笑顔
「あ…あ……」
俺は目の前の光景が信じられず口をパクパク開け閉めしていた。どう見ても70代ぐらいに見えるおじいさんがオーガを素手で吹っ飛ばしたからだ。
何なんだ?この人は?
「…大丈夫かい?」
「え?あ、はい」
俺の安否を心配してくれるおじいさん。
あ!まずはお礼を言わないと。
「あの、ありがーーー」
「グルァーーーーーーーーーー」
「ひっ」
嘘だろ⁉︎あんだけ吹っ飛んでまだ生きてんのかよ‼︎
いや、よく見ると口の端から血が流れ左腕はありえない方向を向いている。
「フン…タフじゃのぉ」
おじいさんは特に気にせずオーガを見る。対するオーガはゆっくりと近づきながらおじいさんを睨みつける。
「ほれ、チンタラ歩いてないでさっさと来んかい」
少し挑発するように言い放つおじいさん。
何言ってるんですか⁉︎死ぬかもしれないんですよ⁉︎ 俺にはおじいさんがオーガを挑発する意味がわからなかった。今俺が考えられるのはこの状況をどうやって回避するかだけだった。
「いや…どのみち死ぬか……」
自分の現状を思い出し諦める。
あの怪物の一撃をまともにくらったんだ。もしかしたら骨はめちゃくちゃになってるかもしれない。
「何ひとりで諦めとる」
そんな俺におじいさんの声が飛んでくる。
「え?」
「え?じゃない。お前さんは黙って殺されるのか?」
どうして今そんなこと聞くんですか?
「だって…しょうがないじゃないですか。相手はあんな怪物なんですよ?」
「……お前さんは面白くない人間だのぉ」
「ッ⁉︎急に何を…」
驚いている俺におじいさんはまるで諭すように言葉を続ける。
「お前さんは勝ち目がないから殺されても文句は言えないのか?まるで自分を虫ケラのようにひねり潰されてもいいと?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜⁉︎
俺は怒りで頭が真っ白になる。
そんな…そんなわけ……あるか‼︎
「そんなわけないじゃないですか!」
俺は助けてくれたことも忘れておじいさん向かって叫ぶ。
「俺はまだ死にたくない。この世界に来て右も左もわからないのにいきなり殺されそうになるなんて絶対に嫌だ!………けど俺には力がない………」
「………………………………………………」
おじいさんは俺の情けない言葉を黙って聞いている。
「見てくださいよこのザマを!向かって行ったら一振りでこれだ!俺みたいな弱いものは何をやってもダメなんだ!」
こんな俺を助けたって意味なんてない。せめてあなただけでも逃げてくれ。
そんなことを考えているとーーー
「よくやったじゃないか」
ーーーおじいさんが俺を褒めた。
「なんで……」
なんで褒めたんですか?
声には出ない。だがおじいさんには通じたらしく答えを言う。
「そこに向かう過程にこそ意味があるんだ。」
あ……。
「力の差を理解できるのはとても大事な力だ。だが、時には諦めず、立ちむかはないといけないときも必ずある。そしてお前さんには勇気がある。どれだけ強大な敵であってもーーー立ちむかう勇気がの!」
ニコリと笑うおじいさん。そんな堂々としたおじいさんを俺はかっこいいと思った。
だけどっ
「ですけど、このままじゃ……」
続く言葉を想像し、足が震える。
ダメだ。このままじゃ二人とも死ーーー
「安心せい」
そんな考えをさえぎるようにおじいさんが言う。
「お前さんは死なせん。儂に任せておけ」
どこまで堂々としてるんだ。この人の言葉を聞いていると本気で大丈夫な気がする。瞬間ーーー
ーーーオーガがおじいさんの後ろから棍棒を振り下ろしていた。
「おじいさん!
「ムン!」
振り向きざまに右フックを放つおじいさん。
「ガァァーーーーーーーーーーー」
おじいさんの右フックがオーガの折れた左腕にめり込む。ひるんだ隙にふところに潜り込み強烈なアッパーをアゴに叩きつける。
やった!
