第9話「猫耳少女~その装備はまずいんじゃ……」
朝日と共に目を覚ますと、夜中の出来事を思い出し恥ずかしくなった。
服を着させられて、挙句の果てに部屋まで連れてきてもらうなんて想像もしていなかった。
原因の全てが俺にあったとは思えないが、気まずいなぁ。
そんなことを思っていたら、布団の中に何かモフモフした手触りがある。
(猫でも紛れ込んだのかな。動物にはやたら好かれるんだよなぁ。モンスターには好かれないみたいだけどね)
こんな身近に癒しがあるなら、少しはきぶんがまぎれるかもしれない。
そっと布団をめくってみる。
足にしがみつくように丸まって寝ている猫耳少女の姿がそこにあった。
しかも服は何一つ身に着けていない。
辺りを見渡すと、昨日貸したコートが床に脱ぎ捨てられていた。
どうやら、癒しの空間から遥か彼方へと来てしまったようだ。
こんなところはユイナには見られるわけにはいかない。
そっと引きはがそうとして……。
トントン
扉が叩かれる音が聞こえる。
「アマト様、起きてらっしゃいますか。朝食のご準備ができております。準備ができましたらどうぞダイニングルームまでお越しくださいませ」
ラティが朝食に呼びに来たようだ。
「はーい。今すぐ行きますよー」
危ない危ない。
訂正、誰にも見られるわけにはいかない。
「おい、起きろ。監視されてたんじゃなかったのかよ。何でここにいるんだよ!! それより良く知らないところにきて平然としてられるな」
「んにゃー。勇者様の匂いがするにゃー。いい匂いだにゃー。まあ、成る様に成るにゃ」
どうやら、匂いを辿ってきたらしい。
犬は人間の一億倍、猫は十万倍の嗅覚っていうからなぁ。猫耳が生えた人間にしか見えないこの少女がどの程度の嗅覚があるのかは確かめようがないのだけれどね。
どんな場所でも怖気づかないのも猫ならわかる。やっぱり猫なのか。
いや、そうじゃない。
監視のミーシアと呼ばれていた、おっとり系少女はどうしたんだろう。
「ミーシアさん……監視の侍女がいたはずだが、良くここまでこれたな」
「ぐっすり寝てたにゃ。物音立てなかったら抜け出してこれたにゃ。ちょろいにゃ」
「いなくなったのが、ばれたら大騒ぎされそうだな。すぐに部屋に戻ってくれないか」
トントン
またノックをする音が聞こえてきた。
「アマト、入るね」
(入ってくるのかよ!!)
慌ててスペラ諸共、布団をかけなおす。
真っ白なワンピース姿のどこぞのお嬢様風な美少女が部屋に入ってくる。
薄めを開けて、心行くまで堪能させてもらった。
あくまでまだ寝ている定で。
「誰かと話している声が聞こえてきたから、もう起きてるかと思ったんだけど。気のせいだったみたいね。さっきラティさんが朝食の準備ができたって呼びに来てくれたんだけど、一緒に行こう」
ユイナはそういうと、掛け布団をゆっくりと持ち上げようとしたが、びくともしない。
スペラがしがみついているからだ。
俺は汗がダラダラと滝のように流れてくる。
案外昨日のことは見なかった振りをしてくれているのか、空気を読んでいるのか普段と変わらないように思う。
なおさらこの状況は非常にまずい。
毎度、必ずと言っていいほど新技が炸裂するからだ。
まだ半日とたっていないのに新技の餌食に何てなりたくはない。
「起きてるなら、早く行きましょ。夜中の事は私も確認を怠ったのだから、一方的に手を出すのはおかしいと思ってたの。もともと女子高だったからかな。男子との距離感ってわからなくて……。言い訳だよね。ごめんなさい」
本当に申し訳ないと思っているのだろう。
悲しそうにも困った顔にも見える。
いたたまれなくなって、返事をする。どうせ、寝たふりなんてこの美少女の前では意味をなさないのだから。
「こっちこそごめん。理由はどうあれ、見たわけだし……。俺だってどうしていいかわかんなくなってる。今もわからないわけだけど」
