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第11話「Feldschlacht~フェルトシュラハト」

 スペラの故郷ライラ村を後にした。

 そう言えば父親の事は何も聞いてないな。

 忘れているってことはないとして、何か理由くらいはあるだろうし聞いておくなら今しかない。 


「お父さんに言わずに出てきてよかったのか?」


「ニャパは小さいころに仕事で出て行ったっきり戻ってこないにゃ。生きてるのか、死んでるのかもわかなないにゃ」


 いくつか予想はしていたが行方不明か。

 死んだと断言できない以上、父親探しも旅の目的になるな。


「お父さんの名前と仕事を教えてくれないか? もしかしたら、旅の途中で会うかもしれないからな」


「ホープ・エンサにゃ。仕事は狩人ハンターでモンスターを退治したり、捕まえたりしてたってニャマが言ってたにゃ。すっかりにゃパに会いたいって気持ちも無くなってたにゃ。アーニャのおかげミャーの目標ができたにゃ。ありがとうにゃ」


 俺に飛びつくスペラだったが、これも父親に甘えられなかったことの裏返しのようにも思う。

 これからの情報収集に組み込むとして、狩人ハンターという仕事がこの世界にはあるのか。

 元の世界にもあった職業だがこの世界には、一人で対処するにはあまりにも危険な生物が多すぎる。


 同じ職業なら知っている者もいるだろう。

 それらしい人を見つけたら、声をかけてみればいいかな。


「スペラ、タミエークまでどのくらいの距離があるの?」


「領主様の屋敷からライラ村の3倍くらいかにゃ? もっと遠いかもしれないにゃ」


「今、昼前だからこのまま何事もなければ夕方ってところか……。この辺りはまだ村から近いからモンスターもいないが、町と村の中間地点は両方からはじかれたモンスターが溜まっている可能性が高い……のか? まだこの世界の仕組みが良く分からないんだよな」


「あんまりモンスターが集まっていることはないにゃ。東の方にある森からあぶれたモンスターが流れてくるだけにゃ。この辺りはモンスターに襲われる心配はあんまりないから、盗賊が出やすいって話にゃ」


 確かに、モンスターに襲われる心配がないのは盗賊も一緒なわけだから、自然に平和な村が襲われるわけだ。しかし、憲兵の出現、自警団の活躍によって盗賊も村や町には近づけない。

 モンスターよりも人間に対して警戒をしないといけないのは、治安の悪い国に旅行に行くのと変わらない。


「盗賊か……。積極的に世直しだと言って、問答無用で斬り伏せるようなことはしたくないなぁ。だからと言ってやられっぱなしってわけにはいかない。危険だと思ったら各自迎撃するようにしてくれ」


「避けられないのね……了解」


「アーニャの言う通りにするにゃ」


 ユイナは俺と同じ世界からの転生者でしかも、この世界でも箱入り娘だった。

 やはり、抵抗はあるのだろうが生きるためには倫理だの言ってられない。

 できれば強盗だの盗賊だのを生業にしている連中に出会わないことを祈る。


 それにしても、スペラは俺のいう事を無条件に受け入れる節があっていけない。

 恋は盲目などというが必ずしも俺の行動が正しいという保証もないのに、周りが見えずに信じ切ってしまう事だけはしてほしくない。


 それは自分の自身のなさ故に責任を全て背負いたくないという思いがあるからだろう。 

 それでも、重荷が増えて行けばいつ潰れてしまうかわからない。

 

「俺だって間違えるんだ。意見があればどんどん言ってくれ。今後の方針にも関わってくるしな」


「問題ないにゃ。本当ならあの時死んでたにゃ。今があるのはアーニャとユーニャのおかげなのにゃ。二人の事は信じてるにゃ」


「スペラ。私もアマトもただの人なの。たまたま居合わせただけなのよ。あなたが望むなら村に帰ることだって、自由に暮らすことだってできるんじゃないかな」


「ミャーが邪魔なのかにゃ……。ミャーの命は二人の物にゃ」


 その一言は重かった。

 俺もユイナもこの世界の事を何も理解などしていなかったのだ。

 師匠にも責任を持てと言われていたのに何もわかっていなかった。

 

 命に対して責任を持つことなんて、まだ十代の俺には早いと心のどこか思っていた。


(いつも自問自答している気がするな。それでも、思考停止するよりはまし……かな)


