初めてのゴブリン狩り
木枠の窓を通して陽の光が当たる。
顔にほんのり暖かみを感じて目が覚める。
「んぅ…………」
寝返りを打つと、すぐ横には美少女と断じてもおかしくない銀髪お姫様(見た目中3くらい)がすやすやと寝息をたてていた。
あまりの顔の近さに驚きつつも努めて起こさないようにベッドから出る。
キッチンでは、エルギス様が朝食の準備をしていた。
「起きたか、リク」
金属製の鍋をかき混ぜながら、エルギス様が振り向く。
「……すみません」
「ーー?何がじゃ?」
挨拶も忘れて謝ってしまう。
「その……、エルギス様にだけ食事を作らせてしまって……」
この世界で神様である人に朝食の準備をさせるのは心苦しい。かといって僕には料理を作るなど出来はしない。
せめて役に立とうと行動する。
「僕に何か手伝えることはありますか?」
エルギス様は目を点にすると、ゆっくり微笑む。
「ほっほっ、ありがとのぅ。ではまた今度頼もうかのぅ。とりあえず、今はあの子を起こしておいで。もうすぐ出来上がりじゃ」
鍋からは蒸気が立ち、鼻腔をくすぐる芳香が漂ってくる。
「わかりました」
部屋に戻ると、シアンはまだ夢の中にいた。位置が微妙に変わって僕がいた場所はすでに陣取られている。
「シアンー。起きてー」
「………すぅ………」
熟睡しているシアンのお腹は、パジャマの上衣から白い肌がはみ出していた。
「(無防備だなぁ)シアンー」
「……すぅ、すぅ……」
「…………………」
反応がないので、はみ出しているお腹をくすぐってみる。
「……こしょこしょこしょ……」
「………………」
起きない。どんだけ眠り深いんだよ……。
今度は人差し指の先をまっすぐ滑らせてみる。
「ひっ、ひゃ……」
、と小さく反応した。
ウワッ、ちょっと楽しいかも……。
この現場を誰かに見られたら、リクは確実にお縄を頂戴するであろう行為を続ける。
「……ひゃ、あっ……」
あれ?僕、いけないことをしているのだろうか?
シアンの艶っぽい声に妙な背徳感を感じさせられる。
「……………………………………」
「あれ……?」
気づくと、いつの間にか起きていたシアンの視線が、「何してるの?」と訴えてきていた。
「すっ、すいませんでしたーーー!」
「きゃあーーーーーーーーーー!」
謝った直後、乾いた音が部屋に響いた。
「うわーっ、おいしそう!」
四脚のテーブルには、さっき作られていたであろうクリームシチューが三つ並べられていた。
「姫さんに喜んでもらえて嬉しいわい」
「あっ、すみません。はしたないところを……」
シアンの喜ぶ顔を見て、やっぱり女の子なんだなと一人納得する。
「それと、シアンと呼んでください。わたしはもうあの国の姫ではありません」
「む、よしわかった。シアンよ。もう席に着こう」
三人で、「いただきます」と合唱してシチューを口いっぱいに頬張る。
「えー⁉︎これをエルギス様が⁉︎」
「そうじゃ!」
誇らしげにドヤ顔をするエルギス。
エルギス様が作ったシチューの味はまさに絶品だった。
肉と野菜がよく煮込まれており、次から次へと口に運んでしまう。
「この肉はうまいじゃろう⁉︎これは季節が冬になると現れるホワイトファングという狼の肉なんじゃ」
「「へぇーー」」
「一昨年と比べて、去年は大変じゃったんじゃよ?このシチューを食べたいがために一人雪山に籠っては魔物を探し回ったわい」
「「へぇー」」
「奴らは頭が賢いからの。儂に気付いたのか全く姿を現さんかったもんじゃから、穴に身を潜めて待ち伏せとったんじゃ」
「「へぇー」」
「そしたらなんと!奴ら儂の穴に魔法ぶっ放してきたんじゃよ。まぁ、返り討ちにしてやったがの!」
「「ごちそうさまでした!」」
「ねぇ、聞いてる?」
