第8話「眠れる猫耳少女の行方」
森を抜けると広がるのは広がる草原に幾重にも重なりあうように断層が見え隠れする堆い丘。
日本でも地震が数度起こることにより、地盤が上下することがあるがそれに非常に似ている。
断層の壁面も数えられないほどの年月が過ぎ去ったのだろうか、草木が生い茂っている。
「夕焼けが綺麗だね。村から離れることがなかったから、ちょっと感動してるかも」
「まあ、どこの世界にいても綺麗なものは綺麗だしね。苦労の末に得られるものは一入ってところか。カメラがあれば撮りたいところだけど、ないんだよなぁ」
機会があればカメラを作りたい、子供のころ夏休みの自由研究で手作りカメラを作ったことがあった。
原理さえ分かっていれば割と簡単に作れる。
「アマトなら、カメラの一つや二つ簡単に作っちゃいそう。そういうの得意でしょ?」
「まあ、できなくはないかな。デジタルは流石に無理だけど」
「普通はアナログであっても作れないと思うけど。それより、村から出たことがないかこの世界のことがあんまりわからないんだけど。もしかしたら、ロボットとまではいかなくても機械みたいなのってあったりするんじゃないかな」
何とも興味の湧いてくることを言うユイナ。
表情は何ともなげやりというか、期待はしていないように見える。
俺の母親はパソコンは愚か携帯からテレビまで、機械製品がまるで使えない。
むしろ敵視しているくらいだった。
そう、まさにそんな顔をしている。
「あれば便利だと思うけどね。ユイナは機械とか苦手というよりも嫌いなんじゃないか?」
「携帯くらいは使えてたけど、パソコンは触りもしなかったね。気が付くとキーボードがぼろぼろになってるの。なんか精密機器っていうのかな!? 優しく触れないと壊れちゃうっていうところが駄目」
何が駄目なのか理解するのに……。理解できなかった。
もともと、馬鹿力だったんだろうこの娘は。
だから、魔法で攻撃するより物理で殴ったほうが強かったりするんだ。
「そうだね、機械は柔らかいからね」
棒読み口調で煽る俺。
(さて、どう出るユイナよ)
「アマトもそう思う!! みんなわかってくれなくて、私がおかしいのかと思ってたの。やっぱり機械はもっと丈夫に作ってくれなきゃ駄目よね!!」
満面の笑みを向ける少女は夕日に照らされて、神々しいまでに輝いていた。
この犠牲が、幾度となく破壊されたであろう現代文明の上に成り立つお思うと、感慨深い。
「兎にも角にもまた一つ目的が増えたな。なければ作ればいいし、魔法が使えるならば製造機器をそろえる手間がない分ショートカットが可能なはず。発想さえ持っていれば誰かが先に何か発明しているとも考えらえる。科学者を仲間にするのもいいかもしれない」
「科学者っていうと、おじいちゃんなイメージがあるなぁ。一緒に旅をするのは大変なんじゃないかな!?」
「ここは異世界だから、歳イコール知識とは限らないんじゃない!? 師匠ほどになれば知識、強さ、年齢が比例するのはわかるけど、いろんな種族があるわけだしさ」
「それもそうね。なんだかんだ私も、人間やめちゃったことでいろいろ便利に生きてるわけだし」
遠い目をするユイナに、言葉を詰まらせる。
まだ、出会って一日しかたっていないのにもうすべて吹っ切れと言う方が無理がある。
「俺が元の世界へ帰す……」
「ごめんなさい……。アマトも辛いのに……」
「あと少しで、我が屋敷が見えてくる。日が沈めば夜行性のモンスターが活発になるそれまでには辿り着かねばならん」
カイルが俺たちの話に割って入る。
辺りは薄暗くなりつつある。
断層の壁の隙間は馬車の行き来することができる程度の幅があり、狭い印象は左程感じられない。
斜面を緩やかに歩行することができる道を選びながら、進んでいく。