「私と一緒だね……。あれ、これって昨日アマトがあの子に貸してあげたコートだよね。どうしてここにあるの?」
どうして、このタイミングで話題を変える。それも最悪な方向に……。
「さ、さあ……。なんでだろ……。寝てたからわからなかったなぁ」
「そう」
「はい」
「聞くよ」
「本当に?」
「動けない状態なのを、ここに運んできたのは私。それは間違いないから」
そっと掛け布団を捲り上げると寝息を立てているスペラの姿があった。
「抜け出してきたのか、このありさまなわけで」
「悪い意味で予想を裏切らないね。服を着ていないのは昨日の今日だから理由も知っているし、気にはなるけど目を瞑るとして、このままというわけにはいかないでしょ」
「騒ぎになる前に連れて行った方がいいよな」
床に放り投げられていた俺のコートを拾って手渡された。
「はい、これ。とりあえず何も着ていないのは駄目。アマトのコートをとりあえず着せて連れて行きましょ」
「俺が連れて行くの!?」
「だって離れたくないんでしょ!?」
ユイナはスペラの方に視線を移して話を続ける。
「ばれてたのかにゃ。流石精霊様にゃ」
そういうと無理やり猫耳少女を引っぺがして、俺の手から奪ったコートを着せて抱きかかえるユイナ。
抱かれている本人と言えば冷や汗をだらだら流している。
案の定、寝たふりをしているのはばれていたみたいだ。
「ユイナで良いって、偉くも凄くもないんだから。むしろ、あんな化けものに一人で立ち向かっていたスペラの方が勇気があって凄いと思ったよ」
抱きかかえた猫耳少女を諭すように言う。
「そんなことないにゃ。ユイナ様は凄いにゃ。勇者様もたじたじになってるところを見てたにゃ。ちょっと怖かったけどにゃ」
結局、俺が連れていかなくてよくなった事にほっとしていた。
ユイナが両手を塞いだので、安全が確保された。ってのが最大の要因なのだが、それは言わない。
身体が軽くなった俺はベッドから起き上がり、ユイナに続いて廊下に出る。
すると、奥の部屋の前であたふたしている侍女が目についた。
それもそのはず、監視対象がいつの間にかいなくなっていたのだから慌てもするだろう。
こちらに気づいてどたばたと走ってくる侍女。鬼気迫るものを感じる。
「み、皆さん。大変なんです。私が!!」
髪もぼさぼさにして、涙を浮かべる侍女。
そうだろうね。役目を全うできなかったわけだから、怒られるだろうね。そうに違いない。
「大変なのはわかってるから、とりあえず落ち着いたらどうだ」
俺は両手で肩をがしっとつかみ、宥める。
そうしないと、次の瞬間には飛びついてきそうだったから。
「そうですね。って、な、な、な……。なんで!? どこにいたんですか!?」
おっとっと。
やっぱり、飛び掛かろうとした。
抑えていなかったら、勢いで二人ともふっとばされていたに違いない。
「俺の部屋に迷い込んできたみたいなんだ。これだけ広い屋敷ならその辺は仕方がないと思うけど」
「そうでしたか。なんとか怒られずに済みそうです……。あらためまして、この屋敷の専属医師のミーシア・アーノルトと申します。では、参りましょう」
医者だったのか。だから、監視兼手当もかねて彼女を付けたんだな。
すっかり元気を取り戻したのか、俺たちを先導して階段をおり昨日晩餐時に利用したへ部屋の扉を開く。
そこには出会った当初のラフな服装のカイルが席についており、その両脇にはゼスとラティが控えていた。
空気に緊張感がある。
それを察してかユイナは抱きかかえていたスペラを下す。
スペラも初めて見るカイルの素顔を見てより一層不安と恐怖に諤々と震えている。
「もう、顔を隠す必要はない。ロイドからは裏取りの報告を受けているのでな。スペラ・エンサよ。お前の母親の病はミーシアに治療をさせる。後にお前の母親及び妹はこの屋敷で面倒を見てやる。しかし、お前は禁忌を犯した。よって罰を与える」
「ニャマを助けてくれるのかにゃ!! ありがとうにゃ。それならもう思い残すことないにゃ……。死んでも……いいにゃ」