「スぺ……」


 ユイナの辛そうに紡ぎ出そうとする言葉を俺は遮った。


「言うな。二人は俺が守る。それでいいじゃないか……」


 俺を見るユイナは悲しそうで悔しそうで、直視できなかった。

 守られる人間にも辛さや責任があるのだと師匠に、かばってもらったことで理解した。

 その時の俺はただもどかしかった。


 村から1時間は歩いたというのにやけに静かだ。

 村の周囲に点在していた街灯もこの辺りまでくれば、もう一つもないというのに。

 辺りは見晴らしのいい草原地帯、北西には越える事が現状では困難な山がそびえている。

 

 見渡す限りではモンスターの一匹、兎や、鳥などの野生動物も見受けられない。

 村の周辺には全くいないという事はなかった。

 近寄られれば蹴散らすつもりでいたが、こちらの人数が3人に増えたためかレベルの上昇のためか定かではないが襲ってくるものはいなかった。

 

「ユイナ、スペラ。何かおかしくないか……いくらなんでも静かすぎる。たまたまモンスターの類がいないだけだというならそれはそれで願ったり叶ったりなんだけど。村の近くの方がモンスターの数が多かったっていうのはいくらなんでもないよな」


「そうね。異様にマナが薄いのが気になっていたけど、私もここ何日かで一番少なくなっているってくらいにしか思ってなかったわ」


「この辺はよく来るにゃ。だけど、ここまで何も感じられないのは珍しいにゃ。周囲にもモンスターの気配はないし、どうなってるんだにゃ」


 違和感を感じているのは俺だけではない。

 ならば、ここは引き返すか、ルートを変える方が無難だ。

 しかし、原因の根拠が何一つない。


 あくまでも、状況判断に過ぎないのに決断してもいいのか迷う。 

 そもそも何から逃げるのかも定かではないのに、どうすればいいのか教えてほしい。


「とりあえず、今のところ俺達に不利になるようなことはないようだし、予定通り進もう」


「そうだね。危ないと思ったら、戻ればいいよね」


「わかったにゃ」


 俺達は足首程まで伸びた、草花を踏みしめてそのまま先を急ぐことにした。

 見晴らしがいいと言っても、一定の間隔で樹木が建ち並んで小規模の求まった森を形成する箇所があり、最大視野2kmと言ったところだ。


 どうしても比べてしまう。

 元の世界の本土ではなかなかこんな風景は拝めないだろうなと。


 突然スペラがその場に立ち止まり猫耳をぴくぴくさせている。

 猫の耳って意外に柔軟にうごくんだなぁなどと、明後日の方向に考えていたがどうやらそんなのんきな状況でもないらしい。


「遠くの方で音が聞こえるにゃ。嫌な臭いもわんさかするにゃ。数えきれないほどのモンスターが人間を襲っているみたいにゃ。アーニャ……どうするにゃ?」


 何かあろうことは予想していたが、どうやら最悪の事がおきてるみたいだ。

 それも相当な数のモンスターが人を襲っている。


「襲っているってことは、まだ人間側はやられてはいないんだな」


「遠くてよくわからないけど、血の匂いも凄いから、もうくたばった奴もいるんじゃないかにゃ。でも、まだ頑張ってるみたいにゃ」


 間近の樹木の先に見つけた。

 まだ1km以上距離があるが、1000を超えるモンスターと100人前後の人間が入り乱れての乱戦状態。

 遠目に見てもモンスターと、人間らしい骸が地面にあふれかえっている。

 

 そして、明らかに不自然な物が戦場にはあった。

 それは亀裂。

 空中に真っ二つに割れた空洞が口を開いているのだ。


 そこから、モンスターが一定時間でぽろぽろと排出される。

 次第に増えるモンスターと、次第に力なく地面に伏す人々。

 眼前には地獄絵図のような野戦が繰り広げられていた。   


 このままでは人間側は全滅する。

 俺達は一歩ずつ、戦場に向かってはいるが足取りは軽やかとはいかない。


 俺達の勝機は限りなく零に近い。

 死ぬとわかっていて、助けに入るほど愚かではないと思っていた。

 しかし、神様は時には酷なことをしてくれるようだ。


「あそこに、タミエークの町長がいるにゃ……。なんでいるのかにゃ」


 どれが町長かなんてこの距離じゃわからないが、スペラが見つけたと言っている。

 いくらなんでも戦場にいるなんておかしいよな。

 

