宣言
「うっ………」
うめき声を上げて、僕は重い瞼をゆっくりと開ける。
目覚めたのは、僕達がいた森の家ではない。埃っぽく暗い場所。
暗闇の部屋は、がたがたと、部屋全体が激しく揺れる。ひと際、大きく揺れては少し浮かんで尻を板張りの床に打ちつける。
「………ッ⁉︎」
まどろみの中、ぼんやりと考えていると、最初に気付かないといけないことに気が付いた。
ーーエルギス様は⁉︎それに、シアンは⁉︎
反射的に体を起き上がる動作をするが、言うことを聞かず、骨が軋んだ音を立てて強制的に座らされる。
それだけでなく、両手首には頑丈な鎖で繋がれた手枷で動きを封じられていた。
記憶が混濁してる中、どうにか眼だけでも必死に二人を探す。
「………ッ!」
見つけた。
僕と同じ手枷で縛られ、背を壁に力なくもたれかかっている。
微動だに動こうとしない二人を見て、体が固く硬直する。
息が詰まり、視界は色を失った。
「……………嘘だ」
やっと蘇った記憶は、信じたくないもの。
ーー守ろうとし、守れなかった自分の姿。
ーー賢者の自然災害級の魔法に、何もできず、その雷に貫かれた自分の姿を。
おもむろに、視線を下にした瞬間、戦慄した。
「あ、足が………ッ」
声が震えて先が言えなかった。
左足の太腿の付け根部分から足が消えていた。ズボンの裾は焼け焦げ、中から切断された太腿を覗いている。
しかし、多量の血液が出てもおかしくないはずの傷は、綺麗にふさがっていた。
それだけでなく、胸や腰の傷までも、最初から傷などなかったようにふさがっている。
それでも、足を失ったことは素直に喜べない。
命を落とさなかった分、マシだろうと思うがショックが大きすぎる。
ーーなにより、二人を危険にさらさしてしまった自分が許せない……っ
眼に涙が溜まり、思わず垂らしてしまいそうになる。
だが、
「…………ん」
「………っ!シアン、大丈夫⁉︎」
涙を見せまいと留め、小さめの声を投げる。
「起きたんだね………。よかった……」
「……………シアン」
この状況で僕を責めるどころか、僕の無事を喜んでくれる人に、僕は引き留めていたものをはき出すきしかなかった。
「…………ごめん」
「ど、どうしたの?」
「………ごめんっ」
「泣いてるの?」
「…………………」
いつの間にか、とめどなく流れる涙を拭くことさえ出来なかった。
無力でちっぽけで弱虫。
変わらない。それが僕だ……。
嗚咽を漏らし、シアンの前でみっともなく、子供のように泣く僕。
けれど、シアンは優しく包み込むように語りかけてくる。
「泣かないで」
「………うぅ、無理だよ」
「どうして?」
どうしてもなにも、みんなを守るのが僕の役目だ。エルギス様の警護として過ごしてきて、結局のところ僕は負けて、こうして捕まっている。
言い訳の余地もない。完璧な敗北。
「……………あれ?」
どうして負けたことに泣いてるの?