涙を流しながら、笑みを浮かべるスペラ。
「恐らく死ぬよりも辛いかもしれんな。スペラ・エンサには我が納める地より追放処分とする。アマトとユイナを支える従者として付き従うことを盟約とせよ」
床に崩れ落ちる猫耳少女は、希望に満ち足りていた。
勇者と精霊に憧れを抱いて育った少女は、今目の前に広がる光景に待ち焦がれていたに違いない。
母親も助かる目途が立ち、妹も母親と暮らせる場所が用意された。
「ありがとうございますにゃ。私、スペラ・エンサ。この命に代えてもお二人を守ってみせますにゃ」
その瞳は一切曇りなく夢と希望にあふれている。
子供のころから思い描いていた英雄の冒険譚。
しかし、これから起こることは全く新しい物語。
この瞬間、その一説に名を示す者がまた一人、生まれた。
仰々しい盟約など早急に済ませると、昨晩同様食事の為に席に着いた。
恐らく食事の前にスペラの事を先に伝える用意があったのだろう、食事は席に着いてから程なくして運ばれてきた。
その時、食事の様子を見て安心している料理長のザックスに美味しかったと一言伝えておいた。
昔、家族でホテルのレストランで食事をしていた時、ソムリエに言って父に笑われたのを思い出した。
もう、あのころには戻れない。
この世界では昔の経験も知識もどの程度役に立つのか未知数、ただどこの国や世界でも褒められて嫌な人なんていないとそう思っている。
「そう言ってもらえるのが何よりの褒美です。調理人冥利に尽きますよ。さらに満足いただけるように精進致しますのでまた召し上がってください」
「うまいにゃー。こんなにうまい飯は初めてなのにゃ!!」
貪り食べるスペラは食事のマナーとしては程遠いが、本当に満足している様子だ。
これから先、旅をするならば当分、まともな食事はできないだろうし味わっておかないとな。
食後のデザートは多色のアイスクリームにフルーツが混ぜてある。
イタリアのスプモーネのようだ。日本ではあまり馴染みがないけどね。
存分に味わっているのは俺だけではないようだった。スペラなんて皿までなめまわしている。
「「ごちそうさまでした」」
俺とユイナは自然に口にしていた。
「ごちそうさま? ってにゃんて意味かにゃ?聞いたことないにゃ」
聴いていたスペラはなんだか不思議そうな顔をしている。まるで呪文を呟くように聞いてくる。
「あー俺たちの国ではな、命に感謝して食するからいただきます。食事を作る為に走りまわった、とは言わなくとも手間暇かけてるわけだからその労いの言葉だな。国や宗教によっても違うだろうけど、気持ちを伝える手段ってわけだ」
「わかったにゃ!! 美味しい飯をごちそうさまにゃ」
犬歯をむき出しに満面の笑顔で叫ぶ。
俺はそこまで大きな声を出さなくてもいいんだ、と一言呟いた。
素直な奴だよな。それに中学生くらいの年齢のせいか特に違和感のようなものは感じない。
「ラティ、頼んでおいたものは出来ているか」
「レオナより準備ができていると聞いております」
「準備は任せる。そのまま出すわけにもいかんからな。武器も何か見繕ってやれ。準備が終わったらライラ村へ向かえ。ラティとミーシアお前たちは村まで同行し、エンサ親子を連れてこい」
「かしこまりました。スペラ様、どうぞこちらへお越しください」
スペラはラティに連れられて部屋を後にする。
そのまま後について、特に急ぐでもなく二階に上がる。
俺とユイナも割り当てられた自室へと戻り、着慣れてきた装備へと袖を通す。
ラティからさっきまで着ていた服は『どうぞそのままお使いください』と言ってもらったので畳んで鞄にいれた。
正直、装備は生きているからなのか自然に浄化、洗浄を行いいつも清潔な状態に保っているのはありがたい。
しかし、スペラに合った時の反応然り良くも悪くも目立つ。
隠密行動の必要に迫られたときに、不味いし初期装備のパジャマは異質過ぎる。