エルギス様の冒険譚を無視して、二人同時に食べ終わる。
「リク。約束」
「うん、わかってるって。エルギス様」
「ナンジャ……」
なんだか悲しそうな顔をしているエルギス様が鼻声で答える。
「僕たち、これから森でシアンの特訓にいこうと思うんですけど、この格好どうにかできませんか?」
シアンは最初に会った時の真っ白なドレスを着ている。さすがにこのままでは動きにくいであろう。
「確かにのぅ。シアン。ちょっとおいで」
そう言うと、エルギス様はシアンを連れて行く。どうやら大丈夫のようだ。
しばらく経つと、二人が戻ってきた。
しかし、先程とは明らかに打って変わっていた。
「あ………」
「に、似合うかな?」
白のボタンのついたシャツの上に、赤いベストを羽織っている。スカートは革製の黒いものだ。腰には僕のと同じ種類の短剣を据えている。
「リク?」
「えっ?あっ、その…………かわいいよ?」
「ーーーッ‼︎」
面と向かって素直に感想を述べると、シアンはすぐさま回れ右をして俯く。
「あ、あれ?何か変なこと言いました?」
どう反応していいかわからず、エルギス様に助け船を求めると
「リク。もういいから……。さっさと行け」
、と残念な子を見る目で言われた。なんで⁉︎
僕も身仕度を済ませた後、最初に魔物を狩った森に二人で移動する。
<オーガガーデン>それがこの森の名前。
オーガと言っても、頻繁に出るわけではなく、主にスライムやゴブリンが出てくる。実際に、リクがオーガに出会ったのはこの世界に来た直後で、それ以降の狩りでは全然見かけなかった。
「よっぽど運が悪いんだろうなぁ」
自分の災難さに文句をつけたくなる。だが、あの出来事がなかったらエルギス様に出会わなかったかもしれないからよしとする。
「リク。これからどうするの?」
しばらく歩いて、シアンが問う。
「うん。このままゴブリンを狩ろうと思う」
「ゴ、ゴブリン……」
不安がるシアン。ここに来る前から緊張気味だったのに、ゴブリンと聞いてさらに固くなってしまった。
「そんなに思い詰めなくても、大丈夫だよ?ゴブリンってそんなに強くないから」
僕だって初めは怖かったけど、慣れてくると魔物を狩るのは案外楽しい。もちろん油断したらやられてしまう。だが、そこも含めて楽しいのだ。
「おっ、見つけた」
「ひっ!」
僕の視線の先には、一体のゴブリンがいた。魔物を直で見たシアンが半歩後ずさる。
「シアン。僕がゴブリンの気を引いてる間に、シアンは後ろから止めを刺して」
「えっ⁉︎リクじゃなくてっ?」
「当たり前だよ。実戦を積んでこそ強くなるんだから。じゃあ、僕が先に行くから、隙を見て攻撃よろしく!」
ゴブリンが視線から外れる前に回り込む。
「グチャッ」
「(相変わらずキモいな)」
全身緑色の魔物で、その姿は物語に出てくるゴブリンそっくりだった。
「ガァッ」
僕の心情を読み取ったのか、怒り狂るように襲いかかってくる。
細長く尖った爪を遠慮なく叩きつけてくるゴブリンの攻撃を短剣で何度も跳ね返す。
「すごい。攻撃が手に取るようにわかる!」
今のリクのレベルは42。当たり前だが、レベルが初級眷属にも劣るゴブリンなど相手にならない。
「シアン!」
ゴブリンが疲れ始めた今なら殺れる!
奥から、シアンが短剣を握って来る。どうやら覚悟は決まったようだ。
あと、2メートルというところでシアンが駆ける。
「ガァッ⁉︎」
ゴブリンが気づいて吠えるがもう遅い。シアンの短剣がゴブリンの背中を根元深くまで突き刺していた。
そのままうつ伏せに倒れると、ゴブリンはピクリともしなかった。
その様子を確認すると、シアンは地面に座り込んで、
「よ、よかった〜〜〜〜!」
満面の笑みで、ため息を吐いた。