エルギスの夢
残酷な描写があります。
<暗黒界> あらゆる魔物や魔人を統べる頂点。魔神の本拠地。
日が昇らず、雲一つない空は星が見えないほどに闇が掛かる。どんなに遠くを見ても何もない大地は枯れ果てている。滅びたかつての文明の名残か、とても住めそうにない住宅がポツポツと立ち並んでいる。
そんな薄暗い闇が続く暗黒界に大量の足音が響く。
今まで人間が来たことはないところだが、その歩む足音にはいっぺんの迷いがなく突き進んでいる。先頭には三百もの集団を率いる一人の長と神が笑い歩んでいた。
「エルギス様ー、魔神が住む城はあともう少しだと思いますよー」
声の主は金髪碧眼まるで絵に描いたような美青年だ。だがその身体はどんな戦闘をしたらそうなるのか、いくつもの古傷が身体に刻まれている。無駄な筋肉をそぎ落とした身体は魔の者たちと戦いに特化したもの。辛く厳しい修業のはてに手にしたものだ。
非常に場違いな声を向ける先には一人の神が笑いながら嘆息する。
「リク。お前さんはなんでそう能天気なのじゃ。これから魔神と戦うんだぞ」
咎めるも、エルギスは自分たちが負けるとは一切も思ってない顔をしている。
<エルギスファミリー> アースガルド王国で一番の勢力を誇る冒険者ギルド。様々な依頼をこなし功績をあげているファミリーは国で大いにもてはやされた。
しかし肩書きを使って素行の悪い行いをするものはいなく、それがまた国民たちの人気につながっていた。
とある日、主神のエルギスとファミリーの長リクはアースガルド王国、国王サウサの王室にいた。
「すまないな。突然呼び足してしまって」
「いやいや、儂もリクもかまわんよ。で、いったい何があった?」
今までサウサが急に呼び出してくることなどなかった。つまりエルギスが知らないところで二人を呼ばないといけない何かが起こっているのだ。
いろいろと考えているエルギスに声がかかる。
「久しいな。エルギスよ」
「ゼウス!これはいったい何千年ぶりだ!」
いつの間にかサウサの隣にいるのはこの国の神である大神ゼウスであった。
「もうあと数年で国を立ち上げられるのではないか?」
「そんな…。儂らなどまだまだじゃよ」
様々なファミリーの神と眷属たちは皆新しく自分たちの国を作ろうと日々、ギルドと呼ばれる機関から依頼をこなし、報酬を貯めている。
このゼウスも昔、ファミリーからこのアースガルド王国を立ち上げたのだ。
「ゼウス…」
サウサが声をかける。その顔はどこか切羽詰まったような顔をしている。
「おぉ。すまんの」
やっと本題に入る。
「エルギス。最近魔神が人間界に侵攻しようとしとるらしい」
「魔神⁉︎」
ずっと耳を傾けていたリクも驚く。
「それは本当か、ゼウス?」
魔神といえば大昔、神界を追放され消えた存在。
何故、魔神が今頃……。
エルギスはゼウスの言葉が信じられなかった。
「信じられないかもしれないが本当だ。事実、我が国の調査団が以上なほどの魔物を発見している。きっと魔神の手の者だろう」
ゼウスの言葉をサウサがフォローする。
そのことが本当だとしよう。しかし…。
エルギスは疑問に思い二人に問う。
「何故儂らにそれを伝えるのじゃ?これは他のファミリーの神々にも伝えたのか?」
このような重要なことをどうしてエルギスのファミリーに言うのか。
ゼウスとサウサの意図が分からないでいた。
「こんな大事、他のファミリーにむやみに伝えて国民の噂にでもなってみろ。国は大混乱になり、機能しなくなる。」
理屈はわかるが何か手を打たないと取り返しのつかないことになるぞ。
そんな懸念の対策をゼウスはエルギスたちを見て述べる。
「だからお前たちエルギスファミリーに魔神討伐を依頼したい」
「な⁉︎」