 これから行く町の長を見捨ててもいいのか、もしも生き残りが俺達を見ていたりしたら今後なんらかの支障になる可能性がある。

  

 だからと言って、助けてやる義理もない。

 ここは利己的に考えるしかないか。


「今から、彼らを逃がす為に横やりを入れることにした。慈善事業になりかねないから言っておく。危なくなったら即撤退!! 一応聞くけど、賛否を問う!」


「アマトなら助けに行くと思ってたよ。見捨てなくてよかったかな」


「もちろん、イエスにゃ!!」


「行くぞ!」


 俺達は初めての集団戦、地獄の野戦に参加するのだった。



 血と腐敗する肉の異臭が漂い臭気が蔓延する戦場は、常軌を逸していた。

 草木は赤黒く変色し、黒く着色された水蒸気が足元を這うように行き来する。

 そこは草原地帯でも、戦場でもなくまさに地獄そのものとしか思えなかった。

 

 今までのモンスターとは何かが違う。

 全身を鎧に身を包んだ人型の魔物は、一件フルプレートを纏った人間にも見えるが地面に転がる生首からは人間とは程遠い形相が覗いていた。


 ゴブリン、オーク、鬼などではなく人間をバイオハザードで変質させたような感じだろうか。

 腐敗した人間がゾンビなら、腐敗させず変質させたのがこいつらだ。

 こいつらの顔はとにかく《《綺麗》》に変質していたのだ。

 

『ヒュートラル レベル19~36』 備考:天冥 ランクF


「こいつらがジルが言っていた天冥の軍勢……俺達が倒す者達」


「仲間を集めてから戦うはずだったのに、こんなに早く見つけるなんて……」


「初めて見たにゃ。なんかやばいにゃ……」


「ここまで来たら行くしかない。あいつらは見た感じだと、人間とさして変わらない動きで剣と盾を使って戦うスタイルみたいだ。情報は共有されたくないから各個撃破していく」 


 しかし、こちらに遠距離攻撃ができる者はいない。

 全員近距離型という戦場においては、有利に立ち回れないポジション。

 あの入り口をどうにかしたいが、そこからどんどん出てくるので近づくことは出来ない。


 俺達の目的は全滅させることでも、入り口をふさぐことでも、ボスを倒すことでもない。

 生き残りの救出だ。


「スペラは攪乱。ユイナは魔法でスペラを援護。俺は本陣に向かう」


「了解」「わかったにゃ」


 正直、二手に分かれたのは怖かった。

 一人が怖い。二人から目を離すのが怖い。

 だからといって、数の理が敵に有る状態で一人も三人も左程変わるものではない。 


 気にしていられない。

 ただ、走る。足に漂う不快な煙が何かなど気にしている余裕もない。

 50体以上に囲まれる兵士が4人。

 

 眼前で一人が首を飛ばして天を仰いだ。


「見たくなかった……間に合わなかった」


 吐き気が猛烈に襲いくるが、こらえる。

 一瞬の隙で今度は自分自身が目の前で転がる骸になるのだから。


 敵がこう多いと、烈風瞬刃波で一掃したいがマナが薄くて精霊術が使えない、ユイナも近くにはいないのでどちらにしろ供給も絶たれている。   

 

「試してみるか」


 踏み込む足に全体重をかけ、敵集団に飛び込み勢いを殺すことなくエネルギーをガルファールに乗せる。

 360度回転する身体から水平に放たれる斬撃が最初の5体を真っ二つに切り裂いたが、それ以降の敵20体余りは斬り伏すことができずに減退するスピードに吹き飛ばすのみにとどまった。  

 範囲内を切り裂く技は『エリアスラッシュ』としておく。


 それでも、僅かに時間は作れた。


「早く!! こっちへ」


 俺は自ら切り開いたわずかな道筋に、3人を救い出そうと手を伸ばす。

 2人は何とか敵の集団からは引き離すことができた。

 しかし、1人は瞬く間に集団に蹂躙されていく。


「あ、ありがとう。まだ仲間がいるんだ」


「ありがてえ。もう、助からないと……」


 鎧に身を包んだ男と、軽装に身を包んだ男は疲弊しきっていたがなんとか救い出せた。

 奴らはというと追ってこない。

 進軍する先は未だにぎりぎりで持ちこたえている兵士。 

 

 (冷静になれ。なぜ、俺達は追撃を免れた?)

