接敵を許さない。

 狙って放たれる攻撃とは違い無造作な動きは読むことは難しく、攻撃を見極めてから最小限の動きで躱し落ち着くまで繰り返される。

 

 疲弊しきって動きが止まったら再び瓦礫を踏み台にして背中へと飛び乗り、力の限り刺突を加えていく。

 次第に抵抗する力もなくなってくるが、油断することはなく。

 むき出しの背中の赤黒い肉へと魔力を稲妻へと変換して突き刺す。


稲妻突ブリッツ・シュトーセンきにゃ」 

 

 ふと脳裏に技の名前が閃いた。

 これはパーティーに加入したアマトの能力によるものなのだが、スペラは知る由もない。

 パーティーメンバーの能力増強以外にも成長促進がある。

 技の取得の促進、技の固有名付与、威力アップ、属性追加、状態異常追加等の恩恵などが一様に付くのだ。 


 自発的に条件が揃えばそれは、単なる雷を纏った刺突から固有の技へと昇華する。

 技の名がアマトの趣味の影響を受けているのは、アマトへの忠誠心が度を越えていたからであった。


 固有の技として確立した一撃は単なる雷ではなく、避雷針へと吸い寄せられることも意図的にブロックし確実に巨大ヴーエウルフの心臓を雷が貫く。


 白目をむき崩れ落ち、ピクリともしなくなった事を確認すると背中から飛び退いた。

 辺りを見渡せば雑魚を一掃した私兵団がスペラに歓声を上げていた。


「やったなスペラ嬢」


「ミャーの敵じゃ無かったにゃ」


 スペラは周りに悟らせないように、平然として見せるが疲労は限界に達していた。

 全能力が圧倒的に跳ね上がっても、魔力、体力などは変わらない。

 故にどれだけ効率的に動けたとしても消費されるエネルギーが多すぎてスタミナがもたなかったのである。

 

「ほんとにすげーよ!!」


「勇者様はこの子以上に強いんだろ!? この調子なら町の奪還も楽勝だな」


 私兵団たちは大盛り上がりだが、ことはそううまくはいかない。

 あくまでも討伐に成功したのは一区画に過ぎない。

 そんなことはここにいる私兵団の誰もがわかっていたことだが、それを認めてしまえば一気に滅入ってしまう。

 空元気でもここはバカ騒ぎしていたほうが精神安定上よかったのだ。


「ミャーはもう行くにゃ。いつまでも油を売ってるわけにはいかないにゃ」


「俺も行くぜ。ここまで来たら一蓮托生だ」


「勝手にするにゃ」


 恐らく行きつく先は同じになるだろう。

 ここで単独行動をとらせて何かあっても面倒だと割り切った。


「団長は俺達に任せてお前らは引き続き、雑魚の始末を続けろ!! 俺達のまrをロち戻すぞ!!」


「わかった。団長を頼んだぜ!」


 団員たちがさまざまな労いの言葉を二人に送ってくる。

 慕われるのも悪くはない物だとスペラは僅かに思った。

 家族以外には無関心だった少女は少しずつ変わりつつあった。

  

 スペラとダタラは私兵団団長を追い役所に向へ向かう為詰所を後にする。

 詰所が見えない距離まで歩けば、先程までの湧き上がる高揚感は無くなっていた。

 それは同じく、私兵団たちも感じているのだがそのことを少女は知らない。



 

 







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