幾度と繰り返してきた先頭により、疲労も限界を超えていたため無理に段差や急勾配を進むことは敢えてしない。
ようやく屋敷のシルエットが望む高台に差し掛かった。
遠目に見ても立派な屋敷だとわかる程、村の民家とはかけ離れた豪華な佇まい。
敢えて屋敷の存在感を発することにより、威厳を保ち周囲の牽制を行ってるのだろう。
残り300m程といったところで、周囲は完全に柵と塀の二段構えで覆われ魔物除けの鈴が当りにぶら下がっている。
村では主に魔物のみを対象にしていたのに対して、屋敷を囲む段差や塀は対人を想定しているかのような作りをしている。
入り口は正面の門に有る為、壁沿いに北に回り込まねばならない。
屋敷の入り口が、村のある方角では森を向いているのも領主の屋敷としての構えなのだろう。
門の前には呼び鈴が設置されており、鳴らすとすぐに壮年の執事と若く麗しい侍女が出迎えてくれる。
「旦那様お帰りなさいませ。姫様、御客様ようこそいらっしゃいました。食事の用意ができております。どうぞこちらへ。屋敷の方へ案内させていただきます」
壮年の執事は会釈をすると、俺たちのリュックを「お預かりいたします」と一言添え、高級ホテルのサービスを受けているかのような対応をする。
侍女はというと、カイルからスペラを預かると易々と抱きかかえる。
門からは庭園が広がり、中央には噴水が神秘的に光り輝く清水を吹きあげている。
その光景はまるでライトアップされたイルミネーションのように見える。
敷地の外に向かうように傾斜が有る為、2m近い壁が周囲を囲んでいるにも関わらず、外界を見渡すことができる。
外部からは、入り組んだ断層により内部が見渡せず屋敷からは周囲の状況が逐一見渡すことができるという籠城に適した作りになっているようだ。
不思議な造形美の植え込みが辺りに、点在して飽きさせない。
ドラゴン、猫、犬、鳥、巨人、亀など様々なシルエットを横目に屋敷の玄関に差し掛かる。
内側から、開かれる扉の奥には二人の侍女、調理服に身を包んだ青年、小ぶりだが逞しい体つきの中年の男が出迎えてくれた。
皆深くお辞儀をした格好で左右に二人ずつ並んで立っている。
玄関ホールは広々と開けている為、思っていたほどインパクトにはかけている。
この広さなら100人くらいは優に、入ることができるだろう。
それだけいれば、窮屈だとは思うがいざとなれば駆け込むことができそうだ。
「ラティ。その娘には聞かなければならぬことがある。逃げられるわけにもいかぬのでな、ミーシアにでも監視するように言っておいてくれ。扱いに関しては客人としてで構わん」
最後にカイルは一言添えた。
「かしこまりました。丁重にご奉仕させていただきます」
ラティと呼ばれた侍女はメイド服に茶色のポニーテールで整った顔つきで身長は俺と変わらない。落ち着いた年上のお姉さんと言った感じだ。
一礼すると、猫耳の少女を抱きかかえ二階へ伸びる階段を上っていく。
「ゼス。留守中はご苦労であった。早急で悪いが何があったか報告せよ」
ゼスというのは壮年の執事の事だ。ラティと同じく茶色の髪に髪を後ろでに一つに縛っている。背も2m程もあろうか、服を着ていても肉体の張りは隠せぬほどで、逞しさが見え隠れする。
「旦那様の目はごまかせませんな。皆さま、あちらに食事の用意ができておりますので、まずはお済ませになってください。食後にデザートを用意させますので、その時にでもデザートを肴にしながらでもよろしいかと」
「早く話せというのにお前は相変わらずマイペースな奴だ……。よかろう、あまり無理はするなよ」
「いつの間にか旦那様よりも私の方が年老いてしまいましたからな。ラティことが心残りですが、その時は頼みますよ」
「主に面倒事を残す程偉くなったのか? 我の許しを得ぬまま死ぬことはまかりならんぞ」
相変わらず、鎧を脱ぎもせずに言うカイルだが、哀愁を感じる。