 

「すぐに助けに行きたいが、俺一人ではどうにもできない。なんで襲われていたのか説明してくれ」


 身なりのよさそうな鎧を身に纏った男の方へまずは問うことにした。

 歳も恐らく俺よりいくつか上位で話しやすかったからだ。


「俺はライオットという野戦憲兵だ。この一帯の治安維持が目的で、俺を含む32人でキャンプしていたんだ……。特にモンスターも少なかったんだが、数刻前から辺りのモンスターが慌ただしくなったかと思えば一目散に山の方へ皆逃げてしまったんだ。そこからだ、タミエークの方から護衛のついた馬車がやってきたのは……。そこからは悪夢だった」


 みるみる血の気の引いていくライオット。


「大丈夫か」


 俺は背中を軽く叩いてやる。


「ありがとう……大丈夫だ。それから俺達は馬車に近づいて行ったんだ、恐らくお偉いさんが乗っているのだと思ってな。場合によっては身分の確認から、護衛することなどいくつか決まりがあるんだ。馬車に乗っていたのはタミエークの町長だった。彼は南のスペリヲル領へ領主カイル殿との謁見の為に向かうのだと言っていた。俺が個人的に理由を聞いたら渡す物があるのだと言っていたな」


 もう、話すのがつらいのか、何かに怯えるように次第に震えだす。

 

「特に引き留めていく理由にはないと判断して、見送ろうとしたんだ。それからすぐに馬車の進行方向に亀裂が開いて、化物が次から次に出てきて俺達は馬車を守るために戦ったんだがこんなことに……」


「そっちのあんたはどうなんだ?」


 すぐに裏を取る。

 兵士は最初に仲間の心配をしたから信用にたると思った。

 無論、最初から両方に聞くつもりであったが、一度に聞くよりもその裏付けをした方が時間の短縮になるからだ。


「俺はグタラっていう町長に雇われた傭兵だ。あの兵士さんが言ってる通りだ。俺達はこんなことになるなんてこれっぽちも思わなかったんだ。そう言えば渡す物って言ってたよな。なんか得体のしれない石みたいなやつだ。あんな気色悪い物渡すなんて、趣味が悪いぜ」


 ライオットは町長が来るまでは何事もなかった。

 ダタラは得体のしれない石を見た。

 俺達に必要以上に襲ってこないヒュートラル。

 

 導き出す答えは一つだな。

 

「あんたたち、協力してもらうぜ」


 俺は町長と護衛している兵士と傭兵を引き離すように指示を出した。

 ただやみくもに動いていたのではここを突破できない。

 ユイナとスペラの二人は恐らく、攻撃対象から外れる。

 

 本当に正しいのか気になる、しかし迷っている暇はない。

 エリアスラッシュを放ちつつ、有象無象を手当たり次第切り伏せていく。

 敵は一点を目指しつつも、俺の接近に合わせて剣を振るってくる。


 単調な動きとは裏腹に、振り下ろされる一振り一振りに重みがあり受け続けると腕に負担がかかって疲れと痛みが伴う。 

 一騎当千とはいかないことに苛立つ。


「このっ! 次から次に湧き出てきやがって、さっさと消えろよ!!」


 もう100体近く切り伏せたというのに、減ったという感覚はまるでしない。

 人間側はまた一人また一人と倒れていく。

 ライオットとダタラは地に転がっている、剣や盾を投擲したり弓を放つことで援護している。


 最初は逃げ出すかとも思ったがその心配は無用だった。

 傷つきながらも必死に抗っているのをみれば、心は折れずに済む。


(まだいける……)


「町長はどこにいる……」


 あまりに数が多すぎて、なかなか見つけることができない。

 これ以上時間をかければ全滅もあり得る。


「見つけた!!」


 大破した馬車と馬の骸を盾に、奮闘する一団を確認した。

 片腕を失ってなお、戦い続ける筋肉質の巨体の後ろには、整った服装の壮年の姿があった。

 恐らく彼が町長だろう。


「おいおっさん!! 聞こえるかー、町長を連れてこっちへ来い!!」


「動きたくても動けねんだよ!!」


 流石に敵の終着点になっている町長たちの周りはまるで満員電車のように、密集地帯になっている為範囲攻撃ができない。

 勢いがつけられない為に振りかぶって、勢いを利用する攻撃は一切を禁じられてしまったのだ。

 