エルギスは驚く。神界から追放されたとはいえ、魔神は多くの神々がやっとの事で追い出せた神。そんな相手に対し、いくら王国最強のファミリーとはいえ勝てるかどうか。
「もちろん他の一部のファミリーの眷属たちも召集する。お前たちだけに重荷を背負わせない。それに討伐できたならば、アースガルドからお前たちの国建設の資金を援助しよう」
ゼウスは報酬をつけてエルギスに言う。
確かに国を立てるのに援助は助かるが……。
エルギスはファミリーの安全を第一に考えている。ファミリーの主神として慎重に決断しないといけない。そんな横で報酬の条件を聞き興奮したようにリクが口を開く。
「エルギス様!やりましょうよ!」
「し、しかし…」
「大丈夫ですよ!魔神なんか僕らエルギスファミリーがいればチョチョイのチョイです!」
「またわけわからんことを」
自分の眷属ながら呆れてしまう。だが、リクといれば不思議とどうにかなると思ってしまうのがまた怖い。
「ふぅ……。よしわかった!その依頼しかと受け取ったわい!」
「おお!」
エルギスが依頼を受け、サウサの顔が綻ぶ。
「エルギス様!これで早くファミリーの国を立てれますね!」
「これこれ、気が早いわい」
「手はずは私の神大魔法で魔神がすむ暗黒界に転移させ、魔神の隙をつく」
こうして魔神討伐に集まったのは、総勢三百名。
エルギスファミリー全メンバー二百名と有力ファミリー二つから五十名ずつ。
これだけのメンツが揃えば魔神を討伐できる。
この時、エルギスは魔神を討伐し、国に戻ったらファミリー全員で宴をあげてすぐに国を立ち上げ、リクとファミリーの構成員たちと楽しく暮らすんだ。
自分にとって幸せな光景を思い浮かべていた。
ーーーーーーーーーーーーーーだが
エルギスが見ている光景は地獄絵図だった。
三百といた上級ランクの眷属たちは僅か数十名と数を減らしている。
残りの二百何十名は赤い肉片に変わっていた。
「どうなっとる……」
エルギスは呟く。
数分前、魔神に奇襲をしかようと城の前まで来た直後、突如後ろから悲鳴が上がった。
そこには、大小様々な魔物が後ろから襲いかかってきた。それを合図に城の門が開き、前からも魔物が迫ってくる。
「クッ、挟み撃ちか!全員戦闘態勢!」
そこからは血みどろの地獄となった。
魔物と眷属の乱戦。最初こそ応戦していたが、倒しても次から次へとわいてくる魔物。次第に数に押され、ついには数十名となってしまった。
「このままでは……エルギス様!あなただけでも逃げてください!」
「何を言っとる!」
リクの焦ってでた提案をエルギスは叱咤する。
エルギスを取り囲み守ろうとする眷属たち。
よく見ると全員エルギスファミリーの上級ランクの眷属たちだった。
周りの魔物たちはジリジリと詰めてくる。
だがエルギスには策があった。
リクの上級魔法の火力があれば、一時的にでも道が開ける。
そうリクに伝えようとした直前、その場にいる全員が凍りつく。
「おやまぁ、これは初めてのお客さんだ〜」
現れたのは180センチのリクより少し高く、痩せ型の男だった。東方の国の人と同じ特徴の黒目黒髪。だが顔は東方というより西方の人間と同じ顔をしていた。
黒髪は肩よりも長く垂らして、清潔感が感じられない。
ひょうきんな印象を持つが男の雰囲気はまるでドス黒いオーラのようなものを感じられた。
男は両手を広げておどけている。
「どうしたんだいみなさん。俺に何か用かい?」
どこまでもマイペースな男に向かってリクが叫ぶ。
「おい!お前は誰だ!」
「んー?俺かい。俺はガレル」
ガレルという男はニヤリと笑う。
「お前らの言うところの魔神だ」
瞬間リクがガレルに向かい、剣を抜き放つ。剣の補正がかかり、赤い紅蓮の炎を纏う。
ガキン!