端から見ていれば主と従者という関係以上のが感じられる。
それも、相当に長い付き合いがあるのだと会話からの推測できる。
「さあ、こちらへどうぞ」
案内された部屋は貴族の邸宅の食卓を彷彿させる空間が広がっていた。
今まで縁もゆかりもなかった為、目の前の光景が以外にもこの世界で一番脅かされることになった。
それは元の世界と異世界両方の境目があやふやであるからこそ。
そして、先程のコック、専属の料理長で名前はザックスというらしい。
料理スタッフは彼ひとりで一定の間隔で料理を運んでくる。
(なるほど、一度に持ってこないところがリッチだ」
そんなことを思いつつ、極上の料理に舌鼓を打つ。
最上級の食事に皆満足し、食べ終えデザートが運ばれてくる。
今まで別室で食事をしていたであろう、ゼスとラティが姿を見せる。
これから、留守中に起きた出来事が語られる。
猫耳少女が奇しくもあの場所にいた事も……。
デザートとして出されたのはフルーツタルトであった。
こちらの世界でも手の込んだ洋菓子が食べられるのだと感心しつつも、今起きていることが気になっていた。
「本日はお越しいただきまして誠にありがとうございます。私はゼス・デュノアと申します。この屋敷で執事をしております。隣におりますのは私の孫娘のラティ・デュノアと申します。皆様にも関係のある話になるかと思いますのでこのまま進めさせていただきます」
「ああ、構わん。長い付き合いになるだろうからな。ユイナはともかくアマトのことは紹介しておこうか。前に異世界より召喚される者の話をしたのを覚えているか。それがここにいる、アマト・テンマだ」
「アマトと呼んでください。よろしくお願いします」
「アマト様でございますね。かしこまりました。あらためましてよろしくお願い申し上げます」
「ゼスさん、ラティさん。小さかった時にお会いした時以来ですね」
「ユフィーナリア様、お綺麗になられましたな。幼いころはかわいらしいお人形のようだったのを昨日のように思い出します」
「前にお会いした時のようにユイナとして、接してください」
「ユイナ様もお困りになっておりますわ。おじい様の年寄りのような長々とした感想など聞いていて呆れてしまいます。さっさと本題を進めてください。朝になってしまいますわ」
ラティは三角眼で鋭くにらみを利かせて言い放つ。
「ラティを見ていると昔のゼスを思い出すな。これ以上怒らせると後が怖いからな。どうせまた、怒らせるようなことをしたんだろ?」
カイルは自分専用の椅子に楽な姿勢で腰をかけている。
鎧の重さに耐える椅子は今まで見た事のない程、立派なな作りになっていた。
玉座というには装飾等は華美ではないが、庶民が腰を据えるには憚られる程異質な気品は備えている。
「普段から近隣の村に、盗賊の類が襲撃を繰り返していたのですが、各村に憲兵を派遣、駐在させ撃退することに成功しました。それから、ここ一月の間に屋敷と奥の森を狙うことにしたようです。旦那様が不在なのをどこで知ったのか、今朝方襲撃をかけてきたのです。屋敷を狙った賊はラティが捕縛し、情報を聞き出しましたが、末端の下請けに過ぎなかったようで何も聞き出せなかったようです」
「捕縛した賊はどうなった!?」
カイルがラティへ視線を移す。
「処分いたしました。生かしておけるほど、屋敷の人員にも足りておりませんので」
侍女はさも当たり前のように応える。
ここまではっきりと言われると、それが正しいように思ってしまいがちだが賊というのも人の命だと思えば違和感を覚える。
ユイナも、村から出ることなく過ごしてきたのもあり人を人とも思っていないような言動に動揺が見られる。
自然に場の空気が重くなった気がした。
それを断ち切るようにジルが続ける。