 距離を詰められないように常に周囲の敵を切り伏せるが、切り伏せれば切り伏せただけ骸の山を築くことになり自分の移動に制限をかけられてしまう。


 なぜ、目の前の兵士たちが未だに生き残っているのかと言えば、これが要因だ。

 背中から攻撃されずに目の前には敵の死体で壁を作り、被害を抑えているからだ。


 町長を抱えてこちらへ来れば、辿り着く前の間周囲全てが攻撃範囲になってしまうのだ。

 だからと言ってこのままではじり貧だ。


「今から一瞬時間を作る。その瞬間に脱出してくれ!!」


 敵は特に声にも反応しない為堂々と話しているが、人間相手ではこうはいかない。

 

「何をするきだ? もう俺達も限界だ。博打は打てない」


「そのまま耐えていれば、誰かが助けに来てくれるとでも思っているのか!!」


「しかし……」


 兵士がまた一人倒れた。

 それが男の心を動かした。


「わかった。どうすればいい!!」


「30数えろ! 必ずだ!! 数えたら俺のところへ全員走ってこい。そのまま俺が道を切り開く!!」


「俺達の命運はお前に託した!!」


 勝手に命なんて懸けないでくれよ。

 しかし、俺は戦っている最中何度も何度も試したんだ。

 練度を上げるために常に全身に風を纏い行動してきた。

 今なら空だって飛べるような気がする。


 魔力で風を纏ったガルファールに8割程の魔力を注ぎ込む、カウントが残り5秒。


「よし、烈風爽迅乱舞!!」


 全身に纏った風で周囲の敵を弾き飛ばし、強制的に宙に浮かせたところへ風を纏った剣戟を叩き込んでいく。

 5秒間の短い間に150体を超えるモンスターを切り伏せ、活路を切り開くことに成功する。


「いまだ!! みんな行くぞ!!」


 男の号令で俺の元へ駆け寄ってくる。

 俺はすぐに180度反転し、退路を作っていく。

 中心から外に向かっては、敵の数も少なく容易に切り伏せることができた。


「よし、なんとか抜け出せた。俺の仲間が囮になって敵を引きつけている。すぐに合流して逃げ切るみんなついてこい!」 


 しかし、目標が移動いた事で、敵の集団も同じく俺達を追従する形になる。

 

「助けてもらってすまないが、俺達はもう限界だ。町長を連れて逃げてくれ」


 兵士の数も10人に満たない程しか生き残れなかった。

 それなのに、せっかく助かったのに諦めるという男たち。


「おい、諦めるのかよ。俺は……俺は」

 

「お前は一人でこれだけ腕が立つんだ。ならわかるだろ? このまま俺達がいたらお前の足を引っ張ることになる。時には捨てないといけない命だってあるんだ。それが俺達だったってことだ。俺達が足止めする!! 町長は任せたぞ」


「おい! 待て!! 待てよーーーーーーーーーーーーー」


 男たちは町長をおいて戦場へと舞い戻っていく。


「俺は……俺はーーーーーーーーー」


 目の前で刺し違えていく男たちをみて涙を流していた。

 今しがた少し会話をしたに過ぎない者だとわかっているのに、涙を流さずにはいられなかった。



 

 あいつらの志を意思を無駄にはしたくない。

 俺も一度は自分の命を捨てても守りたいものがあると思ったが踏みとどまった。

 敵の群れに飛び込んだ奴らは選ぶことさえ許されないところまで追いつめられていた。


 託されたからには全うせざる負えない。

 もちろん放棄することだってできる。

 選べる選択肢がまだ俺にはある。


 次に俺の取った行動は実直なものだった。 

 

「町長さん、立てるか? おい、しっかりしろ! 呆けている場合じゃないんだよ!! あんたのせいで人が死んでるんだ、あんたはあいつらの為にも死なせるわけにはいかないんだよ!!」


 放心状態の町長の肩を揺らして、諭すがぶつぶつと呟くだけで心ここにあらずと言った風だ。


「こんなはずでは……私は何をしているんだ……何を……」


「しっかりしろ!! 前を見ろよ! 目の前で何が起こってるかもわからないのかよ……」


 心ここにあらずとはよく言ったものだ。まるで屍のようだ。

 これでは荷物以外の何物でもない。

 守りながらなんてとてもじゃないが満足に戦えない。

 