無論、パジャマ姿でうろつける場所など元の世界でもなかったわけだが。
部屋から出ると既にユイナが部屋の前で待っていた。
相変わらず準備が物凄く早い。
どうしてそんなに早いのか気にはなるが、覗くわけにもいかないので忘れることにした。
「荷物が増えると、戦闘になった時に困るんだけどどうしようもないんだよね。ゲームとかなら、アイテムは99個までは一つとして鞄に入れておけたりするし。99個しか入らないのかよとか思ってたけど、実際はそんだけ入れば贅沢ってもんなんだよな」
意味のない愚痴を呟いていた。不味かったかなとちょっと後悔。
持ち物は多い方が何かと便利で、いざという時に役立つと思う一方。
土壇場での窮地を荷物のせいで招くことになるのも本末転倒ときたもんだ。
「そうだね。修学旅行の時に重たいバッグを持って行った記憶があるけど、町を廻るときは小さい鞄に持ち替えて、ホテルに荷物は預けていたしね。重たいのは我慢すればいいけど、戦う相手は荷物の事なんて考慮してくれないから、不利になるし困るね」
どうやら、ユイナも荷物が増えることに懸念を抱いていたらしい。
おしゃれに気を遣う女子なら服も増えそうだし、化粧品とか、へやーアイロンはないか。まあいろいろ嵩張るはず。
しかし、服を嵩張るほど持ち運ぶとは思えない。ユイナはなんだかんだで結構合理的な性格をしてるし。
どっちにしろ、武器は嵩張る。早めに考えないといけないな。
「おいおい考えていくとして、ライラ村ってスペラのお母さんと妹がいるんだよな。話の流れで一緒に行くことになったけど、家族離れ離れになるのは良くないような気がするんだけど、どう思う?」
俺は偽善者のようだと思いながらも口に出さずにいられなかった。
昔は十代で成人することなど当たり前だったと歴史の授業で習った。
いわゆる元服と呼ばれ12歳で既に嫁ぐことすらあったと聞く。
今も国によっては成人の定義は違う。わかりやすい例だと飲酒制限などがそれにあたる。
「私も、生きているならずっと傍で暮らすのもいいと思うけど、それが正しいってことではないと思うなぁ。それは私の主観でのことだしね。私もアマトも結果として親許を離れているわけでしょ。理由なんて結局は後付けだと思うよ。」
「スペラが親許を離れるきっかけが今この時だった……」
後にも先にも今この時という選択の機会はない。それを俺がどうこうしようというのがそもそも傲慢なんだ。
スペラの選択を認めて信じてやるのが、俺の選択だ。
「先生もアマトも言ったよね。責任があるって。スペラの命を救ったのはアマトなのだからその命に責任を持たないといけないって。でも、アマト一人に重荷は背負わせないよ。私も持てるだけ背負ってあげるから」
ユイナに優しく頭をなでられた。
自分より長い時を過ごしてきたからか経験の差か、見かけによらず大人びている。
「救急車を呼べばそれで終わりだと思っていたのに……。まあ、成る様にしかならないか。ごめん、迷惑をかける」
「ごめんじゃないでしょ。ありがとう」
「ありがとう」
肩の荷が下りた気がした。
もう何度も下ろしてるんだけどね。
奥の扉が開くと、ラティとレオナに連れられてスペラが姿を現す。
セパレートの青い水着にしか見えない身体の線がはっきり出る服装で、おへそも出している。
胸も真っ平で色気というものからは程遠いのだが、これをステータスと言っているを聞いたことがあるので周囲には目を配る必要がありそうな気がする。
とにかく体を隠す面積が少なく、動きやすさに極限まで特化したようだ。
武器はショルダーホルスターの両対にナイフを装備している。
「ユイナ様、アマト様、あらためまして、レオナ・ピッケンハーゲンといいます。まだ見習いですが、お洋服の仕立てに関しては王都の仕立て屋にも劣らないと自負しております。どうか安心してお召しになってください」