「森に向かった賊は私の方で、相手をさせていただきました。先程の少女は賊をおとりに使って森に駆け出して行ったのですが、あのまま行かせても何か《《特別》》な事が起きない限り助かることはないと思い放置いたしました。まあ、賊の方も目の前で徐々に人の形を成さなくなる仲間を見て怖気づいて逃げる者は捨て置きましたが……」
「おじい様は甘すぎますわ。その気になれば虫の一匹も見逃すはずもありませんもの。あの娘に情でも湧いたのでしょうに。それはともかく、賊を見逃すのは納得いく説明がほしいですわ」
「それはもう良い。どうせ、考えあっての事だろう。我が誰を連れてくるか知った上で行った事なのだから、ラティも大人になればわかるようになる」
「おじい様の考えることなどわかりませんわ。旦那様も私はもう齢25になります。子ども扱いは結構ですわ」
「お前たちはいつまでたっても子供だ。無論、ゼスもな」
「父上……」
ゼスは涙を薄ら浮かべて呟いた。
カイルの素顔を見たことがあれば、目の前の壮年の《《人間》》の執事が実の子供だとは思わないだろう。
しかし、フルフェイスで顔が見えない今なら実の親子にも見える。
最初から、一使用人としての態度ではなかった。
必要最低限の礼儀はあるが、屋敷では皆家族に見えたのだ。
先程ラティは、人手が足りてないと言っていたが、信用にたる人間だけでこの集団は構成されているのだと思う。
だからどうしても、人手が確保しずらくなってしまう。
「下請けと言ったな。なれば、元締めがいるという事だが検討はついているのか」
「ロイドが探っていますが、まだ連絡はありません。賊は元々抵抗できぬ者を襲う事しかできぬ烏合の衆。いいように扱われていただけに過ぎないでしょう。設け話を持ち掛けてきたという者も、三者三様の返答が帰ってきた時には不気味さは感じましたがそれ以上はわかりませんでした」
「どういうことか詳しく話してくれ」
ラティは奥歯に何かが挟まっているかのような、不快感を抱きつつ応える。
明らかに怒りが滲みだしているのが、うかがい知れる。
どうやら、思ったことがそのまま表情に出る性格のようだ。
それは侍女を職業にするにはまずいと思うのだが。
「自らの命がかかっているのだから、嘘を付ける状況ではなかったはずなのです……。奇妙なことに聞いたもの者によって子供から老人、性別までばらばら、最後にはドワーフにエルフと種族さえもまちまちに答える始末。奇妙なのはこれらが同じ場所で、他のメンバーが揃っている場所に一人で現れたと言っていることです」
見かけ通りの人物ではないことは明白。そして仮面などで隠していたわけではないから、その時は誰一人として不自然に思うこともなかったのだろう。
これは厄介だと思った。
欺くことに特化した能力も、それを上回る観察眼の前では無力。
それを下請けの賊を通すことで、攪乱し情報を錯綜させる。
「引き続き、情報収集を継続して行うように伝達は任せる。それと明日アマトたちとミーシアを連れてライラ村へ行ってもらう。詳しいことは後で我から伝える。お前たちは今日はゆっくり休め。明日からは本当の意味で試練が待っているのだからな」
「かしこまりました。カイル様。報告すべき事案は以上になります。皆様を各部屋に案内させていただきます。どうぞこちらへ」
「おやすみなさい、先生」
「おやすみ、師匠」
本当は礼の一言でも言おうと思ったが、あまりにも助けられてばかりで一言で片づけてしまうのを躊躇ううちにとうとう言い出せなかった。
ラティに従い、皆玄関ホールへと向かう。
「私はこれにて失礼いたします。旦那様もあまり無理をなさいませんように」
ゼスもカイルと共に左右ついになる階段の右方向へ上がっていく。
俺とユイナは左方向へ上がっていく。
抜けになっているのは二階までのようだ。三階から上はフロアごとに遮蔽されている。