「悔しいんでしょ?」
「違うよ……」
「じゃあ、なんでそんなになるまで、心を痛めているの?」
「それは………、僕が、守れ、なかった…………から」
ぼたぼたと流れる涙は、床に落ちて溜まっていく。
「無理しなくていいよ」
「っ!無理なんてっ………してない……」
最後のほうは、弱く声が出た。
そんな僕を見て、シアンは息をゆっくりと吸って吐いた。
「リクは、エルギス様が危ない目にあったらすぐに駆けつけていった。誰よりも大切な人を守るために、ボロボロになりながらも……。そんなリクを責めるなんて、しようとも思わない。思えるはずがない」
「……………………………」
シアンの言葉は、僕の心の中に、染み渡るようにどんどん入ってくる。
「エルギス様は、あなたの大事な家族。
守りたいのはわかる。けど、あなただけが傷つく理由にはならない」
「………………うん」
「それでも、泣きたいなら………、それは悔しくて泣いてるのよ」
「なん、で…………?」
「だって、男の子だもん。負けたら悔しくて泣いちゃう。それは、絶対のルールみたいなものなの」
シアンは、いたずらっぽくにっこりと笑う。
僕はそれに、泣き笑いで答えた。
「そう、かな……?」
「そうだよ」
彼女は、迷いもせずに肯定する。
「次は、……負けない…」
小さくて弱々しい、けれど固い信念を込めて僕は言った。
「うん」
シアンはコクリと頷く。
「次こそ、絶対負けたくない………!」
「うん…………」
「誰にも、負けない………!もう、……ぐずっ……、二人を守れない………僕になりたくないっ!」
「うん………っ」
上手く言えなくとも、決意の炎を心に灯し、そう宣言する。後悔などしたくない。なぜなら、二人は僕が、初めて本当の意味で家族と呼べる存在なのだから。
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しばらくの間、泣き止むまで見守るシアンに気恥ずかしさを覚えながらも、彼女は僕に問うた。
「ねぇ、リク。あの後どうなったの?」
「僕は、憶えていない。敵の隊長ってやつを倒した後に、今度は賢者ってやつの戦って………」
記憶にある糸をたどり説明すると、シアンが目を丸くしていた。
「け、賢者って、あの賢者⁉︎」
「知ってるの?」
「たぶん、一番の大魔導士だよ。世界を旅してすごい功績を残したおとぎ話みたいな人。そんな相手と戦っていたなんて………」
大魔導士。
確かに、名ばかりの相手じゃなかった。
実際、目にした魔法の数々は信じ難いものばかり。詠唱も唱えず、複数の魔法を同時展開するほどの……。
僕は浮遊魔法を使いながら、ファイヤショットを撃てたが、それも一発だけ。
賢者のように、反則級の魔法を乱発するような真似はとても出来ない。
きっと計り知れない魔力量を有している。
「シアンは?どうして捕まったの?」
「………わたしは、リクの後を追っていたら、光が見えて……、急いで向かったら………」
僕の無くなった左足に視線を向ける。
「……じゃ、僕の傷は君が?」
「うん。でも、ひどい傷だったよ。肩と腰には貫かれた剣の傷、そして全身の大火傷に左足の切断による多量出血。
わたしも全部の魔力を使ったヒーリングを受けても、本当にぎりぎりだったんだよ?」
ハッとしてシアンの顔を見ると、その白艶やかな頬は薄い青紫色に変色していた。
「シアン。顔色が……」
指摘すると、照れくさそうに言う。
「えへへ、魔力を使い過ぎたから、魔力欠乏症の症状がでたみたい。でも心配しないで。少し休めば大丈夫だから」
大丈夫と言ってるものの、表情は辛そうだ。
誰が見たって、無理をしているのは明らか。
一刻も早くこの場から解き放ってやりたい。
「シアン。できるだけ伏せてて」
「え?」
鎖に繋がれた両の手を開け、天井に掲げる。
「その身を焦がせ。我に宿る内なる炎よ!
ファイヤショット!」
「あっ!ダメ!」
「えっ⁉︎炎が吸い込まれて………!」
炎の柱は真っ直ぐに天井を破壊するはずが、腕を拘束する手枷に全て吸い込まれた。
次いで襲ってきた脱力感。
体から急激に力無くなりうつ伏せに倒れてしまった。
「リクッ、この手枷は阻害魔法が掛けられてるの!それ以上、魔法は撃っちゃダメ!」
「でも………っ」
でもこのままじゃ、みんな連れていかれる………っ。
またも力の無さを痛感しかけたとき、僕にとって救いの声が聞こえた。
「大丈夫じゃ…………」
「エ、エルギス様!」
気を失っていたエルギス様が、顔を二、三度振る。
それを見て、不安だった僕の心はこんな状況でも安らいでいく。
この人が目覚めたなら、ここから脱出できる。
そう確信した僕は、次の言葉で裏切らる。
「このままアースガルドに行くぞい」
「ど、どうしてですか⁉︎」
「兵士たちは、ムウサの指令で儂らを捕まえた。ならば、本人と話ができるかもしれん。できなくとも、どこかで機会があるはずじゃ」
だからって、話してどうこうなる相手なのか?