(あいつは守り抜いたんだよな……片腕をなくしてでもこいつを……)


「ライオット、ダタラ!! 撤退する。こっちに来てくれ」


 辺りを引っ掻き回していた二人を呼び戻す。

 こいつらだって疲弊しきっている、それでも人数は多いに越したことはない。

 

「町長を救い出せたんですね。他のみんなは……そうですか」


俺の表情を読み取ったのか詳しくは追及されることはなかった。 

仲間の生死に触れて悲しみに顔をしかめるライオットを見ているのはつらかった。

そんな空気を《《換えよう》》としたのは意外にもダタラだった。 


「町長は俺が担いでいく。あんたは戦うんだろ? 任せておけ、これくらいでしか役に立てないからな」


 ダタラは放心状態の町長を担ぐと何かが町長の鞄から落ちる。

 それは、宝石箱のようだ。

 先程聞いた話がきになり、宝石箱の蓋を開ける。


「なんだよこれ……」


 禍々しい瘴気を帯びたような何かの塊。これは石なのか問われると肯定は出来ない。

 手のひら大の塊の中に無数の蟲が蠢くように見え、奇怪な文字が浮かび上がっている。

 耳を澄ませば何やら念仏のような声まで聞こえてくる。


『我を殺せ我を殺せ我を殺せ我を殺せ我を殺せ』

 

 殺せと訴えかけるそれは耳に響かず魂に訴えかけるように語りかけてくる。

 耳をふさいだところで全く意味をなさない呪怨は、地獄に蠢く亡者の嘆きのように重なる。

 

 急に意識の根底から薄気味悪い何かが湧き出てくる感覚に襲われる。


(俺は負けるわけにはいかない)


『呪無効取得』


 さっきまでの悍ましい気配が俺の中からすっかり消失していた。

 危なかった。だが、寒気と共に周囲を見渡すと案の定危惧していたことが起きていた。


 嘆きを聞いたダタラの様子が突如豹変したのだ。

 恐怖におびえたかのように膝をついて動けなくなっている。

 ライオットも声を聞いてから、徐々に震えだす。


「おい、これをどうやって手に入れた!! 早く答えろ!!」


 俺は二人の急な変化を目の当たりにして、介抱するでもなく真っ先に町長へ掴みかかっていた。

 その発生源を絶たなければ救い出せない。

 発生源をつぶす前に可能な限り情報を取らなければ取り返しがつかなくなる。


「子供、老人、国王、母、息子……に見えた。今思えば誰だったのかわからない……わからない。誰に渡されたのか、手に入れた方法……わからない」


 どこかで聞いたことがある情報だ。

 屋敷を襲った連中の言い分に合致する。

 他生の齟齬など目を瞑っても構わないだろう、似たような事案がこうもはびこっていたのでは模倣犯だという線も捨てきれないが、模倣するならばソースがあるってことだ。


 キーワードが何かしらあればそこから探ればいいか。

 専門家に見せておきたかったが致し方がない。


「これを破壊すれば……可能な限り調べてからにしたかったが命には代えられない。砕けて無くなれよ!!」


 ありったけの力を込めたガルファールの振り下ろしによって、叩き割られる謎の塊。

 ばらばらになるとすぐに気化して消えてなくなる。

 まるで証拠を残さないように。


「私は、なぜあのような物をカイル殿へ……」

 

 町長は正気を取り戻したらしい。


「はぁはぁ、助かったぜ。あのままだったら死んでたな」


 ダタラは再び町長を担ぎ上げようとしたが、町長は「もう大丈夫。ありがとう」と自分の足で立ち上がる。


「あれは……呪いか……?」


 ライオットは呪いといった。

 また厄介ごとに首を突っ込んだと思うのと、師匠の下へとたどり着くまでに対処できるのであれば御の字だとも思った。


「呪術の施された石なのか、この塊そのものが呪いなのかはわからないがこれは呪いだ。呪詛の刻まれた石を町に持ち込もうとして捕まった盗賊が似たようなものを持っていた。去年の事だから覚えている。間違いない」


 呪いと天冥の軍勢、裏で糸を引く輩が繋がるのかは現状わかりかねる。

 まずは生き残ることに集中しなくてはいけない。

 