二階の客室に案内される。
流石に俺とユイナは別々の部屋を割り振られた。
「浴槽は各部屋ごとにありますのでどうぞご自由にお使いくださいませ。大浴槽は一階階段を下りて二つ目の扉になります。そちらも併せてご利用ください」
気が向いたら行ってみるかな。
広いお風呂は好きだし、温泉旅行を味わうのも一興だよね。
「ありがとうございます。夕食美味しかったです。ザックスさんにもよろしく言っておいてください」
「確かにうまかった。流石専属料理長……。俺からもよろしくって言っておいてください」
よろしくって言ってもらってはおかしい気もするが言ってしまったものはしょうがない。
いま一瞬ラティが笑ったような気がした。
笑うと結構ぐっとくる。
年上も悪くないかな。
「アマト、またいつもの病気が始まったみたいね」
俺そんなに顔に出るのかな。
ちょっと心配になってきた。
これ以上ぼろが出ないうちにそそくさと部屋に逃げ込んだのだった。
もう少しゆっくりしていれば聞き逃すことはなかったんだけどね。
「あっ、大浴場の時間について言ってなかった……。まあいっか」
祖父ゼスに似て孫娘のラティもやはりマイペースだった。
部屋は結構広い、強いて言うならば二十畳くらい。
十畳の1LDKに住んでた俺にとっては、驚愕だった。
だってそうだろ。明らかに俺の住居よりも客間の方が広いなんて、惨めだし。
ベッドもダブルベッドなのだろうか、やたら大きい。
ダブルもシングルも見分け何てつかないけどね。
見比べた事なんてないから。
ベッド上に畳まれた服が置かれていた。
ホテルではバスローブ、旅館だと浴衣が部屋に用意されていたけど。
さっそく広げてみると、良質な手触りの上下カジュアルな服だった。
普段着ているライダースーツで尚且つ生きている装備のような密着性も一体化もなく、いたってシンプルでゆったりしたん感じはかえって新鮮だ。
室内にある扉の一つを開けばバスルームがある。
バスタブは浴室におかれていると言っていい。
西洋風の曲線を描く造形美が、周囲にマッチしている。
しかし、温泉大国日本出身の身の上である俺は一階にある大浴場に行きたくてうずうずしていた。
だが、待つんだ。
ここで何も考えずに大浴場へ行く。
すると、俺と同郷のユイナならすぐに向かうはず。
(ここは一眠りしてから、行こう!! そうしよう!!)
ベッドにうつ伏せに倒れ込むと明かりを消す。
一人でゆっくりするのも久しぶりな気がする。
昨晩は昨晩で良かったけど、これはこれでいいね。
だんだん眠気が襲ってきた。一眠りしよう……。
「おわっ!!」
寝すぎたか、今何時だ。
深夜1時半を過ぎたところだ。ちなみにこの世界に来てから3日目に突入した。
あっという間の二日間だった。
(もう流石に、皆眠っているだろうなぁ。起こさないように静かに下りないと……)
ドアを開ければ、窓からは月明かりが差し込み廊下は部屋と部屋の間に淡く光り輝く宝石が埋め込まれている。
どういう原理で光っているのか気になるが、まあ今はどうでもいい。
どうせ、大した原理でもないだろう。魔法がある世界ならなんでもありだしね。
一階に降りて、迷うことなく言われたドアを開くと客間の半分ほどの脱衣所があり、奥には浴室があるのだろう木製の扉が閉まっていている。
服を脱ぎ手近な籠に入れ棚へとしまう。
浴室への扉を開く。
「おお、広い!! これは温泉だよ! 温泉!!」
客室の倍ほどもある、浴室には客室同様のサイズの浴槽があり中央にはドラゴンのような石造が口から温泉を吐き出している。
某国のなんちゃらライオンみたいな感じでゲロゲロという感じじゃなく、炎を吹くかのように盛大に噴射している。
かけ湯をしてみれば温度も少々熱めで滑らかな肌触りに、心躍る。