「そんな顔をするでない」
「で、でも、その前に殺されたら?エルギス様も会ったことがない相手なんですよね?
もしも、話を聞かないやつだったら?容赦なく、殺しにくるやつだったらどうするんですか?」
「………そこは任せとる」
「何を言ってるんですか⁉︎」
微妙に話が噛み合っていない。
なぜ、この人はこんなにも余裕を持てているんだ……。
「どのみち、アースガルドには行かねばならないと思っとった。それが少しばかり早くなっただけのことじゃ」
「……………」
「納得できない、そういった顔じゃの」
「当たり前です」
「……そう難しく考えるな。悪い癖じゃぞ」
「っ……!」
驚き、目を開ける僕に、エルギス様は続ける。
「儂の知っとるリクは、どんな困難でも、儂らを守ろうとするはずじゃぞ?」
「あっ………」
「そうじゃろう?」
「…………はいっ!」
視線は己の左足に注目する。
完膚なきまでに敗れ去り、その代償に失った。
あまりに大きい代償。
僕の心をえぐるのには、十分過ぎた。
ーーだが、乗り越えなくてはならない。
ーーもう負けないと誓ったんだ。
自分の中で言い聞かせるように何度も繰り返す。
「では、向こうに着いてからのことじゃが、無駄な抵抗はせずに機会をうかがう。いいの?」
「「はい!」」
「うむ。…………着いたようじゃな」
すると、今まで音を立てて動いていた護送車は、地面に固いものが擦り合うような音を発して止まった。
足音が扉の前まで来ると、部屋中に光が差し込んだ。
見れば、兵士服の男が三人、僕たちがいるのを確認する。
「お前たち、さっさと出ろ」
「どこに行くのじゃ?」
「牢獄だ。お前たちにはしばらくそこで暮らしてもらう」
そう言い、僕たちは兵士たちに先導され外に出る。
そこは、地球に存在する城もびっくりするほどもものだった。
高さは50メートル。
見上げなければ頂上が見えないほどの高い城壁。隙間なく石積みで積み上げられており、城を要塞と化している。
城館が立ち並び、両端とその間には内に開けられた構造の外殻塔が四方に7つ。
全体的に白い城の屋根は、濃い瑠璃色で先がとんがっている。
そして、中央にそびえ立つ巨大で荘厳な城は、いかにもといった感じの西洋風のものだ。
「おい!さっさと歩け!」
「言われんでも分かっとるわ」
向かった先は、15メートルほど離れた門の入り口。
武装した門番が2人仁王立ちで立っている。
兵士の1人が合図を送ると、門がゆっくりと開けらた。
いったいいつまで歩いたか。
長い廊下を歩き、薄暗い階段を上り下りしていた。
「………どこまで行くんじゃ」
「黙って歩け。……ここだ」
顔を上げて見る。
つい少し前にいた場所に負けず劣らない埃くさく暗い場。
おそらく地下にあるであろう分厚い棒で外と隔たれた檻は、異様な雰囲気で僕達を迎えた。
「全員ここに入れ!」
鉄格子の扉を開き、そこに黙って入っていく。
最後に僕が入ろうとした時、兵士の1人が細剣でそれを防いだ。
「お前は付いてこい」
「ッ!?な、なぜリクだけを連れていく!」
「国王様の命令だ。従うな?」
細剣を喉元近くまで持ってくる。
僕は小さく頷くと、エルギス様の顔を見る。
その顔は、焦燥に駆られていた。
なにか言いたかったが、兵士の前では仕方がなかった。
「はい」
僕はそう返事を返し、地下を後にした。