ラティとはまた違ったお姉さんタイプの女性、橙色の長い髪を三つ編みにし、眼鏡をかけた整った顔立ち。背丈もユイナと同じ位なので俺よりはやや低い。
そして何より、この世界にきて初めて眼鏡を見た。
「眼鏡……」
「何か変ですか?」
おっと危ない、口から出ていたようだ。
「眼鏡、初めて見たんで」
「あー、これですか。私が作ったんですよ。視力があまりよくないのでこれがないと困るんです」
自作できるのか眼鏡って。せいぜい夏の自由研究で天体望遠鏡モドキしか作ったことないよ。
視力となると、適した度でなければいけないのだからとりあえず拡大するだけとはわけが違う。
「なんでも作れるんですね」
「なんでもは作れませんよ。なんとなく作れるような気がしたら試してみるんです。結果成功した物を使っているだけですよ」
さらっと言ってのけるがそれが難しいとは敢えて突っ込まない。
半裸のスペラはレオナから専用の深蒼のロングコートをかけてもらい旅支度は完成した。
機動力に特化した装備は、コートにこそ耐魔法、物理耐性があるがそれ以外は素肌も同然。
生きた装備ではないが、魔法無効、物理耐性、柔軟性に長けており刃物の貫通はないという。
「ルカウェンの糸を使って織りましたので、ありとあらゆる魔法の無効。それに傷一つ付けることはできません。さらに、風化、劣化、腐食することもないので管理のしやすいんですよ。ただ希少な為全身を覆うほどは確保できませんでした。上から何か着るように言ったのですが……」
レオナは困ったように、小首をかしげて言う。
「これでいいにゃ。何も着てないみたいで動きやすいにゃ」
羞恥心を全く感じていないのか、ロングコートをはためかせて飛び跳ねて見せる。
尻尾の付け根まで覆っていない為、尻尾の穴などないのも見ただけでわかる。
確かに動きやすいには違いがないが。
本人がこれでいいというのだからいいのだろう。
これから俺がこの猫耳少女を連れて旅をするわけだが、ロリコンとか思われないよな。
なんだか、どうでもいいことで悩む時間が増えてきた気がするな。
見つけたときには手ぶらだったはずだが、武器をも用意してもらったようだ。
「そのナイフもただのナイフではないんだろ?」
スペラは二本のナイフをホルスターから引き抜いて見せてくれた。
一本はどす黒く赤みを帯びた木製の刃渡り20cm程のナイフ。
ナイフと言ってもそのままでは斬ることなどできないだろう。刃も鋭くはなく触れたところで硬い木にしか感じられない。祈祷などで使われる法具のような印象を受ける。
一本は透き通るような水晶に似た黒刃の刃渡り25cm程のナイフ。
こちらは正真正銘切れ味を重視した刃がついており、触れてもいないのに切れてしまいそうなほど艶めかしく煌きを放っている。
「こちらは樹齢600年のリーミアから作られたナイフで『蘇芳』という名です。強度は鋼鉄にも勝るとも劣りませんが魔法、法術、精霊術などの増幅、定着に優れていますのでナイフに纏わせて使うのが一般的です。そして、これが真黒耀石を使って作られたナイフで『黒霊刀』といいます。黒耀石の一部が突然変異して強度を増したものを加工した物です。使い込むことで鋭さが増すという特異な性質があり、血を吸って切れ味が増すと昔から知られている為妖刀などと言われています」
「爪があれば、武器なんてなくてもいい気がするにゃ」
「武器の本質は攻撃する為だけではありません。身を守る為にも使えます。危険な武器を持つ物に対しては必要になると思いますよ」
レオナが不満を漏らすスペラを説得する。
「俺も、レオナがいう事に賛成だな。爪が強力だろうが俺のガルファールを砕けると思うか? 俺ならガルファールで叩き斬る自身がある。どうしても無理なものは無理なんだよ。それは昨日経験したからわかると思うけどな」
悔しそうに猫耳少女はうなだれていたが、納得したようだ。
ナイフをホルスターに収納する。
「アーニャが言うなら間違いないにゃ」
「あ~にゃ? ってなんだ?