「話を聞きたいのはやまやまだが、敵は待ってはくれないようだ。石を破壊したのにこちらを追いかけてくるようだしな」


 もともと石があいつらの本体でもなければ関連性が見えないんだ。 

 一緒に消える道理はないよな。


「あれが原因じゃなかったのかよ!!」


 ダタラが悲痛な叫びをあげるが、言いたいことはわかる。

 俺だってあれさえどうにかすれば、漫画みたいにこいつらが突然霧散するようなイメージがあったからだ。

 だが、それどころかあいつらの行動が単調な物から洗練されたものへと変わる。


「いいから、俺についてこい!!」


 3人を連れてユイナとスペラの元へ急ぐ。

 俺の動きを逐一把握していたユイナはタイミングを見計らっていたようだ。

 思った通り、ユイナたちは防戦一方になっていたが俺の合図で速やかに行動する流れは作っていた。


「町長は救出した!! 撤退する!!」


 ユイナとスペラは魔法各自特異な魔法で守りを固めながら、俺の元へ走ってくる。

 陸上選手顔負けのスピードに俺は内心関心しつつも、後方に目を細める。

 この距離感。

 空間把握能力は前にもまして真価を発揮しているようだ。


「まずいな。このままじゃ数に蹂躙されるのは目に見えてる。小回りを活かしつつ西に向かって移動、そのまま山に逃げ込めば数に物を言わせた行軍なら巻けるかもしれない」


 障害物を利用すれば一度に撃破できる数も増すだろう。

 入り組んだ地形なら、なおさら一度に相手にする数も減って幾分かましになると踏んでいた。


「結構遠いけど、大丈夫かなぁ。穴も開いたままになってるし」


 ユイナのいう事が実は一番の問題だ。

 宙に開いた亀裂は未だに開いたままになっている。

 石の破壊によってなのか、増援が止んだのは幸いだが油断できる状態ではない。


「ローマル山にはモンスターがいるにゃ。挟み撃ちにあうかもしれないにゃ」


「想定はしているが、ここであれに巻き込まれるよりはまだましかと思ったが、やばいのか?」


「ドラゴンがいるにゃ……」


「行くも地獄引くも地獄か……。標高2000m級の山なら突っ切ることも最悪行けると思ったが、ここにきてドラゴンとなんてやりあう余裕はないぞ」


 どれほどの物かわからないがドラゴンが弱いと高を括るには些か早計である。


「アマト。魔法もこれ以上はつらいかな……。でも山ならマナを集めることができるかもしれないからここよりはまだましかもしれないよ」


「それより、アーニャこいつら誰にゃ?」

  

「憲兵のライオットと傭兵のダタラ。そういや、こいつらに名乗ってなかったな。俺はアマト・テンマだ。さっき話したハーフエルフのユイナと白虎人のスペラだ。とりあえずよろしくな」


 今更だが自己紹介を軽く済ませたのだった。

 以前、逃亡を続ける俺達に迫りくる天冥の軍勢。

 距離は50m程を常にキープしている。

 あまりゆっくりしているとあっという間に追い付かれるほど奴らは速い。

 

 遠方1km程先にモンスターがちらほらと集っているのが見える。

 まずい、元々いたモンスターが一帯から姿を消したと言ってもこの世から消え失せたわけではない。

 予想できたはずだ、しかし目の前にいないものを想定して行動するのは如何せん難しいものだ。


 このまま、では山にたどり着く前に挟撃される。

 何を選べばいいんだ。


(んっ!? 正面から何かがこちらに向かってくる。モンスターではないよな……人)


 正面のモンスターの群れが一掃された。

 それも一瞬のうちに。

 モンスターは200体にも満たなかったがそれでも跡形もなく粉々に消え去った。

 

「ここで出会ったのも何かの縁です。助太刀いたします」


 金髪黄眼の女性が俺達とすれ違い際に呟いた。


「あんたは何者なんだ!?」


 俺はただ者じゃないと直感で感じ取った。


「私は、聖刻創生の七星騎士団が十三席無限創造のラーティカ事、ラーティカ・ハイペリヲン。あなた達はこのまま走ってください」


 渡りに船と言わんばかりにその言葉を信じるには十分すぎる光景を目の当たりにした。

 ここは任せるのが最善だと思った。

 敵ならば今、このタイミングで出てくる必要はなかった。

 

 黙っていても俺達は挟撃にあい、運よく助かったところでぼろぼろになっていたのだから。

 しかし、どうしても偶然として片づけることは出来ない。 

 結果的に窮地を脱することに成功したとしても……。

 

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