ドラゴンの石造をの隣に陣取り、天井を見上げる。そこ吹き抜けになっており夜空の星が煌いていた。 浴場は屋敷の外側へ隣接する作りになっていたようだ。
実に凝った作りになっていると感心しつつ、肩まで湯船につかり疲れを癒す。
これだけ広い温泉を独り占めできることに、満足していると唐突に扉が開かれる。
予想していなかったわけではない。
もしかしたら、屋敷の誰かが入ってくるかなとは思っていた。
でも、ラティさんは勧めてくれたのだから入ってくるとしたら主である師匠位かななどと高を括っていた。
人影は徐々に近づいてくる。
大丈夫、師匠以外なら近寄ってこないはず。
「まじか……」
思わず、口から出た言葉はお隣さんが消してくれたらしい。
一糸纏わぬ姿のユイナがかけ湯をし「ちょっと、熱いなぁ」なんて言いながら湯船につかってこちらに近づいてくるところだった。
なぜ、気づかれなったかはお隣さんがもくもくさせながら、必死にお湯を吐き続けてくれているからだ。
咄嗟にお隣さんが広い背中で匿ってくれたのもポイントが高い。
見つかったら、殺される。
それにしても、下着姿を目撃したと思えば三日目にしてもうその先に進んでしまうとはなかなか良いペースじゃないか。
何が良いのかわからないけどね。
あくまで偶発的だから、感動も一入であって故意に覗く奴なんてけしからん。
やばい、興奮しすぎたのかな。
のぼせてきたみたいだ。
(ユイナは長風呂だなぁ……。早く出ないかなぁ)
ユイナはようやく、浴槽から上がると体を洗い始めた。
これはチャンス。脱出するなら今しかない。
湯船に何か浮いている。これはリボンかな、どこかで見たような気がする。
拾い上げ湯船から上がる。
そう、これが俗にいうフラグというやつだ。
たいてい言ってはいけない台詞を言ったり、見てはいけないものを見たりする。
もうこの時点で逃げ道などなかったのだ。
居座れば倒れる。進めば見つかる。どっちもバッドエンド、これは運命。
頭を洗おうとして違和感に気づいたユイナは案の定、立ち上がり湯船に戻る。
「拾ってくれたんでしょ……。ありがとう。お礼に一発で許してあげる」
「こちらこそありがとうございます」
蹴り飛ばされ再び、湯船に逆戻りした。
(あれれ、おかしいなぁ。動けないぞ……。これはマジで死んだかも)
ぶくぶくと沈んで行く。
そして、おかしなことに気が付いた。
全身が冷たい、まるで凍り付いたように……否凍り付いていた。
(新技だ。触った相手を凍らせる蹴りか……名付けて絶対零度蹴り《オーバーヒートキック》いい仕事をしたぜ)
朦朧としている俺を慌てて湯船から引き揚げるユイナ。顔を真っ赤にしつつも脱衣場へと引きずっていく。
俺は恥ずかしいとも思わずされるがままになっていた。
実際救助される人間は、邪なことなど考えている余裕などないのだ。
「ちょっと、しっかりしてよ!! いくらなんでも浮いてこないからどうしたかと思えば、まさか責任を感じて死のうなんて思っていたんじゃないでしょうね!!」
そんなことは微塵も思っていなかったのだが、相当やばっかたみたいだ。
普段なら俺の考えてることをずばり言い当てるのに、今は的外れなことを言っている。
「服……着たら?」
「あなたもね!!」
ユイナは自分の服を着るよりも俺の服を探してきて無理やり着せてから、自分の服を着る。
そのまま、俺を背負って浴室を後にすると部屋のベッドに寝かせると、部屋を出る前に一言呟いた。
「私を一人にしないで」
小さく消え入りそうな声を、聞き逃すことはなかった。
ユイナの親は両方顕在なのに、どういう意味だろうか。
意味や理由から発した言葉なのだろうか。
乙女心などわからない俺には理解するには難解な問題だった。
いつかわかる日がくるのだろうか。
わからなくてもいいから、力にはなりたいなぁ。
眠気に任せて意識を閉ざす。
こうして、夜が更けっていく。