「勇者様はアマト様だからアーニャって呼ぶにゃ。精霊様はユイナ様だからユーニャって呼ぶことにしたにゃ」
「可愛いかも……」
顔を薄らと桃色に染めるユイナを横目に、もう好きにしてくれという気持ちになった。
そう言えば一つ気になったことがあった。
「ルカウェンって何だ?」
ユイナが真っ先に答える。
アビリティの力はやはり健在のようだ。
「ルカウェンはこの世界で最も強靭な糸を出す、蜘蛛のことだよ。材質はアダマンティウムとナノバイオテクスの結合素材。伝説上の生き物と呼ばれるほど個体数が少なくて、見つけることが困難だって。生息地はジャルスマキナ深層だって」
昔、蜘蛛の糸に炭素を吹きかけて飛行機の落下も止められる強度がでたと世間で話題になったことがある。
それをルカウェンという蜘蛛は自分自身で創り出したのか。
なんとも逞しい生き物だ。
「そんな貴重な物、使って大丈夫なのか? 希少なのもわかるし値打も相当なものだと思うんだが」
「必要な時に必要な方が使ってこそ意味があるんですよ。その気になればまた取ってくると思いますし、いいんじゃないでしょうか」
レオナは楽観的に言っているがこの言い方だとカイルが取りに行くのだろう。
一様に準備も済んだので一階へと降りていく。
そこにはカイルと使用人の全員が見送りに来ていた。
「師匠何から何までお世話になりました。また会えるのを楽しみにしています」
「先生、お世話になりました。私も次に会う時には力をつけておきます」
「死ぬなよ」
カイルが言ったのは一言だけだったのに、確かに心に響く言葉だった。
「では、行きましょう。ユイナ様、アマト様、スペラ様」
俺はラティに続いて玄関を出ようとすると足を踏み出そうとして、カイルに肩をつかまれた。
「声を出すな。聞かれると不味い……お前がな。ほら行け」
一冊というには薄いが何やら本のようなものを渡された。
渡した本人というと、説明もせずに屋敷へと戻っていく。
(見られると俺がやばいの、どゆこと?)