よろめきながら後ずさるオーガにおじいさんは止めを刺しに前に出る。
そしてオーガも前に出る。
「⁉︎」
目を見開くおじいさん。俺もオーガの行動がわからなかった。
そのまま逃げるならわかるけどどうして前に出るんだ⁉︎
オーガは両腕を広げ、おじいさんに噛み付いた。
「グッ」
苦しそうに呻くおじいさん。噛み付いたまま、オーガはおじいさんを持ち上げぶん投げる。
バコン!
おじいさんは投げられたさきで木にぶつかる。
「おじいさん!」
「大丈夫。大丈ーーー何⁉︎」
こんな状況なのに安心させようと笑いながら言うおじいさんにオーガが棍棒を投げる。
おじいさんが苦虫を噛み潰したような表情をする。
「てえぇい!」
転がりながらなんとか避けるおじいさん。しかし目標がなくなった棍棒が木をへし折る。
「ぬぉ!」
折れた木の上から約3分の2がおじいさんに迫る。
「次から次へと!」
これも転げながらなんとか避ける。だが見上げればオーガが口を開けて迫っている。今度はおじいさんが座りながら後ずさる。
「な…なんと…」
運が悪いとしかいいようがない。後ずさった先にさっきの折れた木で逃げ場がふさがれていた。オーガはおじいさんの目の前で今にも噛みつきそうだ。
そして俺はーーー
ーーーオーガに向かって走っていた。
「馬鹿モン逃げろ!」
おじいさんの制止も聞かず俺は走る。
「おぉうりゃーーーーーーーーーー‼︎‼︎」
無様だが気迫のこもった雄叫びをあげながら俺は油断して後ろを向いているオーガの折れた左腕に全体重をかけてぶら下がった。
「ギィギァーーーーーー」
「うわっ」
あまりにでかい叫び声が近くで聞こえたから耳が痺れる。オーガは俺をジロリと睨む。
やばい!
オーガは俺を左腕ごと地面に叩きつけた。
「ぐへぇ!」
肺から空気が吐き出される。
こいつ折れた腕が痛くないのか。いや、痛覚がないのかもしれない。
仰向けになったままオーガを見ると、
「グルァァ」
牙をむき出しにし、俺に迫る。
もうダメだ!
「ボウズ!ようやった!」
後ろからおじいさんがオーガ に飛び乗る。
「グァ…………ギィ…」
苦しそうに呻くオーガ。
「もう手加減せんわ」
首を締めたままオーガを振り回す。
「どおうぅりゃゃーーー!」
どこにそんな力があるのかまたしてもオーガを吹っ飛ばし、オーガに向けて両手を前にかざす。
「その身を焦がせーー我に宿る内なる炎よ」
これは……魔法⁉︎
「フャイヤショット!!!」
ボゴォォォォーーーーーーーーーー‼︎
まるで横から生えた火の柱がオーガの体を包み込む。しばらくたったころ、オーガは肉片が一片も残らず消し炭になる。
「すごい………」
「ふぅっ、最初から使ったらよかったわい」
おじいさんは俺のとこまで歩いてくるとドカッとすわる。
「どうじゃ?」
「すごかったです!」
特にあの魔法。あのオーガを一瞬で燃やし尽くすなんて…。
「違う違う」
「え?」
「諦めんかったら。ほれ、二人とも生き残った。」
「あ…」
そうだよ。この人は俺に言ってくれたんだ。どんな強大な敵であっても、そこに立ち向かい諦めなかったら最後には笑えるということを。
俺はその時、この世界に来て初めてーーー笑った。
「はっはっはっ‼︎いい笑顔じゃ!」
どこまでも豪快に笑うおじいさん。それより……。
「おじいさん」
「ん?」
俺は最初に浮かぶ疑問を口にする。
「あなたはいったい何者なんですか?」
「……………………」
おじいさんは何故か一瞬戸惑ったあと、決意したように口を開く。
「儂の名はエルギス。神様じゃ」
「はぁ」
……………………………………………………………………………………………………………………って、……は?
「神様ぁ⁉︎」
そう驚く俺に神様はなぜかドヤ顔をしていた。