金属音の音が響きわたる。
剣が直撃し、リクが勝利を確信する。
「……熱いなー」
「何⁉︎」
何百匹もの魔物を斬り刻んできたリクの剣はガレルの肩に数ミリも斬れてはいなかった。
ガレルが剣をつまむ。それだけでリクは万力に掴まれた重い感触を感じられた。
ガレルは剣を剥がすとリクに向かって拳をだす。
「グァァ!」
ガレルの拳を認識できずに吹っ飛ぶ。
「じ、次元が違うわい…」
神とは絶大な力を持ってはいるが神界でしか力は使えない。だから神は良くて中級の眷属と同等のはず。
ゼウスに依頼された時は気にしていなかったが。
エルギスからはガレルは異常そのものだった。
「クヒ、ウヒヒ」
「何がおかしい!」
素早く身を立て直したリクがガレルに剣を構える。
「だってお前ら。何も知らずに来たんだぜ?」
「?」
ガレルの言ってることがわからない。どういうことだ?
リクは自分の攻撃を受け止められたショックで頭が回らなかった。
「ハハ!だからお前らは嵌められたんだよ!ゼウスの野郎にな!」
ーーーーーーは?
これこそ本当にわからなかった。何故ゼウスが……。
ガレルの言葉にエルギスとリクの動きが止まると、
「うわぁーーーー!」
声の方では最後の眷属たちがなぶり殺しにされていた。
「お前ら!」
リクが魔物たちに向かい駆ける。しかしリクを止める声がはいる。
「馬鹿野郎!来るんじゃねぇ!」
その声は今まさに死にかけている眷属のものだった。
「お前がエルギス様を守らなくて誰が守るんだよ!」
リクの顔に緊張が走る。
このままガレルの相手をしていていいのだろうか。
その迷いの数瞬で眷属たちは魔物に飲み込まれていく。
「あ、あぁ……」
異形の魔物たちが眷属たちを惨殺していく。
爪で貫かれるもの。四肢を引き抜かれるもの。身体の一部を生きたまま食われるもの。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎」
そしてリクは哭き叫びながらその光景を見ていた。
「う〜ん。壮観だね〜」
ガレルは楽しそうに嗤う。
こいつ‼︎
リクは歯噛みした。調子に乗っていた訳ではないが、自分の安易な考えでファミリーを全滅させてしまったからだ。
今の俺ではこいつに何をやっても……。
リクの頭の中は今までのことが走馬灯のように駆け巡る。
いや!ある!こいつを倒せる魔法が!
しかしその魔法は死んだ仲間たちを裏切ることになるものだった。
「エルギス様!すぐに神大魔法で人間界にお逃げください!」
「ッ⁉︎何を言っとる!お前の攻撃は効かんかっただったろうが⁉︎」
「エルギス様。あなたに仕えさせてもらえてとても幸せでした」
な、何を言っとるんじゃ?
リクはエルギスの質問には答えず魔法の詠唱を始めた。
「燃え上がる内に宿りし灯火よ 我の呼び声に従い
魔の者を巻き込み 紅き炎で敵を燃し尽くせ!」
これは……。
「自爆魔法か‼︎」
ガレルが気づいたがもう遅かった。
「エクスプロージョン!!!」
リクが技名を言い終えた直後、あたりの魔物たちごとガレルは爆発に巻き込まれた。
「リクーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎」
「ーーーーーーっは!」
目を覚ますとそこはいつもの古いベッドの上だった。
「夢か……」
もう十数年前の夢。エルギスは今、この一軒家で養子の男の子と暮らしている。
「しかし、久しぶりにリクに会った……」
エルギスは久しぶりに会った昔の眷属たちのことを思い出し、悲しみと嬉しさが入り乱った顔をする。
「エルギス様〜〜〜!」
感傷に浸っていると息子が帰ってきた。金髪碧眼の美青年だったリクとは違い、この息子は黒目黒髪。同じ名前だがヒョロい身体はあのリクとは似ても似つかない。
家の中でも聞こえる大声は嬉しそうだ。
「ははっ!」
息子の元気な姿を見て、今日もエルギスは笑った。
たぶんいつもより長かったです。