中身を見ると料理のレシピ、それもカイルが書いたものと思われるものとザックスが書いたものがある。俺がカイルに出会ったばかりの時に何を考えていたのか見抜いていたわけである。
「これからもお世話になります、師匠。ザックスさん」
俺は聞こえないように呟いた。
レシピ通りに作れば、同じものができるのが世の理。
よく、漫画や小説ではレシピ通りといいつつゲテモノ料理を作る女の子が出てくるが、あれはあり得ない。
卵を茹でたらカレーになるくらいあり得ない。
「先生と何を話していたの?」
ビクッ
つい反射的に一歩下がっていた。
ユイナが声をかけてきたからだ。
「頑張れってさ」
「ふーん」
目を細めて覗き込んでくるユイナにぞっとする。
全てわかっていて、聞いてきたようで本当に怖い。
(何も悪いことはしていないのに、どうしてそんな目で見られないといけないんだよ)
慌ててラティの横まで駆け寄り、話しかける。
「ここから、ライラ村までどのくらいかかるんですか?」
「2時間もかからないと思います。モンスターも徘徊していますが、成熟しきる前に自警団が数を減らしているので、影響ほとんどありませんので」
「急ぐにゃ!! 急ぐにゃ!!」
今にも飛び出していきそうになるスペラを羽交い絞めするユイナ。
ミーシアは殿に陣取り周囲の警戒に注視している。
両手にロッドを持つスタイルのようだ。
ラティもミーシアもメイド服姿なのだが、よく見ると屋敷内よりもスカートの丈も短く小手等の軽装を纏っている。
「ラティ達の服装ってもしかしたら戦闘に備えての物だったりするんですか?」
「その通りです。レオナがルカウェンの糸で繕ったものです。外出時は何があるかわかりませんので、屋敷の者には一着用意があるんですよ。少し、彼女の趣味が入っているのは致し方がありませんが、彼女が屋敷に来る前と比べて被害は少なくなりました」
袖のあたりをつまみラティは話してくれた。
全体的に薄手の生地が風に良く靡く為、視線を少し下方へ泳がせ、戸惑いの表情を見せる。
「可愛いですよね。私も着てみたいなぁ」
ユイナはラティの衣装に目を輝かせている。
反対にスペラは全く興味を示すこともなく、上の空。
女の子はみんな服に興味があるのかと言えばそうでもないみたいだ。
当たり前のことだが、男は女はなんて考えはこそ世界では通用しない。
身体の構造が違う以上できることとできないこと、有利不利が必ずある。
それを認識していないと、取り返しのつかないことになる。
「でもな、やっぱり自分の親くらいの歳で可愛い可愛いって言ってるのはなぁ」
《《殴られていたようだ》》
全く見えなかった。
何もないところから、幻影のような奇軌跡が今頃になって伸びる。
そして、胸を貫かれたような激痛。
痛みは感じるのに、触れてみても身体には何かされたような跡もない。
(そうか、これが答えだったんだ!! 俺は敢えて新技の発現を促すためにサンドバックもとい生贄になっていた……そんなわけないな)
よし、気づかぬうちに貫かれたような神速の弾丸。名付けて幻影弾。
在り来たりで、何ともオリジナリティにかけるけどたまにはいいかな。
「ど、どうしたにゃ!? 急に倒れたりして、気分でも悪いのかにゃ……」
ユイナの羽交い絞めを抜け出してきて、俺に肩を貸そうとするスペラに『大丈夫問題ない』と言って自分で立ち上がる。
《《みんな》》心配そうな視線を送ってくる。
犯人はお前だとは言わない。巻いた種を回収しただけだし。
ライラ村の方角は東北東だと聞いた。首都アルティアには近づいているようでそうでもない。
そのまま北に向かえば首都に一直線。されど東に進むことにより、山を一つはさむことになる。
大きな山ではないにしろ、20km四方と言ったところで高さ1000m級と小高い山。
このまま進んだ際迂回することなく進むためには山を敢えて登らず、東から周り込むのが良いという事だ。
その際には別の街を経由する為、時間も要するが致し方がない。今は一刻を争う。目の前の命を捨て置くなど愚行。
木陰から人影が突然飛び出し俺たちの行く手を遮る。
その数3人。厳つい男、小太りの男、中肉中背でスキンヘッドの男といずれもガラの悪そうな雰囲気だ。
(ここはいつから世紀末になったんだよ)
そんなことを考えていると。
「「「お前はあの時のガキじゃねえかーーーー」」」
絶叫する男たちはそろって指さす先には猫耳少女がいるわけで。
厄介ごとを連れてくるのは招き猫とは言わないんだぜ。
先が思いやられる。一同がそう思ったに違いない。
だって俺は思ったんだから。